雪がしんしんと降り積もる校庭に、異様な静寂が支配していた。
目の前に立つのは、真っ赤なスーツに身を包んだ紳士。しかし、その瞳は機械的な光を放ち、纏う空気は明らかにこの世のものではなかった。
文「ウィスパー! あれ、なんの妖怪!?」
文花は隣に浮遊する執事に助けを求めた。
しかし、ウィスパーは冷や汗をダラダラと流しながら固まっていた。今の彼は絶体絶命のピンチだった。
以前、文花から「いつまでもパッドに頼ってないで、妖怪の情報くらい全部暗記しなさいよ」とキツく言われ、「もちろんでウィス! 執事たるもの、全妖怪のデータは頭に入っております!」と大見得を切って約束してしまったからだ。
その上、仮にコッソリ見ようとしても、極寒の冷気によって妖怪パッドはカチコチに凍結し、起動すらしない状態だった。
ウィス(マ、マズイでうぃす! この寒さで妖怪パッドが凍結して起動しないでうぃす…!)
ウィス「え、えっと……あれはでぃすね……! そ、そうです! 全身赤いですから……『妖怪レッドオタク』! とか、あるいは『いちごトマト』とか! そう言う種類の、ビタミンが豊富そうな妖怪でウィスよ!」
ウィスパーは苦し紛れに適当な名前を叫んだ。そのあまりに苦し紛れな答えに、文花はジト目を向けた。
すると、その茶番を静観していた赤い男が、ノイズ混じりの声で割って入った。
アラ「これは失礼。外野が騒がしいようで、自己紹介がまだでしたね」
デタラメな解説を遮るように、ノイズ混じりの涼やかな声が響いた。
その男は優雅に腰を折り、舞台役者のような洗練された動作で一礼した。
アラ「私の名前は『アラスター』。しがない
文「あく……ま?」
文花はその聞き慣れない単語に戸惑った。「妖怪」ならば日常茶飯事だが、「悪魔」と自称する存在には会ったことがなかったからだ。
しかし、その言葉を聞いたウィスパーはその言葉を聞くと一転して鼻で笑った。
ウィス「プーックスクス! 何を言い出すかと思えば、今どきそんな設定、流行りませんよ?悪魔なんて、そんなの西洋のおとぎ話の中だけの話。信じる方がバカでうぃす! きっとただの洋風かぶれの妖怪に決まってるでうぃす。 信じる方がバカでぃす!」
ウィスパーは余裕の笑みを浮かべ、腕を組んでアラスターを見下した。知識がないゆえの無謀な挑発だった。
しかし、アラスターは怒る素振りも見せず、ただ冷徹にウィスパーを一瞥した。
アラ「信じるも信じないも勝手です。私にはどうでも良いことですからね。貴方のような三流の霊体に理解されようとは思いません」
ウィス「さ、三流!? ムキーッ!! 私は一流の執事妖怪でウィスよーっ!!」
アラスターは喚き散らすウィスパーを完全に無視し、興味の対象を文花一人に絞って真っ直ぐに見据えた。
その視線の圧力に、文花は思わず後退りそうになった。だが、彼女は勇気を振り絞って踏みとどまった。相手が妖怪だろうが悪魔だろうが、この異常気象の中心人物であることには変わりない。
文花は首から下げた、白い懐中時計型の「妖怪ウォッチ」を強く握りしめ、核心を突いた。
文「単刀直入に聞くわ。……この雪、貴方が降らせてるの?」
アラ「だとしたら?」
アラスターは肯定も否定もせず、試すような問いかけで返した。それは、背後に隠れているキングフロストの存在を悟らせないための、彼なりの道化でもあった。
その態度は、文花を苛立たせるに十分だった。
文「やっぱり……! 今直ぐ雪を降らせるのを止めて! みんな寒くて困ってるの!」
しかし、アラスターは肩をすくめ、まるで聞き分けのない子供を諭すかのように語り始めた。
アラ「おやおや。人間の柔軟性の無さには呆れますねぇ。雪が降っていても夏の行事はできますよ。」
アラスターは、先ほどキングフロストが力説していた理屈を、さも自分の持論のように並べ立てた。
アラ「スイカ割りだって、凍ったスイカを砕くハードなスポーツになりますし、水泳だって氷を割って泳げば皮膚が鍛えられる。困る必要はありません」
アラスターは景太にしたのと同じ提案を口にした。
だが、彼は敢えて「森には雪を降らせていないこと」や「景太との約束で手加減していること」は言わなかった。
目の前の少女が、どれほどの気概を持っているのか。それを確かめるための意地悪なテストだった。
文「そんなの屁理屈よ! このままじゃ夏休みが台無しになっちゃう!」
文花の声には怒りが滲んでいた。
アラスターはつまらなそうに肩をすくめ、マイクスタンドを回した。
アラ「止める気はありませんねぇ。人間の暮らしなど、私にはどうでも良いですからね。 私にとって重要なのは、この状況がいかに退屈しのぎになるか、それだけですよ」
その冷酷な言葉が決定的だった。
文花は唇を噛み締め、アラスターを睨みつけた。話し合いで解決する相手ではない。この男は、明確にこちらの日常を脅かす「敵」だ。
文「……わかったわ」
文花は首から下げていた、白い懐中時計型の「妖怪ウォッチ」をしっかりと握りしめた。
妖怪ウォッチのフタをカチリと音を立てて開いた。
彼女の瞳に、強い決意の光が宿った。
文「なら、貴方を倒して雪を止める!」
アラ「ニャハハハ! 素晴らしい! その意気や良し!ほんの少しでも退屈しのぎになることを願いましょう!」
アラスターは嬉しそうに拍手をした。彼の背後から禍々しい赤黒いオーラが噴出し、粉雪を吹き飛ばす。
少女の覚悟を受け、ラジオの悪魔は楽しげに戦闘態勢をとった。
白い息を吐きながら、文花は懐中時計型の「妖怪ウォッチ」を強く握りしめた。フタを開け、一枚の銀色のメダルをセットする。
文「私の友達! 出てきて『ジバニャン』! 妖怪メダル、セットオン!」
ギャギャギャッ!
プリチー召喚!プリチー! オレッチ、トモダチ! ふくはウチー!
軽快な召喚ソングと共に、赤い光の渦が雪景色の中に巻き起こった。
地縛霊の猫妖怪、ジバニャン。文花が最も信頼するパートナーの一体だ。彼ならば、この得体の知れない悪魔とも渡り合えるかもしれない。
光が収束し、そこにお馴染みの赤い猫の姿が現れるー
はずだった。
ジバニ「呼んだニャン? ……って、寒っ!?」
現れたのは、確かにジバニャンの色と顔をしていた。しかし、その形状が決定的に間違っていた。
彼は小さな手足がついただけの完全無欠な「真ん丸な球体」になっていたのだ。比喩でもなんでもない。完璧な球体だ。
アラ「おや、変わった猫ですね。ボールか何かですか?」
アラスターが珍獣を見るような目で見下ろす。
文「どうしたの!? その姿!」
文花も驚いて声を上げた。戦闘態勢どころか、これではただの置物だ。
ジバニャンは、球体のまま器用に顔だけを文花に向け、ガタガタと震えながら答えた。
ジバニ「ニャニを言ってるニャン……猫は寒い日はコタツで丸くなるもんニャン♪ 今日の寒さは異常だから、限界まで丸くなったらこうなったニャン」
それは生物学的な限界を超えた「丸くなり方」だったが、ジバニャンは大真面目だった。
文「成る程!! わかるわかる!! 寒いと縮こまっちゃうもんね!」
文花は適当に答えた。
文「それより大変なの!! あそこにいる赤い悪魔が雪を降らせてて、夏休みがピンチなの! お願い、彼を止めて!」
ジバニ「ニャるほど、彼奴を倒せば良いニャンね!! チョコボー分くらいは働くニャン!」
瞬間、アラスターの笑みが更に釣り上がった。
刹那、ジバニャンの毛が一気に逆だった。
ジバニ(な、何ニャン…?いきなり雰囲気が変わったニャン…!!)
しかし、ジバニャンは相手が誰であろうと、文花の頼みとあらば断らない。彼はキリッとした表情(球体の表面にある顔だけ)を作った。
ジバニャ「早速、この体が役に立つ時ニャン! 見るニャン、新必殺技!!」
ジバニャンは地面に接している部分で、目にも留まらぬ速さでパンチを繰り出した。
ジバニャ「ひゃくれつ肉球・ローリング!!」
バババババババッ!!
地面を叩く反動を利用し、ジバニャンの球体ボディが猛烈な勢いで回転を始めた!
雪を巻き上げ、摩擦熱で周囲の空気が揺らぐほどの超高速スピン。それはまさに、赤い弾丸!
ジバニャ「行くニャーーーン!!」
ギュァァァァァァン!!
ジバニャンは凄まじい速度で雪原を爆走し、アラスターのど真ん中めがけて突進した。
その威力はボウリングのストライクどころではない。直撃すれば戦車すら貫く勢いだ。
ウィス「おおー! あの遠心力と重量が加わった体当たり! まさに肉弾戦車でウィス!」
文「これなら!」
文花とウィスパーは勝利を確信した。
だが、アラスターはその場から一歩も動かなかった。ただ、口元の笑みを深く吊り上げるだけ。
アラスターの足元の影が、ドロリと生き物のように盛り上がった。
影から噴出した一本の巨大な漆黒の触手が、バットのようにしなり、構えられる。
そして、ジバニャンが衝突する寸前ー。
アラ「
バシィィィィィィィン……!!!
ジバニ「ニャベッ!?」
乾いた、しかし重厚な打撃音が校庭に響き渡った。
アラスターの触手によるフルスイングが、突っ込んできたジバニャンのカウンターとして完璧なタイミングで炸裂したのだ。
物理法則を無視した衝撃を受け、ジバニャンはボールのように遥か上空へと打ち上げられた。
回転の勢いも相まって、その飛距離は計測不能。
ジバニ「僕は死にましぇーーーん!!!」
かつてのトレンディドラマの名台詞を絶叫しながら、ジバニャンは雲を突き抜け、成層圏へと消えていく。
キラーン✨️
最後には、冬の空にまたたく一番星のように光って消えた。
ウィス「ホ、ホームランでウィスぅぅぅぅ!!」
文「ジバニャーーーン!!」
文花は空を見上げて絶叫した。頼みの綱がいきなり退場させられたのだ。
アラスターは触手を影に戻し、まるでスポーツの実況席のように手を叩いて笑った。
アラ「ニャハハハ! 場外ホームランですね! いやはや、中々良い手応えでしたよ。ボールにしては少し柔らかすぎましたがねぇ」
アラスターは文花に向き直り、余裕の表情で首を傾げた。
アラ「さて、次打者の準備はいいですか? まだまだイニングは続きますよ?」
文花はジバニャンが星になった空から視線を戻し、すぐさま次の手を打った。相手は規格外の悪魔。単騎特攻が通じないなら、連携で崩すしかない。
文 「こうなったら……一気に攻めるわ! !」
文花は妖怪ウォッチに二枚のメダルを素早く装填した。
文 「私の友達! 出てきて『メラメライオン』! 『さとりちゃん』!」
召喚音と共に、熱血ライオンの妖怪「メラメライオン」と、人の心を読むことができる三つ目の犬の妖怪「さとりちゃん」が現れた。
ウィス 「成る程! さとりちゃんで相手の思考を先読みし、炎属性のメラメライオンで雪を溶かしながら攻撃する連携プレイでぃすね! フミちゃん、冴えてます!」
ウィスパーが文花の作戦を解説し、勝利への方程式を組み上げた。 しかし、召喚された二体の様子が明らかにおかしかった。
文 「お願い! 二人とも、あの赤い悪魔を止めて!」
メラメラ 「メェラ……メラ……!?」
さとり 「まか……ヒェ……!?」
二体の妖怪がアラスターを見た瞬間、その動きが凍りついた。 メラメライオンのタテガミの炎は、風前の灯火のようにシュンと小さくなり、常に冷静なさとりちゃんの顔からは一瞬で血の気が引いた。
特にさとりちゃんの反応は劇的だった。 彼女はアラスターと目が合った瞬間、ガタガタと膝を震わせ、瞳孔を開き、目から涙をボロボロと流し始めたのだ。
さとり 「あ……あ、あ……」
そして次の瞬間。
ドサッ!
さとりちゃんはその場に崩れ落ちるように膝をつき、深々と頭を雪に擦り付けた。
さとり 「参りました……降参です……」
戦う前から、まさかの
文 「ええっ!? どうしたのさとりちゃん!? まだ何もしてないよ!?」
ウィス 「しっかりしてください! 相手の心を読んで隙を突くんじゃなかったんでうぃすか!?」
文花が肩を揺すると、さとりちゃんは虚ろな目で呟いた。
さとり 「……闇よ……」
文 「え?」
さとり 「読もうとしたんじゃないの……流れてきたの……」
さとりちゃんはガタガタと震える指で、自分の頭を押さえた。 彼女の能力は、相手の心を読むこと。しかし、アラスターのような強大すぎる存在の前では、その能力が仇となった。 読もうとする意志に関係なく、アラスターの精神から漏れ出る「ノイズ」が、彼女の脳内に直接流れ込んできたのだ。
『ザザザッ……(断末魔)……ギャアアアッ……(骨の砕ける音)……ハハハハハ!……Stay Tuned……』
さとり 「底しれない闇! 無数の悲鳴が……終わらない拷問と、狂気じみたエンターテイメントへの渇望……地獄そのものが頭の中に流れ込んでくる!!」
さとりちゃんは呼吸困難になりながら、アラスターを見上げた。
さとり 「まさか、あれは……伝説の『ラジオデーモン』……!!」
その言葉に、アラスターは片眼鏡の位置を直しながら、ニヤリと口元を歪めた。
アラ 「おや、どうやら貴女は私の事を知ってるようですね。実に光栄です」
アラスターは一歩前に出る。それだけで、周囲の空間がギシギシと悲鳴を上げるような圧迫感が生まれる。
アラ 「そこの火の玉くんも……随分と顔色が悪いですが?」
視線を向けられたメラメライオンもまた、極限の恐怖に晒されていた。 本能が「逃げろ」と叫んでいる。しかし、彼は熱血漢としてのプライドだけで、なんとかその場に踏みとどまっていた。
メラメラ 「メラ……メラ……!!(怖い……めちゃくちゃ怖い!! でも俺は燃える男! ここで逃げたら……!!)」
メラメライオンは自分を奮い立たせるように咆哮した。
メラメラ 「メラァァァァァァァァーーーッ!!!(男が廃るッ!!)」
メラメライオンは恐怖で震える体を無理やり動かし、決死の覚悟でアラスターに向かって突進した! 全身の炎を最大火力まで高め、雪を蒸発させながらの特攻。
しかし、アラスターはその勇気ある突撃に対し、欠伸が出るほど退屈そうな視線を送った。
アラ 「
アラスターが指をパチンと鳴らすと、彼の影から漆黒の触手が槍のように鋭く伸びた。
ズドンッ!!
触手はメラメライオンの拳が届くより遥かに速く、その鳩尾を正確に打ち抜いた。
メラメラ 「メ、ラ……ッ……」
ヒュン……。
一撃。 たった一撃でメラメライオンの炎は完全に消火され、彼は白目を剥いて雪の上に崩れ落ちた。
文 「メラメライオン!!」
一瞬で主力級が戦闘不能にされた光景を見て、限界を迎えたのはさとりちゃんだった。
さとり 「ヒィッ……! 無理無理無理! あんなの勝てるわけない!」
さとりちゃんは弾かれたように文花に背を向けて走り出した。
さとり 「ラジオデーモンを相手にするなんて、命がいくつあっても足りないわ!! ごめんねフミちゃん、こればっかりは無理ーーっ!!」
さとりちゃんは泣き叫びながら、脱兎のごとく校庭の隅へと逃走し、そのまま姿を消してしまった。
ウィス 「ああっ! さとりちゃんが職場放棄を!!」
場に残されたのは、気絶したライオンと、震える執事、そして呆然とする少女のみ。 アラスターはステッキを弄びながら、楽しそうに笑った。
アラ 「 賢明な判断ですね。
校庭には無慈悲な静寂と深々と降り積もる雪の音だけが響いていた。
主力の妖怪たちを一瞬で無力化され、文花は言葉を失っていた。
アラ「それで、もう終わりですか?」ニタリ
アラスターが底冷えするような笑みを浮かべて問いかける。
文「ッ!」
文花はビクッと体を震わせた。その赤い双眸に見つめられただけで、心臓が凍りつくような錯覚に陥る。
ポケットの中には、まだ数枚の妖怪メダルが残っていた。しかし、文花は悟ってしまっていた。
これ以上呼び出したところで、結果は同じだ。いや、大切な友達が傷つくだけだ。この圧倒的な暴力の化身の前では、並の妖怪など赤子も同然だと理解してしまったのだ。
だからもう、妖怪は呼び出せない。
手が震え、ウォッチにメダルをセットすることすらできない。
文「ウィスパー……とっておきのあの技をやるよ!」
追い詰められた文花が視線を向けたのは、隣でガタガタ震えている白い執事だった。
ウィス「う、うぃすっ!? とっておきの技!? 私、そんなの持ってましたっけ……?」
文「あるでしょ! あなたの体は、このためにあるの!」
文花は半狂乱になりながら、ウィスパーの頭部を鷲掴みにした。
ウィス「ちょ、文花ちゃん!? 握力が凄いでウィス! 頭が割れるでうぃすぅぅぅ!?」
文「いっけーーっ! 『ウィスパー・ウルトラソニック・トルネード』ーーーッ!!」
文花は全身のバネを使い、ウィスパーをソフトボールのように振りかぶるとアラスターの顔面目掛けて思い切りぶん投げた!
ウィス「うぃす〜〜〜〜〜……ッ!!」
白く長い尾を引いて飛んでいくウィスパー。それは文花の火事場の馬鹿力が生んだ、渾身の特攻弾だった。
だが、アラスターは眉一つ動かさなかった。
バシィィィンッ!!
アラスターの足元の影から、ハエ叩きのように平たい触手が瞬時に伸び、空中のウィスパーを無慈悲に叩き潰した。
ウィス「ゲボァッ……!」
雪面に叩きつけられ、ペラペラの紙切れのようになったウィスパーがピクピクと痙攣する。
アラ「思い切った事をしますね……。執事を弾にするとは、中々非道でよろしい」
アラスターはクツクツと笑いながら、ゆっくりと、一歩ずつ文花に近づいてきた。
雪を踏む音がしない。まるで幽霊のように、滑らかに距離を詰めてくる。
アラ「他にもいるんでしょ? 手持ちのメダル……まだ出せる『妖怪』が大体二、三体くらいですかね? 回復役か、あるいは愛玩用か……」
文「ッ!」
図星だった。残っているのは戦闘には不向きな、サポート系の妖怪ばかりだ。
アラ「でも、出さない。いや、出せないといった方がよろしいでしょうか? だって、戦闘には不向きですからね。出すだけ無駄に傷つけることになる。ニャハッ♪」
文花の優しさと絶望を見透かしたように、アラスターは嘲笑った。
その言葉は鋭いナイフのように文花の心を抉った。
もう、打つ手がない。
恐怖で足の力が抜け、文花はその場にへたり込み、尻もちをついた。
アラ「呼び出せる妖怪以外にも、戦えるものを特別に教えておいてあげましょう。……それは貴女です」
アラスターはマイクスタンドの先端を震える文花の鼻先に突きつけた。
アラ「どうしたんです? 私を倒してこの雪を止めるんでしょ? だったら、貴女が立ち上がらないと。その小さな拳で、私を殴ってみなさい」
それは無理難題だ。文花はただの小学生の女の子であり、特別な力など持っていない。
今まで出会ってきた「妖怪」たちは、どこか人間臭く、可愛らしく、ユーモアがあった。どんなに強くても、話せば分かる相手だった。
だが、目の前の存在は違う。
「悪魔」。
その言葉の意味を、文花は魂で理解した。これは、純粋な恐怖と暴力の象徴だ。
文「いや……いや……」
恐怖で涙が溢れ出し、視界が歪む。
文花は首を振り、じりじりと後ずさりする。本能が「逃げろ」と叫んでいるが、腰が抜けて動けない。
アラ「……フン。時間を無駄にしただけでしたか」
文花の戦意喪失を確認すると、アラスターの表情から興味の色が消えた。
まるで壊れた玩具を捨てるような、冷徹な目つき。
ゾワワワワッ……。
アラスターの足元から影が爆発的に広がり、文花を飲み込むように覆い尽くした。
影の中から、無数の黒い触手と、不気味な幾何学模様ーブードゥー教のシンボルのような紋様が、血のように赤く光って浮かび上がり、文花を取り囲む。
アラ「では、この世に最後のキスを……」
その時、文花が見たアラスターの顔は、殺意や悪意といった感情ではなかった。
ただ純粋に、これから起こる惨劇を「ショー」として楽しもうとする、狂気じみた「愉悦」の表情だった。
文花が死を覚悟し、ギュッと目を閉じた、その時だった!
ボウッ……!!
突如として、猛烈な熱波が雪原を切り裂いた。
アラスターの側面から、巨大な「狐火」の火球が飛来したのだ。
アラ「おや?」
アラスターは慌てることなく指を鳴らす。
瞬時に彼の周囲に、赤い幾何学模様の魔術障壁バリアーが展開された。
ドォォォォォォォンッ!!
火球が障壁に衝突し、激しい爆炎と蒸気を巻き上げる。
雪が一瞬で蒸発し、視界が白く染まる。
アラ「……横槍とは随分と不躾ですねぇ」
アラスターは煙を手で払いながら、不快そうに目を細めた。
その視線の先、校舎の屋根の上に、優雅に佇む影があった。
「君こそ、か弱い人間の少女相手に大人げないんじゃないかい?」
黄金色の体毛、九本の太い尻尾。
そして、見る者を魅了するような端正な顔立ちをした、高貴な妖怪。
最強の妖怪として名高い、九尾の狐―「キュウビ」だった。
キュウ「僕の
キュウビは屋根から音もなく飛び降り、文花とアラスターの間に割って入るように着地した。
その背中から立ち昇る強大な妖気オーラはアラスターの禍々しい魔力に対抗するように熱を帯びていた。
文「きゅう……び……?」
文花は薄れゆく意識の中でその名前を呟いた。
彼女はまだキュウビとは友達になっていない。メダルも持っていない。
だが、彼が助けに来てくれたという事実が、極限状態だった文花の緊張の糸をプツリと切った。
文「よかっ……た……」
安堵と恐怖の反動で、文花はそのまま雪の上に倒れ込み、静かに気を失った。
眠る少女を守るように、黄金の狐が赤い悪魔と対峙する。
文花は雪の上で静かな寝息を立てており、キュウビはその小さな体を背中で守るように立ちはだかった。
キュウ「さて、僕の縄張りで暴れる不届き者には、熱~いお仕置きが必要だね」
アラ「 狐狩りとは、これまた古典的で風情がある!」
アラスターの影が奔流となってキュウビに襲いかかった。
対するキュウビは、九本の尾を優雅に揺らめかせた。
キュウ「狐火!」
ボッ!!
キュウビの周囲に無数の鬼火が出現し、影の触手を迎撃する。
炎と影が衝突し、ジュウジュウと音を立てて互いを相殺した。雪景色の中で、赤と黒のコントラストが激しく明滅する。
キュウ「ハッ!」
キュウビは爆風を突き破り、目にも留まらぬ速さでアラスターの懐へと飛び込んだ。
鋭い爪による連撃。しかし、アラスターはマイクスタンドを巧みに操り、すべての攻撃を紙一重で受け流す。
ガギッ! キィン! ギャイン!!
金属音と火花が散る。
アラスターはステップを踏むように攻撃をかわしながら隙を見て黒い魔力を放つ。キュウビはそれを妖術による瞬間移動で回避し、即座に炎の追撃を見舞う。
一進一退。
上級妖怪であるキュウビと、地獄の支配者の一角であるアラスター。
その実力は、現時点では互角に見えた。
キュウ(ふん、やるね。ただの悪魔じゃない)
キュウビはいったん距離を取ると、その端正な顔を引き締めた。
生半可な技では通じない。ならば、最大火力で焼き尽くすのみ。
キュウ「灰におなり。紅蓮地獄!!」
キュウビが両手を掲げると、上空に太陽のごとき巨大な火球が形成された!
それは校庭の雪を一瞬で蒸発させ、周囲を真夏のような熱気で包み込んだ!
ゴォォォォォォォォッ!!!
投下された巨大火球は、渦を巻く炎の竜巻となってアラスターを飲み込んだ。
絶対的な熱量。地面すらも溶かすほどの業火が、赤い悪魔の姿を完全に覆い隠す。
キュウ「ふぅ……。少々手荒だったかな? でも、君が頑丈そうだったからね」
キュウビは前髪を払い、勝利を確信して微笑んだ。
いかに強力な悪魔といえど、この直撃を受けて無事でいられるはずがない。
しかし…。
アラ「……少しは、骨があるようですね」
轟々と燃え盛る炎の渦の中から、ノイズ混じりの涼やかな声が響いてきた。
キュウ「なっ!?」
パァン!!
アラスターが中で手を叩いた瞬間、あれほどの猛火が、まるで手品のように弾け飛び、霧散した。
炎が晴れた中心には、スーツの端一つ焦げていない、無傷のアラスターが立っていた。
それどころか、彼の周囲に残った炎は、まるで彼に従うペットのように、指先で弄ばれ、ゆらゆらと踊っていた。
アラ「驚きましたか? 私も少々、火を操れるんですよ。 本当に少々……ですがね」
アラスターは手のひらの上で小さな火の玉を転がし、握りつぶして消した。
その余裕綽々たる態度に、キュウビの目つきが変わった。
キュウ「……『少々』だって? 冗談は顔だけにして欲しいね」
キュウビはアラスターの底知れぬ魔力量を肌で感じ取っていた。
今の攻撃を防いだのは、炎への耐性ではない。もっと根源的な、圧倒的な力の差によるねじ伏せだ。
キュウ「君……まだ、本気出してないだろ?」
その指摘に、アラスターはニヤリと口角を限界まで吊り上げた。
ラジオのチューニング音が、耳障りな高音で鳴り響く。
アラ「おや、やはりバレましたか」
ブォォォン……!
空気が変わった。
アラスターを中心に、どす黒い赤色のオーラが噴出する。
彼の足元から、先程のブードゥー教のシンボルのような紋様が再度、血のように赤く光って浮かび上がってきた。
空間そのものが歪み、空から降る雪が赤色に染まる錯覚を覚える。
アラスターの背後の影が巨大化し、無数の角と牙を持つ怪物のシルエットを形作る。
アラ「では、第2ラウンドと行きましょうか。どこまで耐えられるか、興味が湧いてきましたよ!」
アラスターの瞳が、完全にラジオのVUメーターとなり、狂ったように針が振れる。
キュウビも冷や汗を流しながら、九本の尾すべてに最大の妖気を込めて身構えた。
まさに、死闘が始まろうとした、その時。
シュルルル……
アラスターの影の中から、一匹の小さな影の悪魔使い魔が這い出してきた。
それはアラスターの肩に乗ると、耳元で何かを囁いた。
アラ「……おや?」
使い魔の報告を聞いたアラスターは、展開していた禍々しいオーラを霧散させた。
浮かび上がっていたブードゥーの紋様も、スッと地面に吸い込まれて消えていく。
キュウ「?」
アラスターは懐中時計を取り出し、時間を確認すると、残念そうに肩をすくめた。
アラ「残念ながら、
アラスターはマイクスタンドを回し、キュウビ、そして倒れている文花に一瞥をくれた。
アラ「名残惜しいですが、野暮用ができてしまいました。この勝負、お預けとしましょう」
キュウ「逃げるつもりかい?」
アラ「まさか。ショーの幕引きはタイミングが命というだけですよ」
アラスターの身体が、古いテレビのノイズのようにザラザラと乱れ始め、影の中に溶け込んでいく。
アラ「本日の放送はここまでです。次をお楽しみに。カカカカカカカカカッ……!!」
不気味な笑い声を残し、ラジオ・デーモンはその場から完全に消失した。
後には、再び静寂と、通常の白い雪が降り積もる校庭だけが残された。
キュウ「……食えない奴だね」
キュウビは大きく息を吐き、緊張を解いた。
もしあのまま戦っていればどうなっていたか。最強の妖怪である彼ですら、背筋が凍る思いだった。
キュウビは倒れている文花のもとへ歩み寄り、優しく抱き起こした。
キュウ「君が無事でよかったよ。……強い子だ」
雪はまだ降り続いているが、その勢いは明らかに弱まっていた。
ーーー
庭での激戦を「時間切れ」として切り上げたアラスターは、影の中を移動し、キングフロストが待機していた校舎の裏手へと姿を現した。
アラ「終わりました」
アラスターは衣服についた煤を払う仕草を見せながら、何食わぬ顔で告げた。
キング「おかえりだホ。……して、向こうで何をしてたホ? 何やらドッカンドッカンと騒々しい音が聞こえたホ……」
キングフロストは巨大な体を揺らし、不思議そうに校庭の方角を指差した。遠くで上がっていた火柱や爆発音は、ここからでも十分に感知できていたようだ。
アラ「秘密です」
アラスターは人差し指を唇に当て、楽しげに目を細めた。
アラ「さて、念のため言っときますが、今回私が頼んだ事は秘密ですよ。ワカッタナ!」
アラスターの声色が変わり、背後から赤黒いノイズ混じりのプレッシャーが放たれた。通常の悪魔や人間なら震え上がるような脅しだ。
しかし、キングフロストは「友達」になった安心感からか、あるいは単に天然なのか、その恐怖を感じ取ることはなかった。
キング「了解ホー! 友達の秘密は守るのが鉄則だホ! オイラの口は氷のように堅いホ!」
キングフロストは無邪気に敬礼し、快く了承した。アラスターは拍子抜けしたように瞬きをし、やれやれと肩をすくめた。
アラス「……フン。扱いやすい王様で助かりますよ」
アラスターとキングフロストは、公園で遊んでいるケータたちのもとへ戻った。
そこには、短時間で作り上げられたとは思えないほど巨大で立派な「かまくら」が鎮座していた。
景「あ、おかえりー! どこに行ってたの? アラスター、キングフロスト」
かまくらの入り口から顔を出したケータが手を振る。
中を覗くと、ピクシーがふかふかの雪で作った即席のソファーに寝そべり、女王様のようにくつろいでいた。
ピク「遅いわよアンタたち。こっちは寒すぎて別荘建てちゃったわよ」
アラ「すみませんね〜。ちょっと、野暮用があったもので」
アラスターは笑顔で誤魔化した。ケータは深く追求することなく、目を輝かせて駆け寄ってきた。
景「ねえアラスター! 一緒に雪合戦しようよ! ジャックフロストたちがチーム分け待ってるんだ!」
アラ「いえ、私は……」
アラスターは手を振って断ろうとした。スーツが濡れるのは趣味ではないし、子供の遊びに混ざるつもりもなかった。
しかし、その言葉が言い終わる前だった。
ボスッ……。
鈍い音が響き、アラスターの整えられた髪と片眼鏡に、白い雪の塊がへばりついた。
「「「ヒーホー! 隙ありだホー!!」」」
物陰から飛び出してきたジャックフロストたちが、キャッキャと腹を抱えて笑っている。どうやら不意打ちの雪玉は見事にクリーンヒットしたらしい。
アラスターはゆっくりと顔についた雪を指で拭い取った。
ラジオのチューニング音が、不穏に高まっていく。
キュイィィィン……ザザッ……。
アラ「ヌフフフ……この私に勝負を挑むとは、言い度胸ですね……!」
その笑顔は以前よりも深く裂け、赤い瞳が爛々と輝きだした。
しかし、そこに殺気はなく、あるのは「受けて立つ」という大人気ない闘争心だけだった。
景「うわっ! アラスターが本気になったぞー! みんな逃げろー!」
ジャアク「受けて立つホ! 今度こそ皆でやっつけるホー!」
はしゃぐケータとジャックフロストたち。
アラスターは指をパチンと鳴らした。
アラ「お相手しましょう!」
アラスターの影から、コミカルな姿をした黒い影の使い魔たちがわらわらと召喚された。
使い魔たちは雪原を這い回り、その触手や手足を使って器用に雪を丸め、大量の雪玉を弾薬のように生産し始めた。
アラ「
ババババ!!
アラスターの背中から伸びた触手が、使い魔が作った雪玉を掴み、マシンガンのような速度で投擲を開始した。
「「「ヒィィィホォォォ!?」」」
逃げ惑うジャックフロストたち。その光景を見て、かまくらの中で退屈していたピクシーが目を輝かせた。
ピク「あら、面白くなってきたじゃない。アラスター一人勝ちなんてシャクだし、私も混ざってあげる!」
ピクシーは羽ばたいて飛び出し、魔法で巨大な雪玉を作り上げた。
キング「オイラもだホ! さっきの戦闘のリベンジを果たすホー!!」
キングフロストもまた、巨大な体でケータたちの盾となり、両手の平で雪をすくい上げた。
景「よーし! ここからは『チーム・ケータ』対『アラスター』だ! 行くぞみんな!」
アラ「ニャハハハ! 束になって掛かってきなさい! Show Timeです!!」
真夏の公園、白銀の世界で、規格外の雪合戦が幕を開けた。
飛び交う雪玉の嵐と、悪魔と妖怪と人間の笑い声が、夏の空にいつまでも響き渡っていた。
ーーー
雪合戦の結末は、あまりにも一方的だった。
無数の触手による高速投擲と、影を介した神出鬼没の移動術。
「チーム・ケータ」は全滅し、公園にはうず高く積まれた雪山と、そこから突き出たケータたちの手足だけが残された。
その頂点に、アラスターは優雅に立っていた。雪一つついていないスーツをパンパンと払い、満足げに笑みを深める。
勝負は、アラスターに軍配が上がった。
ピク「……ラジオデーモンなのに大人気なさすぎよ」
皆が雪に埋もれて呻いている中、持ち前の飛行能力で何とか雪玉を躱しきったピクシーが、空中で腕組みをして呆れ顔で言った。
アラ「だからこそ、本気で相手になったんですよ。手加減などという無粋な真似は、エンターテイナーとして失礼に当たりますからねぇ」
ピク「口が達者ね。相変わらず」
ピクシーはため息をつきつつも、その表情には微かな笑みが浮かんでいた。久々に身体を動かして、彼女も満更ではなかったようだ。
雪山の中から「プハッ!」と顔を出したケータや、目を回しているジャックフロストたちも、寒さを忘れて大笑いした。
ひとしきり雪遊びを楽しんだ後、別れの時間が近づいていた。
景「もう帰っちゃうの?」
キング「そうだホ。これ以上長居すると、この街が完全に氷河期になっちまうホ。名残惜しいが、魔界へ帰る時間だホ」
公園の空間に、赤黒い渦――魔界へのゲートが開く。
ジャックフロストたちが、短い手足を振ってゲートへと列を作る。
景「また来てよ! 夏でも冬でも、いつでも歓迎するから!」
キング「本当に楽しかったホ! 人間との雪合戦、悪くなかったホ!」
ジャアク「今度は負けないホ! 次はオイラの必殺技でカチコチにしてやるから覚悟するホ!」
ジャックフロストたち「「「バイバイホー!」」」
キングフロストたちは、景太との再会を約束し、黒い渦の中へと消えていった。
最後のジャックフロストが姿を消すと同時に、空を覆っていた厚い雲が嘘のように晴れ渡った。
太陽の日差しが差し込み、積もっていた雪がキラキラと輝きながら急速に溶け出していく。
セミの鳴き声が戻り、いつもの「日本の夏」が帰ってきた。
景「楽しかったね〜!」
ケータは濡れた服を絞りながら、満面の笑みを向けた。
アラ「ええ。夏休みの日記もはかどるというものです」
アラスターは溶けゆく雪を見つめながら、心中で先ほどの「もう一つの会話」を反芻していた。
キングフロストに「文花との一件の口止め」をお願いした際、実はもう一つ、重要な質問を投げかけていたのだ。
ー回想ー
それは、文花たちが校庭に現れる少し前、公園の裏手でのこと。
キング『……して、どうやって来れたかホ?』
アラ『はい。この町は妖力が多い。妖怪たちが日常に溶け込んでいる特異点。ですが、それだけでは納得していないんですよ』
アラスターは赤い瞳を細め、キングフロストを見据えた。
アラ『妖怪ならそれで良いのですが、本来、我々のような「悪魔」は現世には長くいる事は出来ない。こちらの世界の物質を維持するためには、「マグネタイト」と呼ばれる生体エネルギーが不可欠なはず』
そう、通常であれば、異界の悪魔が人間界に実体化し続けるには、膨大なコストがかかる。召喚主の精神力か、あるいはマグネタイトの供給がなければ、すぐに魔界へ送還されてしまうのが理ことわりだ。
アラ『だと言うのに今、貴方はこの場にいる。マグネタイトの供給も無しに、その巨体を維持し、天候を変えるほどの魔力を行使している。
……少しでも良いんです。気になった事、感じた事はありますか?』
キングフロストは「うーん」と唸り、短い腕を組んで考える素振りをした。
キング『確かに……言われてみれば、身体が軽かったホ。魔力の消費も気にならなかったホ……。
でも、あまり気にしてなかったホ! 涼しくて快適だったからヨシだホ!』
キングフロストは能天気に笑い、そう答えただけだった。
――回想終わり――
アラ(……結局、情報は掴めずじまいでしたが、良いでしょう。あの王の反応を見るに、少なくとも「悪魔側が意図して仕組んだ現象」ではない。この土地そのものに、異界の存在を繋ぎ止める「何か」がある。……知るチャンスはまだありますからね)
アラスターは思考を切り替え、隣を飛ぶピクシーに視線を向けた。
彼女には気づかれないよう、こっそりと、しかし鋭く。
アラ(そして……バレバレなんですよ。私達に対する視線が)
アラスターの感知能力は、とっくに捉えていた。
空の遥か上方から突き刺さる、粘着質で、独善的な視線を。
あえてピクシーやケータには伝えず、アラスターは口元だけで笑った。獲物が増えるのは歓迎だと言わんばかりに。
ーーー
景太達が楽しく今日の出来事を話しながら、夕暮れの道を帰っている時。
その頭上遥か高く。
上空に白い衣装を纏った人影があった。
逆光で表情は見えないが、背中には光の翼のようなシルエットが揺らめき、手には十字を模した槍が握られている。
「……『ラジオデーモン』……。地獄の有力者が、まさかこの極東の人間界に現れるとは」
その人物は、眼下を歩くアラスターと、彼と親しげに話す「悪魔使い」の少年を冷徹に見下ろしていた。
「そして、悪魔を従えし者……いや、あの少年はもっと異質なナニカだ。放置しておけば、世界の均衡バランスを崩しかねない」
風が吹き、ローブがはためく。
その隙間から覗く瞳は、慈悲など微塵もない、冷酷な正義の光を放っていた。
「一刻も早く葬らなければ。全ては、この世の秩序と天国の為に」
謎の人物は槍を構え、音もなく空へと溶け込んだ。
平和な日常に戻ったはずのさくらニュータウンに、新たな、そしてより深刻な脅威が忍び寄ろうとしていた。
きょうの悪魔大辞典
アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」
景「えっと……」
アラ「そう言えばケータくんには好きな人とかいるんですか?」
景「え!?いきなり何!?///」
アラ「ちょっとしたコニュニケーションですよ。どうなんです?」
景「名前は言えないけど…クラスのマドンナで、頭も良くて、顔は可愛くて、笑顔はもっと可愛くて、仕草も可愛くて、天然なところも可愛くて、もう全部が可愛くて…!」クネクネ…。
ピク「キモ」
アラ「……」
アラスターもちょっと引いてた…。