頭上に広がる青空から眩しい昼の太陽がぽかぽかと温かな光を注ぎ込んでいる。
静かに流れる川のせせらぎと時折吹き抜ける川風が草木を優しく揺らす、のどかな昼下がり。
さくら中央シティを流れる川の土手沿い、ポツンと置かれた木製のベンチに、景太とピクシーは並んで腰を下ろしていた。
プシュッ、と爽快な音を立てて缶のプルタブを開け、景太は喉を鳴らしながら冷えた炭酸ジュースをゴクゴクと飲み干す。口の中に弾けるシュワシュワとした刺激と甘酸っぱさが、体にじんわりと沁み渡っていく。
景「平和だなぁ……」
空を見上げ、ふにゃりと頬を緩めながら景太は呟いた。
その横で、小さな体で自分専用のミニ缶を持ったピクシーが、ストローでちゅーっと炭酸を啜りながら、深く、心底同意するように頷いた。
ピク「平和ねぇ……」
いつもなら、景太の背後に立つ不気味で完璧主義なアラスターがその赤い目をギラギラと輝かせながらエチケットに関して割り込んできそうな場面である。
しかし、今日の彼はここにはいない。何時もの「特訓」で、朝から不在にしているのだ。
それに最初は「あのアラスターがいないなんて、なんて開放的なんだ……!」とそう歓喜したのも束の間、そこは甘くはなかった。
アラスターは去り際、自身の代わりに影から呼び出した気味の悪い一つ目の「使い魔」をバッチリ景太の監視役として残していったのだ。
おかげで午前中の景太はその使い魔の鋭いギョロ目にジッと見張られながらこの一週間で叩き込まれた掃除の基本や歩行姿勢の「復習」をみっちりさせられる羽目になったのだった。
だが、それも一時間ほど前にようやく終了した。
用済みとなった使い魔は、アラスターの元へと影の中にスッと消えていった。
つまり今度こそ、本当の意味で自由で平和な「何もしなくていい時間」が訪れたのだ。
ベンチに深く背もたれ、足をぶらぶらさせながら炭酸ジュースを味わう。誰にも監視されず、小言も言われず、ただただぽかぽかの日差しを浴びてボケ〜っと過ごす。
これまでの地獄のようなスパルタ特訓の日々を思えば、この何気ない日常のひとときが、まるで天国のように愛おしく感じられた。
景(ふぅ……たまには、こういう何も起きないのんびりした日があってもいいよね……)
景太がジュースの缶を口元に運び、まぶたを閉じかけて満足げな吐息を漏らそうとした、まさにその時だった。
「天野景太! ボクと勝負しろ!!」
川沿いの静寂を切り裂くように、どこからか高く響き渡る、やけに堂々とした威勢のいい声が叩きつけられた。
景「ぶッ!?」
思わずジュースを吹き出しそうになりながら、景太とピクシーは同時にガバッと顔を上げた。
平和な時間は、あっけなく、そして唐突に終わりを告げたのだった……。
景太たちの目の前には一人の少年が仁王立ちしていた。
いや、ただの少年ではない。
少し白みがかった淡い金髪は、前髪がツンツンと立体的に立ち上がり、後頭部の髪はフワリと複雑にハネている。そのハネ方は、よく見ると九つに分かれた「キツネの尻尾」を連想させるような独特のシルエットを描き。
顔立ちはスッと通った鼻筋に、切れ長の美しいグリーンの瞳。モデル顔負けの整った容姿は、まるで少女漫画のページからそのまま抜け出してきたかのようである。
服装もまた洗練されていた。清潔感のある白い長袖シャツの上に、上品な紫色のニットベストを重ね着している。下はアクティブな黒いハーフパンツに、膝下まである白いハイソックス、そして足元は黒いショートブーツでカッチリと決めていた。
完璧なルックスとスタイリング。しかし、その正体を景太とピクシーはよく知っていた。
通りかかった人間が思わず振り返るほどの「超絶イケメンの美少年」であった。
だが、その正体は彼から漂う妖気、そして何よりその高飛車な態度は、自称・恋愛マスターのエリート妖怪――人間に化けたキュウビそのものであった。
景太は手に持っていた炭酸ジュースの缶をベンチに置き、心底面倒くさそうな、そしてどこか冷めた半目になってため息をついた。
景「いきなり何、今忙しいんだけど」
せっかくの平和なひとときを邪魔された景太の塩対応に、キュウビの端正な顔がピクリと引き攣る。
キュ「嘘つけ! 誰がどう見てもダラダラしてたろ!?」
美しい顔をギリッと歪めてツッコミを入れるキュウビに対し、今度はピクシーが宙に浮かび上がり、ストローをくわえたまま真顔で加勢した。
ピク「忙しいのよ。これから私達、空をボケーっと眺めるっていう重要なミッションがあるの」
キュ「馬鹿野郎!!」
あまりにもふざけたピクシーの言い分に、キュウビの怒りが沸点を超えた。
「ポンッ!」という間の抜けた音と共に、キュウビの感情の乱れに引っ張られるように変身の術が一部解けてしまう。黒いハーフパンツのお尻のあたりから、黄金色に輝くモフモフとした九つの巨大なキツネの尻尾が「バサァッ!」と勢いよくあらわになってしまったのだ。
完璧なイケメン美少年の背後に、巨大な九尾の尻尾が揺らめくという非常にシュールな光景。
景「……で? 一体何の用?」
尻尾丸出しで息巻くキュウビに対し、景太は一切動じることなく淡々と問いかけた。
その冷静な声にはっとしたキュウビは、自分の背後で揺れる尻尾に気づき、「しまっ……!」と顔を青ざめさせた。
キュウビは慌てふためきながら「ポンッ!」と煙を出して変身を直し、尻尾を無理やりパンツの中へと隠す。そして、コホンと一つ咳払いをすると、再び余裕のあるイケメンの表情を取り繕って景太をキリッと指差した。
キュ「貴様、余裕ぶってるのも今のうちだぞ!」
景「いや、本当に何?」
全く身に覚えのない因縁をつけられ、景太は純粋に首を傾げた。しかし、キュウビからすればそのキョトンとした態度は「シラを切っている」ようにしか見えなかったらしい。
キュ「白をきり続けるなら教えてやる…!」
――回想――
その日もボクは、人間界で「キュン玉」集めに精を出していた。
「キュン玉」……それは、人間の乙女心を甘くときめかせ、「キュン」とさせた瞬間にその胸元から生み出される心の結晶。これを100個集め、妖魔界にいる『紅蓮の親方』に差し出すことによって、ボクは名実ともに最高峰の「上級キュウビ」へと昇格できるのだ。
これまでにも、ボクはその天性の容姿と洗練された甘い言葉で、数え切れないほどの女性たちの心を虜にし、幾多のキュン玉を回収してきた。ボクにとって乙女心を落とすなど、赤子の手をひねるより簡単な作業に過ぎないはずだった。
あの日、さくら中央シティのカフェテラスの近くで、ボクはターゲットとなる二人の少女――景太のクラスメイトであるサトコとチヨを見つけた。
ボクは完璧な笑顔を張り付け、風に金髪をなびかせながら、彼女たちの前に優雅に舞い降りた。
楽しそうに談笑しながら歩いてきた彼女たちの前にスッと優雅に立ち塞がると、春のそよ風のように爽やかな、それでいて妖しい魅力に満ちた極上の笑みを浮かべた。指先を鳴らすと、どこからともなく一輪の真っ赤な薔薇が現れる。
キュウビはその薔薇をサトコの胸元へそっと差し出し、切れ長のグリーンの瞳で彼女たちを熱く見つめながら、甘く囁いた。
キュ「……やあ、美しいお嬢さんたち。君たちの楽しそうな声に惹かれて、つい声をかけてしまったよ。君たちのその宝石のように澄んだ瞳に見つめられると、ボクの心はもう魔法にかけられたように動けない。……ねえ、もしよければ、この後ボクと一緒に、甘くてとろけそうな秘密の時間を過ごしてくれないかな?」
甘い吐息が混じる、完璧なイケメンによる完璧なセリフ。計算し尽くされた角度のウインク。 通常の女性であれば、ここで顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、見事な「キュン玉」を生み出すはずである。キュウビもまた、ピンク色の玉が飛び出してくるのを今か今かと待ち構えていた。
しかし――。
予想に反して、サトコとチヨの反応はひどく鈍かった。それどころか、二人は顔を見合わせ、まるで「ちょっとイタい人を見てしまった」かのような、困った顔をしたのだ。
キュ「……? どうしたんだい? ボクの美しさに、言葉も出ないのかな?」
不審に思ったキュウビが小首を傾げて尋ねると、サトコは少し申し訳なさそうに頬をかきながら口を開いた。
サト「いや……なんて言うかその……顔もかっこいいし、悪くはないんだけど……」
チヨ「ケータくんのを知っちゃってるから……///」
チヨは、目の前の超絶美少年であるキュウビには一切なびいていないにも関わらず、なぜか「ケータ」という名前を出した途端、思い出し照れをするように両手で頬を押さえ、ポッと顔を赤らめたのだ。
キュ「ケー……タ……?」
思いがけない名前の登場に、キュウビの完璧な笑顔がピシッとひび割れる。
天野景太。それは、ただの平凡で取り柄のない、ごく普通の小学生の少年のはずだ。なぜ、この完璧な美少年である自分の甘い誘惑を前にして、あんなモブのような少年の名前が出てくるのか。
キュウビの困惑をよそに、サトコとチヨの会話は、完全に「ケータ」の話題で持ちきりになってしまった。
サト『まさか夏休みが明けてから、あそこまで変わっちゃうなんて夢にも思わなかったよね! なんていうか、あからさまなアピールじゃなくて、自然とドアを開けてくれたり、荷物を持ってくれたりするじゃない?』
チヨ『そうそう! でも、ただの完璧な執事みたいで遠い存在ってわけじゃなくて、たまに他の男子みたいに無邪気に笑ったり、子供っぽいところもあったりして……。正直、あれは本当に反則ね……///』
キャーキャーと盛り上がる二人の少女。
ボクが捧げた甘い言葉やイケメンの容姿など微塵も響いていない。彼女たちはただ、天野景太が無意識に見せる「洗練された紳士の所作」と「等身大の少年らしさ」のギャップを思い出していただけだったのだ。
その時である。
ポンッ♥ ポンッ♥
眩い光とともに、サトコとチヨの胸元から、かつて見たこともないほど巨大で、淡いピンク色に美しく輝く『キュン玉』が弾け飛んだ!
しかし、それはキュウビに対して発生したものではないため、彼が回収することはできない。
キュ「!!」
ガァァァァァーーン!!!
キュウビの脳内に、雷が直撃したかのような凄まじい衝撃が走った。 あの、平凡の塊のような天野景太が……? この伝説の妖怪であり、自他共に認める最強の美少年であるこのボクよりも、人間の女性の心を強烈に「キュン」とさせているというのか……!?
まさか、この僕よりもキュンをさせる者がいたなんて。 しかもそれが、よりによってあの天野景太だなんて。
キュウビの誇り高きプライドは、この日、音を立てて粉々に砕け散ったのである。
――回想終わり――
キュ「どうだ…? これでボクの抱える深い絶望と、君との間に生まれた数奇な因縁を理解したか……
ってすごい嫌そうな顔してる!!?」
景太とピクシーの顔には同情も畏怖も微塵もなかった。 そこにあったのは、道端に落ちている生ゴミを偶然踏んでしまった時のような、あるいは救いようのない残念な生き物を見るような……純度百パーセントの「軽蔑」の表情だった。ふたりとも目を半開きにし、口角をへの字に曲げ、完全にドン引きしている。
ピク「アンタさぁ……そんなただの逆恨みでわざわざここまで来たわけ? なんて言うか、はっきり言って引くわ……。キモい」
景太の肩の辺りをふわふわと飛びながら、ピクシーは容赦のない毒舌を吐き捨てた。
キュ「お前にわかるか!? この、誰からも愛される天才的なボクが味わった屈辱が! ボクの甘い言葉よりも、ただあいつの立ち振る舞いを思い出しただけの女子から巨大なキュン玉が出たんだぞ!? こんな妖魔界の歴史を揺るがすような大事件、見過ごせるわけがないだろう!!これじゃあ、誇り高きエリート妖怪であるボクの面目は丸潰れだ!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏み、イケメンの仮面をかなぐり捨ててわめき散らすキュウビ。もはや高貴な妖怪の威厳などどこにもない。
キュウビはビシッと、まるで決闘を申し込む騎士のように景太へと指を突きつけた。
キュ「僕と勝負だ天野景太!! これから街へ出て、どちらがより多くの女性から『キュン玉』を集められるか、今ここで決着をつけてやる!! ボクのプライドにかけて、貴様を完膚なきまでに叩き潰して……」
景「嫌だ」
景太はコンマ一秒の即答で切り捨てた。そして何事もなかったかのように、手元の炭酸ジュースを飲もうとする。
キュ「ッ!! 臆したか……! 貴様に拒否権など――」
逃げる気か、と詰め寄ろうとしたキュウビの言葉を遮るように、景太はふうっと小さくため息をつき、静かに、そして真っ直ぐにキュウビの緑色の瞳を見据えた。
景「勝負から逃げるとか、そういう問題じゃないよ。ただ……理由はどうであれ、女性を点数稼ぎの道具みたいに『物扱い』するのは、すごく酷いことじゃない?」
その声に怒りはなく、ただ純粋な疑問と、紳士としての確固たる信念だけがこもっていた。
一週間に及ぶアラスターの『紳士学』と、シルキーの『思いやりの家事特訓』によって、「人を心からもてなす精神」を叩き込まれていた景太からすれば、キュン玉集めのために女性を攻略対象として扱うキュウビの態度は、紳士として到底許容できないものだったのだ。
景太のどこまでも真っ直ぐで純粋な、そしてあまりにも正論すぎる一言。
それが突き刺さった瞬間――。
刹那、キュウビの口から断末魔のような悲鳴が上がり、その体が見えない力に弾き飛ばされるように後方へと盛大に吹き飛んだ。
ドスンと激しく激突するとそのあまりの精神的ショックと衝撃により、ついに人間に化ける術が完全に解けてしまった。
煙が上がったあとに残されていたのは、九つの美しい毛並みの尻尾を持った、本来の妖艶な狐妖怪の姿であった。
キュ「うぅ……ボクの美学が……ボクの誇りが……『物扱い』などと一刀両断されるなんて……ううっ……」
絶望のどん底に叩き落とされたキュウビは、地面に四つんばいになり、紫色の妖気をどんよりと漂わせながらブツクサと呪いの言葉のように呟き始めた。イケメン姿の余裕は見る影もない。
その哀れすぎる惨状を見下ろしながら、ピクシーが景太の耳元へ飛んできて囁いた。
ピク「アンタ……勝負乗ってあげなさいよ」
景「ええ!? ピクシーまで何言ってるのさ!」
驚いて声を裏返らせる景太にピクシーは呆れたように肩をすくめた。
ピク「あの状態のコイツを見なさいよ。このまま断って追い払ったところで、絶対にしつこくストーカーみたいに当分付きまとってくるわよ。そうしたら、せっかくアラスターがいない貴重な休日が全部台無しになるわ」
景「うっ……それは確かに嫌だけど……」
景太は困惑気味に頭を抱えた。アラスターのいない自由な時間を、怨念と化したキュウビの追跡で潰されるのは何としても避けたい。
景「でもさ、やっぱり勝手に女の子の心を試したり、勝負の道具みたいに扱うのは嫌なんだよな……人としてそれだけは譲れないよ」
景太が頑なに拒む理由を聞いて、ピクシーはふむと小さな顎に手を当てた。
ピク「じゃあ、ルールの条件を変えさせればいいじゃない。キュン玉を勝手に集めるんじゃなくてさ」
そう言うと、ピクシーは地面でジタバタと悔しがっているキュウビの前に降り立ち、パンパンと小さく手を叩いた。
ピク「おい、そこのイケメンキツネ。いつまでいじけてんのよ。景太が受けて立つ気になる条件を出してあげるわ」
キュ「な……なんだと……!?」
キュウビは顔を上げ、涙目のグリーンの瞳でピクシーを見た。
景太は四つんばいのキュウビに向かって、しっかりと向き直り、条件を提示した。
景「条件は女の子たちを黙って試してそのキュン玉?ってのを奪うような真似は絶対にしないこと。勝負する対象の人には事前に『どっちのエスコートやもてなしが良かったか』を審判してもらうために趣旨を説明する。それで、相手にちゃんと判断してもらう。キュン玉の数じゃなくて、相手の満足度で勝負するなら、受けて立つよ」
キュ「な、なんだと……!? 事前に趣旨を話すだと!? それでは乙女が無防備な状態でのキュンが得られないではないか!」
キュウビは反論しようと立ち上がったが、景太の鋭くブレない視線に気押された。
景「本当に相手を喜ばせる自信があるなら、事前に言っておいたって関係ないでしょ? それとも、キュウビは不意打ちじゃないと女性をキュンとさせられないの?」
キュ「ぐぬぬぬ……ッ!! 言ってくれるじゃないか……!!」
景太の煽りとも取れる純粋な問いかけに、キュウビの負けん気に火がついた。プライドを傷つけられたエリート妖怪としては、ここで引き下がるわけにはいかない。
キュ「いいだろう! その条件、呑んでやる! 相手が事前に構えていようと、ボクの究極の美貌と甘いエスコートにかかればイチコロだということを証明してみせる! 天野景太、後悔するなよ!!」
ポンッと煙を巻き上げ、キュウビは再びあの超絶イケメン美少年の姿へと変身し直した。
こうして、休日を平和に過ごすはずだった景太は、ひょんなことからキュウビとの「おもてなし対決」に巻き込まれることになってしまったのだった。
ーーー
第一ターン!
景太とキュウビが並んで街を歩いていると、前方にクラスメイトの姿を見つけた。めぐみと舞である。
景「メグちゃん。舞ちゃん」
めぐ「あ、ケータくん…って隣の子誰?すごいイケメン」
めぐみが目を丸くしてキュウビを見つめる。その言葉に、キュウビは自信満々のドヤ顔を浮かべ、自慢の金髪をフワリとかき上げた。
景「ハハハ…話の邪魔をしてごめんね。いきなりで悪いんだけど実は…」
景太は手短に事情を説明した。キュン玉を集めるなどという怪しい目的は伏せつつも、「どちらのエスコートや言葉がより女性の心に響くか、公平な審判を下してほしい」と正直に頼み込んだのだ。
めぐ「なるほど。それは面白そうね」
アイドルになるのが夢であるめぐみは、まるでテレビの企画のようだと目を輝かせ、愛らしい笑顔で頷いた。
舞「言っとくけど私達、結構、厳しいから覚悟してね」
小学生ながら流行に敏感で、少し背伸びをしたギャル風のファッションを好む舞が、腰に手を当ててニヤリと笑う。彼女の目はすでに厳しい審査員のそれであった。
めぐ「それじゃあ、私達がお題を出すね。そうしたほうが面白いでしょ?」
二人は顔を寄せ合い、ヒソヒソと相談を始めた。そして、舞がビシッと指を突きつけて宣言した。
お題は、「口説き文句」対決。
ただの甘い言葉ではなく、いかに相手をドキッとさせ、心に響かせるかが問われる難題である。
先ずはキュウビのターン。
キュ「フッ、造作もないことだ。ボクの辞書に敗北という文字はない」
キュウビは余裕の笑みを浮かべ、二人の前に優雅に進み出た。切れ長のグリーンの瞳を細め、周囲の空気を一瞬にしてロマンチックな夜景に変えるかのような妖艶なオーラを放つ。
キュ「可憐な二人の女神たち。君たちの美しさを前にすると、太陽の光すら色褪せて見えてしまうよ。
ツインテールのレディ、君のその苺のように甘く無垢な笑顔は、ボクの心を狂わせる。サイドテールのレディ、君のその気高き豹のような研ぎ澄まされた美貌はボクを永遠の虜にする。
どうか、この哀れなボクに、君たちという名の美しい花を一生愛でる特権を与えてくれないか?」
芝居がかった手つきで片膝をつき、完璧なウインクを投じるキュウビ。まさに恋愛マスターの面目躍如たる、隙のない極上のセリフだった。
しかし…。
めぐみと舞は、一瞬顔を見合わせた後、スッと冷めた目になった。
めぐ「うーん……なんていうか、セリフがクサすぎて舞台のお芝居見てるみたい。私、アイドル目指してるからさ、そういう作り物の態度はすぐわかっちゃうんだよね」
舞「顔は確かに超絶イケメンなんだけど……アプローチが古臭いっていうか、ホストみたいで逆に引いちゃうかも。ごめんね」
容赦ない女子小学生のリアルな辛口評価に、キュウビは「グハァッ!?」と胸を押さえて崩れ落ち、地面に両手をついて絶望した。
次に景太のターン。
自爆して白く燃え尽きたキュウビを見て冷や汗をかきつつ、景太はゆっくりと二人の前に立った。
景「口説き文句なんて、俺には全然思いつかないんだけど……」
頭を掻きながら正直に前置きしつつ、景太はスッと背筋を伸ばした。一週間の過酷な特訓で体に染み付いた、無駄のない美しい立ち姿。彼は二人の目を真っ直ぐに見つめ、穏やかで嘘のない声で語りかけた。
景「でも、二人のことはいつも見てるからこれだけは言えるよ。
メグちゃん、いつもクラスで誰よりも明るく振る舞って、みんなを笑顔にしてくれてありがとう。そのアイドルみたいな頑張り屋なところ、本当にすごいと思ってる。
舞ちゃんも、いつも自分に似合う服を堂々と着こなしていて、すごくかっこいい。今日のヒョウ柄の服も、舞ちゃんにしか出せない魅力があって、とても素敵だよ」
景太は一歩踏み出し、アラスター仕込みの優雅な所作で、そっと自分の胸に手を当てて微笑んだ。
景「もし、俺みたいな男でよかったら……これからも、二人のその素敵な笑顔を一番近くで応援させてくれないかな?」
気取った言葉は一つもない。ただ、彼女たちの普段の努力や個性をしっかりと見て、心からの敬意と純粋な好意を伝えただけだった。
しかし、その嘘偽りのない誠実な言葉と、アンバランスなほどに洗練された紳士的な所作は、強烈な威力を発揮した。
めぐみの顔が、つけている苺のヘアゴムよりも真っ赤に染まり、いつもは計算された「いい子」のアイドルスマイルが、完全に素の照れ顔に崩れる。大人ぶっていた舞も、顔を真っ赤にして口元を覆い、たまらず視線を泳がせた。
めぐ「……っ! 反則……そういう風に、ちゃんと私たちのこと見てくれてたなんて……」
舞「ちょっと、急に大人の男の子の顔しないでよ……! 本気でドキッとしちゃったじゃない……///」
ポンッ♥ポンッ♥
めぐみと舞の胸元から弾け飛んだ淡いピンク色の光の玉は、まるで意思を持っているかのようにふわりと空を舞い、景太の手元へと吸い込まれるように飛んできた。
景太は空中でそれを受け止め、手のひらの上でコロコロと転がした。
景「何? この中にハートが入ったビー玉みたいなの」
不思議そうに目を瞬かせる景太の横で、ピクシーはそっぽを向きながらしれっと答えた。
ピク「知らないわよ、そんなの」
実はそれが「キュン玉」であり、キュウビが血眼になって集めているものだと熟知していたピクシーだったが、ここで変に説明して景太が戸惑うのも面倒だったため、あえて知らないふりを貫き通した。
一方、地面に倒れ伏したままのキュウビは、喉の奥からギリギリと歯ぎしりをするような音を漏らし、血の涙を流しながらその光景を睨みつけていた。
キュ(わかってた……! ボクの極上の口説き文句が通用しなかった時点で、こうなることはわかってたけど……わかってたけど……! 悔しいッ……!!)
審判を下すまでもない空気ではあったが、約束通り、舞がコホンと一つ咳払いをして審査結果を発表した。
めぐ「まぁ、一番良かったのは……」
めぐみと舞は、照れくさそうに顔を見合わせ、同時に声を揃えた。
めぐ/舞「「ケータ(くん)かな」」
景「えっ!?」
景太は予想外の結果に目を丸くした。正直、キュウビのあの映画俳優のようなセリフ回しや洗練された身のこなしを前にして、自分など到底勝ち目はないと思っていたのだ。
舞はまだほんのりと頬を赤らめながら、少しからかうように口を開いた。
舞「でもケータ、よくあんなセリフ出せたわね。びっくりしちゃった」
めぐみもウンウンと頷き、アイドルスマイルの裏にある等身大の笑顔で微笑んだ。
めぐ「うん。でも、私たちのことちゃんと見ててくれたんだなって……お世辞でも、すごく嬉しかったよ」
その言葉を聞いた景太は、少し困ったように眉を下げ、純粋な疑問符を浮かべて首を傾げた。
景太「お……せ……じ?」
ぱちぱちと瞬きをする景太の目は、一点の曇りもない清らかな輝きを放っていた。
景「お世辞なんかじゃないよ。俺がいつも思ってる、本当のことだもん」
ドォォォン……ッ!!!
その言葉が落ちた瞬間、めぐみと舞の脳内に強烈な一撃が直撃した。
めぐ&舞((お世辞じゃなくて……[[rb:本気 > マジ]]で思ってるってことぉぉぉ!?))
刹那、二人は限界を超えて真っ赤になった顔を両手で覆い隠した。耳の先まで茹でダコのように赤く染まり、その場にしゃがみ込みそうになるのを必死で耐える。
舞「あんた……っ! 夏休みの間に一体何があったのよ……っ!?///」
めぐ「もう無理……直視できない……っ///」
顔を覆った指の隙間からチラチラと景太を見るものの、その眩しすぎる天然の破壊力に耐えきれず、二人は限界を迎えていた。
その様子を宙から見下ろしていたピクシーは、缶ジュースをちゅーっと吸いながら、抑揚のない完璧な棒読みで宣告した。
ピク「ケータの圧勝」
勝負は誰の目にも明らかだった。
景太は、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている二人に近づき、心配そうに声をかけた。
景「だ、大丈夫? 二人とも顔が赤いけど……家まで付き添おうか?」
優しく手を差し伸べる景太。しかし、今の二人にとってその優しさは刺激が強すぎた。
舞「だっ、大丈夫だから! ひとりで帰れるから!!」
めぐ「ケータくん、今日はこれ以上優しくしないでーっ!!」
舞とめぐみは、まるで眩しい太陽から逃げるかのように顔を覆ったまま、「じゃあね!」とフラフラとした足取りで足早に去っていってしまった。
その背中を見送りながら、景太は「変だなぁ、怒らせちゃったかな?」と鈍感すぎる感想を漏らし、キュン玉をポケットにしまった。
景「二人とも顔赤くしてどうしたんだろう…?」
ピク「さあ」
ピクシーは宙に浮かんだまま、空になったジュースの缶を揺らして、全く興味がなさそうに短い返事をした。
景太はふと嫌な予感に襲われ、サァァッと青ざめた。
景「もしかして…俺、社会の窓が開いてた…!?」
景太は慌ててズボンのチャックを確認するが、しっかりと閉まっており、全く問題はなかった。
景太は「よかったぁ」と安堵の息を吐くが、ピクシーは呆れたようにため息をついた。その後ろで、キュウビはギリギリと悔しそうに歯を食いしばっていた。
ーーー
場所を移動して第二ターン!!
近くのコンビニエンスストアに足を踏み入れると、そこには見知った顔が三つあった。
お菓子コーナーの前に立っていたのは、景太のクラスメイトである紀香、美佳、そして愛の三人だ。
景太は彼女たちに事情を説明し、自分とキュウビの「どちらのエスコートや言葉が心に響くか」の審判になってほしいと頼み込んだ。最初は不思議そうな顔をしていた三人だったが、景太の真剣な頼みと、隣に立つキュウビの異様なイケメンぶりに圧倒され、「そういうことなら」と納得してくれた。
紀香「それだったら、お題は『料理』を…」
料理の腕前なら誰にも負けない自信がある紀香が提案するが、愛が首を横に振った。
愛「アイたんたち、そんなに待てないよぉ。そうだ!『ユーモア』は?」
景「ユーモアか…あまり自信ないな……」
ただでさえ面白いことを言うタイプではない景太は、困ったように眉を下げた。すると美佳がニシシと笑って景太の肩を叩いた。
美佳「だからこそ良いんだろ? 分かってると思うけど、ノリちゃんはお笑い芸人好きだからな。審査は厳しいぜ?」
ノリ「ええ、全力で審査するわ」
紀香が腕をまくり、真剣な表情で頷いた。こうして、第二ターンのお題は「ユーモア」に決まった。
キュ「最初に僕が先攻だったから、今回は君が先攻だ」
景「わ、分かった」
ピク(狡い奴……)
キュウビは腕を組み、口角を上げてニヤリと笑った。先攻に場の空気を温めさせ、後攻で自分が完璧に美味しいところをかっさらうという魂胆だ。
ピクシーはキュウビの姑息な作戦に呆れつつ、景太の背中を見守った。
先攻、天野景太
景太はレジ横の少し開けたスペースに立ち、コホンと一つ咳払いをした。心臓がバクバクと鳴っている。しかし、頭の中で、あの地獄の特訓期間中にアラスターから教わった「人心掌握術」の基礎を思い返した。
アラ『いいですかケータくん。相手の心を開くには、まず視線を合わせ、テンポを支配するのです。そして、相手が一番共感できる日常の小さな不満やあるあるを、大げさに、かつリズミカルに切り取る……これがラジオトーク、ひいては話術の基本ですよ!』
景(よし……ぎこちないかもしれないけど、やってみる!)
景太はスッと背筋を伸ばし、三人に向かって、まるでベテランの司会者のような滑らかな手振りで話し始めた。
景「えー、皆さん。今日このコンビニに来て、気づいたことはありませんか? 実は僕、さっきそこのスイーツコーナーを見ていて、恐ろしい真実に気づいてしまったんです」
景太の声色に、少しだけミステリアスな抑揚が混じる。三人は「えっ?」と自然に引き込まれ、景太の次の言葉を待った。
景「『期間限定』……この四文字が書かれたシール、ありますよね。あれはね、ただのシールじゃないんです。僕たちのお小遣いと胃袋を狙う、悪魔の契約書なんですよ!」
紀香たちの目が少し丸くなる。景太は少しだけオーバーな身振りを交えて続けた。
景「だって、おかしいと思いませんか? 僕は今日、炭酸ジュースだけを買うつもりだった。それなのに、あのシールが僕に囁きかけてくるんです。
『今しか食べられませんよ?』。『これを逃したら来年まで会えませんよ?』って。
その結果……気がついたらカゴに期間限定のチョコチップクッキーが入っていました。でも、これは僕の意志が弱いせいじゃない。完全にシールのせいです! だから、期間限定のお菓子は、カロリーもゼロってことで良いですよね!?」
アラスターのような完璧な話術には程遠い。
少し早口で、緊張のあまり顔も引きつっていた。しかし、その一生懸命さと、「お菓子好きなら誰もが共感するあるある」を見事に捉えた構成に、紀香の目がピクリと動いた。
紀香「……っ、ふふっ。分かる! あのシール、絶対カロリーを無効化する魔法かかってるよね!」
美佳「あはは! ケータ、お前何言い訳してんだよ!」
愛「アイたんも期間限定のイチゴパフェには勝てないもん〜!」
三人はドッと声を上げて笑い出した。ぎこちないながらも一生懸命な景太のトークは、見事に彼女たちの心を掴んだのだ。ぽわんっ、ぽわんっ、ぽわんっ!と、三人の胸から淡いピンク色のキュン玉が飛び出し、景太の元へ吸い込まれるように飛んでいった。
後攻、キュウビ
景太が見事に笑いを取ったのを見て、キュウビはピクリと眉をひそめたが、すぐに余裕の笑みを取り戻して前に出た。
キュ「フッ……素晴らしい前座だったよ。だが、真のユーモアとは、知的でエレガントなウィットに富んでいなければならない。ボクが本物のトークというものを見せてあげよう」
キュウビは美しい金髪をフワリとかき上げ、甘いグリーンの瞳で三人を見つめた。
キュ「皆さんは、このコンビニの『おでん』を見たことがあるかい? あの四角い鍋の中で、具材たちがひしめき合っている姿を。
ボクはね、あの『ちくわぶ』を見るといつも思うんだ。彼らは一体、誰に愛されるためにあそこにいるのかとね。大根やたまごという絶対的エースがいる中で、ちくわぶはひたすらにダシを吸い続け、自らのアイデンティティを曖昧にしていく……。
まるで、都会の喧騒に揉まれ、自分を見失っていく現代人のようだと思わないかい?
ボクはそっと、彼を『おでん界の哀しき哲学者』と呼んでいるのさ」
流れるような美声、完璧な間の取り方、そして哀愁を帯びた眼差し。おでんのちくわぶを現代社会の悲哀に例えるという、高度でシュールな構成だった。
ピク(へー…意外)
キュウビも負けてはいなかった。ただのナルシストかと思いきや、言葉の選び方や話し方の技術はかなり高く、結構やる事にピクシーは舌を巻いた。
二人のユーモアを聞き終えた三人。
愛「ふむ…」
愛が腕を組み、紀香と美佳も顔を寄せ合ってヒソヒソと話し合いを始めた。キュウビは勝利を確信し、フッと息を吐いてポーズを決めている。
やがて、三人の意見がまとまったようだった。
美佳「話し合った結果…」
紀香「ケータくんね。わかりやすかったし」
キュ「グハァッ!!?」
キュウビはまたしても見えない衝撃波を食らったかのように胸を押さえてよろけた。
紀香「だって、ちくわぶが哲学者って言われても、なんか難しくてよくわかんないんだもん。それに比べてケータくんの『期間限定はカロリーゼロ』は、めちゃくちゃ共感できたわ!」
愛「アイたんも、ケータくんのお話の方が面白かったなぁ」
小学生の女の子たちにとって、ちくわぶのアイデンティティや現代社会の悲哀などというシュールなネタよりも、身近なお菓子の言い訳の方が圧倒的に刺さったのだ。
キュウビは膝から崩れ落ち、コンビニの床に両手をついて再び絶望の淵に沈むのだった。
景「何だか知らないけど、お店の人からアイスもらっちゃった」
実はあの後、景太のレジ横での「期間限定あるある」トークを聞き入っていた他のお客さんたちが次々とスイーツコーナーへ足を運び、期間限定のチョコチップクッキーやイチゴパフェが飛ぶように売れたのだ。
思いがけず売り上げに大貢献した景太に対し、ホクホク顔の店員が「お兄ちゃん、宣伝上手だね!」とサービスでアイスを奢ってくれたのである。
しかし、景太本人はなぜ急にアイスを貰えたのか、いまいちピンときていない様子だった。
そんな呑気な景太の頭上で、ピクシーが心底ダルそうに大きな欠伸をした。
ピク「ねえ、まだやるの? そろそろアタシ達、家に帰って天井にシミがあるか数えたいんだけど」
キュ「とことん付き合ってもらうぞ!!」
二連敗を喫し、完全に後がなくなっているキュウビは、血走ったグリーンの瞳でピクシーを睨みつけ、ギリッと歯を食いしばった。エリート妖怪としてのプライドがズタズタに引き裂かれている彼は、もはや景太に一矢報いるまでは絶対に退かないという強烈な執念を燃やしていた。
そうして三人がたどり着いたのは、さくら中央シティにある大きなデパートだった。
休日の買い物客で賑わう店内を歩き、少し開けた休憩スペースのベンチの前を通りかかった時のことだ。
景「あ。確かあの子は、5年1組のカナコちゃんだ」
景太の視線の先には、見知った顔の女子生徒が一人でベンチに座っていた。
隣のクラスである5年1組の「大山可南子」通称「カナっち」である。普段から常に冷静でクールな彼女だが、今日は俯き加減で、何処かしょんぼりとした様子でため息をついていた。
それを見逃すキュウビではない。
キュ「良し。次はあの子を元気づけた方が勝ちだ!」
景「待って! そんないきなり……」
見ず知らずの女の子の事情にいきなり土足で踏み込むのはマズいと景太が止める間もなく、キュウビは自信満々の笑みを浮かべて、颯爽とベンチの方へ歩き出してしまった。
ピク「あ〜あ…行っちゃった……」
景太とピクシーは、少し離れた柱の陰からその様子を見守ることになった。
キュウビは可南子の座るベンチに近づくと、ふわりと柔らかな風を纏うように歩みを止め、完璧な角度で首を傾げた。
キュ「やあ。こんなに人が溢れる賑やかな場所で、君だけが独りぼっちで悲しい顔をしているね。まるで、雲に隠れてしまったお月様みたいだ」
その声のトーン、表情の作り方、そして押し付けがましくない柔らかな所作。遠くから見ていたピクシーが、思わず感心したように呟いた。
ピク「おお…入り方上手い」
先ほどの芝居がかった過剰なアピールとは違い、相手の心にスッと寄り添うようなホスト顔負けの完璧なアプローチだった。並の女性であれば、この超絶イケメンに優しく寄り添われただけで顔を赤らめ、悩みを打ち明けてしまうだろう。
キュ「君のような知的な瞳を持った女の子には、ため息は似合わない。もしよかったら、ボクに君の心の曇りを晴らすお手伝いをさせてくれないか? どんな些細なことでもいい、ボクが君の悲しみを半分背負ってあげるから」
優しく微笑みかけ、相手の目を見つめるキュウビ。
しかし―。
可南「……別に」
可南子はゆっくりと顔を上げたものの、その表情は一ミリたりとも動かなかった。氷のように冷たく、感情の抜け落ちたジト目でキュウビを一瞥し、短く言い放ったのだ。
完璧なアプローチを「別に」のたった三文字で氷点下まで冷却され、キュウビの笑顔がピキリと引きつる。だが、恋愛マスターの彼はここで引き下がるわけにはいかなかった。
キュ(ふっ……なるほど、心を閉ざしたクール系の乙女か。だが、その冷たい氷を溶かしてこそ、最高のキュン玉が手に入るというもの!)
キュウビはさらに声のトーンを落とし、痛ましそうな表情を作って可南子に顔を近づけた。
キュ「強がらなくてもいいんだよ? 僕の前ではありのままの君でいてほしい。さあ、その閉ざされた心の扉を……」
そっと手を差し伸べ、彼女の心の壁を優しくノックするキュウビ。
可南子はそんなキュウビの顔を数秒間、無表情のままジッと見つめ返し……やがて、心底面倒くさそうな、ゴミでも見るかのような冷酷な声でトドメを刺した。
可南「しつこい……キモイ」
「キモイ」。
キュ「ガーーーーン!!!!」
そのたった三文字の言葉は、これまでのどんな拒絶よりも鋭く、キュウビのガラスのプライドを木端微塵に打ち砕いた。
キュウビは目を見開き、口をパクパクと金魚のように開閉させた後、ドシャァッ!と膝から崩れ落ち、デパートの床に両手をついて真っ白に燃え尽きた。
まさか自分が、初対面の女子小学生に「キモイ」と一刀両断される日が来るなど、妖魔界の長い歴史の中でも想像すらしていなかったのだ。
そんなキュウビを見下ろしながら、ピクシーが呆れたように宙で腕を組んだ。
ピク「で、どうするの? あの子、完全に警戒心上がっちゃったみたいだけど」
景「行くしかないよ。あの場合は時間が解決してくれる事は無いし、俺も玉砕されれば少しはキュウビの傷も癒えるかもだし…」
景太は半ば自暴自棄気味に言いかけたが、ふと自分の手に持っているもの…先ほどコンビニで貰い、ちょうど食べ終えたばかりのアイスの木の棒――を見て、ハッとした。
景「……でも……そうだ!」
何か閃いたような顔をした景太は、何処か行った後、意を決して、いまだにピリピリとしたオーラを放ちながらベンチに座っている可南子に恐る恐る近づいていった。
景「あの…」
可南「何?」
可南子は先ほどの気障なナンパ野郎の仲間が来たのかと、絶対零度の鋭いジト目で景太をキッと睨みつけた。
景「いきなり話しかけてごめんね」
景太は気まずそうに目を逸らしながら、スッと右手を差し出した。その手には、綺麗に舐め終わったばかりの木のアイスの棒が握られている(直ぐにしっかりと洗ったから汚くはない)。
可南子が訝しげに眉をひそめる中、景太は半ば強引にそのアイスの棒を彼女の隣のスペースに置き、身を引いた。
景「俺、お腹いっぱいだから。それじゃ!」
用件はそれだけだと言わんばかりに踵を返すと、景太は床で「キモイ……ボクがキモイ……」とブツクサうわ言を繰り返している意気消沈したキュウビの襟首をガシッと掴み、ズルズルと床を引きずりながら猛ダッシュで逃げ去っていった。
嵐のように去っていった景太の背中を見送りながら、一人残された可南子はますます機嫌を悪くした。
可南(見ず知らずの他人に、いきなりゴミを渡すなんてどういう神経してるの……。類は友を呼ぶって言うけど、やっぱりあいつの仲間も最低じゃない……)
イライラしながら、近くのゴミ箱に捨てようと手の中の木の棒に視線を落とした瞬間…。
可南子の動きがピタリと止まった。
アイスの棒には、ナメコの傘に可愛らしい小動物の顔が描かれたキャラクターが、満面の笑みで『当たり!』と言っているイラストが焼印されていたのだ。
可南「!!」ズキューーーン!!!
可南子の胸の奥で、雷に打たれたような凄まじい衝撃が走った。
実は、常に冷静沈着でクールな可南子は『ナメ吉』というゆるキャラの超熱狂的な大ファンだったのだ。
普段はどんなテンションアップの妖怪の妖術を受けても顔色一つ変えない彼女だが、ナメ吉のこととなると目がハートになり、我を忘れて踊り出してしまうほど愛してやまない。
彼女が今日、デパートのベンチで一人深く落ち込んでいた理由。それは、期間限定で発売された「ナメ吉アイス」の当たり棒がどうしても欲しかったからである。
『外れ』と泣いているナメ吉の棒はいくつも入手した。
しかし、何本買っても、何日通っても、どうしても『当たり』が出ない。ついに今月のお小遣いが完全に底をつき、「もう二度と、笑顔の当たりナメ吉には会えないんだ……」と絶望のどん底でしょんぼりしていたところだったのだ。
そんな喉から手が出るほど欲しかった奇跡のアイテムが、今、自分の手のひらの上にある。
可南「え……? もしかして……///」
あの男の子は、私がナメ吉のファンで、当たり棒が欲しくて落ち込んでいることに気づいて……わざわざこれを渡しに来てくれたの……? しかも、恩着せがましくならないように、「お腹いっぱいだから」なんて、あんな不器用な嘘をついて……。
可南子の脳内で、キュウビを引きずって逃げ去っていった景太の情けない背中が、とてつもなくスマートで優しい、自分だけの王子様の後ろ姿に変換されていく。
可南「…………っ///」
氷のように冷たかった可南子の表情が一気に崩れ、耳の先まで真っ赤に染まった。手の中のアイスの棒を胸にギュッと抱きしめ、込み上げる喜びと強烈なときめきで、小刻みにプルプルと震え出す。
ポンッ……♥
完全にナメ吉への愛と景太の(勘違いの)優しさに撃ち抜かれた可南子の胸から、これまでで一番大きく、鮮やかなピンク色に輝くキュン玉がポロリとこぼれ落ちたのだった。
ーーー
賑わうデパートから少し離れた、静かな公園のベンチ。
そこには、先ほどの「キモイ」というたった三文字の言葉に魂ごと粉砕され、真っ白な灰のように燃え尽きたキュウビが体育座りをして膝に顔を埋めていた。どんよりとした暗い紫色のオーラが彼の全身から立ち上り、周囲の気温を数度下げているかのようだった。
キュ「キモイ……ボクが……キモイ……」
うわ言のように繰り返すキュウビの惨状を見かねて、ピクシーが彼の頭上を飛び回りながら、やれやれとため息をついた。
ピク「ちょっと、いつまでいじけてんのよ。何回も失敗したからって、そう落ち込むことはないわよ。あんたの顔がいいことくらい、アタシでも認めてあげるからさ」
慰めているのか呆れているのか分からないピクシーの言葉に続いて、景太が自販機で買ってきた冷たいジュースのペットボトルを、キュウビの頬にピトッと当てた。
景「そうだよ。結果は残念だったけどさ、キュウビ、女の子に話しかける時の態度とか、すごくかっこよかったよ。俺なんてガチガチになっちゃうのに、あんなにスラスラ言葉が出てくるの、純粋にすごいなって思ったもん」
一切の嫌味を含まない、景太の心からの純粋な褒め言葉。景太はニコッと笑って、ペットボトルをキュウビの手の中に押し付けた。
普通なら、この優しさに触れて「今日はこの辺にしておこう」と丸く収まるはずの場面である。
しかし、相手はプライドの塊である妖魔界のエリート・キュウビだった。
ペットボトルを両手で握りしめたまま、うつむいていたキュウビの肩が、ピクッと震えた。
キュ「……決めたぞ」
景&ピク「「?」」
低く、しかし地の底から這い上がってくるような強い意志を持った呟きに景太とピクシーは顔を見合わせた。
次の瞬間、キュウビはバッと顔を上げ、ベンチから勢いよく立ち上がった。彼の瞳には、先ほどの絶望は欠片も残っておらず、代わりにギラギラとした凄まじい執念の炎が燃え盛っていた!
キュ「こうなったら、とことんやってやるーーッ!!!」ドッッッカーーーーーン!!!
キュウビが天に向かって両手を突き上げて叫んだ刹那、景太とピクシーの目には、彼の背後に巨大な活火山が真っ赤なマグマを吹き上げて大噴火する、恐ろしい幻影がハッキリと見えた。周囲の空気が一気に熱を帯び、キュウビの金髪が怒気と共に逆立つ。
景「えーー!? ま、まだやるの!?」
てっきり心折れて帰るものだとばかり思っていた景太は、目をひん剥いて驚きの声を上げた。
ピク「ちょっとあんた! しつこい男は女の子に一番嫌われるわよ! さっきの『キモイ』で学習しなさいよ!」
ピクシーもドン引きしながら正論のツッコミを叩き込むが、完全にスイッチが入ってしまったキュウビの耳には届かない。
キュ「黙れ!! 誇り高きこのボクが、ここまでズタボロにされて、ハイそうですかと引き下がれるものか! ボクの辞書に敗北の二文字はない!
こうなったら《前編》、《後編》に分けて、徹底的にやってやるーーッ!!」
もはや物語の構成(メタ発言)にまで踏み込んだ、血を吐くような熱血宣言。
絶対に勝つまで終わらせないという迷惑極まりない執念の塊と化したキュウビを見て、景太とピクシーの顔から完全に血の気が引いた。
景&ピク「「えーーーッ!!!」」
二人の声が空にむなしく響き渡る。
心の底から嫌そうな疲労困憊の表情を浮かべる一人と一匹。
景「勘弁してよ〜……俺の折角の休みなのに〜〜ッ!」
アラスターのいない平穏で自由な休日を満喫するはずだった景太の悲鳴は燃え盛るキュウビの闘志の前にかき消されていくのだった。
果てしなく続く「キュン玉集め対決」、波乱の《後編》へと続く……!
今日の悪魔大辞典
アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」
景「『妖魔マンドレイク』」
景「ウントコショ!どっこいしょ!」
しかし、マンドレイクは抜けない…。
アラ「根が人間の姿であるマンドレイク。万病に効く貴重な霊薬になりますが抜いた時の奇声にご注意!」
その後もピクシー、文花、ウィスパー、ジバニャンに手伝ってもらうがなかなか抜けない…。
そしてー。
景「もう止めた」
景太達は抜くのを止めて家へと帰って行ったとさ。
マンド「え!?抜かないの!?今ならサービスで声出さないから…ちょっとーーー!!?」