時は少し遡り…。
アラスターとヨシツネが戦闘を繰り広げていた頃…。
ー景太Sideー
圧倒的な威圧感を放ち、空中から見下ろす幻魔クラマテング。その冷徹な眼差しに対し、二人は自らの「絆」を証明すべく、同時に腕を掲げた。
文「私の友達。でてきて!」
景「俺の友達。出てこい!」
景太は左腕に輝く悪魔ウォッチを、文花は首から下げた懐中時計型の妖怪ウォッチを力強く天へ向ける。
文「妖怪メダル…」
景「悪魔メダル…」
景&文「「セットオン!」」
二つのウォッチから、相反する光と闇の波動が屋上へ解き放たれた。空間が歪み、凄まじいエネルギーの奔流がコンクリートの床に魔法陣を描き出す。
「オオオォォォォッ!!」
まず轟音と共に顕現したのは、景太が呼び出した魔界の剛者たちであった。
筋骨隆々の巨躯を揺らして現れたのは『破壊神ザオウゴンゲン』。
その頭上を覆い尽くすように、天を衝く神々しい光の中から巨大な黄金の龍『龍神コウリュウ』が雄叫びを上げて舞い降りた。輝く鱗が朝日に反射し、屋上一帯を黄金色に染め上げる。
さらに景太の足元には、神聖な気を纏った聖獣ハヤタロウ』が音もなく着地し、主を守るように鋭い牙を剥いて低く唸り声を上げた。
破壊神、龍神、そして聖獣。魔界でも最上位クラスに位置する圧倒的な布陣である。
一方、文花の妖怪ウォッチからも眩い光が放たれた。
「フッ……お呼びかな?」
九つの美しい尾を揺らして優雅に着地したのは『キュウビ』だった。
先ほど文花にボッコボコにされたにも関わらず、微塵も感じさせない完璧なポーズを決めていた。
流石プロとしか言いようがない
続いて、音『影オロチ』が静かに姿を現し、鋭い双眸をクラマテングに向けた。
そして、最後に現れたのは、文花や景太にとって最も付き合いの長い親友――『ジバニャン』である。……はずだった。
召喚の光が収まった後、屋上に響き渡ったのは、雄叫びでも決め台詞でもなく、奇妙な打撃音だった。
コーン!……コーン!……。
文「えっと…ジバニャン、どうしたの……?」
文花が困惑した声を漏らす。
そこにいたジバニャンは、いつもの赤い腹巻き姿ではなかった。全身を真っ白な死装束に包み、頭には鉄輪を被り、そこに二本の火の点いた和蝋燭を突き立てている。そして、無表情のまま、景太の顔にそっくりな麦わら人形を壁に押し当て、木槌でカンッ、カンッと五寸釘を打ち込み続けていたのだ。完全なる丑の刻参りである。
ジバニ「…………」
コーン!コーン!
ジバニャンは一切喋らない。ただひたすらに、怨念の篭った瞳で麦わら人形に釘を打ち込んでいる。
理由は言わずもがなであった。
ジバニ「あの野郎、絶対に許さニャい……地獄へ落ちろニャ……」
コーン!コーン!
あまりのどす黒いオーラに、事情をすべて知っているキュウビは「私には見えない。何も聞こえない」と言わんばかりにスッと遠くの空を見つめ、影オロチも無言でそっぽを向いた。
クラマ「……それが、貴様らの言う『友達』の絆とやらなのか?」
上空で構えるクラマテングが、呆れたような、それでいて底知れぬ怒りを孕んだ声を落とす。
景「ち、違う違う! これはちょっと複雑な事情があって! ……って、今はそれどころじゃないだろ、みんな! いくぞ!!」
景太が強引に場を引き締め、腕を前方に振り下ろした。
その合図と共に、コメディのような空気が一瞬にして凍りつき、極限の死闘の幕が開いた。
先陣を切ったのは聖獣ハヤタロウだった。
白銀の毛並みを残像に変え、空を蹴ってクラマテングの懐へと瞬動する。鋭い神気の牙が幻魔の喉元に迫るが、クラマテングは表情一つ変えず、手にした錫杖をわずかに振るった。
ガキィィン!!という甲高い金属音が鳴り響き、ハヤタロウの牙が錫杖の柄に防がれる。
クラマ「遅い」
クラマテングの背中の巨大な青と白の翼が羽ばたき、凄まじい突風が巻き起こった。ハヤタロウが空中で体勢を崩した隙を突き、キュウビが両手から巨大な紅蓮の炎『紅蓮の親方』を連射する。
美しい弧を描いて迫る炎の群れに対し、クラマテングは腰の法螺貝を掴み、天に向かって吹き鳴らした。
ブォォォォォォッ!!
法螺貝から発せられた重低音の衝撃波がキュウビの炎をいとも容易く相殺し、さらに屋上のフェンスを飴細工のように捻じ曲げる。
その衝撃波の死角を縫うように、影オロチがクラマテングの背後の影から飛び出した。龍のマフラーが鋭い牙を剥き、幻魔の翼の付け根を喰いちぎらんと襲い掛かる。
クラマ「小賢しいわ!」
クラマテングが身を捻り、錫杖から風撃を放つ。影オロチは瞬時に影の中へ退避したが、コンクリートの床が爆発し、破片が弾け飛んだ。
景「ザオウゴンゲン! コウリュウ!!」
景太の叫びに呼応し、破壊神と龍神が動いた。
ザオウゴンゲンの拳に力が溜まり、屋上からクラマテングに向けて極太の波動拳が撃ち放たれる。同時に、上空で旋回していたコウリュウが口を大きく開き、万物を浄化する黄金の光線『メギドラオン』の輝きを放った。
下からは破壊神の一撃、上からは龍神の光線。
逃げ場のない挟み撃ちに対し、クラマテングは錫杖を両手で構え、全身から深海のような青いオーラを爆発させた。
クラマ「見くびるな、人間の子らよ!!」
クラマテングのオーラが巨大な竜巻となって巻き起こり真っ向から受け止める。
屋上のコンクリートがひび割れ、暴風が吹き荒れる中、文花が力強く叫んだ。
文「あれから私だって、ただ過ごしてた訳じゃない!」
数々の試練を乗り越え、彼女自身もまた召喚者として着実に力をつけてきた。文花は懐から特別な輝きを放つ一枚の妖怪メダルを取り出し、高らかに掲げた。
文「私の友達。出てきて! ブシニャン!」
カシャッ!とメダルが妖怪ウォッチにセットされる。刹那、眩い光が屋上を包み込み、桜吹雪と共に勇ましい声が響き渡った。
光の中から現れたのは、空色の見事な武者鎧に身を包み、兜に三日月の立物をあしらった伝説のネコ妖怪、レジェンド妖怪「ブシニャン」である。手には天下の名刀を携え、その立ち姿は歴戦の侍そのものだった。
ブシニ「事情は分かった。それがしが来たからには、大船に乗ったつもりでいるでござる!」
颯爽と見参し、刀の柄に手をかけてクラマテングを睨みつけたブシニャンであったが、ふと彼の視界の端に、フェンスの隅で蠢く奇妙な白い影が映り込んだ。
コーン!……コーン!……。
そこには、頭に鉄輪と蝋燭を乗せ、白装束姿でひたすら景太そっくりの麦わら人形に五寸釘を打ち続けているジバニャンの姿があった。世界を揺るがすような死闘の最中であっても、己の怨念を優先して壁に向かっている。
ブシニ「……どうしたんでござるか? 某の子孫は」
あまりの異様な光景に、歴戦の勇士であるブシニャンも流石に目を瞬かせ、戸惑いの声を上げる。その質問に対し、宙を飛んでいた悪魔ピクシーがやれやれといった様子で肩をすくめた。
ピク「聞かないほうが世のためよ。色々とこじらせちゃってるから」
ブシニ「む、むぅ……左様でござるか……」
これ以上踏み込んではいけない深い闇を感じ取ったのか、ブシニャンはコホンと一つ咳払いをして刀を構え直した。
ブシニ「気を取り直して……いざ、尋常に勝負!!」
ブシニャンが地を蹴った。レジェンド妖怪の恐るべき脚力がコンクリートを砕き、青い残像となってクラマテングの懐へと一気に肉薄する。
ブシニ「閃光ぎり!!」
目にも留まらぬ抜刀術。愛用の日本刀から放たれた斬撃が、空気を裂いてクラマテングの装甲に迫る。クラマテングは即座に錫杖を盾にしてその一撃を防いだものの、ブシニャンの猛攻はこれで終わりではない。
攻撃を繰り出せば繰り出すほど腕力が際限なく上昇していくブシニャンの特性「しりあがり」。そして、急所を的確に捉える「超クリティカル」の剣技。一撃目より二撃目、二撃目より三撃目と、太刀筋は次第に重く、鋭く研ぎ澄まされていく。
ガキィィン!キィィィン!!
クラマテングが錫杖で防ぐたびに火花が散り、その押し込まれる圧力に幻魔の顔が微かに歪んだ。そこへ、悪魔と妖怪たちの見事な連携が牙を剥く。
景「ハヤタロウ、影オロチの死角をカバーして!」
景太の指示に呼応し、ハヤタロウが白銀の軌跡を描いてクラマテングの背後へと回り込み、神気を纏った鋭い牙で幻魔の翼を牽制する。
クラマテングがハヤタロウを振り払おうと錫杖を振るったその一瞬の隙を突き、影の沼から飛び出した影オロチが龍のマフラーでクラマテングの足を絡め取った。
動きを封じられた幻魔の頭上から、ザオウゴンゲンの業火とキュウビの『紅蓮の親方』が、二色の炎の渦となって同時に降り注ぐ。
魔界の悪魔と、妖魔界の妖怪。本来であれば相容れないはずの二つの種族が、景太と文花という二人の召喚者の指揮のもとで、互いの弱点を補い合い、長所を最大限に引き出す完璧な連携攻撃を繰り広げているのだ。
クラマ「おのれ……!」
クラマテングは法螺貝を吹き鳴らして重低音の衝撃波を放ち、頭上から迫る炎の渦をどうにか相殺する。しかし、体勢を崩し、視界を炎で遮られた幻魔の真正面には、すでに刀を上段に構え、極限まで力を溜め込んだブシニャンが待ち構えていた。
ブシニ「隙ありでござる! かつおブシ斬りィィッ!!」
ブシニャンの必殺技が炸裂した。愛用の日本刀が凄まじい速度で振るわれ、クラマテングの全身に目にもとまらぬ無数の斬撃が叩き込まれる。青と白の羽が宙を激しく舞う。
しかし、かつおブシ斬りの無数の連撃をその身に浴びながらも、クラマテングは地に膝をつくことはなかった。
それどころか、斬撃の雨の只中で彼の瞳は冷酷な光を増し、口元には不敵な笑みすら浮かんでいた。
クラマ「中々やるようだが…フン!」
その短い呼気と共に、クラマテングの背後にある巨大な翼が一度だけ、しかし限界まで大きく羽ばたいた。
ドゴォォォンッ!!
爆発のような轟音を立てて、クラマテングの全身から全方位へ向けて超圧縮された風の衝撃波が放たれる。
至近距離で斬り合いを演じていたブシニャンが「ぬおおっ!?」と声を上げて吹き飛ばされ、背後に回り込んでいたハヤタロウや足元を狙っていた影オロチも、為す術もなく暴風の壁に弾き返された。
さらに、ザオウゴンゲンとキュウビが上空から放っていた技すらも、その凄まじい風圧によって跡形もなく吹き散らされてしまう。
屋上のコンクリートがめくれ上がり、景太と文花も腕で顔を庇いながら必死に足を踏ん張る。風の衝撃波が収まった後、装甲に浅い傷を負いながらも余裕の態度を全く崩していないクラマテングが、錫杖を片手に静かに宙に浮遊していた。
クラマ「貴様等は位の高い悪魔と妖怪を従わせてるようだが…工夫一つで容易に覆せる」
その言葉を合図に、幻魔の恐るべき反撃が幕を開けた。
クラマテングは力任せの突撃などは行わない。彼が言った「工夫」、それは戦場を支配する風の操作と、相手の強大すぎる力を逆利用する極めて高度で冷徹な戦術であった。
クラマテングが錫杖を円を描くように振るうと、屋上の四隅に局地的な竜巻が同時発生した。それはただの風ではない。周囲の魔力や妖気を吸い込み、空間のベクトルを捻じ曲げる特殊な風の結界である。
態勢を立て直したコウリュウが、上空から万物を浄化する黄金の光線『メギドラオン』を放つ。しかし、クラマテングはその軌道上に竜巻を移動させ、真っ向から光線を飲み込ませた。
竜巻の内部で乱反射し、コントロールを失った極大の光線は、あろうことか威力を増幅させながらザオウゴンゲンとキュウビの足元へと誘導され、大爆発を引き起こした。
ザオウ「グオオオッ!?」
キュ「しまっ……!」
味方の最大火力を不意打ちでぶつけられ、巨躯を揺らして体勢を崩すザオウゴンゲンとキュウビ。
数の暴力と個々の圧倒的な力が、クラマテングの風のベクトル操作という「工夫一つ」によって完全に同士討ちへと変換されてしまったのだ。
さらにクラマテングは、空中で身を翻しながら腰の法螺貝を再び手に取った。
ブォォォォォ……。
低く不気味な音が響き渡ると同時に四隅の竜巻の中に目に見えない真空の刃が無数に形成され、それが一斉に弾け飛んで全方位へと降り注いだ。回避不能の広範囲全方位攻撃である。
景太と文花を守るため、ハヤタロウと影オロチが即座に前に出て肉の盾となるが、凄まじい速度で襲い来る真空の刃は彼らの神聖な毛皮やオーラを容易く切り裂き、鮮血を散らしていく。
個々の力は紛れもなく最高峰。しかし、その力を完璧に連携させていたはずの陣形が、幻魔の理詰めのような戦術と風の絶対支配によって、いとも容易く分断され、崩壊の危機に瀕していた。
数でも、悪魔や妖怪としての格や位でも、景太と文花の陣営が圧倒的に勝っているはずだった。
破壊神、龍神、レジェンド妖怪に暗殺者……これだけの面々が揃っていながら、戦況は完全にクラマテングの手の中にあった。
風の軌道を自在に歪め、相手の力そのものを利用して同士討ちを狙う幻魔の冷徹な戦術。このまま力で押し切ろうとしても、クラマテングには勝てない。圧倒的な絶望感が屋上に漂い始める。
景(何か……何か手はないのか!? 単純な力勝負じゃだめだ。あいつの風の結界と戦術を破れる、何か別の切り札は……!)
景太は焦りを抑え込みながら、ズボンのポケットの中に突っ込んだ手に力を込め、残された悪魔メダルを手当たり次第に指先で探った。
冷たい金属の感触を次々と確かめていく中で、ふと、一枚のメダルに触れた瞬間――。
バチッ……!
景太の脳内に、激しい電流のような直感が奔り抜けた。
頭の中に浮かんだのは、今まで戦ってきた仲間たちの顔、彼らが持つ特殊な特性、そしてそれぞれの間に存在する目に見えない絆の可能性。
確証なんて何一つない。机上の空論かもしれない。だが、この土壇場において、景太の胸を突いたその直感は、どんな計算よりも強く、確固たる確信へと変わっていた。
景「俺の友達達。出てこい!」
景太はポケットから勢いよく引き抜いたメダルを、悪魔ウォッチの投入口へ連続で叩き込んだ。漆黒の文字盤から解き放たれた三つの召喚光線が、クラマテングの風を押し返すように屋上へと降り立つ。
光の中から現れたのは『魔獣ネコマタ』、『魔獣ケットシー』。
そして、猫型の軍配を握り締め、中華風の甲冑を纏った凛々しい黒猫『軍神ネコショウグン』。
彼の背中には、猫の頭と足跡のマークが鮮やかに刻まれた二本の幟が堂々と掲げられている。
召喚された顔ぶれを見たウィスパーが、目玉を飛び出させながら金切り声を上げた。
ウィス「ちょっとアータ! そんな悪魔召喚した所で意味無いでしょーよ! この大ピンチに何考えてるんですか!? ほら、他にもいるでしょうよ! 龍神セイリュウとか、霊鳥スザクとか、もっとお偉くて強い悪魔が!!」
パニックになって頭を抱えるウィスパーの怒号を、景太は全く耳に入れていなかった。そして、文花や前線で傷を負っていた悪魔たちも違った。
文「ケータくん。考えがあるんだね?」
文花は不安を一切見せず、ただ景太の瞳の奥にある揺るぎない覚悟を感じ取り、優しく、しかし確信に満ちた声で問いかけた。景太は振り返り、力強く頷いた。
景太は一歩前へ出ると、新しく駆けつけてくれたケットシー、ネコショウグン、そしてネコマタの三体に向き直り、真剣な眼差しを向けた。
景「聞くけど、ある? アレ」
抽象的すぎるその問い。しかし、景太が自分たちをこの土壇場で呼び出した理由、そして自分たちの特性と関係性を踏まえた上での意図を、ネコマタたちは瞬時に察した。
ケットシーが真紅のマントを翻して長靴の踵を鳴らし、ネコショウグンが軍配を胸の前で掲げて静かに頷く。そして、普段は冷淡で気高き魔獣ネコマタが、口元に小さな笑みを浮かべて答えた。
ネコマ「ええ。でも……ちょっと時間がいるわ」
その言葉を聞いた瞬間、文花は即座に指示を飛ばした。
文「キュウビ! 影オロチ! 時間を稼いで!」
景「コウリュウたちもお願い! 頼む、耐えてくれ!!」
主たちの意図を悟ったハイランクの妖怪と悪魔たちが、再び獰猛な牙を剥いた。
キュ「フッ……この僕に時間稼ぎを命じるとは、レディの頼みとあらば喜んで!」
キュウビが九つの尾から最大級の狐火を燃え上がらせ、自らを囮にするように空中へ跳躍した。紅蓮の炎が巨大な壁となってクラマテングの視界を塞ぐ。
その炎の影から、影オロチが全身の妖気を絞り出し、無数の影の鎖を伸ばしてクラマテングの手足を縛り上げんと迫る。
クラマ「無駄な抗いを……! 風圧にて破る!」
クラマテングが怒りの咆哮と共に凄まじい暴風を巻き起こすが、そこへ龍神コウリュウと破壊神ザオウゴンゲンが捨て身の突撃を敢行した。
コウリュウがその黄金の巨体で風の竜巻を力任せに押さえ込み、ザオウゴンゲンの拳がクラマテングの風のベクトル操作を無理やり飽和させていく。
さらに、傷だらけのブシニャンとハヤタロウも地を蹴った。
ブシニ「某の命に変えても、この一刻、絶対に稼いで見せるでござる!!」
ブシニャンの鋭い閃光ぎりと、ハヤタロウの神聖な牙の連撃が、暴風の隙間を縫ってクラマテングへと迫る。
自分たちが倒れることすら辞さない、完全なる時間稼ぎの総力戦。
クラマテングは「小細工など覆してみせる!」と錫杖から凄まじい雷撃と真空の刃を撒き散らし、押し寄せるハイランク悪魔と妖怪たちを次々と薙ぎ払っていく。
その激しい衝撃と破片が散らばる直下で、ネコマタ、ケットシー、ネコショウグンの三体は互いに陣を組み、静かに、そして深々と魔力を練り上げ始めていた。
その異常な魔力の高まりは、空を支配するクラマテングの肌をもヒリつかせた。
クラマ「何を考えてるか知らぬが……素直にやらせると思うか!」
クラマテングの顔から冷徹な余裕が消え、明確な焦りと殺意が宿る。
彼が錫杖を頭上で大きく旋回させると、屋上の空気を全て削り取るかのような巨大な竜巻と、無数の雷撃がネコ悪魔たち三体をめがけて一直線に放たれた。
風の防壁ごと粉砕しようとする、幻魔の容赦なき最大攻撃。
だが、その死の暴風雨の前に、傷だらけの悪魔と妖怪たちが巨大な壁となって立ち塞がった。
ザオウゴンゲンが自身の巨躯を盾にして雷撃を正面から受け止め、ハヤタロウと影オロチが全身の気を放出して真空の刃を弾き落とす。
景&文「「させるかぁっ!!」」
景太と文花の叫びに呼応し、彼らは一歩も退かなかった。自らの体が傷つき、オーラが削られようとも、背後で力を練る三体を完璧に守り抜く。
そして、ついにその時が来た。
ケット「準備、完了です!」
ケットシーが真紅のマントを翻し、澄んだ声で高らかに宣言する。三体の足元に、まばゆい光を放つ魔法陣が完全に展開された。
キュ「それじゃあ、この僕が最高の舞台を作ってあげるよ!」
九つの尾を激しく揺らしたキュウビが、妖力の全てを込めた巨大な火球を空中のクラマテングの頭上へと放つ。
さらに、影オロチが伸ばした影の鎖がクラマテングの翼を絡め取り、上空で旋回していたコウリュウが黄金の巨体で幻魔の脳天へ重い一撃を叩き込んだ。
三位一体の連携により、クラマテングも上空の有利なポジションを維持できず、錐揉み回転しながら屋上のコンクリートへと一直線に落下していく。
クラマ「おのれぇぇっ!!」
だが、幻魔の意地がそれを許さない。クラマテングは地面に激突する寸前、絡みつく鎖を強引に引きちぎり、巨大な翼を広げて強烈な風圧を生み出した。
バサァァァッ!!という轟音と共に、彼は地面スレスレでホバリング状態となり、完璧に体勢を立て直してみせたのだ。
しかし――それこそが、景太たちの狙いだった。
空中で完全に静止した、その「一瞬の隙」。回避も防御も間に合わない絶対のタイミング。
景「今だ!!」
文「いっけぇぇぇっ!!」
景太と文花の指令が重なり、三体の猫型悪魔が同時に魔法陣から飛び出した。
種族の壁を超え、魂の波長を完全に同調させた者たちだけが放つことのできる、究極の連携技。
ネコマ&ケット&ネコシ「「「合体マガツヒ!!」」」
三体の背後に、怒れる獅子の巨大な幻影が浮かび上がる。
ネコマ&ケット&ネコシ「「「『猫流獅子烈破!!!』」」」
先陣を切ったのはケットシーだった。長靴で地を蹴り、愛用のサーベルを一閃。その剣圧はクラマテングの纏う風の結界をいとも容易く切り裂く。
続いてネコショウグンが跳躍し、全身の闘気を乗せた軍配をドゴォォン!と重戦車のような威力でクラマテングの胸板へ叩き込む。
そして最後は、ネコマタ。彼女の両手から長く鋭く伸びた漆黒の爪が、獅子の咆哮のような轟音と共に、クラマテングの防御陣を紙屑のように引き裂きながら深々と炸裂した。
特大威力の物理属性攻撃、しかも相手の防御や結界を完全に無視する「貫通効果」を伴った三連撃!!
防いだはずの錫杖ごとオーラをぶち抜かれたクラマテングは、目を見開いて鮮血を吐き出した。
さらに、この『猫流獅子烈破』の真の恐ろしさは威力だけではない。
クラマ「グッ……力、が……!?」
技を受けた直後、クラマテングの全身を覆っていた風のオーラがシュウシュウと音を立てて萎縮し、完全に消滅した。
3ターンの間、対象の「攻撃力」と「防御力」を強制的に最低値まで低下させる、絶望的な呪縛効果が発動したのだ。
クラマ「おのれ……人間ごときに、この私が……!」
防御力を極限まで削られ、翼を支える力すら失ったクラマテングが膝をつきかける。
だが、その弱体化した幻魔へ向けて、さらなる追撃の牙が迫っていた。
ブシニ「まだ某達がいるでござる!!」
空色の甲冑を鳴らし、レジェンド妖怪ブシニャンが猛然とダッシュを仕掛ける。
そしてその横には――ここまでずっとフェンスの隅で藁人形に五寸釘を打ち込み続けていた、あの白装束のネコ妖怪の姿があった。
ジバ「あの野郎ォォォ!! ケータの分際でふささたんの唇を奪いやがってェェェェッ!! 絶対に許さニャいィィィィッ!!!」
未だふささのファーストキスを奪われた怨みにとらわれ、全身からドス黒いオーラを噴出させたジバニャンである。
彼の瞳は血走り、対象が景太から目の前のクラマテングへと完全に八つ当たりでシフトしていた。その怨念の力は、もはや妖怪としての限界点すら突破している。
ブシニ「いくでござる! かつおブシ斬りィィッ!!」
ジバニ「ひゃくれつ肉球ゥゥゥゥッ!!!」
ブシニャンの名刀から繰り出される、目にも留まらぬ神速の連続剣戟。
そして、それに全く引けを取らない――いや、怨念によって通常とは威力も速度も桁違いに跳ね上がったジバニャンの「ひゃくれつ肉球」が、無防備なクラマテングの全身に雨あられと叩き込まれる。
ズババババババババッ!!!
ドドドドドドドドドッ!!!
斬撃と打撃の嵐が、最低まで防御力を下げられた幻魔の肉体を容赦なく蹂躙する。
風の支配者たる誇りも、圧倒的な威圧感も、もはやそこには残されていなかった。
クラマ「が……は……ッ……」
限界を超えた連撃の果てに、クラマテングの手から錫杖が力なく滑り落ちた。
青と白の翼がダラリと下がり、その強大な身体がゆっくりと傾いていく。
ドサリ……。
さくらニュータウンの空を支配していた幻魔クラマテングが、ついに屋上の冷たいコンクリートの上へと倒れ伏し、完全に沈黙した。
後に残ったのは、激闘の余韻と、荒い息を吐く悪魔や妖怪たち、そして……未だに「許さニャい……」とブツブツ呟きながらシャドーボクシングを続けているジバニャンの姿だけだった。
ーーー
倒れ伏したクラマテングの巨体が完全に沈黙し、屋上を吹き荒れていた異常な暴風がようやくただの冷たい朝の風へと変わった。
激闘の熱と土煙がゆっくりと空へ溶けていく中、屋上の出入り口付近の陰から、恐る恐る様子を窺っていた真生が駆け寄ってくる。
右目にかかった長めの前髪を揺らし、眼鏡の奥の瞳を安堵に細めながら、彼は真っ先に前線で戦い抜いた二人に声をかけた。
真生「みんな無事?」
景「うん、なんとかね」
文「マオくんも大丈夫だった?」
緊張の糸が切れたようにその場にへたり込む景太の横で、文花もまた大きく息を吐き出しながら真生の無事を確認する。
真生「ウィスパーが側で守ってくれたから大丈夫」
真生のその言葉を受け、それまでフェンスの裏でブルブルと震えていた白い妖怪が、急に咳払いをしてふんぞり返りながら空中へふわりと浮き上がった。
ウィス「いえいえ、事前にフミちゃんたちが戦いやすくする為に守り、安全な場所に避難させるのは執事として当然でぃす! このウィスパー、主の危機とあらば身を粉にして働く所存でして!」
滑稽なほどに胸を張って得意げに語るウィスパーだったが、その頭上から悪魔ピクシーがパタパタと羽ばたきながら降りてきて、ジト目で冷たいツッコミを入れる。
ピク「本当は巻き込まれたく無かっただけだったりして」
ウィス「んだとゴルァ!!」
図星を突かれたウィスパーが顔を真っ赤にして牙を剥き、ピクシーとギャーギャーと騒ぎ始めた。いつもの賑やかで騒々しい日常の空気が戻ってきたことを実感し、景太と文花も思わず苦笑いをこぼす。
その時、頭上の空からブーンという古いラジオのノイズ音が響き渡った。
全員が見上げると、元の細身の姿に戻ったアラスターが、意識を失ってボロボロになったヨシツネを小脇に抱えながら、ふわりと屋上へ降り立ってくるところだった。
アラ「お疲れ様でした」
いつものように丁寧で優雅なお辞儀をするアラスターを見て、景太は目を輝かせた。
景「アラスターも勝ったんだね!」
アラ「勿論です。ですが……」
アラスターはやれやれといった様子で肩をすくめ、無数の斬撃を浴びて無惨に斬り裂かれた自身の赤いスーツを見下ろした。
アラ「スーツはまた仕立て直さないといけませんがね。まったく、野蛮な剣客を相手にするのは骨が折れますよ」
飄々としたアラスターの態度に周囲の空気がさらに和む中、真生だけは、激闘を終えて立ち並ぶ強力な悪魔や妖怪たちをどこか寂しげな瞳で見つめていた。彼は俯き加減で、ポツリと己の無力さを口にする。
真生「結局……僕何もできなかったな」
景「そんな事ないよ!」
真生の自嘲気味な言葉を、景太が即座に力強く否定する。
文「うん! マオくんがいただけでも心強かった!」
文花も真生の顔を覗き込むようにして、優しい笑顔を向けた。圧倒的な力を持つ幻魔を前にして、戦う術を持たなくても逃げずに同じ空間にいてくれた友人の存在が、どれほど彼らの心の支えになっていたことか。
しかし、そんな心温まる友情の空気を、耳まで裂けた不気味な笑みを浮かべたラジオデーモンが容赦なく切り裂いた。
アラ「確かにあなたは何もしませんでしたね」
景&文「「アラスター!!」」
あまりにストレートで無遠慮な言葉に、景太と文花が同時に声を荒げて抗議する。
しかし、アラスターは全く悪びれる様子もなく、持っていたマイクの杖でトン、と地面を軽く叩き、真生の目を真っ直ぐに見据えた。
アラ「しかし、学ぶ事はあったでしょ?」
その一言に、真生はハッとして顔を上げた。
彼の正体は、ただの「妖怪が見える大人しい少年」ではない。かつて妖魔界を治めていた先代閻魔大王の息子であり、現在の若き当代閻魔大王の叔父にあたる、特別な血筋の持ち主である。
イカカモネ議長の騒動を経て記憶を取り戻した真生は、現在、人間界と妖魔界を結ぶ重要な「架け橋」としての役割を担っていた。
しかし、事態は一筋縄ではいかない。地獄の管理については天国の上層部との複雑な掛け合いが難航しており、さらに悪魔たちが棲む「魔界」に至っては、元来が無法地帯であるため、交渉や相互理解そのものが全く上手くいっていないのが現状だった。
だが、今日このさくらニュータウンの屋上で、真生は確かに見たのだ。
決して交わることのないはずの妖魔界の妖怪たちと、無法地帯の住人であるはずの魔界の悪魔たちが景太や文花という人間の意志のもとで見事な連携を見せ、互いを補い合いながら強大な幻魔を打ち倒す姿を。
種族も、生まれも、理屈すらも超えて結びつく「絆」という力の証明。それは、これから異なる世界同士を繋ぎ、果てしない交渉と対話の道を歩まねばならない真生にとって、何にも代えがたい最大のヒントであり、希望の光だった。
彼がここで戦いを見届けていた時間は、決して無駄なものではなかった。否、これからの彼が成すべき大業のために、どうしても学ばなくてはいけない光景だったのだ。
真生は眼鏡の奥の瞳に確かな意志の光を宿し、憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔をアラスターに向けた。
真生「うん。ありがとう、アラスター」
その迷いのない力強い返答に、アラスターは満足げに目を細め、ジジッ……と短いノイズを鳴らして微笑み返した。
アラスターが真生たちに語りかけ、戦いの後の静かな空気が屋上に流れていたその時だった。
ピク「アンタ達が話してる間に彼奴等治しといたわよ」
小さな羽音と共にアラスターの肩の横あたりまで飛んできたピクシーが腰に手を当てて得意げに言い放った。激しい魔力と妖気の衝突で空気が焦げ付くような死闘が嘘だったかのように、彼女の癒しの魔法は迅速かつ完璧だった。
アラ「素早い対応、ありがとうございます」
アラスターが杖を胸の前に当て、紳士的に恭しく頭を下げる。
そのやり取りを聞いて景太と文花が振り返るとそこには目を疑う光景があった。
先程まで全身に無数の斬撃を浴び、立ち上がる力すら失ってコンクリートの上に倒れ伏していたはずのヨシツネとクラマテングが傷一つない姿で涼しげに立ち上がっていたのだ。
砕け散っていたはずの緋色の甲冑も、切り裂かれていた青と白の翼も新品同様に修復されている。
ヨシ「いや〜負けた負けた。やっぱつえーな!」
ヨシツネは自身の身体の調子を確かめるように軽く首や腕を回すと、悔しがるどころか実に清々しい、青空のように晴れやかな笑顔を浮かべて大声を上げた。全身全霊を出し切って敗北した武人には、微塵の未練も鬱屈もないようだった。
ヨシ「おいガキンチョ共」
景&文「「?」」
突然呼ばれた景太と文花が、不思議そうに首を傾げる。ヨシツネはニカッと歯を見せて笑い、隣に立つ誇り高き幻魔を親指で指し示した。
ヨシ「お師匠さん。強かったろ?」
その問いかけに、景太は目を輝かせながら力強く頷いた。
景「はい。凄く!」
文「押されっぱなしでした!」
文花も隠し立てすることなく、圧倒的な実力差に追い詰められた正直な感想を口にする。手も足も出ない絶望的な時間帯があったことは、戦っていた彼女たち自身が一番よく理解していた。
ヨシ「そうかそうか! そいつは良かった!」
二人のその素直な反応を見て、ヨシツネは我が事のように喜び、満足げに鼻を鳴らす。
すると、景太と文花は顔を見合わせ、互いの意思を確認するように小さく頷き合った。そして、姿勢を正してクラマテングの正面に向き直ると…。
景&文「「ありがとうございました!」」
二人揃って深々と頭を下げたのだ。
激闘の直後、敵対していた相手からの予期せぬ礼。風が吹き抜ける屋上に、子供たちの真っ直ぐな声が響き渡る。
文「今回の事で『高いランクだけが強い訳じゃない』と教えられました!」
文花が顔を上げ、真剣な瞳で告げる。個々の力がどれほど強くても、連携を絶たれ、力を逆利用されれば容易く崩壊させられる。それは、強力な妖怪や悪魔を従える彼女たちにとって、決して忘れてはならない痛烈な教訓だった。
景「貴方のお陰で工夫次第で戦況は一変する事を知りました!」
景太も続く。圧倒的に不利な状況下であっても思考を止めず、場所と特性を理解し、仲間を信じて陣形を組めば、格上の戦術すらも打ち破る一手が生まれる。
景&文「「今回の事は忘れません!」」
死闘を通じて得た学びへの、純粋な感謝と敬意の宣言。
これには流石の歴戦の悪魔と幻魔も完全に意表を突かれた。ヨシツネとクラマテングは、自分たちに深々と頭を下げる小さな人間の子供たちを、一瞬ぽかんと呆気にとられたように見つめていた。
数秒の静寂の後、ヨシツネが堪えきれないといった様子で腹を抱えて豪快に笑い出した。
ヨシ「ハハハハ! 言うじゃねえかガキンチョ共!」
楽しげに笑う弟子の横で、クラマテングは静かに錫杖を握り直し、ゆっくりとした歩みで景太の目の前まで近づいた。彼を見下ろすその鋭い眼差しには、先程までの冷徹な殺気や見下すような光はなく、確かな評価と期待の色が深く宿っている。
クラマ「そなた等の判断力と固い結束。そして、成長の速度。コレを渡すに相応しい」
ヨシ「俺も出すぜ! お前らといると面白そうだからな!」
クラマテングの言葉に呼応するように隣へ並び立ったヨシツネが、ニヤリと悪戯っぽく笑う。
二人がスッと差し出した掌の上には、鈍い金属の光沢を放つ悪魔メダルがそれぞれ乗せられていた。
ヨシツネは武士らしくスッと姿勢を正し、改まった口調で名乗りを上げた。
ヨシ「拙者『軍神ヨシツネ』と申す。今後とも、よろしく」
クラマテングもまた、厳かに、しかしどこか優しげな響きを帯びた声で名乗る。
クラマ「我は『幻魔クラマテング』なり。今後とも、よろしく」
景太は震える両手で、二つの重みのある悪魔メダルをしっかりと受け取った。強大な試練を乗り越え、彼らが新たに手にした、かけがえのない絆の証だった。
その光景を見届けたヨシツネは、ふと視線を横へ流し、赤いスーツを無惨に斬り裂かれたまま立っているラジオデーモンを挑発的に指差した。
ヨシ「次は負けねえぜ。ラジオデーモン」
負けず嫌いの武神からの、熱を帯びた再戦の誓い。アラスターは少しも動じることなく、裂けた口を三日月のように歪めてニヒルな笑みを返した。
アラ「いつでもではありませんが、喜んでお相手しますよ」
新たな絆を結んだ証である二枚の悪魔メダルを大事そうに両手で包み込んでいた景太が口を開く。
景「それじゃあヨシツネ。ちょっと良い?」
召喚者からの初めての頼み事。どんな大立ち回りを命じられるのか、あるいは特別な使命を与えられるのかと、ヨシツネは瞳をキラキラと輝かせて前のめりになった。
ヨシ「お! 早速か。良し言ってみろ! どんな敵でも真っ二つにしてやるぜ!」
自信満々に笑う軍神に対し、景太はニコッと無邪気な笑顔を向けた。
ーーー
ー校庭ー
警察「ほら。とっとと行くぞ」
ヨシ「え!? どういう状況コレ!!」
赤色灯をグルグルと回すパトカーが停まる横で、物々しい空気が漂っていた。
数時間前、突如校庭に現れたヨシツネの神速の剣閃――その「峰打ち」によって白目を剥いて気絶させられていた防刃ベスト姿の警察官たちが、無事に目を覚ましていたのである。
先ほどまでの武人の威厳はどこへやら。伝説の軍神ヨシツネは、厳つい顔をした警察官たちに両腕をがっちりとホールドされ、パトカーの後部座席へと強制的に連行されていた。
景「だって、いくら峰打ちだったとはいえ、警察の人達に危害を加えたでしょ?」
ごもっともな正論だ。
ヨシ「そうだけどさ! ホラ、俺だってカッコよく登場したかったっていうか、そういう『演出』だろ!? なあ、お師匠さんも何か言ってくれよ!!」
後部座席に押し込まれそうになりながら、ヨシツネはクラマテングへと助けを求めた。しかし、腕を組んだ幻魔は冷徹な視線を弟子へと向けるだけだった。
クラマ「無用に刀を振るったんだ。人間界の法に従い、しっかりと償ってこい」
ヨシ「そりゃね〜ぜ〜!!」
師匠にまで見捨てられ、絶望の叫びを上げるヨシツネ。
警察官に頭を押さえつけられ、ついにパトカーの中に押し込まれてドアがバタンと閉められた。
景「必ず迎えに行くからね〜!」
窓ガラス越しに「嘘だろォォ!」と叫んでいるヨシツネに向かって、景太は満面の笑みで大きく手を振って見送った。サイレンを鳴らしながら、軍神を乗せたパトカーが朝の街へと消えていく。
そのあまりにもシュールな光景を、屋上から下りてきた一同はただ黙って見つめていた。
ウィス「あ、あの歴史に名高い源義経を、容赦なく警察に突き出したでぃすか……」
妖怪執事のウィスパーは、自身の主のドライすぎる判断に開いた口が塞がらず、顎が地面に届きそうなほど間抜けな顔を晒していた。
ピク「アンタには何時も驚かされるわね……」
悪魔ピクシーも呆れたように肩をすくめ、完全に達観した様子でため息をつく。
そして、その隣では二人の少年少女が顔を見合わせ、引きつった笑いを浮かべていた。
真生「ケータくんって……すごいね……」
文「私もそう思う……」
どんな強大な悪魔相手でも怯まない景太だが、人間界の法律と常識の前では、悪魔の都合など一切考慮しないというその豪快な割り切りっぷり。
苦笑いする真生と文花の背後では、先ほどまで激闘を繰り広げていた龍神コウリュウや影オロチ、破壊神ザオウゴンゲンといった最高位の存在たちが巨大な体に似合わず冷や汗を流して唖然と立ち尽くしていた。
そんな周囲のドン引きした空気の中で、ただ一人――破れた赤いスーツを着たラジオデーモンだけが、腹の底から愉快そうに笑い声を上げていた。
アラ「ニャハハ! 実に予想外なことしますねケータくん!」
ジジッ、ガガッ、とラジオのチューニング音を混ぜながら、アラスターは満面の笑みで杖をクルクルと回す。
悪魔の常識を軽々と飛び越えてくる景太の突拍子もない行動が、彼のエンターテインメント精神を激しく刺激したようだった。
ーーー
パトカーがサイレンを鳴らして走り去り、嵐のように過ぎ去った一連の騒動がようやく一段落した。ふと我に返った景太は、視線を変え、広がる惨状を見渡して頬を引きつらせた。
景「そういえば……めちゃくちゃになった校庭、どうするの?」
景太が指差した先にあるのは、もはや校庭の「こ」の字も残っていないほどの壊滅的な光景だった。
巨大化したアラスターの質量と衝撃波、そしてそれを真っ向から迎え撃ったヨシツネの八艘飛びや無数の斬撃。それらによって大地は深く抉れ、フェンスは飴細工のように捻じ曲がり、あちこちに大小のクレーターや巨大な爪痕が刻まれている。まるで小規模な隕石でも落ちたかのような有様だった。
その絶望的な惨状を見下ろしながら、元凶の一人であるアラスターは涼しい顔でマイクの杖を弄っていた。
アラ「このままで良いでしょう。体育の授業は体育館でやれば良いですし、上手く行けば休校になりますしね」
景「そっか。たまにはいっか!」
悪魔の無責任極まりない提案に、あろうことか景太が満面の笑みであっさりと同意した。連日の激闘と非日常の連続で、景太の金銭感覚ならぬ「被害規模感覚」もすっかり麻痺してしまっていたのだ。
ウィス「いやいやいや、良く無いでしょ!! 明らかにニュースのトップを飾るレベルの大事件でぃすよ!?」
常識的なツッコミをこなすウィスパーが、空中でジタバタと身を捩りながら抗議の声を上げる。しかし、景太はその言葉を右から左へ受け流し、教室に戻る前に、圧倒的な力で自分たちを助けてくれたコウリュウやザオウゴンゲンたちへお礼を言おうと振り返った。
その時だった。
文「ケータくん」
背後から、とても澄んだ、優しく穏やかな声が景太を呼んだ。
振り返ると、そこにはいつものように可愛らしい笑顔を浮かべた文花が立っていた。
――しかし。その笑顔の裏側には、目に見えるオーラなど微塵も発せられていないにも関わらず、その場にいるすべての悪魔や妖怪たちが思わず背筋を凍らせるほどの、底知れぬ「恐怖」が渦巻いていた。強大な幻魔クラマテングと対峙した時よりも、遥かに冷たく、重苦しいプレッシャー。
だが、あろうことか肝心の景太だけは、彼女が放つその絶対的な恐怖に全く、微塵も気づいていなかった。戦いを終えた安堵感そのままに、無防備な顔で彼女と視線を合わせる。
文「クラマテングとの戦いの時に、ジバニャンが変な事言ってたんだよね。確か……」
文花は首を小さく傾げ、顎に指を当てて思い出すような仕草をした。その可憐な動作とは裏腹に、紡がれる言葉は景太の心臓を鷲掴みにするほど鋭利だった。
文「『ケータの分際でふささたんの唇を奪いやがって』……だっけ?」
景「!!?///」
その一言を聞いた瞬間、景太の脳裏に、数日前のそよ風ヒルズでの出来事が鮮明にフラッシュバックした。
国民的アイドル「ニャーKB」のセンター・ふささを庇い、言葉を交わし、そして去り際に起きてしまった、あの完全なる事故による「唇同士のファーストキス」の感触。
景太の顔は一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まり、頭から湯気が出そうなほど激しく動揺し始めた。
文「聞き間違いかな? ケータくんのファーストキスが、赤の他人に奪われたってのは」
文花の笑顔は一ミリも崩れていない。しかし、その声のトーンは絶対零度だった。
あまりの事態に景太が口をパクパクさせて固まっていると…。
ピク「やらせないわよ」
小さな悪魔ピクシーがアラスターの目の前に立ち塞がり、両手を広げて鋭く睨みつける。他人の色恋沙汰。しかも地雷原に外野が踏み込むべきではないという彼女なりの警告だった。
アラ「いや、もう手遅れでしょ」
アラスターは肩をすくめ、完全に逃げ場を失った哀れな少年の姿を見下ろしてニヤリと笑った。
景太の顔が耳の先まで真っ赤になっているのを見て、文花の中では「聞き間違いかもしれない」というわずかな可能性が完全に消え去り、確信へと変わっていた。
景「……ごめん///」
景太は蚊の鳴くような声で謝罪の言葉を口にする。
文「別に気にしてないよ」
即答だった。 しかし、その声のトーンはどこまでも低く、背後の黒いオーラはさらに質量を増していく。そして文花は、景太の顔を覗き込むように顔を近づけ、とどめの一撃を放った。
文「それで、どうだったの? 初めてのチュー」
それは、全く気にしていない人間の声ではなかった。逃げ場を探して泳ぐ景太の視線を文花の据わった笑顔が完全にロックオンして逃がさない。
周囲の強力な悪魔や妖怪たちは「自分たちには関わりのないことだ」とばかりに全員が明後日の方向を向き、ウィスパーに至っては口をチャックするジェスチャーをして気配を消している。
コレはもう、絶対に逃げられない。
観念した景太は、顔をこれ以上ないほど紅く染め上げ、恥ずかしさのあまりギュッと目を逸らしながら、か細い、消え入るような声で口を開いた。
景「……柔らかかったです///」
その一言が漏れ出た瞬間、文花の臨界点は瞬時に上限突破した。
ズドーーーーン!!!!
世界の均衡が根底から叩き潰されるような、絶望的な破壊音が鳴り響いた。
まるで地底に閉じ込められていた太古の怨念が爆発したかのように、ドス黒く禍々しい紫黒のオーラが、巨大な間欠泉となって文花の足元から天上へと噴き上がった。
日光は完全に遮られ、校庭は一瞬にして夜のような暗闇と、腐肉と硫黄が混ざり合ったかのような邪悪な気配に包まれる。文花の足元の影が、まるで生き物のように蠢き、周囲のコンクリートをドス黒く侵食していく。
文「フ…フヒヒ……
アヒャヒャヒャはははhxふあxはhひhひヒ!!!」
彼女の口から溢れ出たのは、人間のものではない狂乱の高笑いだった。
普段の可愛らしく可憐な面影はどこにもない。瞳からは光が完全に消え失せ、底なしの暗黒と化した眼孔がゆらりと揺れる。顔の皮膚の下で黒い筋が脈打ち、口元は頬まで引き裂かれたかのように歪んでいた。
文花がさらに一歩を踏み出した瞬間、噴き出すオーラはさらに太く、濃く、そして凶悪な激しさを増した。
ドババババッ!!
文花を中心として、目に見えるほどの質量を持った黒い風圧と衝撃波が全方位へと炸裂する。地面が悲鳴を上げ、コンクリートと泥土が爆発的に隆起。
バリバリと音を立てて巨大な断層が走り、文花の足元には直径数十メートルにも及ぶ荒々しいクレーターが瞬時に出来上がった。
真生「な、なんて恐ろしいオーラ…! 地獄の深淵でも見たことがない…!」
真生は眼鏡を指で押さえながら、ガタガタと震える足で後退した。
ザオウ「まるで強者の悪魔の様…! いや、それを遥かに凌駕する純粋な殺意だ!」
破壊神ザオウゴンゲンすらも、その身を苛む圧倒的な威圧感に気押され、三鈷杵を構えたまま冷や汗を流す。
ウィス「ぎゃああああああああっ!???」
文花から放たれた衝撃波を正面から浴びたウィスパーは、紙切れのように空中を回転しながら遥か彼方へと吹っ飛ばされていった。
キュ「全・員・退・避 ーー!!!」
あまりの恐怖に毛を逆立てたキュウビが、プライドも投げ捨てて悲鳴のような号令を上げる。
文花が召喚した妖怪たちは、生きた心地がしない表情で蜘蛛の子を散らすように足を高速で動かし、一目散に逃げ出していった。影オロチもハヤタロウも、残像すら残さぬ速度で撤退していく。
しかし、この凄惨極まる惨状の渦中にいながら、渦中の元凶である景太だけは、相変わらずポカンと口を開けて首を傾げていた。
景「え!!? どうしたのフミちゃん!!? もしかして、悪魔か妖怪の……何かに取り憑かれてるの……!?」
どこまでも、どこまでも頓珍漢な景太の鈍感さ。
文花がなぜここまで狂気と化しているのかを1ミリも理解していないその態度に、景太の頭上で浮遊していた悪魔ピクシーの堪忍袋の緒がぶちんと切れた。
パカーーーーーンッ!!
ピク「アンタのせいじゃ!! アンタの!!!!」
ピクシーは顔を真っ赤にして叫びながら、景太の頭を全腕力を込めて叩きのめした。
景「え!? 一体いつから!?」
ピク「ずっと前じゃ!! この大バカ!!」
激怒するピクシーに頭を押さえながら突っ込まれても、景太は「ええっ!?」と目を丸くして困惑するばかりだった。
一方で、世界が終わりを迎えるかのような絶望的な瘴気と狂気の渦中で、ただ一人、心底愉しそうに胸を躍らせている者がいた。
アラ「ニャハハハ!! 素晴らしい!! 実に素晴らしい!!」
破れた赤いスーツをなびかせ、ラジオデーモン・アラスターはマイクの杖を叩きつけながら歓喜のあまり跳ね回っていた。
アラ「ご覧なさい! この洗練された殺意、極上の絶望! 上級悪魔も目じゃありませんよ!! エンターテイナーとして最高です!! なんて素晴らしいショーでしょう!!」
ジジジ……ガガガッ!と狂ったようなノイズ音を響かせ、アラスターは爛々と目を輝かせて文花の狂乱を絶賛していた。
だが、笑っていられたのは彼くらいのものだった。
文花から解き放たれたドス黒く禍々しいオーラと絶望の波動は、校庭だけに留まらず、校舎全体へと津波のように呑み込んでいった。
「うっ……ゲホッ!?」
「な、なに……この急な気分の悪さは……!?」
校舎内にいた生徒や教師たちが、突如として襲いかかってきた強烈な悪寒と吐き気、そして脳を直接刺されるような未知の恐怖感に崩れ落ちた。廊下や教室の至る所で悲鳴が上がり、呼吸困難に陥る者が続出する。
校庭の異常な損壊と、校舎全体を覆い尽くした正体不明の強烈な「毒気」と絶望感。
結果、事態を極めて深刻かつ異常なテロ、あるいは環境災害と判断した学校側は、即座に全校放送を入れ、全児童を緊急下校させると共に「当面の間の一時休校」を決定せざるを得なくなったのだった。
きょうの悪魔大辞典
アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」
景「『軍神ヨシツネ』。『幻魔クラマテング』」
夕方。さくら警察署前。
警察官2「もう二度と、あんな騒ぎを起こすんじゃないぞ」
ヨシ&景&クラマ「本当に申し訳ありませんでした」
警察署の前を離れ、夕焼け空の下、街路樹の並木道を歩き始める一行。
景「出所できて良かったね」
ヨシ「ああ。こってり絞られちまったがな…」
クラマ「しかし、まさかあのおなご、あんな力を隠し持っておったとはな……」
ヨシ「何があったんだ?」
クラマテングは自分達が見たあの光景を話した。
ヨシ「マジか…それならやっぱつえぇのかな…」
景「当たり前だけど戦わないでね…」
ピクシー「ケータ。学校再開したら覚覚悟決めなさいよ」
景太「…わかってるよ」
文花とはまともに言葉を交わすこともできないまま気まずさと恐怖が入り混じる雰囲気の中で帰路へと別れてしまった。
景(ちゃんとしっかり話さないと…!)
アラスター「私は『もっとひどくなる』のに賭けます」
ピクシー「アンタ…でも、確かにそうなる未来しか見えない……」
ピクシーは深く溜め息をつき、頭を抱えた。