悪魔ウォッチ   作:龍座

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ー幕間ー妖怪ウォッチ1

意識の底からゆっくりと浮上するように、木霊文花は重たい瞼を開けた。

 

最初に感覚が戻ってきたのは、ふわりとした温かさと、どこか懐かしい匂いだった。

視界に飛び込んできたのは、見慣れた白い天井、勉強道具が並んだ学習机、そしてピンク色を基調としたカーテンの隙間から差し込む、鮮やかな夕陽のオレンジ色だった。

 

文「……ん……。私の……部屋……?」

 

文花はズキズキと痛む頭を振りながら、ベッドの上で上半身を起こした。

記憶が混濁している。まるで悪い夢を見ていたようだ。

 

確か、真夏なのに小学校が大雪に見舞われて……校庭へ行って……そこで、赤いスーツを着た恐ろしい悪魔と対峙して……。

 

そこから先の記憶が、プツリと途切れていた。

 

ウィス「フミちゃん!!」

ジバニ「ニャニャッ! 気がついたニャン!?」

 

文花が身じろぎした瞬間、枕元で心配そうに様子を伺っていた二体の妖怪が、弾かれたように声を上げた。

 

文「ウィス……パー……? それに、ジバニャン……?」

 

文花は目を瞬かせ、視点を合わせた。

そこには、涙目でフヨフヨと漂う執事妖怪ウィスパーと、いつの間にか宇宙の彼方から帰還し、全身のあちこちに絆創膏を貼ったジバニャンの姿があった。

 

ジバニ「良かったニャン……あのまま目が覚めなかったらどうしようかと、オレっち達、本当に心配したニャン! ホームランから戻ってきたらフミちゃんが倒れてるから、心臓が止まるかと思ったニャン!」

ウィス「そうでぃすよぉぉぉ! 貴女にもしものことがあったら、私は……執事としての面目が立ちませんし、何より……私はぁ……ううっ!」

 

ウィスパーは感極まって、文花の布団の端に顔をうずめて号泣し始めた。

いつもの騒がしい彼らの様子を見て、文花はようやく「日常」に戻ってきたのだと実感し、安堵の息を吐いた。

彼らの頭を撫でようと手を伸ばした、その時。

 

文「! ……そうだ! 雪は!?」

 

文花はハッとして、布団を跳ね除けると窓辺に駆け寄った。

 

カーテンを開け放つ。

 

窓の外に広がっていたのは、いつものさくらニュータウンの夕暮れだった。

あの異常な猛吹雪は完全に止み、道路に残った雪もほとんど溶けて、濡れたアスファルトが夕陽を反射して輝いていた。

 

文「よかった……止んでる……」

文花は窓ガラスに手をつき、心底安堵した。あの悪夢のような寒波は去ったのだ。

 

ウィス「あ、そうでうぃす! 彼が! この妖怪が私達を窮地から救ってくれて、しかも、気絶したフミちゃんをここまで運んでくれたんでぃすよ!」

 

ウィスパーが涙を拭いながら、部屋の奥にある椅子の方を示した。

そこには、優雅に脚を組み、窓からの風を受けて髪をなびかせる人影があった。

 

椅子から立ち上がり、黄金の妖気を纏いながら振り返ったのは、整った顔立ちをした美少年の姿――九つの尾を持つ狐の妖怪だった。

 

キュウ「目を覚まして何よりだよ。レディ」

 

キュウビは前髪をサラリとかき上げ、キザな仕草でバチッとウインクを送った。

背景にバラの花が見えるかのような演出だ。

 

文花はまだ寝起きで頭がボンヤリしているのか、彼の顔をじっと見つめ、その名前を記憶の引き出しから探り当てようとした。

 

文「あなたは……えっと……助けてくれたんだよね。ありがとう……」

 

狐の耳、九本の尻尾、そして少し緑色がかった和装……。

 

名前は確か、植物みたいな響きだったような……。

 

文「えっと……確か……キュウリ?」

 

ズコーーーーーッ!!!

 

部屋中に盛大な音が響き渡った。

キュウビはガクッと膝から崩れ落ち、完璧だったポーズが無残にも崩壊した。床に手をつき、プルプルと震えている。

 

キュウ「キュウリじゃない!! 僕はキュ()()()!!」

 

キュウビは顔を真っ赤にしてガバッと立ち上がり、猛烈に抗議した。

 

キュウ「野菜と一緒にしないでくれたまえ! 僕は妖怪の中でも最上位に位置する、気高き九尾の狐だよ!? キュウリだなんて、カッパじゃあるまいし!」

文「あ、ごめんなさい! 寝ぼけてて……。キュウビくん、だよね。ごめんね」

 

文花は慌てて手を合わせて謝罪した。

キュウビは「コホン」とわざとらしく咳払いをし、乱れた着物と前髪を入念に整え直して気を取り直した。

 

キュウ「……まぁいい。僕の知名度がまだ足りないということか……精進せねば。

とにかく、怪我もないみたいで良かったよ。あのまま冷たい雪の中で寝ていたら、君まで氷像になって永遠の眠りにつくところだった」

 

キュウビは真剣な表情になり、文花の近くへと歩み寄った。

 

キュウ「さて、君も目覚めたことだし、今回の説明を始めるよ。君が遭遇した『異常事態』についてね」

 

キュウビの纏う空気が変わり、部屋の空気がピンと張り詰める。

ジバニャンも食べていたチョコボーを置くと、神妙な顔つきでベッドの端に座り直した。

 

キュウビ「さっきも戦いの場で聞いたと思うが、改めて説明させてもらう。……君達が出会ったのは『悪魔』だ」

 

その単語を聞いた瞬間、文花の背筋に冷たいものが走った。

 

文「本当なんだ……。あのアラスターって人、自分でそう言ってたけど……」

 

文花はチラリと、横に浮いているウィスパーの方を見た。

 

文「ウィスパーは『おとぎ話だ』とか、『そんな設定は流行らない』とか言って鼻で笑ってたけど……」

ウィス「ッ!?」

 

ビクッ! とウィスパーの白い体が大きく跳ね上がった。

文花とジバニャン、そしてキュウビからの冷ややかな視線ーいわゆるジト目が、一斉にウィスパーに突き刺さる。

 

ジバニ「ウィスパー……相変わらず知ったかぶりニャンね……。フミちゃんが危ない目にあったのは、お前の適当な解説のせいもあるニャンよ」

キュウビ「やれやれ。執事を名乗るなら、もう少し勉強した方がいいんじゃないかい? 知らないことを知っているふりをするのは、三流のすることだよ」

ウィス「ヒュ〜♪ ヒュ〜♪ ヒョロロ〜〜♪」

 

ウィスパーは滝のような冷や汗をダラダラと流しながら、明後日の方向を向いて下手くそな口笛を吹き始めた。

完全に現実逃避モードだ。

文花たちは「こいつは後でたっぷりお仕置きだ」と目で合図し合い、今は無視して話を進めることにした。

 

文花「それで、キュウビくん。『悪魔』って何? 妖怪の仲間なの?」

 

文花の素朴な疑問だった。

妖怪も不思議な妖術を使う存在だ。アラスターも同じように不思議な力を使っていた。呼び方が違うだけで、実は遠い親戚のようなものなのではないか?

しかし、キュウビはゆっくりと、だが断固として首を横に振った。

 

キュウ「いいや。悪魔と妖怪は、似て非なる全くの別種族だよ」

 

キュウビは人差し指を一本立て、教師のように分かりやすく解説を始めた。

 

キュウ「僕たち『妖怪』は、この土地や人々の感情、古い道具なんかに宿る、いわば『現世の隣人』だ。時には悪さもするけれど、基本的にはこの世界の一部として共存している存在と言ってもいい」

 

キュウ「対して『悪魔』は、『魔界』や『地獄』と呼ばれる、僕たちとは違う次元の世界からやってくる完全な『侵略者』であり『異邦人』だ」

 

キュウビの表情が厳しく、険しいものになる。

 

キュウ「彼らは基本的に、契約や代償、そして純粋な力の階級によって動く。僕たち妖怪のような『なんとなくそこにいる』という曖昧さがない。

……より強大で、より破壊的で、そして邪悪なルールに縛られている存在さ。彼らにとって人間は、友ではなく『資源』か『玩具』でしかない」

 

文「邪悪な……ルール……」

 

文花はアラスターの姿を脳裏に蘇らせた。

赤いスーツに身を包んだ紳士的な振る舞い。しかし、その笑顔の奥に隠しきれない底知れぬ狂気と、あの禍々しい赤黒いオーラ。

そして、文花に向けられた「楽しみ」という名の殺意。

 

あれは確かに、今まで友達になった妖怪たちとは、決定的に何かが違っていた。

 

キュウ「僕も長く生きているけれど、まさかあの『ラジオデーモン』と出会うとは思わなかったよ……。

奴は別格だった。僕の最大火力の『紅蓮地獄』を受けても、涼しい顔をして手品のように消して見せた……。

悔しいけれど、本来なら人間界に顕現できるレベルの存在じゃない。僕一人では、君を守り切れたかどうか怪しいところさ」

 

最強の妖怪と自負するキュウビが、ここまで弱音を、いや、相手の実力を認める発言をするのは初めてだった。

それほどまでに、相手は異常だったのだ。

 

文「その……『ラジオデーモン』って……?」

ウィス「そう言えば、あの時逃げ出したさとりちゃんも、そんな事を言ってましたね……。心が読めないほどの闇だとか何とか……」

 

キュウビは腕を組み、窓の外の夕闇を見つめながら、重々しく口を開いた。

 

キュウビ「「ラジオデーモン」……。地獄最強クラス(・・・・・・・)と謳われる悪魔だ」

 

夕陽が沈みかけ、部屋の中が橙色から薄暗い紫色へと変わりつつあった。その薄闇が、キュウビの語る物語の不気味さを一層際立たせていた。

 

キュウビは窓の外、遠くに見える空の彼方を睨みつけながら、重々しく口を開いた。

 

キュウ「奴は……ある日突然、地獄に現れたと思ったら、一躍、注目の的になったんだ」

 

文「突然……?」

 

キュウ「ああ。通常、悪魔というのは何百年、何千年という時をかけて力を蓄え、勢力を広げていくものだ。だが奴は違った。現れたその瞬間から、災厄そのものだったのさ」

 

キュウビは一度言葉を切り、部屋の空気が重くなるのを待ってから続けた。

 

キュウ「ある日、地獄を支配していた『上級悪魔』達が、次々と消えていった。それも、何世紀にもわたって絶対的な権力を振るっていた、トップに立つ様な、かなりの大物ばかりだ」

 

キュウビの手が、空中に何かを掴むような仕草をする。

 

キュウ「彼らはただ殺されたんじゃない。狩られたんだ。 まるで、退屈しのぎのウサギ狩りのようにね。

何が起きているのか、地獄の住人たちが理解できたのは……あの『奇妙なラジオ放送』が流れ始めてからの事だった」

 

ザザッ……ザザザッ……

 

キュウビの語り口に合わせるように、どこからともなくノイズが聞こえた気がして、文花はビクリと肩を震わせた。

 

キュウ「地獄全土のラジオから、突然放送が始まった。

……聞こえてくるのは、悲鳴ばかり。

それも、ただの悲鳴じゃない。骨が砕け、肉が引き裂かれ、魂そのものがすり潰されるような、おぞましい断末魔だ」

 

文花「ひっ……!」

 

文花は口元を手で押さえた。想像するだけで吐き気がこみ上げてくる。

 

キュウ「上級悪魔が一人消える度に、放送中に新たな悲鳴が響いた。

 

『助けてくれ』『やめてくれ』……かつて暴君として君臨していた者たちが、幼児のように泣き叫び、最後にはグチャグチャという湿った音と共に絶叫が途絶える。

その凄惨な放送は、地獄だけじゃなく、次元の壁を越えて僕たちの住む『妖魔界』全域にまでも届いたのさ」

 

当時、妖魔界でもその正体不明の怪電波は大きな問題となった。エンマ大王ですら眉をひそめたという、忌まわしき事件。

 

キュウ「その時、奴は放送を通じて明かしたのさ……。

ノイズと絶叫のオーケストラをバックに、楽しそうに笑いながら…」

 

キュウビの声が、低く、冷たく響く。

 

キュウ「……『ラジオデーモン』、とね」

 

その名前が告げられた瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚に陥った。

 

ウィス「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」

ジバニ「ニャァァァァァッ!!」

 

ウィスパーとジバニャンは互いに抱きつきながら顔を真っ青にしてガタガタと震えだした。

 

ウィス「き、聞きたくない! 聞きたくないでうぃすぅぅぅ! 想像しただけで中身のソフトクリームが出そうでうぃすぅぅぅ!!」

 

ジバニ「オレっち、そんなヤツに喧嘩売ってホームランされたニャンか……? よく生きてたニャン……!」

 

文花もまた、血の気が引いて顔が蒼白になっていた。瞳孔は見開かれ、呼吸が浅くなっている。

あの紳士的な笑顔の裏に、そんな血塗られた虐殺の歴史があったなんて。あの「遊び」の延長線上に、地獄の支配者たちの死体があったなんて。

 

キュウビは恐怖する彼らを冷徹に見つめ、最後のダメ押しのように言葉を続けた。

 

キュウ「彼に手を出した奴は皆……いや、これだけ言っておくよ」

 

キュウビの目が、鋭い光を放つ。

 

キュウ「奴のラジオでは……新しい悲鳴が途切れることは無かったってね。

今も、彼の放送にはゲスト(・・・)が増え続けているそうだよ。永遠に終わらない苦痛を、電波に乗せて叫び続けるゲスト達がね……」

 

あまりにも生々しく、救いのない話だった。

死んで終わりではない。死んだ後も、その魂は彼のラジオの中で弄ばれ続けるのだ。

 

キュウ「……いいかい、レディ。これからはもっと警戒するんだ」

 

キュウビは文花のベッドの縁に手を置き、真剣な眼差しで彼女を見据えた。

 

キュウ「君のその『妖怪ウォッチ』で呼び出せる友達は、確かに頼もしい。

だが……今のままじゃ通用しない相手が、この街に入り込んでいるかもしれないんだから」

 

数だけで勝てる相手ではない。愛嬌や友情パワーだけでどうにかなる次元ではない。

「純粋な悪意」と「圧倒的な暴力」。それに対抗する術を持たなければ、次は無事では済まない。

 

文「うん……わかった……」

 

文花は震える手でシーツをギュッと握りしめ、深く、深く頷いた。

その目には、恐怖と共に、新たな決意の光が宿っていた。

 

窓の外は、いつの間にか完全に夜の帳が下りていた。

夏の雪は止んだ。

しかし、文花の夏休みは、まだ終わらない。

平和な日常の裏側で、地獄の扉は静かに、しかし確実に開かれてしまったのだ。

 

未知なる脅威との遭遇。

それは、これから始まる長く過酷な戦いの、ほんのプロローグに過ぎなかった。

 

 

重苦しい空気が漂う部屋の中で、キュウビはふと何かを思い出したように懐を探った。

彼が取り出したのは、夕陽を浴びてキラキラと輝く一枚のメダルだった。

 

キュウ「……これを渡しておくよ、レディ」

 

キュウビは長い指でそのメダルを摘まみ、文花に差し出した。

それは、彼自身を呼び出すための契約の証ー「キュウビの妖怪メダル」だった。

 

文「えっ……? これ、キュウビくんのメダル……?」

 

文花は驚いて目を丸くした。

妖怪にとってメダルを渡すことは、友としての証であり、魂の繋がりを意味する。ましてや、彼はプライドの高い上級妖怪だ。そう簡単に渡すものではないはずだ。

 

文花「良いの? まだ友達になったばかりなのに……」

キュウ「構わないさ。相手が『ラジオデーモン』ともなれば、僕一人の力では足りないかもしれない。君の戦力は少しでも多い方が良いだろうからね」

 

キュウビはフッと笑みを浮かべ、文花の手のひらにメダルを乗せた。

 

キュウ「それに……君は僕の『キュン』を狙うターゲット候補だからね。簡単に壊れてもらっては困るのさ」

それは彼なりの照れ隠しであり、遠回しな優しさだった。

文花は大切な御守りのように、その温かいメダルを両手で包み込んだ。

 

キュウ「それじゃ、僕はこれで。あまり長居すると、僕のファンクラブ(?)が騒ぎ出すからね」

 

キュウビは裾を翻し、窓枠に足をかけた。

颯爽と去っていく、クールな後ろ姿。

その時、文花はベッドから身を乗り出して声をかけた。

 

文「キュウビくん!」

キュウ「ん?」

 

キュウビが足を止め、不思議そうに振り返る。

夕陽が逆光となり、彼の黄金の毛並みを美しく照らし出していた。

 

文花は、メダルを胸に抱きしめ、心からの感謝を込めて微笑んだ。

 

文「ありがとう! 来てくれて、本当に嬉しかった!」

 

その瞬間、文花の背景にパァァァッと花が咲き乱れるような幻覚が見えた。

恐怖を乗り越え、安堵と希望に満ちたその笑顔は、窓から差し込む夕陽よりも眩しく、宝石よりも純粋に輝いていた。

あどけなさの中に、芯の強さを秘めた美少女の「本気の笑顔」。

 

ズキュゥゥゥゥゥゥン!!!

 

キュウ「!!? ///」

 

キュウビの心臓を、目に見えない矢が貫いた。

彼は目を見開き、一瞬で顔が茹でダコのように真っ赤になった。

 

キュウ(な、なんだ今の破壊力は!? 僕が集めている「キュン玉」なんて目じゃない……! 心臓が……爆発しそうだ……!)

 

数多の女性(と妖怪)を虜にしてきた稀代のプレイボーイが、たった一人の少女の無自覚な笑顔に、完全に撃ち抜かれた瞬間だった。

 

キュウ「あ、う……うぐっ……!!」

 

キュウビは動揺を隠そうと口元を手で覆ったが、耳まで赤くなっているのは隠しようがなかった。

 

キュウ「ま、まぁ、よろしい!! 困ったことがあったら何時でも呼んでくれて大丈夫だから! そう、何時でもだ!」

 

早口でまくし立てるキュウビ。彼のクールな仮面はガラガラと崩れ落ちていた。

 

キュウ「なんだったら……その、何の用がなくても……呼び出してくれても構わないし……お茶くらいなら付き合うし……!!」

文「え?」

キュウ「そ、それじゃっ! アデュー!! ///」

 

シュンッ!

 

これ以上ここにいると心臓が持たないと判断したのか、キュウビは逃げるように姿を消した。

窓の外には、黄金の火の粉がキラキラと舞っているだけだった。

ジバニ「……今の、完全にホレたニャンね」

ウィス「ええ、チョロいもんでウィス」

 

嵐のようなキュウビが去った後、部屋には再び静寂が戻った。

文花は手の中にある「キュウビのメダル」をもう一度強く握りしめた。

そして、ゆっくりと深呼吸をする。

 

パンッ、パンッ!

 

文花は両手で自分の頬を力強く叩いた。

乾いた音が部屋に響く。

痛みが、恐怖で強張っていた心を現実へと引き戻し、気合を注入する。

 

文「……良し」

 

顔を上げた文花の表情からは、先ほどまでの怯えは消えていた。

そこにあるのは、真剣そのものの眼差し。

「日常」を守るために、「非日常」の脅威と戦う覚悟を決めた、一人のウォッチ使いの顔だった。

 

文「ウィスパー、ジバニャン。私たちで、この街とみんなの夏休みを守らなきゃ」

 

新たな仲間と、新たな覚悟を胸に。

木霊文花の戦いは、ここから本当の意味で始まるのだった。

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