悪魔ウォッチ   作:龍座

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妖鬼ダイモーン

ー翌日ー

 

窓の外ではセミたちが競うように鳴き声を上げ、夏の太陽が容赦なく照りつける午後。

天野家の二階、景太の部屋には、エアコンの冷気とは別の、熱い達成感の空気が充満していた。

 

コツン…。

 

景太は使い古して短くなった鉛筆を、静かに机の上に置いた。

最後のドリルの、最後の空欄を埋め終えた瞬間だった。

 

一瞬の静寂。そしてー。

 

景「しゅ……しゅ……宿題終わったぁぁぁぁぁーーーっ!!!」

 

景太は椅子から転げ落ちんばかりの勢いで立ち上がり、両手を突き上げて絶叫した。

その声は歓喜と、信じられないという驚愕に満ちていた。

 

景「夢じゃないよね!? 頬っぺたつねっても痛い!

ま、まさか、本当に7月のうちに夏休みの宿題が全部終わるなんて……!!」

 

例年ならば、8月31日の夜に泣きながら机にかじりつき、母親に怒られるのが「天野景太の夏休み」の風物詩だ。

それがどうだ。まだ7月も半ばだというのに、目の前に積み上げられたドリルやプリントの山は、すべて「記入済み」という輝かしいトロフィーに変わっていた。

 

パチパチパチパチ……

 

部屋の隅から、優雅な拍手の音が響いた。

 

アラ「おめでとうございます、ケータくん! ブラボー!

いやはや、見事な集中力でしたよ。人間、追い詰められれば(あるいは適切な『指導』があれば)、これほどの潜在能力を発揮できるとは。素晴らしい!」

 

アラスターはマイクスタンドを片手に、父親のような、あるいは舞台監督のような満足げな表情でケータを称賛した。

 

景「アラスターのお陰だよ! 本当にありがとう!」

 

ケータは目を輝かせて感謝した。

実際、この偉業はアラスターの存在なくしてはあり得なかった。

彼が分からない問題に直面するたび、アラスターは答えを教えるのではなく、ヒントを与え、時には「間違えたら罰ゲームの『魂のラジオ出演』」をちらつかせながら、ケータのやる気を極限まで引き出したのだ。

 

景「よし! これで残りの夏休みは遊び放題だ!

あとは毎日『絵日記』をつけるのを忘れなければ、完璧に大丈夫!」

 

景太がガッツポーズをする。

 

その頭上を、ピクシーが気だるげに飛び回りながら、ニシシと意地悪く笑った。

 

ピク「そういう時に限って忘れるのよね〜。

『今日は遊びすぎたから明日まとめて書こう』って思って、気づいたら三日坊主。最後は天気すら思い出せなくてネットで調べるオチが見えるわよ?」

景「うっ……い、痛いところを……」

 

ピクシーのあまりに的確な指摘に、景太は胸を押さえて怯んだ。

確かに、最大の難関は「継続」だ。

 

アラ「ニャハハハ! まあ、未来の憂いは置いておきましょう。今はこの勝利の美酒(コーラ)に酔うべき時です」

 

アラスターは景太の肩をポンと叩くと、ふと懐から懐中時計を取り出し、時間を確認した。

 

その赤い瞳が一瞬、部屋の外ー窓の向こうの空へと向けられ、鋭く細められた。

 

アラ「さて……当初の予定では、宿題が終わったご褒美に、早速街へ繰り出して『悪魔探し』と行きたい所ですが……」

景「えっ、行くの?」

 

昨日、キングフロストの一件で「他にも悪魔がいるかもしれない」という話になっていた。景太もウォッチ使いとして、街の平和を守るやる気は満々だった。

 

アラ「いえ。誠に残念ながら、先程、少々用事が出来ました」

 

アラスターは申し訳なさそうに、しかし有無を言わせぬ笑顔で首を振った。

 

アラ「大人の事情というやつですよ。私としたことが、ダブルブッキングとは情けない」

 

景「そっか……忙しいんだね、アラスターも」

アラ「ええ。ですが、心配無用。

 

ケータくん、君は宿題という強敵を倒した勇者なのです。

折角の自由なのですから、難しいことは考えず、今日はしっかりと遊んで楽しんできてください」

 

アラスターは景太の背中を優しく押し、部屋の扉へと促した。

 

そこには、景太を「子供」として扱い、危険から遠ざけようとする彼なりの配慮が見え隠れしていた。

 

……あるいは、子供には見せられない「裏の仕事」を片付けるためか。

 

景「うん、わかった! じゃあ、カンチとクマを誘って遊びに行ってくるよ!」

 

景太は部屋から出る直前ー。

 

景「いってらっしゃい、アラスター! 夕飯までには戻るね!」

 

景太が元気よく階段を駆け下りていく足音が聞こえる。

 

部屋に残されたのは、アラスターとピクシーだけになった。

 

アラスターの笑顔から、温度がスッと消える。

 

ピク「……『用事』って、昨日言ってたアレ?」

アラ「ええ。私の背中に張り付いている不愉快な視線……。

害虫駆除の時間ですよ」

 

アラスターの影が大きく広がり、彼自身を飲み込む。

ラジオのノイズと共に、彼はケータとは逆の方向ー「敵」の待つ場所へと姿を消した。

 

ーーー

 

天野景太は真夏の太陽が照りつけるアスファルトの上を、スキップでもしそうなほど軽やかな足取りで歩いていた。

 

心もかつてないほど軽い。

 

景(あれからお母さんにも宿題が終わったことを教えて、実際に見せたら……凄く喜んでたなぁ)

 

つい先ほどの光景が脳裏に蘇る。

山積みだったドリルが全て埋まっているのを見た母の、驚きと感動が入り混じった顔。

 

景母『まあ! 本当に全部終わってる! ケータ、偉いわ! 見直したわよ!』

 

そして、傍らでコーヒーを飲んでいたアラスターを見て、『これも家庭教師のアラスターさんのお陰ね! 本当にありがとうございます!』と深々と頭を下げていた。

 

景「へへっ……やればできるんだ、俺だって!」

 

鼻歌交じりにクマ達と遊びに向かおうとした、その時だった!

 

「見つけたぜ!!」

 

突然、頭上からドスの効いた野太い声が降ってきた。

 

景「え?」

 

見上げる間もなく、空から黒い塊が隕石のように飛来し、景太の目の前のアスファルトに突き刺さった。

 

ドゴォォォォォン!!

 

景「うわぁっ!?」

 

爆風と砂埃に煽られ、景太は尻餅をついた。

砂煙が晴れると、そこには異様な姿をした怪物が立っていた。

 

燃えるような赤く逆立った髪。額から伸びる鋭い二本の角。

闇夜を固めたような漆黒の肌。背中にはコウモリのような巨大な羽が広がり、お尻からは先端が尖った尻尾がムチのように動いている。

 

手には、身の丈ほどもある禍々しい三股の槍。

それは絵本やゲームに出てくる「悪魔」そのものだった。

 

だが、アラスターのような洗練された紳士的な悪魔ではない。もっと粗暴で、野性的な暴力の塊だ。

 

「テメーが天野景太だな! 覚悟しな!」

 

怪物は槍の穂先をビシッと景太に突きつけた。

 

景「い、いきなり何!? 誰!?」

「オレ様は『妖鬼ダイモーン』! いずれ最強の悪魔となり、あのお方の側に立つ男だ!」

 

ダイモーンと名乗った悪魔は、鼻息荒く宣言した。

 

ダイ「此処でお前を倒してやる! 覚悟ぉーーッ!!」

景「ひ、ひええええっ!!」

 

問答無用で振り下ろされた槍の一撃を、景太は転がるようにして紙一重でかわした。

アスファルトが砕ける音が響く。これは遊びじゃない…本気だ!

 

景「ちょっとタンマ! 俺、一体何かした!?」

 

景太は脱兎のごとく走り出しながら叫んだ。

ダイモーンはバサリと翼を広げ、低空飛行で猛追してくる。

 

ダイ「とぼけるな! 貴様、あの『ラジオ・デーモン』アラスター様の腰巾着だろうが!」

景「こ、腰巾着ぅ!?」

 

ダイ「あの高貴にして残酷なアラスター様が、人間ごときと行動を共にしている……。つまり貴様は、アラスター様の便利な下僕!

ならば、その腰巾着のお前を倒して実力を示せば、オレ様こそがふさわしい側近として認められ、『アラスター』様の家来になれるのだ〜っ!」

 

あまりに単純かつ、迷惑極まりない理屈だった。

景太は走りながら、全力でツッコミを入れた。

 

景「『アラスター』の家来ぃ!?

そもそも!! 俺アラスターの家来じゃないし!!

ただの友達……いや、契約者みたいなものだし!

それに、俺を倒したって家来にはなれないよ〜!! アラスターはそんなことで人を認めたりしないって!」

 

必死の叫びが、ダイモーンの耳に届いた。

 

ダイ「え?」

 

ピタッ。

 

景太の頭をカチ割る寸前だった槍が、鼻先数センチでピタリと止まった。

ダイモーンの動きが止まったことで、景太も急ブレーキをかけて立ち止まり、ゼェゼェと息を切らした。

 

景「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」

ダイ「おい……今なんて言った?」

 

ダイモーンはキョトンとした顔で、槍を下ろした。

 

ダイ「家来じゃ……ない? 下僕でも、使い魔でも、非常食でもないのか?」

景「違うよ! 俺はただの小学生!」

 

景太はダイモーンへの恐怖心よりも、「勘違いを正さなきゃ」という思いで一歩近づいた。

 

ダイ「じゃあ、何でアラスター様はお前のようなひ弱な人間のそばにいるんだよ? あの御方は、地獄でも滅多に姿を見せない雲の上の存在だぞ?」

 

ダイモーンの目には、純粋な疑問と、アラスターへの狂信的な憧れが見え隠れしていた。

どうやら彼は、単なる暴れん坊というより、アラスターの熱烈な「ファン」に近いようだ。

 

景「えっと、それは……」

 

景太はアラスターとの出会いを説明した。

森の奥にある古びたガシャを回したこと。

カプセルの中からアラスターが出てきたこと。

そして、成り行きで家に居候していること。

 

ダイ「ガ……ガシャ……?」

 

ダイモーンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

ダイ「あの殺戮と狂気のラジオデーモンが……子供の玩具のカプセルから出てきただと……?

嘘をつくならもっとマシな嘘を……」

景太「嘘じゃないよ! 本当なんだって! 」

 

景太の目は真っ直ぐで、一点の曇りもなかった。

ダイモーンはしばらく景太の目をじっと睨みつけていたが、やがてその迫力に負けたように、ふぅと息を吐いた。

 

ダイ「……マジかよ。信じられねぇが、お前の目を見てりゃ分かる。嘘じゃなさそうだ」

 

ダイモーンは槍を背中に収め、腕組みをして唸った。

攻撃の意思は消えたようだ。

 

景「分かってくれた?」

ダイ「……ああ。すまんかったな、早とちりして。

オレ様はてっきり、お前がアラスター様をたぶらかしてるのかと……」

 

意外と素直な性格らしい。

景太はダイモーンが少しずつ、ただの「話の通じる相手」に見えてきた。

そして何より、彼のアラスターに対する熱量が気になった。

 

景「ねえ、ダイモーン。……もしかして、アラスターのこと、もっと聞きたい?」

 

その言葉に、ダイモーンの耳がピクリと動いた。

 

ダイ「……」

 

コクッ。

 

無言で、しかし高速で頷くダイモーン。

その顔は、憧れのアイドルの裏話を聞けるファンの顔そのものだった。

 

景「ふふっ、いいよ。立ち話もなんだし、あっちに座れる場所があるから」

 

景太が指差すと、ダイモーンは大人しくそれに従った。

こうして、襲撃者と襲撃された側という奇妙な組み合わせの二人は、一先ず落ち着いて話をする為に近くの公園に向かった。

 

ーーー

 

おおもり山の奥深く、どんこ池のさらに先にある、地図にも載っていないような深い森。

そこは、真昼だというのに木々が日光を遮り、不気味な静寂が支配する場所。

湿った土の匂いと、時折鳴き止むセミの不気味な沈黙。その開けた場所に、真紅のスーツに身を包んだ「ラジオ・デーモン」が一人、優雅に佇んでいた。

 

アラスターは手にしたマイクスタンドを軽く回すと、誰もいないはずの空間に向かって、低く、そしてノイズ混じりの艶やかな声で呼びかけた。

 

アラ「さて。そろそろ出てきたらどうですか? 隠れているつもりでしょうが、その……ねっとりと舐め回すような視線、こちらには丸わかりですよ」

 

アラスターの影が、彼の足元で意志を持つようにゆらりと揺れー直後、上空の木々の隙間から、眩いばかりの純白の光が降り注ぎ出した。

 

ーキィィィィィィィィン……

 

高周波の音と共に、ゆっくりと降臨してきたのは、人間離れした神々しさを纏う者。

清潔な白いローブを纏い、頭部には表情を隠す黄金の仮面、そしてその上には黄金の円環が輝いている。手には、邪悪を貫くための鋭い槍が握られていた。

 

それは、天上の秩序を守る尖兵ー。

 

天使エンジ「私は『天使エンジェル』。悪を戒め、人間個人の秩序ある守護を担う者」

 

アラ「おや、天使様ですか。その割には、私の忠告を素直に聞き入れて姿を現してくださいましたねぇ?」

天エン「……地獄の呼び声、ラジオデーモン。そなたに小細工が通用せぬことは、上層部も承知の上だ」

 

アラスターは周囲を警戒する素振りも見せず、口角をさらに吊り上げた。

 

アラ「ニャハハハ! 人気者は辛いですねぇ。まさか、こんな深い森の中にまで、これほど大勢のファン(・・・)が詰めかけてくるとは!」

 

天エン「……そこまで気づいていたとはな」

 

その刹那ー。

 

「「「浄化の光を!!」」」

 

ドォォォォォォォンッ!!

 

空から無数の巨大な光の柱―光魔法「ハマ」が、アラスターを標的に降り注ぎ出した!

大地が削れ、森の緑が白光に焼き尽くされる。

 

しかし、忌まわしきあの悪魔の姿はそこには無かった。

 

彼はラジオのノイズのような残像を残しながら、光の隙間を踊るようにすり抜けていた。

 

アラ「おっと、危ない!」

 

いつの間にか、アラスターは一体の天使エンジェルの背後に立ち…。

アラスターの影から伸びた黒い触手が、天使のローブを貫き、心臓部を正確に捉えー。

 

ザグ…ッ!

 

天エン「ギ、ガッ……!?」

 

黄金の仮面の下から苦悶の声が漏れ、その天使は光の粒子となって霧散した。

 

それと同時に上空、そして木々の影から十数もの天使エンジェルが姿を現した。

 

アラ「一人ずつでは待ちきれないでしょう?」

 

アラスターが指を鳴らした瞬間、彼の背後から禍々しい巨大な影の触手が何本も噴出した。

 

アラスター「まとめて、全員相手にしてあげますよ!」

 

その叫びと同時に、戦いの幕が上がった!

 

ーーー

 

 

一方その頃、さくらニュータウンののどかな公園では、世にも奇妙な光景が繰り広げられていた。

ベンチに並んで座り、アラスターの武勇伝で盛り上がる少年と悪魔。その空気は、つい先ほどまで殺し合いを演じようとしていたとは思えないほど、穏やかで熱いものに変わっていた。

 

ダイ「何!? あのお方はそんな事まで!? あの冷徹無比なアラスター様が、ガシャから出てきてケータの家で大人しく飯を食ってるだなんて……信じられねぇっ!」

 

景「そうそう! それから昨日の雪合戦も圧倒的だったんだよ! 触手をあんなに器用に使いこなしてさ、俺たち全員、雪の中に埋められちゃったんだから」

 

景太は身振り手振りを交えて、楽しそうに昨日の騒動を語った。ダイモーンは目を皿のようにして、一言も聞き漏らすまいとその話に食らいついている。

 

景「そう言えば、ピクシーは最初、アラスターのこと凄く怖がってたけど、ダイモーンたちの仲間はみんなアラスターのファンなの?」

 

景太の素朴な疑問に、ダイモーンは少し寂しげに鼻を鳴らした。

 

ダイ「いや、他の仲間はアラスター様を怖がって近寄ろうともしねーよ。奴の名前を聞いただけで震え上がる奴ばっかりだ。……だが、オレ様は違う! アラスター様の底知れない魔力は勿論、あの圧倒的なカリスマ性、そして、いつ首を撥ねられるか分からないあの恐ろしさに、魂の底から憧れたのさ! そして決めたんだ。いつの日か『アラスター様の最強の下僕になる』ってな!!」

 

三股の槍を握り締め、誇らしげに夢を語るダイモーン。その姿は、どこか部活に打ち込む少年のようでもあった。

 

景「そっか……。だったらさ、そんなに好きなら、今から俺と一緒にアラスターの所に会いに行こうよ! アラスターがいなかったら家で待てばいい話だし!」

ダイ「な、何言い出すんだ? オメー!」

 

景太のあまりに軽々しい提案に、ダイモーンのメッキが剥がれ落ちた。

驚きのあまり、それまで無理に作っていた「悪魔らしい荒っぽい口調」が崩壊し、中身の素朴な性格が漏れ出す。

 

ダイ「お、オラの様な小物なんかがアラスター様に会おうだなんて烏滸がましいべ! 滅相もねぇ、そんなことしたら緊張で角が折れちまうっペ!」

景「それって……」

ダイ「ああ……。ほんに情けねー話だが、これがオラの本当の喋り方だ。少しでも都会の悪魔らしくなろうと頑張って気取ってたんだっペぇ……。お恥ずかしい限りだべ」

 

ダイモーンは顔を真っ赤にして、槍で地面をツンツンと突き始めた。

 

ダイモーン「でも、オメー、こんなオラにまで笑って話しかけてくるなんてほんに良い奴だな…」

 

景(凄まじい訛りだ……。この人、本当は凄くいい悪魔なんじゃ……)

 

景太がそんな場違いな安心感を抱いた、その瞬間だった。

ーパァァァァァァァッ!!

 

突然、公園の中央、滑り台の真上あたりから、太陽をも凌駕するほどの強烈な白光が爆発した。

 

景「うわっ! ま、眩しいっ!」

ダイ「なんだっペ!? 焼き鳥にされるべぇー!」

 

あまりの光量に、二人は腕で目を覆い、その場に屈み込んだ。

やがて光が収まり、網膜に焼き付いた残像が消えていく。景太たちが恐る恐る目を開けると、そこにはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。

 

そこには、先ほどアラスターを襲撃してるものと同じ「天使エンジェル」が一体。

そして、その中央に立つもう一体は、さらに異様な威圧感を放っていた。

 

中世ヨーロッパの重厚な騎士を思わせる、白銀と黄金が混じり合った甲冑。

背中には優雅に揺らめく赤い翼。

そして、腰には装飾の施された長剣を携えた、戦うための天使。

 

「私は『天使アークエンジェル』。現世に蔓延る悪魔の念を排除せし者」

 

その声は、心地よくもありながら、一切の情を排した機械的な響きを持っていた。

 

ダイ「あ……アークエンジェルだっ!! 天使ヒエラルキーにおいて八位の『大天使』に数えられる高位天使だべ!」

 

ダイモーンはガタガタと震えながら、景太の背後に隠れた。

 

景「八位!? ……って、なんだか微妙な数字だけど、それって凄いの?」

ダイ「当たり前だべ!! 奴らは神の意志を人間に伝える役目を担っているだけじゃねー。天界の戦士として、戦いの時には天の軍勢を率いたと言われてるほどの精鋭中の精鋭なんだっペ!」

 

アークエンジェルは、感情の読めない冷徹な眼差しで景太を見下ろした。

 

アクエン「悪魔の力に魅入られし幼き者よ。今直ぐに、我らがそなたをその呪縛から救おう」

 

言うが早いか、アークエンジェルは神速の動きで手を伸ばし、景太の左腕に装着された「悪魔ウォッチ」を強引に奪い取ろうとした。

だが、景太は直感的にそれを察知し、瞬時に腕を引き寄せ、ウォッチを守るように身を翻した。

 

景「いきなり何するんだよ! 救うって、勝手に人の物盗らないでよ!」

 

アークエンジェルは、景太の左腕を指差して冷淡に言い放つ。

アクエン「その力は、人が持ってはならぬ禁忌。悪魔の概念を物理化し、次元の壁を歪める歪な装置だ。故に、私たちが回収し、この世から排除する必要がある」

天エン「そして……そこの忌まわしき悪魔もだ。地獄の残滓め、浄化の炎に焼かれるがいい」

 

天使エンジェルが槍の先をダイモーンに向ける。ダイモーンは「ひいっ」と短い悲鳴を上げ、身震いした。

景太の中で、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。

彼らは自分たちが正しいと信じて疑わず、相手の事情も聞かず、ただ一方的に消し去ろうとしている。

 

景「悪魔だからって、見た目が禍々しいからって、いきなり排除なんておかしいよ! ダイモーンは悪いことなんてしてない。ただ俺とお喋りしてただけなのに!」

アクエン「愚かな。本来、その力は人が持ってはならないもの。この世界の調和を乱す『あってはならない毒』なのだ。我ら天の意志こそが絶対の正義。そなたのためを思って言っている」

景「勝手に決めつけないでよ! アラスターだって、最初は怖かったけど……でも、宿題も手伝ってくれたし、一緒に雪合戦だってしたんだ。正義とか毒とか、そんな言葉で片付けないでよ!」

 

景太は、左腕のウォッチを強く握りしめ、地面を力強く踏みしめた。

その瞳には、アークエンジェルの神聖な光に気圧されない、強い意志の炎が宿っていた。

 

景「……それでもやるんだったら、こっちも相手になってやる!!」

 

ーーー

 

天使エンジェルたちが一斉に槍を突き出し、アラスターを包囲!

しかし、アラスターの動きは彼らの予測を遥かに上回っていた。

放たれた槍の突撃に対し、アラスターは紙一重で身体をひねり、逆に天使の腕を掴んで別の天使へと投げ飛ばした。結果、天使同士が衝突し、自らの槍で仲間を貫くという最悪の同士討ちが次々と発生した。

 

次に放たれたのは「ハマ」の光柱。それに対し、アラスターは影に潜み、次の瞬間には天使の懐へ。アラスターの指先から伸びた漆黒の爪が、神聖な防具であるはずの黄金の仮面を、紙細工のように無惨に切り裂いていった。

 

戦いの中、アラスターの周囲には常に古いラジオ放送のような音楽が流れていた。天使たちの高潔な精神を逆撫でするような、陽気で不気味なジャズ。

 

アラ「ほらほら、腰が引けていますよ? 天使様ともあろうお方が、悪魔とのダンスを楽しめないのですか?」

 

するとー。

 

天エン「「「天におわす神よどうか我らに光を!!」」」

 

数体の天使エンジェルが回復魔法を使い、負傷した天使が完全回復し…。

 

天エン「「ハマ!!」」

 

光柱が再度、アラスターに襲いかかった!

 

パチンッ。

 

アラスターは巨大なバリアを張って光の雨を防ぐと同時にー。

 

何と、バリアから触手が生えたではないか!触手は天使エンジェルを叩き、掴んで地面に叩き付け、更には天使エンジェルの持っていた槍を掴んで奴らを串刺し等にして次々と倒していった。

 

アラスター「どうです?自分の武器に殺られるご感想は?」

 

圧倒的。

 

数分後、そこにはもう立ち上がれる天使は一人も残っていなかった。

森の地面は光の粒子の残滓で白く染まり、静寂が戻っていく。

 

アラ「もう終わりですか? 期待外れも甚だしい。あんなに威勢が良かったのに、呆気ないですねぇ」

 

アラスターはスーツの袖を整え、唯一、息絶え絶えの状態で地面に這いつくばっている一体の天使エンジェルを見下ろす。

その天使は、血の代わりに光を流しながら、執念を込めて口を開いた。

 

天エン「……ク、クク……倒せないことは、重々承知の上だ……我らは、ただの……囮に過ぎない」

 

アラ「ほう?」

天エン「今頃……我らの主、あのお方が……闇に魅入られた哀れなる子羊……「天野景太」の元に向かっている……! 貴様という悪魔から、あの少年を救い出し、浄化している頃だ! 貴様がどんな計画を立てているのか知らぬが……全ては無駄に終わる!!」

 

アラスターは、その必死の宣告を耳にしても、眉一つ動かさなかった。

それどころか、マイクスタンドをトントンと地面に打ち付け、心底愉快そうに笑い始めた。

 

アラ「ベラベラとよく喋りますねぇ。 私が、彼を心配して慌てふためくとでも思いましたか?」

 

予想外の言葉に天使エンジェルは驚いた。

 

天エン「何……!? やはり『ラジオ・デーモン』……契約者すらも捨て駒としか思っていない、冷酷な悪魔め!!」

 

アラ「ニャハハハ! 勘違いしているのは、あなた方の方ですよ。

……忠告しておきましょう。あの子を、ただの無力な人間だと思わないことだ。 痛い目を見るのは、そちらの『主』かもしれませんよ?」

 

アラスターはそう言い残すと、倒れ伏す天使に興味を失ったように背を向けた。

 

アラ「ニャハハハハハ!!」

 

不気味な笑い声が影と共に森の奥へと吸い込まれていった。

 

ーーー

 

景太は迷うことなく左腕を突き出し、ポケットから三枚のメダルを滑らせるように取り出した。

 

景「俺の友達たち! 出てこい!! 悪魔メダル、セットオン!」

 

ジャキィィィィィィィィンッ!!

 

悪魔ウォッチの文字盤が妖しく光り、空中に描かれた魔法陣から三つの影が実体化した。

 

現れたのは、冷気を纏った「夜魔ジャアクフロスト」、小柄ながら獰猛な「幽鬼ガキ」、そして宙を舞う可憐な羽を持つ「妖精ピクシー」だ。

 

景「あれ? キングフロストとジャックフロストは?」

ジャアク「用事で行けないホー! 悪魔の王様も色々忙しいんだホー。その代わり、オイラがガッツリ頑張るホー!」

 

ジャアクフロストが気合十分に腕を振り回す。

一方、喚び出されたばかりのピクシーは、状況を確認するよりも先に、般若のような顔をして景太に詰め寄った。

 

ピク「ちょっとアンタ!! 何ちゅう時に喚び出すのよ!!」

 

景「ほ、ほうしたほ? いっはい……(どうしたの? 一体……)」

 

直後、怒髪天を突くピクシーが景太の両頬をムギュゥゥーッと力任せに引っ張り出した。

 

ピク「アタシはね!! 今まさに、最高の獲物を仕留めようとしていたところなのよ! ケーキ! ケーキを食べようと思ってたのよ!!」

 

景「ご、ゴメン……本当に……って、ケーキ?」

ピク「そうよ! 折角、アンタの母親が戸棚の奥に隠してた、おやつ用の『秘蔵のショートケーキ』を見つけて、全部食ってやろうと思ったのに!! あと一口、あと一センチで手が届くところだったのにぃぃ! アタシのショートケーキ〜……!」

景「盗み食いかよ!!」

 

景太の必死のツッコミも、怒れる妖精の耳には届かない。

 

景「わ、分かったから! しょうがないなぁ。今日、お母さんからお手伝いのお小遣いをたくさんもらったから、コンビニスイーツを買ってあげるから! だから今は、天使達を倒して!」

ピク「ふんっ! なめんじゃないわよ!

 

アタシがそんな、たかが数百円のスイーツ欲しさで動くとでも思ってるの!?」

 

ピクシーはフンと鼻を鳴らしたが、その目は正直だった。

彼女の瞳の中には、いつの間にかキラキラと輝く「ケーキの絵柄」が浮かび上がっている。

 

景(目!! 目がもうケーキになってるよ!!)

ピク「……ふふ、ふふふ。何だかよく解らないけど、底知れぬ力がわいてきたわー!! ウォォォーーッ!!」

景(理由は明白だよ!! 物欲だよ!!)

 

現金な妖精の変貌ぶりに景太が呆れていると、背後で様子を伺っていたジャアクフロストがソワソワし始めた。

 

ジャアク「コンビニスイーツ……だホ? 実はオイラも少し興味があったんだホー。人間界の冷たいお菓子はレベルが高いって、魔界の噂で聞いてたホー」

ガキ「最近のコンビニスイーツって馬鹿にできねーんだぜ。結構クオリティ高くなってんだ。ケータも食ったことあんだろ? あのふわふわのロールケーキとかよぉ」

景「ま、まぁ、確かにあれは美味しかったな……」

ピク「え!? マジで!? そんなに美味しいの!?」

 

いつの間にか、公園の緊迫した空気はどこへやら。

召喚された悪魔たちに加え、先ほどまで景太を狙っていたダイモーンまでもが会話の輪に混ざり、いつの間にかコンビニスイーツ談義で大盛り上がりを始めてしまった。

 

ガキ「ヨッシャ! そうと決まったら早速見に行ってみよぜ! 売り切れる前に突撃だ!」

ピク「賛成! 期間限定品があったらアタシが一番に確保するわよ!」

ジャアク「行くホー! ついでにお土産も買って、魔界で自慢してくるホー!」

ダイ「スイーツ……オラ、生まれて初めての経験だべ……ドキドキするっぺ」

 

槍を杖代わりに、ワイワイと楽しげにコンビニへと向かい始める一行。

その後ろ姿に、完全に置いてけぼりを食らった天使たちが絶叫した。

 

天エン「待てぇーー!!」

 

景太たちが「?」と不思議そうに振り返る。

 

天エン「私達、無視ですか!? 今まさに、聖戦が始まろうとしていたところでしょうが!」

 

ジャアク「どちら様だホー?」

天エン「私達は今、世界の調和を保つ為に動こうとしてるんです! 悪魔を排除しようとしてる時に、そんな呑気なこと言わないで欲しい!!」

ピク「うるさいわねぇ。そんなのコンビニスイーツ食べた後でも出来る事じゃない。アンタたちも、そんなガチガチの鎧着て暑苦しいわよ」

 

景太は一度自分の財布の中身を確認し、中に入っている千円札を数えた。

 

……これなら、人数が増えても何とかなりそうだ。

 

景「一応、まだお小遣いに余裕はありそうだから……二人も来る?」

 

天エン「戯言を! 聖職者たる我らが、悪魔の誘いに乗るわけが……」

ガキ「今の時期は『冷やし生どら焼き』が絶品だぜ〜。あのクリームの滑らかさ、天使の羽よりも柔らかいかもな?」

 

ガキのあざとい誘惑に、天使エンジェルは槍を構えて抵抗しようとする。だが。

 

ピク「どうやら、アンタの上司は違うみたいよ?」

天エン「何を馬鹿な。そんなことが……アークエンジェル様に限って……あッ!?」

 

天使エンジェルが慌てて横のアークエンジェルを見ると、そこには信じがたい光景があった。

 

中世ヨーロッパ風の凛々しい甲冑に身を包み、峻厳な顔つきを崩さなかったはずの大天使の口端から、一筋のよだれが……。

 

アクエン「!」ハッ!

 

視線に気づいたアークエンジェルは、電光石火の速さで籠手で口元を拭った。だが、その瞳は隠しきれない期待に揺れている。

 

景太はニヤリと笑い、揺さぶりをかけた。

 

景「えー? まさか高潔な天使様が、本当は食べたいのに『興味ない』なんて嘘をつく訳がないですよね〜?」

 

アクエン「……っ!」

 

ビクッ! とアークエンジェルの身体が大きく跳ね上がった。

嘘をつけない(あるいはつくことを良しとしない)天使にとって、これ以上ない急所を突かれたのだ。

 

我慢の限界が来たのか、天使エンジェルが無理やり攻撃を仕掛けようとする直前、アークエンジェルが厳かに(しかし震える声で)手を制した。

 

アクエン「……待て。此処で無暗に仕掛けたら敵の思う壺だ。今は敢えて敵の懐に飛び込み、その『策』とやらを見定めてやろう。これも調査の一環……そう、調査だ」

天エン(アークエンジェル様ぁぁぁーーー!!? 完全に乗せられてるじゃないですかー!!)

 

ピク「それじゃ、早速しゅっぱ~つ!」

 

景太を先頭に、ピクシー、ジャアクフロスト、ガキ、ダイモーン、そして甲冑をガチャガチャと鳴らすアークエンジェルという、あまりにカオスな集団がコンビニ「ヨロズマート」へと行進を始めた。

普通の人間には、楽しげに歩く景太と時折巻き起こる不思議な風しか見えていないのが幸いだった。

 

天エン「……ハッ!? お、お待ちをアークエンジェル様ーー!! 私も……私も調査に参加しますー!!」

 

数秒間、呆然と立ち尽くしていた天使エンジェルも、置いていかれまいと慌てて彼らを追いかけていった。

聖戦の火蓋は、生クリームとカスタードの誘惑によって、あっけなく先送りにされたのである。

 

ーーー

 

さくらニュータウンの日常の象徴であるコンビニ「ヨロズマート」。

その軒先のベンチは、今や現世、地獄、そして天界の住人たちが入り乱れる、カオス極まりないティータイムの会場へと変貌していた。

 

氷菓の袋を破く音、プラスチックのスプーンがカップを擦る音。そして、真夏の熱気を切り裂くような悦楽の吐息が漏れる。

 

ピク「んん〜〜っ♥ やっぱり甘味は最高ね♪ 苦労して(?)手に入れた甲斐があったわ!」

 

ピクシーは、棚の奥に一個だけ残っていた「期間限定・完熟イチゴの贅沢ミルフィーユパフェ」を宝物のように抱え、幸せそうに頬張っていた。その背後には、まるでオーラのようにピンク色の花が舞っている。

 

ガキ「……お前、あの時マジで目にも止まらぬ速さで棚に突っ込んでったよな。俺が狙ってたチョコモナカ、風圧で飛んでったぞ」

 

ガキは文句を言いながらも、手にした「濃厚ビターチョコバー」をボリボリと小気味よい音を立てて噛み砕いている。隣ではジャアクフロストが「冷たさが足りないホー」と言いつつ、バケツサイズのバニラアイスを豪快に飲み込んでいた。

 

そんな喧騒の中で、天界の戦士たちは異様な空気を放っていた。

 

一応の警戒を怠らず、周囲を鋭い目で見渡す天使エンジェル。そしてその隣で、アークエンジェルは自分が選んだ一本の「ソーダ味の氷菓」を、伝説の聖剣でも検分するかのような真剣な眼差しでじ……と見つめていた。

 

天エン「アークエンジェル様。得体の知れぬ下界の食物です、まずは私がお毒味を……」

アクエン「……必要ない。これは私が、自らの意志で選んだものだ」

 

アークエンジェルは、覚悟を決めたように鎧のバイザーを僅かに上げ、氷菓を一口、静かに噛み締めた。

 

シャリッ……。

 

アクエン「……!」

 

突如、アークエンジェルの動きが凍りついた。彫像のように微動だにせず、ただその口内に広がる未知の感覚を反芻している。

 

天エン「アークエンジェル様!? い、一体どうなされましたか! 毒ですか!? 悪魔の呪いですか!?」

 

慌てふためく部下を余所に、アークエンジェルは震える手で目頭を強く押さえた。その隙間から、黄金の瞳が潤んでいるのが見える。

 

アクエン「……やっぱり……美味いじゃないか……。 こんな……こんなものが、この世にはあったのか……」

 

アークエンジェルは、天の軍勢を率いる高潔な指揮官だ。神の意志を体現し、私情を排して己を律することこそが、彼の存在意義だった。

だが、雲の上から人間界を監視する日々の中で、彼は何度も目にしていたのだ。

 

炎天下、学校帰りの子供たちが、あるいは仕事終わりの大人が、この安価な氷の棒を頬張り、心の底から幸せそうな顔をする瞬間を。

 

天界には清らかな水と光はあるが、脳を揺さぶるような「甘味」や、五感を刺激する「ジャンクな快楽」は存在しない。

 

彼は、ずっと食べてみたいと思っていた。

だが、「欲望」は悪徳であり、「使命」こそが美徳。今までその二つの間で、何百年もの間、壮絶な葛藤を続けてきたのだ。

 

しかし今、たった百円程度の氷菓子が、彼の鉄の規律を粉々に打ち砕いていた。

 

アクエン「失格だな、私は……。地獄の王を討つべきこの身が、己の身勝手な欲望に負けてしまうなんて……」

 

肩を落とす大天使に隣で肉まんを頬張っていた景太が口の周りを汚したままひょいと声をかけた。

 

景「別に良いんじゃない? 誰に迷惑かけてるわけでもないし」

アクエン「……?」

景「俺には解らないけどアークエンジェルさんだって、今まで色々と頑張ってきたんでしょ? だったらたまには、自分のために動いたってバチは当たらないと思うよ。

それにさ……アラスターが言ってたんだ。『一目見ただけでその人の事は解らない』って。天使だからこうしなきゃいけない、なんて決まり、たまには忘れてもいいんじゃないかな」

 

その言葉にアークエンジェルは顔を上げた。

視界の先には、悪魔も、天使も、人間も、種族の垣根を越えて「美味しい」という一点のみで繋がっている奇妙な光景が広がっていた。ダイモーンなどは、初めて食べるソフトクリームの冷たさに「頭がキーンとするべぇ!」とのたうち回っている。

 

アークエンジェルは、憑き物が落ちたような顔で微笑むと、溶けかかっていた氷菓子を一気に食べ終えた。

 

そして、手元に残った一本の木の棒を見て、首を傾げた。

アクエン「……これは……?」

 

そこには、焼き印で力強く「あたり」という二文字が刻まれていた。

 

景「あ! すごい! それ、『あたり』だよ! お店の人に見せれば、もう一本タダでもらえるんだよ!」

ガキ「マジかよ!? オレ、それ実在するのかと思ってたぜ! 初めて見たんだけど!」

ピク「ちょっと、運が良すぎじゃない!? もしお腹いっぱいで食べられないなら、アタシが貰ってあげてもいいわよ!」

 

アイスの当たり棒を囲んで、子供のようにはしゃぎ出す一同。

アークエンジェルは、自分の手の中の小さな幸運を、そしてそれを羨ましそうに、かつ純粋に目を輝かせて見つめるダイモーンを見て、ふと柔らかな笑みがこぼれた。

 

アクエン「……ふっ。そうか。これが、この世界の『喜び』というものか」

 

その様子を、横でずっと固まっていた天使エンジェルが呆然と眺めていた。

主のあんなに穏やかな表情は、天界にいた頃には一度も見たことがなかったからだ。

彼は、自分だけが取り残されたような疎外感を感じ、手元の「こだわり濃厚カスタードプリン」を、ヤケクソ気味に一口掬って口に運んだ。

 

天エン「…………美っ味」

 

カスタードの甘みとほろ苦いカラメルソースが戦うことしか知らなかった天使の脳を優しく愛撫した。

 

西陽がさらに傾き、ヨロズマートの駐車場を長く不気味な影が支配し始めた頃。

 

平和そのものだったデザートタイムの余韻を切り裂くように、あの耳障りな「ザザッ……」というラジオのノイズが響き渡った。

 

アラ「おや、皆で仲良く御食事会ですか?」

 

影の中から染み出すように、アラスターが姿を現した。

その手にはいつものマイクスタンド。しかし、その赤い瞳は目の前の異様な光景ー天使と悪魔と人間が、コンビニのゴミ箱の横でアイスの棒を片手に談笑している姿を冷徹に、そしてどこか愉快そうに捉えていた。

 

アラ「実に結構。無駄な争いは疲れるだけですからねぇ」

 

アラスターは口角を吊り上げ、いつもの完璧な笑顔を見せた。

 

アラ(……まぁ、これは私も予想外でしたがね)

 

その内心では皮肉な驚きを禁じ得なかった。

 

ピクシーやガキが「あ、アラスターだ」と呑気に手を振る中、天使側の空気は一変した。

天使エンジェルは弾かれたように立ち上がり、槍を構えて全身に殺気を漲らせる。

 

だが、それを制したのは、静かに立ち上がったアークエンジェルだった。

アークエンジェルは、部下の槍をその大きな手で押し下げた。

 

アクエン「……これ以上は、言わなくてもわかる。我々の役目は終わった。だが、戦士としてのケジメをつけねばならん」

 

アークエンジェルは腰の鞘からゆっくりと、しかし確かな重みを持って長剣を抜いた。白銀の刃が、夕陽を反射して神々しく、かつ鋭く光り輝く。

 

アラ「ほう……。あくまで剣で語り合おうというのですか。いいでしょう、勝負はフェアじゃなきゃ」

 

アラスターはマイクスタンドを影の中に消すと、虚空から漆黒の光を凝縮させ、自らの一振りの剣を作り出した。

それは悪魔の爪を思わせる禍々しい曲刀でありながら、どこか古風な気品を漂わせていた。

 

アラ「一応、報告です。森にいた貴方の部下たちは、可能な限りは生かしておきましたよ。……まぁ、少しばかり羽を毟ってしまったかもしれませんがねぇ」

 

アクエン「……礼は言わんぞ。悪魔め」

アラ「結構。それでこそ敵というものだ」

 

二人の間に、目に見えるほどの火花が散った。

景太たちは、その圧倒的な重圧に息を呑み、固唾を飲んで見守ることしかできない。

 

アークエンジェルが低く構え、その全身から黄金のオーラが爆発的に膨れ上がった。

 

―「チャージ」!!

 

天界の法力によって、彼の物理攻撃力は限界を超えて引き上げられる。空気が熱を帯び、アスファルトがパチパチと音を立てた。

 

アクエン「最後に聞く、ラジオデーモン。……お前は何を企んでいる? この街で、この少年を使って、何を成そうというのだ」

 

アークエンジェルが放った問い。

それに対し、アラスターは音を立てずに一歩近づき、アークエンジェルの耳元でだけ聞こえる低音で……唇を動かした。

それは、傍で見ている景太たちには決して届かない、次元の底から響くような囁きだった。

 

その言葉を聞いた瞬間、アークエンジェルの黄金の瞳が大きく見開かれた。

 

驚愕、疑問、そして……納得。

 

刹那の沈黙の後、アークエンジェルは咆哮と共に地を蹴った。

 

アクエン「――『ヒートウェイブ』!!」

 

激しい熱風を伴う、全方位を焼き尽くすかのような壮絶な剣戟。

黄金の軌跡が空を切り、アラスターの身体を縦横無尽に切り裂こうと迫る!

 

ガギィィィィィィィィンッ!!!

 

火花が散り、激しい衝撃波が公園の木々を揺らした。

勝負は、一瞬で終わった。

 

土煙が晴れた時、立っていたのはアラスターだった。

アークエンジェルの長剣は、アラスターの黒い刃によって根元から叩き折られ、地面に突き刺さっている。

そしてアラスターの剣先は、寸分違わずアークエンジェルの喉元を捉えていた。

 

アクエン「……くっ、ふふ……」

 

膝をつき、完敗を認めるアークエンジェル。

だが、その顔には先ほどまでの険しさは微塵もなかった。

それどころか、まるで全ての重荷を降ろしたかのような、清々しい……天使らしい慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

 

戦いが終わり、ジャアクフロストが「次はキングの旦那も連れてくるホー!」と上機嫌に叫び、大量のコンビニスイーツが詰まったレジ袋を抱えて魔界へと帰還した。

 

アークエンジェルは折れた剣の柄を鞘に収めゆっくりと景太の方を向いた。その甲冑は夕陽を浴びて鈍く輝き、敗北したとはいえ、大天使としての威厳は微塵も損なわれていない。

 

アクエン「……そなた達には迷惑をかけたな。だが、勘違いするなよ。私はまだ、ラジオ・デーモンという存在、そしてその『悪魔ウォッチ』とやらを完全に認めたわけではない」

 

彼は一度アラスターを鋭い目で見やり、再び景太を見据えた。

 

アクエン「今回、我らの敗因は先走りすぎた事。相手の真意を量る前に、己の正義を押し通そうとした我らの心の隙だ。……故に、私は決めた。お前たちの行く末をこの目で見届けよう。もし道を踏み外そうものなら、その時は天の軍勢を率いて、全力で止めに行く」

景「……分かった。俺も中途半端な気持ちでこの力を使ってるつもりはないよ」

 

景太はさっきまでスイーツを食べていた子供の顔ではなく、一人の「ウォッチ使い」としての真剣な表情で、力強く頷いた。

 

すると、アークエンジェルは自らの胸元から、眩いばかりの光を放つ一枚のメダルを取り出した。それは悪魔たちが持つものとは違い、神聖な紋様が刻まれた黄金の「悪魔メダル」だった。

 

アクエン「私のメダルだ。そなたが正しき道を行く限り、もしもの時は力になろう。……では、改めて自己紹介を」

 

アークエンジェルは右手を胸に当て、騎士の礼を取った。

 

アクエン「私は、『天使アークエンジェル』。……今後とも、宜しく頼む」

景「うん! よろしくね、アークエンジェル!」

 

景太がその温かいメダルを受け取ると、アークエンジェルは翼を広げ、空へと飛び立とうとした。その時――。

 

天エン「人間よ」

 

傍らでずっと黙っていた天使エンジェルが、ぶっきらぼうに景太を呼び止めた。そして、アークエンジェルに倣うようにして、自らのメダルを景太の手に押し付けた。

 

景「えっ、良いの?」

 

天エン「勘違いするな。 これはあくまでお前の監視のためであり、アークエンジェル様だけに責任を取らせないためだ。お前が少しでも怪しい動きをすれば、すぐに私が天に報告する。 その行動、常に見ているぞ」

 

そう言う天使エンジェル。しかし、そのメダルを渡す手には、景太への確かな信頼が込められていた。

 

天エン「私は、『天使エンジェル』だ。……ふん、今度とも、よろしくしておいてやる」

景「あはは、ありがとう、エンジェル!」

 

二人の天使は空へと舞い上がり、夕闇の彼方へと消えていこうとした。

しかし、最後の一瞬。天使エンジェルが振り返り、地上にいる景太たちにだけ聞こえるような小さな声で、ぼそりと呟いた。

 

天エン「……悔しいが……あの、カスタードプリン……美っ味かったぞ……」

 

その告白と共に、二人の姿は雲の向こうへと吸い込まれていった。

残された景太は、手の中にある二枚の輝くメダルを見つめ、少しだけ誇らしい気持ちになった。

 

すると、自分が食べたアイスの空き袋をじっと見つめていたダイモーンのその赤い肌に、街灯の青白い光が落ちる。彼はふう、と深く息を吐き出すと、決意を秘めた目で景太とアラスターを見上げた。

 

ダイ「……オラも、決めたんだべ」

 

その声は、もう震えていなかった。

 

ダイ「ケータと、そしてラジオデーモン様のあの戦いを見て……オラは自分がどれだけ未熟か、骨身に沁みて分かったべ。アラスター様の側近になるなんて、今のオラじゃ夢のまた夢だ……。

だからオラ、もっと強くなる。もっと沢山のことを学んで、いつか本当にアラスター様にふさわしい、地獄の歴史に名を刻むような悪魔になってみせるべ! これがオラの、本当の第一歩だ!!」

 

ダイモーンは自分を鼓舞するように拳を握りしめると、わざとらしくゴホンと咳払いをした。そして、無理やり顔を強張らせ、低い声を絞り出す。彼なりの「悪魔としての礼儀」…すなわち、虚勢と威圧のペルソナだ。

 

ダイ「オレ様ハ、『妖鬼ダイモーン』! 今後トモ、ヨロシク頼ムゼ! ……イヒー!!」

 

独特の奇声を上げながら、ダイモーンは懐から一枚のメダルを取り出した。それは彼自身の魔力が宿った、少し無骨で荒削りな黒いメダルだった。

 

ダイ「ケータ! お前さんは、オラが出会ったどの人間とも違ってたべ。悪魔のオラにもビビらず、アイスまで奢ってくれた……。あの恐ろしい天使の旦那にだって、一歩も引かなかった。

……だから、これはオラなりの礼だ。オラの証、受け取ってほしいべ!」

 

景太は差し出されたメダルを両手でしっかりと受け取った。ダイモーンの熱い想いが、メダルを通じて伝わってくるようだった。

 

景「ありがとう! 応援してるよダイモーン! 次に会う時は、もっともっと凄い悪魔になってるのを楽しみにしてるね!」

ダイ「おうよ! 期待して待ってろっぺー!」

 

ダイモーンは再び素の訛りに戻って笑うと、バサリと巨大なコウモリの羽を広げた。彼は一度だけアラスターの方を振り返り、敬意を込めて深く頭を下げた後、夜空の彼方へと力強く羽ばたいていった。

その背中が見えなくなるまで、景太たちは空を見上げていた。

 

ピク「……ふふっ、良かったわね。最初で最後になるかもしれない、貴方の熱狂的なファン第一号よ」

 

ピクシーが空中を一回転し、からかうような視線をアラスターに向けた。彼女にとって、あの気高く恐ろしいラジオデーモンが、田舎訛りの未熟な悪魔に慕われている状況は、これ以上ないほど面白い見世物だった。

アラスターはマイクを指先で弄びながら、いつもの読めない笑みを崩さずに答えた。

 

アラ「 否定はしませんよ。……まぁ、盤上の駒手札は、多ければ多いほど良いですからねぇ」

 

その言葉は、ダイモーンの純粋な憧れを利用しようとする冷酷なものにも聞こえたが、その声のトーンはどこか、夜風に馴染む穏やかさを孕んでいた。

 

景「……よし、俺たちも帰ろうか」

アラ「ええ、いいですね。今日のエピソード放送は実に意外性に富んだ素晴らしいものでした。夕食が楽しみですよ、ケータくん」

アラスターは満足げに笑い、影を引き連れて歩き出した。

 

天使と悪魔、そして人間。決して交わるはずのなかった運命が、この夏、コンビニスイーツという名の奇跡によって、少しだけ重なり合ったのだった。

 

景太の手の中には、新たに三枚のメダル――アークエンジェル、エンジェル、そしてダイモーンの証が、確かな重量感を持って収まっていた。

 

ーーー

 

夕暮れの柔らかな光が差し込む天野家。玄関の扉を開け、人間態の姿をしたアラスターを伴って景太が帰宅した。その表情には、強敵との和解(?)と美味しいスイーツを堪能した満足感が溢れていた。

 

景「ただいまー! いやぁ、今日は色々あったけど楽しかったね、アラスターさん」

アラ「ええ、実に有意義な午後でしたよ、ケータくん。美味しいお菓子に、高潔な天使の敗北……これ以上の娯楽ショーはありません」

 

アラスターが紳士的な微笑みを浮かべた、その刹那だった。

 

景母「ケータ!! アレは何なの、アレは!!」

 

ドタドタと激しい足音を立てて、リビングから景太の母が飛び出してきた。その顔は驚愕と、どこか恐怖に近い混乱に染まっており、手にはテレビのリモコンを握りしめている。

 

景「うわっ、ど、どうしたの!? お母さん、そんなに慌てて」

景「いいから来て! 早く!!」

 

景太は母に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにしてリビングのテレビの前へと連れて行かれた。

 

景「な、なに……?」

 

テレビの画面に映し出されていたのは、ニュース番組の「街の衝撃映像」コーナーだった。そしてそこに映っていたのは、見慣れたヨロズマートの駐車場とー一人の少年だった。

 

画面の中の景太は、何もない空間に向かって楽しげに話しかけている。だが、問題はその周囲だ。

 

景太を中心にして、宙に浮いた「贅沢ミルフィーユパフェ」や「カスタードプリン」等のスイーツがまるで意思を持っているかのようにふわふわと踊って…。

 

宙に浮いた「ガリガリ食感バー」が、何者かにかじられたかのように、空中でボリッ、ボリッと不自然に欠けていき、数秒で棒だけになって地面に落ち…。

 

景太が差し出した肉まんが、空中で静止したかと思うと、一瞬で消滅(ガキが食べた瞬間)している。

 

ニュースのテロップには、どデカい文字でこう書かれていた。

 

【緊急特集】さくらニュータウンに出現!? 超能力少年、コンビニスイーツを少しずつテレポートさせる謎の怪現象!

 

景「え、ええええええーーーーーっ!!! 何これぇぇぇ!!?」

 

景太は叫び声を上げ、自分の頬をつねった。しかし、テレビの中の自分は相変わらず、虚空(アークエンジェル)に向かって「あたりだよ!」と無邪気に笑いかけている。

 

ピク「……当然じゃない。アンタにしか見えてないんだから。」

 

背後で姿を隠したピクシーが呆れたようにため息をついた。

 

ピク「カメラに映るのはアンタとアンタが買った商品だけ。天使も悪魔も、現世のレンズには映らないのよ。つまり、今の映像は世界中の人から見れば、『一人の少年が念動力でお菓子を浮かせて、消し去っている』不気味な心霊現象にしか見えないってわけ」

景「そんな……! 俺、ただみんなで楽しくおやつ食べてただけなのに……!」

アラ「ニャハハハハハ!! いやはや、これは傑作だ!!」

 

その横で、アラスターは腹を抱えて、今日一番の爆笑を漏らしていた。

 

アラ「見てくださいケータくん! このマスコミの食いつきよう! 君は今日からこの街で最も注目される『超能力ヒーロー』……あるいは『お菓子泥棒のポルターガイスト』ですよ! 本当、退屈しないですね!」

景「笑い事じゃないよアラスター! これじゃ明日から外歩けないよ! お母さんにもなんて説明すればいいんだよ~!」

景「ケータ……。あなた、いつの間にあんな技を習得したの……? 宿題が終わった反動なの……?」

 

母の視線が、未知の力に覚醒した息子を見るような、複雑なものに変わっている。

 

ピク「ま、噂が静まるまで、数日はおとなしくしておくことね。ヘタに外に出てまた『超能力』を披露したら、今度は研究所に連れて行かれるわよ?」

景「そんなの嫌だぁぁぁーー!!」

 

念願の宿題終了から一転。

 

笑い続けるアラスターとチョコボーを食べようとするピクシーを余所に景太は頭を抱え、テレビの中の自分の「超能力」っぷりを絶望的な目で見つめ続けるしかなかった。




きょうの悪魔大辞典

アラ「ケータくん。今日の悪魔は?」

景「「妖鬼ダイモーン」、「天使エンジェル」、「天使アークエンジェル」」

ーーー

天エン「この後、どうするんです?」
アクエン「お咎めは確実だろうな。まぁ、殺されはしないだろう……今からでも無実だと言えば間に合うぞ。私が口添えする」
天エン「冗談言わないでくださいよ。こっちはもう首突っ込んでる身なんですから」
アクエン「できたらまた、食巡りをしたいものだ」
天エン「……フッ…何処までもお供致しますよ」
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