悪魔ウォッチ   作:龍座

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妖精ジャックフロスト

昨晩のヨロズマートでの大捕物から一夜が明け…。

 

深夜に帰宅したにも関わらず、景太が両親に怒られることはなかった。

 

なぜなら、帰宅した瞬間にアラスターが…。

 

『奥様! ケータ君は実に熱心ですね! 「夜行性生物の生態観察」という自由研究のために、私と共にフィールドワークへ出向いていたのですよ!』

 

と、もっともらしい嘘(半分本当)を並べ立てた結果だ。しかも、感動した母さんが「さすがアラスターさんの指導ね!」と夜食まで作ってくれた。本当にアラスターのコニュニケーション能力に景太は舌を巻いた。

 

そして翌日、午前中。

 

パタンッ!

 

景「ハ〜……今日の部分終了〜……」

 

ケータは机の上に突っ伏した。

 

ドリル、プリント、漢字の書き取り……アラスターが設定した「鬼のスケジュール(2日目)」を何とか完走したのだ。

 

アラ「 ハイ、お疲れさまでした」

 

アラスターは満足げに検印(アラスターの笑顔マークのスタンプ)をドリルに押し、優雅にブラックコーヒーを啜った。

 

その横では、契約したばかりのピクシーが、景太のベッドに寝転がりながら、約束の「プレミアムチョコボー」を幸せそうに齧っていた。

 

ピク「ん〜♡ やっぱり高いチョコボーはカカオの香りが違うわね〜。勉強お疲れ、少年」

景「ピクシーはいいなぁ、気楽で……」

 

ケータが恨めしそうに見ていると、アラスターがカップを置き、改めてケータに向いた。

 

アラ「さて、ケータくん。バタバタしていて後になってしまいましたが、貴方の腕にあるその腕時計について、軽く説明をしておきましょう」

 

アラスターはケータの左腕に巻かれた真鍮と革でできた禍々しい時計を指し示す。

 

アラ「名前は……そうですね、『悪魔ウォッチ』とでも呼びましょうか」

景「あくま…ウォッチ……」

アラ「ええ。機能は体験した通り。通常では視認できない『人ならざるもの』の姿を暴き、契約したメダルを使って彼らを召喚する事が出来ます。そこまでは、巷にある他のウォッチと同じですが……しか〜し!」

 

アラスターは声を張り上げ、ラジオのボリュームを上げるように両手を広げた。

 

アラ「私が渡したこの時計は一味違います。これには私の魔力も込められています。つまり、貴方に取り憑いて悪さをしようとする低級霊や、精神を乗っ取ろうとする輩から、貴方を鉄壁の守りで保護してくれるのです」

景「守ってくれるの?」

アラ「はい。私の『マーキング』がついているようなものですからね。雑魚どもは恐れをなして近寄ることすらできません」

景「へぇ〜! それは助かるかも。いちいち取り憑かれてたら大変だし」

 

ケータは感心して時計を撫でた。しかし、ふと気になる言葉が耳に残った。

 

アラ「……って、あれ? 『他のウォッチと同じ』ってことは、俺以外にも持ってる人っているの!?」

アラ「Of course. 世界は広いのです。似たようなガジェットを持つ者は存在しますよ。ですが……この『悪魔ウォッチ』に関しては、よっぽどの事がない限り手に入りませんからね。私が特別に誂えた一点物(オーダーメイド)ですから」

 

アラスターは片眼鏡を光らせ、少し声を潜めた。

 

アラ「この時計の特性として、一つ重要な違いがあります。それは……『妖怪』を見ることはできますが、彼らを仲間にする(メダル化する)機能はついていない、ということです」

景「えっ? 妖怪は見えても、仲間にはできないの?」

アラ「ええ。システムが違うのですよ」

 

景太は少し残念そうにしたが、そこで素朴な疑問が浮かび上がった。

 

景「あのさ……そもそも、『妖怪』と『悪魔』って違うの?」

 

その質問に答えたのは、チョコボーを食べ終わったピクシー。彼女は指についたチョコを舐めながら、呆れたように口を開いた。

 

ピク「全然違うわよ。『妖怪』はこの世の土着の存在や、物が変化したユニークな連中。

『悪魔』はもっと根源的な……神話や伝承、概念から生まれた存在の総称よ。ちなみに、アタシも『悪魔』のカテゴリに入るわね」

景「えっ? ピクシーって妖精でしょ? なのに悪魔なの?」

 

一般的なイメージでは「悪魔」と「妖精」は真逆の存在です。ケータが混乱するのも無理はなかった。

 

ピク「驚くのはまだ早いわよ、ケータ」

 

ピクシーはニヤリと意地悪く笑い、爆弾発言を投下した。

 

ピク「私たちが言う『悪魔』っていうのは種族名じゃなくて、『人ならざる力を持つ者』の総称なの。だから……天使だって、悪魔の種類の一つなんだから」

景「えええーーーーーっ!!?」

 

ケータの絶叫が部屋に響き渡った。

 

景「て、天使が悪魔!? 逆じゃないの!?」

ピク「ふふん、メガテン……じゃなかった、こっちの業界じゃ常識よ。『大天使』も『妖精』も『破壊神』も、ひっくるめて『悪魔』。覚えておきなさい」

 

ケータは口をパクパクさせていた。学校では絶対に教えてくれない衝撃の事実だ!

 

ピク「でもまあ、妖怪と悪魔にも『猫又』とか『天狗』とか、同じ名前のやつがいるけどね。見た目は全然違うわよ。妖怪のほうはなんか……丸っこくて可愛い感じだけど、アタシたちの同類はもっとこう、リアルでシビアな見た目をしてるから。悪魔の中にも可愛いのはいるけど、ま、一目見たら分かるから安心して」

景(……ガキも怖かったもんなぁ)

 

ケータは昨日の幽鬼ガキの姿を思い出し、妙に納得した。

 

アラ「最後に、もう一つ注意としてですが」

 

アラスターが人差し指を立て、話を締めくくった。

 

アラ「呼び出す悪魔にも、彼ら自身の生活や都合があります。『トイレに入ってるから行けない』『用事があるから』……などなど。いつでも便利に呼び出せると思ったら大間違いです。応えられない事がありますので、予めご了承下さいね?」

景「うわ、結構リアルな事情があるんだ……」

アラ「それが契約というものですよ。友情には適度な距離感と、相手への配慮が必要なのです。ニャハハハハハ!」

 

アラスターの高笑いが響く中、ケータは左腕の「悪魔ウォッチ」を見つめ直す。

 

強力なボディガードと、気まぐれな仲間たち。

 

どうやらこの時計との付き合いは、一筋縄ではいかないようだ。

 

景「よし……とりあえず、午後の自由時間は何しようかな!」

アラ「おやおや、まだ元気があるとは頼もしい。では追加のドリルを……」

景「それは勘弁してよアラスター!!」

 

天野家の夏休みは今日も賑やかに過ぎていった。

 

ーーー

 

賑やかだった「悪魔ウォッチ」の講義がひと段落し、景太たちがリビングへ降りようとした、その時ー!

 

景母「キャアアアアッ!! どうなってるのこれ!?」 

 

階下から、普段は冷静なケータの母さんの、悲鳴に近い驚愕の声が響き渡った。

 

景「!! お母さん!?」

 

景は弾かれたように部屋を飛び出した。

 

アラスターも眉をひそめ、しかしその口元には興味深そうな笑みを浮かべて、優雅な足取りで続きます。

ピクシーもチョコボーを食べながら、パタパタと慌てて後を追った。

 

景「どうしたのお母さん! ゴキブリ!?」

 

景太がリビングに駆け込むと、母は窓ガラスに張り付くようにして立ち尽くしており、その背中は小刻みに震えていた。

 

景「ケ、ケータ……! あ、アラスターさん……!」

 

母さんは振り返り、青ざめた顔で窓の外を指差した。

 

景母「そ、外を見て! 信じられないのよ……!」

景「外……?」

 

景太は母の隣に並び、リビングのカーテン越しに庭を見、そして、自分の目を疑った。

 

景「……は?」

 

そこにあったのは、昨日までのギラギラとした太陽と、青々と茂っていた木々の緑では無く…。

 

景「雪……!!?」

 

窓の外は真っ白な闇に包まれていた。

 

しんしんと、音もなく降り積もる、ぼたん雪。

 

庭の植木も、隣の家の屋根も、電柱も、すべてが分厚い雪化粧を施され、白銀の世界へと変貌していた。

 

今は7月。夏真っ盛りなのにだ!

 

昨日までセミがうるさいほど鳴いていたのに、今は不気味なほどの静寂が支配していた。

 

アラ「Wonderful...」

 

アラスターが窓辺に歩み寄り、ガラス越しに雪景色を眺めた。

 

アラ「7月にホワイト・クリスマスとは。日本の夏は実にサプライズに満ちていますねぇ」

景「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよ! なんで夏なのに雪が降るの!?」

 

景太が叫ぶとつけっぱなしになっていたテレビから、アナウンサーの切迫した声が聞こえてきた。

 

『――緊急ニュースです! 本日正午過ぎから、さくらニュータウン全域において、局地的な大雪が観測されています! 現在の気温は氷点下3度! 気象庁も「前代未聞の異常気象」として原因を調査中ですが……』

 

画面に映し出されたのは、さくらニュータウンの駅前の様子。

半袖半ズボンで歩いていた人々が、突然の猛吹雪に襲われ、ガタガタと震えながら建物に避難している映像。

 

『雪の勢いは弱まるどころか、強まる一方です! 市民の皆さんは不要不急の外出を控え、暖房器具を用意して……』

 

景「町中が……雪になってる……」

 

これはただの通り雨や夕立のレベルじゃない。街一つが丸ごと冷凍庫に入ってしまったような異常事態。

 

景「……ちょっと、外に出てみよう」

アラ「あら、ケータ君。風邪をひきますよ?」

景「でも、絶対におかしいよ! 確かめないと!」

景太は玄関へと走り、恐る恐るドアノブに手をかけた。

 

金属のノブが、触れただけで指が張り付きそうなほど冷たくなっていた。

 

ガチャッ……ヒュオオオオオ……!!

 

ドアを開けた瞬間、冷蔵庫の中のような冷気と、細かい雪の礫が吹き込んできた。

 

景「うわっ!! サッブ!!!」

 

景太は思わず腕をさすり、体を縮こまらせた。

吐く息が真っ白になり、一瞬で肌が粟立った。

 

景「な、何これ……! マジで冬じゃん……いや、冬より寒いかも……!」

 

一歩外に出ると、足首まで雪に埋もれていた。

セミの鳴き声は絶え、代わりに北風がヒューヒューと悲鳴のような音を立てて吹き荒れ、アスファルトの熱気は完全に消え失せ、死の世界のような寒々とした光景が広がっていた。

 

ピク「寒ッ……! 最悪! 私、寒いの嫌いなのよ!」 

 

後からついてきたピクシーが、ブルブルと震えながらケータの肩にしがみついた。

 

ピク「私の羽が凍っちゃうじゃない! 早く中に入りましょ!」

 

一方、アラスターは薄着のシャツ姿のまま涼しい顔(もともと顔色は悪いが…)で雪の上に降り立ち、掌に雪を受け止めた。

 

アラ「ふむ……。冷たい。そして、どこか重たい・・・雪ですねぇ…」

 

アラスターは雪の結晶を眼鏡で拡大して観察し、ニヤリと笑った。

 

アラ「自然現象にしては、あまりにも唐突で、作為的だ。……ケータくん、貴方の鼻はどうですか?」

景「は、鼻?」

 

景太は寒さで赤くなった鼻をすすると、冷気の中に混じる、ある匂いに気づきました。

 

それはヨロズマートで嗅いだあの腐臭とは違う、もっと冷たくて鋭い気配。

 

景「なんか……キーンとする匂いがする」

アラ「ええ。これは強烈な冷気の魔力。十中八九、雪を操る強力な悪魔、または妖怪の仕業でしょうね」

 

アラスターが杖で雪面を突くと、そこから黒い靄のようなものが微かに立ち昇った。

 

景「サッブ……! でも、こんなことできる奴って……」

 

景太は悪魔ウォッチを構えた。

 

真夏の街を極寒の冬に変えるほどの力を持つ存在。

それは、単なるイタズラ好きの妖怪などではない。

 

白い息を吐きながら、景太はアラスターとピクシーを見据え、こう言った。

 

景「行こう! これを放っておいたら、街のみんなが凍っちゃう! 原因を見つけなきゃ!」

アラ「 退屈しのぎには最高のミステリーです。それに……」

 

アラスターは凍てつく空を見上げ、目を細めました。

 

アラ「この寒さ、私の自慢のジャンバラヤも冷めてしまいますからね。犯人には熱いお仕置きが必要だ。」

 

寒さに震える真夏の雪原。

 

景太たちの新たな調査が始まろうとしていた。

 

ーーー

 

極寒のさくらニュータウンの街中を景太たちは震えながら進んだ。

 

ピク「サッブッ!羽が凍っちゃうわ!」

ピクシーはケータのパーカーの中に潜り込み、必死に寒さを凌いだ。

 

悪魔の姿に戻ったアラスターは優雅にステッキをつきながら、周囲の冷気を楽しんでいるかのように見えた。

 

景「寒くないの?」

 

アラ「私は悪魔ですからね。へっちゃらです。

 

さぁ、()の街道をとっととゆき(・・)ましょう!」

 

瞬間、景太とピクシーの動きが止まった。

 

ゆき雪を強調するように…まさか……。

 

ヒュゴォォォ!!

 

景&ピク「「サッッブ!!!」」

 

景太とピクシーはアラスターの突然のオヤジギャグにより一層震えた!

 

ピク「アンタ!こんな寒い時に親父ギャグ言うんじゃないわよ!!」

アラ「ニャハハハ!お子ちゃまにはこの親父ギャグのセンスはわかりませんか」

 

アラスターはふと雪をすくい上げた。

 

アラ「しかし、この冷気は強力ですが、どこか一箇所に集中している。その中心を探しましょう」

 

景太が首をすくめながら「悪魔ウォッチ」を握りしめ、冷気の源を探していると。

 

「ヒー!ホー!ヒー!ホー!」

 

どこかから、奇妙で陽気な歌声が聞こえてきた。その声は雪の中を響き、妙に浮ついた調子だった。

 

「ヒー!ホー!ヒー!ホー!」

 

景「何、この声!?」

 

アラスターは愉快そうに笑った。

 

アラ「おや、雪景色に似つかわしい、陽気な騒音ですねぇ」

 

ケータは声のする方角にすかさず悪魔ウォッチのライトをかざした。ウォッチはサーチライトのように光を放ち、雪の降る空間を切り裂いていく。

 

景「いた!」

 

光が街道の塀の上に当たると、その正体が露わになった。

 

現れたのは、白く丸い大きな頭と胴体、短い手足を持った雪だるまのような体型をした存在だった。

 

ポッカリと空いたような丸い目と、八重歯にあたる部分が欠けた半月型の口を持っていた。頭にかぶる青い帽子は頭頂部が角のように二股に分かれて先端がギザギザになりやや垂れ下がり、おでこの部分に黄色いスマイルマークをつけていた。おそろいのカラーで色分けされた襟巻きを首に巻き、やはりおそろいのカラーのブーツを足に履いている。

 

それは、雪だるまがそのまま動き出したかのような、コミカルで愛らしい姿だった。

 

アラ「おやおや。これは可愛らしい妖精さんですねぇ」

 

その言葉に雪だるまは驚いたように丸い目をさらに大きく見開いた。

 

「ヒホ!?オイラの事が視えるホ!?」

景太「う、うん……君は……?」

 

「オイラは「妖精ジャックフロスト」!ヨロシクホー!」

 

景「アラスター、あれって…」

アラ「可愛らしい目ためですがれっきとした「悪魔」ですよ」

 

ジャックフロストと名乗ったその妖精は景太が自分を見えていることに心底驚き、喜びを表に出した。

 

ジャック「オイラが視える人間がいて嬉しいホ!オイラと仲魔になるホー!」

 

景太は少し戸惑った。

 

景「えっと……仲魔じゃなくて……友達の方が……」

 

ジャックフロストは首を傾げた。

 

ジャック「友達?」

 

景太「うん。お互いの事を知っていって、困った時は助け合える。そんな対等な関係になりたいんだ」

 

そのケータの言葉に、ジャックフロストは全身で嬉しさを表現した。ケータの純粋な優しさは、悪魔であるジャックフロストにもしっかりと伝わった。

 

ジャック「なるホー!なるホー!友達なら、オイラも欲しいホー!」

 

ジャックフロストはくるくると飛び跳ねて喜びを爆発させた。

 

ジャック「コンゴトモ、ヨロシクホー!」

 

そう言うと光と共にメダルが具現化し、ケータの手の中へと収まった。ケータは新しい友達のメダルを手に入れた。

 

景「ジャックフロスト!宜しくね!」

 

そして、景太はすぐに本題に入った。

 

景「あのね、ジャックフロスト。君がこの雪を降らせてるの!?」

 

しかしー。

 

ジャック「ヒホ?オイラじゃないホー」

 

景太とピクシーは驚いた。

 

ジャック「オイラ達は遊びに来たんだホ!オイラ達を連れてきたのがいて、そいつが降らせてくれてるんだホ!」

 

ジャックフロストは雪だるまのような短い手を大きく広げた。彼は、自分をこの夏に呼んでくれた犯人の存在を、まるで最高のプレゼントをくれたヒーローのように嬉しそうに説明した。

 

ーーー

 

雪がさらに激しく吹き荒れる中、ケータたちはジャックフロストの案内でさくら第一小学校へと進んだ。

 

視界が白く染まる猛吹雪の向こうに、小さな影が一つ、腕を組んで待ち構えていた。

 

「お前、何処に行ってたホ?」

 

その声は低く、どこかドスの効いた響きを含んでいた。

 

姿形こそ先ほどのジャックフロストそっくりだが、その体は闇のように漆黒に染まり、少し吊り上がった目と裂けたような口は血のように赤く輝いている。身にまとっているマントやブーツは毒々しい紫色だった。愛らしかった帽子の装飾品も、二本の角が生えたような造形に変化している。

明らかにただならぬ邪気を放つその悪魔は、ジロリとケータたちを睨みつけた。

 

ジャック「紹介するホ。コイツは「夜魔ジャアクフロスト」だホ!」

 

アラスターが興味深そうに片眼鏡の位置を直しながら解説を入れた。

 

アラスター「ほう……これは珍しい。ジャアクフロストはジャックフロストが悪魔としての鍛錬を怠らずに変化した姿。その愛らしい見た目に騙されてはいけませんよ? 彼は小さな体の中に、魔王の如き力を秘めています」

 

景太「そ、そんなに強いの!?この見た目で!?」

 

ケータは驚愕した。マスコットのような見た目と、「魔王級」という言葉のギャップがあまりに大きすぎたからだ。

 

すると、ジャアクフロストがケータの存在に気づき、赤い目を剥いた。

 

ジャアク「ヒホ!?何で人間がここにいるホ!?」

ジャック「コイツはオイラの友達ホ!だから連れてきたホ!」

ジャアク「ヒホ!?仲魔じゃなくて友達ホ!?」

 

ジャアクフロストは驚きのあまり飛び上がった。

 

悪魔の世界において、人間は「エサ」か「使役する者」のどちらかだ。対等な「友達」などという概念は、彼らの常識には存在しなかった。

 

ジャックフロストは、はたと気づいたように手をポンと叩いた。

ジャック「それで……名前聞くの忘れたホ……」

 

景「俺、「天野景太」」

アラ「「アラスター」です」

ピク「「ピクシー」よ」

 

ピクシーはケータのパーカーの胸元から顔だけを出し、寒さに震えながら自己紹介した。

 

ジャック「なるホー、ケータ達だホー!ケータ、オイラ達を連れて来たのはあの方ホ!」

 

ジャックフロストが短い指で指し示したのは学校の入り口前の広場だった。

 

そこには、ジャアクフロストですら小さく見えるほどの、圧倒的な巨体が鎮座していた。

 

景「で……デッカイ!!」

 

景太は見上げるほどの大きさに口をあんぐりと開けた。

 

それは巨大な雪だるまのようだが、威厳と圧力が段違いだった。

 

頭には三段重ねになった白金のカールウィッグを被り、その頂点には黄金に輝く王冠が載っている。右手には巨大な氷の錫杖を握りしめ、ふくよかな胴体には、何者をも拒絶するかのような堅牢な南京錠付きの鎧が装備されていた。

 

その姿はまさに、雪と氷の国の王。

 

その巨体がゆっくりと動き、見下ろすような視線が景太を捉えた。

 

「お前、オイラの事が視えるホ?」

 

腹の底に響くような重低音が轟いた。

 

景太必死に首を縦に振った。

 

「だったら特別に教えてやるホ。

 

オイラは「キングフロスト」。全ての雪だるまを統べる者……「魔王キングフロスト」だホー!」

 

その肩書きを聞いた瞬間、ケータの絶叫が寒空に響き渡った。

 

景「まままま魔王ーーー!!?」

 

ただの異常気象の調査のつもりが、景太はとんでもない大物と対峙することになってしまった。目の前にいるのは、悪魔の中でも頂点に近い存在、「魔王」だったのだ。

 

その圧倒的な質量と、周囲の空気を瞬時に凍結させるほどの冷気に、景太は腰を抜かしそうになっていた。

しかし、そんなケータの横で、赤いスーツの悪魔はラジオのノイズ混じりの笑い声を上げた。

 

アラ「ニャハハハ! よかったですねケータくん。魔王を見れるなんてそうそうない事ですよ! 貴重なエンターテイメントだ!」

景「一生無いよ!! ってか何でそんなに冷静なのさ!? 相手は『魔王』なんだよ!?」

 

景太が涙目でツッコミを入れるが、アラスターは涼しい顔でステッキを回した。

 

アラ「魔王だからって一体だけではありませんよ。そんなの、地獄や魔界には沢山いますし、その上にはそれ以上の存在がゴロゴロいますからね。井の中の蛙大海を知らず、ですよ」

 

アラスターは事もなげに言ったが、小学生の景太にはあまりにスケールが大きすぎる話だった。

 

アラスターは一歩前に出ると、解説者のようにキングフロストを紹介した。

 

アラ「キングフロストは名前通り、無数にいるジャックフロスト達を統べる王。その力は強大で、世界を雪と霜で凍てつかせる力を持っています。彼が本気になれば、さくらニュータウンどころか日本中を氷河期にすることも可能でしょうねぇ」

 

アラスターの不穏な解説に景太はゴクリと唾を飲み込んだ。

この寒さは、単なる自然現象ではなく、この巨大な悪魔の魔力そのものだったのだ。

 

景太は震える膝を叩いて勇気を振り絞り、キングフロストに向かって叫んだ。

 

景太「それじゃあ、お前が雪を降らせてたんだな!」

 

キングフロストは、その巨体をゆっくりと揺らし、腹の底に響くような声で答えた。

 

キング「そうだホ! オイラ達は日本に遊びに来たんだホ! ジャックフロスト達から『ニッポンのナツは楽しい』って聞いたからホ!」

 

キングフロストは巨大な錫杖を振り上げ、周囲に猛吹雪を巻き起こした。

 

キング「でも、日本の夏は暑すぎるホ。湿気が多くてジメジメしてて、オイラ達は溶けちまうホ。だから、オイラ達でも楽しめるように、快適な温度にしたんだホ!」

 

あまりにも自分勝手な理屈だった。「暑いから冷やした」。彼らにとってはエアコンの温度を下げる程度の感覚かもしれないが、人間にとっては災害レベルだ。

 

景「だからって、これじゃ夏の行事ができないよ! プールにも入れないし、虫取りもできないし、夏祭りだって中止になっちゃう! だからこれ以上降らすの止めてよ!」

 

景太は必死に訴えた。夏休みは子供にとって宝物のような時間だ。それを奪われるわけにはいかない。

 

しかし、キングフロストはキョトンとした顔で大きな首を傾げた。

 

キング「何を言うホ? 冬でも夏の楽しみにはちゃんと出来るホ!」

景太「え?」

 

キングフロストが誇らしげに熱弁を始めた。

 

キング「プールはスケートリンクになるし、虫はいないけど雪虫がいるホ。花火のかわりにダイヤモンドダストが見れるホ! 雪があれば何だって楽しいんだホ!」

 

キングフロストにとって「雪」こそが至高であり、絶対の正義だった。人間の文化や都合など、彼らの純粋な遊び心の前では何の意味も持たなかった。

 

彼は「素晴らしいアイデアだろう?」と言わんばかりに胸を張った。

キングフロストは誇らしげにそう言った。

 

その後もキングフロストは自信満々に巨大な錫杖を振りかざし、その冷たい息を吐き出しながら持論を展開した。

 

キング「それに、冬でも『スイカ割り』は出来るホ! むしろ、スイカがカチコチに凍って、叩きがいがあるというものだホ!」

 

その王の言葉に、隣にいたジャックフロストも雪玉を投げながら無邪気に同意した。

 

ジャック「そうだホ! 凍ったスイカはシャリシャリしてて、アイスシャーベットみたいになって美味しいホ! 頭に当たったら痛いけど!」

 

ケータは想像した。極寒の中で、岩のように硬くなったスイカを棒で叩く光景を。それはもはやスイカ割りではなく、ただの氷砕きか土木作業だ。

 

景「棒が折れちゃうよ! それに、冷たくて美味しく食べられないし!」

 

しかし、キングフロストは止まらない。彼は次なる「夏の楽しみ」を提案した。

 

キング「冬でも水泳は出来るホ! !」

 

景「凍え死んじゃうよ!! 心臓止まるって!」

 

景太が全力で否定するが…。

 

キング「何を言うホ! フィンランドではサウナの後に氷の湖に飛び込むし、日本でも『寒中水泳』があるホ! 健康に良いとされているホ!」

 

景「そ、それはそうだけど……!」

 

確かに事実はそうだが、それは一部の訓練された人や文化の話だ。いきなり小学生が真似をすれば、翌日は病院送り間違いなしだ。

 

ケータが言葉に詰まっていると、キングフロストはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

キング「そして、楽しい行事の中でも群を抜くのが、あれだホ! これを見れば、お前も文句は言えないはずだホ!」

キングフロストが巨大な指で指し示した先――校庭の一角に、何やら黒い影の集団が蠢いていた。

 

ガキ1「おい! イチゴシロップまだあるか!? ここの雪はフワフワで最高だぞ!」

ガキ2「こっちは練乳だ! たっぷりかけろ! 腹の足しにはならねぇが、口当たりはいい!」

 

そこにいたのは、昨日ケータがコンビニで戦ったのと同じ種族、「幽鬼ガキ」の群れだった。

 

彼らは地面に積もった大量の雪を器用に手ですくい上げ、どこからか調達してきたシロップをドボドボとかけて、貪るように食べていた。

 

キング「見ろホ! 天然の氷で作る、かき氷が食べ放題だホ! 夢のようだホ?」

 

キングフロストは「どうだ!」とばかりに胸を張った。

 

景太と懐から顔を出していたピクシーの心がこの瞬間だけ完全に一致した。

 

景&ピク((それは絶対に違うと思う……))

 

景太は気を取り直して、子供にとって最も重要な問題を切り出した。

 

景「百歩譲ってかき氷はいいとしても……カブトムシやクワガタの様な夏の虫が捕れないよ…。 虫たちは寒さに弱いんだ。このままじゃ、みんな凍えて死んじゃうよ」

 

景太の訴えに、キングフロストの動きがピタリと止まった。彼は巨大な手で顎(のような雪の塊)をさすり、神妙な面持ちになった。

 

キング「むぅ……確かに……。雪国生まれのオイラ達には快適でも、夏の虫達には過酷だホ……。それは可哀想だホ……」

 

意外にもキングフロストは話のわかる性格のようだった。「王」たるもの、無益な殺生は好まないらしい。

彼は大きく頷き、錫杖をドンと地面に突いた。

 

キング「分かったホ! 直ぐに何とかするホ。虫達が住む森のエリアだけ、雪を降らせるのを止めてやるホ」

 

景太「本当!? やった! ありがとうキングフロスト!」

 

景太は顔を輝かせた。交渉成立だ。これで異常気象も少しはマシになり、虫たちも助かる。

 

景太「良かった。話を分かってくれて」

 

景太と、胸元から顔を出していたピクシーが安堵の息を吐いた…

 

その次の瞬間だった!

 

ヒュゴォォォオオオオオオオッ!!!

 

鼓膜を突き破るような轟音と共に、世界が一変した。

ただでさえ激しかった吹雪が、突如として数十倍の猛威を振るい始めたのだ。

視界は完全にホワイトアウトし、立っていることさえままならない暴風がケータ達を襲った。

 

景「うわあああっ!!? 何でいきなり吹雪に!?」

ピク「きゃあああ! 飛ばされるぅぅぅ!!」

 

ケータは必死にピクシーを守るようにしながら床にしがみついた。さっきまでとは桁違いの冷気だ。 

その嵐の中心で、キングフロストは平然とした顔で説明した。

 

キング「そりゃ、降らせる場所が減った分、今降らせてる場所(ここ)に雪雲が集まるから、勢いが強くなるのも当たり前だホ」

 

景太&ピクシ「「ふざけんな!!」」

 

景太とピクシーの声が、暴風の中で綺麗にハモった。

 

「質量保存の法則」ならぬ「降雪量保存の法則」とでも言うべきか。キングフロストは雪を消したのではなく、単に配分を変えて、ケータ達がいる場所への集中砲火に切り替えただけだったのだ。

 

ピク「バカなの!? あんたバカでしょ!! アタシたちが凍死しちゃうわよ!」

 

景「ダメだ……やっぱり、なんとかして雪を止めさせなきゃ……!」

 

ケータは歯を食いしばり、ポケットから幽鬼ガキのメダルを取り出そうとした。

 

景太は動けないピクシーの代わりに唯一呼び出せるガキを呼ぼうとしたが、アラスターの冷静な声がその動作を制止した。

 

アラ「無駄ですよ景太くん。ガキさんは参加できませんよ。雪の食べ過ぎで腹を壊してますから。」

 

アラスターが指差す先、公園の隅でうずくまる影があった。

そこには、全身が青ざめ、ガタガタと震えながらお腹を押さえてのたうち回る幽鬼ガキの姿があった。

 

ガキ「うぅ……腹が……いてぇ……。シロップかけすぎた……頭キーンとする……」

 

先ほどまでの食欲はどこへやら、彼は完全に戦闘不能状態だった。

 

景「お前もいたのか!」

 

ケータはかき氷の食い過ぎで使い物にならなくなった仲間に、涙ながらにツッコミを入れた。

 

これでは戦力にならないどころか、介護が必要なレベルだ。

 

絶体絶命のピンチ。

 

凍てつく暴風の中、赤い影がスッと前に進み出た。

 

アラ「やれやれ……。子供の火遊びならぬ、雪遊びが過ぎるようですねぇ」

 

アラスターはマイクスタンドのような杖をくるりと回し、圧倒的な暴風をものともせずに仁王立ちした。

 

アラ「此処は私にお任せを。 最近、宿題の監視デスクワークばかりでしたから、ちょうど身体が鈍ってました。良いストレッチになりそうだ」

 

アラスターの全身から、赤黒いオーラが噴き出した。

 

その禍々しくも強大な魔力は、キングフロストの冷気さえも押し返すほどの熱量を持っていた。

 

その気配に、魔王キングフロストの目が細められた。

 

キング「ヒーホー……。その独特なノイズ混じりの波長……もしや、お前が噂に聞く『ラジオデーモン』かホ?」

アラ「おや、極東の地でも私の名は届いていましたか。光栄ですねぇ」

 

アラスターは優雅に一礼してみせた。

 

キングフロストは巨大な錫杖を構え、ニヤリと不敵に笑った。

 

キング「まさかこんな所で会うとは思わなかったホ……。地獄の上級悪魔の一角。お前を倒せば、オイラの武勇伝になるホ」

 

魔王の闘志が燃え上がり、周囲の氷塊がミシミシと音を立てて浮遊し始める。

 

キング「お前を倒して、オイラの名を地獄に轟かせるとするホ!!」

 

アラ「カカカ! 是非とも楽しませてくださいよ? すぐに溶けてしまわないようにね!」

 

雪煙が舞う公園は、異界の決闘場と化していた。

張り詰めた空気の中、最初に動いたのは雪の魔王、キングフロストだった。

 

キング「ブフーラ!!」

 

王が巨大な錫杖を地面に突き立てると、大地が悲鳴を上げた。

地面を突き破り、大人の身長を遥かに超える鋭利な氷柱が、槍の襖のように次々と隆起し、アラスター目掛けて殺到した。

 

ガガガガッ!!

 

氷の刃がアラスターの体を串刺しにしたかに見えた。しかし、その体は蜃気楼のように揺らぎ、黒い霧となって消滅した。

アラスターは、氷柱が落とした「影」の中に溶け込むように姿を消していたのだ。

 

キング「ヒホ!? 消えたホ!?」

 

アラ「おやおや、どこを見ているのです?」

 

その声は、キングフロストの巨大な背後から響いた。

いつの間にか影から這い出し、空中に浮遊していたアラスターは、嘲笑を含んだノイズ交じりの声で言い放った。

 

アラ「ニャハハハ! この私に中級魔法とは舐められたものですね! ご挨拶代わりにしては少々冷たすぎますよ?」

 

アラスターが指を鳴らすと、彼の背後の空間が裂け、そこから無数の漆黒の触手が噴出した。

 

それらは生き物のように蠢き、キングフロストの巨体を四方八方から締め上げた。

 

ギチチチ……!

 

アラ「そのまま氷像になってもらいましょうか!」

 

アラスターは触手で締め上げ、魔王の巨体を圧壊しようと力を込める。

 

しかしー

 

キング「ぬゥんッ!!」

 

魔王が全身に力を込めると、凄まじい冷気の波動が爆発した。

 

パァァァァンッ!!

 

アラスターの影の触手が凍てつき、そして砕け散った。

 

キングフロストはその拘束を純粋な魔力と筋力だけで難なく吹き飛ばしたのだ。 

 

キング「効かんホー! たかが上級悪魔ごときの小細工など無意味だホー! オイラの体は永久凍土! 生半可な闇など凍らせて砕くのみだホ!」

 

キングフロストは錫杖を高く掲げ、周囲のマナを極限まで収束させた。

大気が震え、空間そのものが凍りつくような圧力が放たれる。

 

キング「キングブフーラ!!!」

 

それはキングフロストのみが行使できる、氷結系最強クラスの魔法。

 

絶対零度の吹雪と凝縮されたフロスト風の氷柱となり、アラスターを呑み込んだ。

 

ドゴォォォォォォォォォン!!

 

地形が変わるほどの衝撃。直撃すれば魂ごと凍結する必殺の一撃が炸裂した。

しかしー氷煙が晴れた先には、誰もいなかった。

 

アラ「残念♪」

キング「ヒホッ!?」

 

アラスターは瞬時に影移動を行い、攻撃の射程外へと退避していた。それどころか、死角となる上空から急降下してくる。

 

アラ「動きが単調ですよ、雪だるまさん!」

 

アラスターの背中から再び触手が生え、さらに地面の影からも槍のような棘が伸びる。

 

上下左右、全方位からの連撃がキングフロストを襲う。

 

ドカッ! バキッ! ドムッ!

 

キング「ヒーホー!!」

 

キングフロストは錫杖を風車のように回転させ、迫り来る触手を弾き飛ばした。

 

さらに弾ききれなかった攻撃に対しては、腹部にある「南京錠の付いた堅牢な大扉」のような鎧で受け止める。

 

ガギィィィン!!

 

金属音が響き渡り、アラスターの攻撃が防がれた。

 

アラ「ほう、流石に硬いですねぇ。中身が詰まっているようだ」

キング「無駄だと言っているホ! オイラに傷をつけることなど……イテッ!?」

 

キングフロストが勝利を確信しかけたその時、足元にチクリとした痛みが走った。

 

見れば、いつの間にかキングフロストの足元には、アラスターが召喚した使い魔の小悪魔たちが群がっていた。

影でできた不気味な人形のような彼らは、キングフロストの足に噛みつき、引っ掻き、よじ登ろうとしていた。

 

キング「ヒホ!? 何だコイツらは! ちょこまかと……手下とは何とみみっちいホ!」

 

キングフロストは足をバタつかせて小悪魔たちを振り払おうとする。その意識が下に逸れた、ほんの一瞬の隙。

 

アラ「油断大敵という言葉を知っていますか?」

 

アラスターの姿が、キングフロストの目の前に転移していた。

 

その瞳はラジオのダイヤルのように赤く輝いていた。

 

アラ「そもそも誰も一対一だとは一言も言ってませんよ」

アラスターが伸びた影から出た触手で幾つもの氷柱をへし折った後、魔力を乗せキングフロストの顔面にストライク!

 

ズドォォォォォォン!!!

 

強烈な一撃が、キングフロストの顔面に直撃した。

魔力と物理衝撃が合わさったその威力は、巨大な魔王の巨体を大きく揺るがした。

 

キング「グ、グオオオッ……!!」

 

キングフロストはたまらず後ずさりし、地面を削りながら体勢を崩した。

 

雪の王から初めて、苦悶の声が漏れる。

 

その激闘を、離れた場所で見守るケータとピクシーは息を呑んでいた。

 

景太「す、すごい……! キングフロストも強いけど、アラスターってあんなに強かったんだ……! あのデカイのを殴り飛ばすなんて!」

ピク「そりゃそうよ! 彼は伊達に地獄でオーバーロードやってないわ。『ラジオ・デーモン』だもん。狡猾で、残忍で、圧倒的……当たり前よ!」

 

ピクシーは誇らしげに、しかし少し恐ろしげに言った。

二体の怪物の戦いは、まだ終わる気配を見せていなかった。

 

アラスターの一撃を受けて後退したキングフロストだったが、その巨大な顔に浮かぶ笑みは消えていなかった。むしろ、強敵との戦いに喜びを見出したかのように、その瞳は冷酷な輝きを増していた。

 

キング「ホッホッホ……なかなかやるホ。

 

先に手下を仕掛けたのはお前だホ…文句は無しホ!!」

 

キングフロストは錫杖を掲げ、配下たちを呼び寄せた。

 

キング「全力で行くホ!『ジャックフロスト』!『ジャアクフロスト』!」

 

その号令に呼応するように、公園の雪の中から二体の影が飛び出した。

 

ジャアク&ジャック「ヒー、ホー!!」

 

二体のフロストはキングフロストの左右に着地し、主君の魔力に共鳴し始めた。

 

キンフロ「見せてやるホ、雪の王の真の力を!」

 

キングフロストが全身に力を込めると、彼の巨大な腹部に備え付けられた、厳重な封印が反応を始めた。

 

ガタガタガタッ……!

 

腹部の巨大な南京錠が激しく振動し、重々しい金属音を奏でる。それは、禁断の扉が開かれる合図だった。

 

カチャン……ガコォォォォォン!!

 

南京錠が外れ、地面に落ちた刹那。

 

観音開きになった前面の鋼鉄の大扉が、蒸気を噴き出すようにして勢いよく開かれた!

 

ゴォォォォォッ……!!

 

扉の奥底から噴き出したのはこの世のものとは思えない濃密な暗黒の冷気。地獄の底コキュートスから汲み上げたような、純粋な凍結のエネルギーだった。

 

ジャックフロストとジャアクフロストは、その冷気の奔流に乗るようにして、キングフロストの周囲を高速で滑走し始めた。

 

ジャック「回るホー! 集めるホー!」

ジャアク「凍てつけホー! 砕け散れホー!」

 

二体がスケートのように円を描くことで強烈な遠心力が生まれ、開かれた扉から溢れる魔力が螺旋状に巻き上げられていく。

 

白い吹雪と、ジャアクフロストの紫色の邪悪な炎が混ざり合い、天を衝くような巨大な渦が形成された。

 

キング「これぞ我らの結束の力! 合体マガツヒ……」

 

大気が悲鳴を上げ、床が根こそぎ引き剥がされていく。

 

アラスターもその吸引力に抗おうと影を地面に突き刺すが、氷の床がめくれ上がり、足場ごと崩されていく。

 

アラ「おやおや、これは少々……分が悪いですねぇ」

 

キング&ジャック&ジャアク「「「フロストストリーム!!!」」」

 

ズドォォォォォォォォォォォッ!!!

 

三位一体の咆哮と共に、全てを凍てつかせる猛吹雪の大竜巻がアラスターに襲いかかった!

 

それはもはや魔法というよりは、巨大な白龍が顎を開けて獲物を飲み込むような、回避不能の自然災害そのものだった。

 

アラスターは瞬時に赤い障壁を展開しようとしたが、その魔力さえもが一瞬で凍結させられた。

 

圧倒的な質量の冷気が、赤いスーツの悪魔を直撃し、飲み込んでいく。

 

パキパキパキパキィィィィン!!

 

空間そのものが凍りつくような、甲高い破砕音が響き渡る。

暴風が吹き荒れ、景太とピクシーは悲鳴を上げて互いにしがみつくことしかできなかった。

 

やがてー。

 

嵐が過ぎ去った後、広場中央には、異様な光景が残されていた。

そこには、高さ10メートルはあろうかという、巨大な氷塊が聳え立っていた。

 

ダイヤモンドのように硬く、青白く輝くその氷の中央。

そこには…。

 

驚いた表情で片眼鏡を少しずらし、マイクスタンドを構えたまま動きを止めたアラスターの姿が、完全に封印されていた。

 

絶対零度の牢獄。

 

地獄の支配者の一角であるラジオ・デーモンは、氷の中で彫像のように沈黙していた。

 

景「アラスター!!」

 

ケータは寒さも忘れ、雪を蹴ってアラスターが閉じ込められた氷の塔へと駆け寄った。

ペチペチと氷の表面を叩くが、それは鋼鉄以上に硬く、冷たかった。中のアラスターは微動だにしない。

一方、勝利を収めた雪の軍団はお祭り騒ぎだ。

 

キング「ヒーホー!! ラジオデーモンを倒したホ!! これでオイラは魔界の、そして地獄最強の悪魔ダほー!!」

 

キングフロストは錫杖を空に突き上げ、勝利の雄叫びを上げた。

いつの間にか、必殺技を放つために開かれていた腹部の大扉は閉じられ、再び重厚な南京錠がガチャンと施錠されている。

 

ジャック&ジャアク「「ヒー、ホー! ヒー、ホー! キング様バンザイだホー!」」

 

小さなフロスト達も主君の周りを飛び跳ね、雪玉を投げ合って祝杯をあげている。

 

その絶望的な状況に景太は焦った。

 

景「どうしよう……このままじゃアラスターが凍死しちゃうよ! 急いでアラスターを助けないと!」

 

しかし、相手は魔王。正面から戦って勝てる相手ではないし、この巨大な氷を砕く道具もない。

 

景太は混乱のあまり、とんでもない解決策を口走った。

 

景太「そ、そうだ! 氷なんだから温めればいいんだ! でも火がない……なら、俺が必死に舐めれば、体温でいずれは溶けて……!」

 

ケータが本気で氷に舌を伸ばそうとした瞬間、パーカーの中からピクシーが飛び出し、ケータの頬を引っ叩いた。

 

ピク「何言ってんのアンタ! バカなの!?」

景「痛っ!」

 

ピク「あのねぇ、これだけの質量の氷塊よ!? 舐めて溶かすのにどんだけ時間が掛かると思ってるの!? 100年かかるわよ! ってか、この極低温じゃ舌がくっついて取れなくなるわよ! 二次災害よ!」

 

ピクシーの鋭いツッコミに、ケータは「ハッ」として口を閉じた。

 

そんな二人の漫才のようなやり取りを見て、勝利に酔いしれていた悪魔たちが不思議そうに近づいてきた。

 

ジャアク「おい、お前……なんでそんなに慌ててるホ?」

 

ジャアクフロストが小首をかしげ、赤い瞳で景太を覗き込む。

 

キング「そうだホ。あの赤いの……アラスターという奴は恐ろしい悪魔だホ。倒されて清々しているはずだホ」

 

キングフロストは巨大な顔を近づけ、もっともらしい推測を述べた。

 

キング「さては、ラジオデーモンに何か脅されてるホ? 『従わなければ魂を食う』とでも言われて、無理やり手下にされていたのかホ? ならば、オイラ達は救世主だホ。感謝するホ」

 

悪魔たちの理屈では強力な悪魔と人間が一緒にいる理由は「支配と被支配」の関係以外にあり得ない。アラスターがいなくなれば、人間は自由になれるはずだ。彼らは本気でそう思っていた。

 

しかし、ケータは氷に手を当てたまま、強く首を横に振った。

 

景「違う! 脅されてなんかいない!」

 

景太は振り返り、巨大な魔王と凶悪な夜魔に向かって、真っ直ぐな視線をぶつけた。

 

景「 相手がどう思ってるかわからないけど……アラスターは俺の勉強を見てくれたり、家のことを手伝ってくれたりしたんだ!」

 

ジャアク「ヒホ? 勉強……?」

 

景「それに、俺を助けるために戦ってくれた! だから、俺にとっては……」

 

景は腹の底から声を張り上げた。

 

景「友達だから!! 友達がピンチの時に、慌てて助けようとするのは当たり前だろ!!」

 

その叫び声は、吹き荒れる風の音さえも一瞬かき消した。

 

「「「…………」」」

 

「友達」。人間の口から出たその単語に、キングフロストとジャアクフロスト、そして周りで騒いでいたジャックフロストたちの動きがピタリと止まった。

 

彼らは固まったまま、瞬きもせずに景太を見つめた。

地獄や魔界において、「契約」や「盟約」はあっても、対等な「友情」のために強大な敵に立ち向かうという概念は稀薄だ。

 

ましてや、か弱き人間が、最強クラスのラジオデーモンを指して「友達」と呼び、助けようとしている。

その理解不能な、しかしどこか温かい響きを持つ言葉の熱量に、雪の悪魔たちは言葉を失ってしまったのだった。

 

ジャックフロストは小さな雪だるまのような拳を握りしめ、ケータの隣へと歩み寄った。

 

ジャック「オイラも手伝うホ! 友達を見捨てるなんて、ジャックフロストの名折れだホ!」

景「ありがとう、ジャックフロスト!」

 

ケータとジャックフロストが、アラスターを閉じ込めた巨大な氷塊に手をかけ、助け出そうとした、その時だった。

 

アラ「ヌフフフフフ……」

 

氷の牢獄の奥底から、不気味な含み笑いが漏れ出した。

それは寒さで震える声ではなく、ラジオのノイズが混じった、底知れない愉悦の響きだった。

 

ビシ……ビシビシ……。

 

分厚い氷の表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走り始めた。

 

ケータたちは慌てて飛び退く。亀裂は生き物のように脈打ち、内部からの圧力で急速に広がっていく。

 

ビシ……バキバキビシ……!

 

そしてー限界点を迎えた。

 

バキィィィン!!!

 

轟音と共に、ダイヤモンドよりも硬いはずの氷塊が内側から粉々に砕け散った。

 

飛び散る氷の礫がダイヤモンドダストのようにキラキラと舞う中、赤い影が優雅に着地した。

 

アラスター「ニャーハハハハハ!!!」

 

アラスターは、まるでカーテンコールの舞台に立つかのように両手を広げ、高らかに狂笑した。

その身体には傷一つなく、スーツの乱れすら見当たらない。

 

アラ「どうやら脳みそまでも雪で出来ているようですね! 私がこの程度の氷遊びで終わるとでも?」

 

景「良かった……! 大丈夫!?」

アラ「ええ、お陰様で。冷気のおかげで頭が冴え渡りましたよ。それと……」

 

アラスターは首をコキリと鳴らし、その赤い瞳を細めた。

 

アラ「やっと身体が温まってきましたよ!」

 

その刹那。

 

アラスターの周囲の空気が、赤黒く染まり、異様な重圧が場を支配した。

 

ズズズズズ……グチャッ……バキッ……!

 

耳障りな骨の軋む音が響き渡り、アラスターの姿が変貌を遂げる。

 

頭部の小さな角が、メキメキと音を立てて巨大化し、まるで雄鹿のように複雑で鋭利な枝角へと成長した。

 

身長は異様なほどに伸び(特に首)、手足が不自然に引き伸ばされていく。関節の数が増えたかのように奇妙な角度で折れ曲がり、そのシルエットはもはや紳士のそれではなく、巨大な異形の怪物そのものとなった。

 

口元は耳まで裂け、鋭い牙の間からは、血液のように粘度のあるどす黒い液体がボタボタと滴り落ち、真っ白な雪を汚していく。

 

そして、その瞳はー。

 

キュイィィィン……。

 

かつて目だった場所が、ラジオの音量を示す「VUメーター」へと変化し、黒いダイヤルが激しく振れ、ハウリング音を発しながら狂気的な赤い光を放ち始めた。

 

本気のアラスター。

 

地獄のラジオデーモンの変身した姿だ。

 

キング「ヒ、ヒホッ……!? な、なんだその姿は……!?」

 

先ほどまで余裕を見せていたキングフロストが、その禍々しいプレッシャーに一歩後退った。

 

アラ「では、もう少し付き合ってもらいますよ! 第2幕の開演です!!」

 

アラスターの声は幾重にも重なったノイズとなり、空間そのものを震わせた

 

アラ「ハアァァァッ!!」

 

アラスターが黒い爪を振り下ろすと、影から無数の巨大な触手と、ブードゥーの紋様を刻んだ鎖が噴出し、キングフロストに襲いかかった。

 

キング「調子に乗るなホー!! キングブフーラ!!」

 

キングフロストは再び最大級の冷気を放つが、巨大化したアラスターはそれを避けることすらしなかった。

 

ジュワアアアア!!

 

アラスターが放つ赤黒い瘴気が、絶対零度の冷気と衝突し、蒸発させていく。

 

アラスターはその長い手足を鞭のようにしならせ、一瞬でキングフロストの懐へと潜り込んだ。

 

アラ「遅い!」

 

ドゴォォォォォン!!

 

アラスターの爪による一撃がキングフロストの氷の鎧を深々と切り裂いた。

 

キング「グオオオオッ!! バカな、オイラの永久凍土の鎧が!?」

 

アラ「まだまだ! 音楽悲鳴が足りませんねぇ!!」

 

アラスターは踊るように連続攻撃を叩き込む。

 

形勢は完全に逆転した。

 

そこにあったのは、もはや戦闘と呼べる代物ではなかった。それは、圧倒的強者による一方的な蹂躙であり、残酷なエンターテイメントショーの始まりだった。

 

ザザッ……キュイィィィン!!

 

アラ「ハハハハ! どうしました? 動きが鈍いですよ! リズムが悪い!」

 

異形化したアラスターは、物理法則を無視した動きで戦場を支配した。

彼の背後から伸びる無数の漆黒の触手が、キングフロストの氷の身体を鞭のように打ち据える。

 

キング「ググッ……! コ、コイツ……! オイラの氷が効かないだとホ!?」

 

キングフロストは必死に錫杖を振るい、防御魔法「ラクカジャ」や氷結魔法を連発して防戦に努める。

しかし、アラスターはその巨体に似合わぬ速度で、影から影へと瞬間移動を繰り返し、あらゆる角度から爪撃を浴びせた。

 

ガギッ! バキィッ!

 

アラ「弱い! 弱い! 弱い!!」

 

アラスターが手を振るうたびに空間に赤いノイズが走り、キングフロストの誇る氷の鎧が剥がれ落ちていく。

もはや、雪の王になす術はなかった。

 

キング「おのれェェェッ!! なぜだホ! オイラは魔王だホ! 全てのジャックフロストの頂点だホ!!」

 

キングフロストはプライドを粉々にされた怒りで咆哮し、残った全ての魔力を錫杖に込めた。

 

キング「上級悪魔如きがーー!!!」

 

それは、悪魔の階級ヒエラルキーに固執する者の、悲痛な叫びだった。

 

キングフロストは捨て身の突撃を敢行し、巨大な錫杖をアラスターの脳天目掛けて振り下ろした。

 

ゴオオオオオッ!!

 

山をも砕く質量の一撃。

 

だが、アラスターはその場から一歩も動かなかった。

 

アラ「……Hah.」

 

アラスターは鼻で笑うと、ラジオのVUメーターとなった瞳をギラリと光らせた。

 

彼は巨大化した左手を無造作に突き上げ、なんとキングフロストの全霊の一撃を、片手で受け止めたのだ。

 

ズドォォォンッ!!

 

衝撃波が周囲の雪を吹き飛ばしたが、アラスターの足元は揺らぎもしない。

 

キング「なッ……!? バ、バカな……!?」

 

アラスターは、受け止めた錫杖をミシミシと握り潰しながら、顔を近づけた。耳まで裂けた口から、どす黒い涎を垂らし、嘲るように囁く。

 

アラス「その『上級悪魔如き』に、貴方は負けるのですよ。」

 

アラスターの右手に、地獄の業火にも似た、赤黒く禍々しい魔力が極限まで圧縮された。

マイクスタンドの先端が、不吉な音色の高周波を発する。

 

アラ「Stay Tunedチャンネルはそのままで……さようなら!」

 

アラスターはマイクスタンドを槍のように構え、がら空きになったキングフロストの腹部――南京錠の鎧の中央へと、強烈な一撃を突き出した。

 

ドゴォォォォォォォォンッ!!!

バギィィィンッ!!!

 

堅牢な金属音と、氷の砕ける音が同時に響き渡る。

アラスターの一撃は、キングフロストの鎧を貫通し、その巨体を砲弾のように吹き飛ばした。

 

キング「ヒーーーーホォォォォォォッ!!!!」

 

断末魔のような叫びと共に、キングフロストの巨体は公園の彼方まで弾き飛ばされ、巨大な氷のオブジェのように地面に激突した。

 

ズシーンッ……!!

 

地響きと共に土煙と雪煙が舞い上がる。

しばらくして煙が晴れると、そこには仰向けに倒れ、目を回して完全に伸びてしまった魔王キングフロストの姿があった。

 

圧倒的勝利。

 

静まり返った雪原に、アラスターの満足げなノイズ音だけが響いていた。

 

勝利を確信したアラスターは、異形の姿のまま、倒れ伏すキングフロストの喉元へと鋭い爪を突き立てようとした。

 

アラスター「さあ、フィナーレです!」

 

その爪が王の皮膚に届く寸前、ケータとジャックフロストが慌てて二人の間に滑り込んだ。

 

景「待って! ストップ! ストップだよアラスター!」

 

アラスターは爪をピタリと止め、不満げにノイズ混じりの溜息を吐いた。

 

アラ「Oh... ケータ君。獲物を前にしてナイフを置くのは、マナー違反ですよ?」

 

キングフロストは虚ろな目でケータを見上げ、苦しげに言葉を絞り出した。

 

キング「止めるなホ……。敗者は勝者に喰われるのが魔界の掟……。情けは不要ホ……」

 

魔王としてのプライドが、生き恥を晒すことを拒んでいるのだ。しかし、ケータは真剣な眼差しで首を横に振った。

 

景「確かに、街を凍らせたのは怒ってるし、俺の心情としては許せない部分もあるけど……でも、それ以前に魔王がいなくなったら、残されたジャックフロスト達はどうなるの?」

 

ケータが指差した先には、主君が倒されたことでオロオロと身を寄せ合い、悲しそうな顔をしている無数のジャックフロストたちがいた。

 

景「彼らは遊びたくて日本に来ただけなんだろ? 王様がいなくなったら、彼らは迷子になっちゃうよ」

 

キング「……ぬぐゥ……」

 

ジャックフロスト民を思うケータの言葉は、王の良心に深く刺さった。 キングフロストは重い体を起こし、力なく首を垂れた。

 

キング「……しかし、負けたことに変わりはないホ。敗者は去るのみだホ……。これ以上の観光はやめるホ。皆を連れて、フィンランドへ帰るホ……」

 

寂しげに背中を向ける魔王。せっかくの夏休みを楽しみに来たのに、すごすごと帰ろうとするその姿に、ケータはお人好しな性格を発揮してしまった。

 

景太「別にそこまでしなくて良いよ!」

 

キング「ヒホ?」

 

景「雪を降らせすぎて迷惑かけなきゃいいだけなんだから。そうだ、方法だけど……頭上に日傘みたいに、自分たちの周りだけに雪を降らせれば良いんじゃないかな?」

 

キング「日傘……?」

 

景「そう! 局地的な雪雲を作ってさ。そうすれば人間に迷惑かけないし、君たちも涼しいままでいられる。それに……」

 

景太は汗ばむ額を拭いながら、ニカっと笑った。

 

景「君たちが来てくれれば、この暑い夏も涼しくなるだろうし……俺達も一緒に涼めるからさ!」

 

あまりに前向きすぎる提案。 恐怖の対象である魔王に対して、「涼むのにちょうどいい」と言い放ったのだ。

 

これには、殺気を収めて元の紳士の姿に戻ったアラスターが腹を抱えて笑い出した。

 

アラ「ニャハハハ! 傑作ですね! 魔王をクーラー扱いとは、貴方も中々ですねぇ、ケータ君! 恐れ入りました!」

 

キングフロストは呆気にとられ、巨大な目を瞬かせた。 そして、その顔に次第に笑みが戻り――やがて、感服したように深く頷いた。

 

キング「……ただの馬鹿だと思ったが、魔王であるオイラに説教し、あろうことかオイラ達で涼もうとする図太さ。そして何より……あのラジオデーモンを助けようとする仁義…」

 

キングフロストの脳裏にケータが叫んだ「友達」という言葉が蘇る。 それは魔界の絶対的な力関係とは違う不思議で温かい繋がり。

 

キング「気に入ったホ。お前の言う『友達』になってやるホ」

 

その言葉に、後ろに隠れていた夜魔ジャアクフロストも飛び出した。

 

ジャアク「オイラもなるホ! お前みたいな面白い人間、初めてだホ!」

 

二体の悪魔の体が輝き出し、その光の中から重厚な魔力を帯びたメダルが二枚、具現化した。

 

キング「オイラは「魔王キングフロスト」」

ジャアク「オイラは「夜魔ジャアクフロスト」」

 

二体の強力な悪魔は、ケータに向かって親しみを込めて叫んだ。

 

キング&ジャアク「「今後とも宜しくホー!」」

 

ケータはその重みのあるメダルを両手でしっかりと受け取った。

 

景太「うん! こちらこそ!」

 

その瞬間、妖怪ウォッチからファンファーレが鳴り響き、真夏の雪騒動は、最強の「友達」を得るという形で幕を閉じたのだった。 こうして天野景太の夏休みに、地獄の支配者に加えて、雪の魔王までもが加わることになったのである。

 

キングフロストが約束通り、巨大な錫杖を振り上げ、街を覆う雪を消し去ろうとしたその時。

 

アラ「少々お待ちを」

 

アラスターが杖でキングフロストの腕を制止した。

 

アラ「折角ですから遊んできたらどうですか? この日本の夏に、これほどの雪景色……滅多にないロケーションですよ。すぐに消してしまうのは勿体ない…。」

 

アラスターの粋な提案に、景太は目を輝かせた。

 

景「そうだね!こんなの滅多にないかも!ジャアクフロスト、ジャックフロスト! 向こうで雪合戦しよう!」

 

ジャアク「望むところだホ! オイラの剛速球を受けてみるホ!本気の雪合戦見せてやるホー!」

ジャック「負けないホー!」

 

景太は新しい友達である二体のフロストとジャックフロスト達と共に、真っ白な公園の奥へと駆けていった。

その後ろ姿を見送り、ピクシーもやれやれと肩をすくめた。

 

景「 ピクシーも早く!」

 

ピク「はぁ……。あんた達、さっきまで死にそうだったのによくやるわね。ま、付き合ってやりますか」

 

ピクシーは呆れつつも景太たちの楽しそうな様子に満更でもない表情でヒラヒラと羽を羽ばたかせ、景太たちの後を追った。

 

キングフロストもまた、楽しげな彼らの姿を見て、巨体を揺らしてついていこうとした。

 

キング「ならばオイラも……」

 

アラ「ちょっと良いですか?」

 

しかし、アラスターがステッキを横に出し、王の行進に「待った」をかけた。

 

キング「?」

アラ「少しだけ、私に付き合ってほしいのですが……。貴方には舞台裏(バックステージ)で待機して、ある演出をお願いしたいのです」

 

アラスターは意味深な笑みを浮かべ、雪の向こう側ー

 

もう一人の観客が来る方角を見据えた。

 

ーーー

 

さくらニュータウンの別の場所では、もう一人の「ウォッチ」の所有者が、この異常事態に立ち向かっていた。

 

木霊文花はパートナーであるウィスパーと共に、白銀の世界と化した街を探索していた。

 

夏服の上に急いで羽織ったカーディガンだけでは、この寒さを防ぐには到底足りなかった。

 

文「こっちから凄い吹雪が出ている! きっとあそこに原因があるはずよ!」

 

文花は顔を手で覆い、吹き付ける雪を避けながら前進した。

その横では、執事妖怪ウィスパーが青ざめた顔で震えていた。

 

ウィス「こ、これは凄まじい吹雪でうぃす……! 妖怪パッドの検索機能も凍結して動きませし………私の幽体ボディが凍ってシャーベットになりそうでうぃす〜…!」ガタガタガタ……。

 

ウィスパーは歯の根が合わないほどの音を立てて震えていた。

 

ウィスパー 「フミちゃん… もう帰りましょうよぉ〜! 地球温暖化なんディスから異常気象も起こるでしょーよ! とっとと帰ってコタツに入るでうぃす…」

文花 「何言ってるのウィスパー!これが地球温暖化な訳ないじゃない!それに、 みんな困ってるんだから、私たちが何とかしなきゃ!」

 

文花の正義感と好奇心はこの極寒の嵐にも負けていなかった。文花たちが吹雪に足を取られながらも必死に向かった先は、彼女たちの通う「さくら第一小学校」だった。

校庭の中心から、まるで台風の目のように強烈な冷気が噴き出し、氷の城のように白く霞んでいた。

 

文「あそこからね……!」

 

校門をくぐり、校庭へと足を踏み入れた瞬間ー!

 

ゴオオオオオオッ……!!

 

視界を遮るほどの猛吹雪が、二人を拒絶するように荒れ狂い出した。

 

文花 「きゃっ!?」

ウィス 「ひいいいいっ!! 前が見えないでうぃすー!!」

 

二人が腕で顔を覆い、立ち止まったその時。 ホワイトアウトした視界の向こうに、一つの人影がゆらりと浮かび上がった。

 

文「……誰?」

 

目を凝らす文花の視界の中で、その人影の「目」にあたる部分がカッと見開かれる。 それは人間の瞳では無かった。

 

キュイイイン……

 

かつて目があった場所には、アナログなラジオのVUメーターがあり、真紅の眼光が闇の中でギラリと明滅した。

 

その瞬間。

 

ピタッ。

 

あれほど吹き荒れていた暴風が、魔法のように一瞬にして止んま。 轟音が消え、世界が静寂に包まれた。

 

シンシン……。

 

激しい吹雪は、美しく優しい粉雪へと変わり、校庭に静かに降り注ぎ始めた。 まるで、荒れ狂う舞台の幕が上がり、静かな独白のシーンへと切り替わったかのように。

 

文花 「え……? 雪が、優しくなった……?」

ウィスパー 「た、助かった……のでうぃすか? 一体何が……」

 

すると、呆然とする二人の耳に…。

 

パチ……パチ……パチ……。

 

それは、拍手の音。 静まり返った校庭によく響く。赤い人影はゆっくりと、優雅な足取りでこちらへと近づく。 雪を踏む音すらさせず、まるで重力がないかのように。

 

「Bravo.ブラボー」

 

赤いスーツ、片眼鏡、そして耳まで裂けたような満面の笑顔。 それは文花の目の前で立ち止まり、紳士的に、しかしどこか威圧的に彼女達に微笑みかけた。

その背後には、隠しきれない禍々しいオーラが揺らめいていた。

 

「良くここまで来ましたねお嬢さん。その勇気と好奇心、褒めて差し上げましょう。」

 

ソレは文花の目の前で足を止め、まるで愛しい観客を迎えるかのように両手を広げた。

 

「この凍てつく寒さの中、原因を突き止めるために歩みを止めないその勇気……実に素晴らしい」

 

文花は首から下げられた「妖怪ウォッチ」を強く握りしめた。

 

目の前の男は、ただの人間ではない。

 

この瞬間、地獄のラジオデーモン「アラスター」と、もう一人のウォッチ使い。 運命の邂逅が、静寂の雪の中で果たされたのだった。




きょうの悪魔大辞典

アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」

景「「妖精ジャックフロスト」、「夜魔ジャアクフロスト」、「魔王キングフロスト」」

景「二人って元はジャックフロストだったんだよね?どうやってなったの?」

ジャアク「ホーイェア!それはもう厳しく邪悪な修行だったホ。例えば…

牛乳を買う時、棚の奥にある新鮮なヤツを取るんだホ!」

ジャック「ヒホー!いつ聞いても何て極悪だホ!」
ピク「それ、悪い事?」
景「お母さんもよくやってる…」

キング「ホーウホーウ!次はオイラだホ!カップのアイスクリームで蓋の裏についてるクリームあるホ?

アレを食べずに、フタを捨てるホ!」

ジャック「ヒホーッ!」
ピク「な、何ですって!?」
景「何て勿体ないことを…!」

アラ「あなた達、仲良いですね…」
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