あれからの数日間、さくら第一小学校は異例の休校措置が取られていた。
表向きの理由は「原因不明の集団体調不良」であったが、その真の元凶が何であるか、景太は痛いほど分かっていた。
休みの間、景太は何度も文花と話す機会を作ろうと試みた。だが、その全てが見えない壁に阻まれることとなった。
文花の妖怪執事であるウィスパーを呼び出して頼み込んでも、彼はガタガタと全身を震わせながら『今は会わないほうが良いでうぃっす…下手すれば命に関わるでうぃっす…!』と涙目で逃げ帰ってしまった。
直接彼女の家を訪ねてインターホンを鳴らしても、応対に出た文花の母親は困り果てたような顔で『ごめんなさいねケータくん。今はそっとしといてあげて』と申し訳なさそうに断絶の意を示した。
さらには、事の顛末をなんとなく察したらしい自分の母親にまで『ケータ……女の子には今は時間が必要よ…』と呆れたような顔で諭される始末であった。
なぜ彼女がそこまで怒り狂っているのか。その根本的な理由――つまり、彼女が抱いていた景太への初々しい恋心が、景太自身の無自覚な発言によって木端微塵に打ち砕かれたという事実――に、超絶鈍感なこの少年は未だ1ミリも気づいていなかった。
ただ単に「すごく怒らせてしまったから、ちゃんと友達として謝って仲直りしなければ」という、的外れだが純粋な決意だけを胸に抱いていたのである。
ーーー
そして迎えた、学校再開の日の朝。
景(今日こそは……!)
景太は力強い足取りで校舎の階段を上り、5年2組の教室へと向かっていた。
腹を割って話せばきっと分かってくれるはずだという、根拠のない希望に満ちていた。
しかし、教室の前に到着した景太はそこに広がる異様な光景に足を止めた。
廊下には、担任の教師とクラスメイトたちがすし詰め状態で身を寄せ合っていた。教室に入る者は誰一人としておらず、全員が幽霊でも見たかのように顔面を蒼白に染め、ガタガタと小刻みに震えている。その表情は一様に、深い恐怖に染まりきっていた。
景「おはよう。どうしたの?クマ、カンチ」
不思議に思った景太が、廊下の壁にへばりついている親友二人に声をかける。二人はビクッと肩を跳ねさせ、景太の顔を見て引きつった笑いを浮かべた。
クマ「あ、ああ…ケータおはよう…」
カン「ケータも今は入らないほうが良いよ……」
景「?」
二人の忠告の意味が分からず、景太は首を傾げる。時計を見れば、すでに始業のチャイムが鳴る直前だった。
景「そろそろホームルームが始まるよ」
景太がそう言って、閉ざされた教室の引き戸へと無警戒に手を伸ばす。その瞬間、担任の教師が血相を変えて制止の声を上げた。
先生「!?待てケータ!今は…」
だが、その制止は一足遅かった。景太が戸に手をかけ、ガラリと開け放った次の瞬間――!
ズドーン!!
物理的な爆発かと錯覚するほどの凄まじい衝撃波と共に教室内から禍々しいドス黒いオーラが猛烈な勢いで廊下へと噴き出してきた。
冷たく、重く、周囲の酸素を根こそぎ奪い去るような圧倒的な絶望の気配。廊下にいた生徒たちが悲鳴を上げて後ずさる中、景太は目を細めて教室の中を覗き込んだ。
教室内は、まるでそこだけ深海に沈められたかのように暗く、ドス黒いオーラの霧で濃く充満しており、そのオーラの中心。入り口からすぐ近くの一番前の席に、一人の少女がうつむき加減で座っていた。
文花だ。彼女の華奢な体からは、周囲の空間を歪ませるほどの凄惨で恐ろしいオーラが、途切れることなく止めどなく噴き出し続けている。
その背筋が凍るような惨状を、景太の影から身を乗り出して見ていた悪魔たちが品評し始めた。
アラ「これはこれは、何時にもまして凄いですね〜!まさに極上のエンターテインメント!素晴らしい絶望の香りだ!」
マイク型の杖をくるくると回しながら、ラジオデーモン・アラスターは満面の笑みで歓喜の声を上げる。その横で、ピクシーは顔を引きつらせて重いため息をついた。
ピク「相当荒れてるわねコリャ…アンタ、本当にこの状態のところに突っ込む気?」
悪魔ですらドン引きするほどの狂乱のオーラ。だが、前々から今日こそは絶対に話すと決めていた景太の心は折れなかった。
彼は無謀にも、いや、その危険性を真に理解していない鈍感さゆえの勇敢さで、ゆっくりと教室の中に足を踏み入れた。
景「おはよう。フミちゃ」
文「あ゙ぁ?」
返ってきたのは地獄の底から響いてきたかのような、低く、濁りきった声。
ゆっくりと首だけを動かして景太を睨みつけた文花の瞳には、光が一切宿っていなかった。
直後、文花から放たれていたドス黒いオーラが、まるでガソリンに引火したかのように一気にその勢いと濃度を爆発的に強めた。教室内を吹き荒れる黒い突風が窓ガラスをガタガタと鳴らし、黒板すらも不吉な影に覆い尽くされる。
命の危険を本能で悟ったクマとカンチが、弾かれたように廊下から飛び込んできた。
二人は景太の両腕を左右からガシッと掴むと、そのままの勢いで廊下へと決死のダイブを敢行し、景太を強引に教室の外へと引きずり出した。ピシャリと激しい音を立てて引き戸が閉められる。
クマ「何やってんだお前は!?」
息を荒げ、冷や汗を滝のように流しながらクマが怒鳴りつける。だが、引きずり出された景太は不満そうに二人を振り返った。
景「いや、このままじゃ何も変わらないから…」
カン「そうだけど……そうだけど!!」
恐怖で涙目になったカンチが、頭を抱えて叫び声を上げる。
話し合いが必要なのは全員が理解していたが、今の文花は「話し合い」などという生ぬるいプロセスが通用する次元をとうの昔に超越していた。
ーーー
クマとカンチが死に物狂いで引き戸を叩きつけるように閉めたことで、教室内を埋め尽くしていたどす黒いオーラは、どうにか廊下への全面流出を食い止められた。
それでもなお、扉のわずかな隙間や建具の歪みから、薄気味悪い漆黒の霧が「シュゥゥ……」と不気味な音を立てて漏れ出している。
完全に防ぎ切れたわけではないものの、少なくとも一瞬で全員の精神が崩壊するような最悪の事態だけは回避でき、かろうじて時間を稼ぐことができた。
教室内からの異常な圧迫感と、廊下に立ち込める異様な気気配を察知して、近隣のクラスの生徒たちや異変を聞きつけた他の教師たちまでが、恐る恐る5年2組の前へ集まり始めていた。誰もが青ざめた顔で遠巻きに様子を伺っている。
先生「ケータ! 一体全体、文花と何があったというんだ!?」
真っ先に冷や汗を拭いながら景太の肩を掴んだのは、5年2組の担任教師だった。普段の穏やかな面影はなく、まるで未知の天災に直面したかのような切羽詰まった表情である。
さらに、文花の親友であるサトコとチヨの二人も、凄まじい剣幕で景太の前に立ちふさがった。
サト「そうだよ! フミちゃんに何をしたの!?」
チヨ「素直に白状しなさい! あんなフミちゃん、見たことないわよ!」
女子生徒たちの鋭い視線と激しい追及が、一斉に景太へと集中する。周囲のクラスメイトたちも「お前、一体何をやらかしたんだよ……」と言いたげな、呆れと恐怖の入り混じった視線を投げかけていた。
景「た、確かに俺の所為だけど……でも、原因は……!」
詰め寄られた景太は冷や汗をダラダラと流しながら、必死に頭を回転させた。
景(いや……もしかして、アレか……!?)
その時、景太の頭の中にひとつの強い「思い当たり」が浮上した。
キュウビが仕掛けてきたどちらがより女子の心をときめかせられるかという、あの「胸キュン勝負」の事だ。
景(フミちゃん、あの時は笑って許してくれたみたいだったけど……やっぱり、女子たちを巻き込んでそんな勝負をしたことに後から腹が立ってきたのかな……!?)
自分が文花を怒らせてしまった根底の理由には相変わらず一切気づいていないものの、景太なりに「あの大騒動が原因に違いない」と一人で納得しかけた、その時だった。
キュ「それは僕が答えよう」
騒然とする廊下に、静かだが妙に通りやすく、気品に満ちた第三者の声が澄み渡るように響き渡った。
廊下の野次馬たちが割れるようにして自然と道を譲り、そこから一人の眩いばかりの美少年がゆっくりと歩み出てきた。輝くような金髪と透き通るような肌、完璧な立ち振る舞い。
景「あ! キュウビ!」
舞「あの時の!」
景太の驚愕の叫びに続いて、同じ5年2組の舞が目を見開いて声を上げた。 そこに立っていたのは、人間の姿に変身した妖怪・キュウビだった。
突然現れた謎の美少年に対し、担任の教師が慌てて手をかざす。
先生「君は……? 悪いけれど、今は大変な状況なんだ。部外者は校舎に入っては……」
キュ「ふふ、ご安心ください。僕はキュウビと申します。ちゃんと職員室でしかるべき手続きを行い、訪問の許可はいただいておりますよ」
キュウビは完璧な貴公子スマイルを浮かべ、胸に手を当てて優雅にお辞儀してみせた。教師はその洗練された浮世離れした雰囲気に圧倒され、それ以上言葉を挟めなくなってしまう。
続いてキュウビは、廊下に集まっていた女子生徒たちへ向けて、甘く罪作りな流し目を送った。
キュ「レディ達……覚えているかい? 僕と彼との、あの熱き戦いを」
キュウビがすっと指差したのは景太だった。
その言葉を聞いた瞬間、その場にいた女子たちの脳裏に、あの日の記憶が色鮮やかに蘇った。
景太とキュウビのどちらが一番自分たちをときめかせたか、審判を頼まれたあの休日。
キュウビのクサすぎる口説き文句や高尚すぎるトークをよそに、景太が何気なく放った不器用で真っ直ぐな言葉、そして洗練された観察眼に裏打ちされた真摯なアプローチ――。
めぐみや舞をはじめ、サトコやチヨまでもが、景太のあの時の無自覚で罪作りな格好良さを思い出してしまい、一瞬で顔を真っ赤に染めて視線を泳がせた。
さらに、廊下の影からこっそり覗き込んでいた星風キララや順子、昌子の三人までもが、景太に素顔を見抜かれ救われたあの瞬間を思い出して「〜〜〜っ!」と頬を桃色に染めて身を縮めている。
さらには、食べるのが大好きな紀香に至っては、景太が見せた「お菓子あるある」の爆笑トークを思い出して「ふふっ……くすっ!」と一人で思い出し笑いを堪えてお腹を抱えていた。
廊下の女子たちが一斉に赤面し、なんとも甘く甘美で怪しい雰囲気に包まれる中、景太はひとり「やっぱりな!」と言わんばかりに納得がいった様子で深く頷いた。
景「やっぱりそうだ……! あの時、フミちゃんは勝負のこと笑って許してくれたみたいに見えたけど……やっぱり後から『許可をもらったとしても女子を巻き込むなんて駄目!』って思い直したんだ……。フミちゃん、それで怒ってこんなことになってるんだ……!」
自分の見当違いな推理にすっかり確信を持った景太は、ポンと手を叩いてすっきりした顔を見せた。
しかし、キュウビは哀愁を帯びた切ない眼差しで、静かに、そしてゆっくりと首を振った。
キュ「いや、君の推理はハズレだ」
景「え?」
拍子抜けした声をあげる景太に向かって、キュウビはどこか遠くを見るような、深すぎる哀しみを宿した目をして重く大きな溜め息をついた。
キュ「何せ僕はあの後、文花にじっくりと尋問された揚げ句、最後には手も足も出ないほどボッコボコにされたからね……」
あまりにも呆気なく、そして悲惨すぎる衝撃の告白に
景太達は完全に言葉を失い、ぐうの音も出ないほど口を開けたまま、その場でカチコチに固まってしまった。
それから数秒の硬直を経て、景太達はようやくハッと我に返った。
文花が怒っている原因が「胸キュン勝負」の件ではないのだとすれば、一体何が彼女をあそこまで狂乱させているというのか。
景「そ、それで……フミちゃんが怒ってる本当の理由って何なの?」
恐る恐る尋ねる景太に対し、キュウビは先程までの哀愁を帯びた表情をスッと引っ込め、代わりにどこか意地悪で、全てを見透かしたような妖しい笑みを口元に浮かべた。
キュ「ふふ……自分の胸に手を当ててよく考えてみることだ。その時に君は、一生かかっても絶対に忘れることができない『衝撃的な出来事』があったはずだ」
景「絶対に忘れることができない出来事……?」
キュ「そう。ヒントは
『ニャーKB』だ」
その単語がキュウビの美しい唇から紡がれた瞬間だった。
景「!?///」
ボフンッ! と、まるで景太の頭頂部から湯気が噴き出す音が聞こえるかのように、景太の顔が耳の先から首筋に至るまで、一瞬にして爆発的な赤に染まり上がった。
あまりにも分かりやすい景太の激しい動揺と顔面の紅潮。それを見たクラスメイトたちの空気が、一瞬にしてピリッと張り詰めた。
クマ「ケータ! お前、ニャーKBと一体何があった!!」
カン「吐け! とっとと吐け! 隠し立ては許さないぞ!!」
真っ先に詰め寄ってきたのは、親友のクマとカンチだった。アイドルの名前を出されて顔を真っ赤にする同級生の姿に、思春期の男子たちの野次馬根性と嫉妬心が強烈に刺激されたのだ。他の男子生徒たちも「おいおいマジかよ」「まさか会ったのか?」と、次々に景太を取り囲む。
先生「ケータ! 先生にもちゃんと説明しなさい! 教育上の問題があるかもしれないからな!!」
あろうことか、大の大人である担任の教師までもが目を血走らせ、生徒たちに混じって景太に詰め寄ってきた。
景「ま、ままま待って! さすがにこれは……恥ずかしくて言えないよ……っ///」
顔を真っ赤に染め上げたまま、景太はぶんぶんと首を横に振り、両手で顔を隠すようにして後ずさった。アラスターたちの特訓で身につけた洗練された所作や、大人のような紳士的な余裕は今の彼には微塵も残っていない。
しかし、逃げようとする景太の背後には、容赦のない女子生徒たちの壁がそびえ立っていた。
女子クラスメイト「「可愛い顔してごまかしても無駄! いいからさっさと答えなさい!!」」
サトコやチヨ、舞といった女子陣が、仁王立ちで景太の退路を完全に塞ぐ。逃げ場を失い、男子の怒号と女子の鋭い追及の板挟みになった景太は、とうとう観念するしかなかった。
普段の無自覚な人たらしぶりは完全に鳴りを潜め、まるで穢れを知らない純情な乙女のように顔を極限まで赤く染め上げた景太。彼は他人の視線から逃れるように目を泳がせ、モジモジと指先を絡ませながら、小刻みに震える口をゆっくりと開いた……。
景「……ス……シタ////」
蚊の鳴くような、ひどくか細い声。
周囲の喧騒が一瞬にして静まり返り、クマやカンチ、そして廊下に集まった野次馬全員が、景太の次の言葉を聞き逃すまいと一斉に耳を澄ませた。ゴクリと、誰かが生唾を飲み込む音が不気味なほど響く。
沈黙に耐えきれなくなった景太は、ギュッと目を閉じ、ついにその決定的な真実を口走ってしまった。
景「ニャーKBのふささと……っ!
キス……した……っ////」
言い終わった刹那、景太は「うわぁぁぁ!」と声にならない叫びを上げ、真っ赤に熟したトマトのような顔を両手で覆い隠すと、その場にへたりと座り込んでしまった。全身から立ち上る羞恥心の湯気で、彼自身が溶けて消えてしまいそうなほどの照れっぷりである。
――その瞬間。
5年2組の廊下、いや、さくら第一小学校全体を揺るがすほどの、とてつもない激震が奔った。
クマ「……は?」
カン「……き、キス?」
先生「……国民的アイドルと……ファースト、キス……だと……?」
全員の思考が完全にショートし、言葉の意味を脳が理解するまでに数秒のタイムラグが生じた。
そして、その事実がどれほど恐ろしい爆弾であるかを理解した瞬間、廊下に集まっていた全員の顔面から一気に血の気が引き、驚愕、嫉妬、混乱、そして「教室内で闇のオーラを垂れ流している文花がブチギレている本当の理由」に対する明確な答えが、全員の脳内で完全に一致したのだった。
両手で真っ赤な顔を覆い、羞恥のあまり廊下の床にうずくまってしまった景太の周囲では、先程まで彼を激しく追及していた5年2組の生徒たちや担任教師が、まるで時を止められたかのように完全に彫像と化していた。
あの、国民的アイドルグループ「ニャーKB」の……。
しかも、絶対的センターとして君臨する不動のトップアイドル「ふささ」と……キスをした。
小学生の日常というスケールをあまりにも逸脱した、核弾頭レベルの衝撃的な告白。
彼らの脳はオーバーヒートを起こし、その事実を咀嚼することすら拒絶していた。
あまりのショックに声すら出ず、静まり返った廊下には、ただ景太の「うぅぅ……」という情けない呻き声と、5年2組の教室内から漏れ出す文花の極大闇オーラの「シュゥゥ……」という不気味な音だけが響いていた。
だが、この前代未聞の爆弾発言がもたらした被害は、決して5年2組の周辺だけには留まらなかった。
静まり返った廊下を伝い、あるいは野次馬たちの伝言ゲームを通じて、その衝撃波は瞬く間に隣の5年1組の教室へと到達していたのである。
――5年1組の教室。
バターン!!
突如として教室内に響き渡ったのは、椅子が派手に倒れる音と、人が床に崩れ落ちる鈍い音だった。
昌「キララ様!?」
順「キララ様、しっかりなさってください!」
床に倒れ伏したのは、クラスの頂点に君臨するお嬢様・キララであった。
以前、休日のカフェテラスで景太の優しい言葉と鋭い観察眼によって心の重圧から救い出され、彼に対して密かな恋心を抱いていたキララ。
彼女の許容量を遥かに超えた「トップアイドルとのキス」という残酷すぎるニュースは、お嬢様としての優雅なペルソナを一瞬で粉砕し、彼女の意識を刈り取るには十分すぎた。
白目を剥いて完全に気絶しているキララを抱き起こし、順子と昌子が半狂乱になって必死に呼びかけている。
その少し離れた席では、さらに深刻な精神崩壊を起こしている少女の姿があった。
ユウ「ケータくんの…ファーストキス……奪われ……私の……ケータくん……」
ユウカである。
過去に景太に助けられて以来、彼に対して誰よりも明確で一途な好意を寄せていた彼女は、机に突っ伏すこともせず、ただ真っ直ぐ虚空を見つめていた。その瞳からは一切のハイライトが消え失せ、光の無い死んだ目をしてこの世の終わりみたいな表情で絶望のどん底に叩き落とされている。
口から魂が抜け出ているのではないかと錯覚するほどの凄まじい絶望感に、普段はマイペースで早口な未空イナホでさえ、引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。
イナ「えっと、ユウカちゃん……? 息、してます……? 宇宙の交信よりヤバい電波を受信しちゃってる感じですか……?」
どう声をかければ良いのか全く分からず、イナホはおろおろと宙で手を泳がせるばかりであった。
一方、教室の後方では、何事にも無関心を装っているクール女子・可南子が、窓際で本を読んでいた。
一見すると彼女は、いつものように平然を装っているように見えた。
以前、景太から喉から手が出るほど欲しかった「ナメ吉アイスの当たり棒」を偶然もらい、密かに彼を強く意識し始めていた彼女ではあったが、それでもクールな仮面は崩さない――かに見えた。
可南「ベベベベベベべ別に……アタ、アタシには、かかか関係ない、し……っ」
しかし、その声は携帯電話のバイブレーション機能のように激しく震え、本を持つ手はガタガタと制御不能なほどに揺れ動いていた。冷静さを装えば装うほど、その異常な動揺ぶりは周囲の目に明らかだった。
五年一組クラスメイト(((あのカナっちが、滅茶苦茶動揺してる……!!)))
普段の無表情な彼女からは想像もつかないほどのパニック状態に、遠巻きに見ていたクラスメイトたちは内心で総ツッコミを入れていた。
教室を見渡せば、被害に遭っているのは彼女たちだけではない。
一方で景太の真っ直ぐな言葉に心を撃ち抜かれていた佐々木めぐみや藤本舞をはじめとする女子たちも、「ウソでしょ……」「アイドルに負けた……」と膝から崩れ落ちたりしていた。
5年1組の教室と現在、5年2組のいる廊下は、景太という一人の少年の無自覚な人たらし行動が招いた、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していたのである。
景太自身は全く気づいていないことだが、彼が多くの女子たちの心を無意識のうちに奪っていたからこそ、この「ふささとのキス」という事実は、さくら第一小学校の女子生徒たちに壊滅的な大ダメージを与えてしまった。
ーーー
あまりにも非現実的で、かつ男子小学生にとっては核爆弾にも等しい景太のカミングアウト。
静まり返った5年2組の廊下では、男子クラスメイトたちと担任の教師が、口を半開きにしたまま完全に魂を抜かれたように呆然と立ち尽くしていた。
一方、女子クラスメイトたちの反応は複雑を極めていた。
先程まで、文花を傷つけた景太に対して「フミちゃんに何をしたの!」と激しい怒りを露わにし、先陣を切って詰め寄っていたサトコとチヨ。彼女たちもまた、休日の「胸キュン勝負」の際に景太が放った無自覚で真っ直ぐな男らしさの餌食となり、密かに彼を意識し始めてしまっていた乙女たちであった。
文花への友情と、自分自身の淡い恋心。その狭間で揺れていた彼女たちの耳に飛び込んできた「アイドルとのキス」という事実は、あまりにも残酷だった。
サト(ケータくんが……キス……)
チヨ(……ほかの女の人に、ファーストキスを……)
二人の顔はカッと熱を帯びて赤く染まりつつも、その瞳には明らかな絶望とショックが浮かび上がり、その場にへたり込みそうになるのを互いの腕を掴んで必死に耐えていた。他の女子生徒たちの中にも、顔を真っ赤にして口元を両手で覆い、ショックのあまり涙目になっている者が続出している。
そんな、女子たちの甘くもほろ苦い絶望の空気を引き裂くように、一人の男子が動いた。
クマ「ケータ……」
地を這うような低い声と共に、親友のクマがゆっくりと歩み寄り、座り込んでいる景太の肩をガシッと力強く掴んだ。その顔は下を向いて前髪の影に隠れているが、ワナワナと全身が小刻みに震えている。
景「ク、クマ……?」
顔を真っ赤にしたまま恐る恐る見上げる景太。
次の瞬間、クマは顔をバッと上げ、血の涙を流さんばかりの恐ろしい形相で吠えた。
クマ「コノヤロー! テメーだけいい思いしやがって!!」ガクガクガクガク!!
クマは景太の肩を掴んだまま、前後に凄まじい勢いで思い切り揺さぶり始めた。景太の頭が前後にガックンガックンと揺れ、目が回り始める。
カン「何一丁前に恥ずかしがってんだよ!? 抜け駆けしやがって、この野郎ぉぉっ!!」
普段は理知的なカンチまでもが、嫉妬の炎で目を血走らせ、景太の背中をバンバンと叩きながら怒号を浴びせる。さらに、少年探偵団のリーダーである孝一が、鼻の絆創膏をヒクつかせながら、獲物を狙う肉食獣のような目で景太に顔を近づけた。
孝一「答えろ! やっぱり柔らかかったのか!? アイドルっていい匂いしたか!? なぁ!!」
景「わ、わわわわっ! 揺らさないで! 目が回るぅ……!」
嫉妬に狂った男子たちの猛攻に、景太はなす術もなく揉みくちゃにされる。
もはやそこには「親友」を案じる心など微塵もなく、ただ「国民的アイドルとキスをした」という途方もない幸運を手にした男に対する、同性からの純粋な殺意と僻みだけが渦巻いていた。
男子クラスメイト「「「リア充爆発しろ!!」」」
廊下に集まっていた男子生徒たちが、一糸乱れぬ完璧なコーラスで血の叫びを上げる。
その中には、教育者としての立場を完全に忘れ、「なぜ私ではなく生徒が……」とハンカチを噛み締めて悔しがっている担任の教師の姿すらあった。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図と化した廊下の端で真生だけが苦笑いを浮かべていた。
一方、クマに猛烈な勢いで揺さぶられ続け、脳内がシェイクされていた景太の頭に、突如として電流のような閃きが走った。
景「ハッ!? もしかして、フミちゃん……!」
揺れる視界の中で、景太は教室内から未だに噴き出し続けている文花のドス黒いオーラを見つめた。
自分がふささとキスをしたという事実。そして、その直後から文花が激怒し、極大の闇オーラを放っているという事実。
その二つの事象が、景太の脳内で見事なまでに(そして絶望的なまでに間違った方向へ)結びついたのだ。
クマの手を強引に振り払い、景太は「分かったぞ!」という自信に満ちた表情で立ち上がった。その顔からは先程までの羞恥心は消え失せ、名探偵が真実に辿り着いたかのような晴れやかな光すら宿っている。
景「女性のはじめてのキスを奪っちゃった事を怒ってたのか!」
景(フミちゃんは真面目だからな! アイドルの、しかも女の子の大事なファーストキスを、俺みたいな男子が事故とはいえ奪っちゃったことが、同じ女の子として許せなかったんだ! きっとそうに違いない!)
文花が自分に対して抱いている「恋心」や「嫉妬」といった一番重要な感情の核を完全にスルーし、あろうことか「同性としての道徳的な怒り」だと見事に勘違いしてみせた景太。
あまりにも斜め上すぎる、その超絶無自覚で鈍感な結論。
一瞬の静寂の後、嫉妬に狂っていた男子クラスメイトたち全員が、魂の底からの全力のツッコミを景太に向かって叩きつけた。
男子クラスメイト「「「合ってるけどチゲー!!」」」
彼女が怒っている「出来事」そのものは合っている。だが、怒っている「理由」は宇宙の果てほど間違っている。
周囲の全員がその残酷な真実に気づいているというのに、当の本人である景太だけは「え!? 違うの!?」と驚くのだった。
キュ「さて、無駄話はこの辺にして……そろそろ本題に入ろうか」
キュウビは先程までの哀愁を完全に払拭し、いつものような自信に満ちた、しかしどこか底意地の悪い笑みを浮かべて、景太の鼻先へビシッと指を突きつけた。
キュ「天野景太! 君は彼女、木霊文花をどう思ってる!?」
突然の直球すぎる質問。しかし、恋愛感情という概念がすっぽりと抜け落ちている現在の景太は、あっけらかんとした表情で即答した。
景「え? 素敵な人だよ」
(大切な『友達』として)――景太は内心でそう補足しながら、純粋な称賛の意を込めて頷いた。
キュ「そうだろう、そうだろう!」
(これほど美しく、気高く、そして恐ろしいオーラを放つ彼女と『恋人』として付き合うのならば!)――キュウビは景太の言葉を完全に恋愛的な意味で受け取り、我が意を得たりとばかりに大袈裟に頷き返した。
キュ「ならば君は、彼女のあの激しい感情を真正面から受け止める覚悟があるというのだね!?」
景「もちろんだよ! 俺が怒らせちゃったんだから、ちゃんと話を聞いて、謝るつもりだよ!」
キュ「素晴らしい! その溢れんばかりの愛と情熱! 彼女もさぞかし喜ぶことだろう!」
景「愛とか情熱とか大げさだなぁ。でも、誠意を見せることは大事だよね」
キュ「ああ、まったくその通りだ! 君のその真っ直ぐな思いがあれば、どんな困難な試練(ボッコボコにされること)も乗り越えられるはずさ!」
言葉のキャッチボールは見事に成立し、会話のテンポは小気味良いほどにかみ合っている。
しかし、その実態は「友情の謝罪」を語る景太と、「恋人としての決死の愛の告白」を語るキュウビという、前提条件が完全にズレたままでの進行であった。
まるで有名なお笑いコンビ「アンジャッシュ」のすれ違いコントを見せられているかのような見事なすれ違いっぷりに、周囲のクラスメイトたちは頭を抱えていた。
このままでは永遠に平行線をたどると見かねたのか、女子の集団の中からサトコが一歩前に踏み出し、核心を突く爆弾を投下した。
サト「ねえ、ケータくん。ちょっといい?」
景「ん? なにサトちゃん」
サト「ケータくんってさ、前はフミちゃんの事が好きで、あからさまにアプローチしてたよね?」
その一言が投下された瞬間。
景「!? ど、どうしてそれを……っ!///」
景太の顔面が、先程の「ふささとのキス告白」の時と同じくらい、いや、それ以上に真っ赤に燃え上がった。
アラスターやピクシーたちと出会い、彼らから過酷な精神修養と人心掌握術の教育を受ける前の自分――今思えば穴があったら入りたくなるほどに情けなく、浅はかだった「昔の自分」の記憶が一気にフラッシュバックしたのだ。
景太の動揺をよそに、今度はチヨがジト目で追撃をかける。
チヨ「どうしてって、はっきり言ってバレバレだったわよ。フミちゃんの気を引こうとして空回りして、その度に玉砕してさ。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだったんだから」
チヨの容赦ない言葉に、他の5年2組の女子たちも「うんうん」と深く頷く。
景(うわああああっ! やっぱりバレてたのか……!!)
隠せていたと信じていた過去の痛いアプローチが、実は女子たちの間では公然の秘密(しかも嘲笑の対象)であったという残酷な事実を突きつけられ、景太は顔から火が出るほどの羞恥心に身悶えした。
チヨ「でもさ」
チヨは腕を組み、少しだけ真剣な、そしてどこか寂しげな声音に変わった。
チヨ「今は、あの頃みたいなガツガツした感じ、全然無くなったじゃん? 今の洗練されたケータくんなら、フミちゃんもちゃんと答えてくれたかもしれないのに……何でやめちゃったのよ?」
その問いは、チヨだけでなく、景太の「無自覚人たらし」に心を揺さぶられている他の女子たちも密かに抱いていた疑問だった。なぜ、あれほど好きだったはずの文花への好意を、今の景太は完全に失ってしまったように見えるのか。
その問いに対し、景太は顔の赤みをゆっくりと引き、自嘲するような、どこか大人びた寂しい笑みを浮かべてうつむいた。
景「……情けない話だけどさ。あの頃の俺、勘違いしてたんだよね……」
「勘違い?」
サトコとチヨが不思議そうに首を傾げる。
景太はぽつりぽつりと、自分自身の内面を冷静に分析した言葉を紡ぎ始めた。
景「フミちゃんって、頭も良くて、運動もできて、可愛くて……いつもクラスの中心にいる、皆の人気者でしょ。
対して俺は、秀でた所なんて何一つない。成績も運動も、全部が『普通』で……」
男子クラスメイト(((国民的アイドルとキスしといて、何が『普通』だ! 嫌味かコノヤロー……!!)))
女子クラスメイト(((突っ込みたい……! 今すぐ胸ぐら掴んで突っ込みたいけど、今は真面目な話だから我慢……っ!!)))
現在の景太が持つ「人を無意識に狂わせる異常な魅力」を痛いほど知らされているクラスメイトたちは全員が心の中で血の涙を流しながら激しいツッコミを連打していた。しかし、景太のあまりに真剣な表情を前に、誰も口を挟むことができない。
景「昔の俺は、今よりもずっと『普通』であることがコンプレックスでさ。だから、俺とは真逆で、何でもできるフミちゃんがすごく輝いて見えたんだ。……素直に凄いと思っていたし、羨ましいとも思ってた」
そこまで言って、景太は深く息を吐き出した。それは、過去の浅はかな自分に対する決別の溜め息だった。
景「そこからかな。あの頃の俺は……『憧れ』を、『恋』だと勘違いし始めたのは」
サト「憧れを……恋と?」
景「うん。純粋に『フミちゃんともっと一緒にいたい』『仲良くなりたい』っていう気持ちもあったよ。でも、今になって冷静に考えてみると、そこにはすごく邪推な気持ちも混ざってたんだ」
景太は自分自身を切り裂くように、過去の醜い感情をさらけ出した。
景「『少しでもこの普通から脱却したい』。『完璧なフミちゃんと一緒にいれば、ダメな俺も変われるんじゃないか』……そんな風に、フミちゃんを利用して自分を特別な存在だと思いたかっただけなんだ。結果があの、空回りした迷惑行為の数々だよ。相手の気持ちも考えずに、自分のコンプレックスを埋めるために押し付けてただけ」
アラスターたちの特訓により「成長」した今の景太だからこそ、当時の自分の行動がいかに身勝手で独りよがりなものであったかが痛いほど理解できてしまう。
景「それに気づいた今となっては……本当に、穴があったら入りたいくらいの恥ずかしい黒歴史だよ……」
景太は力なく笑い、自嘲するように頭を掻いた。
彼が文花へのアプローチをやめた理由。それは「好きではなくなった」からではなく、自分の感情が本物の恋ではなく、コンプレックスからくる「依存」や「憧れの混同」であったと、彼自身が精神的に成長し、気づいてしまったからだった。
そのあまりにも冷静で、自分自身に対する厳しい客観的な評価に、廊下にいた全員が言葉を失い、静まり返った。
景太の残酷なまでの自己分析と過去の想いへの決別が廊下に響き渡り、重くやるせない静寂が落ちていたその時。
ガラッ……。
閉ざされていた5年2組の教室の引き戸が、数センチだけ不自然に開いた。扉の隙間から「シュゥゥ……」と漏れ出すどす黒い霧の奥から、低く、しかし微かに震える声が響いてきた。
文「サトちゃん……チヨちゃん……ちょっと来て」
まるで地獄の底から手招きされるような親友からの呼び出し。サトコとチヨは顔を見合わせ、ゴクリと引きつった音を立てて唾を飲み込んだ。
二人は決死の覚悟を決め、息を止めるようにして、底なし沼のような負のオーラが充満する教室内へと足を踏み入れた。
ー5年2組教室内ー
教室の中は、窓の外からの陽光すら食い尽くすほどに暗く、息苦しいほどの負のオーラで充満していた。
その中心、一番前の席。周囲の空間を歪ませながら座っている文花が、ゆっくりと顔を上げた。
文「話、聞いちゃったんだけど……」
その瞳には先程までの純粋な怒りや殺意は薄れ、代わりに激しい動揺と戸惑いが渦巻いていた。
文「ケータくん、前々から私にアプローチしてたって……本当?」
確認するように尋ねてくる文花に対し、サトコとチヨは無言のまま、しかし確信に満ちた力強さでこくこくと縦に首を振った。
文「知らなかった……っ///」
ボフンッ!という擬音が似合うほどの勢いで、文花の顔が耳の先から首筋まで一気に真っ赤に染め上がった。彼女は両手で顔を覆い隠し、恥ずかしさに耐えきれないように身をよじらせる。
文「まさか、ケータくんが前々から私のこと好きだったなんて!!///」
サト&チヨ((やっぱり気付いてなかったか……))
才色兼備でしっかり者に見える文花だが、こと恋愛沙汰に関しては景太に負けず劣らずの超絶天然気質である。
景太が過去に必死で繰り出していた不器用なアプローチの数々を、彼女は本当にただの「クラスメイトとしての親愛の情」や「ちょっと変わった面白い行動」程度にしか受け取っていなかったのだ。
だが、事態はさらに最悪な方向へと転がっていく。
他人の好意を知らされたことで、文花の脳裏にこれまでの記憶が走馬灯のように駆け巡り始めたのだ。
夏休みにあのおおもり山の古びたガシャガシャでウィスパーと出会い、妖怪ウォッチを手に入れた日。
時を同じくして、ケータくんも悪魔ウォッチという未知の力を手にしていて。
最初は互いの抱える種族の違いや考え方からぶつかり合うこともあったけれど、最終的にはお互いを認め合い、和解して。そこから共に背中を預け合う「特別な相棒」として歩み始めて……。
いや、違う。妖怪ウォッチをもらうずっと前からだ。
ただのありふれたクラスメイトだった頃から、ケータくんと一緒にいると、なぜか心がぽかぽかして、安心して、自然と笑顔になれている自分がいた。他の男子と話すのとは全く違う、特別な安心感がそこにはあったのだ。
そこで、文花は自分自身の胸の奥底にあった、分厚い天然の殻に覆い隠されていた「本当の感情」をやっと理解した。
文「ああ……そっか……」
両手を顔から外し、虚空を見つめながら、文花は呆然と呟いた。
文「私、ケータくんのことが……
好きだったんだ」
点と点が見事に繋がり、すべての謎が解けた。
だからだ。ケータくんが他の女の子に優しい言葉をかけて、好意を向けられているのを見た時、心がざわついたのは。
そして何より、彼が国民的アイドルと「ファーストキス」をしたという事実を聞かされた瞬間、胸が張り裂けそうなほど不快で、悲しくて、世界を滅ぼしたくなるほどのドス黒い感情が爆発した理由。
それは正義感でも、同性としての道徳的な怒りでもない。
ただひたすらに純粋で、醜いほどの「嫉妬」だったのだ。
だが、自らの明確な恋心にようやく気づいたところで、時すでに遅し。まさに後の祭りである。
廊下から聞こえてきた景太の言葉が、脳内で残酷に繰り返される。
彼はかつての自分を「勘違い」「黒歴史」と自嘲気味に切り捨てた。アラスターたちの特訓を経て精神的に成長してしまった今の景太には、もう文花に対して恋愛としての「好き」という感情は、綺麗さっぱり消え去ってしまっているのだ。
両想いだったはずの奇跡のタイミングは、互いの超絶的な鈍感さゆえに見事にすれ違い、完全に過去のものとなってしまっていた。
文「何で気づかなかったんだろう! 私の馬鹿馬鹿馬鹿!!///」
文花は真っ赤な顔をバンッと机に押し付け、両手で頭を抱えながら本気で激しく後悔した。
あまりにも最悪すぎるすれ違いの真実に身をよじらせる哀れな親友を前に、サトコとチヨはかける言葉も見つからず、ただ黙ってその震える背中を優しくさすってあげることしかできなかった。
ーーー
教室内で自らの本当の気持ちに気づき、散々頭を抱えて後悔の涙を噛み締めた文花だったが、やがてゆっくりと顔を上げた。
その瞳からは、過去のすれ違いを悔やむ迷いが消え去り、澄み渡った強く確かな「覚悟」の光が宿っていた。
それに応えるかのように、教室内を息苦しいほどに埋め尽くしていたドス黒いオーラが、まるで潮が引くようにすうっと薄れていく。扉の隙間から廊下へと漏れ出していた不吉な黒い霧も瞬く間に霧散し、校舎内に立ち込めていた圧倒的な絶望の気配は急速に晴れ始めていった。
ーーー
ガララ……。
静まり返った廊下に、引き戸が開く乾いた音が響いた。
親友であるサトコとチヨに両脇をそっと支えられるようにして、5年2組の教室の中から文花が姿を現した。
先程までの世界を滅ぼさんばかりの凄惨な気配は跡形もなく消え去り、そこには少し頬をぽっと赤らめ、申し訳なさそうに眉を下げた本来の可憐な文花の姿があった。
あまりの豹変ぶりと気配の落ち着きに、遠巻きに様子を伺っていたクラスメイトたちが、胸を撫で下ろしながら恐る恐る文花のもとへと駆け寄ってくる。
文「先生、みんな……ご迷惑をおかけして、本当にゴメンナサイ!」
文花は担任の先生とクラスメイトたちに向かって、深く深く頭を下げて謝罪した。
学校を数日間の休校にまで追い込み、今日も廊下を恐怖のどん底に叩き落としてしまったことへの、心からの反省の言葉だった。
先生「いや……いいんだよ、木霊さん! 無事なら本当に良かった!」
クマ「ううん、大丈夫だよフミちゃん!」
カン「そうだよ、怪我とかなくて良かった!」
先生も生徒たちも安堵の溜め息を漏らし、荒れていた教室の雰囲気が一気に和らいでいく。
大勢への謝罪を終えた文花は、呼吸をひとつ整えると、ゆっくりと景太の方へと向き直った。
文「ケータくん」
景「フミちゃん……」
まっすぐに見つめ返してくる文花の瞳に、景太は背筋をピシッと伸ばして身を固くした。文花は先程廊下で繰り広げられていた景太の告白(と彼が思い込んでいる自嘲)を思い出すように、少し照れくさそうに頬を染めながら言葉を紡ぐ。
文「教室の中から聞こえちゃった。ケータくんが昔、私に猛アプローチしてくれてた事……」
景「あ、あのねフミちゃん! あれは俺の身勝手な勘違いで! フミちゃんを巻き込んで嫌な思いをさせて本当にごめんなさい! もう二度とあんな迷惑な真似はしないから――」
文花が昔の鬱陶しいアプローチを思い出して気分を害したのだと思い込み、景太は冷や汗をダラダラと流しながら、慌てて頭を下げて謝罪しようとした。
しかし、その言葉を遮るように、文花はそっと一歩踏み出した。
文「謝らないで。ケータくんの真っ直ぐな気持ちに、全然気づけなかった私も悪いんだから……。だから……」
文花は景太の目の前に立つと、彼の右手を優しく持ち上げ、自分の温かい両手で包み込むようにギュッと握りしめた。
景太の掌に直接伝わる、文花の繊細で柔らかく、微かに震えるぬくもり。
景太が「え……?」と呆気にとられる中、文花は耳まで真っ赤に染め上げながら、潤んだ瞳でしっかりと景太の目を見つめて告げた。
文「だから……昔の勘違いとか過去のことは一度全部忘れて、ここから『特別な関係』を始めよう? 私たち二人で」
文花のその震える声での決死の告白と行動に、周囲で固唾をのんで見守っていたクラスメイトたち、そして高物見を決め込んでいたキュウビの脳内に、雷が落ちたような激しい衝撃が奔った。
クラスメイト&キュ(((告白だーーーっ!!)))
『特別な関係』。
それは間違いなく、一方通行だった過去のすれ違いに終止符を打ち、これからは『恋人』として交際をスタートさせようという、文花なりの精一杯で最大の愛の告白であった。
女子たちは「きゃあぁぁ!」と黄色い悲鳴を上げて口元を両手で押さえ、男子たちは「マジかよ……」「嘘だろ……」と嫉妬と驚愕で目をひんむく。
アラスター「おやぁ? これは実にドラマチックな展開ですねぇ!」
ピクシー「ちょっと……本気で告白しちゃったわよあの子……!」
影の中から覗く悪魔たちすらも固唾を呑んで見守る中、景太は文花に手を握られたまま、一瞬だけ呆けた顔をした。
そして満面の爽やかな笑顔を浮かべ、一点の曇りもないハキハキとした声で景太が返した。
景「うん! ここからもっと、特別な関係…」
景「仲の良い最高の『友達』になれるように頑張るよ!」
その瞬間。
一転して、キュウビをはじめとするその場の全員が、まるで時を止められたかのようにカチコチに固まってしまった。
キュ「…………」
クラスメイト(((伝わってねぇぇぇぇぇーーーっ!!!)))
静寂。息をのむ音すら消え去った廊下で、全員の心が声にならない全否定の絶叫を上げていた。
文花が意図した『これからは恋人として特別な関係を始めよう』という至高の告白は、今の景太の超絶的な鈍感フィルターによって跡形もなく濾過され、『気まずい過去を水に流して、これからはもっと絆の深い友達になろう』という友情の再スタート宣言へと見事にすれ違っていたのだ。
まさにアンジャッシュのコントも真っ青の、完璧で致命的な噛み合いと不噛み合い。
景太は自分の完璧な答え(と信じ切っている言葉)に大満足し、握られた文方の手を「任せてよ!」とばかりに力強く握り返している。十中八九どころか、百パーセント彼の脳内に『恋愛』の二文字は届いていなかった。
周囲が絶望的なすれ違いに顔を引きつらせ、ズッコケそうになるのを必死で耐える中、当事者である文花もまた、景太のどこまでも純粋でまっすぐな瞳を見て、彼の真の意図を察していた。
文(あはは……やっぱりケータくんだなぁ。全然伝わってないや)
文花はあまりの伝わらなさに苦笑しそうになるのを必死でこらえ、景太が握り返してくれた手の温もりを噛み締めた。
かつて、彼が自分に向けてくれていた真っ直ぐな好意に全く気づかなかった愚かな自分。
だからこそ、今度は自分が彼のこの呆れるほどの鈍感さに、根気強く付き合っていく番なのだ。一度は途切れてしまったかに思えた二人の絆が、形を変えて再び固く結ばれたのだから。
文「うん!」
文花は花がほころぶような満面の笑みで大きく頷いた。
今は、これで構わなかった。ここからまた、少しずつ二人で歩んでいけばいいのだから。
ーーー
文花との奇跡的なまでのすれ違いを経て、心の中のわだかまりが完全に消え去ったと(本気で)信じ込んでいる景太は、晴れやかな笑顔を周囲のクラスメイトたちに向けた。
景「みんなも、ありがとう」
まるで憑き物が落ちたかのような、あまりにも清々しく、どこか大人の余裕すら感じさせるその微笑みに、5年2組の生徒たちは思わず息を呑む。
景「皆が親身になって怒ったり、俺の話を聞いてくれたおかげで、ずっと胸の奥に抱えていた『過去の情けない自分の気持ち』に、やっと整理をつけることができたよ。これからは、もっと純粋な気持ちでフミちゃんや皆と向き合えると思う」
一切の邪念も、下心も、そして肝心な「恋愛感情」すらも綺麗に浄化しきった、聖人のような微笑み。
自分の告白が1ミリも伝わっていないにも関わらず、これ以上ないほど爽やかに言い放つ景太のその絶望的な鈍感さを前に、女子クラスメイトたちはただ言葉を失っていた。
女子クラスメイト(((………)))
(この鈍感男……!! でも、その真っ直ぐな笑顔がまたズルイ……っ!!)
怒るべきか、呆れるべきか、それともその無自覚な色気に赤面するべきか。感情の処理が追いつかず、女子たちが全員彫像のように固まってポカンと景太を見つめる中、マイペースで大柄な中島紀香だけが、ふぅと息をついて呟いた。
紀香「青春ねぇ……」
彼女の呑気な一言が合図となったかのように、硬直していた空気がゆっくりと動き出した。
騒動によってかなりの時間をロスしてしまったものの、遅れながらも授業は再開され、波乱に満ちた一日はなんとか終わりを迎えた。
ー放課後ー
「ちょっと女子だけで大事な話があるから!」と、サトコやチヨたちが半ば強引に景太を急かして先に帰らせた後。
夕日に照らされる5年2組の教室には、景太以外のクラスメイトたちが残っていた。男子たちはそそくさと退散し、教室には女子生徒たちだけが集まっている。
夕暮れの静寂の中、教室内には何とも言えない重い空気が漂っていた。
あれだけ勇気を振り絞って出した文花の想いが、あんなにも見事な空振り(しかも本人は大満足)に終わってしまったのだ。かける言葉が見つからず、皆が視線を彷徨わせる中、普段は気が強くハッキリと物を言うマイちゃんこと藤本舞が、恐る恐る口を開いた。
舞「フミちゃん……その……」
慰めの言葉を紡ごうとした舞。しかし、机に両手をついてうつむいていた文花が顔を上げた瞬間、舞をはじめとする女子全員がハッと目を見開いた。
彼女たちの想像とは真逆に、文花の瞳には絶望の涙など微塵もなかった。代わりに、ゴウゴウと音を立てて燃え盛るような、強烈な闘志の炎が宿っていたのだ。
文「私、決めた」
「「「?」」」
文花はギュッと両手で拳を握りしめ、教室の窓から見える夕焼け空を真っ直ぐに睨みつけた。
文「これから先、ケータくんはたくさんの女性を誑し込む。絶対に」
人心掌握術と、紳士的な振る舞いを身につけた現在の景太。しかも本人はその魅力に全く無自覚であり、息をするように女性の心を撃ち抜く言葉を放つ。
その恐ろしさを、トップアイドルとのキスという形で身をもって思い知らされた文花には、確信があった。
文「昔は、ケータくんの方から私にアプローチしてきてくれた。……だから!」
バンッ!と両手で机を叩き、文花はクラスメイトの女子たちを力強く見回した。
文「だから、今度はこっちからアプローチして、絶対にケータくんをゲットしてみせる!」
それは、今まで「待つ」側だった完璧なヒロイン・木霊文花が、自ら運命を切り開く狩人へとクラスチェンジを果たした瞬間だった。
彼女の顔には、もう迷いも後悔もない。ただ愛する少年を振り向かせるという、揺るぎない決意と覚悟が満ち溢れていた。
その凄まじいまでの覇気と真っ直ぐな想いに当てられ、沈んでいた他の女子クラスメイトたちの心にも、ある変化が訪れ始めていた。
女子クラスメイト(((まぁ、色々あったし、あの鈍感さには腹も立つけど……。やっぱり、ケータくんのこと……嫌いになれないなぁ。寧ろ、どんどん惹かれてる自分がいる……///)))
景太の不器用で、でも誰よりも真っ直ぐで優しい本質。それを知ってしまった彼女たちの胸の奥で、燻っていた淡い恋心が、文花の宣言によって一気に燃え上がり始めたのだ。
女子クラスメイト(((……何だろう? フミちゃんの覚悟を聞いてたら……負けたくないって、思って来ちゃった……!)))
フミちゃんは確かに可愛くて、強敵だ。でも、だからといって自分から身を引く理由にはならない。
教室内にいるサトコ、チヨ、めぐみ、そして舞たちの瞳に、次々と熱い闘志が宿り始める。親友であり、同時に最大のライバル。5年2組の教室内で、静かで熱い「天野景太争奪戦」のゴングが鳴り響いた瞬間であった。
紀香「青春ねぇ……」
そんなバチバチと火花が散るような熱い空間の中、紀香はまたしても呑気にそう呟いた。
一方、その「景太争奪戦」の波は、隣の5年1組の教室にも確実に伝播していた。
トップアイドルとのキス騒動、そしてどうやら5年2組の木霊文花が本気で動き出したらしいという情報(女子のネットワークは恐ろしく早い)は、すでに彼女たちの耳にも届いていた。
キララ「負けてられませんわね」
誰もいなくなった5年1組の教室で、窓際で優雅に腕を組んでいた星風キララが、ふわりと髪をかき上げながら不敵な笑みを浮かべた。
キララ「私をあれほど魅了した殿方ですもの。フミちゃんが相手だろうと、トップアイドルが相手だろうと……私も、ちゃんとこの想いを伝えられるように頑張らなくちゃ」
順「さ、流石ですわキララ様!!」
昌「ええ! 私たちも全力でサポートいたします!」
取り巻きの順子と昌子が、目を輝かせてキララを称賛する。
その少し離れた席では、昼間は完全に精神崩壊を起こしていた石ノ森ユウカが、両手でバシッと自分の頬を叩いて気合を入れていた。その瞳には光が戻り、むしろ以前よりもギラギラとした執念めいた光が宿っている。
ユウ「イナホちゃん。私、絶対に負けない! ケータくんのファーストキスは、あの泥棒猫アイドルに奪われちゃったけど……これからのケータくんの隣は、絶対に私がゲットして、私だけのケータくんにして、絶対に振り向かせてみせるんだから!!」
イナ「が、頑張ってくださいね……。私、恋愛感情とか宇宙語並みに分かんないですけど、可能な限り協力はするから……!」
重すぎる愛を復活させたユウカの迫力に、親友のイナホは若干引き気味になりながらも、冷や汗を流してコクコクと頷いた。
そして、教室の最後列。
帰り支度をしながら、大山可南子(カナっち)は一人、赤くなった顔をマフラーに埋めるようにして隠していた。
可南(べ、別に……! 私がアイツのことを好きになったわけじゃないし……! ただちょっと、アイスの当たり棒をくれたのが嬉しかっただけで……っ)
頭の中で必死に言い訳を並べ立てるが、胸の奥の鼓動は自分でも信じられないほどうるさく鳴り響いている。
可南(でも……アイツの隣を、他の女子が当たり前みたいな顔して歩くのは……なんか、すっごくムカつくから……っ! だったら、アタシが……!)
クールな仮面の下に隠された、不器用でツンデレな恋心。可南子もまた、誰にも言わずに密かに決意を固めていた。
この日、さくら第一小学校の5年生の女子たちの間で、未曾有の嵐が巻き起こった。
学年を巻き込んだ、一人の少年を巡る壮絶な恋愛バトルロイヤル。それぞれの少女たちが「絶対にケータくんを射止めてみせる」と心に覚悟を決めたのだった。当の景太本人が、家に帰って呑気に悪魔たちと夕飯のメニューを考えていることなど、知る由もなかった。
ー幕間ー
夕日に照らされる帰り道。
文花との一件を「完璧に解決した(しかもこれ以上ないほど爽やかに)」と信じて疑わない景太は、足取りも軽く、どこか晴れやかな表情で自宅への家路についていた。
そんな彼の背後、周囲の人間には認識できない次元で、二体の悪魔が並んで宙を歩いていた。
ピク「残念だったわね。もっと血みどろのカオスになるかと思ったけど、アンジャッシュばりのすれ違いコメディで終わっちゃって♪」
ピクシーが、してやったりとばかりに空中でくるりとターンを決めながら、隣を歩くラジオデーモンをからかうように笑いかけた。
景太の無自覚な爆弾発言がどのような惨劇を引き起こすか、高みの見物を決め込んでいたアラスターだったが、彼の期待を裏切る(?)見事なギャグ時空の着地。しかし、アラスターは全く悔しがる様子もなく、ステッキをクルクルと回しながら口角を吊り上げた。
アラ「何をおっしゃいますか。あの年端もゆかない子供たちが、嫉妬と絶望に顔を歪める様……彼等の暴走が見れただけでも、実に素晴らしいエンターテインメントでしたし、十分な収穫はありましたよ」
ピク「ふふん、負け惜しみを」ニヤリ
ピクシーが意地悪く笑うが、アラスターの笑みはさらに深まるばかりだった。
アラ「それに……」
アラスターは細められた赤い目を微かに開いて、前を歩く景太の背中を見つめた。
アラ「まだ、終わってはいませんからね」
ピク「……は?」
ピクシーが首を傾げたその時、景太が天野家の玄関に到着した。
景「ただいまー!」
ガチャッ、と扉を開け、呑気に靴を脱ごうとした景太。
しかし、その直後。玄関の廊下の奥から、底冷えするような凄まじいプレッシャーが押し寄せてきた。妖怪など及びもつかない、本能に直接語りかけてくる強烈な「圧」。
景母「ケータ?」
地を這うような低い声。
景太がビクッと肩を震わせて顔を上げると、そこには腕を組み、仁王立ちしている母親の姿があった。
普段は理知的な光を宿している眼鏡の奥の瞳が、今は完全に「鬼の形相」と化して景太を見下ろしていた。
蛇に睨まれた蛙のように硬直する景太。
今回の景太の母の「怒った時の鬼のような恐ろしさ」は磨きがかかっていた。
景母「最近、学校が変な休校になったりしてたから、なんとなく察しはついてたけど……」
ゴゴゴゴゴ……と幻聴が聞こえそうなほどのオーラを放ちながら、母親はゆっくりと景太に近づいてくる。
景母「これは、流石にお母さんたちも予想外だったわ……」
景「よ、予想外……? な、なんのことかなぁ……アハハ……」
引きつった笑いを浮かべて誤魔化そうとする景太に、母親はとどめの刃を冷酷に突きつけた。
景母「まさか、うちの息子が……あの国民的アイドル、ニャーKBのふささちゃんとキスしたなんて……っ!」
景「な、なんでそれを……!!?///」
絶対の秘密(すでに学校中でバレているが)を親に知られているという事実に、景太の顔面が本日何度目か分からない限界突破の沸騰を起こし、真っ赤に染まった。
なぜ親が知っているのか。同級生が電話してきたのか? 先生が連絡したのか? 混乱する景太の横で、ピクシーがジト目で隣の悪魔を睨みつけた。
ピク「アンタね……」
アラ「はい。夏休みにこちらの天野家で、人間の姿でホームステイさせていただいた時の『連絡網』を利用しました」
アラスターは悪びれる様子など微塵もなく、むしろ「保護者との連携は教育の基本です」とでも言いたげな、誇らしげな笑顔で胸を張った。
夏休みの滞在を通しアラスターが「人間の紳士」としてホームステイしていた際、景太の母の「息子のプライバシーを他人の前で平気で暴露する」といった悪癖を彼が紳士的かつ的確な指摘をし、反省させ直させるという、より良い家族関係の構築に貢献した。
その結果、景太の両親にとってアラスターは「厳しくも礼儀正しい、信頼できる外国の紳士(友人)」として完全に認識されている。
その彼からの「ご子息の劇的な成長と青春の1ページのご報告」という名目のタレコミであれば、両親が信じないはずがなかった。
景「ア、アラスター……お前ってやつはぁぁぁっ!!」
頭を抱えて絶叫する景太。しかし、鬼神と化した母親は待ってくれない。
ガシッ!と、逃げようとした景太の襟首が、母親の容赦のない手によって強烈に掴まれた。
景母「さぁ、リビングに行きましょうか、ケータ? 今日は早く仕事が終わって、お父さんもリビングにいるからね……。天野家の大事な会議よ。どうしてそんなことになったのか、詳しく事細かに、たっぷりと聞かせてもらうからね!!」
景「ぎゃあぁぁぁぁっ!! お、お父さん助けてーーーっ!!」
リビングの奥では、普段は温厚で少し抜けている父親が、腕を組んで真剣な顔をして待ち構えているのが見えた。
ただし、同じ男としては内心「俺の息子すげぇな……」と少しだけ羨ましがっているかもしれない複雑な顔をしてたのは内緒である。
アラ「さて、私達は見物と行きましょう」
ピク「アンタ…ホント転んでもただでは起きないわね。ま、お言葉に甘えて鑑賞させてもらいましょ」
こうして、学校での絶望的なすれ違いを無自覚に乗り越えたばかりの景太は、今度は自分自身の両親という名の最強の審問官たちによる、逃げ場のない地獄の尋問へと引きずり込まれていったとさ。
きょうの悪魔大辞典
アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」
景「『地霊コダマ』」
景「わが名はケータ!悪魔ウォッチを所有するもの!」ワガナハケータ!アクマウォッチヲショユウスルモノ!
景「そなた達は、妖怪ウォッチに選ばれた者と妖怪か!?」ソナタタチハ、ヨウカイウォッチニエラバレタモノトヨウカイカ!?
文「去れ!」サレ!サレ!サレ!サレ!サレ…!
景&文「…って木霊が響いてウルサーイ!!」ウルサーイ!!ウルサーイ!!ウルサーイ!!ウルサーイ!!
それが地霊コダマである…。