悪魔ウォッチ   作:龍座

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運動会は妖怪とカオスがいっぱい

ーさくら第一小学校・グラウンドー

 

雲ひとつない爽やかな秋晴れの下、グラウンドには万国旗が賑やかにたなびき、児童たちの熱気と歓声が響き渡っていた。

 

今日は、年に一度の運動会。

 

しかし、今年の運動会は例年とはワケが違っていた。先日発生した「さくら第一小学校・全体休校騒動」以降、クラスや学年の枠を超えた女子生徒たちの間には、目に見えないバチバチとした緊張感が漂っていた。

 

応援合戦の掛け声ひとつ、徒競走の着順ひとつをとっても、そこでの功績次第で今後の学校生活の立ち位置や人間関係は天国にも地獄にもなり得る。まさに全校生徒がそれぞれの思惑を胸に挑む、一大決戦の場と化していたのだ。

 

だが――木霊文花にとって、そんな学校内の権力闘争や行事の勝敗など、心の底からどうでもいいことだった。

 

彼女にとって何よりも大事なこと。それはただひとつ。

天野景太にアプローチし、彼の特別な存在になること。

 

あの絶望的なすれ違いの日から、文花の心は決まっていた。かつて自分に向けられていた景太の好意に気づけず、一度は彼の恋心を過去の「勘違い」として綺麗に完結させてしまった愚かな自分。ならば今度は、自分から彼の懐に飛び込み、その心を射止めるしかない。

 

この運動会こそ、全校生徒の視線が集まる中で、年に一度だけ訪れる最高の「アピールチャンス」なのだ。

 

ライバルである5年2組の女子たち、そして「魔の5年1組」の猛者たち以上に、圧倒的に格好いい所、そして守ってあげたくなるような可愛い所を景太に見せつけ、その心を独占してみせる。

 

文「私は……絶対にケータくんを射止めてみせる!」

 

グラウンドの隅にあるテントの陰で、体操服姿の文花はギュッと小さな拳を握りしめ、青空に向かって熱い炎を瞳に宿していた。その全身から溢れ出る覇気は、もはや運動会に臨む小学生のそれではなく、戦場へ赴く武将のそれであった。

 

その熱量に圧倒されながら、文花の肩口に浮遊する真っ白な妖怪執事が、おそるおそる声をかける。

 

ウィス「何時にも増して燃えてますね〜…フミちゃん。お気持ちは分かりますが、前にも言った通り、運動会というのは人間の感情が激しく渦巻く『妖怪の宝庫』でうぃっす。いつ、どこで、どんな怪しい妖怪が乱入して邪魔をしてくるか分かったものじゃありませんよ?」

 

運動会特有のプレッシャーや極度の緊張感、あるいはズルをしたいという欲望は、妖怪を引き寄せる絶好の餌食だ。もし競技中に怪しい妖怪に取り憑かれでもしたら、景太へのアピールどころではなくなってしまう。ウィスパーの指摘は、執事として極めて真っ当な懸念であった。

 

しかし、文花は不敵な笑みを口元に浮かべると、ゆっくりと振り返った。

 

文「ふふっ、そこは大丈夫」

 

自信満々に指差した文花の後ろ――そこには、妖魔界でも一騎当千と謳われる猛者たちが、ズラリと一列に並んでいた。

 

真っ赤な地縛霊猫・ジバニャン。

伝説の侍猫・ブシニャン。

妖艶なる狐のエリート・キュウビ。

さすらいの龍遣い・オロチとその影の存在・影オロチ。

未来の超合金猫・ゴルニャンとロボニャン。

 

まさに妖魔界のオールスターと呼ぶにふさわしい、恐るべき最強の布陣。

 

文「この妖怪たちが、私のアピールを邪魔されないように運動会を守るボディーガードをしてくれるから。もし変な妖怪が私やケータくんに取り憑こうものなら……容赦なく、ブチ殺す勢いでぶっ飛ばしてくれるよ。……ね?」

 

最後の「ね?」という言葉と共に、文花がニッコリと満面の笑みを向けた瞬間。

 

彼女の背後に、ぬらりと巨大な般若のようなドス黒いオーラが立ち上った。

 

「「イ…イエッサー!!」」

 

ジバニャンたち最強妖怪が一斉に背筋をピンと伸ばし、滝のような冷や汗をダラダラと流しながら、目を激しく泳がせて必死の敬礼を返した。

 

ブシニャンは愛刀の手入れをする手がガタガタと震え、あの高慢なキュウビですら額の汗を拭いながら「ひ、引き受けてしまった手前、断れん……」と顔を引きつらせている。

 

彼らがここに揃っている理由。それは妖怪としての使命感などではなく、数日前に文花から受けたあまりにも凄惨で容赦のない「説得(圧倒的物理的・精神的圧)」によるトラウマ以外の何物でもなかった。

 

文花の絶対的な力関係と、完全に恐怖政治で支配された妖怪兵団の惨状を前に、ウィスパーは顔をひきつらせ、小さな声でポツリと呟くしかなかった。

 

ウィス「気合い……入りすぎだろおい……」

 

もはや応援というレベルを遥かに超越した少女の執念に、呆れを通り越して深すぎる恐ろしさを感じるウィスパーであった。

 

一方でグラウンドがざわめく喧騒の中、白組のテントの周辺では、人間には見えない悪魔たちと景太がのんびりと会話を交わしていた。

 

ピク「ホント……何度見ても呆れるわね。何が好きで、こんな暑苦しい運動なんてわざわざやるのやら……」

 

腕を組みながらやれやれといった仕草でため息をつくピクシーに、景太はどこか楽しげな苦笑いを浮かべて答える。

 

景「学校行事の定番だからね。仕方ないよ」

アラ「おや、それは頼もしい。それで? ケータくんも、今日は一等賞を狙って張り切る側ですか?」

 

マイク型のステッキを器用にクルクルと回しながら、ラジオデーモン・アラスターが赤い目を細めて尋ねる。

 

その問いに、景太は少しだけ首を傾げ、それから気負いのない柔らかな笑みを浮かべた。

 

景「う〜ん。どうなんだろう? まぁ、今回は無理に目立とうとか思わないし、俺は『普通』に頑張るかな」

 

以前の彼であれば、周囲に良く見られたい一心で空回りしたり、コンプレックスを隠すために無理をしたりしていたはずだ。しかし、数々の修羅場を潜り抜け、自分のコンプレックスや過去の未熟さをも受け入れられるようになった今の景太には、変な気負いや見栄は一切なかった。ただ「普通」であることの心地よさと、等身大の自分で挑む清々しさが、今の彼を包み込んでいる。

 

その景太の成長した返答に、アラスターは満足げに牙を覗かせて笑った。

 

アラ「ほう……『普通』、ですか。実に素晴らしい境地ですねぇ。等身大の若者が流す汗ほど、美しいエンターテインメントはありません!」

ピク「アンタが言うと、なんか裏があるようにしか聞こえないけどね」

 

ピクシーが呆れたように鼻を鳴らした、その時だった。

 

「おう、ケータ」

 

ふっと気配もなく、景太の斜め後ろから聞き覚えのある声が声をかけてきた。

 

景「ヨシツネ。来てたんだ」

 

振り返ると、そこに立っていたのはかつて激闘を繰り広げた強者・ヨシツネだった。その傍らには、他の妖怪たちの姿もある。

 

ヨシ「ああ。今日の運動会ってやつが相当賑やかだって聞いたからな。他の奴らも、せっかくだから見物に……いや、見守りに来てるぜ」

 

ヨシツネは不敵に笑うと、周囲に視線を投げた。人間の姿に変化しているため、もしグラウンドの一般客や他の生徒が見たとしても、ただの少し個性的な見学者にしか映らない。

 

少し離れた木陰には、上品に微笑むリャナンシーや、優美な佇まいの水色の悪魔アプサラスの姿があった。さらに、周囲の空間を歪ませて完全に不可視化しているハヤタロウやジャックフロストも、それぞれの方法でこの大イベントに紛れ込んでいた。

 

そして、その一団の中に――。

 

マーメ「ケータくん」

 

景太が声をかけられた方を見ると、そこに一人の美しい少女がいた。

 

景「マーメイド」

 

そこにいたのは、鬼女マーメイドだった。

 

彼女は人間の脚に変身する特訓の最中であり、まだ完全に自力で歩行することが困難なため、魚のヒレはロングスカートで隠し、スタイリッシュな車椅子に身を包んでいた。艶やかなエメラルドグリーンの髪を揺らし、どこか恥ずかしそうに頬を染めている。

 

アプ(彼女はまだ、人間の脚でしっかりと立つための特訓の途中ですので……今日は私が車椅子を押して同行させていただきました)

 

優雅に微笑みながらアプサラスが説明を加えると、景太は嬉しそうにパッと顔を輝かせた。

 

景「そうなんだ。わざわざ来てくれて嬉しいよ、マーメイド!」

マーメ「うん……。ケータくんが、がんばる姿……みたくて……」

 

マーメイドが嬉しそうに、しかし控えめに微笑み返す。

 

夏休みのプライベートビーチでの出会いから始まり、水泳特訓を通じてかけがえのない「友達」となった二人の間の、温かく穏やかな交流。

 

――だが、その和やかなやり取りを、グラウンドの離れた場所から目撃していた周囲の人間たちの反応は、全く異なるものだった。

 

女性陣&男子クラスメイト(((……ダレあの美人……!?)))

 

クラスメイトの男子たちや、周囲の女子生徒たちは、見慣れない洗練された美少女が景太と親しげに話しているのを目撃し、一様に度肝を抜かれていた。転校生にしては聞いたことがないし、何よりあの只者ではない雰囲気に誰もが言葉を失っている。

 

そんな中、事情を知る数少ない面々――クマ、カンチ、そして文花だけは、その少女の正体にすぐに行き着いていた。

 

クマ「カンチ……おい、あの車椅子の人って……」

カンチ「……間違いない。確か、夏休みにケータと一緒に海岸にいた……」

 

二人は冷や汗を流しながら、頭の中で夏休みのあの「不穏な事件(マーメイドとの水泳特訓と大誤解)」の記憶を必死に反芻した。

 

そして、当事者の一人である文花に至っては、その衝撃と警戒レベルがケタ違いだった。

 

文(まさか……あの時のマーメイドさんが、わざわざここに来るなんて……っ!)

 

夏休みに目撃した、胸をざわつかせたあの特訓の光景。そして何より、景太に好意を寄せ、強い絆で結ばれている強力なライバルの襲来。

 

今日という日は、ただでさえ他の女子たちとの激しいアピール合戦が繰り広げられる正念場なのだ。そこにさらに「人魚の美少女」まで参戦してくるとあっては、文花の警戒心は一気に最高潮へと跳ね上がっていた。

 

文花の背後で、彼女の「ボディーガード」として恐怖政治で従えられている最強妖怪たちが、冷や汗を拭いながらガタガタと震えていることにも気づかず、文花の闘志の炎は音を立てて激しく燃え盛るのであった。

 

ーーー

 

グラウンドには歓声と砂煙が巻き起こり、運動会の競技は順調に進行していった。

 

そして、午前の見せ場の一つである――「綱引き」。

 

白組の準備エリアで太いロープを前にした時、文花は内心で「勝った」と確信していた。

 

文(幸運なことに、ケータくんが一番先頭で、私はそのすぐ斜め後ろという絶好のポジション! ここでケータくんを陰になり日向になり全力でサポートして、絆をぐっと深めるのよ!)

 

体操服の袖をたくし上げ、文花は並々ならぬ気合いでロープを握りしめた。景太の後ろ姿をこの距離で見つめながら一緒に勝利を目指す――まさに計算通りの完璧なシナリオのはずだった。

 

しかし、ふと視線を対戦相手の先頭へと向けた文花は、違和感を覚えた。

 

対戦相手の先頭に立つ三人――普段はどちらかと言えば運動が苦手なはずの男子生徒たちが、見るからに異常な気合いを撒き散らしていたのだ。髪は逆立ち、目は血走り、全身からメラメラと熱気が立ち上っている。

 

文花が首元の懐中時計形妖怪ウォッチを覗き込み、同時に景太が左腕の悪魔ウォッチのレンズをかざすと、その正体がすぐに判明した。

 

相手の先頭三人には、なんと「メラメライオン」、「グレるリン」、そして「ブリー隊長」という、熱血とパワーを象徴する筋金入りの妖怪たちがそれぞれ取り憑いていたのだ。

 

普通なら「ズルい!」と叫ぶところだが、今の文花の思考回路は極めてドライだった。

 

文(まあ、気にする必要はないわ……。勝とうが負けようが、私の本当の目的はケータくんへのアプローチ。勝てば一緒に喜べばいいし、負けそうなら『ケータくん、頑張って!』って可愛く支えてあげればいいんだから。やりようはいくらでもあるわ)

 

文花が不敵に口元を緩めたその時、パーン!と審判のピストル音が鳴り響き、試合開始の合図が轟いた!

 

「オーエス! オーエス!」

 

開始直後、凄まじい手応えがロープを通じて伝わってきた。相手側に物理系の強力な妖怪が三体もついているため、赤組の引きは圧倒的だった。白組の足元がズルズルと砂を削りながら前に持っていかれる。

 

景「くっ……! 負けるかぁぁっ!」

 

最前線の景太は歯を食いしばり、踏ん張ってロープを引っ張る。しかし、どれだけ景太が力を込めようとも、手応えがあまりにも重すぎる。おかしいと思って景太が後ろを振り返った瞬間、彼は自分の目を疑った。

 

景太を除く5年2組の生徒たちが、全員揃ってどんよりと顔を伏せ、やる気ゼロの状態でロープにぶら下がっていたのだ。

彼らの背後には、「ドンヨリーヌ」、「ネガティブーン」、そして「ネクラマテング」という、陰気と絶望を撒き散らす暗黒妖怪トリオがべったりと取り憑いていた!

 

ウィス「ってフミちゃんも取り憑かれてるでうぃっす〜!!」

 

空中からウィスパーが悲鳴を上げる。

 

そう、先ほどまであんなに燃えていた文花までもが、ネクラマテングの漆黒の羽から放たれるネガティブパワーを直撃し、「どうせ私なんて……アプローチしても無駄だわ……」とどんよりオーラを撒き散らしながらロープに手を添えているだけになっていたのだ!

 

白組のパワーは実質、景太ひとり分。

 

ズルズルズルッ!と、赤組の圧倒的な力によって、白い目印がどんどん相手陣形へと引きずり込まれていく。

 

景(くそっ……! ひとりじゃ……支えきれない……!)

 

景太の足が砂にめり込み、限界を迎えて膝が折れかけた、まさにその時――!

 

マーメ「ケータくん!」

 

グラウンドの喧騒を突き抜け、透き通るような美しい声が真っ直ぐに景太の耳に届いた。

 

本部テント近くの観客席。車椅子の上から身を乗り出すようにして、エメラルドグリーンの髪をなびかせたマーメイドが、必死に両手を口元に当てて叫んでいた。

 

マーメ「が……が……頑張ってー!!」

 

普段は控えめで、人前に立つことすら怯えていた彼女が、なりふり構わず自分に向かって声援を送ってくれている。

 

その一生懸命な姿を目にした瞬間、景太の頭の中に、アラスターやピクシーたちとの過酷な特訓の日々や、数々の修羅場を乗り越えてきた記憶が走馬灯のように駆け巡った。

 

景(そうだ……! 負けたからって、失敗したからってなんだと言うんだ。『失敗を恐れるな』。俺はいつだって、そうやって前に進んできたんじゃないか!)

 

景太の胸の奥で、小さく燻っていた魂の火種が弾けた。

 

景(勝ち負けじゃない……俺は、悔いの出ないように全力を尽くすだけだ!!)

 

景太の瞳の奥に、一瞬、燃え盛る本物の「炎」が揺らめいた。

 

己の弱さを受け入れ、それでも泥臭く全力を尽くそうとする少年の凛とした覚悟。

 

その瞬間――相手陣形に取り憑いていたメラメライオンが、ハッと目を見開いた。

 

メラメ「……!?」

 

熱血を司る百獣の王の瞳に、景太の内に秘められた圧倒的な「闘志の輝き」が激しく反射した。メラメライオンは、自分に取り憑いている生徒のことなど完全に忘れ、景太の放つ輝きに魂を激しく揺さぶられたのだ。

 

メラメ「メラメラーー!!」

 

次の瞬間、メラメライオンは歓喜の咆哮を上げると、相手生徒から離脱! 閃光のようなスピードで空を舞い、景太めがけて全身のメラメラとした熱い炎のオーラを惜しみなく浴びせた!

 

ズドォォン!!

 

景太の全身から、文字通り黄金の炎のようなオーラが爆発的に噴き出した!

 

異変は一瞬で起きた。

 

ズルズルと持っていかれていた極太のロープが、ピタリと、完全に停止したのだ。相手側の生徒たちが「えっ!?」と目を見張る。

 

そして――!

 

景「ウォォリャアアーー!!」

 

咆哮一閃! 景太は腰を極限まで落とすと、まるで巨岩を引き抜くかのような渾身の力でロープを思い切り引き寄せた!

メラメライオンの燃え盛る闘魂が、景太の身体に完全に宿ったのだ!

 

背中にロープを担ぐような姿勢で、一歩、また一歩と力強く後退しながら綱を手繰り寄せる景太! 彼の巻き起こす凄まじい引きに、相手側の生徒たちが悲鳴を上げながら、今度は逆にどんどん景太の方へと引きずり戻されていく!!

 

グレる「おいおいマジかよ! アツすぎるぜあの野郎!!」

ブリー「ナイス情熱! ビクトリアーーン!!」

 

景太のあまりにも眩しい闘志とメラメライオンの熱気につられるように、相手についていたグレるリンとブリー隊長までもが「我慢できねぇ!」とばかりに景太へとなだれ込み、重なるように取り憑いた!

 

メラメライオンの「熱血」、グレるリンの「底力」、ブリー隊長の「限界突破の鍛錬パワー」――!

 

本来なら、どんより妖怪たちに取り憑かれて置物と化した味方を引きずりながらでは、いくら妖怪がついたところで勝ち目はないはずだった。しかし、三体の強力なパワーと景太自身の覚醒した意志が融合した今の引きは、もはや重戦車そのものだった!

 

景「うおぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「キャーッ!?」

「うわあああっ!」

 

赤組の生徒たちがまるで引き潮に呑まれるかのように、次々と体勢を崩して前へ倒れ込んでいく!

 

そして!

 

審判「そこまで!! 2組の勝利!!」

 

審判の甲高い笛の音が響き渡り、赤組の目印が完全に白組のラインを越えた。

 

大逆転勝利!!

 

静まり返っていたグラウンドに、一瞬の遅れののち、爆発的な大歓声が巻き起こった。

 

審判の快勝を告げる笛の音がグラウンドに響き渡り、大歓声の余韻が残る中、取り憑いていた妖怪たちが景太の体からすうっと抜け出していった。

 

ウィス「いや〜! まさかまさかの大逆転勝利でうぃす! 助かりましたよ……しかし、何でまた急にケータくんに取り付いたんでぃすか?」

 

空中で胸を撫で下ろしながら、ウィスパーが首を傾げてメラメライオンに尋ねた。

 

メラメ「メラ!メラメラメラ。メラァ!」

 

メラメライオンが腕を組み、熱い眼差しで本部テント方向を指差しながら吠える。それをウィスパーが素早く翻訳した。

 

ウィス「何々?『あの悪魔の子(マーメイド)の応援と、それに応えたケータの覚悟と闘志が気に入った!』と。成る程、熱い魂に共鳴したという訳でうぃすね!」

 

グレる「おうよ! あの車椅子の嬢ちゃんの応援、マジで心がこもってたからな! 男なら応えなきゃ廃るってもんだぜ!」

ブリー「ビクトリアーン! 悪魔の中にもああいう熱いハートを持った奴がいるとは思わなかったぜ!」

 

グレるリンに続き、ブリー隊長が太い腕組みをして深く頷いた。そして、「それにしても……」とブリー隊長はゼェハァと息を整えている景太を太い指で指し示した。

 

ブリー「あのチキンボーイ! 根性は見上げたもんだが、まだまだ軸がブレている! だが鍛えたらもっと化けるぞ……この俺が直々にビシバシ鍛えてやる!」

 

アラ「おや、それは素晴らしい提案ですねぇ!」

ブリー「!? 誰だ!?」

 

影からスッと突如として現れたアラスターに、ブリー隊長は一瞬驚いて身構えたものの、アラスターが浮かべる洗練された(そして怪しげな)笑みと醸し出す圧倒的なカリスマ性を感じ取ると、すぐに興味深そうに身を乗り出した。

 

アラ「ケータくんの教育係としては願ってもないお申し出です。ですが、いきなりガチガチの筋肉にするのでは無く、彼の魅力を引き立てるよう、少しずつ段階を踏んでビルドアップさせるというのはいかがでしょう? 紳士たるもの、魅せる体作りも嗜みでしてね」

ブリー「ほう……! 全身のバルクアップだけでなく、体幹と美しさを両立させる段階的トレーニングとな!? 成る程……それは実に面白い!!」

 

異世界の悪魔と熱血妖怪隊長が、景太の「肉体改造計画」について即座に意気投合し、笑顔で密密な話し合いを始める。

 

ドンヨリーヌ「やっぱり、愛の力は素晴らしいでジュバ〜ン……♡」

 

先ほどまでネガティブオーラを振り撒いていたドンヨリーヌまでもが、景太とマーメイドの絆に感動し、頬を染めてうっとりと頷いていた。

 

――そんな妖怪たちの会話など露知らず。

 

見事な大逆転劇によって、クラスの男子たちから揉みくちゃにされながら「綱引き力持ちNo.1!」と書かれた手作りの金メダル(紙製)を首にかけられた景太は、晴れやかな笑顔で観客席へと駆け寄った。

 

景「マーメイド! ありがとうーー!!」

 

金メダルを胸に掲げ、景太はとびっきりの笑顔で大きく手を振った。

 

その声に応えるように、観客席の車椅子の上から、マーメイドもパッと顔を輝かせ、少し恥ずかしそうに、けれど心からの嬉しさを込めてキュートに手を振り返した。爽やかな秋風が、二人の友情を祝福するように吹き抜けていく。

 

その光景を横目で見ていたウィスパーは、ふと「そういえば……」と思い出したように振り返った。

 

ウィス「いや〜、怪我の功名とはいえ良かったでぃすね、フミちゃ……」

 

ウィスパーの言葉が、途中で凍りついた。

 

ウィスパーが見た先――そこには、地獄のような光景が広がっていた。

 

文花の目の前には、妖魔界の誇る最強妖怪たち――キュウビ、オロチ、ブシニャン、ジバニャンたちが、揃って正座させられていた。

 

ボディーガードとして警戒していたはずが、陰気妖怪たちの奇襲を許し、文花をネガティブ状態にしてアプローチの機会を潰させてしまった面々。文花から放たれる凄惨なオーラに、最強妖怪たちがガクガクと小刻みに全身を震わせ、今にも泣き出しそうな目で平伏している。

 

文「大丈夫」

 

静寂の中、文花がゆっくりと口を開いた。

 

文「運動会は、これからなんだから。次から頑張れば良いよ♪」

 

花がほころぶような、一点の陰りもない可憐な満面の笑みでそう言った。

 

「「「ひ、ヒエッ……!!」」」

 

その笑顔が逆に恐ろしすぎて一瞬固まったキュウビたちだったが、お咎めなしと分かった瞬間、胸を撫で下ろして安堵の息を漏らした。

 

(た、助かった……! 命拾いしたぞ……!)

 

誰もがそう思った、次の瞬間。

 

文花は黙って、すっと右人のさし指を立て、キュウビたちの目の前に突き出してみせた。

 

静かに立てられた、一本の指。

 

声もなく、理由も語られず、ただ提示されたその意味深すぎるジェスチャー。

 

キュウビもオロチも、冷や汗をだらだらに流しながらその指を見つめることしかできなかった。

 

それが何を意味しているのかを彼らが知る由もなく、ただ背筋に走る極限の戦慄に怯えることしかできないのだった。

 

文「さぁ、次の競技も頑張ろうね! ケータくん♪」

 

文花はくるりと振り向くと、輝くような笑顔で景太のもとへと歩き出した。

運動会という名の「景太争奪戦」は、まだ始まったばかりである。

 

ーーー

 

次は「借り物競争」。

 

文(「借り物競争」。それはトラックの途中に置かれた紙を拾い、そこに書かれたブツを誰かから借りてゴールする競技……)

 

観客席の近くで体操服の袖を整えながら、文花はキッとトラックの中央を鋭い眼光で見つめた。

 

ウィス「男子しか出ないのに、フミちゃんたら何時にも増して気合が入ってるでぃすねぇ。次の競技、フミちゃんは出番じゃないでうぃすよ?」

 

浮遊しながら呑気に毛づくろいをするウィスパーに対し、文花は一切の隙を見せずにフッと不敵な笑みを浮かべた。

 

文「当然よ、ウィスパー。借り物競争のお題は様々。単なる『物』であれば、当然『人物』が選ばれる可能性だって十二分にあるわ」

ウィス「じ、人物ぅ?」

文「そう。もし『好きな人』や『かっこいい男子』なんてお題が選ばれたら……それこそ運命の絶好のチャンス! このクラスか、または別のクラスか。選ばれるのは、大勢の女子の中からたった一人! まさに白馬の王子様の手を取る権利が、その一瞬で与えられるのよ!!」

 

握りしめた文花の小さな拳から、バチバチと可視化されそうなほどの熱い闘志が放たれる。

 

文「だから! どこから誰に指名されても、一番に駆け出してケータくんの手を握れるように、ここで完璧にアピールして待機するの!」

ウィス「いやいやいや! 他の皆さんは普通に応援してるだけだと思うでうぃすよ!? 借り物競争にそんなドラマチックな乙女の生き残りかけたバトルなんて誰も求めて――」

 

呆れ顔でツッコミを入れながら、ウィスパーがなにげなく辺りを見渡した――その瞬間。

 

ウィス「……!?」

 

ウィスパーの口が情けないほどにあんぐりと開いた。

 

5年2組の女子エリア。サトコやチヨ、舞やめぐみをはじめとするほぼ全ての女子クラスメイトが、まるで短距離走のスタートラインに立つスプリンターのごとき前傾姿勢で、目を見開いてトラックを凝視していたのだ。誰一人として呑気にメガホンを振っている者などいない。全員が「指名された瞬間にコンマ一秒で飛び出す」ための極限の集中状態に入っていた。

 

さらに、視線を隣の5年1組の観客エリアへと向けると――。

そこでもまた、異常な光景が広がっていた。

 

華麗な日傘を閉じ、両手で固く拳を握りしめて燃えるような視線を送るキララ。

 

「ケータくん……ケータくん……」と呪文のように呟きながら跳躍の準備運動を繰り返すユウカ。

 

そして、顔を真っ赤にしながらも「べ、別に呼ばれたら行ってあげてもいいけど……っ!」とフンスと息を荒くする可南子。

 

1組の主要女子メンバーまでもが、文花とまったく同じ、いやそれ以上の凄まじい気合と殺気を全身から爆発させていたのだ。

 

ウィス「マ、マジかよオイ……」

 

ウィスパーは青ざめた顔で自分の頭を抱えた。

 

一人の無自覚な少年を巡り、グラウンドの空気は今や借り物競争などという生ぬるい運動会種目の枠を完全に踏み外そうとしていた。

 

パンッ!!

 

審判のピストル音が鳴り響き、借り物競争がスタートした!

 

文「頑張れーーっ! ケータくん!!」

 

トラックの脇から、文花が喉を張り裂けんばかりの声で声援を送る。その周囲からは、5年2組の女子クラスメイトはもちろん、隣の5年1組のキララ、ユウカ、可南子たちからも、尋常ではない熱量の黄色い声援(と視線)が景太に向かって押し寄せていた。

 

大声援を背に受けながら、一斉にスタートを切った第一走者の男子たち。景太はコースの中央に並べられたカードの前まで素早く走り込むと、迷わず一枚の紙を拾い上げて裏返した。

 

景「『同じクラスの女子』か。良し!」

 

お題を確認した景太は、すぐさま自分のクラスである5年2組の女子エリアへと駆け出そうとした。

 

――その、直後である。

 

ビュオッ!!

 

景「うわっ!?」

 

突如として吹き荒れた猛烈な突風が景太を襲い、手にしていたお題の紙が指先から離れてしまった!

 

景「あ、待って!!」

 

慌てて手を伸ばして追いかける景太だったが、悪戯な風に乗ったお題の紙はひらひらと高く宙を舞い、景太の手の届かない高所へと舞い上がってしまう。

 

その時――。

 

影から一筋の赤い閃光が弾けた。アラスターが驚異的な脚力で軽やかに空中へ跳躍すると、長身を優雅にしならせ、宙を舞う小さな紙を見事指先でキャッチしてみせた。

 

アラ「はい、ケータくん。お落とし物ですよ」

景「ありがとうアラスター!」

 

受け取った紙を手に、景太が今度こそ5年2組の元へ走ろうとした、その瞬間。

 

アラ「お待ちを」

景「グエッ!?」

 

がしっと首根っこ(襟袖)を掴まれ、景太は強引に足を止められた。

 

景「な、なに? 行かないと……!」

アラ「お題をよく見てください」

 

アラスターが不敵に口角を上げ、ステッキで紙の端をコンコンと突いた。景太が言われるがまま、お題の文字をもう一度穴があくほど凝視すると……。

 

景「『同じクラスの……『じゃない』女子』!?」

 

なんと、「同じクラスの」と「女子」の間の極小の隙間に、針の先ほどのサイズで『じゃない』という文字が細密に書き込まれていたのだ!

 

アラ「ニャハハ! 製作者さんも中々の悪ですねぇ。こんなトラップを仕込んでおくとは!」

景「あれ……? 拾った時はこんなの書いてあったっけ……?」

 

首をかしげる景太の背中を、アラスターは遠慮なくバシンッ!と力任せに引ったたいた。

 

アラ「つべこべ言わずに、さぁ行った行った! タイムロスになりますよ!」

景「わ……わかったよ!」

 

背中に走る激痛に背中を丸めつつ、景太はコースを方向転換した。

 

景(『じゃない』だから、別のクラスだな……!)

 

とりあえず一番近い5年1組の観客エリアへと視線を向けた景太だったが――すぐに顔を引きつらせた。

 

景(あ! キララさんに『ムリカベ』が取り憑いてる! 他の女子も……みんな似たような拒絶系妖怪に取り憑かれてるから無理か……!)

 

「絶対に呼ばれたい」という過剰な意識と緊張が裏目に出たのか、1組の女子たちには「ムリカベ」や「むりだ城」といったガチガチの拒絶系妖怪たちが取り憑いており、今近づけば問答無用で「ム~リ~!」と弾き飛ばされるのが目に見えていた。

 

困り果てた景太の耳元で、アラスターがスッと忍び寄って囁く。

 

アラ「ケータくん。『同じクラスの『じゃない』女子』ですから、なにもこの学校の生徒である必要はないんですよ?」

景「あ! そっか!」

 

目から鱗が落ちた景太が向かったのは、トラックの反対側、保護者や来賓、そして人間に化けた悪魔たちが集まる観客席エリアだった。

 

景「あれ? リャナンシーとアプサラスは? 『同じクラスのじゃない女子』なんだけど……!」

 

悪魔たちの席まで走ってきた景太だったが、そこにお目当ての女性悪魔たちの姿はなかった。

 

ジャック「二人なら、飲み物を買いに席を外しちゃったホ」

 

氷の悪魔ジャックフロストが、のん気にジュースを飲みながら答える。

 

景「そっか……」

 

こうなれば、観客席にいる自分の母親を借りに行くしかないかと諦めかけた、その時だった。

 

マーメ「あ……あの……!」

 

車椅子の上から、小さく、けれど通る声が響いた。

 

景「?」

 

振り返った景太の目に映ったのは、耳まで真っ赤に染めながら自分を見つめる鬼女マーメイドの姿だった。

 

マーメ「私でよければ……///」

景「え!? 待ってよ、マーメイドは車椅子でしょ!? 危険だよ!」

 

景太は即座に首を振って断った。

運動会の勝ち負けになんて、端から固執していない。何より、人間の脚になる特訓中の彼女を無理に引っ張り回して、怪我でもさせたら大変だ。景太にとって一番大切なのは、大切な友達である彼女の安全だった。

 

だが、いつもならすぐに引っ込んでしまうはずのマーメイドが、今日ばかりは引き下がれなかった。

 

マーメ「だ、大丈夫……! ケータくんの力になりたいの……! 私を、連れて行って……っ!」

 

そう言って景太を見つめ返す彼女の瞳には、景太への深い感謝と、怖がりだった自分を破り捨てて一歩前に踏み出すための、強く澄んだ決意の光が宿っていた。

 

自分を友達と呼んでくれた大切な少年のために、全力を尽くしたい――その純粋で熱い想い。

 

景「マーメイド……」

 

彼女の放つ真っ直ぐな強い眼差しに一瞬圧倒された景太は、迷いを振り払うように深く息を吐くと、しっかりと腹を括った。

 

景「……わかった! 一緒に行こう、マーメイド!」

 

景太が車椅子の押し手に力強く手をかけた、まさにその時!

 

メラ「メラ!」

 

先ほどの綱引きで景太に力を貸したメラメライオンが、燃え上がるような咆哮を上げて現れた!

そして――。

 

「グラァッ!」

 

メラメライオンの隣には、メラメライオンによく似た、しかしさらに荒々しく凶暴なオーラを纏ったもう一体のライオン妖怪の姿があった。

 

ーーー

 

文(結局、お題には選ばれなかったけど……ここでめげてちゃ駄目! 観客席からの全力応援で、ケータくんに私のアピールをバッチリ届けるんだから!)

 

トラックの脇で拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように決意を新たにした文花。しかし、借り物競争の走者たちが次々とカードを手に走り出し、ゴールインしていく中――

 

グラウンドの全視線を根こそぎ奪い去る、一際目立つ異様な存在が爆走していた!!

 

景「ウオォォォォーーーッ!!」

 

天野景太だ!

 

なんと天野景太が……マーメイドを男らしく完璧な『お姫様抱っこ』で腕に抱え上げ、トラックを全身全霊で爆走していたのだ!!

 

マーメ「ひゃあっ……! け、ケータくん……っ///」

 

予期せぬお姫様抱っこに、マーメイドの顔は耳の先までリンゴのように真っ赤に染まり、景太の胸元に小さくすがりついている。

 

この映画のワンシーンのような衝撃的すぎる光景に、グラウンドにいた悪魔たちを除く全ての目撃者――クラスメイト、先生、保護者、そして女子生徒たちが、まるで時を止められたかのようにカチコチに固まって固唾をのんだ。

 

しかも景太の後ろには、激しい炎のオーラを纏ったメラメライオンと、その隣に並び立つ、たくましい足を交互にドシンドシンと鳴らしながら大地を震わせる凶暴そうなもう一体のライオン妖怪が、景太の背中を押すように追従していた!

 

文「ちょっとウィスパー!! あのメラメライオンに似た妖怪は何!? なんでケータくんがマーメイドさんをお姫様抱っこして走ってるのよぉぉぉっ!!」

 

ウィス「ギャーーーッ!? フ、フミちゃん、揺さぶらないでぇぇぇ! 妖怪パッドが……パッドが画面ブレブレで見えないでうぃすぅぅぅ!!」

 

嫉妬と混乱で我忘れた文花がウィスパーの首根っこ(?)を掴んで力任せに前後左右へ激しくシェイク! 泡を吹くウィスパーは目も口もぐるぐる回って全く役に立たない。

見かねたキュウビが、青ざめた顔で思わず声を張り上げた。

 

キュ「あれは……! 妖怪『グラグライオン』!!」

文「グラグライオン!?」

キュ「グラグライオンが起こす足踏みの振動は、どれほど頑固な人の心をも激しく動かし、揺さぶる力があるという! 恐らく、あの少年の胸の奥にある『友達を助けたい』という熱き闘志をグラグラと力強く震わせているんだ!」

 

目を回しながらなんとか正気を保ったウィスパーが、息も絶え絶えに叫び返す。

 

ウィス「メラメライオンの熱血と、グラグライオンの心を動かす闘志のダブル取り憑き! 車椅子を押すより抱えて走った方が速いという少年の野性の判断と相まって、これはもう無敵の突破力に等しいでうぃすーーっ!!」

文「実況すなーーーっ!!」

ウィス「ギャベボゥ!?」

 

文花の怒りの右ストレートの一閃が炸裂し、ウィスパーは遥か彼方の空へと星となって吹き飛ばされた!

 

「「「キャーーーッ!?」」」」

「ケ、ケータの奴……マジかよぉぉぉっ!?」

 

悲鳴と怒号、そして呆然とした歓声が交錯する中、景太は爆風のような速度で駆け抜け、マーメイドを抱きかかえたままゴールテープへダイブ!

 

審判「ご、ゴールイン!! 2組、4位!!」

 

着順こそ最下位の4位であったものの、その場にいた全員の心に深く消えない巨大な爪痕とトラウマ、そして狂乱を刻み込んだのだった。

 

その瞬間、メラメライオンとグラグライオンの二体が「見事な闘志だったぞ!」と満足気に咆哮を上げ、景太の体からすうっと抜け出していった。

 

急激に抜けていく熱血のオーラと凄まじい疲労感。しかし、景太の腕の中には、今なお可憐な少女――鬼女マーメイドが抱えられたままだった。

 

競技が終わり、周囲の喧騒と静寂が入り混じる独特の空気の中、景太の胸元に抱かれたマーメイドは、耳の先どころか首筋まで真っ赤に染め上げ、上目遣いに景太を見つめた。

 

マーメ「あ……あの、大丈夫ケータくん……? 無理しないで、私を降ろしても……大丈夫だから……///」

 

彼女としては、特訓中で完璧に足が自由にならない自分を庇ってくれた景太の身体を気遣っての言葉だった。

 

これ以上重い思いをさせたくないという、彼女なりの優しさである。

 

しかし、景太の頭の中にはアラスターやピクシーから叩き込まれた「相手を絶対に安全に守り抜く」という紳士としての鉄則と、抱っこした状態での安定性の確保という、極めて物理的な配慮しかなかった。

 

景「大丈夫。

 

だからマーメイド……」

 

景太は腕の力を優しく、けれどしっかりと込め直し、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて言い放った。

 

 

 

景「(バランスを崩して倒れたら危ないから)俺から絶対に離れちゃだめだよ……!!」

 

 

 

景太としては100%「転倒防止」の意味しか込めていない、純粋な配慮の言葉。

 

――だが、その声は、なぜかグラウンド全体に響き渡っていた。

 

本来であれば、ゴール地点と観客席やテントには十分な距離があり、景太の呟くような声が届くはずがない。にもかかわらず、その声はまるで高性能スピーカーを通したかのように、クリアかつ立体的に全校生徒、保護者、そして女子たちの耳へと届けられていた。

 

原因は、景太の足元にあった。

 

景太の影の中から、アラスターの使い魔である不気味な黒い小悪魔がひょっこりと顔を出し、集音マイクを景太の口元へバッチリと向けていたのだ。その音声はアラスターの持つラジオステッキを経由し、グラウンド中の空気の振動として音響拡散されていたのである。

 

「「「………………っ!?」」」

 

観客席、テント、そしてトラックの周囲にいた全員が、まるで時を止められたかのようにカチコチに固まった。

 

「俺から絶対に離れちゃだめだよ」

 

景太の口から飛び出した、どこまでも深く、情熱的で、独占欲に満ち溢れた(ように聞こえる)完璧な殺し文句。

 

一切の躊躇も迷いもなく、大勢の前でお姫様抱っこをしたまま放たれたその言葉は、もはや告白を通り越して「公開プロポーズ」以外の何物でもなかった。

 

当の景太が無自覚であればあるほど、その声に乗った殺傷力は跳ね上がる。

 

マーメ「は……はい……っ!///」

 

言葉に込められた本当の意味(バランス維持)など知る由もないマーメイドは、自分の心を丸ごと撃ち抜かれたような衝動に身を震わせた。彼女は潤んだ瞳で景太を見つめ返し、真っ赤な顔を彼の胸元へと深く埋めながら、小さな声で、けれど確かな幸せを噛み締めるようにコクリと頷いた。

 

その瞬間、5年2組のテントからは「殺意の波動」が、5年1組のテントからは「絶望と執念のオーラ」が爆発的に立ち上り、運動会会場の気温が急激に乱高下し始めたのだった。

 

「キャァァァァァァァーーーッ!?」

「嘘でしょぉぉぉぉっ!? 公開プロポーズ!? 公開プロポーズなのーーー!?」

 

直後、静寂に包まれていたグラウンドの観客席および応援テントから、大地を揺るがすほどの凄まじい悲鳴と地鳴りのような叫びが巻き起こった!

 

男子クラスメイトたちは開いた口が塞がらず、ただただ呆然と立ち尽くしたのち、どす黒い嫉妬の炎を噴出させた。

 

クマ「お、お前……! 借り物競争で何やってんだよケータァァァッ!?」

カン「勝負を捨ててお姫様抱っこ……しかもマイクで愛の囁きって……格が違いすぎるだろ……っ!!」

 

さらに、景太より先にゴールインして1位〜3位の着順カードを手に入れた男子生徒たちも、胸を抱えて地面に膝をついた。

 

男子「か、勝った……勝ったのに全然嬉しくない……っ!!」

男子「俺たちの勝利がかすみまくってるじゃねーか! 負けた……心で完全に負けた……っ!!」

 

彼らが血の涙を流して悔しがる一方で、女子生徒たちのエリアはまさに地獄絵図と化していた。絶望と悲痛な黄色い悲鳴が交錯し、悲しみとショックの暴風が吹き荒れる。

 

5年1組のテントでは――。

 

キララ「知らなかった……っ! 知りませんでしたわ……っ!! まさか、ケータくんに……あのような美しく可憐な許婚がいらっしゃったなんて……!!」

 

あまりのショックに、お嬢様の星風キララは額を押さえて膝を折り、優雅な日傘を地面に落としてしまった。

 

順「き、キララ様ァッ!? しっかりしてくださいキララ様!!」

昌「誰か……! 誰か気付け薬をお持ちになってーーっ!!」

 

取り巻きの順子と昌子が、今にも倒れそうなキララを左右から必死に支え、扇子で風を送りながら悲痛な叫びを上げる。

そのすぐ隣では、さらに深刻な事態が発生していた。

 

ユウカ「ハ……ハハ……ハハハハ……」

 

石ノ森ユウカは膝から崩れ落ち、グラウンドの砂に両手をついていた。彼女のハイライトが完全に消え去った虚無の瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちて砂に染み込んでいく。

 

イナ「ユ、ユウカちゃん大丈夫!? 誰かーーーっ! 救急箱! いや精神科医! メーデー! メーデー!! 」

 

親友のイナホが両手を振り回しながらパニックを起こし、グラウンドの真ん中で狂乱していた。

 

さらに、保護者席でも衝撃の波紋は広がっていた。

 

景母「け……ケータ……っ! あ、あのバカ息子は……全校生徒と保護者の前で何を口走っているの……っ!?」

 

景太の母親は、プルプルと拳を激しく震わせながら絶句していた。恐怖の家庭訪問、そして昨夜の地獄の尋問を経て、息子がアイドルとキスした事実だけでも限界突破だったというのに、今度は白昼堂々とお姫様抱っこでの愛の囁き。母親の怒りメーターと困惑メーターは同時に振り切れていた。

 

景父(俺の息子……スゲェ……。あんな美少女を大観衆の前でお姫様抱っこして堂々とプロポーズだなんて……俺の小学生時代には逆立ちしても無理だったぞ……)

 

隣で景太の父親は、顔を引きつらせつつも、同じ男として心の底から息子の破天荒な「英雄的アタック」に深く感服していた(もちろん、隣の妻に悟られないよう必死で表情を押し殺しながらである)。

 

そして、この前代未聞のカオスを特等席で観賞していた悪魔たち。

 

ピク「元凶……アンタね? お題の紙にちっちゃく『じゃない』って書き足したでしょ?」

 

ピクシーが半目でじとーっと隣のラジオデーモンを睨みつける。

 

アラ「はて? 何のことやら? ニャハハハ! 素晴らしきかな青春の疾走! 勝ち負けを超越したこの予測不能なドラマ……いやぁ、今は思う存分、この極上のカオスを楽しみましょうではありませんか!」

 

アラスターはステッキを優雅に回しながら、悪魔的な心からの愉悦を浮かべて高らかに笑った。

 

――そして、この惨劇の一番の被害者。

 

5年2組の応援エリアでは、真っ白に燃え尽きた木霊文花が魂を口から吐き出しかけた状態で棒立ちになったのち、パタリと後ろへ倒れ込んでいた。

 

サト「フミちゃんっ! フミちゃんしっかりしてえぇぇぇっ! 息をしてフミちゃん!!」

 

チヨ「ねぇ、サトちゃん……私達、あの車椅子の彼女に……勝てるのかな……?」

 

目の前で繰り広げられた「お姫様抱っこ&逃げちゃだめ宣言」という、あまりにも圧倒的すぎるイベントの暴力。サトコは倒れた文花を介抱しながら、チヨの問いかけに絶望的な顔を向けた。

 

サト「……正直……私にも……全く自信がない……っ……」

 

かつてない敗北感と絶望が5年2組の女子陣を包み込み、もはや運動会どころではない雰囲気が漂う。

 

そんな、全校生徒と保護者が狂乱と悲鳴と絶望に叩き落とされている惨状の中で――ただ一人。

 

紀香「青春ねぇ……」

中島紀香だけが、水筒のお茶をズルズルと呑気に啜りながら、どこまでもマイペースに、平和そのものの顔でそう呟くのだった。

 

ーーー

 

プログラムは容赦なく進行し、グラウンド中央には巨大な大玉が運び出されて「大玉転がし」が始まろうとしていた……。

 

だが、もはや運動会どころではなかった。

 

太鼓の音が響き、競技自体は虚しく続けられている。しかし、コートに立つ生徒も、それを誘導する教師も、見守る保護者たちも、景太と悪魔たちを除く全員のライフはすでにゼロであった。

 

先ほどの借り物競争で巻き起こった「お姫様抱っこ&マイク越し公開プロポーズ(と全校生徒が盛大に誤解した惨劇)」による精神的ダメージはあまりにも甚大。

ショックで膝から崩れ落ちて立ち上がれず、救護テントへと静かに搬送されていく女子生徒まで出る始末であった。

 

そんな壊滅状態の会場の片隅で、人間になりすました悪魔たちが呑気に観戦を続けている。

 

ヨシ「ハハッ! いやー、良いもん見れたな! 彼奴、やる時はやりやがるぜ!」

ジャック「ヒホ! お姫様抱っこで爆走なんて、最高にアツいホ!」

 

一方、景太の手によって丁寧かつ安全に車椅子の上へと戻された当事者――マーメイドはといえば、顔から火が出そうなほど真っ赤になってフリーズしていた。

 

ゴール後のあの甘い言葉だけでなく、競技が終わって保護者エリアへ戻る道中も、景太が「怪我したら大変だから!」と当然のように帰り道までお姫様抱っこで運んでくれたときの温もりと腕の感触を思い出し、湯気を立てて頭を抱えていた。

 

――そして、その背後。

 

5年2組の応援テントの真裏にある日陰では、文字通り「死線」が潜んでいた。

 

「……」

 

そこには、妖魔界の猛者たちがズラリと揃って一斉に地下へ頭をこすりつけ、盛大に土下座していた。

 

地縛霊猫のジバニャン、伝説の武士ブシニャン、絶世の美狐キュウビ、さすらいの龍遣いオロチに影オロチ。普段なら威風堂々と構える彼らが、生まれたての小鹿のようにガクガクと全身を激しく震わせている。それどころか、感情を持たないはずの鋼鉄の機械・ロボニャンと純金のゴルニャンまでもが、「ガガガ……」と異音を立ててフレームをガタガタと震わせていた。

 

文「顔を上げて?」

 

静寂を破ったのは、すずらんの鈴が鳴るような可憐で優しい文花の声だった。

 

言われるがまま、恐る恐る顔を上げた妖怪たち。文花の顔には、満開の花のように愛らしく、可憐な「笑顔」が浮かんでいた。

 

――だが、その瞳の奥には、光が一切宿っていなかった。

 

笑顔であればあるほど、溢れ出すドス黒いオーラが背後に巨大な鬼の形相を生み出している。

 

文花はゆっくりと右手を見せると、スッと綺麗な細い指を二本立ててみせた。先ほどの「一本」に続く、二本目の指。

 

文「この指の意味を……教えてあげるね」

「「「……っ!!」」」

 

妖怪たちの息が止まる。

 

文「これはね……『カウント』だよ。私の邪魔が入ったり、ボディーガードを失敗したら、1本ずつ増えるの。

……もし、これが3本目に達したら……

 

フフフフフフ……♪」

 

文花は口元を両手で覆い、クスクスと可愛らしく笑ってみせた。

 

だが、その笑い声は地獄の底から響く呪いそのもの。3本目が増えた時に一体何が起こるのか、文花はあえて言葉にしなかった。しかし、その「余白」こそが、どんな拷問よりも恐ろしい破壊力を秘めていた。

 

文「だから……次こそは、ちゃんと頑張ってね?♥」

 

首をちょこんと傾げ、ハートマークが見えるほどの完璧なアイドルスマイル。

 

妖怪「「「ハ、ハハー――――ッ!!!!!(涙目)」」」

 

次の瞬間、死の恐怖に叩き落とされた最強妖怪兵団は、炸裂音のような足音を残して全速力で四方八方に散らばった!

 

ジバニャンはひゃくれつ肉球の予備動作をしながらグラウンドを警戒し、ブシニャンは抜刀状態で宙を鋭く睨みつけ、キュウビとオロチは次の競技で景太を援護(&他のライバル女子を遠ざける)するための完璧な布陣を敷くべく爆走していく。

 

その一連の地獄絵図を、遠くの木陰からぷかぷかと浮遊しながら見ていた白い妖怪執事は、ひび割れた仮面のような顔でポツリと呟くのだった。

 

ウィス「うちの主人……マジでコエー……」

 

ーーー

 

運動会の最後を飾るメインイベント――5年生男子による「100メートル徒競走」。

 

会場全体の雰囲気が、未だかつてないほど異質な空気で重く沈み込んでいた。本来ならクラスの団結と声援が飛び交う爽やかなトラック周辺は、まるでどんよりとした暗雲が垂れ込めているかのような、重苦しい静寂と怨念めいた気配に包まれている。

 

スタート地点の召集エリアに集まった男子生徒たちの顔は、一様に青ざめつつも、目の奥には凄惨なまでの「怨念」がメラメラと燃え上がっていた。

 

景「みんな、何か凄く暗い顔してるけど……どうしたのかなぁ?」

 

景太は不思議そうに周囲を見渡して首をかしげた。借り物競争で巻き起こした大惨劇の元凶である本人は、相変わらず一点の曇りもない爽やかな「普通」の顔をしている。

 

その呑気な姿のすぐ横で、空中に浮かぶピクシーが「はぁ……」と深いため息をついた。

 

ピク「まぁ、すぐに本調子(?)に戻るわよ。アンタのその顔を見てたらね」

 

ピクシーが呆れ顔で吐き捨てた言葉通りだった。

 

召集エリアで膝を抱えて凹んでいた男子生徒たちが、呑気に首を傾げる景太の姿を視界に捉えた瞬間――ドス黒い怒りと嫉妬のオーラが、文字通りバチバチと音を立てて爆発した!

 

国民的アイドル(ふささ)とのファーストキスをカミングアウトし、今日の借り物競争では謎の超絶美少女(マーメイド)をお姫様抱っこして爆走、挙げ句の果てにマイク越しで全校生徒の前に「俺から絶対に離れちゃダメだ」と愛のプロポーズ(と盛大に勘違いされている)をブチかました、全男子の敵。

 

男子生徒(((これ以上……此奴にだけは!! 絶対に負けたくないぃぃぃぃぃっ!!!)))

 

絶望に打ちひしがれていた男子たちのライフはゼロから一気に跳ね上がり、ドロドロとした負の感情全開で全身の血液を沸騰させた。勝利への執念というよりも、もはや「天野景太の独走とこれ以上のモテ(?)を阻止する」という、純粋な殺意に近い情熱であった。

 

景「あ。本当だ、みんな元気に戻った!」

 

メラメラと青い炎を背負う同級生たちを見て、景太は「良かった〜」と嬉しそうに微笑んだ。その無自覚な煽りスキルが、さらに男子たちの神経を逆撫でしていることには一切気づいていない。

 

そんなこんなで、いよいよ景太の出番がやってきた。

 

白線のスタートラインに立つ景太。そのすぐ隣のコースには、親友であるクマとカンチが並んでいた。

 

ふたりは前傾姿勢でスタートラインを見つめながら、歯が欠けそうなほどギリッと奥歯を噛み締め、景太の方へ血走った視線を走らせた。

 

クマ(くそっ……! 普段は一番の親友だけど……今日ばかりは別だ! ニャーKBのふささちゃんだけじゃなく、あの車椅子の美少女まで総取りなんて許されてたまるかよっ!)

カンチ(僕だって……僕だって毎日塾と習い事を頑張ってるのに! なんでケータばっかりあんな映画みたいな主人公展開になってるんだよ……! 親友だとしても……ケータにだけは絶対に負けたくないっ!!)

 

友情と嫉妬の狭間で葛藤しつつも、二人の胸中で燃え上がる敗北拒否の炎は、トラック上の誰よりも激しかった。

 

スターターの先生がピストルを構え、高く腕を上げる。

 

「位置について――」

 

白線に足をかけ、腰を低く落とす景太。

 

その背後では、文花をはじめとする女子たちが祈るように拳を握りしめ、観客席のマーメイドが両手を胸の前で合わせ、悪魔たちがニヤニヤと高みの見物を決め込み、妖怪兵団が固唾をのんで見守っている。

 

全校生徒のあらゆる感情と視線が、中央のトラックへと一点集中する。

 

「用意――」

 

静寂。息をのむ音すら消え去った一瞬の静寂の中、景太は真っ直ぐに伸びる100メートルの直線を見つめた。変な気負いも、見栄もない。ただ全力で走り抜けるという、純粋で等身大な「覚悟」だけを胸に宿して。

 

パァァァンッ!!

 

秋空を切り裂くような乾いたピストル音を合図に、5年生男子たちが一斉にスタートを切った。

 

 

トッドッドッ!とグラウンドの土を蹴る激しい足音が響き渡る。

 

先頭集団を引っ張るのは、クマとカンチだった。景太に対する積もりに積もった嫉妬と、「此奴にだけは絶対に負けたくない」という怨念に近い執念が二人を突き動かし、普段の何倍もの凄まじいスピードでトラックを駆け抜けていく。

 

「いけぇ、クマ! カンチ!」

「ケータをぶっちぎれぇーっ!」

 

男子たちの野太い声援が飛び交い、白熱の100メートル徒競走は最高潮の盛り上がりを見せようとしていた――その時。

予想の斜め上を遥かに超越する、信じがえないハプニングが起きた。

 

「天野景太ァ!!」

 

トラックの脇、一般の観客エリアから突如として響き渡った声に、走っている最中だったクマやカンチ、そしてトラックの周囲にいた全校生徒と教師の足がピタッと止まりかけた。

パッと視線を向けた全員が、文字通り目を点にして硬直する。

 

そこには――なんと、星風キララを中心に、取り巻きの順子と昌子が、眩しすぎる「チアリーダー」の衣装に身を包んで立っていた。

 

普段の気高くお嬢様な制服姿からは想像もつかない、大胆なヘソ出しノースリーブのトップスに、ひらりとした短いスカート。すらりと伸びた手足と健康的な肌が秋風にさらされ、恥ずかしさのあまり限界まで顔を赤く染め上げたキララが、両手にポンポンを持ってブルブルと小刻みに震えていた。

 

運動会の応援の定番とはいえ、あの高飛車でお高くとまっていたお嬢様のキララ様が、自らここまで露出度の高いチア服を着て勝負に出るなど、誰が予想できただろうか。そもそも、いつの間にこんな衣装を用意していたのかという謎は、この際誰も追及する気になれなかった。

 

昌「天野景太! ぐずぐずしてないで走りなさいよ!///」

 

昌子は自分の羞恥心を必死に押し殺しながら、顔を真っ赤にして叫んだ。

 

昌子「き、キララ様が、わざわざこのような恥ずかしい格好をしてあなたのために応援してくださっているのよ! たとえ1位になれなくても、死ぬ気で全力を出しなさいよね!」

 

当の本人であるキララは、恥ずかしさのあまりその場にヘタリ込みそうになりながら、ポンポンで必死に自分の真っ赤な顔を隠していた。

 

順子「そ、そうよ! キララ様からの直接の伝言なんだからね! もし、あなたが1位になったら……そ、その……特別な『ご褒美』をあげるそうよ! 男なら、ここで泥臭くても最高の覚悟を見せなさいよ!!」

 

その言葉が、トラックを走っていた景太の耳にダイレクトに飛び込んだ。

 

景(えっ……キララさんが、わざわざあんな格好で……?)

 

普段の彼女を知っているからこそ、その行動がいかに凄まじい決意と恥じらいを捨てたものか、景太にも痛いほどよく分かった。

 

自分をそこまで応援し、背中を押してくれている女子がいる。その想いを受け止めておきながら、男としてここで中途半端な走りをすることはできない。

 

景(ここまでしてくれたのに……男が答えないわけにはいかないだろ!!)

 

景太の胸の奥で、一瞬にして爆発的な火花が散った。

 

勝ちたいという個人的な欲望ではなく、「自分を想って行動してくれた人に応えたい」という景太特有の純粋で真っ直ぐな、そして極めてタチの悪い(?)無自覚な人たらしとしてのスイッチが完全にオンになった瞬間だった。

 

メラメラ「メラメラーーーッ!!!」

 

その瞬間、グラウンドの空気が熱波で揺らいだ。

 

文花の命を受けて景太の周囲を厳重に警備していたオロチやキュウビたちの鉄壁の包囲網を、圧倒的な情熱のオーラが文字通り力任せにブチ破った!

 

先ほどまで景太の体から離れていたはずのメラメライオンが、閃光のように再び舞い戻り、景太の背中へとダイブ! その熱い闘魂を、限界を超えた全身へと一気に注入した!

 

景「ヨッシャーーーーッ!!!」

 

景太の足に、まるで翼が生えたかのような爆発的な推進力が宿った。

 

地面を蹴るたびに砂煙が舞い上がり、先頭を走っていたクマとカンチの横を、疾風のようなスピードで一瞬にして追い抜いていく!

 

「なっ……!? はやっ……!?」

「嘘だろ、ケータぁ!?」

 

驚愕のあまり目を見開き、ただ砂埃を浴びるだけの親友二人を置き去りにし、景太はゴールテープめがけて一直線に突き進んでいくのだった!

 

キララ達の捨て身のチアリーダー姿と「1位のご褒美」宣言に刺激され、メラメライオンの熱血闘魂を得て爆走を始めた景太。

 

その圧倒的な光景を目の当たりにした5年1組、そして5年2組の他の女性陣の心の中で、何かが完全にプツンと切れた。

 

ユウ「ケ、ケータくん……っ!!」

 

普段はおとなしく、良識派の優等生として知られる石ノ森ユウカが、羞恥心の限界を自らの手で振り切るように、観客席から声を限りに叫び声を上げた。

 

ユウ「もし、1位でゴールしてくれたら……その……恋人つなぎしてあげるから! だから、もっと頑張って……っ! もし、私を振り返らせてくれたら……よ、よしよししてあげるからね……っ!!///」

イナ「ゆ、ユウカちゃーーーっ!? 正気ですかぁぁぁっ!?」

 

親友のイナホが横で頭を抱えてひっくり返る中、ユウカは耳まで真っ赤に染め、両手で顔を覆いながらも必死に景太の背中を応援した。

 

その電撃的な宣言に負けじと、今度は可南子が、マフラーを口元まで引き上げながら、震える声で叫んだ。

 

可南「わ、私は……! アイツが1位になったら……二人で……い、一緒になめ吉巡りしてあげるんだからねっ……!!///」

 

普段のクールな仮面は微塵もなく、ツンデレの極みのような絶叫に、周囲の男子たちが「マジかよ!? あのカナっちが!?」とひっくり返る。

 

その少女たちの命がけの愛の叫びと凄まじいまでの覚悟に呼応するかのように――。

 

グラグ「グラグラァァァーーーッ!!!」

 

突如として、グラウンドの地底から湧き上がるような重低音と共に、あの「グラグライオン」が再び参上した!

 

グラグライオンは大地を強力な足踏みで激しく揺らし、その振動で競技者の闘志を極限まで引き上げる。

 

そして、メラメライオンに続き、グラグライオンまでもが景太の背中めがけて飛び込み、二体同時に猛烈な闘魂を注入した!

 

ダブルの熱血パワーを浴びた景太のスピードは、もはや人間のそれではなく、光の弾丸のようになってトラックを駆け抜けていく。

 

だが、これで終わりではなかった。女子たちのボルテージは、もう誰にも止められなかった。

 

ギャル系のアンナが手を口に当てて叫ぶ。

 

アンナ「んじゃ、私と一緒にカラオケオールであげちゃうーっ!!」

 

おっとりとしてるが「48のうっかり超人技」の持ち主である葉子が、涙目になりながら両手を口元に添えて叫ぶ。

 

葉子「そ、側に来て……っ! 私の側にいてくれたら、何でもするから……っ!!///」

 

さらに、波及効果は5年2組の女子陣へと一気に飛び火した!

サトコが両手を大きく広げて絶叫する。

 

サトコ「ケータくん! 1位になったら……特大のムギューしてあげるからねーーっ!!///」

 

ボーイッシュな美佳が叫ぶ。

 

美佳「あたしと二人で、とびきりの生き物探しに行くぞーーっ!!///」

 

チヨが胸元で抱きしめながら叫ぶ。

 

チヨ「私と……二人きりのロマンチックな読書デートを約束するわっ!!///」

 

めぐみがツインテールを揺らして叫ぶ。

 

めぐみ「私と一緒に、ステージでニャーKBの曲をデュエット出来る権利をあげるっ!!」

 

舞が豹柄の服の裾をギュッと握りしめて叫ぶ。

 

舞「あたしがコーディネートした最高の服を着せてあげるから、死ぬ気で走りなさいよっ!!///」

 

次々と炸裂する、人生の選択肢のフルコースのような豪華絢爛すぎる「ご褒美」の嵐。

 

トラックを走る景太の脳内は、オーバーヒートを起こしそうになりながらも、その圧倒的な重み(とモチベーション)を全身で受け止めていた。

 

だが――その全ての喧騒と衝撃を、一瞬にして宇宙の彼方へ吹き飛ばす、文字通り「最終兵器」が投下された。

 

文「わ、私を差し置いて、みんな勝手なことばかり言わないでっ……!!」

 

5年2組のテントの前。顔面をトマトのように真っ赤に染め上げ、湯気を噴き出しながらも、木霊文花が両手をメガホン状にして喉の限界まで叫んだ。

 

文「い、1位をとってくれたら……!!

 

 

私のお部屋で……『お泊りデート』してあげるからねぇぇぇーーーっ!!!///」

 

「「「!?!?ーーーッ!!!」」」

 

その言葉がグラウンドにこだました瞬間、その場にいた全校生徒、教師、保護者、そして悪魔たちの時が、完全に、永遠に止まった。

 

お泊りデート。

 

しかもヒロインである文花の自室での、二人きりの夜。

 

小学生の行事の枠を遥かに超越した、禁断にして究極の超ド級爆弾。

 

景「オォォォォーーーーッ!?!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、景太の背中から噴き出していた炎のオーラが、太陽の表面温度をも凌駕するほどの特大の爆発を起こした! 衝撃波でトラックの砂煙が四方に吹き飛ぶ!

 

しかし――。

 

これほどの熱量と、全女子からのご褒美ラッシュを浴びているというのに、景太の背後に取り憑いていたメラメライオンとグラグライオンは、なぜかまだ満足していなかった。

 

メラメ「メェラ……(いや、まだだ……まだ何かが足りない!)」

グラグ「グラグゥラ……(これだけの熱量がありながら、まだ魂の底から突き抜けない……! あと一息、あと一息の決定的な『きっかけ』さえあれば……!)」

 

二体のライオン妖怪が、さらなる極限のブレイクスルーを求めて唸っていた、その時――。

 

観客席の最前線。車椅子の上から身を乗り出すようにして、マーメイドが叫んだ。

 

マーメ「け……ケータくんっ!!」

 

その透き通るような、しかし誰よりも力強い美しい声が、轟音の響くグラウンドを正確に切り裂いて景太の耳に届いた。

 

マーメ「勝たなくたって良い……! 転んだって良いんだよ……! 結果なんてどうだっていい……! どんな時もめげずに、泥だらけになって一生懸命頑張っているあなたが……!

私は、誰よりも……

 

大好きです!!////」

 

まっすぐに、何の計算もなく、ただ純粋な愛と敬愛を込めた、魂の告白。

 

メラ&グラ((――来たッ!!!))

 

刹那。

 

メラメライオンとグラグライオンの背後から、空間を焼き尽くすほどの【特大の火柱】が天を突く勢いで激しく噴き上がった!

 

燃え盛る烈火の中心から、凄まじい神気と闘志を纏った、まったく新しい「気配」が降臨する。

 

「トドロキィィィィーーーーーーッ!!!!!」

 

現れたのは――メラメライオンやグラグライオンによく似た、しかし気品と圧倒的な威厳を漂わせる、全身が真っ白な出で立ちの最強格の妖怪……!

 

 

熱血の極みに達した者だけが至る伝説の獅子、「轟獅子」が、ついにその姿を現したのだった!!

 

 

ウィス「あああ……っ! あれは、イサマシ族の最高峰、伝説の『轟獅子』でうぃすぅぅぅーーーっ!!!」

 

上空に放り出されながら、ウィスパーが驚愕のあまり白目を剥いて絶叫した。

 

ウィス「あ、あの白い獅子に取り憑かれれば、どんな者でもたちまち偉人に成長させ、その道の一番にまで上り詰めさせて君臨させるというとんでもない凄い妖怪でうぃすーーっ!!」

 

轟くような咆哮と共に、純白の体毛を誇る伝説の獅子――轟獅子が、燃え盛る火柱の中から悠然と一歩を踏み出した。

 

その圧倒的な神気と気品に満ちた姿に、観客席の妖怪たちも息を呑む。

 

轟獅子は、トラックを全速力で駆け抜ける景太の背中を見据え、力強くうなずいた。

 

轟「お前達の……いや、彼女たちのあまりにも熱く、狂おしいまでの想いの数々、しかと聞き届けてやったぞ!!」

メラメ「メラ!!」

グラグ「グラ!!」

 

メラメライオン、グラグライオン、そして轟獅子。

 

イサマシ族を代表する熱血の獅子たち三体の魂が、今まさに一つに融合しようと共鳴し合う!

 

轟「今こそ! 俺たち三人の最強の闘魂を、一つにする時ーーっ!!!」

メラメ「メェェェラァァァーーーーッ!!!」

グラグ「グゥゥゥラァァァーーーーッ!!!」

轟「トドロキィィィィーーーーーーッ!!!」

 

ドガァァァァン!!!!!

 

三体の獅子が同時に放った、天をも焦がすほどの特大の闘魂と轟くオーラが、一筋の閃光となって景太の全身へと一気に振り注いだ!!

 

景「ウオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

瞬間――!

 

景太の肉体から、眩いばかりの純白と黄金のオーラが文字通り爆発的に噴き出した!

 

それはもはや人間の小学生が纏う気迫の枠を完全に超越しており、トラックの地面が激しい衝撃波でバキバキとひび割れ、砂塵が竜巻のように天へと巻き上がる!

 

女子たちの放った数々の「ご褒美」という名の禁断の覚悟。そして、マーメイドが紡いだ純粋で真っ直ぐな愛の告白。

 

それら全てが、三体の最強獅子たちの手によって景太の脳内と心臓をダイレクトに直結させ、彼の限界を遥か彼方へとブチ破った。

 

景「みんなが……こんなにも俺のために想いをぶつけてくれたんだ……!!

 

この想いに……男が全力で答えないわけにはいかないッッ!!!」

 

轟くオーラを纏った景太の足が、トラックの地面を蹴り飛ばした。

 

ズシュゥゥゥンッ!!!!!

 

音速を超えたのかと錯覚するほどの、完全に人間離れした凄まじい速度!

 

風圧だけで周囲の空気がねじ曲がり、先頭を必死に走っていたクマとカンチの横を一瞬の残像すら残さずにブチ抜いていく!

 

「なっ……!? は、速すぎる……!?」

「あんなの……もう人間じゃねぇぞ……っ!?」

 

親友二人ですら目視することすら叶わない圧倒的な神速の疾走。

 

目の前には、白線のゴールテープが一本だけ、ピタリと待ち構えている。

 

景「おらぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」

 

景太は両腕を大きく振り抜き、全てのエネルギーをその一歩に込めて、ゴールラインへと全体重を投げ出した!

 

テープを突き破り、白線を完全に踏み越えた瞬間――!

 

パンッ!

 

審判の鳴らしたピストル音が、異様な静けさに包まれたグラウンドに盛大に響き渡った。

 

実況「た、ただいまのゴール……圧倒的ちぎり捨て! タイムレコードすら測定不能!

 

優勝は――天野景太くんでーーーーすっっ!!!!!」

 

どよめき、そして言葉を失う全校生徒と保護者たち。

 

ゴールテープの先で勢いよく転がり込み、砂まみれになりながらも「やった……!」とガッツポーズをキメる景太の背後で、三体の獅子たちは満足げにフッと微笑み、天へと溶けるように消えていったのだった。

 

「キャアァァァッッ!!!」

 

審判のピストル音の余韻を引き裂くように、観客席と応援エリアを埋め尽くしていた女性陣から、地球が揺らぐほどの凄まじい歓声と黄色い悲鳴が爆発的に巻き起こった!

 

文花、キララ、ユウカ、可南子をはじめとする女子生徒たちは、自分が発した「禁断のご褒美」の数々を思い出し、顔を真っ赤に染めながらも、我が目を疑うほどの神速で1位をぎ取りった景太の姿に狂喜乱舞した。自分の手で勝利を引き寄せた少年への熱狂は、もはや一つの宗教的熱狂の域に達していた。

 

ヨシツネ「ハハッ! スゲェな彼奴!! 人間の限界を完全に突破してやがるぜ!」

ジャック「ヒョホーーッ! あの白い獅子のパワーを完全に自分のものにしちまったホ!」

 

妖怪としてその場に駆けつけていたヨシツネとジャックフロストは、面白そうに腹を抱えて大笑いしながら拍手を送る。

リャナンシーとアプサラスも愛の力に拍手を送っていた。

車椅子の上から身を乗り出していたマーメイドは、胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、潤んだ瞳でゴールラインに立つ少年を見つめていた。

 

マーメ「やった……! ケータくん、やったよ……っ!」

 

自分の「大好き」という言葉に、命を燃やすようにして応えてくれた彼。胸の奥から溢れ出す熱い想いに、マーメイドは嬉し涙をこぼしながらパッと満面の笑みを咲かせた。

 

一方、トラックの上では…。

 

クマ「ウォーーッ! 漢だぜ、ケータァァァッ!!!」

カンチ「もう、凄いとしか言いようがないよ……僕たちの負けだ……っ!」

 

わずか一歩及ばず2位、3位に沈んだクマとカンチだったが、悔しさを通り越して、目の前で繰り広げられた圧倒的な主人公の背中に魂を揺さぶられていた。

 

クマは「うぅっ……」と大粒の男泣きを流しながら景太に駆け寄り、その肩をガシッと掴んで激しく揺さぶる。カンチもまた、悔しさを飲み込みながら爽やかな笑顔で親友の勝利を心から祝福した。

 

そして、その周囲を取り巻く「男性陣」「保護者」「教師陣」の心情は、まさに言葉を失うほどの衝撃と複雑な感情の坩堝と化していた。

 

■ 男子陣の心情

 

「なんだよアイツ……チートすぎんだろ……」

「ふささちゃんとキスして、美少女をお姫様抱っこして、挙げ句の果てに全校女子からお泊りデートだの恋人つなぎだの言われて……ふざけんな、ふざけんなよ……!」

 

最初は激しい嫉妬と「ぶっ飛ばしてやりたい」という敵意に満ちていた同級生や他の男子生徒たちだったが、あの人間離れした尋常じゃない爆走と、文字通り命がけで全員の想いに応えてみせた姿を見せつけられては、もはや抗う気力すら消え失せていた。

 

「……まあ、あんなの魅せられたら、敵わねぇよな……」

「カッコよすぎんだろ、コンチクショウ……」

 

最後には嫉妬が変質し、妙なリスペクトと畏敬の念を抱かざるを得ない、複雑骨奇な敗北感を味わっていた。

 

■ 保護者陣の心情

 

保護者席では、父兄たちが頭を抱えたり、呆気にとられたりしていた。

 

景太の母親は、顔を真っ青にしながらプルプルと震えていた。

 

景母(あ、あのバカ息子……! 運動会で1位をとったのは立派だけど、女子たちにあんな公衆の面前で、お泊りデートだの何だのと大量のとんでもない約束をしてきて……! 一体、我が家の教育のどこでこんな大タラシの怪物が育ってしまったの……っ!? 後で我が家で徹底的な家族会議よ……!)

 

一方、隣に座っていた景太の父親は、冷や汗を流しつつも、心の中ではスタンディングオベーションを送っていた。

 

景父(いやぁ……スゲェわ、我が息子。俺の若い頃なんて足元にも及ばない。全校生徒の視線を一身に集め、美女たちを従えて伝説を残すとは……男のロマンを体現しやがって……! いや、待て、妻の視線が怖いから顔に出しちゃダメだ……!)

 

他の保護者たちも「最近の子どもって、なんかもうドラマの主人公通り越して映画化レベルよねぇ……」と、呆れ半分、感嘆半分で呟くしかなかった。

 

■ 教師陣の心情

 

担任の教師を含む学校の教師たちは、本部のテントで冷や汗を拭いながら絶句していた。

 

「おい……先週まで原因不明の集団体調不良で学校が休校になっていたクラスだぞ……?」

「それが今や、全学年の女子がその一人の少年を巡って血眼になり、運動会の記録は人類未踏の領域に到達し……教育上、これはどう指導すべきなのだ……?」

 

事態が大きくなりすぎて教師としての指導の範疇を完全に逸脱していることに気づき、頭を抱えて遠い目をしていた。

学校の平和と秩序を守るはずの教師陣にとって、今日の運動会はまさに「天野景太という名の天災」によって完全に崩壊させられた歴史的一日となったのである。

 

そんな、歓声と複雑な思惑が入り混じるグラウンドの片隅で。

 

ピク「愛の力って、本当にすさまじいものなのねぇ……。あんなに冷めてた人間たちが、あそこまで狂乱するなんて」

 

空中に浮かぶピクシーが、面白そうに目を細めながら感心したように呟いた。

 

しかし、その隣に立っていたラジオデーモンは――。

 

アラ「…………」

 

アラスターは、いつもの余裕しゃくしゃくな満面の笑みをスッと消し去り、わずかにその眉間をピクピクと歪ませて聞き流していた。

 

ーーー

 

順子「さて……約束通り、1位になったのですし、わたくし達から特別な『ご褒美』を差し上げないといけませんわね……///」

 

フゥーっと熱い吐息を漏らしながら、未だに恥ずかしいチアリーダー姿のままの三人が、ゆっくりと景太のへと歩み寄ってきた。

 

先頭に立つのはキララ。お嬢様としての高いプライドと、人生で最大の勇気を総動員した彼女の顔は、熟したトマトのように真っ赤に染め上げられていた。

 

景「き、キララさん……。あんな恥ずかしい格好にさせてまで、応援してくれて本当にありがと……っ」

 

言葉を最後まで紡ぎ終えるより早かった。

 

チュ♥

 

乾いたグラウンドの空気を完全に凍りつかせ、そして一瞬にして世界を沸騰させるような、小さくも鮮烈な音が響いた。

 

景「へ……ふぇ……っ!?///」

 

景太の視界の真ん中。

 

キララが目をギュッと固く閉じ、景太の左頬に自分の唇をそっと押し当てていたのだ。

 

お嬢様である彼女が生涯で初めて他人に捧げた、尊すぎるファーストステップ(の一部)。

 

キララ「や、約束は……約束は守りますわ……! これくらい、あたくしにとっては造作もないことですわよ……っ!」

 

強がりながらも、耳たぶの先まで真っ赤に燃え上がり、消えてしまいたいほどの羞恥心に身をよじらせるキララ。

 

だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。

 

昌「き、キララ様がそこまでなさったのに、私たちがただ指をくわえて見ているだけなんて、お付きの名が泣きますので……っ!」

順「そ、そうですわ! あくまでキララ様の露払い、そのおまけのようなものですからね! 勘違いしないでくださいませ……っ!」

 

なんと、昌子と順子の二人までもが、それぞれの羞恥心を限界突破の勢いでかなぐり捨て、真っ赤な顔のまま突進してきた。

 

チュッ! チュッ!!

 

景太の右頬、そして額へと、容赦ない連続の頬キスが炸裂した!

 

景「なっ……! なんだこれ……! 俺、今一体何が起き……っ!?」

 

あまりの急展開と、脳の処理能力を遥かに超越したモテモテすぎる暴力に、景太は完全にフリーズし、茹でダコのように湯気を噴き上げて固まった。

 

周囲でこの光景を目撃した男子生徒たちは、絶句のあまりその場で白目を剥いて崩れ落ちた。

 

「お、お嬢様が……自ら男子の頬にキスをしただと……!?」

「しかも三人連続だと……!? もうこの学校の治安は崩壊したぞコラァァァッ!!」

 

――そして。

 

この三人の大胆すぎる行動が、すべての理性のダムを決壊させる「最強のトリガー」となってしまった。

 

ユウ「あ……あんなの、反則よ……っ!!」

 

観客席から、ユウカが嫉妬と焦燥のあまり我を忘れて飛び出してきた。

 

ユウ「私だって、私だって恋人つなぎとよしよしって約束したんだから! 順番抜かしなんて絶対許さないんだからねっ!」

可南「べ、別にアタシはあんな甘えた真似はしないけど……でも、なめ吉巡りの権利はしっかりキープするわよ……っ!」

 

南子も赤い顔を隠しながら、ツンデレ全開で景太の袖をグイと引っ張る。

 

さらに、5年2組の女子陣も一斉に堰を切ったように動き出した!

 

サトコ「ちょっと、ちょっとちょっと! 私の特大ムギューの権利はどうなるのよ!」

美佳「生き物探しだって、あたしが一番最初に予約したもんね!」

チヨ「読書デートの図書室の予約、もう入れちゃったんだから!」

めぐみ「私とのデュエットステージも逃がさないわよ!」

舞「コーディネートの採寸、今すぐここでやるわよ!」

「「「「「待ちなさいよーーっ!!!」」」」」

 

そして――その全ての波を飲み込むように文花が凄まじい鬼気迫るスピードで景太の目の前に滑り込んだ。

 

文「み、みんな勝手なことばかり言わないでっ……!! 順番で言ったら、私が一番最初にケータくんのお部屋で『お泊りデート』する約束なんだからねっ……!!///」

 

気がつけば、景太の周囲は数え切れないほどの女子生徒たちに隙間なく包囲され、それぞれが自分の「ご褒美」のスケジュールと権利を声高に主張し合う、前代未聞の修羅場と化していた。

 

ウィス「あ、あれよあれよという間に、ケータくんが女子のハーレム(物理的包囲網)の中心に……」

 

上空からその阿鼻叫喚の光景を眺めながら、ウィスパーは冷や汗をダラダラと流して呟く。

 

マーメイドも、車椅子の上から「あ、あの……私も……お礼を……」と小さな声で手を伸ばそうとするが、あまりの女子たちの圧に完全に気圧されてしまっていた。

 

景「え? ええっ!? ちょっと待って、スケジュール帳なんて持ってないし、お泊りデートって僕の家はどうなるの? お母さんにも怒られたばかりなのに――ぎゃあぁぁぁ、引っ張らないでぇぇぇっ!!」

 

一方で、グラウンドの隅――保護者席の一角では、別の意味ですさまじい修羅場が形成されていた。

 

景母「お父さん。ビデオカメラ、ちゃんとしっかり撮ってよね」

景父「か……母さん……? 目が、目が全然笑ってないぞ……?」

 

冷や汗をダラダラと流し、ガタガタと震える父親の隣で、景太の母親は文字通り「怒髪天」を突いていた。凄まじい威圧感を放ちながら手に持ったビデオカメラのファインダーを、今まさに全校女子に囲まれまくっている息子へとピタリと固定している。

 

景母「後であのバカ息子をリビングの正座椅子に座らせて、みっちり徹底的に追及するための動かぬ証拠映像にするんだから……! お泊りデートだの、恋人つなぎだの、頬へのキスだの……我が家の教育方針がどうしてこうなったのか、一晩かけてじっくりお説教してやるわよ……っ!」

 

「ゴ、ゴクッ……」と生唾を飲み込む父親。妻の恐ろしさを骨身にしみて知っている彼は、息子の身を案じつつも、絶対に逆らえない恐怖に支配されていた。

 

そんな修羅場の裏で、人間に化けた妖怪たちの一角では、別の空気が流れていた。

 

キュ「ふぅ……それで、僕たちのお仕置きは……?」

ピク「どうかしらねぇ。これだけ周りがカオスになってたら、アンタたちの失敗なんて誰も気にしてないでしょ。もう、それどころじゃないし」

 

ピクシーが呆れたように肩をすくめると、その言葉を聞いたジバニャンやオロチ、そしてキュウビたち妖怪一同一斉にガッツポーズを作った。

 

妖怪「「「よっしゃああああああっ!! 命拾いしたぜぇぇぇッ!!」」」

 

文花からの「地獄のカウントダウン(指二本)」の恐怖から見事に解放された最強妖怪兵団は、心から安堵の涙を流して喜び合った。

 

――だが、安心したのも束の間。

 

その修羅場の中心地で、さらなる、そしてこの日一番の「大爆弾」が投下されることなど、誰も予想していなかった。

 

女子たちに囲まれ、どう言い訳したものかと頭を抱えてテンパっている景太の隙間を縫うようにして、ヨシツネに押された車椅子がスルスルと静かに進み出てきた。

 

乗っていたのは、マーメイドだった。

 

マーメ「あ……あの……みなさん……ちょっとだけ、すうっと、通してください……///」

 

か細く、しかし不思議と芯のあるその声に、景太を取り囲んでいた女子たちの視線が一斉に突き刺さる。

 

彼女たちの鋭すぎる殺気と視線に、普段なら恐怖で萎縮してしまいそうなマーメイドだったが、先ほどグラウンドの向こうから景太が自分に向けて叫んでくれた言葉、そしてあの命がけの疾走を思い出すと、不思議と胸の奥から熱い勇気が湧き上がってきた。

 

彼女は車椅子のハンドリムを自分の手でしっかりと握り、景太の目の前まで自力で近づいた。

 

景「え? マーメイド……? どうしたの、そんなに近くに寄って……」

 

戸惑いながらかがみ込む景太に対し、マーメイドは耳の先から首筋、そしてエメラルドグリーンの髪の毛の隙間に至るまで、全身を真っ赤に染め上げながら、潤んだ瞳でまっすぐに彼を見つめた。

 

マーメ「ケ、ケータくん……あの……ちょっと、顔を近づけてきて……もっと、側に……///」

景「え? うん、こうかな?」

 

言われるがまま、景太が何の疑いもなくひょいと顔を近づけた、その瞬間だった。

 

――チュ♥

 

グラウンドの空気が、完全に、音を立てて凍りついた。

 

マーメイドが恥ずかしさに耐えかねながらも精一杯背伸びをし、景太の左頬に、まるで小鳥の羽が触れるような、あまりにも儚く、そして圧倒的に破壊力のある「頬へのキス」を真っ直ぐに落としたのだ。

 

景「……っ!? ……へ……ふぇ……っ??」

 

景太の動きが、ピタリと止まった。

 

脳内で処理できるキャパシティを遥かに超越した「女子からの連続キス第4弾」。しかも、物静かで清楚な人魚の少女からの直撃弾。

 

景「あ……あわわ……っ……」

 

プシューーーッ!! と、景太の頭頂部から限界突破の赤い湯気が盛大に吹き上がった。

 

そして、彼の両目がぐるぐると渦巻き状に回転する。

 

景「もう……無理……ごちそうさまでした……」

 

パタリ。

 

完全に許容量を超えた羞恥心とパニックのあまり、景太はそのまま意識をシャットアウトさせ、真っ直ぐ後ろへと綺麗に仰向けに気絶して倒れ込んでしまった。

 

さらに――。

 

マーメ「あぅ……っ、はずかしい……っ……///」

 

自分のした大胆すぎる行動の恥ずかしさに耐えきれなくなったマーメイドも、カッと顔を真っ赤に染め上げたまま、車椅子の背もたれにぐにゃりと寄りかかるようにして、同じくコテンと気絶してしまったのだった。

 

――静寂。

 

その光景を、わずか数十センチの至近距離で目撃していたすべての女性陣の時が止まった。

 

キララ(いま……あの車椅子の彼女が、ケータくんに自分から……っ!?)

ユウカ(あんなの……あんなの反則よ! 私たちだってまだそこまでは……っ!)

可南子(べ、別に驚いてなんかないし……ないし……けど、アイツをあそこまで赤面させて気絶させるなんて……っ!)

 

そして、床に倒れ伏した景太を見下ろしながら、少し離れた場所で固まっていた木霊文花は、ブルブルと小さな体を震わせた。

 

彼女の脳裏に、先ほどの競技中での「お姫様抱っこ」と「逃げちゃだめ宣言」、そして今の一撃必殺のキスが鮮明にフラッシュバックする。

 

文「あ……あれは……っ……!」

 

文花、キララ、ユウカ、サトコ、チヨ、舞、めぐみ……その場にいた全てのライバル女子たちの目が、一斉にピンと鋭く見開かれた。

 

彼女たちの脳裏で、共通の認識が雷鳴のごとく轟く。

 

(((あの車椅子の娘こそが……私たちの恋路において、最大の、そして一番の強敵(ライバル)だわ……ッ!!!)))

 

燃え盛る闘志の炎が、女子たちの背後にドロドロとした黒いオーラと共に再びメラメラと蘇った。

 

こうして、伝説の獅子と数々の妖怪たちの介入、全校女子の禁断のご褒美ラッシュ、そしてマーメイドの奇襲キスによって完全に崩壊し、前代未聞の修羅場と化したさくら第一小学校の運動会はいつ終わるとも知れないさらなる泥沼の激闘の予感を残したまま、どうにかこうにか(物理的・精神的に)幕を閉じたのであった――。




きょうの悪魔大辞典

アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」

景「『凶鳥オンモラキ』」

アラ「寺に納められ墓に入った後、十分な供養を受けられなかった屍の気が変じて、 オンモラキになるとされております」

景「つまり怨念が変化した姿ってわけか」

ピク「その割には……」

オンモラキは現在、寝っ転がってゲームして、スマホ触って、テレビ見て、順風満帆な生活を送っていた。

ピク「第二の人生滅茶苦茶満喫してるわね…」
アラ「オンモラキにとって逆に幸運だったのでしょうね」
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