時は遡り、運動会の全全競技が終了し、閉会式を待つグラウンドの片隅。
騒乱の熱気が未だ冷めやらぬ木陰のエリアでは、男子100メートル走で見事1位に輝いた天野景太を囲み、甘くもどこか凄絶な「約束のご褒美タイム」が執り行われていた。
景「あ、あの……無理しなくても……///」
景太は真っ赤な顔をして小さくなっていた。なにせ、すぐ目の前では石ノ森ユウカが、慈愛と熱度のこもった瞳で自分の頭を優しく「よしよし」となでてくれているのだから。
ユウ「大丈夫。無理なんてしてないよ♪」
ユウカは満面の笑みでそう答える。だが、その完璧な笑顔とは裏腹に、彼女の耳の先まで真っ赤に染まった肌は隠しようもなかった。
景「でも……顔、凄い真っ赤だけど……///」
ユウ「本当に、大丈夫♥」
声にハートマークが浮かび上がりそうなほど甘いトーン。ユウカの手のひらから伝わる温もりに、景太の脳内はパニックを起こしかけていた。
さらに、景太のすぐ右側には――。
葉「♪」
おっとりとした雰囲気を纏う葉子が、心の底から嬉しそうに吐息を漏らしながら、景太の腕にすり寄るようにぴたりとくっついていた。ほんのりとおしろいのような優しい香りが漂い、景太の体温を一気に跳ね上げる。
まさに全男子の羨望と嫉妬を一身に集めるパラダイス……もとい、当人にとってはあまりに刺激が強すぎる拷問のような状況であった。
すると、その甘い空間を破るように、ゆっくりと一人の少女が踏み出してくる。
サト「ケ、ケータくん……っ!」
5年2組のサトコだ。彼女は顔を完熟トマトのように真っ赤にし、全身をプルプルと小刻みに震わせながら、両手を大きく前に広げて立っていた。
レース中に自身が叫んだあの約束――『特大のムギュー(ハグ)をしてあげる』を実行に移すべく、必死の覚悟で呼びかけたのだ。
その姿を見たユウカと葉子は、ピクッと眉を動かすと、せっかくの景太との密着時間を邪魔されたと言わんばかりに「ムスッ……」とわかりやすく不機嫌な顔を作った。
イナ「あ、あの〜……ユウカちゃんに、ようこちゃん? そろそろ交代の時間というか、何と言いますか……」
横で見守っていた未空イナホが、冷や汗をダラダラと流しながら苦笑いで仲裁に入る。
ユウカは景太の頭を最後になでると、彼の耳元に顔を寄せて囁いた。
ユウ「……終わったら、また再開ね♥」
景「ひゃいっ!?///」
ユウカと葉子は本当に、本当に渋々と名残惜しそうに景太から手を離し、一歩後ろへと下がった。その背中からは「次は絶対に渡さない」という強い執念のオーラが漂っている。
残されたサトコは、未だに顔を真っ赤にさせたまま、固まったように両手を広げ続けていた。景太とサトコの身長はほぼ同じ。広げられた腕は、ちょうど景太の胸元を迎え入れるような位置にある。
景「え……と、サトちゃん……?」
急な展開に困惑し、どうすればいいのか分からずおろおろと立ち尽くす景太。
その頭上で、空中に浮かぶピクシーと、人間に化けた美しき悪魔リャナンシーがニヤニヤと意地悪く囁きかけた。
ピク「ちょっと景太、何を躊躇してるのよ? 女の子が勇気を出して腕を広げてるのよ? 男ならシャキッとしなさい!」
リャ「そうよ、ケータくん♪ 相手の覚悟に全力で応えてあげるのが、本物の『男』ってものじゃないかしら?」
景「うっ……ふ、ふたりとも……!」
悪魔たちの後押し(煽り)を受け、景太はゴクリと生唾を飲み込んだ。
逃げるわけにはいかない。運動会で自分を応援し、想いをぶつけてくれたクラスメイトの純粋な気持ちに、自分も真っ向から応えるべきなのだと、景太の根底にある誠実さが背中を押した。
景太はふうっと意を決して息を吐くと、広げられたサトコの腕の中へと一歩踏み出し、自らサトコの背中に腕をまわして、しっかりと抱きしめた。
サト「!!?///」
ぎゅっ、と伝わる景太の体温と胸の鼓動。
サトコからすれば、景太を抱きしめるつもりで手を広げていたところに、まさか景太の側から積極的に抱きつき返してくるとは夢にも思っていなかった。あまりの衝撃にサトコの目が限界まで見開かれる。
さらに、景太は彼女の耳元で、感謝を込めて優しく呟いた。
景「応援してくれて……ありがとう、サトちゃん」
至近距離で囁かれた、少年特有の素直で温かい感謝の声。そして包み込まれる全身の感触。
サト「キュ〜〜〜〜……///」
景太の放った無意識の一撃必殺の殺し文句に、サトコのキャパシティは一瞬で限界を突破した。
目の前でぐるぐると渦巻き状に目を回したサトコは、そのまま力を失って膝から崩れ落ち、景太の腕の中でしおしおと気絶してしまったのだった。
景「わっ!? サトちゃん!? 大丈夫!?」
慌てて倒れそうなサトコを支える景太。
その一部始終を、少し離れた木の影から死んだような目で見つめていたクマとカンチは、深々とした溜息を吐き出した。
クマ「……俺たち、一体何を見せられてるんだろ……」
カン「さあね……もう僕たちの知ってる小学生の運動会の風景じゃないことだけは確かだよ……」
親友のあまりにも規格外な「主人公補正」とモテぶりに、二人はただただ遠い目をして呆然と立ち尽くすことしかできないのだった。
サトコが気絶して景太の腕から崩れ落ちたのも束の間――。
ユウ「はいっ! タイムアップ! サトコちゃんが脱落したから、次は私たちの番ね♪」
葉「ケータくん、大丈夫……? びっくりしちゃったね♪」
すかさず滑り込んできたユウカと葉子によって、景太は瞬く間に中央へと引き戻されてしまった。
ユウカの滑らかな手が再び景太の頭を優しく包み込んで「よしよし」と撫でまわし、反対側からは葉子が愛おしそうに景太の腕をぎゅっと抱きかかえる。再開された極上のご褒美ラッシュに、景太の顔は再び熟したトマトのように赤く染まり、湯気が吹き上がりそうになっていた。
そこへ、カツカツと強気な足音を響かせてアンナたちがやってきた。
アン「あーあ、二人とも抜け駆けしちゃって。まぁ、今はそのままでいいわ。その分……あとでウチとのカラオケでたーっぷりお返ししてもらうからね」
アンナは不敵に口角を上げると、腰に手を当てて景太を見下ろした。その背後には、チヨ、めぐみ、舞、可南子、そして満面の笑みを浮かべた文花がズラリと勢揃いしていた。
チヨ「そうね。流石にこの人数と約束の重さを考えると、全員でしっかり話し合って順番を決めなきゃいけないわ。
……それで、ケータくん。あなたは誰のご褒美から最初に貰いたいのかしら?」
めぐ「私とのデュエットステージ、楽しみにしててね♥」
舞「あたしが選ぶとびきりオシャレな服、着てもらうんだから!」
可南「べ、別にアタシは最後でもいいけど……なめ吉巡りは絶対だからねっ///」
文「ふふっ……ケータくん♪ 私のお部屋でのお泊りデートの準備、今からバッチリ整えておくからね……♥」
全員が可憐で恐ろしいほどの本気の笑顔を向けている。
景(ひぃぃぃ……! ま、まさかみんな、本当に本気だったなんて……!!)
最初は運動会のノリや勢いかと思っていた景太だったが、彼女たちの瞳に宿る本気度の高さを前にしてようやく事態の重さを痛感した。
これは適当にごまかせるような甘い話ではない。男として、そして全員の応援に応えて優勝した手前、本気で誠心誠意のスケジュールを組み上げなければ大変なことになる――景太は冷や汗を流しながら、腹を括って頭をフル回転させ始めた。
そんな景太の頭上、空中に浮かぶピクシーが呆れ半分、感心半分で溜息をつく。
ピク「まったく、こんな修羅場でも逃げ出さずに真面目に予定を組もうとするなんて……これもあのラジオ野郎のシゴキと特訓の成果かしらねぇ。……しかし、肝心の彼奴は一体どこに行ったのかしら?」
そう、あれほどこのカオスなドラマを楽しんでいたアラスターの姿が、いつの間にかグラウンドのどこにも見当たらなくなっていたのだ。
ーーー
その頃、運動会が終わりを迎えつつあるグラウンドの各所では、それぞれの思惑と感情が渦巻いていた。
まず、保護者席でビデオカメラを構え続けていた景太の両親。
景母(信じられない……信じられないわ……! あのバカ息子、女の子たちに囲まれて鼻の下を伸ばすどころか、全員とデートやハグの約束を交わしてるじゃないの……! 帰ったら正座させて、ビデオの映像を1コマ送りで見せながら一晩中説教してやるんだから……!!)
景太の母親は、怒髪天を突く怒りでプルプルと肩を震わせていた。息子の前代未聞の大モテぶりに頭が追いつかず、母親としての威厳と困惑が爆発寸前である。
景父(いやぁ……すごいなケータは……。俺の小学生時代なんて、女子と喋るだけで緊張していたというのに、全校の美少女たちを独占してスケジュール交渉かい? 男としては羨ましい限りだが……頼むから母さんの怒りの火の粉を俺に飛ばさないでくれよ……)
隣の父親は、息子の破天荒な英雄ぶりに密かに深く感服しつつも、妻の横顔から溢れ出るドス黒い殺気に怯え、生きた心地がしていなかった。
一方、本部テントに集まっていた教師陣も、胃を痛めながら遠い目をしていた。
教頭「た、担任の先生……天野くんのあの状況は、教育指導的にどう捉えればいいのだね……?」
担任「は、はは……正直、私の教員生活の中で『全校女子からご褒美のデートを迫られる児童』の指導要領など見たことがありません……。事故さえ起きなければ、もう彼らの自主性に任せるしか……」
あまりにも規格外すぎる光景に、教師たちは指導を諦め、そっと視線を逸らすことしかできなかった。
そして、木陰で事の成り行きを見守っていたウィスパーとジバニャンはといえば――。
ウィス「うぃ〜……見てくださいジバニャン。ケータくんが全女子のハーレムの頂点に君臨しつつ、必死でデートのシフト表を組もうとしていますよ……。小学生の運動会の放課後に見る光景じゃありませんでうぃす……」
ジバ「ニャはは……ケータの奴、完全に顔が引きつってるニャ。でも、あのフミちゃんの『笑顔の圧力』から逃げ出さないだけ、今日のケータはちょっと見直したニャン。まぁ、帰ったらおばさん(景太の母)の地獄のお説教が待ってるニャが……無事を祈るニャ!」
二体の妖怪は、哀れみと呆れ、そしてほんの少しの尊敬の眼差しを主人に送るのだった。
景太たちの周囲を取り巻く甘く激しい熱気と、遠巻きに見守る人々の様々な感情が交錯する中、天野景太の終わらない放課後と、これから始まる波乱に満ちた「ご褒美デート日程調整」の時間は、まだまだ続いていくのであった。
ーーー
運動会という名の大修羅場から数日後――。
女子たち全員と誠心誠意話し合い、お互いの都合や放課後の習い事のスケジュールを擦り合わせた結果、記念すべき「ご褒美デート」のトップバッターに決まったのは…。
5年1組の大山可南子であった。
ちなみに公平を期すため、最終的な日程の順番決めは女子たちによる熾烈なじゃんけん大会で決定されたため、後回しになった文花やユウカたちから恨まれることもなく、無事にこの日を迎えることができたのだった。
秋風が心地よく吹き抜けるさくらニュータウンの駅前広場。
約束の時間の10分前、指定された待ち合わせ場所でソワソワと待っていた景太は、人ごみの向こうから歩いてくる可南子の姿を見つけると、パッと表情を明るくさせた。
景「あ、可南子ちゃん! 良かった、無事に出会えて!」
駆け寄ってくる景太に対し、可南子はいつものようにマフラーへ顔を半分埋めるようにして、視線を少し泳がせた。
可南「……別に……。遅刻してないし、フツーだし……///」
そっけなく呟く可南子だったが、マフラーの隙間から覗く頬は、ほんのりと可愛らしい桃色に染まっていた。
こうして始まった、二人きりの「なめ吉巡り」デート。
さくらニュータウンのあちこちに潜む、大人気ゆるキャラ「なめ吉」のスポットやコラボショップを巡る道のりは、終始和やかで、そして可南子にとって夢のような時間となった。
普段はクラスでも一番のクール系女子として知られ、何を言われても「別に…」と素っ気ない態度を崩さない可南子。
アゲアゲハや家ーイといったテンションを強制的に引き上げる妖怪の妖術すら一切受け付けないほどの鉄壁のクールさを誇る彼女だったが――。
可南「っ……! あ、あそこに……限定の『なめ吉スタンプラリー』のパネルが……!」
ショップの店頭に飾られた巨大な「なめ吉」のポスターや、ズラリと並ぶ限定グッズを目にした瞬間、彼女の鉄壁の仮面は音を立てて崩れ去った。
可南「かわい……かわいい……っ! なめ吉ぃぃ……♥」
目のハイライトがキラキラと輝き、瞳の中にははっきりとピンク色のハートマークが浮かび上がる!
可南子は恥ずかしさも忘れて語尾にハートを散らし、小さなステップを踏みながらなめ吉のぬいぐるみを愛おしそうにギュッと抱きしめ、メロメロになって踊り出す始末であった。
景(ふふっ、可南子ちゃんって、本当に『なめ吉』が大好きなんだなぁ……)
そんな普段のクールさからは想像もつかないギャップ全開の可南子を景太は隣で心底楽しそうに温かい眼差しで見つめていた。
景太の優しく微笑む視線にふと気づいた可南子は、ハッと我に返って抱きしめていたぬいぐるみを棚に戻すと、顔を真っ赤にして咳払いをした。
可南「あ……ご、ゴメン……っ! アタシとしたことが、みっともないところ見せちゃって……っ///」
慌てていつもの冷静な自分を取り戻そうと、顔をツンとそっぽを向く可南子。
だが、そんな彼女に向けて、景太は全く悪びれもせず、純粋な素直さ100%の言葉を投げかけた。
景「え? どうして謝るの? 俺は……可南子ちゃんのそういう嬉しそうな顔、もっと見てたいけどな」
可南「っっ~~~~~!?!?!///」
不意打ちで炸裂した、殺傷力無限大の天然ド直球発言!
その瞬間、可南子の顔面は熟しきったトマトのように真っ赤に沸騰した。マフラーで必死に顔を隠そうとするものの、溢れ出る照れと動揺を隠しきれず、彼女の心臓は破裂しそうなほど早鐘を打つのだった。
――そして、そんな二人を遠く離れた建物の陰から見守る影があった。
ピク「はぁ……あのガキの天然たらしっぷりも、そろそろ見慣れてきたわね……」
空中に浮かぶピクシーが、呆れ顔でストローからジュースを啜る。
そして、そのピクシーの背後には――なぜか気配を殺し、必死の形相で二人の「警護兼監視」を行っている妖怪たちの姿があった。
ジバニャン、ウィスパー、キュウビ、オロチ……。
彼らがここにいる理由。それは運動会の日、景太に次々とアタックを仕掛けるライバル女子たちに危機感を覚えた木霊文花から受けた、凄まじい「圧(命令)」によるものであった。
なんと妖怪たちは、文花の密かな指示により、今後景太が女子たちと行う全てのご褒美デートにおいて、【景太のSP兼監視役】として密着警護させられる羽目になってしまったのだ。もし邪魔が入ったり、一線を越えそうになったら即座に報告&対処せよ、という恐怖のミッションである。
ピク「アンタ達も、アイツのヒロインの執念に付き合わされて大変ねぇ……」
ピクシーが哀れみの視線を向けると、白い妖怪執事はボロボロと大粒の涙をこぼしながら肩を落とした。
ウィス「ううっ……本当でうぃすよぉ……! かつて『普通で可愛いフミちゃん』だった頃の彼女は、一体どこへ行ってしまったのでうぃすかぁぁぁ……!(泣)」
ジバ「静かにするニャウィスパー! フミちゃんにバレたら今度こそ消されるニャン……!」
景太の無自覚なモテっぷりと、それを影から監視する妖怪たちの涙ぐましい苦労。
甘くキュートな可南子との「なめ吉巡り」は、影の監視員たちのハラハラをよそに、胸キュン全開で続いていくのだった。
ーーー
次なる「ご褒美デート」の相手は、オシャレが大好きな5年2組のギャル系女子「渋谷アンナ」であった。
約束の場所は、さくらニュータウンの繁華街にある若者に人気のカラオケボックス。
前髪を綺麗に分けて横に流し、お気に入りのシュシュで後ろ髪をキュッと結んだアンナは、ハート柄の可愛らしいトレンド服に身を包み、受付の前で少しそわそわしながら景太を待っていた。
景「アンナちゃん! お待たせ、遅くなってごめん!」
走ってきた景太に、アンナは両手を腰に当てて、いつものギャルらしいノリでニシシと笑ってみせた。
アン「ううん、ウチも今来たトコだし! じゃ、さっそく部屋行こーよ、ケータ!」
二人で防音のカラオケルームに入ると、華やかな照明と大型モニターが二人を迎えた。
運動会で「一緒にカラオケ!」のご褒美を約束していたアンナは、デンモク(予約端末)を慣れた手つきで操作しながら、景太の隣にぴったりと腰かける。
――そして、そのカラオケボックスの目と鼻の先にある電柱の陰や天井の隅では。
ピク「ねぇ、素朴な疑問なんだけど……アンタたちのその警護って、今回の一連のご褒美デート日程が終わったら解放されるんじゃないの?」
空中に浮かぶピクシーが、物陰から必死の形相で部屋の様子を覗き込んでいる妖怪たちに向かって尋ねた。
ウィス「い、いいえ……っ! フミちゃんからは……『ケータくんの今後の人生も、私以外の女の子と一線を越えないように……そして、変な妖怪に取り憑かれてケータくんが傷つかないように、死ぬまでバレずに警護(監視)し続けるように』と……涙が出るほど笑顔で厳命されているでうぃす……(泣)」
ピク「こっわ……。それ、警護っていうか終身監視じゃないの……」
ピクシーはあまりの執念深さに思わず引いていたが、監視役のウィスパーやジバニャンたちは「フミちゃんの言いつけを破ったら消される」という恐怖に震えながら、必死に気配を消して部屋を見守るしかなかった。
部屋の中では、アンナの独壇場が始まっていた。
アン「よーし! まずはテンションあげてくよーっ!」
アップテンポな最新の流行曲をノリノリで歌い上げ、マイクを握ってステップを踏むアンナ。
イナホから「みんなの妹」と呼ばれるほど無邪気で愛らしいギャルスタイルの彼女は、普段クラスのギャル友であるマイ(舞)と話している時以上にはじけるような笑顔を見せていた。
景「すごいなアンナちゃん、歌めちゃくちゃ上手いジャン!」
景太が手拍子をしながら素直に称賛すると、アンナは少し照れくさそうに八重歯を覗かせて笑った。
アン「えへへ、ありがと! ウチ、歌うの大好きなんだよね! ……あ、次はケータの番だよ! なんか歌ってよ!」
景「えっ、俺!? うーん、じゃあ……」
デンモクを受け取り、知っているアニソンやJ-POPを選曲して歌う景太。
決してプロのような上手さではないものの、一生懸命に楽しそうに歌う景太の隣で、アンナはタンバリンを叩きながら目を輝かせていた。
何曲か歌い合い、雰囲気が十分に温まった頃、アンナはふと曲の合間の静けさの中で、少し恥ずかしそうにドリンクのストローを弄びながら呟いた。
アン「……ねぇ、ケータ。ウチさ、運動会のとき『カラオケ行こう』って勢いで言っちゃったけど……本当はちょっと不安だったんだよね」
景「え? 何が?」
アン「だってさ、ウチってギャルだし、普段マイと服の話とかばっかりしてるじゃん? ケータからしたら、ウチと二人でカラオケなんて退屈なんじゃないかなーって……」
吊り目を少し下げて、不安そうに景太の顔を覗き込むアンナ。普段は元気いっぱいの「みんなの妹」的な彼女が見せた、等身大の女の子らしい繊細な一面だった。
だが、そんなアンナの不安を吹き飛ばすように、景太は少しも迷わずに首を横に振った。
景「そんなこと絶対にないよ! すごく楽しいもん!」
アン「本当……?」
景「うん! アンナちゃんとおしゃべりするのも楽しいし、歌ってる時のアンナちゃん、すっごくキラキラしてて可愛いしさ」
アン「っ……!? カ、カワイイ……!?」
不意打ちで放たれた、景太の完全無自覚な直球の褒め言葉。
景「それにね、アンナちゃんが俺のために運動会で一生懸命応援してくれたの、すっごく嬉しかったんだ。だから今日、こうして二人で来れて……俺、本当に良かったと思ってるよ」
景太は一点の曇りもない、どこまでも優しく真っ直ぐな笑顔をアンナに向けた。
――ズキュンッ!!
アンナの胸の中で、はっきりと甘い衝撃音が響き渡った。
アン(な……なにそれぇぇぇぇっ!? そんな顔で『可愛い』とか『二人で来れて良かった』とか……反則すぎでしょーがっ!!///)
顔面が一瞬でハート柄の服と同じくらい真っ赤に染まり、心臓がバクバクと壊れたドラムのように鳴り響く。
マイクを握る手がプルプルと震え、アンナは照れ隠しのために慌ててデンモクを引っつかんだ。
アン「も、もうっ! ケータのバカーッ! そんな恥ずかしいことフツーに言わないでよーっ!///」
景「ええっ!? 俺、変なこと言った!?」
アン「言った! 大アリだよっ! ……もー、責任とって次はデュエット曲ね! ウチと一緒に歌うんだからっ!///」
真っ赤な顔でポカポカと景太の肩を叩くアンナだったが、その目は完全にハートマークで、景太へのときめきでノックアウトされていたのだった。
――壁の向こう。
ピク「はい、二人目落ちたわね」
ウィス「ケータくんの天然タラシ菌が……また一人犠牲者を生み出したでうぃす……(遠い目)」
アンナのキュートな恋心が爆発した放課後カラオケデートは、景太の無意識な罪深さを更新しながら、甘い余韻を残して更けていくのだった。
ーーー
次なるご褒美デートの相手は、5年2組のギャル風オシャレ女子「藤本舞」。
明るいライトブラウンの髪をオシャレなサイドポニーテールに結び、前髪を斜めに流した舞。彼女の最大のトレードマークであるヒョウ柄のスタイリッシュなアウターにミニスカート、そして厚底のブーツという、少し背伸びをした大人っぽい着こなしで約束のショッピングモールに現れた。
「コーディネートしてあげる!」という運動会の約束通り、舞は景太の手を引いて大型ファッションモールのレディース&キッズフロアへと一直線に向かった。
――だが、そのフロアの物陰では、凄まじい緊迫感が漂っていた。
ピク「……って、今度は何でアンタまでここにいるのよ」
空中に浮かぶピクシーが、呆れ果てた顔で隣を見つめる。
そこには、物陰からじーっと景太たちの様子を凝視しているジバニャンやウィスパーたち妖怪……そして、なぜか私服姿の木霊文花本人が並んで立っていた。
文「偶然だから、別に気にしないで♪」
「偶然」にしてはあまりにもバッチリと尾行の体制が整っていたが、その瞳の奥に宿る「圧」に、ピクシーもウィスパーもそれ以上ツッコミを入れるのを諦めた。ピクシーに至っては、もう呆れすぎて何も言うのが面倒くさくなっていた。
一方、試着室の前。
舞「はい、次これ! 着替えてきて!」
舞から矢継ぎ早に手渡される服を言われるがまま試着室で着替え、カーテンを開けて出てきた景太だったが、その姿を見た瞬間、舞の目がキラーンと怪しく光った。
景「な……なんで女性の服を着させられてるの、俺ーっ!?」
鏡に映った自分の姿を見て、景太は絶叫した。
フリルのついた可愛らしいブラウスに、ふわっと広がるとびきりキュートなミニスカート。
舞「だって、前にしおりちゃんをイメチェンさせた時も思ったけど、アンタって元が素朴だから、ちょっと手を加えると化けるのよね。……やっぱりアンタ、女装めちゃくちゃ似合うわね……」
顎に手を当て、バッサリとした口調で満足そうに頷く舞。
物陰から覗いていた妖怪たちも、思わず声を漏らす。
ウィス「完全に着せ替え人形にされてますね、ケータきゅん……」
文「……っ! や、やっぱりケータくん……すっごく可愛い……///」パシャ
文花は持参したスマホで、女装した景太の姿を即座に連写で画面に収めていた。
景「舞ちゃん! いくらなんでもこれは恥ずかしすぎるよぉ……っ!」
顔を真っ赤にしてスカートの裾を必死に引っ張る景太に対し、舞はふっと口角を上げて、意地悪そうに小悪魔的な笑みを浮かべた。
舞「なによ、文句あるわけ? 1位になったらあたしにコーディネートしてもらうって約束したじゃない。プロデューサーのあたしに従いなさいよ」
景「うぅ……それはそうだけどさ……」
困り果てた顔で、恥ずかしそうに頬を染めながらも、舞の無茶振りを途中で投げ出さずに付き合おうとする景太。
舞はそんな景太の姿をじっと見つめているうちに、ふと胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
自分のこだわりや趣味に嫌な顔ひとつせず、恥ずかしがりながらも一生懸命に応えようとしてくれる素直さ。バッサリとした性格の自分に対して、いつも真っ直ぐに向き合ってくれる景太の優しさ。
舞(……なによそれ。普通、男子なら怒って逃げ出すでしょ……なんでそんな素直に付き合ってくれてるわけ……?)
不意に湧き上がった甘いときめきに、舞の胸が高鳴った。普段はサバサバとしてクールに気取っている自分が、目の前の素朴な少年に調子を狂わされていることに気づき、舞の頬がほんのりと赤く染まっていく。
舞「……もうっ、冗談よ! 本当に女装で街を歩かせるわけないでしょ!」
舞は照れ隠しのために少し声を荒げると、レディースの服をサッと回収し、あらかじめ見繕っておいた「メンズの服」の一式を景太に押し付けた。
舞「はい! これが本命! チャチャッと着替えてきなさいよね!」
景「え? あ、うん!」
数分後、試着室のカーテンが滑らかに開いた。
そこに立っていたのは――。
黒のシックなライトアウターに、洗練されたデザインのインナー、そしてシルエットの綺麗なパンツを完璧に着こなした景太の姿だった。
舞の抜群のファッションセンスによって、いつもの「普通の小学生」感が綺麗に消え去り、驚くほどスタイリッシュで、どこか大人びた雰囲気を纏った爽やかな少年へと劇的な変身を遂げていたのだ。
舞「……っ!?」
それを見た舞は、思わず息を呑んで固まった。
自分が選んだコーディネートとはいえ、あまりにも格好よく化けた景太の姿に、胸がズキュンと強く打ち抜かれる。
舞(なっ……なにこれ……! ギャップ凄すぎでしょ……っ! 普通にかっこいいじゃない……///)
あまりのときめきに、舞が言葉を失って真っ赤な顔で固まっていると、景太は鏡に映る自分の姿を何度も確認し、感心したように目を輝かせた。
そして、くるりと舞の方に向き直ると――一点の曇りもない、心からの笑顔を向けた。
景「やっぱり、舞ちゃんは凄いね!」
舞「っ……!!?///」
景「俺、服のことなんて全然分からないけど……こんなに格好よくしてくれるなんて、舞ちゃんって本当にオシャレの天才なんだね! すごく嬉しいよ、ありがとう!」
一切の計算もあからさまな下心もない、自然な流れの中で放たれた純粋100%の称賛と感謝の言葉。
ドキンッ!!
舞の心臓が跳ね上がった。
バッサリした性格で、普段は男子に対してもサバサバと接してきた舞のツンとしたプライドが、景太の真っ直ぐで温かい笑顔によって一瞬で溶かされていく。
舞「あ……あたらし……あたしにかかれば、これくらい当然じゃない……っ!///」
舞は慌ててそっぽを向き、ポニーテールを揺らしながら必死に照れを隠そうとしたが、耳の先まで真っ赤になった肌と、真っ赤な顔を隠すように両手で頬を押さえる姿は、完全に景太にノックアウトされた女の子そのものだった。
舞(もう……なんなのよアイツ……っ! 無自覚にそんな顔で褒めるとか、反則にもほどがあるでしょ……!///)
――物陰。
ピク「はい、三人目も無事に(?)陥落ね」
文「……」
文花は静かにスマホで景太の格好いい写真を連写しまくっている…。
ウィス「フミちゃん、目が本気でうぃす……!」
舞の乙女心を甘く揺さぶった「着せ替えデート」は、景太の天然たらしと舞のときめきをいっぱいに詰め込んで、最高の形で締めくくられたのだった。
ーーー
舞とのファッションショーのような放課後から数日――。
次なるご褒美デートの相手は、ボーイッシュで活発なクラスメイト、山口美佳であった。
秋の爽やかな風が吹き抜けるさくらニュータウンの裏山。紅葉し始めた木々が鮮やかに色づき、落ち葉を踏みしめるカサカサという心地よい音が響く。
キャップの隙間から覗く元気なショートヘアを揺らし、運動会での「一緒に生き物探し!」の約束通り、美佳は虫取り網と小さな虫かごを手に、楽しそうに景太の前を歩いていた。
美「ほら、ケータ! 足元気をつけてよ! この時期は落ち葉の下に面白い昆虫がたくさん隠れてるんだから!」
景「あはは、ミカちゃんは本当に生き物が好きだよね。待ってよー!」
景太は微笑みながら、元気いっぱいに落ち葉をかき分ける美佳の後を追っていた。
――だが、そんな二人の甘酸っぱい放課後デート(生き物探し)を、遠くの樹木の陰から見つめる複数の影があった。
ピク「……で? 今回もまた『偶然』なわけ?」
樹上の枝に腰かけたピクシーが、半目で隣を見下ろす。そこには例によって気配を殺したジバニャンやウィスパーたち妖怪……そして、またしても私服姿の木霊文花が潜んでいた。
文「ううん。今回は尾行」
ピク「堂々と言い切ったわねこの子……」
隠す気すらなくなった文花のストーカー級の執念に、ピクシーは呆れて深く溜息を吐く。
だが、違ったのは妖怪勢だけではなかった。
さらに少し離れた草むらの陰には、息を殺して双眼鏡を覗き込む二人の男子生徒、拓海と健二の姿があった。
同じ「いきもの係」として普段から美佳と仲が良く、実は密かに美佳に想いを寄せている二人である。
タク「くそっ……ケータの奴、ミカと二人きりで裏山デートなんて羨ましすぎるだろ……!」
ケンジ「ミカ、あんなに楽しそうにしちゃってさ……俺たちと虫捕り行く時より顔が柔らかい気がするよ……」
ギリギリと爪を立てて悔しがる二人の姿を、樹上から見下ろしていたピクシーは察したように呟く。
ピク(あーあ。あれは完全に美佳に気があるわね……男子たちの嫉妬の炎も大変だわ)
そんな外野の視線や嫉妬など露知らず、景太と美佳は奥へと進んでいく。
美「あっ! ケータ、見て見て! この根っこのトコ!」
美佳が声を弾ませて指さした先には、美しい深緑色の綺麗な甲虫が落ち葉の上をちょこちょこと歩いていた。
美「珍しいアオオサムシだよ! まだこんな時期に元気に動いてるなんて、すごくラッキー!」
美佳はキャップの位置をくいっと直すと、膝を地面について夢中で昆虫を観察し始めた。
その瞳はキラキラと無邪気な少年のように輝いており、見つけた喜びで思わず「やったぁ!」と小さな八重歯を覗かせて満面の笑みを咲かせる。
普段は男勝りで活発、男子とも対等にドッジボールやスポーツを楽しむボーイッシュな美佳。
だが、大好きな生き物を前にして、一切の飾りのない無邪気な笑顔を弾けさせるその瞬間、そこには、ハッとするほど素朴で可憐な「等身大の女の子」の素顔が覗いていた。
落ち葉に差し込む秋の柔らかい木漏れ日が、美佳の楽しそうな横顔と輝く瞳を優しく照らし出す。
景太はその光景に思わず目を奪われ、胸の奥がキュッと温かくなるのを感じていた。
景「……」
木漏れ日の中で夢中に虫を追いかけ、無邪気に笑う美佳の横顔。
そのあまりに純粋で可憐な姿に、景太の口から無意識の言葉が零れ落ちた。
景「可愛い……///」
ふと、景太が小さくポソリと呟いた。
それは誰かに聞かせるためでもない、景色を称えるような、胸の底から自然と溢れ出た本音の呟きだった。
美「……えっ!?」
だが、秋の静かな裏山。
その小さな呟きは、目と鼻の先にいた美佳の耳へ、信じられないほど鮮明に届いていた。
ピタッと美佳の動きが止まる。
手に持っていた小さな虫かごが、ハラリと落ち葉の上に滑り落ちた。
美「え……あ……今、なんて……?」
美佳はゆっくりと首をかしげ、信じられないものを見るような目で景太を振り返った。
その顔は、ほんの数秒前の元気な表情から一変し、耳の先、首筋に至るまで熟しきったトマトのように真っ赤に沸騰していた。
景「え? あ……っ!!?」
自分が口に出してしまった言葉の意味にようやく気づき、景太もまた顔面を爆発させたように真っ赤になった。
景「あ、いや! 今のはその……っ! ミカちゃんがすっごく楽しそうに笑うから、その……すごく素敵だなーって思って……! 変な意味じゃなくてっ……!///」
慌てて手をブンブンと振って弁明しようとする景太。
しかし、その必死な弁明すらも、「心の底から素直に可愛いと思った」という事実を証明する追撃にしかなっていなかった。
美「っっ~~~~~!?!?!///」
ズキュン!!
美佳の胸の中で、これまで経験したことのない巨大なときめきの衝撃波が突き抜けた。
美(な……なに言っちゃってんのよ、このバカーーッ!! 男勝りだって言われてきたあたしに向かって……そんな素直な顔で『可愛い』なんて……反則どころじゃないでしょーがっ!!///)
美佳は両手で真っ赤になった顔を覆い隠し、ガタガタと震えながらその場にしゃがみ込んでしまった。
キャップを深めにかぶり直し、帽子越しに伝わる自分の心臓の破裂しそうな激しい鼓動に、頭がどうにかなりそうだった。
美「も……もうっ! ケータのバカ! いきなり何言い出すのよ……っ! びっくりして虫逃げちゃったじゃない……っ!///」
景「ご、ごめんミカちゃん! 俺、本当に口が滑ったというか……!」
美「滑ってない! 直球すぎ! ……もう、責任とって……帰り道は、ちゃんと手……繋ぎなさいよね……っ!///」
景「ええっ!? 手ぇ!?」
帽子を深くかぶり、顔を伏せたまま蚊の泣くような声で手を出してくる美佳。
その指先が少し震えているのを見て、景太は照れくさそうに頭を掻きながらも、そっと彼女の手を包み込むように握りしめたのだった。
――草むらの陰。
タク「つ……繋いだ……手、繋ぎやがったぁぁぁっ……!!」
ケンジ「ミカが……ケータの天然たらしに撃沈されたぁぁぁっ……」
ピク「はい、四人目も完全撃破ね」
文「……(静かに手帳に『山口美佳:手繋ぎを要求』と冷酷な筆致でメモしている)」
ウィス「フミちゃんのメモ帳が、もはやデスノートに見えてきたでうぃす……!」
秋の木漏れ日の中、ボーイッシュな少女の甘い乙女心を完璧に射抜いた「生き物探しデート」は、真っ赤な二人の手繋ぎという最高の余韻を残して、静かに暮れていくのだった。
ーーー
次なるご褒美デートの相手は、5年2組のクラスメイトでアイドルを目指すツインテールの少女、佐々木めぐみで。
イチゴのヘアゴムで結んだツインテールを揺らし、ピンクを基調とした可憐な私服に身を包んだめぐみ。彼女が指定した約束の場所は、さくらニュータウンの公園にある野外ステージ前だった。
運動会での約束通り「私とデュエット出来る権利」を実行するため、めぐみはポータブルスピーカーとマイクをセットし、景太の前でアイドルさながらのポーズを決めた。
めぐ「ふふっ♪ ケータくん、今日は私に付き合ってくれてありがとう! ステージで歌って踊る私のパートナーとして、しっかりエスコートしてね♥」
景「う、うん! メグちゃん、アイドル目指してるもんね! 俺にできることなら頑張るよ!」
カメラ映りと魅せ方を意識した、完璧なプロ意識(と、周囲に見せるための「いい子」のスマイル)を崩さないめぐみ。景太はそんな彼女の熱量に圧倒されつつも、素直に応援する姿勢を見せていた。
そして、ステージ前のベンチの陰。
ピク「はいはい、今日も今日とて大集合ね……」
空中に浮かぶピクシーは、もはやツッコミを入れることすら放棄し、完全に達観した眼差しで横を見た。
そこには、もはやお約束と化したジバニャンやウィスパーたち妖怪……そして、当然のように私服で溶け込んでいる木霊文花の姿があった。
ピクシーもウィスパーも、文花がいることに対して一切の疑問も抱かず、「今日も見届け人(監視)がいるな」程度にしか思わなくなっていた。文花も文花で、無言で冷たい麦茶を啜りながら、静かにステージ上の景太たちを凝視している。
めぐ「それじゃあ、ミュージック……スタート♪」
軽快なポップチューンがスピーカーから流れ出し、めぐみは華やかにステップを踏み始め、可憐な歌声を響かせた。
普段から自主練習を重ねているだけあって、彼女のダンスと歌唱力は小学生の域を超えている。
景「おおっ……! すごいよメグちゃん! 本物のアイドルみたいだ!」
景太は手拍子を打ちながら、純粋に目を輝かせてめぐみのパフォーマンスに見入っていた。
だが、曲がサビに入り、めぐみが大きくターンを決めたその瞬間―!
めぐ「キャッ……!?」
ステージ上に散らばっていた秋の枯れ葉に厚底の靴底が滑り、めぐみは派手に体勢を崩してしまった。
めぐ(嘘……っ!? こんなところで転ぶなんて……アイドル失格じゃない……っ!?)
一瞬で血の気が引き、目を瞑るめぐみ。
完璧な自分を演じ続けてきた彼女にとって、人前で惨めに転ぶことは耐えがたい屈辱だった。
――だが、衝撃は訪れなかった。
サッ……!
寸前のところで、滑り込んできた景太の手がめぐみの細い腰をしっかりと支え、もう片方の手で彼女の開いた手首を優しく包み込んだ。
めぐ「え……っ!?」
目を開けためぐみの視界に飛び込んできたのは、至近距離にある景太の真剣な横顔だった。
景太は焦ることなく、流れるような動作でめぐみを抱き起こすと、そのまま音楽の曲調に合わせて、まるであらかじめ仕込まれていた振り付けのように優雅にめぐみをリードし、くるりと一回転させて元のポーズへと戻してみせたのだ。
景「ふぅ……危なかったぁ! ケガはない、メグちゃん?」
ハッとして笑顔を取り戻す景太。
その一連の素早く、かつ完璧なエスコート。
ハプニングを事故に見せず、瞬時に二人組の「息ぴったりなペアダンス」へと昇華させ、なおかつ主役であるめぐみの存在感を最大限に引き立てる立ち回り――。
これこそまさに、アラスターから地獄のスパルタ教育によって叩き込まれた「レディを陰から完璧に引き立たせる紳士のエスコートマナー」の賜物であった。景太自身は無自覚に身体が勝手に動いただけであったが、その完成度はプロのバックダンサー顔負けであった。
めぐみは息を呑み、胸の奥がドクンと激しく打ち鳴らされるのを感じた。
めぐ(なに……今の……っ!? 私のミスを完璧にカバーして……しかも、私を一番綺麗に見せる位置にリードしてくれた……!?)
普段は「いい子」を演じ、周囲の男子たちを「ガキっぽくて頼りない」と見下していためぐみ。
だが、いま目の前で自分を誰よりも引き立て、完璧なエスコートで見つめ返してくる景太の姿は、彼女が思い描いていた「理想のパートナー」そのものだった。
装飾された仮面の下にある、等身大の彼女の心が、激しいときめきで一気に打ち砕かれていく。
景「メグちゃん……? どうしたの、固まっちゃって……」
心配そうに顔を覗き込んでくる景太。
めぐみの顔は、ツインテールが揺れるほど真っ赤に沸騰した。
彼女は自分の両手を胸の前でギュッと握り締め、潤んだ瞳で景太をじっと見つめ返すと――瞳に満天の星空のような輝きを宿らせて、叫ぶように宣言した。
めぐ「ケ、ケータくん……っ! 私と一緒に、芸能界の……てっぺん取りましょーーーっっ!!///」
景「えええっ!? て、てっぺん!? 芸能界!?」
めぐ「決まり! 決まりだからねっ! あなたは今日から私の絶対的パートナー兼、一生の専属エスコート役なんだからねっ!///」
真っ赤な顔で両手で景太の手を握り締め、キラキラとした瞳で迫ってくるめぐみ。
完璧なアイドルの仮面を脱ぎ捨て、心からの熱烈なスカウト(という名の愛の告白)をブチかます彼女に、景太は「えぇぇぇ……!?」と目を丸くして困惑するばかりだった。
ベンチの陰。
ピク「……はい、五人目。今度はアイドル志望を陥落させたわね」
文「……(静かに手帳へ『佐々木めぐみ:将来の芸能界進出を口実にケータくんを囲い込もうとしている』と冷酷に書き留めている)」
ウィス「エスコート技術まで身につけて……ケータくんの無自覚な罪深さが留まるところを知らないでうぃす……!」
秋空の下、夢見る少女の乙女心を劇的なエスコートで撃ち抜いた「放課後ステージデート」は、めぐみの熱烈なアプローチと景太の悲鳴を響かせながら、甘く賑やかに幕を閉じたのだった。
ーーー
めぐみとの波乱に満ちたステージデートから数日――。
次なるご褒美デートの相手は、フミちゃんやサトちゃんの親友であり、茶髪のおかっぱ頭とくりっくりした大きな黒目が印象的な女の子、鈴木チヨであった。
精神的にとても大人びており、普段から読書やアート鑑賞、博物館巡りといった静かで知的な趣味を持つ彼女。運動会での「読書デート」という約束に基づき、二人がやってきたのは、木漏れ日が柔らかく差し込む静かな市立図書館の閲覧コーナーだった。
静寂が包み込む館内。木の温もりが漂う大きなテーブルの向かい側に座り、チヨは持参したお気に入りの児童文学やアートの本をそっと開いていた。
景「チーちゃん、こういう雰囲気、すごく落ち着くね」
景太が声を落とし、ひそひそ声で話しかけると、チヨは本から視線を上げて、ふんわりとした優しい微笑みを浮かべた。
チヨ「ふふ、でしょ? ケータくんが一緒に来てくれて嬉しいな。今日はケータくんの好きそうな図鑑や冒険小説もたくさん選んでおいたから、ゆっくり読もうね」
景「わあ、ありがとう! チーちゃんって本当に親切だなぁ」
――そして、そんな静寂に包まれた図書館の、少し離れた本棚の陰。
文花の持つ怪しげなメモ帳を覗き込みながら、ピクシーが呆れ顔で囁いていた。
ピク「ねぇ……さっきから気になってたんだけど、そのノート、他に誰の名前が書いてあるの?」
文「えっとね……今までケータくんに近づいた女子全員のリストと、それぞれの特徴、注意度、そして今後の対策方針かな♪」
さらりと恐ろしい内容を口にする文花。ページには細かな文字でびっしりと分析が書き込まれていた。
ピク「……もう、何も言えねぇわ……」
あまりの執念深さと徹底ぶりに、ピクシーはそれ以上突っ込む気力すら失い、ただ静かに溜息を吐くのだった。
図書館のテーブルでは、二人の静かで甘い時間がゆったりと流れていた。
最初はそれぞれ自分の本を開いていた二人だったが、チヨが持ってきた美しい世界の美術全集のページをめくっていると、景太が興味深そうに身を乗り出してきた。
景「へぇ……この絵、すごく綺麗だね。夕焼けの海なのかな?」
チヨ「あ、これね、印象派の画家が描いた絵なの。光の表現がすごく繊細で……ほら、ここを見て?」
チヨは声をさらに小さく落としながら、隣の席へそっと椅子を寄せた。
景「うん……あ、本当だ。近くで見ると絵の具の粒みたいだけど、離れると光って見える!」
チヨ「ふふ、気づいた? ケータくんって、意外と観察力があるんだね」
本を二人で覗き込むうちに、二人の距離は自然と近づいていく。
肩と肩が触れ合いそうなほど至近距離になり、チヨの髪からふんわりと甘いシャンプーの香りが漂う。景太は少しドキドキと胸を鳴らしながらも、チヨの穏やかで分かりやすい解説に引き込まれていった。
景「チーちゃんの説明ってすごく分かりやすいよ。なんだか美術館に来てるみたいで楽しいな」
チヨ「本当? 私、自分の好きなことを喋りすぎちゃったかなって心配だったの」
景「全然! チーちゃんが楽しそうに話してる姿見てるの、俺もすごく嬉しいし」
景太が何気なく向けた素直な笑顔と、自然体な言葉。
チヨ「……っ///」
大人びていて、いつも冷静に周りを見守る側のチヨだったが、至近距離でまっすぐに見つめられ、胸の奥がキュンと甘く締め付けられた。
チヨ(ケータくんって……こんなに優しい目で人の話を聞いてくれるんだ……)
チヨは照れくさそうに瞳を揺らしながらも、引くどころか、もっと景太の側にいたいという愛おしさに包まれていった。
チヨ「ねぇ、ケータくん。次はこっちの絵本も一緒に読まない?」
景「うん! 見たい見たい!」
二人は指先を触れ合わせながらページをめくり、一つの本を二人で仲良く覗き込む。チヨがクスッと笑うと、景太も嬉しそうに微笑み返す。あからさまなアピールや派手なリアクションはないものの、二人だけの世界には、誰も割り込めないほど濃厚で甘い「ラブラブ」な雰囲気が自然と漂い始めていた。
本棚の陰。
ピク「あ。そうこうしてるうちに、いつの間にか良い雰囲気でラブラブになってるわね……」
ウィス「あ、あんな静かなアプローチでケータくんの心を掴むとは……!ラブコメ展開って、本当に色んなパターンがあるもんでぃすねぇ……」
文「……(チヨの項目に『静攻めタイプ:要警戒』と静かに赤ペンでチェックを入れている)」
落ち着いた図書室の空間で、大人っぽい少女の密やかな恋心をじわじわと、けれど確実に射抜いた「読書デート」。景太の無自覚な優しさとチヨの柔らかな微笑みは、甘い余韻を残しながら静かに時を刻んでいくのだった。
ーーー
夜の静けさが優しく包み込む、木霊家の二階――文花の自室。
ピンクのリボンでポニーテールをキュッと結び、可憐な私服に身を包んだ木霊文花は、ベッドの端にちょこんと腰掛けながら、胸の内で湧き上がる狂喜と激しい緊張に全身を震わせていた。
文花(と、とうとう来たぁぁぁぁぁっ……!!)
さくら第一小学校の女子たちを巻き込み、街中を大騒動に巻き込んだ「天野景太争奪戦」。
可南子との「なめ吉巡り」、アンナとの「カラオケ」、舞との「ファッションショー」、美佳との「生き物探し」、めぐみとの「ダンス特訓」、そしてチヨとの「博物館デート」――猛者たちが次々と景太との甘い時間を重ねていく中、本命中の本命である文花が待ちに待った決定打、「私のお部屋でお泊りデート」の瞬間が、ついに訪れたのだ!
ふわりと甘いシャンプーの香りが充満する、女の子らしい室内。
勉強机の椅子にちょこんと座り、少し照れくさそうに部屋を見回している景太との距離は、ほんのわずか数メートル。
文花(落ち着いて、私……! 今、この部屋にはケータくんと私しかいないの……! この強心臓で、今夜こそケータくに猛烈アタックして、私の本当の気持ちを100%叩き込む絶好のチャンスなんだから……っ!!)
文花は真っ赤に熟した顔を両手で必死に覆い隠しながら、ドクンドクンと爆音を立てる心臓を押し殺そうとベッドの上で一人悶絶していた。
すると、部屋の雰囲気にどこかそわそわしていた景太が、ふとあごに手を当て、首をかしげながら文花の方を振り返った。
景「そういえばさ、フミちゃん」
文「な、ななな何かな!? ケータくんっ!?///」
裏返った裏声で跳ね上がるように反応する文花。
しかし、景太はどこまでも素朴で、一点の曇りもない「普通」な顔のまま、素直な疑問を口にした。
景「何かね、可南子ちゃんやアンナちゃん、舞ちゃんたち皆と順番に遊んでる中で、前々からなんとなく気づいてたんだけど……今までずっと、妖怪たちが俺たちのこと尾行してない……?」
「!!?!?」
その瞬間、文花の部屋の窓の外――カーテンのわずかな隙間に隠れていたジバニャン、ウィスパー、キュウビ、オロチたち「妖怪SP兼監視部隊」の全身に、雷が直撃したかのような激痛と衝撃が駆け抜けた!
ピシッ……と文花の動きが止まる。
文花はニコッと可憐で、寸分の狂いもない「完璧なアイドルスマイル」を景太に向けたまま、首だけをミリ単位の精密さで窓の外へと滑らせた。
――その瞳には、光が一切宿っていなかった。
ドス黒く禍々しい闇のオーラが文花の背後に巨大な鬼の形相となって立ち昇り、彼女は無言で左手の細い指をスッと「二本」立ててみせた。
文(……あなたたち……「3本目」、立てられたいの……?)
声には出していない。一切の音すら発していない。
だというのに、窓の外に潜む妖怪たちの脳内には、地獄の最底から響く呪いのような文花の「静かな声」が直接クリアに響き渡っていた。
妖怪たち「「「ヒイィィィィィィッ!!!」」」
外の妖怪たちは血の涙を流しながら、必死の形相で手と頭を狂ったように激しく横に振った!
ジバ(言わせてないニャ! 一言も白状してないニャン! オレっちたち、影のように徹して喋ってないニャーーーッ!!)
ウィス(バラしてないでうぃす! 滅相もない! 指一本見せずに監視していただけでうぃすーーーっ!!)
文花の仕掛ける「3本目の指」が意味するこの世の終わりすら凌駕する破壊的制裁。その恐怖に叩き落とされた妖怪たちは、ガクガクと抱き合いながら静寂の中で狂乱していた。
そう、彼らは誓って口を割っていないのだ。
にもかかわらず、景太が「なんとなく」察していたのは、連日連戦のデートの中で鍛え上げられた彼自身の第六感と、周囲の不自然すぎる空気の揺らぎによるもの。妖怪たちが白状したわけではないという事実だけが、奇跡的に彼らの命の脈をつなぎ止めていた。
文花はスーッと深呼吸をし、窓の外へ放っていた絶対的な殺意のオーラを瞬時に消し去ると、くるりと可憐に景太の方へ振り返った。
文「ふふっ♪ 何のことかな〜? ケータくんの気のせいじゃないかな? ほら、最近いろんな女の子とデートしてて、ちょっと疲れちゃってるのかも!」
小首をちょこんと傾げ、世界一可愛いスマイルを浮かべる文花。
景「あ、そうなのかな……? なんかずっと視線を感じる気がしたんだけど、気のせいか!」
景太は「そっかぁ」とあっさりと納得し、頭の後ろで手を組んで爽やかに笑った。
そのあまりの鈍感さと素直さに、窓の外で九死に一生を得た妖怪たちは、安堵のあまり胸を撫で下ろし、ヘナヘナと力なく屋根の上へ崩れ落ちるのだった。
文(ふぅ……危なかった……)
密かに胸を撫で下ろしつつ、文花は再び景太へと視線を向けた。
邪魔者は(恐怖の制裁の示唆によって)完全に排除した。
二人きりの部屋、夜の静けさ、そして目の前には大好きな景太。
文「ねぇ……ケータくん? 喉乾かない? 温かい飲み物でも淹れてあげね♥」
頬を真っ赤に染め直した文花は、今度こそ逃げ場のない「猛烈アタック」を仕掛けるべく、甘く熱い決意を胸に立ち上がるのだった。
ーーー
それからの時間は、文花にとって夢のように甘く、そして恐ろしいほど疾風怒濤のひとときとなった。
リビングで二人並んでジュースを飲みながら談笑し、小学生らしい思い出話に花を咲かせる時間は至福そのもの。しかし、文花の胸の中で燃え上がる「猛烈アタック」の炎は、時間とともに勢いを増すばかりだった。
事態が最大の危機を迎えたのは、景太が文花の家の浴室を借りてお風呂に入っていた時のことである。
温かい湯気に包まれた脱衣所の前で、文花は真っ赤な顔をして着替えのバスタオルを抱きしめ、ドアノブに手をかけていた。
文(今……今よっ! 「背中流してあげる♪」って言って混浴に突撃すれば……ケータくんの意識を完全に私に向けることができるわ……っ!!)
限界突破した恋心と暴走する情熱によって、一線を越えかけた文花がまさにドアを開け放とうとした――その刹那!
妖怪SP兼監視部隊が死に物狂いで飛び出し、文花の全身ににしがみついて阻止に入った!
ウィス「やめるでうぃすフミちゃんーーーっ!! それは絶対に駄目でうぃすぅぅぅっ!!」
ジバ「止めるニャーっ! 混浴はまだ早すぎるニャン! 一線を越えちゃったらオレっちたちの存在意義が吹き飛ぶニャーーっ!!」
影オロ「全員、死力を尽くして全力で止めろぉぉぉぉっ!!! 一線を越えさせるなーーーっ!!」
キュウビの妖術とオロチの龍、そしてロボニャンの全パワーを総動員した決死の制止により、間一髪のところで混浴突撃という特大の惨事は回避されたのだった。
そして、時計の針が夜の深まりを告げ、いよいよ寝る前の時間。
文花の部屋には、ふたつの布団が適度な距離を保って並べられていた。パジャマ姿に着替えた文花は、ベッドの端に腰掛けながら、必死に乱れる息と早鐘を打つ心臓を整えていた。
文(ここからは……ギャンブルよ。あんまりグイグイいき過ぎれば、逆にケータくんに警戒されちゃう。慎重に、けれど確実に攻めないと……! 今夜の最終目標は……「ケータくん」との……添い寝ぇぇぇっ!!!)
布団の中で指をギュッと握り締め、真っ赤な顔で妄想に身を震わせる文花。
そんな彼女の様子を、部屋の天井付近から影に潜んで見守っていた妖怪たちは、引きつった顔で冷や汗を流していた。
ウィス「これまでの経緯と過激なライバルたちのせいで……フミちゃん、ケータくんのことになると完全に加減の利かない暴走機関車と化してるでうぃす……」
ブシ「うむ……恋というものは、時に鬼神をも狂わせる……恐ろしいものでござるな……」
二人がそれぞれの布団に入り、部屋の電気を消して小さな間接照明だけが仄暗く室内を照らす。静寂が広がる中、ふと景太が身体を文花の方へと向けた。
景「フミちゃん……」
文「な、何かな? ケータくん……///」
暗がりの中で胸を躍らせ、添い寝の口実をどう切り出そうかと身構える文花。
だが、景太の口から飛び出したのは、予想だにしない温かく、そして鋭い言葉だった。
景「やっぱり……何か隠してるよね?」
文「!?」
文花の身体が跳ねるように強張った。
景太は布団から少し顔を覗かせ、いつもの素朴で優しい、けれどまっすぐな瞳で文花を見つめていた。
景「あ! 別に言いたくないなら無理して言わなくてもいいんだよ! ただ……最近のフミちゃん、すごく頑張ってて、どこか無理してるみたいに見えたから。心配だったんだ。俺も可能な限り……フミちゃんの力になりたいな、って」
文「…………っ」
その言葉は、一点の曇りもない真摯な思いやりだった。
自分が「ケータくんを独占したい」「他の女子に渡したくない」という独占欲と焦りで暴走していたというのに、景太はどこまでも真っ直ぐに自分を気遣い、心配してくれていたのだ。
自分のずるさ、そして彼に対して嘘をつき続け、妖怪たちを脅して隠し事をしてきた罪悪感が、文花の胸を一気に締め付けた。
文(私……ケータくんの優しさに甘えて、自分勝手なことばかり……)
これ以上、この真っ直ぐな瞳に嘘をつき続けることなんて、できるはずがなかった。
文「ごめんなさい!」
景「え!?」
いきなり頭を深く下げた文花に、景太は驚いて目を丸くした。
文花はギュッと両目を瞑り、震える声を絞り出すようにして言葉を紡いだ。
文「実は……ケータくに隠してた事があるの……」
文花は正直に明かすことを決意し、伏し目がちに言葉を紡ぎ始めた。しかし、その内容には彼女なりの「計算」と「防衛線」が巧妙に含まれていた。
文「実はね……妖怪たちにお願いしてたの。『ケータくんを守るように』って」
その言葉には、紛れもない事実と都合のいい伏せ字が混ざり合っていた。妖怪たちを恐怖と圧迫で服従させていた事実や、他の女子たちとの接触を監視させていたという裏の目的は綺麗に隠されている。
文「ケータくんも知ってる通り、世の中のおかしな事件や行動って、妖怪の仕業なことが多いでしょ? その中には取り憑かれたら友達との関係を台なしにしたり、相手を傷つけちゃったり、自分が恥ずかしい目に遭わされちゃうような妖怪もたくさんいるの」
真剣な表情で景太の目を見つめ返しながら、文花は言葉を重ねる。
文「私は妖怪の存在を知ってるし、対処できるから大丈夫だけど……サトちゃんやキララさんたちはそうじゃないでしょ? せっかく、みんなと『友達』として仲良くなれたのに、妖怪の悪戯でそれが壊れてケータくんが傷つくのを見るのが、私はすごく嫌だったの……」
切々と語られるその言葉は、一見すると景太と周囲を思いやる健気な少女の配慮そのものだった。
しかし、天井付近の影に潜んでいた妖怪たちの反応は冷ややかなものだった。
ウィス「……『友達』という言葉を絶妙なニュアンスで強調しているでうぃす……」
ジバ「ちゃっかり自分以外の女子の位置づけを『友達』に固定しようとしてるニャン……」
脅迫の事実を隠蔽しつつ、自らの行動を「健気な守護」として再定義し、さらに他のライバルたちを「単なる友達」の枠組みに押し込める――文花の高度な立ち回りに、妖怪たちは影の中で冷や汗を流しながら感心するしかなかった。
景「そっか……フミちゃん、そんなことまで考えてくれてたんだ」
景太は文花の言葉を一切疑うことなく受け止め、申し訳なさそうに頭を掻いた。
景「俺、妖怪たちが周りにいる気配に気づいて、勝手に怪しんじゃってごめん。フミちゃんが俺やみんなのことを思ってやってくれてたなんて知らなくて……本当にありがとう」
文「ううん! 気づいてあげられなくてごめんね。でも……私の気持ち、分かってくれた?」
景「うん、すごく伝わったよ」
景太の素直で温かい返答に、文花は胸を撫で下ろすと同時に、頬を朱に染めた。
隠し事の釈明という大きなハードルを越えたことで、部屋の空気はより一層密やかで甘い雰囲気へと変化していく。窓の外の暗闇と静寂が、二人だけの空間を際立たせていた。
ーーー
景太の理解を得た文花は、すぐさま窓をそっと開け、影に隠れていた妖怪たちを室内へと招き入れた。
そして、景太の目の前で「お願い」という体の話し合いを持ちかけた。話し合いの結果、これからの警護体制について『妖怪たちには引き続きケータくん、そして新たにフミちゃんの護衛をしてもらうこと。ただし、過労にならないようしっかりと休憩を与え、妖怪たちの個人的な用事も考慮すること』という、一見すると非常に人道的な条件がまとめられた。
文「そういうわけだから、引き続き護衛をお願いね♪」
景太が優しく微笑む横で、文花は完璧なアイドルスマイルを妖怪たちに向けた。
だが、その瞳の奥には『真実は墓場まで持っていきなさい』という絶対不可避の圧力が渦巻いている。
ジバ「は、はいニャン! 喜んでお供するニャ……!(冷や汗)」
ウィス「も、勿論でうぃす! 休憩まで考慮していただけるなんて感謝感激でうぃす……!(震え)」
命拾いをした妖怪たちは、涙目で必死に頷いた。こうして怪しまれることもなく、文花と景太の間の信頼と絆はより一層深いものへと昇華されたのだった。
やがて夜も更け、いよいよ就寝の時間となった。
文花は自室のベッドで、そして景太は一階のリビングにあるソファで寝る手はずになっていた。景太が「おやすみ、フミちゃん」と声をかけ、階段を降りようと足を踏み出した、まさにその時――。
パタパタと小さな足音が追いかけてきて、景太の服の裾をキュッと引っ張った。
文「ケ……ケータくん。あのね……お願いがあるんだけど……」
振り返ると、そこにはパジャマ姿の文花が立っていた。両手を胸の前で固く握りしめ、顔を耳の先まで真っ赤に染めている。
景「え? どうしたの、フミちゃん? 何か忘れ物?」
景太が不思議そうに首をかしげると、文花は上目遣いで景太の瞳をじっと見つめ、意を決したように震える声で告げた。
文「あのね……アラスターっていう悪魔のことや、これからも起こるかもしれない妖怪の事件について……もっとちゃんと知っておきたいの。だから……その……情報交換も兼ねて……一緒に……『添い寝』……して欲しいんだ……っ!!///」
景「!!?!?!?///」
ボフッ!!! と音が聞こえそうなほどの勢いで、景太の顔面が完熟トマトのように真っ赤に沸騰した!
景「そ、そそそ、添い寝ぇぇぇーーっ!?///」
文「だ、ダメかな……? 一緒の部屋で、すぐ近くで話した方が……安心だし……その……っ///」
恥ずかしさのあまり消え入りそうな声になりながらも、決して手を離そうとしない文花。
悪魔アラスターの存在や魂の契約という重い影が付きまとう中で、文花なりに考えた「景太のそばにいたい」という切実で甘い精一杯のおねだりだった。
あまりの衝撃に頭が真っ白になる景太だったが、真っ赤になりながらも真剣な瞳で自分を見つめてくる文花の覚悟に、逃げ出すことなんてできるはずもなかった。
景「あ……う……っ……! ふ、フミちゃんが……そう言いたいなら……お、俺でよければ……っ///」
文「ほんと……!? ありがと、ケータくん……っ♥」
花がほころぶような、飛び切り甘い笑みを浮かべた文花の手を引き寄せられ、景太は緊張でガチガチに身体を硬直させながら、再び二人きりの甘く危険な夜の部屋へと足を踏み入れた。
ーーー
部屋の明かりが消され、カーテンの隙間から差し込むかすかな月光だけが室内を薄蒼く照らしていた。
同じ布団の中に二人で潜り込むという、あまりにも過激で甘い事態に、景太の心臓は破裂しそうなほど激しく鐘を打ち鳴らしていた。
景(う、うわああぁぁ……っ! 流されるまま受けちゃったけど、これ刺激が強すぎるよ……っ!?///)
景太は、真っ赤に沸騰した自分の顔を文花に見られないよう、とっさに身を翻して文花に背を向けた。布団の中で小さくなり、全身をカチコチに硬直させて息を潜める。
そんな景太の丸まった背中を見つめながら、文花もまた、胸が潰れそうなほどの高鳴りに身を震わせていた。
文(じ、実際に成功しちゃうなんて……! どうしよう、心臓の音がケータくに聞こえちゃいそう……!///)
恥ずかしさと緊張で消えてしまいそうになりながらも、文花は意を決して、そっと景太の背中に自分の体を寄り添わせた。布団越しに伝わってくる景太の背中の温もりと、少年の体温。
文(……でも、すごく温かい……)
一線を越えそうな欲望や焦りではなく、ただ「大好きなケータくんがすぐそばにいる」という温かい安心感が、文花の胸をじんわりと満たしていく。
静寂が部屋を包み込む。
掛け布団の擦れる音と、二人の落ち着かない呼吸音だけが響く中、不意に、景太の背中越しから静かな声が聞こえてきた。
景「……俺はもう寝てるから、これは寝言なんだけど……」
ぽつりと、照れ隠しのような前置きを置く景太。文花は息をのんで、景太の背中に耳を澄ませた。
景「……正直、怖かったんだ」
文「……え?」
景太の声は小さく、どこか震えていた。普段はどんな事件や相手でも「普通の小学生」として前向きに立ち向かっていた景太が、今まで誰にも見せたことのない弱音だった。
景「妖怪に取り憑かれて、自分が恥ずかしい目に遭うのも、酷い目に遭うのも……まあ、嫌だけどさ。それ以上に……そのせいで大好きな友達や誰かを傷つけちゃったり、大事な関係を壊してしまうのが……本当に怖かったんだ」
景「今までも、いろんな妖怪のせいでクラスがめちゃくちゃになったりしたでしょ? その度に俺、内心すごく冷や汗をかいてて……もし取り返しのつかないことになったらどうしようって、ずっと不安だったんだよ」
背中越しに伝わる景太の言葉一つひとつに、文花は胸を強く締め付けられるような衝撃を受けた。
景「だから……アラスターと『魂の契約』を結んだ時、どれだけ恐ろしい相手だって分かってても、どこかで『これで俺が妖怪の力で暴走して誰かを傷つけることはなくなるんだ』って、変に安心しちゃった部分もあったんだよね」
景「それに、今日フミちゃんが教えてくれたこと……妖怪たちが俺たちを守ってくれてたこともそうだし……何より」
景太は少しだけ言葉を区切ると、布団を握りしめながら、か細く、けれど温かい声で続けた。
景「……何より、フミちゃんっていう『理解者』が、俺のすぐ側にいてくれたことが……すごく嬉しかったんだ」
文「ケータくん……」
景「俺の知らないところで、そんなに俺のことやみんなのことを考えてくれてたなんて知らなかったから……。だから……本当におやすみ。そして……本当に、ありがとう、フミちゃん」
静かな呼吸音が規則正しくなり、景太の緊張していた肩の力が抜け、静かな寝息へと変わっていった。
照れ隠しの「寝言」として紡がれた、景太の本当の孤独と、感謝の気持ち。
文花は、景太の背中にそっとおでこを押し当てた。
目元から自然と溢れ出た温かい涙が、景太のパジマの背中にゆっくりと染み込んでいく。
文(……バカだな、ケータくんは。そんな思いまで抱え込んでたなんて……)
自分のエゴや独占欲で動いていたはずなのに、景太は自分を「最高の理解者」として深く信頼し、救われていたのだ。
文(私……絶対にケータくんを一人にしない。どんな恐ろしい妖怪からも……私が絶対に、ケータくんを守ってみせるから……!)
文花は背中越しに景太の腰へそっと腕をまわし、その温もりを確かめるようにギュッと抱きしめた。
静かな月光が照らす二人きりの部屋で、二人の絆はどんな魔術や契約よりも強く、甘く、深やかに結び直されていくのだった。
ーーー
―翌日―
「カフェ・オ・シャレンヌ」。
ガラス張りの明るい店内には、甘いパフェや焼きたてのタルトの香りが漂っていた。その中央にある大きなテーブル席には、運動会での「ご褒美デート」を無事に完遂した女子生徒たちが一堂に会していた。
サト「いいなぁ、フミちゃん……。『お泊りデート』なんて、私たちがどんなにご褒美を頑張っても届かない特等席じゃない……」
サトコがパフェのイチゴを甘やかにつつきながら、頬を桃色に染めて溜息をついた。運動会で景太に抱きしめられ、その場でキャパオーバーを起こして気絶した記憶が蘇り、未だに顔が熱い。
文「フフン♪ まあね! ケータくんたら、私の部屋でとっても素直で、二人きりで色んな大切な話をしちゃったんだから♪」
ポニーテールを揺らし、優越感に満ちた完璧な笑みを浮かべる木霊文花。昨夜、景太から向けられた「最高の理解者」という言葉と、背中越しに交わした密やかな温度が胸を満たしており、その余裕は揺るぎない。
可南「……別に。お泊りもいいけど、ケータくんはアタシの『なめ吉巡り』のとき、一番素の笑顔を見せてくれたし……///」
アン「ちょっとカナっち! それ言うならウチのカラオケデートだって負けてないからね! ウチが不安になってたらさ、ケータったら真面目な顔で『アンナちゃん、すっごくキラキラしてて可愛い』とか言ってきたんだからっ!///」
舞「ふん、アンナも甘いわね。あたしなんて、ケータをあたし好みの服にコーディネートしてあげたんだから。最後には『やっぱり舞ちゃんは凄いね』って、あの格好いい顔で真っ直ぐ褒めてくれたんだからね! プロデュース成功よ!///」
美「ふ、服装なら……あたしと裏山で『生き物探し』したときだってすごかったんだから! 夢中で虫を見てたら……ケータったら急に……『可愛い』なんてボソッと言い出して……っ!///」
めぐ「あら、皆さん随分と情熱的ですこと♪ でもでも、私とケータくんの『ダンスレッスン』はもっと運命的だったよ! ハプニングを二人で息ピッタリに乗り越えて……ケータくん、私をすっごく輝かせてくれたんだもの! 『一緒にてっぺん取ろう』って約束しちゃった♪///」
チヨ「ふふ、みんなとっても素敵な時間を過ごせたみたいね。でも……私とケータくんの『博物館デート』は、静かで、とっても濃厚だったわよ。展示を見ながら自然と肩が触れ合って……最後は二人で、すっかりラブラブな雰囲気になっちゃったんだから……♪///」
昌「それを言うならキララ様はチアガールでの応援と更にはご褒美のキス付きですわ!」
順「キララ様の尽力あってこそ、ケータが一位になれて今回のご褒美があるのですよ!全員、涙を流して感謝すべきよ!」
キラ「順ちゃんまーちゃん…///」
キララは運動会でのチアガールコスとホッペにチューを思い出して顔を真っ赤にさせていた。高らかに言ってる順子と昌子も顔が紅くなっていた。
ユウ「私だって、ケータくん頭をなでなでしたとき、小動物みたいな撫で心地だったのを覚えてるよ!」
葉「ケータくんの側にいると何か落ち着く」
テーブルを挟んで、可憐な少女たちの視線が交錯する。
それぞれが景太と過ごした甘い記憶を反芻し、顔を赤らめ、胸をときめかせながらも、互いに譲れない火花を散らしていた。
女性陣(((((((まあ、私のが一番だけどね!)))))))
言葉には出さずとも、全員の瞳に宿る強烈な自負と熱量。
景太が本気でスケジュールを組み、誠意を尽くして向き合った「ご褒美デート」は、少女たちの恋心に油を注ぎ、より一層激しく燃え上がらせる結果となった。
そして、そのカフェの遠く離れた物陰では――。
ウィス「……恐ろしい……女子たちの『私が一番』という無言の圧力が、カフェの外までビンビンに伝わってくるでうぃす……」
ジバ「ケータの奴……全員を完璧にエスコートして全員落としてるから、誰一人諦める気がないニャン……」
変装して監視を続けていた妖怪SPたちが、ガクガクと震えながら冷や汗を流していた。
「カフェ・オ・シャレンヌ」の凄絶な火花も束の間――。
テーブルを挟んで互いに譲らぬプライドを主張し合っていた女子たちが、ふとガラス越しの通りに目をやったその瞬間、全員の動きがピタリと止まった。
サト「あ……ケータくん……?」
サトコの呟きに反応し彼女達が一斉に視線を向けた。
秋の柔らかな木漏れ日が降り注ぐ街路樹の並木道。そこを穏やかな歩調で歩いてくる二人の影があった。
一人は、さきほどまで彼女たちが熱っぽく語り合っていた渦中の少年、天野景太。
そして、その隣に寄り添うようにして歩いていたのは――。
文「……っ、マーメイドさん……!?」
文花が思わず息を呑んだ。
運動会では車椅子に乗って駆けつけ、命懸けの健気な応援と、トラックでの「お姫様抱っこ」、そして誰もが目を見張る不意打ちの奇襲キスで強烈なインパクトを残したあの美しい人魚の悪魔。
だが、今の彼女は車椅子には乗っていなかった。
足元には少女らしい可憐な靴を履き、まだ少し覚束ない足取りながらも、自分の足でしっかりと地面を踏み締め、一歩一歩確かめるように歩いていたのだ。
景「焦らなくていいからね。……うん、自分の足でちゃんと歩けるようになって、本当によかったね」
景太は、彼女の歩幅に完璧に合わせてゆっくりと歩きながら、壊れ物を扱うかのような優しさでそっと微笑みかけた。
マーメ「うん……っ。ケータさんが応援してくれたから……リハビリ、頑張れたの」
頬を可憐な桜色に染めたマーメイドは、景太を見上げて愛おしそうに目を細めた。
二人の手は、自然な形でしっかりと握り合わされている。景太は彼女が転ばないよう、その繊細な指を温かく、けれど確かな力強さで包み込んでいた。
ただ手をつないで、並木道を静かに歩いているだけ。
大袈裟な言葉も、過激なアピールもそこには存在しない。
けれど――。
可南「……なにあれ……」
アン「うそでしょ……なにあの空気……」
カフェの窓越しに見つめる女子生徒たちの息が詰まる。
二人を包み込んでいたのは、周囲の雑音すら綺麗に消し去ってしまうかのような、美しくも完璧な「二人だけの世界」だった。
運動会でのドラマチックな事件、車椅子を押したあの熱い時間、そしてリハビリを乗り越えて実らせた「二人で歩く」という奇跡。二人の間に積み重ねられてきた時間と絆の重みが、手をつなぐ一瞬の情景の中にすべて凝縮されていたのだ。
自分たちがそれぞれ過ごした、甘く魅力的な「ご褒美デート」の記憶。
だが、いま目の前で繰り広げられている圧倒的なまでの純愛と絆の領域を前にして、彼女たちの胸に衝撃的な事実が突き刺さる。
舞「あたしたち……あんな風に寄り添われたら……」
美「太刀打ちできるワケ……ないじゃん……っ」
めぐ「次元が……次元が違いすぎますわ……っ///」
チヨ「これが……本物の絆、なのね……」
キラ「……」
昌「しっかりキララ様」
順「まだチャンスはありますから!」
ユウ「……」
ユウカの目は死んでいた。
葉「良いなぁ…」
さきほどまで「私が一番」「私が撃ち落とした」と息巻いていた少女たちの自信と自負が、まるで潮が引くようにスーッと消え去っていく。
どんなに甘い言葉をかけられようと、どんなにエスコートされようと、いま景太とマーメイドの間に流れているあの空気感――あれこそが、誰も立ち入ることのできない絶対的な領域。
一瞬の沈黙の後。
カフェの大きなテーブルを囲む女子たちの脳裏に、全く同じ一つの言葉が同時に駆け巡った。
女性陣((((((((勝てる気しねーー……!!))))))))
言葉には出さず、全員が同時にガックリと肩を落とし、心の中で敗北を認めざるを得なかった。
文花でさえも、ポニーテールを揺らして窓ガラスに額を押し当てながら、悔しさと脱力感で「うぅ……っ」と呻き声を漏らすのが精一杯だった。
遠くの物陰で見守っていた妖怪SPたちも、そのあまりにも圧倒的なオーラに思わず遠い目をする。
ウィス「……まさに完敗でぃすね……」
ジバ「あの二人の世界には、さすがのフミちゃんも割って入れないニャン……」
秋の木漏れ日の中、手をつないで静かに歩いていく景太とマーメイド。
数々のライバル女子たちを虜にしてきた「天野景太争奪戦」は、人魚の少女が見せた圧倒的な絆の前に、誰もがひれ伏すという誰も予想しなかった静かな幕引きを迎えるのだった。
きょうの悪魔大辞典。
ピク「ケータ。今日の悪魔は?」
景「ええっと…」
ーーー
ピク「おつかれちゃん」
景「いろいろあったけど楽しかった〜」
ピク「沢山の女の子と遊べるなんて、こんな事は一生ないわよ〜♪この色男〜」
ピクシーはニヤつきながら小突き出す。
景「後から聞いたんだけど、ピクシーも見守ってくれてたんだよね」
ピク「まあね、アンタがあまりにも無防備だから放っておいたらどこでどんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃないでしょ?」
景「ふふ、そうだね……ありがとう。ピクシー」
ピクシーは笑顔でお礼を言った。
ピク「フン…ま、最後まで見捨てないであげるから感謝なさいよ」
景「うん。ありがとう」