悪魔ウォッチ   作:龍座

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幽鬼ガキ

ー翌朝ー

 

さくらニュータウンに爽やかな朝が訪れた。

 

チュンチュンと雀が鳴き、カーテンの隙間から夏の日差しが差し込む、平和な朝ーのはずでした。

 

アラ「おはようございます、ケータさん!」

 

大音量のファンファーレのようなノイズと、やけに発音の良い挨拶が景太の鼓膜を直接揺さぶりだした。

ベッドから飛び起きたケータの目の前にはバッとカーテンを全開にする赤いストライプのスーツの男―アラスター。

 

景「ウワァッ!! ビックリした……夢じゃなかった……」

 

ケータは眠い目をこすりながら、目の前の非現実的な存在を見上げた。

昨日の今日で悪魔が枕元に立っているのです。心臓に悪いことこの上ありません。

 

アラ「そろそろ朝ですよ。さあ、素晴らしい一日の始まりです!」

 

アラスターは杖をくるくると回し、まるでミュージカルの開幕のようにケータを促しました。

 

しかし、今日の彼は昨日の「悪魔の姿」とは少し違っていた。

 

鹿の角はなく、肌の色も人間らしい肌色に。髪型も整えられ、両眼鏡をかけたその姿は「古風で洒落た外国人紳士」そのものだった。

 

ーーー

 

昨夜のリビング。

 

アラ『さて、念には念を入れておきましょうか』

景『え?』

アラ『本来、私達は普通の人間には見えません。私と話してる時も他の人から見れば貴方は独り言を言ってるようにしか見えない。食べ物がいつもより早く減るのも怪しまれるかもしれない。ですのでこうします』

 

そう言うと、アラスターは瞬きする間にその姿を変えた。

 

角を隠し、耳を隠し、禍々しいオーラが「洗練された紳士のカリスマ性」へと変換した。それは彼の生前、ラジオスターとして活躍していた頃の姿そのもの。

 

リビングに入ってきた謎の外国人(?)に、ケータの両親は当然驚愕する。

 

景父『えっ、ケータ? こちらの方は……!?』

景母『ど、どうやって入ったの!?』

 

うろたえる両親に対し、アラスターは優雅に完璧な角度でお辞儀をしました。

 

アラ『夜分遅くに失礼致します。私は「アラスター」。ケータ君が森で困っていた私を助けてくれましてね。彼は実に親切で勇敢な少年だ!』

景母『え? ケータが?』

アラ『ええ。私は異国から来た『文化交流の研究者』なのですが、宿の手違いで行き場を失ってしまいまして……。厚かましいとは存じますが、数日ほど軒先をお借りできないかと思いましてね。もちろん、ただとは言いません。家事全般、庭の手入れ、そして……奥様、貴女のその素晴らしい手料理のレシピについて、ぜひ語り合いたい!』

 

そこからは、まさにアラスターの独壇場。

 

巧みな話術、心地よい低音ボイス、ウィットに富んだジョーク。

 

彼はほんの数分で、「不審者」から「魅力的な紳士」へと評価を覆し、さらに手品のように虚空から出した最高級の茶葉で紅茶を振る舞い、景太の母の心を完全に鷲掴みにしてしまった。

 

景太の父に対しても、どこから仕入れた知識か、父さんの趣味の話で盛り上がり、的確なアドバイスをして心酔させてしまいました。

 

結果―。

 

景母『あら〜、アラスターさんなら大歓迎よ! 部屋なら空いてるし!』

景父『ケータ、お前も良い友達を持ったな! 色々と教えていただきなさい!』

 

こうして、地獄の悪魔の「天野家ホームステイ」があっさりと決定したのであった。

 

ーーー

 

景「……思い出しただけで冷や汗が出るよ」

 

景太はベッドから這い出しながら呟く。

両親は完全にアラスターを「頼れる素敵な外国人」だと思い込んでるが、彼だけは知っていた。彼の笑顔の裏にある底知れない恐怖を…。

 

アラ「さあケータくん。ボーッとしている時間はありませんよ!」

 

アラスターはパンパンと手を叩き、テキパキと指示を出し始めた。

 

アラ「まずは洗面所でしっかりと歯を磨きなさい。歯の健康は笑顔の基本です! その後、お母上が用意した朝食を残さず食べること。栄養バランスは重要ですよ?」 

景「はぁ〜い……」

アラ「そして! 着替えた後はー」

 

アラスターは背後から一冊のノートを取り出し、ケータの目の前に突きつけた。

それは、小学生にとって最も忌むべき存在。

 

アラ「夏休みの宿題を始めますよ。」

その瞬間、景太の顔が絶望に歪んだ。

 

アラ「えぇ〜……嘘でしょ? まだ夏休みに入ったばっかりだよ? アラスターさん、悪魔なんでしょ? もっとこう、悪い事とか楽なことしようよ〜」

 

アラスターは人差し指を振り、チッチッチと舌を鳴らした。

 

アラ「悪魔だからこそ、契約スケジュールの履行には厳しいのですよ。それに貴方、夏休みの最終日に泣きながら宿題を片付けるタイプとお見受けしました」

景「うっ……なんでバレてるの……」

アラ「先延ばしにして、後で慌てふためく無様な姿を見るのも一興ですが……」

 

アラスターの瞳が、一瞬だけ赤く光り、ノイズが走ります。

 

アラ「今回私は『効率的かつ優雅』であることを好みます。今のうちに片付け、残りの時間を私のエンターテイメントに費やす方が、建設的だとは思いませんか?」

 

その言葉には、逆らえない絶対的な圧。

 

有無を言わせぬ笑顔。

 

景太は観念して、ガックリと肩を落とした。

 

景「わ、わかったよ……やればいいんでしょ、やれば」

アラ「その意気です! 分からないところがあれば私が教えましょう。こう見えても博識ですからね。さあ、急いで! 今日も忙しくなりますよ!」

 

アラスターはご機嫌にジャズのスウィングの鼻歌を歌いながら、ケータを洗面所へと押し出したのだった。

 

ーーー

 

午前中の地獄のような(比喩ではなく、監督者が地獄の住人という意味で)学習時間を終え、ケータはふらふらと家から出た。

 

景太「ふぅぅ……終わった……手が痛い……」

アラ「いやはや、見事でしたよ、ケータくん!」

 

その隣で、涼しい顔をしたアラスター(人型)が杖をくるりと回した。

 

アラ「今回は良く頑張りましたね。私が想定していたタイムよりも5分早く終わりました」

景「いや……俺も驚いてるよ。あのドリル、半分くらい終わっちゃったんじゃない? 俺、やればできるのかな……」

 

ケータは自分の指先を見つめました。アラスターの的確すぎる(そして圧の強い)指導により、普段ならダラダラと数週間かける分量を、わずか数時間で消化してしまったのだ。

 

アラ「そりゃあ、夏休みの宿題を3日で全て終わらせられるように調整しましたからね。」

景「……へ?」

 

ケータの思考が停止した。

 

景「み、3日? 今なんて?」

アラ「ですから、3日です。ドリル、プリント、自由研究、工作、読書感想文……これら全てを今日を含めた3日間で完遂するスケジュールを組んでいます」

 

アラスターは楽しそうに指を3本立てる。

 

景「ええええーっ!? 3日!? 無理無理無理! 死んじゃうよ!」

アラ「ニャハハハ! 大丈夫、過労死するにはまだ早すぎます! 先に終わらせてしまえば、残りの長い休みは全て貴方の自由時間。そして私の『エンターテイメント』に付き合ってもらえるというわけです。合理的でしょう?」

景太「うう……合理的すぎてお腹痛い……」

 

「ウヘ〜……」と呻くケータ。

その時、通りの向こうから見知った顔が二人、歩いてきた。

 

「オッス、ケータ!」

「やあ、ケータ」

 

ガキ大将のクマこと(熊島五郎太」と、頭脳派のカンチこと「今田干治」。二人は虫取り網とカゴを持っていた。

 

景「あ、クマ、カンチ」

クマ「俺達、今からおおもり山へ虫取りに行くんだけど、ケータも来るか? 今日はレアなクワガタがいそうな気がすんだよな」

 

クマが威勢よく誘いますが、ふとケータの隣に立つ、背の高い影に気づいた。

 

カン「ケータ、その人は?」

 

ケータがどう説明しようか迷っていると、アラスターが一歩前に進み出る。

 

アラ「おやおや!」

 

アラスターは洗練された動きで、胸に手を当てて優雅に一礼する。

 

アラ「初めまして。貴方方がケータさんのご友人ですね? 以前から話は伺っていましたよ。元気で活発なクマ君と、聡明で博識なカンチ君ですね?」

クマ「えっ? お、俺のこと知ってんのか?」

カン「僕のことまで?」

 

二人は名前を呼ばれ、しかも褒められたことに虚をつかれてしまった。

 

アラスターはニコニコとした笑顔を絶やさず、滑らかな口調で続ける。

 

アラ「私の名前はアラスターと申します。海外から来た文化研究者でしてね、縁あって天野家にホームステイさせていただいているのですよ」

クマ「へぇ〜! 外国の人なんだ!」

カン「ホームステイかぁ、すごいねケータ!」

 

アラ「私は日本の『夏の風物詩』に大変興味がありましてね。今日はケータさんの案内で、この素晴らしい街を散策しようとしていたところなのです」

 

アラスターはクマの方を向き、その太い腕をポンと叩く。

 

アラ「素晴らしい筋肉ですね! その虫取り網の構え、只者ではありませんね? きっと将来は大物になりますよ」

クマ「えっ、そ、そうか? へへっ、わかる〜? アラスターさん、見る目あるなぁ!」

 

単純なクマは一瞬で陥落した。

 

続いてアラスターはカンチの方へ向き直り、自分の片眼鏡を指差しながらウインクした。

 

カラ「カンチ君、君のそのヘッドホンにそして知的な瞳。一目で分かりますよ、君はこのグループの『頭脳』だ。私の国でも、君のように賢こく資産のある少年は皆リーダーになっています」

カン「い、いやぁ、そんな……頭脳だなんて。でも、アラスターさんのそのスーツも素敵ですね。なんだか映画俳優みたいだ」

アラ「おや、嬉しいことを言ってくれますねぇ! 君とは良い酒……おっと、良いジュースが飲めそうだ!」

 

あっという間。

 

ほんの数分の会話で、警戒心を持っていたはずの二人が、完全にアラスターのペースに巻き込まれ、親しげに笑い合っている。

 

クマ「じゃあアラスターさんも一緒に虫取り行こうぜ!」

カン「日本の昆虫は興味深いですよ。ぜひ解説させてください」

アラ「是非とも! 貴方達のような愉快なガイドがいれば、百人力です!」

 

三人はすっかり意気投合して歩き出した。

 

取り残されたケータは、その後ろ姿を呆然と見つめた。

 

景(……相変わらず凄いコミュ力だな、アラスターって……)

 

悪魔であることを微塵も感じさせず、小学生のコミュニティに一瞬で溶け込むその手腕。

魔法や呪いなどではなく、彼が長年培ってきた「ラジオスター」としてのカリスマ性そのもの。

 

アラ「ケータくん! 置いていきますよ?」

景「あ、うん! 今行く!」

 

ケータは慌てて彼らを追いかけた。

 

ーーー

 

夕暮れ時のおおもり山を下る帰り道。

 

ヒグラシの鳴き声が涼しげに響く中、一行は結局、一匹の虫も捕まえずに帰路についていた。

 

カゴは空っぽだったが、クマとカンチの表情は充実感に満ちていた。

 

クマ「いやー、おもしれーな! アラスターさんって!」 

 

クマが興奮気味に鼻を鳴らす。

 

クマ「俺、大人の話って説教くさくて苦手なんだけどさ、アラスターさんの話はすげぇ引き込まれるっていうか……アメリカのラジオの話とか、マジで冒険活劇みたいだったぜ!」

カン「本当だね。話も上手で、しかも僕たちの話もバカにしないで聞いてくれるし……本当の『紳士』って感じ。いいなぁ、あんな面白い人が家にいるなんて、ケータがうらやましいよ」

 

憧れの眼差しを向ける二人の絶賛ぶりに、ケータは「あはは……」と引きつった苦笑いを浮かべるしかなかった…。

 

アラ「お褒めに預かり光栄です、リトルジェントルマン。貴方方との会話は、私にとっても新鮮で刺激的でしたよ」

クマ「へへっ、そう言われると照れるな〜」

 

クマは頭をかきながら、空っぽの虫かごを見つめた。

 

クマ「話し込んでたら、虫取りのことすっかり忘れちまったな。まぁ、また今度でいっか!! 今日はもう汗だくだし、喉がカラカラだぜ!」

カン「そうだね。僕も喉が渇いたよ」

カンチが同意すると、さくらニュータウンの子供たちのオアシス、コンビニエンスストア「ヨロズマート」が見えてきた。

 

カン「じゃあ、近くのヨロズマートでアイスでも買って帰ろうよ」

景「賛成! アラスター、アイス食べよう! 俺、ガリガリするやつがいいな!」

 

アラ「良いですね。ですが……私は甘ったるい物は少々苦手でして…」

景「えっ、そうなの?」

アラ「ええ。私の味覚は少々ビターが好みなのです。ですが、喉を潤すのは良い考え。私は代わりにビターチョコか、一番濃いブラックコーヒーでも頂くとしましょう」

カン「渋いねぇ〜! さすがアラスターさん!」

 

四人は和気藹々と会話を弾ませながら、ヨロズマートの自動ドアの前へと向かい、冷房の効いた店内で涼む想像をして、ケータが足を踏み出そうとした、その時ー。

 

クマ「……あれ?」

 

先頭を歩いていたクマが立ち止まった。

 

いつもなら軽快な音と共に開くはずの自動ドアが反応しない。

それどころか店内は薄暗く、活気が全く感じられなかった。

 

クマ「閉まってる。……なんでだ? まだ夕方だぜ?」

 

クマがガラス戸に手を当てて中を覗き込みますが、人の気配がない。

本来なら24時間営業のはずのヨロズマートが、沈黙していた。

 

景「故障かな……?」

 

景太が首を傾げると、カンチがハッとしたように携帯端末を取り出し、ニュースサイトの画面を見せました。

 

カン「そう言えば……さっきネットニュースで見たんだけど、最近、奇妙な事件が多発してるらしいんだ」

景「事件?」

カン「うん。市内の幾つものコンビニやスーパーから食べ物や飲み物が根こそぎ紛失してるって。強盗とかじゃなくて、ある瞬間、棚の商品が神隠しみたいに消えちゃうんだってさ。ここもその餌食になって、臨時休業してるのかも……」

 

カンチの説明に、クマはあんぐりと口を開けた。

 

クマ「まじかよ……ヒデェなそりゃ……。俺のアイスが……」

 

子供たちは「ひどい事件だ」と肩を落としていますが、ケータの背筋には冷たいものが走っていた。

 

「神隠しのように消える」、「食べ物だけがなくなる」。

 

ケータはクマたちに聞こえないよう、そっとアラスターに近寄り、小声で囁いた。

 

景太「ねえ、アラスター。コレって……」

 

アラスターは、閉ざされた自動ドアのガラスに映る自分の姿を見つめながら、ニヤリと唇の端を吊り上げた。

その瞳の奥で、一瞬だけラジオのチューニングが合うような赤い光が明滅する。

 

ザザッ……。

 

アラ「Bingo. ケータ君の予想通りです」

アラスターは周囲には聞こえない周波数のような低い声で、楽しそうに断言した。

 

アラ「店内から微かに漂う、底なしの飢餓感……そして貪欲な魔力。これは人間の仕業ではありません。悪魔の仕業です。」

景(やっぱり……!)

アラ「しかも、これはただのイタズラ好きというレベルではない。私の鼻には、もっと野蛮で、理性なき『暴食』の臭いがプンプンしますねぇ」

 

アラスターは杖を軽く地面に突き、臨時休業の札が貼られた扉を値踏みするように見据える。

 

アラ「さて、どうしますか? ケータくん。アイスはお預けのようですが……代わりにメインディッシュ(犯人探し)といきますか?」

 

平和な日常の風景であるはずのコンビニが、一瞬にして不気味な事件現場へと変貌した。

 

景太はゴクリと唾を飲み込み、拳を強く握りしめた。

 

ーーー

 

クマとカンチと別れた、二人が見えなくなるのを見届けた後。

 

再度、夕暮れのオレンジ色が濃くなり、影が長く伸びるヨロズマートを見る。

 

アラスターは杖を弄びながら、閉ざされた店舗を検分するように見上げます。

 

アラ「ふむ……店内の在庫が『根こそぎ』なくなっているということは、見ての通りゲストは相当な食いしん坊。食べ尽くした皿に用がないのと同じで、空っぽのこの店には、もう二度と来ないでしょう……」

 

アラスターの冷静な分析に、ケータは困り顔で唸った。

 

景太「そっか……もう食べるものがないなら、来る理由がないもんね」

アラ「しかーし!」

 

アラスターは人差し指を立て、悪戯っぽく笑う。

 

アラ「逆に言えば、まだ食料が残っているとわかれば、欲深い彼らはヨダレを垂らして戻ってくるかもしれません。単純な思考回路の獣ならば、なおさらね」

景「そうか! 罠を仕掛けるんだね! それじゃ、早速準備しよう! 俺、家に戻って冷蔵庫から何か持ってくるよ!」

 

ケータが踵を返そうとした、その時ー。

 

ウィィン……ガタン……。

 

自動ドアが手動で無理やりこじ開けられるような重たい音と共に店の中からヨロリとした足取りで一人の男性が出てきた。ヨロズマートの制服を着ているから店員なのが分かる。

 

しかし、その姿は見るも無惨。制服は乱れ、目の下には濃い隈があり、まるで魂が抜けたように憔悴しきっていた。

 

景「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

店員は虚ろな目でケータたちを見つめ、力なく口元を歪めていた。

 

「あぁ……ごめんね君たち。アイス、買いに来てくれたんだよね……? せっかく来てもらったのに店を開けられなくて……」

景「いえ……そんなことより、ニュースで見ました。大変なことになってるって……」

 

ケータが気遣わしげに言うと、店員は深く溜息をつき、店舗の壁に背中を預けてズルズルとしゃがみ込みそうになる。

 

「うん……災難なんてレベルじゃないよ。昨日入荷したばかりの商品も、全部一瞬で消えちまった。防犯カメラにも何も映ってないし、オーナーも頭抱えててさ……

 

もし、これが明日も続いたら……うちはもう営業できないかもしれない。このまま閉店(つぶれる)かもな……」

景「そ、そんな……!」

いつも通っていたヨロズマートがなくなる。

 

その現実に、ケータは言葉を失った。

 

「そうだ……これ、あげるよ」

 

すると、店員は沈黙するケータを見て、ふとポケットから取り出したのはコンビニのフィルムに包まれた「梅おにぎり」が一つ。

 

「俺の昼メシ用に買っておいた奴なんだけどさ、隠し持ってたからこれだけ無事だったんだ。……食欲もないし、君にあげるよ」

景「ええっ!? 悪いですよ! じゃあ、せめて代金を……!」

 

ケータが財布を取り出そうとすると、店員は寂しげに首を横に振った。

 

「良いんだよ。金なんて……どうせ店はもう、終わったも同然だから」

 

その言葉には、諦めと悲しみが深く刻まれていた。

 

「それじゃ、気をつけて帰るんだよ……」

 

店員はそう言い残すと、フラフラとした足取りで、夕闇の向こうへと歩き去って行った。その背中はあまりに小さく、見ているだけで胸が痛くなるほどだった。

 

景太の手には、彼から託された一つのおにぎり。

まだほんのり温かいそれが、余計に切なさを誘います。

 

アラ「 ちょうど良いタイミングですねぇ!」

 

アラスターの声には同情の色は一切無し。あるのは状況を利用しようとする策士の響きだけ。

 

アラ「少々、エサとしては心許ないチープな代物ですが……この梅おにぎりを囮にしましょう」

景「え……これを?」

アラ「ええ。下手に豪華なステーキやご馳走を用意するよりも、荒らされた店内にポツンと残された『最後の残り物』の方が、リアリティがある。飢えた獣を騙すには、このわびしさこそが最高のスパイスになるのですよ」

 

アラ「あの店員の絶望が染み込んだおにぎり……悪魔を釣るにはお誂え向きだ」ニヤリ

 

ケータは、手の中のおにぎりをギュッと握りしめた。

アラスターの言い方は少し冷たいが、今はそれが唯一の解決策なのは確かだ。

 

あの店員さんの、悲しそうな顔…。

 

「終わったも同然」という言葉…。

 

それをこのまま現実にしてはいけない!

 

景太は顔を上げ、強い決意を込めてアラスターを見返した。

 

景「わかった。やろう、アラスター! これを使って犯人を捕まえて……店員さんを、ヨロズマートを助けるんだ!」

アラ「その意気です!ケータくん!」

 

二人は誰もいないヨロズマートの店内へ、静かに足を踏み入れた。

 

ーーー

 

ー夜ー

 

薄暗い店の中央、空っぽの商品棚の真ん中に、ポツンと置かれることになる「最後のおにぎり」。

 

ウォッチと、地獄の支配者による、「ヨロズマート防衛戦」の幕が上がった。

 

ケータとアラスターは、レジカウンターの陰に身を潜めていた。

景「……来ないね、アラスター」

 

ケータが小声で囁くが隣のアラスターは暗闇の中でも目が慣れているのか、余裕しゃくしゃくで杖を磨いています。

 

「焦りは禁物ですよ、ケータくん。事件解決に必要なのは、獲物がかかるのを待つ忍耐力。……おや?」

 

アラスターの手がピタリと止まった。

 

アラ「静粛に……お客様(ゲスト)の御成りですよ」

 

アラスターが細い指で「シーッ」と口元を押さえると同時に、店内の空気が一気に冷え込みました。

 

ズルッ……ズルズルッ……

 

何かが床を這いずるような、湿った音が響いている…。

自動ドアは閉まったまま。ガラスの隙間から、あるいは影そのものから染み出したように、どす黒い不定形の影が店内へと侵入して来た。

 

その影は、まるで匂いを嗅ぐようにゆらゆらと揺れ動きながら、一直線に獲物ー「梅おにぎり」の方へと向かっていった。

 

「あぁ……腹が……ヘッ……タ……」

 

低く、怨嗟のような唸り声。影は実体化しようとしているのか、泥のように盛り上がり、おにぎりに黒い手を伸ばした。

 

景(今だっ!)

 

ケータは飛び出し、左腕を突き出しました。

 

景「見つけたぞ!!」

 

カッ!!

 

暗闇を切り裂くように、妖怪ウォッチのサーチライトが照射!

 

強烈な光を浴びた影は、「ギャアアアッ!」と悲鳴を上げ、その正体を露わになる!

 

景太「うわっ!?」

 

景太は思わず後ずさりしてしまった。

 

そこにいたのは、見るもおぞましい姿をした悪魔だった。

体は骸骨のように痩せ細り、肋骨が浮き出ています。しかし、その腹だけは異様に膨れ上がっており、顔には目玉がギラリと輝き、口からはダラダラとよだれを垂れ流していた。

肌は青白さを通り越して紫色になっていた。まるで死人のようだ。

 

景「ア、アラスター! こいつは何!?」

 

景太が叫ぶと、アラスターはレジカウンターから優雅に立ち上がり、ステッキでその怪物を指し示す。

 

アラ「あれは『幽鬼ガキ』」

 

アラスターの声は、憐れみを含んでいるようでいて、どこか冷酷な響きを持っていました。

 

アラ「満たされない飢えに苦しむ、哀れな鬼ですよ」

景「幽鬼……ガキ?」

アラ「ええ。生前、強欲な魂のなれの果て……と言われていますがね。彼らの胃袋には底がない。食べても食べても、決して満腹になることはないのです」

 

アラスターの説明通り、幽鬼ガキは光を当てられてもなお、目の前のおにぎりから目を離そうとしまかった。

 

ガキ「メシ……メシィィ……!!」

 

幽鬼ガキは震える手でおにぎりをひったくると、包装フィルムごと口に放り込み、獣のように咀嚼した。

 

ガキ「足リナイ……全然、足リナイッ!! もっと……もっとヨコセェェェ!!」

 

たった一口で飲み込むと、幽鬼ガキは血走った目でケータたちを睨みつけた。

 

その瞳には理性の光などなく、あるのはただ純粋で凶暴な「食欲」だけ。

 

ガキ「オマエ……オマエら、ウマそう……ダナ……ジュルリ……」

 

それは、ヨロズマートの商品を食い尽くした怪物が、次なる標的としてケータたちを認識した瞬間だった。

 

店内の空気がビリビリと震え、ただならぬ妖気が渦巻き始める。

 

景「ひっ……!」

アラ「おやおや、デザートは我々というわけですか? なんとも食い意地の張った事だ」

 

恐怖で足がすくみそうになる景太の背中を、アラスターの手がバンと叩かれた。

 

アラ「ケータくん! 今こそウォッチのその時計が活躍する時です!」

 

アラスターはステッキで景太のポケットを指し示しす。

 

アラ「昼間に彼女からもらった『契約の証』……あのメダルをこの時計にセットすれば、その悪魔を呼び出し、戦わせることができます!」

景太「よ、呼び出す!?」

 

これに景太は目を丸くた。今まで「妖怪を見る」道具だと思っていたウォッチが、「召喚」の道具になるとは聞かされていなかったのだ。

 

アラ「百聞は一見にしかず。 説明書を読んでいる暇はありません、ぶっつけ本番といきますよ!」

景「わ、わかった……!」

 

ケータは震える手でポケットを探り、ずっしりと重い金属製のメダルを取り出した。

ピクシーの姿が彫り込まれたそのメダルを握りしめると、不思議と少しだけ勇気が湧いてきた。

 

 

景太はメダルを構え、高らかに叫ぶ!

 

景「俺の友達! 出てこい『ピクシー』! メダル、セットオン!!」

 

カシャッ!

 

ケータがウォッチにメダルを差し込むと、これまでにない激しい反応が起きました。

 

ギャギャギャッ……ポォォォン!!

 

ウォッチから紅黒い光の渦が噴き出し、ヨロズマートの狭い通路に魔法陣のような輝きを描きます。

 

光の中から飛び出したのは…。

 

ピク「ふわぁ〜……何? ケータ……」

 

目をこすりながら大きなあくびをしているピクシーだった。

 

ピク「夜ふかしはお肌の天敵なのに……もう寝るとこだったのよ……」

 

完全に寝起きモードのピクシー。

 

しかし、彼女等のやりとりを余所に。幽鬼ガキが涎を垂らして飛びかかろうとしていた。

 

景「遅くにごめん! 助けてほしいんだ! こいつが……!」

 

景太が指差す先を見て、ピクシーは瞬時に眠気が吹き飛んだ。

彼女の視線の先には、飢餓に狂った醜悪な悪魔。

 

ピク「げっ……ガキじゃない。最悪、ヨダレ垂らして汚いったらありゃしない……状況は大体わかったわ……。あいつを追い払えばいいんでしょ?」

 

ピクシーは面倒くさそうに羽を羽ばたかせたが、敵の殺気を感じ取っていた。

しかし、相手は狂暴化した悪魔。小さな妖精のピクシーには荷が重いようにも見えた。

 

その時。

 

景太が一歩、ピクシーの前に飛び出した。

 

ピク「え?」

 

何と景太は両手を広げ、小さなピクシーを自分の背に守るようにして怪物と対峙したのだ。

 

景太「なんだったら俺も一緒に戦うから! 俺に攻撃なんかできないけど……少しは足止めにはなるかも知れないし!」

 

人間である景太が、魔力も力もないただの小学生が、自分より遥かに強力な力を持つはずの悪魔ピクシーを「守ろう」としたのだ。

その行動に、ピクシーは目を丸くした。

 

ピク(へ〜……。自分もガタガタ震えてるくせに、私の前に出るなんて……)

 

弱肉強食の魔界では、召喚主は悪魔を盾にし、道具として扱うのが常識。

しかし、この少年は違った。本気で「友達」として接していた。

 

ピク(結構ガッツあるじゃん、この人間)

 

ピクシーの口元がニヤリと好戦的な笑みが浮かび上がった。

 

彼女はパタパタと景太の前に飛び出し、小さな指先を敵に向けた。

 

ピク「大丈夫よ、下がってなさい。あんな脳みそまで食い気しかない奴なんて私の敵じゃないわ」

 

ピクシーは肩越しに振り返り、景太に悪戯っぽくウインクした。

 

ピク「その代わり、プレミアムチョコボー。お願いね?」

景「えっ? ……うん! 3本でも5本でも買ってあげるよ!」

ピク「言ったわね!!」

 

ピクシーの全身から強力な魔力が溢れ出し、店内の蛍光灯が激しく明滅した。

 

ピク「さあ、ダンスの時間よ! 」

 

ガキ「オオオォォォッ!!」

 

幽鬼ガキが獣のような咆哮を上げ、床を蹴って飛びかかってきた。

見た目の痩せ細った体躯からは想像もできない瞬発力。

 

細長くデカい手がが、ピクシーの小さな体を捕まえようと空を切る。

 

景太「危ないっ!」

 

ケータが思わず叫びますが、ピクシーは余裕の表情を崩さなかった。

 

ピク「っと、遅いわよ!」

 

彼女はそれを透き通った羽を小刻みに震わせ、空中で直角に軌道を変え、ひらりと躱す。

ガキの腕は虚しく空を切り、勢い余ってレジカウンターのガム売り場を粉砕してしまった。

 

ガシャン…!!

 

ガキ「ニゲ……ニゲルナァァァ!!」 

 

苛立った幽鬼ガキは、さらに滅茶苦茶に腕を振り回し出した。

 

しかし、ピクシーはまるでダンスでも踊るかのように、蝶のように舞い、蜂のように鋭い機動で攻撃の隙間をすり抜けてた。

 

天井近くまで上昇し、蛍光灯にぶら下がるようにして挑発するピクシー。

 

ピク「ほらほら、こっちよ! 図体ばっかり大きくて、動きが鈍いんじゃない?」

ガキ「ウガァァァッ!!」 

 

ガキがジャンプして噛みつこうとした、その一瞬の隙。

ピクシーの瞳が鋭く光りました。

 

ピク「今ね! ……そーれ!」

 

ピクシーは小さな両手を突き出し、店内の空気を一点に集中させた。

 

衝撃(風)を司る魔法。

 

ピク「“ザン”!!」

 

ヒュオオオオッ!!

 

彼女の詠唱と共に、店内に突如として緑色の突風が巻き起こった!

ただの風じゃない。魔力によってカマイタチのような刃を持った、真空の衝撃波だ!

 

ガキ「ギャッ!?」

 

空中にいたガキは、その不可視のハンマーで殴られたかのような直撃した!

 

ドゴォォォォン!!

 

ガキ「グギャアアアアッ!!」

 

幽鬼ガキの巨大な体は紙屑のように吹き飛ばされ、誰もいない雑誌コーナーへと一直線に叩きつけられた。

 

本棚がド派手な音を立てて倒れ、週刊誌や漫画雑誌が雪崩のように崩れ落ち、怪物を生き埋めにする。

 

景「す、すげぇ……!!」

 

景太は目の前の光景に唖然とした。

 

あんな小さな体から放たれたとは思えない、凄まじい風の威力。

 

これが「悪魔」の力――。

 

後方で見守っていたアラスターが、パチパチと拍手喝采を送ります。

 

「素晴らしい身のこなし、そして見事な衝撃魔法です! 彼女は回復魔法だけでなく、風を操る術にも長けているようですねぇ。攻守のバランスが良い、実に優秀な『仲魔』だ!」

 

ピクシーはふわりとケータの近くに戻ってくると、エッヘンと胸を張った。

 

ピク「どう? 見直した?」

景「うん! すごいよピクシー! まさかあんな風を起こせるなんて!」

ピク「ふふん、伊達に長く生きてないわよ。……っと、油断禁物。まだ終わってないわ」

 

ピクシーの言葉通り、崩れた本棚の下から、再びドス黒い瘴気が溢れ出してきました。

 

ガキ「ユルサナイ……オレノ……メシ……!!」

 

崩れた雑誌の山の中からガキが這い出てくる。

 

しかし…。

 

ドサ…。

 

これが最後に出せた力だったのだろう。ガキのただの小さく痩せこけた、哀れな影が倒れた。

 

ガキ「うぅ……腹……減った……食い……ものォ……」

 

ガキは虚ろな目で天井を見上げ、掠れた声でうわ言のように繰り返し続けた。その姿からは、先ほどまでの殺気は消え失せ、深い悲しみと苦痛だけが滲み出ていた。 

 

その時、景太はゆっくりと彼に歩み寄った。

 

景「ねェ、お腹すいてるのはわかったけど、コンビニの食料全部食べるのはやりすぎだよ。お店の人、すごく困ってたんだから」

 

ケータが諭すように言うと、ガキは弱々しく首を横に振った。

 

ガキ「俺だって……最初は廃棄されてるゴミ箱の弁当で我慢してたんだ……。誰にも迷惑かけないように、腐ったパンの耳を齧って……」

 

その目から、涙が溢れ出した。

 

ガキ「でも……どんなに食べても満たされなくて……腹の虫が暴れて、気づいたら店の中の商品を……我慢出来なかったんだ……ッ!」

景「そうだったんだ……」

 

満たされない餓鬼の呪い。それは彼の意思とは無関係に、彼を怪物へと変えてしまったのだ。

 

その時、コツコツと軽快な足音が近づいて来た。

 

アラ「それはなんと悲劇的な!」

 

アラスターはガキを見下ろし、芝居がかった仕草で胸に手を当てた。

 

アラ「永遠に満たされない渇きと飢え。それは地獄の責め苦にも似た苦痛でしょう」

 

アラスターはスッと手を差し伸べた。

 

アラ「だったら……私と契約しませんか?」

 

ガキ「け、契約……?」

 

アラ「ええ。貴方のその『穴の開いた胃袋』を、私の力で修復して差し上げましょう。そうすれば、おにぎり一個でも満腹感を得られるようになる」

 

ガキの目が希望に輝き始めた。

 

ガキ「ほ、本当か……!? 苦しく……なくなるのか……?」

アラ「勿論です。私は嘘をつきません」

 

全部は言いませんがね…。

 

アラ「その代わり……条件があります」

 

アラスターの笑顔が深くなり、ノイズ音が強まりました。

 

アラ「私達が求めるのは『私達の友達手駒になる事』。私の、そして、この少年の役に立つ忠実な下僕となりなさい。その代わり、貴方を満たされる身体にしてあげましょう」

 

それは悪魔の契約。魂の自由と引き換えに救いを与える、甘い罠。

 

それでもガキは迷わなかった。この苦しみから逃れられるなら、何だっていい。

 

ガキ「頼む……助けてくれ……ッ!」

 

ガキが震える手を、アラスターの手へと伸ばそうとした、その直前ー!

 

ガキ「待って!!」

 

ガシッ!

 

景太が二人の間に割って入り、アラスターに伸びようとしていたガキの手を両手で掴んで止めた。

 

景「アラスター、それはダメだ!」

「「「!」」」

 

その場の全員――アラスター、ガキ、そしてピクシーまでもが息を呑んだ。

 

アラ「一体、何のつもりですか……?」

 

景太は真剣な眼差しで、アラスターを見上げた。

 

景太「アラスターの条件は『友達になること』だよね?  でも、弱みに付け込んで無理やり言うことを聞かせるなんて、それは友達じゃないよ!」

 

そして、彼は驚くべき提案を口にした。

 

景「僕が代わりにアラスターの願いをかなえるから!

 

アラスターさんがやってほしいこと、僕が倍やるから……だから、条件なしでガキの願いをかなえてあげて!」

アラ「Hah?」

 

アラスターの笑顔が一瞬、素で固まった。

 

ピクシーも口をあんぐりと開けている。

 

ピク(コイツ、バカなの? 自分が損するだけじゃない!)

 

ガキ自身も、信じられないものを見る目でケータを見つめた。

 

ガキ「何で……俺はお前を食おうとしたのに……敵だったんだぞ……?」

景「それとこれとは別だよ」

 

ケータはガキの手を握ったまま、ニカっと笑ってみせた。

 

景「それにさ……契約で定められた友達になっても、俺は嬉しくないしさ。友達って、そういうのじゃないと思うんだ」

 

その言葉は、冷え切っていたガキの心に、温かいスープの様に染み渡った。

 

生前、彼は誰からも顧みられることは無かった。

 

最初は貧しく、飢え、ゴミを漁り、誰からも汚いと蔑まれ、石を投げられ……。

そこから成り上がって裕福になって、近づく人達が現れても自分の地位と金を狙った奴ばかり。誰一人として、彼の手を握ってくれる者などいなかった。

 

しかし今、自分が襲おうとしたこの少年は、見返りもなく自分を救おうとしている。

 

ガキ(ああ……なんだ、これ……)

 

腹の底から湧き上がる温かい感情。それは、どんなご馳走よりも彼の心を「満たして」いった。

そして、ガキは汚れた腕で涙をぐいと拭うと、決意を秘めた目でアラスターの方を見ました。

 

ガキ「……なあ、ラジオデーモンさんよ…」

アラ「?」

ガキ「契約を頼む。……最初の方を」

 

ケータが目を見開いた。

 

景太「えっ、でも……!」

 

ガキは景太に向き直り、照れくさそうに、しかしハッキリと言った。

 

ガキ「勘違いするなよ。無理やり従わされるのは御免だが……俺は、これをきっかけにお前の事を知りたいんだ」

景太「え……」

 

ガキ「お前みたいな変な人間に、初めて会ったからな。だから……俺自身の意思で、お前らの『仲間』になってやるよ!」

 

ガキは胸を叩き、高らかに名乗りを上げた。

 

ガキ「俺は『幽鬼ガキ』! 今後とも宜しく頼むぜ、相棒!」

 

その瞬間、ガキの体から眩い光が溢れ出した。

 

アラスターは満足げに杖を鳴らす。

 

アラ「 交渉成立ですねぇ。美しい友情劇に免じて、サービスしておきましょう」

 

アラスターが指をパチンと鳴らすと、ガキの体を包んでいた禍々しい飢餓の呪いが浄化され、彼の表情に安らぎが戻った。

そして、その光の中から一枚のメダルが生成され、ケータの手元へと飛んでいった。

ケータはそれをしっかりと受け止め、満面の笑みで答えた。

 

「……うん! 宜しくね、ガキ!」

 

時計に新たな友のデータが刻まれた。

 

その姿を、アラスターは興味深そうに、ピクシーは呆れつつも感心したように見つめるのだった。

 

ーーー騒動が収束し、静寂が戻ったヨロズマートの店内。

新たな友達となったガキのメダルをポケットにしまい、ケータはふと周囲を見渡した。

 

敵は倒した。だが、これで終わった訳では無い…。

 

棚は空っぽ、床には散乱したゴミ。商品は一つも残っていなかった。

 

景「……ガキとは友達になれたけど、お店の商品は戻らないよね。あの店員さん、明日にはクビになっちゃうのかな……」

 

ケータが沈痛な面持ちで呟くと、ガキが申し訳なさそうに身を縮めました。

 

ガキ「すまねぇ……俺が全部食っちまったから……。俺のせいで……」

その重苦しい空気を切り裂くように、軽快な杖の音が響く。

 

アラ「さて、どうするか話し合いましょうか」

 

アラスターはガレキと化した雑誌コーナーの上に優雅に腰掛け、足を組みながら話し始めた。

 

アラ「悪魔は退治し、メダルも手に入れた。しかし、コンビニ(舞台)は廃墟のまま。これでは『ハッピーエンド』には程遠い。エンターテイメントとして画竜点睛を欠きますねぇ」

景太「アラスター……何か方法があるの?」

 

ケータがすがるような目で見ると、アラスターはニヤリと笑い、人差し指を立てた。

 

アラ「通常、一度胃袋に収まったものを戻すのは不可能……あるいは非常に不衛生な結果になりますが」

ピク「ウエッ……想像させないでよ」

アラ「しかし、私には何の障害にもなりませんがね!」

 

バチンッ!!

 

アラスターが指を鳴らした瞬間、アラスターのから沸騰するように盛り上がったと思ったら小悪魔達が湧き出てきた。彼らは不気味な笑顔を浮かべながら、キビキビと動き始めました。

 

景「ええっ!? 何これ!?」

アラ「私の可愛い裏方たちです。さあ、彼らと一緒に店を元通りにするのです! ガキ君、君も手伝いなさい!」

ガキ「お、おう! わかった!」

 

ザザッ……♪

 

アラスターの杖から流れるスウィング・ジャズに合わせて、不思議な修復作業が始まった。

影の小人たちが散乱したゴミを拾い集めると、アラスターが杖を一振り。すると、赤い光と共にゴミが「新品の商品」へと巻き戻っていくではないか。

 

破られた袋は元通りになり、中身が充填され、棚へと綺麗に陳列されていく。

 

景「すごい……! 魔法みたいだ!」

アラ「魔法ですよ。地獄仕込みのね」 

 

ガキも必死に動き回りました。自分の食べたおにぎりやパンを影たちから受け取り、丁寧に、そして以前よりも綺麗に見えるように棚に並べていった。景太も彼等を手伝い始めた。

 

ピクシーも「仕方ないわねぇ」と言いながら、羽ばたきで床の埃を掃除してくれた。

 

ほんの数分後…。

 

そこには、まるで新規開店したかのようにピカピカに輝くヨロズマートの姿が広がっていた。

 

景「よし……これで完璧だ!」

 

景が汗を拭ったその時、店の外から足音が聞こえてきた。

 

アラ「隠れますよ!」

 

アラスターがケータの襟首を掴み、瞬時にレジカウンターの裏の死角へと引き込んだ。

 

「はぁ……戸締りだけはしておかないとな……」

 

自動ドアを手動で開け、先ほどの店員さんが戻ってきた。

 

彼は完全に諦めきった顔で、電気のスイッチに手を伸ばしーその刹那、彼は絶句した。

 

「……え?」

 

店員は目を擦った。一度、二度、三度。

 

しかし、光景は変わらなかった。

 

空っぽだったはずの棚には、商品がギッシリと並んで

いた。

 

散乱していた雑誌は綺麗に整頓され、床はワックスをかけたように輝いている。

 

「な、なんだこれ……? 夢か……?」

 

店員は震える手で、棚のおにぎりを手に取りました。

 

本物だ…。

 

ふと見ると、レジカウンターの上に一枚のメモが残されていた。

 

そこには、達筆な文字でこう書かれていた。

 

『在庫整理と清掃を済ませておきました。明日からの営業、頑張ってください。

 

親切な夜の客人より』

 

そしてその横には店員があげたはずの「梅おにぎり」の代金として500円玉がチャリンと置かれていた。

 

「誰か知らないけど……か、神様だ……!!」

 

店員はその場に泣き崩れた。しかし今度は絶望の涙ではなく、それは安堵と感謝の涙だった。

 

ーーー

 

その様子を、店の外の電柱の影から見守る四つの影。

 

景「良かったね、アラスター! 店員さん、喜んでるよ!」

アラ「ま、感謝されるのは悪くありませんね」

 

アラスターは満足げに杖を回した。

 

ガキも、自分の犯した過ちが帳消しになり、誰かが喜んでいる姿を見て、初めて「満たされる」感覚を味わっていました。

 

ガキ「へへっ……なんか、こういうのも悪くねぇな」

ピク「でしょ? これが『人助け』ってやつよ」

 

ピクシーがガキの頭を小突いた。

 

こうして、ヨロズマートの怪事件は、誰にも知られることなく解決した。

 

しかし、景太は気づかなかった。

 

棚に並んだ商品のパッケージの裏に、全て小さく『Alastor's Production(アラスター製)』という赤いロゴが入っている事。

 

そして、それらを食べた街の人々が、明日から少しだけ「ハイテンションで陽気」になってしまうかもしれないことを……。

 

アラ「さあ、帰りましょうケータさん! 夜更かしは美容に毒ですよ!」

景「うん! ……あ、ピクシーへのチョコボー買うの忘れた!」

ピク「なんですってぇぇぇ!!」

 

騒がしくも愉快な夜はこうして更けていくのだった。




きょうの悪魔大辞典

アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」

景「『幽鬼ガキ』」

アラ「仏教世界の餓鬼道で有名なガキは生前に傲慢だった人間が落ちると言われています。輪廻まで転生まで飢餓に苦しむとは正に地獄ですねぇ」

景「良かったね。空腹から解放されて」

あれ?空腹がなくなったという事は…。

お腹に食べ物が残る。

身体に栄養が宿る。

どんどん脂肪が溜まって…

景「いつかは普通のおじさんに……?」
ガキ「いや、ならないならない。何でそうなるんだよ」
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