景「うん!勿論!聞いたときは本当に驚いたよ!
だって「妖怪ウォッチ2」が「妖怪ウォッチ2覇道」にパワーアップして発売決定が決まったんだから!!」
アラ「妖怪ウォッチは流行が消えたこれまでにもいろいろと話題になっていました。そして今、再熱化が起きています!」
ウィス「このまま一気に軌道に乗って再度流行化するかもしれないでうぃす!早くあたくしの格好いい姿と活躍を見せたいでうぃす!」
ジバニ「そんな事したらただ、キモさが増すだけニャン」
ウィス「何だとゴルァ!!!」
文「もう二人とも落ち着いて。私も早く皆のかっこいい姿をみるのが楽しみだよ」
ウィス&ジバニ「「フミちゃん……」」
ピク「またピカチュウを超えれると良いわね」ニヤ
ジバニ「それは言わない約束ニャ…」
アラ「さあ、私達も「妖怪ウォッチ2覇道」を見習って皆さんを笑顔でさせられるよう、今作品である「悪魔ウォッチ」も頑張りましょう!!」
「「「オー!!!」」」
「妖怪ウォッチ2覇道」。本当に楽しみです!!
よく晴れた休日の午後。さくらニュータウンにはいつもと変わらない穏やかな時間が流れていた。
アラスターによる過酷な立派な紳士へのスパルタ英才教育が続く毎日だが、今日ばかりは束の間の休息が許されていた。
いくら完璧な紳士の立ち振る舞いを叩き込まれているとはいえ、景太も根はごく普通の小学五年生である。適度な息抜きがなければ身が持たない。
二階にある景太の自室では、景太がベッドの上で大の字になり、無防備な姿でゴロゴロと天井を眺めていた。
その時、トントン、と窓ガラスをノックする控えめな音と共に、外から声が聞こえた。
「ごめんください」
礼儀正しく落ち着いたその声。しかし、ここが二階の窓の外であることを考えれば、訪ねてきたのが人間でないことは明白だった。
空中にぷかぷかと浮きながら、漫画雑誌を読んで同じくゴロゴロとくつろいでいたピクシーが、パラリとページをめくったまま窓の方へと視線を向ける。
ピク「あ、ケットシーじゃん。いらっしゃい」
気安いピクシーの挨拶に、景太はベッドからゆっくりと立ち上がった。休日の気の抜けた状態とはいえ、アラスターの過酷な指導によって染み付いた「美しい所作」のせいで、その起き上がる動作はどこか洗練されたしなやかさを帯びている。
景太がベランダへと続く窓をカラリと開けると、手すりの上に器用に立っている一体の悪魔が姿を現した。景太が契約を交わした友達悪魔の一体、「魔獣ケットシー」である。
景「いらっしゃい。休日の昼間から珍しいね、どうしたの?」
景太が優しく微笑みかけながら尋ねると、普段は毅然としているはずのケットシーの様子がどうもおかしい。彼はサーベルを持った手をモジモジと動かし、帽子のつばを少し下げるようにして視線を逸らした。よく見ると、猫の顔立ちをしているその頬が、うっすらと赤く染まっている。
ケット「休まれているところ誠に申し訳ありません、ケータ殿。……実は、その……少し、相談がありまして……///」
景「相談?」
ーーー
ピク&景「「恋!?」」
驚きのあまり、景太とピクシーの完璧にハモった声が休日の自室に響き渡る。
ケット「はい。実は私、一人の悪魔に恋をしてしまって……///」
普段はサーベルを振るい、敵の前では決して隙を見せない気高き猫の剣士が、今は自慢の長靴のつま先をもじもじとすり合わせ、折り返し帽子の下で顔を真っ赤にして俯いている。そのあまりにも可愛らしいギャップに、女の子であるピクシーの「恋バナアンテナ」が激しく反応した。
ピク「マジ!? ねえねえねえ! どんな悪魔なの!? どこで出会ったの!? とっとと教えなさいよ!」
空中で読んでいた漫画雑誌を放り投げ、ピクシーは目をキラキラと輝かせながらケットシーの目の前まで猛スピードで飛んでいき、質問攻めにした。
休日の退屈を吹き飛ばす最高のゴシップに、すっかりテンションが上がってしまっている。
景「がっつきすぎだよピクシー……」
鼻息の荒いピクシーを景太は苦笑いを浮かべながら手で制して宥めた。
ピク「えー、だって気になるじゃない! ……で? その相手の悪魔の写真とかないの?」
ケット「それが無くて……。遠くからお見かけするだけで、お声掛けすらできず……」
ケットシーは猫の耳をペタンと伏せ、サーベルを持った手で申し訳なさそうに帽子を深くかぶり直した。
しかし…。
アラ「ご足労の所悪いのですが、私達はお役に立てませんよ」
アラスターは常に絶やさない不気味な笑みを浮かべたまま、あっさりと冷酷な事実を突きつけた。
アラ「なにせ私達に恋なんて、そんなしょーもないものは無関係でしたからね。当然、私は恋愛なんざお断りです」
地獄のラジオデーモンにとって、他者へ向けられる純粋な恋慕などという感情は、非合理的で退屈なものにすぎない。アラスターは鼻で笑うように言い放つと、ステッキの先で床をコツンと叩いた。
景(確かに俺、ちゃんとした恋愛経験は皆無だしなぁ……)
景太は心の中でひっそりと同意した。アラスターの過酷な教育によって「完璧な紳士の立ち振る舞い」は身につけたものの、景太の根っこはまだ小学五年生の男の子だ。実践的な大人の恋愛相談に乗れるほどの経験値は持ち合わせていない。
ピク「ま、アタシも魔界にいた時は恋愛なんて考えたことも無かったし。ケータん家に来てからは毎日食っちゃ寝生活で、チョコボーの新作のことくらいしか考えてないしね」
ピクシーもまた、あっけらかんとした様子で両手を後頭部で組みながら宙返りをした。
アラ「そもそも、悪魔の恋愛事情であれば、わざわざこんな人間の子供の所へ来ずとも、適任がいるでしょう? リャナンシーとアプサラスには相談したんですか?」
彼女たちならば、恋愛のエキスパートとしてこれ以上ない助言をくれるはずだ。しかし、その名前を聞いた瞬間、ケットシーは全身の毛を逆立てるようにして激しく動揺した。
ケット「そ、そんな…!/// お二方を煩わせる訳には……それに、その、色々とからかわれそうで……///」
顔をリンゴのように真っ赤にしてサーベルを持つ手ごとブンブンと横に振るケットシー。その様子を見て、ピクシーはやれやれといった様子でため息をついた。
ピク「ああ……なるほどね。『身内には恥ずかしくて話したくない』って感じか……。いっちょ前に思春期の人間みたいなこと言ってんじゃないわよ」
打つ手なしと思われたその時、景太がポンと手を叩き、優しく、そして頼もしい笑顔をケットシーに向けた。
景「それだったら、恋愛に関する専門の悪魔か、妖怪から相談してみようよ! この街にはたくさんの妖怪がいるんだし、きっと恋の悩みを解決してくれる人がいるはずだよ」
困っている友達を放ってはおけない。景太の生来のお人好しな性格と、最近身につけた紳士的な問題解決能力が合わさり、彼はすぐさま前向きな提案を口にした。
ピク「えー? そんな都合の良い奴いる? 探すだけで日が暮れちゃうわよ」
疑り深い目を向けるピクシーに対し、景太は全く動じずに微笑み返す。
景「探せば見つかるよ。ケットシーが勇気を出して僕のところに来てくれたんだ。絶対に力になりたいんだ」
その曇りのないまっすぐな瞳と、迷いのない言葉。アラスターの教育以前から景太が持っているこの「人の良さ」こそが、多くの妖怪や悪魔を惹きつけてきた最大の理由である。
そのやり取りを見ていたアラスターは、面白そうな余興を見つけたかのように、クックッとノイズ混じりの笑い声を漏らした。
アラ「ハハッ、良いでしょう! 恋愛という陳腐な劇の結末がどうなるか、少々興味が湧いてきました。ま、私も付き合ってあげますよ」
景太の行動力と、アラスターの心強い(?)同行宣言に、ケットシーはハッと顔を上げ、その瞳に感動の涙を浮かべた。
ケット「皆様……! このケットシー、一生の恩に着ます! ありがとうございます!」
猫の剣士は深々と、美しい所作で一礼をした。こうして、休日の穏やかな昼下がりは一転、ケットシーの初恋を成就させるための「恋愛専門家探しの旅」へと早変わりしたのだった。
ーーー
景「フミちゃんなら既に恋愛に詳しい妖怪と友達になってるかもしれないから。一度聞いてみようよ」
景太の提案を受け、一行はさっそく文花の家へと向かうことにした。
家の前に到着し、景太がインターホンを押すと、ほどなくしてドアが開き、茶髪をひとつに結んだ優しくおっとりとした雰囲気の女性――文花の母が笑顔で顔を出した。
文母「あら、ケータくん。いらっしゃい」
景「こんにちは。突然押し掛けてしまってすみませんが、フミちゃんはご在宅でしょうか?」
背筋をピシッと伸ばし、穏やかな笑みをたたえながら頭を下げる景太。その完璧すぎるお辞儀と流れるような挨拶に、後ろで浮遊していたピクシーがヒソヒソ声で顔をしかめた。
ピク「何か彼奴が丁寧に言うの、すっごい違和感感じる……」
アラ「私の教育の賜物です。美学の欠片もなかったあのだらしなさが、見違えるように洗練されたでしょう?」
影の中で誇らしげに胸を張るアラスターの声を無視し、文花の母は少し困ったように頬に手を当てた。
文母「ごめんなさいね、ケータくん。娘は今、お出かけしているのよ」
景「そうですか…」
景太は一瞬だけ残念そうな顔を見せたが、すぐさまその表情を崩し、申し訳なさそうに、けれどどこまでも爽やかな笑顔を浮かべて言葉を重ねた。
景「休日のお忙しい時間帯にお邪魔してしまってすみませんでした。お母さんも、おうちの用事でお忙しいのに手を止めさせてしまってごめんなさい。もしフミちゃんが戻られたら、俺が探していたと伝えていただけたら嬉しいです」
言葉の節々にアラスターから仕込まれた相手を思いやる「紳士の極意」が散りばめられているが、声のトーンや佇まいには小学五年生特有のあどけなさと素朴さがそのまま残っている。
計算づくのあざとさや下心などは一切ない、100%の純粋な思いやり。その絶妙なギャップと爽やかさは、大人の女性から見てもあまりにも眩しく、微笑ましいものだった。
文母「フフ♪ ありがと、可愛らしい紳士さん♥」
流石は大人の女性、文花の母はクスリと優しく微笑むと、景太の頭を撫でたくなるのをグッと堪えるようにして目元を細めた。
文母「伝えておくわね。またいつでも遊びに来てちょうだい」
景「ありがとうございます。それでは、お邪魔しました」
完璧な一礼をして木霊家を後にした景太は、文花を探しつつ、引き続き恋愛に詳しそうな妖怪や悪魔の手がかりを求めて街へと歩き出した。
その背中を見つめながら、ピクシーが「はー……」と深々とため息をつく。
アラ「言っておきますが、やめませんよ。我が契約者がどこへ出しても恥ずかしくない至高の紳士へ至るまで、この指導に手加減などという生ぬるい言葉は存在しません」
ピク「わーッてるわよ……言っても無駄だってこと位はね……」
アラスターの揺るぎない悪魔の美学に、ピクシーはやれやれと肩をすくめるしかなかった。
ーーー
木漏れ日が揺れる休日の歩道を歩きながら、ケットシーは景太の洗練された足運びや、すれ違う人へのさりげない配慮をまじまじと見つめていた。
ケット「前とは変わりましたね、ケータさん。以前はもっとこう……良くも悪くも、隙だらけの少年といった印象でしたが」
ピク「此奴のせいでね……」
ピクシーはジト目で隣を歩くアラスターを見る。
地獄のラジオデーモンによる英才教育。これがいかに常軌を逸したレベルで行われているかを、ケットシーもこの短時間で嫌というほど察していた。
一行がそのまま大通りへ出ようとした時、前方に見覚えのある二人の少女の姿があった。文花の大親友であるサトコとチヨだ。二人は少し青ざめた顔で、何やらヒソヒソと話し合いながら歩いていた。
景「あ、サトコちゃん、チヨちゃん。こんにちは」
景太は相手を驚かせないよう、適度な距離を保ちながら柔らかい声で丁寧に話しかけた。
景「休みの日にごめんね。実は今、フミちゃんを探しているんだけど……どこにいるか知っていたりするかな?」
二人は一瞬ドキッとしたように肩を揺らした。あのゲームセンターで『歴代ハイスコアを粉砕し続ける般若のようなフミちゃん』が二人の脳内に焼き付いていた。
サト「そ、それなら、多分さくら中央シティのゲーセンにいるんじゃないかな……?」
チヨ「でも、今は行かないほうが……その、色々と危険というか……」
チヨは言葉を濁しながら、景太の身の安全を案じて引き止めようとした。しかし、景太はその忠告を「文花が何かトラブルに巻き込まれているのかもしれない」と心配の方向に受け取ってしまった。
景「教えてくれてありがとう! フミちゃんが心配だから、急いで行ってみるね。……あ、そうだ」
景太はふと何かを思い出したように立ち止まると、ポケットから小さな可愛らしい小箱を取り出した。それは先ほど、アラスターの「紳士たるもの、常に気の利いた手土産を携帯しておくべきです」という教えに従って買わされていた、有名洋菓子店の花の形をした高級キャンディの詰め合わせだった。
景太はそれを流れるような手つきで二人の前に差し出し、ふんわりと微笑んだ。
景「これ、さっき見つけて、すごく可愛いから買っちゃったんだ。良かったら二人で食べて。……サトコちゃんの今日の花のヘアピン、すごく似合ってて素敵だし、チヨちゃんも大人っぽい雰囲気がすごくおしゃれで綺麗だね。情報のお礼だよ。それじゃあ!」
ただの感謝の印。しかし、一切の躊躇もなく、相手の今日のファッションや魅力を的確に褒めちぎりながらスッとプレゼントを渡すその完璧な手際はもはや小学生の域を遥かに超越していた。しかも、景太の顔にはただただ純粋な善意とあどけない子供らしさが溢れているのだ。
サト「はうぅ……///」
チヨ「その不意打ちは反則……///」
サトコはキャンディの箱を両手でギュッと握りしめながら耳まで真っ赤にしてへたり込み、いつもは冷静なチヨでさえ、口元を両手で覆いながら完全にノックアウトされていた。
景「本当にありがとう!」
二人が限界を迎えていることなど露知らず、景太は爽やかに手を振ると、文花がいるというさくら中央シティのゲームセンターへと急ぎ足で向かっていった。
その様子を一部始終背後で見ていたピクシーは、あまりの天然ジゴロぶりに頭を抱えて叫んだ。
ピク「ちょっと! アンタ、少しは下心持ちなさいよ! 無自覚にサラッと落としていくのが一番タチ悪いのよ!?」
景「え? 何が?」
振り返った景太は、本当に心当たりがなさそうにキョトンと首を傾げた。その一点の曇りもない純粋な瞳を見て、ピクシーは深く、深くため息をつく。
ピク「…言った私がバカだった……」
悪魔の教えと本人の純真さが悪魔合体した結果、この街に恐ろしい「無自覚紳士の怪物」が誕生してしまったことを、ピクシーは改めて確信するのだった。
ーーー
景太たちが目的のゲームセンターの入り口にたどり着く。
いざ自動ドアをくぐろうとした、その時である。
ドゴォォン……。
建物の奥底から、まるで小型爆弾でも破裂したかのような重苦しい破裂音が腹の底に響いてきた。
景「?」
不思議そうに小首を傾げる景太と共に、一行が店内へと足を踏み入れると――。
文「フンッ!!!」
ドバゴォォン!!!
ゲームセンターの中心で、文花がパンチングマシーンの巨大なターゲットに向かって、渾身の右ストレートを叩き込んでいた。彼女が小さな拳を振り抜くたびに、凄まじい轟音が店内の賑やかな電子音をすべてかき消し、一気に空間を支配する。
気のせいかフロアの床やネオン管のガラスすらもビリビリと共振して揺れ動いている気がした。
文「フー……フー……」
肩で大きく息をする文花。その全身からは、もはや人間のそれとは到底思えない、ドス黒く禍々しいオーラが陽炎のように立ち上っていた。その圧倒的な殺気とプレッシャーに、周囲の客たちは完全に怯えきり、遠巻きに円を作って後ずさっている。
顔面を蒼白にして震え上がるカップルや、あまりの異常事態にスマホで動画を撮ろうとカメラを向けた若者もいた。しかし直後、若者の脳内に響いた強烈な野生の生存本能が「これを撮ったら殺される」と警鐘を鳴らし、慌ててスマホをポケットにねじ込ませていた。
その地獄絵図のような光景に、ピクシーは口をあんぐりと開けて呆然とし、誇り高き魔獣であるはずのケットシーでさえガクガクと毛を逆立てて震えている。唯一、アラスターだけは、この混沌とした状況を心底楽しむように、三日月型に裂けた口元の笑みをさらに不気味に釣り上げていた。
しかし、ここで最も恐ろしいのは…景太が、文花の纏うその凄まじいオーラと異常な空気に『まったく気づいていなかった』ことである。
アラスターの英才教育により「淑女に対する完璧な敬意と、相手の美点を見つめる眼差し」が極限まで研ぎ澄まされてしまった景太の目は、もはや手遅れなほどに真実を都合よく歪めて捉えていた。
景「フミちゃん」
景太は一切の躊躇なく、死地に向かうが如く軽やかな足取りで近づき、爽やかな声で呼びかけた。
(あ、あの少年……狂獣に自ら近づいて……死んだ!!)
周囲のギャラリー全員が目を見開き、最悪の結末を覚悟して息を呑んだ。
だが、次の瞬間!
背後から「ケータくん」の声を聞いた刹那。文花の全身を包んでいたドス黒いオーラが、まるで電源を引っこ抜かれたかのように『スンッ』と一瞬で消滅した。
と同時に、文花は目にも止まらぬ超高速の動きで乱れた前髪を手櫛で整え、服のシワを伸ばし、荒い息をピタリと止める。そして…。
文「どうしたの? ケータくん」
先ほどまでの般若のような怒りなど最初から存在しなかったかのような、とびきり可憐で愛らしい天使のような笑顔を浮かべて振り返ったのだ。
小首を傾げて微笑むその完璧すぎる変貌ぶりに、周囲のギャラリーはもちろん、ピクシーやケットシーまでもが「ヒッ……!?」と愕然とし、完全に言葉を失って石像のように固まった。
その異様すぎる沈黙の空間の中で、アラスターのノイズ混じりの楽しそうな笑い声だけが、クックックッと愉快そうに響き渡っていた。
ゲームセンターの外に出た彼ら。
景太は少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げ、待っていた文花に向き直った。
文「恋愛に詳しい妖怪?」
文花が不思議そうに小首を傾げると、景太はコクリと頷いた。背筋をピンと伸ばした美しい姿勢のまま、少しだけ照れくさそうに頭を掻く。ごく普通の小学五年生の男の子が未だに残っていた。
景「うん。僕たち、まだ子供だから大人の恋愛なんて全然分からなくて……。それでね、いつも優しくて、いろんな妖怪とすぐに仲良くなれちゃうフミちゃんなら、きっとケットシーの助けになってくれるお友達を知ってるんじゃないかなって思って」
景太はそこで一度言葉を区切り、文花の瞳をまっすぐに見つめた。
景「……ごめんね、せっかくの休日を楽しんでたのに、僕の勝手な都合で頼りにしちゃって」
相手の時間を奪ってしまったことに対する、大人びた完璧な配慮。それでいて、はにかむように見せた笑顔は、文花がずっと前から知っている「ケータくん」のものだった。
文(言葉遣いや気遣いはすっごく大人びてるのに、笑った顔はいつもの可愛いケータくんだし……ずるい!!
ってか何で私、ケータくんを可愛いって思っちゃったのよ!///)
洗練された大人のマナーと、あどけない子供らしさの完璧なハイブリッド。文花は自身の心臓が再び早鐘のように打ち始めるのを自覚しながら、必死に平常心を装って胸を張った。
文「そ、それなら良い妖怪がいるわよ!」
これ以上景太の笑顔を直視していると身が持たないと判断した文花は、すぐさま首から下げたピンクの妖怪ウォッチを構えた。
文「私の友達!出てきて『キュウビ』! 妖怪メダル、セットオン!」
光の中から、紫色の妖気を首元に纏い、九本の尾を優雅に揺らす高貴な狐の妖怪が現れた。
キュ「キュウビ!」
華麗にポーズを決めてウインクを飛ばすキュウビ。先ほどのパンチングマシーンの怒鬼のような文花を思い出して一瞬身構えたキュウビだったが文花がいつもの可憐な少女に戻っているのを見てホッと胸を撫で下ろした。
景太から「ケットシーが恋をしてしまい、恋愛のアドバイスが欲しい」という内容を聞いたキュウビは、自信満々に胸を張った。
キュ「恋愛なら僕の得意分野さ! この僕の美しさとスマートなエスコート術があれば、どんな相手の心もたちまち奪ってみせよう。まかせたまえ!」
頼もしい(?)キュウビの宣言に、景太はパァッと顔を輝かせた。そして、嬉しそうに文花の方へと向き直り、自然な動作でスッと距離を詰めた。
景「ありがとうフミちゃん。僕のお願いを聞いて、協力してくれて」
文「えへへ……そんな、お礼なんていいよ! 私だって、一生懸命な恋を応援したいのは同じだもん!」
文花は真っ赤な顔のまま、少し照れ隠しをするように元気いっぱいに微笑み返した。
これで丸く収まった。そう安心した文花だったが、今の景太は「無自覚に女性を落とす」怪物へと変貌していることをすっかり忘れていた。
景太は文花の言葉を聞くと、まるで宝物でも見つめるかのように優しく目を細めた。そして、文花の小さな両手を自分の両手でふんわりと包み込むように握ると、一切の照れや下心のない、純度100パーセントの無邪気な笑顔でこう囁いたのだ。
景「ふふ、やっぱりフミちゃんに頼って正解だったな。……だって、困った時に僕の頭に一番最初に思い浮かぶのは、世界中で一番優しくて可愛い、フミちゃんの笑顔だけだからね」
文「――――ッ!?」
文花の時間が完全に停止した。
息をするのも忘れ、至近距離で放たれた「世界中で一番優しくて可愛い」「一番最初に思い浮かぶ」という強烈すぎるパワーワードが、脳内で何度もリフレインする。
文(せ、世界中で一番……可愛い……!? わた、私の笑顔が……!?///)
景太に悪気はない。彼の中では、アラスターから叩き込まれた「淑女への最上級の賛辞」と、生来持っている「フミちゃんが大好きで信頼している」という小学生男子の純粋な好意が、何のフィルターも通さずにそのまま言葉として出力されただけなのだ。
文「〜〜〜ッッ!!///」
ボンッ! と音が鳴りそうな勢いで、文花の顔から耳の先、果ては首筋までが極限まで真っ赤に染まった。完全に致死量の胸キュンを浴びた文花は、限界を超えてその場にへなへなと座り込み、両手で顔を覆ってジタバタと悶え始めた。完全KOである。
景「えっ!? ふ、フミちゃん!? どうしたの、急に座り込んだりして……顔もすごく赤いし、もしかして熱があるの!?」
自分が放った言葉の破壊力に全く気づいていない景太は、慌てふためきながら文花を覗き込み、オロオロと心配している。これを見たキュウビは唖然としていた。
今まで自分が何度もアプローチをしても効いてるそぶりすらなかったのに、何だあの彼女の悶え様は!?
その光景を空中で見ていたピクシーは呆れたようにジト目を向けながらため息をつき…。
ピク「はぁ……あのバカ、自分がどれだけ破壊力のある爆弾投げてるか分かってないわね……」
アラ「本当に教え甲斐がありますね!」
アラスターは笑みをつり上げ楽しそうにそう言った。
ーーー
キュウビからの「恋の駆け引き」や「スマートなエスコート術」について、手取り足取り(?)の熱血指導を受けたケットシー。
彼は真剣な面持ちで何度も頷き、気高き猫の剣士としての自信を少し取り戻したようだった。
だが、肝心の彼女が今どこにいるのかが分からないことには、せっかくの駆け引きも始まりようがない。景太たちはさくら中央シティの街をくまなく探し歩いた。
やがて一行が、休日の人々で賑わうさくら中央駅の前の待ち合わせの定番スポットである「金の卵」の巨大なオブジェの前を通りかかろうとした、その時だった。
ケット「いました!」
ピクリと猫の耳をそばだてたケットシーが、ハッと息を呑んで前方の一角を指差した。
その声に反応し、景太と文花は息の合った見事なコンビネーションを見せる。景太は左腕の「悪魔ウォッチ」を、文花は首から下げた「妖怪ウォッチ」をすかさず構え、ケットシーの視線の先へとサーチライトを一斉に照射した。
二つの光が重なった空間に、一般の人間には見えない存在がふわりと浮かび上がる。
そこに立っていたのは、左側を大胆にかきあげたロングヘアーが目を引く、色気たっぷりの大人の女性だった。魅力的な顔立ちには、ミステリアスかつポップな印象を与える「猫のヒゲ」を模した特徴的なマスクペイントが施されている。人間の耳があるべき位置には黒い猫の耳がピンと生え、後ろからは白く長い尻尾が優雅に揺れていた。
服装も非常に個性的だ。身体のしなやかなラインがはっきりと浮き出る光沢のある黒い全身ラバースーツを身に纏い、その上から首元から腕にかけてボリュームたっぷりの白い長袖の毛皮のファージャケットを羽織っている。
黒いラバーと白いファーのコントラストが、彼女のセクシーな「お姉さん」としての魅力を極限まで引き立たせていた。
景「アラスター。あの悪魔は?」
景太が小声で尋ねると、足元の影から微かなノイズ音と共にアラスターの声が返ってきた。
アラ「あれは『魔獣ネコマタ』ですね。長命の猫が強大な力を得て妖怪に化身した存在です。まあ、分類上は悪魔なんですがね」
ケットシーが頬を染めて見つめるのも納得の、美しくも妖艶な魔獣。しかし、そんなネコマタの足元には、彼女の美しさに全くそぐわない、ひどく不釣り合いな影がまとわりついていた。
「ねえねえお姉さん、私と一緒にこれからお茶でもどうですか? ワンッ!」
ネコマタの足元で尻尾を振っていたのは、可愛らしいトイ・プードルの体……に、哀愁漂う『人間のオッサン』の顔がくっついた、世にも奇妙な存在だった。
文「あ! じんめん犬!」
文花が思わず声を上げた。彼こそ、かつて32年間勤め上げた会社をリストラされ、ヤケ酒の帰りに木材の下敷きになったトイ・プードルと融合してしまったという悲しき過去を持つ妖怪『じんめん犬』である。「犬になれば女の子にモテモテになるはず!」という野望を抱き続けている彼だが、顔がリアルなオッサンのため、当然ながらキモがられて怪奇現象扱いされるのがオチだった。
今日も今日とて、懲りずに美しいネコマタへナンパを仕掛けているらしい。
ネコマタは心底鬱陶しそうにため息をつき、長い尻尾をパタパタと苛立たしげに揺らしている。
その光景を見たキュウビが、ニヤリと自信満々な笑みを浮かべてケットシーの肩を叩いた。
キュ「だが、これはチャンスだ! 困っているレディを不審者から救い出す……上手く行けばこれ以上ない最高のアプローチ、良い出会いになるぞ!」
なるほど、とピクシーや景太も頷く。正義の剣士として彼女を助ければ、好感度は爆上がり間違いなしだ。
ケット「よし……私が行きます!」
ケットシーはキュウビに背中を強く押され、愛しのネコマタを救うべく、サーベルの柄に手をかけて颯爽と飛び出そうとした――その時!
ネコマタの堪忍袋の緒が、ブチィッ!と音を立てて切れた。
ネコマ「だからしつこいって……
言ってんのよ!」
ドスの効いた怒声と共に、ネコマタの鋭い爪が白刃のように煌めいた。
刹那、空間を引き裂くような恐ろしい風切り音が連続して鳴り響く。敵単体に2〜3回の中威力の物理属性攻撃を叩き込む魔獣のスキル――『ダマスカスクロー』が発動したのだ!
じんめ「チクショォォォォォーーーッ!?」
目にも止まらぬ凄まじい連続斬撃を顔面にモロに食らったじんめん犬は、悲鳴を上げる間もなく空の彼方へ一直線に吹き飛ばされ、一瞬にして星となって消え去った。まさに瞬殺である。
あまりの出来事に、助けに入ろうとしていたケットシーは片足を上げたまま完全にフリーズし、キュウビも口をぽかんと開けて固まっていた。
景&文((ネコマタ強ッ!))
じんめん犬を彼方へ吹き飛ばしたネコマタは、シャッと鋭く爪を収めると、「まったく、せっかくの休みなのに……」と苛立たしげに白いファーの袖を払った。その周囲には、まだピリピリとした殺気と不機嫌なオーラが残っている。
キュ「これは…しばらく時間が必要だね…」
冷や汗を流しながら呟くキュウビの言葉に、景太も文花も、そして当事者であるケットシーも全力で頷いた。今近づけば、あの恐ろしい「ダマスカスクロー」の二の舞になることは火を見るより明らかだった。
それからしばらくの間、一行は少し離れた樹の陰からネコマタの様子を窺うことにした。
アラ「ふむ、情熱的な爪遣いですね。実に素晴らしい暴力を鑑賞させていただきました」
ピク「アンタ、感心するところがズレてんのよ……」
アラスターの呑気な感想にピクシーがジト目でツッコミを入れる中、駅前広場の自販機で缶ジュースを買ったネコマタは、ベンチに腰掛けてそれをゆっくりと飲み干していた。冷たいジュースが効いたのか、トゲトゲしていた雰囲気が徐々に和らぎ、尻尾の揺れも穏やかになっていく。
キュ「よし……不満も収まったようだ。今こそ、僕の伝授した『至高のエスコート術』を実践する時だ!」
キュウビが合図を送ると、ケットシーはゴクリと唾を飲み込んだ。大きな折り返し帽子を深くかぶり直し、鮮やかな真紅のマントの形を整える。両手で握りしめたサーベルの柄が、彼の緊張を表すように微かに震えていた。
いよいよ愛しのネコマタのもとへ向かって歩き出そうとするケットシーの背中を見つめながら、文花は不安そうに胸の前で手を組んだ。
文「ケットシー、大丈夫かな……? さっきのネコマタさん、すごく強そうだったし、また怒らせちゃったら……」
文花の心配ももっともだった。相手はナンパ男を一撃で粉砕するほどの武闘派悪魔である。いくらケットシーが剣士とはいえ、恋の経験はゼロだ。
だが、そんな文花の不安を払拭するように、キュウビは自信たっぷりに胸を張ってみせた。
キュ「問題無い。僕の教えだからね。それに彼には、どんなレディの心も一瞬で掴んでしまう『すごい手札』があるんだ」
景「手札?」
キュウビのどこまでも余裕そうな笑みに、景太は不思議そうに小首を傾げた。
ーーー
樹の陰から見守る景太たちの前で、ケットシーは深呼吸を一つすると遂に赤いマントを翻して堂々たる足取りでネコマタの座るベンチへと歩み寄っていった。
キュ「さあ、よく見ておきたまえ二人とも。モテ心得その壱『紳士的な第一声は恋の扉を開くマスターキー! 落ち着いたトーンで警戒心を解き、レディへの特別感を演出するべし!』……まずは相手を尊重するスマートな挨拶で、彼女の心にスッと入り込むのさ」
景「なるほど……。いきなり距離を詰めるんじゃなくて、相手を安心させるための礼儀と第一印象が大切なんだね」
文(ケータくんはさっき、息を吐くようにそれ以上のことを私にやってのけたけどね……!)
文花は心の中で激しくツッコミを入れつつ、ドキドキしながらケットシーの動向を見守った。アラスターもまた、ステッキに両手を重ねて寄りかかりながら、楽しそうに目を細めて事の成り行きを傍観している。
ネコマタの前にスッと立ち止まったケットシーは、大きな赤い折り返し帽子を優雅な手つきで取り去り、胸に手を当てて、まるで中世の騎士のような完璧な一礼を披露した。
ケット「失礼。お嬢さん」
ネコマ「?」
缶ジュースを飲んでいたネコマタは、突然現れた真っ赤な悪魔に不思議そうな視線を向けた。パタパタと揺れていた白い尻尾の動きがピタリと止まる。
ケット「私、魔界をさすらうケットシーと申します」
帽子を胸に当てたまま、少し芝居がかった、しかし誠実さを込めた声で名乗るケットシー。キュウビの教え通り、相手の目を見つめ、落ち着いたトーンを意識している。
ネコマ「フーン……で、何の用?」
しかし、ネコマタの反応はどこまでも冷ややかだった。ダルそうに肘掛けに寄りかかり、猫の瞳で値踏みするように彼を見つめる。
その冷たい視線に一瞬怯みそうになるケットシーだったが、恋する男はここからが本番だ。彼はもう一度姿勢を正し、意を決してストレートな想いを言葉にした。
ケット「失礼ですが、私、貴方と友達になりたくて……つきましては、貴女の事を教えてくれませんか?」
礼儀正しく、回りくどい駆け引きを捨てた真っ直ぐなアプローチ。
これならきっと、彼女の心にも響くはず…。
ネコマ「うーん、やめとく」
景&文&キュ「「「!?」」」
ネコマタの口から飛び出したのは、一秒の迷いもない、容赦のない「即答の拒絶」だった。
キュ「ば、馬鹿な!? 完璧なタイミングとスマートな第一声だったはずなのに……!」
扇子を落としそうになりながら愕然とするキュウビ。
景「あんなに丁寧で真っ直ぐにお願いしたのに、どうしてダメだったんだろう……」
文「なんか……逆にドン引きされてない?」
景太が目を丸くして不思議がり、文花が冷や汗を流しながらツッコミを入れる中、フラれた張本人であるケットシーは雷に打たれたように完全に石化していた。
あまりの玉砕っぷりに、ネコマタは空になったジュースの缶をゴミ箱へ放り投げながら、トドメとばかりに冷酷な理由を告げた。
ネコマ「だって、胡散臭いし。喋りも、格好も、何もかも」
ネコマタの冷ややかな視線が、ケットシーの姿を下から上へと舐め回す。
平和な現代の街中(しかも駅前広場)で、派手な羽飾りのついた巨大な帽子に、真っ赤なマント。おまけに片手には抜き身のサーベルを握りしめ、「魔界をさすらう」などと中二病全開の仰々しい自己紹介をする男。
キュウビの「スマートなエスコート術」と、ケットシー生来の「騎士道精神」が悪魔合体した結果、ネコマタの目にはただの『痛くて胡散臭いヤバい奴』にしか映っていなかったのだ。
アラ「クックックッ……ニャーッハッハッハ!! これは傑作だ! 見事な撃沈ぶりですね!」
ピク「アンタ性格悪っ……でもまぁ、客観的に見たらネコマタの言う通りよね……」
腹を抱えて大笑いするアラスターと、呆れて額を押さえるピクシー。
あまりにもストレートで残酷な拒絶の言葉を浴びせられ、ケットシーは全身を灰のように真っ白にして燃え尽きかけていた。
呆れ返ったネコマタが「じゃ、アタシはこれで」と踵を返そうとしたその瞬間、樹の陰から見守っていたキュウビが焦ったように叫んだ。
キュ「い! いや、慌てることはない! 今こそ、あらかじめ用意しておいた『あの手札』を使う時だ!」
キュウビは先ほどの失態を取り戻すかのように、再びビシッとドヤ顔を決めた。
キュ「モテ心得その弐『圧倒的なステータスは最大の武器! 揺るぎない財力や地位を提示して、レディの心と将来の不安をガッチリ鷲掴みにすべし!』……さあ二人とも、彼最大の切り札による形勢逆転劇を見た前!」
キュウビの念話による指示を受けたケットシーは、ハッと我に返ると、去ろうとするネコマタの背中へ向けて必死に声を張り上げた。
ケット「ま…待ってください! 私はこう見えて、自分の『王国』を持っています!!」
その言葉が響いた刹那。
ネコマ「……うそ…! マジで?」
ピタッと足を止めたネコマタが、これまでのダルそうな態度から一転、目をキラキラと輝かせて勢いよく振り返った。彼女の背後で揺れる白い尻尾が、現金なほどにピンと真っ直ぐに立っている。見事なまでの食いつきぶりだった。
景「すごい! ケットシーって王様だったんだ! 自分の国を持ってるなんて、なんだかすごくかっこいいなぁ!」
景太は、疑うこともなく目を輝かせて素直に感心している。しかし、その横で浮かぶピクシーと文花の表情はひどく険しかった。
ピク「何かいや〜な予感が……」
文「私もピクシーちゃんと同じ気持ち……。だって、あんな格好で街をうろついてる王様なんて聞いたことないもん……」
二人の嫌な予感をよそに、ネコマタはすっかり態度を軟化させ、猫なで声でケットシーへとすり寄っていった。
ネコマ「ねえねえ! どこにあんの、その王国って? 港区のタワマンの最上階? それとも郊外に広大な領地を持ってるの!?」
期待に胸を膨らませるネコマタ。それに対し、ケットシーは誇り高く胸を張り、自信満々に自らの王国の所在地を宣言した。
ケット「我が王国は自然と共にあります。例えば、深い森の中にある巨大な『木の洞』とか、あるいは人間が住まなくなった静かな『廃屋』の屋根裏などです!」
その瞬間、駅前広場を吹き抜ける風の音だけが虚しく響き渡った。
キュウビは真っ白に固まった。文花もピクシーもそして感心していた景太でさえも、あまりのスケールの小ささに完全に石像のように固まってしまった。
ただ一人、景太の足元の影から顔を出しているアラスターだけが、「ニャーッハッハッハ!ハーッ!ハーッ!!」と腹を抱えて愉快そうにノイズ混じりの大爆笑を響かせている。
沈黙を破ったのは、期待を裏切られて真顔に戻ったネコマタの、心底冷え切った一言だった。
ネコマ「……うわ! ショボっ!!」
それはもう、純度100パーセントの軽蔑を含んだ声だった。
文「ちょっとキュウビ!! なんで
キュ「し、仕方ないじゃないか! 悪魔が『自分の王国がある』なんてドヤ顔で言うから、てっきり広大な魔界の領地や、人間界の豪邸みたいな『持ち家』のことだと思ってたんだよ……! まさか本当に野良猫サイズの縄張りのことだったなんて……!!」
大慌てで言い訳をするキュウビと、頭を抱えてツッコミを入れる文花。
一方、空気が完全に凍りついていることにも気づかず、ケットシーは慌ててネコマタを説得しようと身を乗り出した。
ケット「お、お待ちください! たしかに見た目は質素かもしれませんが、心安らぐ我が家です! 昔から『住めば都』と言うではありませんか!」
必死のフォローだったが、ネコマタは冷ややかな目で彼を一瞥すると、鼻でふんと笑い飛ばした。
ネコマ「はぁ? 妄想の中の都より、リアルな都に住みたいでしょ、普通」
ケット「うっ……!」
ネコマ「あたしね、悪魔になる前……つまり生きていた頃は、都の大商人に飼われていた超お嬢様猫だったの。最高級の魚に、ふかふかの絹の座布団……だから、衣食住にはとびきりうるさいんだよね」
彼女の放つ洗練されたオーラや、質の高いラバースーツとファーを着こなしている理由はそこにあった。
元・富豪の飼い猫という生粋のセレブ気質である彼女にとって、「木の洞」や「廃屋」を王国と言い張る貧乏くさい男など、恋愛対象の土俵にすら上がらないのだ。
ネコマ「っというわけで。アンタみたいな甲斐性のない男とデートとか、マジでありえない。じゃあね、妄想王国の王様」
ネコマタはヒラヒラと白いファーの袖を振り、二度と振り返ることなく、休日の喧騒の中へとさっさと去っていった。
後に残されたのは、二度目の、そして完全に修復不可能な撃沈を食らい、膝から崩れ落ちて真っ白に燃え尽きたケットシーの哀れな姿だけであった……。
ーーー
真っ白に燃え尽きて膝から崩れ落ちたケットシーのもとへ、「ケットシー、しっかりして!」と慌てて駆け寄る景太たち。
その時―。
ネコマ「で? アンタ達何なわけ?」
いつの間にか景太たちの背後に忍び寄っていたネコマタが、白いファーを揺らしながら冷ややかな声で問いかけてきた。あまりの気配の無さに、文花たちは「ひえっ!?」と肩を跳ね上がらせる。
ネコマ「はじめから気づいていたわよ。影からコソコソ覗いてる奴らがいるってね」
そう言って、ネコマタはフッと鼻で笑うと、まずは先ほどからドヤ顔で立っていたキュウビをじっと見つめた。
すかさずキュウビは、自信満々に文花たちへ囁く。
キュ「フッ、案ずることはない。モテ心得その参『隙を見せたレディには、魅惑の眼差しと圧倒的イケメンオーラで一気に急接近すべし!』……僕の美貌で、彼女を即座に虜にしてみせよう!」
文「ちょっとキュウビ! 解説した端からフラれてるのに、また自分の世界に入らないでよ! トドメ刺されるわよ!」
文花の激しいツッコミが飛ぶが、キュウビは聞く耳を持たずにキザな視線をネコマタへ送った。しかし――。
ネコマ「……無しね」
キュ「なっ!?」
ネコマ「だって、ウザそうだしキザでナルシストなのが見え見えなのよ。いくら顔が良くたってねぇ……」
キュ「ぐはぁッ!!?」
完璧すぎる即切り。胸を物理的に撃ち抜かれたようなモーションで、キュウビは大ダメージを負ってその場に崩れ落ちた。文花は「ほら言わんこっちゃない!」と頭を抱える。
続いてネコマタの視線は、マイクステッキを携えて堂々と立つアラスターへ向かいかけたが、アラスターはノイズ混じりの笑みを浮かべたまま「私に関わると火傷しますよ」と言わんばかりに圧をかける。そのため、ネコマタの興味は自然と目の前の少年に向く。
ネコマ「フーン……。顔立ちは普通に整ってる。体格は普通。オーラは異常。全体を総合して……『普通』ね」
独自の分析を下すネコマタ。すると、景太のアラスターが耳元へ身を寄せ、静かに囁いた。
アラ「ケータくん。覚悟を決め、ネコマタと話してみなさい」ヒソヒソ
景「え……いきなり何で……?」ヒソヒソ
二人のコソコソ話に、ネコマタは胡散臭そうに目を細める。
ネコマ「……? 何か言いたそうなら、特別に聞いてあげるけど……」
促された景太は一瞬、しどろもどろになるが意を決してネコマタの目を見つめ、ハッキリとした声で第一声を放った。
景「えっと…あの……
貴女がされたら嫌なことを教えてください!」
ネコマ「……はぁ?」
これには、景太の横にいた文花やキュウビたちも一斉に固まった。
普通は「好きなものは何ですか?」とアプローチするのがセオリーのはず。だが景太の口から飛び出したのは、あまりにも突飛な質問だった。
ネコマ「普通、好きなものから聞くと思うんだけど……何でそんなことを聞くのよ?」
怪訝そうな顔で問うネコマタに、景太は照れくさそうに頭を掻きながら、一点の濁りもない真っ直ぐな瞳で答えた。
景「えっとね、知らずに傷付けちゃうのは嫌だから、最初から知っとけば気を付けられるかなって! あ、俺は……えっと……友達や大好きな人を傷付けられたら嫌かな!」
そう言いながら、景太は「友達」という言葉のところでチラリと文花やケットシーたちを振り返り、優しく微笑んだ。
文(〜〜〜っ!//// なんで私の方を見るのよ……っ!)
文花が一人で照れ死にそうになっている横で、ネコマタは爪をいじりながら「……ふーん?」と気のない返事をした。
それから、景太はピタリと口を閉ざした。ネコマタが『嫌いなこと』を教えてくれるまで、静かに待ち続ける姿勢をとったのだ。
いつまでも会話が進まないのだから、脈無しだと判断して早々に立ち去ればいいはずだった。
しかし、目の前の少年の突拍子の無い質問にネコマタはここで離れたら負けた気がするような不思議な感覚を覚え、足が動かない。
少しの沈黙のあと、ネコマタはぽつりと呟いた。
ネコマ「あの犬のおっさんみたいに……強引なのは、嫌」
景「……ごういん?」
一瞬首を傾げた景太だったが「わかった!」と元気良く返事をし、一気に満開の笑顔を咲かせる。
景「じゃあ次は、貴女の好きなことを教えてください!」
その流れに、ネコマタは思わず心の中で「やっとか……」と思ってしまった。
だが素直に認めるのが悔しくて、「言いたくないわ」と素っ気なく突っぱねる。すると景太は怯むことなく、のんびりと、でも少し残念そうに「そっかぁ」とつぶやいた。
景「言いたくなったら教えてね! 因みに俺はねぇ……」
そこから景太は自身の自慢やアピールは一切せず、アラスターやピクシーたち悪魔に文花やクラスメイトに妖怪の事を話し始める。
彼らが仲間想いで、凄いかという『友達の素敵なところ』を、身振り手振りを交えて楽しそうに話し続けた。
聞いてもいないことばかり。なのに、あまりにも純真でキラキラとした表情で伝える姿に、ネコマタはバッサリと遮ることが不思議とできなかった。全身で一生懸命に伝えようとする少年の姿は、見ているだけでどこか心地よく、飽きることがなかったのだ。
そんな景太だったが、しばらく話し続けると急に顔を真っ赤にさせ、両手をもじもじとさせ始めた。
一体どうしたのかとネコマタが見つめると、景太は少しだけ上目遣いになり、照れくさそうに吐露したのだ。
景「その……ケットシーがネコマタさんを好きになった理由が、話してみてすごく分かるなぁと思って……。俺もいつかは、こんな風に素敵な恋がしてみたいなぁって……」
ネコマ「……好きじゃないの?」
こんなに熱心に話しかけておいて、自分への好意ではないのか。非難を込めてついそう問い詰めたネコマタに対し、景太は正反対の、心底嬉しそうな笑顔で答えた。
景「ううん! 初対面なのに無視しないで、こうして真剣に話を聞いてくれる貴女みたいな人が、ケットシーみたいにどんどん好きになっていくんだろうなぁって思ったんだ!」
ネコマ「……」
一切の駆け引きも下心もない、100%純粋なリスペクトと賛辞。アラスターの英才教育による洗練と、景太自身の素直さが生み出したその言葉に、ネコマタは胸が深く跳ねるのを感じた。
ネコマ(……まぁ……悪くはない……)
素直になれない猫の悪魔の心に、確かな変化の兆しが訪れていた。
ネコマタの心が微かに揺れ動いたその瞬間。一部始終を樹の陰から見守っていたキュウビが、目を見開いてワナワナと震え出した。
キュ「い…今のは!!?」
文「ど、どうしたの急に大声出して……」
ビクッとする文花の隣で、キュウビは興奮した様子でバッと扇子を広げ、熱弁を振るい始めた。
キュ「モテ心得その四『計算無き無欲の賛辞は最強の矛!』……自身のアピールを完全に捨てて友を褒め称え、相手の警戒心をすっかり解き放った上で、純度100%の好意をストレートにぶつける! なんという恐ろしい高等テクニックだ! あの鉄壁のレディのガードを、一切の下心なしにすり抜けてしまったぞ!」
文「高等テクニックって言うか……ケータくんはただ、素で思ったことを言ってるだけなんだけどね。それに、あなたのモテ心得の手札、さっき全部裏目に出てたじゃない」
キュ「うぐっ……!」
文花からの鋭いツッコミに痛いところを突かれ、キュウビがたじろぐ。
一方、景太の真っ直ぐな言葉を浴びたネコマタは、照れ隠しをするようにふいっと視線を逸らした。
そして、いつものツンとしたミステリアスな態度を取り戻すように、白いファーの襟元をファサッと整える。
ネコマ「そんじゃ、アタシ、もう行くから。休日の無駄話はこれまでよ」
景「うん。引き止めちゃってごめんね。俺の話に付き合ってくれてありがとう!」
景太は少しも残念がる素振りを見せず、太陽のように裏表のない、心からの笑顔でパッと手を振った。去り際まで相手を尊重し、感謝を忘れない。その完璧な紳士の振る舞いと、あどけない子供の無邪気さが同居した姿に、ネコマタは小さく息を吐いた。
すたすたと歩き出し、少し距離が離れたところで。
ふと、ネコマタが立ち止まり、肩越しにチラリと景太の方を振り返った。
ネコマ「……またね」
表情こそすましたままだったが、その声は先ほどまでの不機嫌さとは打って変わって、どこか柔らかい響きを帯びていた。それだけぽつりと呟くと、今度こそ彼女は長い尻尾を揺らしながら、休日の人混みの中へと消えていった。
その直後である。
キュ「な、な、ななななっ……!!?」
キュウビはまたしても腰を抜かさんばかりに驚愕しだした!
キュ「アレはモテ心得その五『去り際の言葉は好意のバロメーター!』……あの、誇り高く警戒心の塊だった魔獣ネコマタが、自ら『またね』と次の再会を約束する言葉を口にしただと!? これは完全に心が傾いた証拠、次なる恋の扉が開かれた実質的な完全勝利宣言ではないかーーッ!!」
大仰な身振り手振りで戦況(?)を実況解説するキュウビ。しかし、隣に立つ文花の目は、極寒のシベリアよりも冷ややかだった。
文花はジト目でキュウビを見下ろすと、呆れ果てたため息と共に、無慈悲な事実を突きつけた。
文「……はっきり言っとくけど」
キュ「ん?」
文「さっきから偉そうにモテ心得とか解説してるけどさ……現状、女性の扱いに関しては、圧倒的にケータくんの方が上よ」
キュ「グハッ!?」
文花の放った身も蓋もない正論のストレートパンチが、キュウビのプライドという名のガラスのハートを粉々に打ち砕いた。
キュ「ぼ、僕の完璧なエスコート術が……あんな普通の小学生に負けている、だと……!?」
自称・恋愛マスターとしてのプライドを完膚なきまでにへし折られたキュウビは、白目を剥いて完全にKOされ、地面に突っ伏した。
ピク「アンタの教え、一つも役に立たなかったわね……」
文花の足元で真っ白に燃え尽きているケットシー(モテ心得その弐で爆死)と、その横でKOされているキュウビを見下ろし、ピクシーはやれやれと肩をすくめる。
アラ「当たり前です。小手先の駆け引きなど、私の仕込んでいる『究極の紳士の立ち振る舞い』と『無自覚な純粋さ』の前では、児戯に等しいのですよ」
景太の影の中では、自分の作品である景太の圧倒的な成果を目の当たりにしたアラスターがこの上なく満足そうに笑い声を響かせていた。
当の景太本人はキュウビたちがなぜ倒れているのか全く分かっていない様子で首を傾げているのだった。
ーーー
茜色に染まり始めた夕暮れの街。
さくら中央シティの街頭にぽつぽつと明かりが灯り始める中、駅前広場から少し離れた静かな木陰で、ケットシーは耳を力無くペタンと伏せ、自慢の真紅のマントを力なく羽織り直していた。
意中の相手であるネコマタから「またね」という言葉を引き出すことには成功したものの、肝心の自分自身へのアプローチは全て撃沈。最後は景太の無自覚な魅力によってネコマタの心が動かされるという、何とも複雑な結末を迎えてしまったからだ。
そんな哀愁漂う猫の剣士の肩を、ピクシーが宙を揺れながら優しくポンポンと叩く。
ピク「気にする事ないわよ」
文「そうだよ。ケータくんが異常なだけで、ケットシーはすごくうまくやったよ!」
文花も必死になって言葉を重ねた。キュウビの的外れな指示に従った結果とはいえ、ケットシーの見せた誠実さと一生懸命さは決して間違っていなかったからだ。
二人の優しさに少しだけ救われたように耳をぴこりと揺らしたケットシーだったが、その横から、申し訳なさそうに眉を下げた景太がペコリと頭を下げた。
景「ごめんねケットシー。僕がしゃしゃり出ちゃったせいで……全然役に立てなくて、本当にごめん」
紳士としての立ち振る舞いが染み付いている景太は、自分のせいでケットシーの見せ場を奪ってしまったのではないかと本気で心を痛めていた。だが、文花から見れば、その無自覚な優しさと美徳こそがすべての原因なのだ。
文「ケータくんが気にすることないよ! 悪いのは変なモテ心得とか教えて自滅したキュウビだし!」
地面で白目を剥いて倒れたままのキュウビにフンと鼻を鳴らす文花。しかし、その直後にピクシーが半目でボソッと身も蓋もない一言を投下した。
ピク「まあ、半分アンタのせいだけどね」
文(それはホントそう……!)
文花は声に出さず、心の中で激しく同意した。景太のあの無意識の天然ジゴロぶりがなければ、ネコマタがあんなに素直になることもなかったのだから。
ピクシーは溜息をひとつ吐くと、ポケットから自分の一番の大好物である箱を取り出し、ケットシーの前に差し出した。
ピク「ほら、これあげる。甘いものでも食べて元気出しなさいよ」
ケット「これは……チョコボーですか。ありがとうございます……では、皆様……」
小さなチョコの箱を大切そうに両手で受け取ると、ケットシーは深々と一礼し、トボトボとした足取りで夕闇の消えていく街へと去っていった。
その姿を見送っていた景太が、ふと疑問に思ったように首を傾げる。
景「ねえピクシー……猫にチョコあげてよかったの? 確か猫ってチョコ食べちゃダメなんじゃ……」
現実的な知識に基づいた景太の素朴な疑問に、ピクシーは呆れたように手をひらひらと振って鼻で笑った。
ピク「あー、大丈夫大丈夫。腹巻着けた赤い猫だって毎日バカみたいにチョコ食ってるんだから、悪魔の猫に今更問題あるわけないでしょ」
景「あ、そっか。ジバニャン普通に食べてるもんね」
あっさりと納得してしまう景太なのであった。
ーケットシーSideー
夕闇が静かに街を包み込み、街灯が等間隔にオレンジ色の光を落とし始める頃。
さくら中央シティの裏通りを、一人の気高き魔獣がトボトボと歩いていた。
ケット「はぁ……」
ケットシーの口から、今日何度目か分からない深い大きなため息がこぼれ落ちる。自慢の立派な赤い長靴がアスファルトを叩く音も、どこか重ったるい。風になびくはずの真紅のマントも、今の彼と同じようにすっかりしおれてしまっていた。
ネコマタへの初恋。そして、見事なまでの玉砕。
自分の空回りと、景太の無自覚な魅力を見せつけられたことで、彼のプライドと恋心はズタズタになっていた。失恋の傷は、そう簡単に癒えるものではない。
帰り道の途中にあった誰もいない公園のベンチを見つけると、ケットシーは力なく腰を落とした。しばらくうつむいていたが、ふとピクシーから貰った慰めの品を思い出す。
ポケットから取り出したのは、一本の細長いお菓子。「チョコボー」と書かれたポップなパッケージを見つめ、ケットシーは小さく息を吐きながら袋の端をつまんだ。
甘いものでも食べて、少しでもこの胸の痛みを紛らわそう。そう思って袋を開けようとした、その時だった。
「ねぇ」
ケット「?……!?」
頭上から降ってきた突然の声に、ケットシーはビクゥッ!と全身の毛を逆立てて驚き、勢いよく顔を上げた。
そこにいたのは、彼が今一番会いたくて、けれど一番顔を合わせづらい相手―ネコマタだった。
街灯の光に照らされた彼女は、黒いラバースーツを妖艶に光らせ、白いファーのジャケットを夜風に揺らしている。先ほど別れた時と変わらない、ミステリアスで美しい佇まい。なぜ彼女がこんな所にいるのか、ケットシーの頭の中は完全にパニック状態に陥った。
ネコマ「……それ何?」
呆然とするケットシーの手元を、ネコマタがじっと見つめている。
ケット「?……あ、えっと、これは……チョコボーですけど……」
緊張のあまり裏返りそうになる声で、なんとかそれだけを絞り出す。すると、ネコマタはスッと顔を近づけ、黒い猫耳をピクリと動かしながら鼻をスンスンと鳴らした。
ネコマ「……すっごく甘い匂い……ねえ、半分頂戴」
「えっ!?」と驚く間もなく、ネコマタは至近距離でジッとケットシーの目を見つめてきた。元・大商人の飼い猫として美食を極めてきた彼女の嗅覚が、チョコボーの放つジャンクでありながら暴力的なまでに甘いカカオの香りに強烈に惹きつけられたのだ。
ケットシーは大慌てでパッケージを開け、中身のチョコボーを丁寧な手つきでパキッと半分に折った。そして、震える手でその片方をネコマタへと差し出す。
ケット「ど、どうぞ……!」
ネコマタはそれを受け取ると、少しだけ警戒するように匂いを嗅ぎ、そして小さく口を開いてかじりついた。
ザクッ。
静かな公園に、ザクリと砕ける小気味良い音が響く。
瞬間。
ネコマ「〜〜〜ッッ♥」
ネコマタの釣り上がっていた瞳が、パァァッと大きく見開かれた。
サクサクとしたクッキーの軽快な食感。そして、口いっぱいに広がる濃厚でジャンクなチョコレートの甘み。高級な洋菓子ばかり食べてきた彼女にとって、この計算し尽くされた庶民派お菓子のジャンクな味わいは、まさに脳天を直撃するほどの衝撃だったのだ。
先ほどまでのツンとしたクールな態度はどこへやら、ネコマタは尻尾をピンと立て、頬をピンク色に染めて完全に蕩けた表情を見せている。
そのあまりにも可愛らしいギャップに、ケットシーは胸の奥で再び激しい動悸が鳴り始めるのを感じた。
ケット「……あの、よかったら、私の分の残りも、これもどうぞ!」
ケットシーは顔を真っ赤にしながら、残っていたもう半分のチョコボーも両手で差し出した。
ネコマ「えっ、マジ!? ありがと♪」
ネコマタはパッと花が咲いたような笑顔を見せると、遠慮することなくそれを受け取り、幸せそうにサクサクと味わいながらあっという間に完食してしまった。指先に残ったチョコレートまでペロリと舐めとるその仕草は、まぎれもなく一匹の無邪気な猫そのものだった。
ネコマ「あー美味しかった♪ ねえねえ、これ、すっごく美味しいんだけど、まだ無いの?」
すっかりご機嫌になったネコマタが、身を乗り出してケットシーに問いかける。距離が近くなり、彼女の甘い香りが鼻先を掠め、ケットシーは心臓が口から飛び出そうになるのを必死に堪えた。
ケット「い、今はこれだけですけど……でも! これを手に入れられる場所なら、私は知ってますよ!」
その言葉を聞いた瞬間、ネコマタの猫耳がピンと立ち、背後の白い尻尾が期待に満ちてブンブンと左右に揺れ始めた。
ネコマ「本当!?」
弾んだ声と、キラキラと輝く瞳。
さっきまで「デートなんてありえない」と冷たく言い放っていた彼女が、今は自分に向かって無邪気な期待を寄せている。
これは思いがけない形で訪れた、大逆転のチャンスだ!
決意を固めたケットシーはギュッと拳を握りしめ、気高き騎士としてこの愛しきレディを至高の甘味の園へとエスコートする決意を固めるのだった。
ーーケットシーSideoutーー
ーーー
夕食ですっかりお腹を満たし、景太は自室へと戻ってきた。アラスターのスパルタ教育やドタバタとした休日の疲れが、心地よい気だるさとなって全身を包み込んでいる。
ホッと一息ついてベッドに腰を下ろした、その時。
コン、コン、コン…。
再び、二階の窓ガラスを軽くノックする上品な音が響いた。昼間の光景が脳裏をよぎり、景太が少し驚きながら窓へと歩み寄り、カーテンを開けて窓を開け放つ。
景「あ。ケットシーと……」
そこに立っていたのはケットシー。そして、そのすぐ隣にはネコマタの姿があった。
昼間のあの冷え切った拒絶劇が嘘のように、今の二人は並んで立ち、どこか親密で柔らかな空気をまとっている。特にネコマタの機嫌はすこぶる良さそうだった。
ケット「夜分遅くに申し訳ありません、ケータさん!
いや〜実は、彼女が先ほどいただいた『チョコボー』をすっかり気に入ってしまいまして……どうしてもそれが食べたいと言うので、譲っていただけないかと思いまして……!」
ケットシーは頬を赤らめながら、しかしどこか誇らしげにそう告げた。あのチョコレート菓子が二人の距離を急接近させたのだと察し、景太は思わずクスリと微笑む。
すると、景太の部屋の天井付近をぷかぷかと漂っていたピクシーが、呆れたような、しかしどこか面白がるようなジト目を向けた。
ピク「はぁ? チョコボーが欲しいなら、そんなのウチに来るより文花ん家に行きなさいよ。あそこにはいつもあのチョコボー好きの赤い猫が買い溜めたストックが山ほど眠ってるんだから」
ネコマタ「へぇー、そうなの? じゃあ早速行こ♥」
ネコマタは目をキラキラと輝かせ、ケットシーの腕を嬉しそうにキュッと掴んだ。そのあまりの積極的なスキンシップに、ケットシーは全身の毛を逆立てるほどパニックを起こしながらも、嬉しさのあまり尻尾をぶんぶんと振っている。
ケット「は、はい! 今すぐ彼女を最高級の甘味の園へとエスコートいたします!」
二人が勢いよく飛び去っていこうとする直前、ネコマタがふと足を止め、振り返った。
ネコマ「あ、そうだ。これ」
スッと差し出されたのは、彼女自身の魂が宿る一枚の悪魔メダルだった。
ネコマタ「改めて、あたしは『魔獣ネコマタ』! 今後ともよろしく、ケータくん」
景「うん、こちらこそよろしくね!」
差し出されたメダルを景太が両手で受け取ると、ネコマタは満足そうにフッと微笑み、再びケットシーの腕に寄り添いながら、夜の街へと駆けていった。二つの影が仲良く夜空に消えていくのを見送りながら、ピクシーはやれやれと両手を頭の後ろで組んだ。
ピク「全く……あの剣士、完全にあの猫のお姉様にいいように振り回されてるわねぇ。初めはあんなにオロオロしてたのに、恋の力って恐ろしいわ」
すっかり尻に敷かれつつある友人の姿を思い出し、景太は苦笑いを浮かべながら小首を傾げた。
景「でも、すごく嬉しそうだったし……大丈夫かな? ケットシー、ちゃんと上手くやっていけるかな」
心配性の景太らしい優しい呟きに、部屋の隅の影からヌッと上半身を現したアラスターが、いつもの不気味で優雅な笑みを深めた。
アラ「 どのような形であれ、彼らがこうして並んで歩く『きっかけ』が生まれたのは事実。
ここから先、彼女の心を完全に射止められるかどうかは、彼のこれからの頑張り次第ですね」
アラスターの言う通り、恋のスタートラインに立てたかどうかは、これからのケットシーの努力次第だ。とはいえ、あの様子なら案外うまくやっていけるかもしれない。
ま、ケットシーも無事にネコマタといい感じになれた(?)し……深く考えるのはやめにして、今日はもう寝るとしよう!
景太はベッドにゴロンと倒れ込みながら、充実感に満ちた休日の終わりを穏やかに噛み締めるのだった。
きょうの悪魔大辞典
アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」
景「『魔獣ネコマタ』」
アラ「ネコマタは大小様々ですが、得た力によっては死者を使役出来る者もいるそうですよ」
景「ジバニャンも同じ猫妖怪……って何してんの」
ジバニャンはこれでもかと言うほど滅茶苦茶重装備で常に周囲を警戒していた。
文「いつの間にかチョコボーがごっそりとなくなってる時があって、それで警戒するようになっちゃったの」
絶対、あの二人の仕業だ……。
ジバニ「オレっちのチョコボーを奪う奴は誰ニャー!!!」