あるいは、同窓会でのある事件について。pixivにも同名で投稿。魔法少女ノ文体裁判No.3としても投稿。http://twilight-off.wikidot.com/tachibana

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第1話

 ──ばらばらに、分解する。何度かなぞった手順を、ただ手の内で再現していく。それだけで解けてしまう程度に脆い物体。何かに似ているな、と、考察する。

 

 堅固な蝶番は開かれるためにあり、不可能犯罪は解き明かされるためにあり、手は──いいや。もしかしたら手は、繋ぐためにあったりもするかも、ですけど。

 

 解き飽きた知恵の輪をこたつに放り投げて、私はカーペットに倒れ込み、スマホを開く。電子書籍アプリと睨めっこ。あと10……20冊くらいは買いたいけど、今月はこれ以上買うと、来月叱られてしまいますから……うーん……でもこの作家の新作を今読まないのは嘘ですよね! 頑張れ、来月のシェリーちゃ──

 

ガチャ、と、扉の開く音。

 

「あ、おかえりなさい、ハンナさん! 早かったですね」

 

「……」

 

「外は雪でしたよね? 帰り道混んでませんでした?」

 

「……」

 

 絶句、と言った顔のまま、玄関先で立ち止まってこちらを見る彼女に、私は首を傾げる。

 

「どうしたんですか? 死体でも見たような顔して」

 

「その比喩、私たちはまっったく笑えませんからね!?」

 

 面白いくらいに青ざめた一瞬ののち、彼女はしっかり首を振り、びし、とこちらを指差してくる。正確には指しているのはきっと私ではなく、この部屋。

 ばらばらの知恵の輪、しおりを挟んだ本、蓋を開いたままのお茶っ葉入れ、みかんの皮。ハンナさんが地元の墓参りに帰省してから、一度も掃除をしていない、この部屋の現状。

 

「なんなの、この惨状は! 帰るまでに綺麗にしといてって言いましたよね!?」

 

「ハンナさんが帰ってくるまでには綺麗にするつもりでしたよ〜」

 

「こたつに寝転びながら言う台詞か!」

 

 土産菓子の入った箱で、頭を殴られる。紙の箱特有の快音。

 

「いったーい! 何するんですかぁ!」

 

「いいから起きて、さっさと、片付ける!」

 

 ほとんど力技でこたつから引きずり出され、仕方なく立ち上がる。

 

「別にいいじゃないですか、私たち、またすぐ出かけるんだし」

 

「だからこそ片付けるんでしょうが! 空けてる間に虫が湧いたらどうするの」

 

「確かに〜!」

 

 とはいえ、片付け自体は数分で終わるほどしか散らかしてはいない。いくつかゴミを捨てて、読みかけの本を本棚に戻せばおしまいだ。だからこそ後でいいか、と放置していたのに。

 

「そもそもこんなに散らかして、依頼人が来た時はどーするつもり?」

 

「依頼人を呼ぶ時は片付けてました! でも、ここ数日は事務所を使うことはなかったので」

 

「どうだか……」

 

 そう。この部屋はただの住宅としてだけではなく、『橘探偵事務所』としても使っている、正真正銘私たちの城なのです。

 

「それよりハンナさん、連絡見ました? 今回のアレ、政府の人たちが直接迎えに来てくれるらしいですよ! 一体どんな交渉をしたんでしょうね?」

 

「おおかた、ヒロさんかマーゴさんが脅迫まがいのことをしたんでしょ……」

 

「なかなか面白い推理ですね、探偵さん!」

 

「探偵はあんたでしょうが」

 

 軽口を叩きながらの片付けで、部屋はほとんど元通りになっていた。

 

「よし! ほらハンナさん、片付け終わりましたし、ゆっくりしましょう!」

 

「はいはい。まったく……泊まりの予定でしたよね、ちゃんと準備はできてますの……できてるの?」

 

 たまに出る昔の口調を訂正しながら、やれやれ、といった様子でハンナさんは私の対面のこたつに潜り込む。

 

「大丈夫、いざとなれば向こうにまだ、あの時の服とかありますよ!」

 

「……五年前の服が、まだ違和感なく着れると思ってるならそれでもいいですけど」

 

「うーん、確かに私は難しいかもですね。でもハンナさんはいけるんじゃないですか?」

 

「死ね!」

 

 鋭い蹴りが炬燵の下で飛ばされる。しかも一撃じゃなくて何度も。いたっ、痛いです、ハンナさん。腿の筋肉を執拗に狙わないでください、ちょっとからかっただけじゃないですか!

 

「それにしても……あの牢屋敷に、まさかまた行くことになるなんて」

 

「不安ですか? 大丈夫ですよ、私がついてます」

 

「べ、別に!? ……でも、そう。ちょっとだけ、とっても、複雑な気持ち」

 

 どっちですか、とは言わない。蹴られたくないから? それもあるかもしれないけれど、それよりもきっと、自分も同じ気持ちだったから。

 

 あの硬い塀に囲われた、不信まみれの日々に、戻りたいかと言われればみんな首を振るのだろうけど。

 

 それでも、あの牢屋敷に連れ去られなければ、この炬燵はもう少し小さくて、もう少し冷たくて、その冷たさにすら気づけなかったのだろうから。

 

 こたつから足を抜く。数歩歩いて、ひょい、と、こたつの向かい側に滑り込む。狭くなったことに抗議する彼女の手を、見えない場所でそっと握る。

 

「……大丈夫ですよ。みんな、一緒なんですし」

 

「だから、別に不安じゃないってーのに……」

 

 繋いだ手は解かれないまま、小さな密室の中、ただそこに、あなたが鬱陶しくなるまで存在する。

 

 だから、そう。心の中に少しだけある、複雑な気持ちの中に。みんなと会えることを楽しみにしていることを、私はすでに究明し終えている。

 

----

 

 たまに見る夢があった。奇妙でもなければ、悪夢でもない。それは、ただの必然的な夢想。

 

 首を括ったはずの君が、浮遊して事なきを得る。剣に貫かれたはずの君が、傷を治療して事なきを得る。夢の中で君はあらゆる死に直面し、そしてその全てを、涼しい顔で受け流す。そんな夢から覚めて、毎度、思うことがある。

 

 本当に、彼女は死んだのだろうか。

 

 大学の正門まで歩く道のり、薄く積もった雪を見て、そんな夢想を繰り返している。

 

 そしてそんな夢想を切り上げて、私は一つ、ため息を吐く。白い息の向こう側で、その原因は嬉しそうに手を振っていて、恥ずかしい。本当に。

 

「……別に、迎えに来なくてもいいと言ったはすだが」

 

「ちょっとでも長く一緒に居たくて。それともヒロちゃんは、ボクと一緒に歩くの嫌?」

 

「……」これだ。こう言えば私が許すと思っている。何も正しくない。

 

「あ、待ってよヒロちゃん!」

 

 早足で門を出た私に、エマか慌てて追い縋り、並ぶ。……ここでわざと転びでもしたら本当に置いて行っていた。命拾いしたな。

 

「帰る場所が一緒なんだ、待っていればいいだろう。……最近は冷えるのだし」

 

「ついでに一緒に買い物しようかな、と思って! 今日の晩御飯決めようよ」

 

「今日は鍋だ。家を空ける前に、冷蔵庫の野菜を消費しないといけない。買い物は不要だ」

 

「じゃ、じゃあコンビニ寄って帰ろうよ!」

 

「無駄遣いは正しくない」

 

「無駄じゃないよ! 二人で肉まん食べよ!」

 

「……まあ、そのくらいなら」

 

 仕方ない、たまには折れてやるか。……別に、君と二人で歩く時間が嫌いなわけでもないのだし。

 

 ざく、と、雪に足跡をつけて、エマが立ち止まる。目線の先には公園の池。雪の積もったその姿は、少し──。

 

「牢屋敷みたい」

 

 ……ああ。あの湖に、少し似ている。

 

「牢屋敷にも、まだ雪は降っているのかな」

 

「え? ああ、どうなんだろうね。魔法の残滓は、最近ちょっとずつ薄れてきてるらしいけど……」

 

 そういえばこの前電話した時、ノアがそんな話をしていたか。

 

「ノアが、この前行ったら虹が消えてた、なんて残念がっていた」

 

「え、あの虹消えたの! そうなんだ……」

 

「エマ。本来、虹は消えるものだよ」

 

「ヒロちゃんの薄情もの!」

 

 いや、そんなこと言われても。虹に対して薄情なのは正しいだろう。

 

「でも、そっか……牢屋敷も、ボク達がいた頃とは随分変わっちゃったんだろうね」

 

「そうだな」

 

 ……ああ。私はあの後も何度か、政府との交渉のために足を運んだが。そういえばエマは、あの後から初めて牢屋敷に訪れるのか。

 

 エマは。池から目線を逸らし、空を見ている。……たまに、あることだ。彼女がふと、ここではない何処かを見るような目で。酷く、虚になる。

 

 君が見ている光景を、私が見ることはできない。それは逆も同じことで、だから私はこうなるたびに、そっと、彼女の手を取る。

 

「エマ。ほら、コンビニに寄るんじゃなかったのか」

 

「うん。ありがとう、ヒロちゃん」

 

 繰り返されたやり取りで見慣れた、彼女の、溶けてしまいそうなほど小さな笑顔。この顔が、私は好きで、嫌いだった。

 

 君の手を引いて、踏み固められた道へ引き戻す。その手を離そうとすると、毎度小さな抵抗があるから、私は仕方なくそれに屈してやる。

 

「……あ。ユキだ……」

 

 空から降る、白いソレは、否応なく目に入る。……それが、嫌なわけではないのだけれど。思い出す夢があり、思い出があるから。

 

 その夢想を、右手の感触で切り上げる。明日はこの手を繋いだまま、墓参りに行こうと思った。

 

 正誤判定も白黒付けるのも、きっとまだ、その後でいい。

 

----

 

 ホバリング中のヘリコプターから、そっと飛び降りる。手入れが行われ、あの日々より芝生に近づいたかつての草原が、クッション性を持って私を受け止める。

 

 数歩先に進み、振り返って合図を出す。頷いたエマが、ちょっと覚悟を決めた顔になって、えい、と飛び降りる。とと、とバランスを崩しかけた彼女の手を引いて、支えるなどしてやる。全く、運動不足なんじゃないのか。

 

「大丈夫か、エマ」

 

「うん、ありがとう」

 

 にへらと笑う彼女にため息を吐いて、支えた手を離す。ヘリコプターの風圧で乱れた髪を手櫛しながら、エマが草原を見渡す。私も、同じようにする。

 

 少し変わった風景。大きくは変わらなかった風景は、相変わらず美しく、そして少しだけ息苦しい。

 

「懐かしいや。ここで、いろんなことがあったもんね」

 

「……そうだな」

 

 回想する。正確にはその回想に、この時間軸で起きたことはいくつかしかないだろう。けれど無かったことにはならず、しないのだから、エマの言葉は結局正しい。

 

「みんなはちょっと遅れるんだっけ?」

 

 腕時計を見る。ヘリコプターの運転手は予定時刻ちょうどに私たちを運んだらしい。ありがたいことだ。他の元魔法少女達が到着するまで、まだ少し猶予はあった。

 

「他のみんなはフェリーだからね。空路よりは遅れる予定だ」

 

「ああ、それでボク達だけヘリなんだ。ヒロちゃん、船酔いすごいもんね」

 

「ああ。みんなが来るまで少し、歩こうか。ついでに行きたい所もある」

 

 ……この会話には二つ、偽証がある。

 

 一つは集合時刻。空路の方が早いなら、別に出発時間で調整すればよいだけ。君と、彼女と、久しぶりに少し、話がしたい。そんな個人的な我儘で、1時間だけ奪わせてもらう。

 二つ。別に、私の船酔いはそこまで酷くなくて、私が海を好いていないのは別の理由だ。けれど、別に。いつか感じた、熱を失っていく指先の感触なんて、わざわざ言いたいとも思わない。

 

 歩く。君の横顔と他愛無い話には、もうずいぶん慣れ親しんでいるもののはずだが。この島の空気と、足を絡め取る草原が。少し昔の私たちを再現するかのように、沈黙を産んでいた。

 

 黙って数分、歩いて。林に程近いその場所で、私たちは立ち止まる。小さな風が背中からそっと吹いていて、彼女たちはきっと寒いだろうな、と思う。けれど雪を凌ぐ笠など持ってきてはいないから、私たちはただ、花束をそっと、冷たい石の前に置く。

 

 そこは墓所だった。ここで死んでいった多くの少女たちのうち、この島の外に、墓を必要としなかった、されなかった彼女たちの。

 

 その最前にある、一つの墓、二つの名前。それは確かに、月代ユキと氷上メルルの墓だった。

 

「あれ。しまった、ライター忘れてきちゃった……!」

 

「大丈夫、私が持ってきている」

 

 線香を持ったまま慌ててバックを漁るエマから、線香を受け取って。ポケットに常に入っているガスライターで火を付け、供える。

 

 煙が揺れる。線香の匂いが気持ちを落ち着かせてくれる。そこでようやく緊張していたことを知る程度には、私はまだ愚かな少女のままだった。

 

「……メルルちゃん、ユキちゃん、なかなか来れなくてごめんね」

 

 手を合わせたエマは近況報告を謝罪から始めて、目を瞑り、滔々と語り出す。──彼女たちに伝えたいことなんて、そりゃあ、たくさんあるに決まっている。

 

 高校で出来た少ない友達についてや、牢屋敷のみんなと行った卒業旅行なんかの話をしながら、エマは瞑った目から涙を流していて。私は──ただ、黙って、遠くを見る。だって、きっと、ここに彼女達はいない。

 

 夢想している。それは【死に戻り】かもしれないし、【治癒】かもしれない。最後の力を振り絞り、死を克服した二人が、またどこか遠くの島の小さな小屋で、静かに暮らしている光景。

 

 島に自制する怪しい野草を食べたユキが体調を壊して、メルルに泣きながら看病されている。魔法のない生活は二人にとってきっと不便で、それでも──

 

 空想を、冷たい風と、控えめなエマの声が遮る。

 

「ごめん、ヒロちゃん。ボクだけ話しすぎだよね」

 

「……別に構わない」

 

 墓の前を譲るように、エマが数歩ずれる。私は、ただ、林の奥を見つめている。

 

「そっか。ヒロちゃんは、何度か来てるんだもんね」

 

「……いや」

 

 首を振る。ここの偽証はきっと、正しくないだろうから。

 

「私はずっと、ここには来れなかったんだ」

 

----

 

「あらヒロちゃん、もう帰るの? 泊まっていけばいいのに♡」

 

「……遠慮しておくよ、マーゴ。大学の課題も終わっていないしね」

 

「あなたから大学生みたいな言葉を聞くと、変な気分になるわね」

 

「大学生なんだから仕方ないだろう」

 

 経過観察などの名目で、私は定期的にこの島に訪れていた。大抵は半日か、長くても一泊程度の滞在。だから時間がなくて──なんていうのは、言い訳でしかない、か。

 

「ヒロちゃん、私ね。来月、この島を出ることにしたの」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。ノアちゃんもアンアンちゃんも戻っていったのに、私だけいつまでもここに居るわけにはいかないでしょう? ここ一年は、【なれはて】だった彼女達のケアもほとんど政府の管轄で上手くやれているし……頃合い、なのよね」

 

 この島の土地はそれなりに余っていて、必要なものは多かった。牢屋敷とゲストハウスだけでは元【なれはて】達の住居が足りなかったため、ゲストハウス付近にいくつかの仮設住宅が建てられたのもその一つ。私も何度か泊まったが、地下牢よりは億倍マシな寝心地だった。

 

「政府との交渉や連携は、今より少しやりにくくなってしまうかもだから、ヒロちゃんには、少し負担をかけてしまうけれど……」

 

「問題ない。むしろこれまでが、君に頼りすぎていたんだ。これからは、みんなで上手く分担していこう」

 

「ありがと♡ やっぱりお礼がしたいから、もう一晩泊まって一緒に天体観測でも」

 

「遠慮しておく」

 

 今では牢屋敷内でも4Gが繋がるようになった。ノアなんかはここを出た後も、この島の風景がスケッチの題材にちょうどいいからと、牢屋敷のアトリエに滞在していたりする。

 

「そう、残念ね。──ねえ、ヒロちゃん。これは友人としてのアドバイスなのだけど」

 

「……」

 

「癖になってしまった嘘は、どこかで認めないと。いつか必ず、後悔するわ」

 

「…………ありがとう、マーゴ。覚えておくよ」

 

 私がこの島を離れてから新しく作られた、多くのものたち。その一つから、私は、ずっと逃げるように島を後にしていた。

 

----

 

「私は……その墓を、見ないようにしていた」

 

「ヒロちゃん……」

 

 線香の煙が、空に伸びていく。それは線香が燃え尽き、灰が積もっていくということ。灰と煙を巻き戻し、線香を掌に返すようなことは、もう起こるはずもない。

 

「この期に及んで、またずっと、私は逃げていて──」

 

「──それは」

 

 冬の風に凍りついた心を、あるいは精巧なステンドグラスを、まっすぐ砕くような声がした。

 

「それは、ボクも同じだよ」

 

 その賛成に、ただ、彼女の目を見る。私を見る彼女の目には虚ろ以外の全てがあり、だから、話を聞かなくてはいけないと思った。

 

「ううん、ボクの方がひどいかもしれない。この島を出た後、一度もここに来なかったんだ。ここにユキちゃんの、メルルちゃんの、死んでいった人たちのお墓があるのは、とっくに知っていたのに」

 

「それは、それは違う!」

 

 砕けた氷をもう一度砕くように、ただ、吐露をする。

 

「でも、君は! この場所に来なくたって、いつも、ユキのことを考えていた! そんな形の追悼も、きっと──」

 

「──うん。でもそれは、キミも同じだったはずだよ、ヒロちゃん」

 

 砕けていく。堅牢だと思い込んでいた、冷え切った自分が。

 

「だから、ちゃんと話そう? 僕らが、この島を出てから、何を見て、どう生きてきたか」

 

「──ああ」

 

 正しくない行いだったのだろう。罪に足を引き摺られた、愚かな遠回りだったのかもしれない。

 

 それでも心を正しく砕き、少しずつ溶かして。この場所で、話したいことを見つけたんだ。

 

「花火を。エマと、見に行ったんだ。いや、エマは実際、屋台の方ばかり見ていたから、この表現は正しくないかもしれないが」

 

 墓の前で屈む。思い出話に意識を割く。割れた氷は溶けやすい。だから、涙は流れるのかもしれないな、と、思う。

 

「でも、そんな瞬間も楽しかった。花火は綺麗で、たまの屋台食も悪くなくて、でも──なんだろうな。一人、足りないとは、思ってしまうんだ」

 

 今、きっと、ひどい顔をしているのだろうな、と、考える。それは顔から垂れ落ちる液体の量と、ひどい顔で泣いているもう一人の友達からの推測で。

 

 けれど、それでいいのだろうと思った。

 

 そうしたいと、私たちは、思った。

 

「──君がいればなと、どうしても、思ってしまうんだよ」

 

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「お、おじゃましま〜す……あれ? エマちゃんとヒロちゃん、先に着いてるはずだよね?」

 

「久々の牢屋敷だし、迷子になってるんじゃねえか?」

 

「待ってるはずがどこにもいねーですわね。探しに行きます?」

 

「彼女達ならすぐ戻って来るわ。それまでみんなで準備だけしてしまいましょう」

 

「マーゴに連絡でも来ていたの?」

 

「いいえ? そうね……愛の力、ってことにしてみようかしら♡」

 

「全然信憑性ないですね、それ!」

 

「……キモいこと言ってないで、さっさと奥入れし! 荷物重いんだからさぁ」

 

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「みんな、今日は集まってくれて本当にありがとう!」

 

 よく通る声に、日暮れの食堂に集まった私たち12人が、雑談を少し止める。

 

「この【同窓会】の幹事を務めさせていただく、不肖、蓮見レイアだ。牢屋敷で、まさかこうやって成人式を開けるようになるとは思いもしなかった。いや、そもそも僕らの出会いは、少々刺激的すぎるものだったから、こうやって20歳を迎えてもなお牢屋敷に集まるなんて──」

 

「無駄に長えんだよ話が! さっさと本題に入れ!」

 

「す、すまない。手短にするよ……結構ちゃんと考えてきたんだけどな……」

 

 ココさんの野次でスピーチを中断させられ、レイアさんが少ししょんぼりとする。微笑ましい光景に微笑みながらグラスを傾けようとして、その手をハンナさんに掴まれる。

 

(まだ乾杯してないでしょうが!)

 

(あ、そうでした!)

 

 危ない危ない。少し揺らされて泡立つシャンパンを、そっと机に戻す。そんなやりとりの間にも、レイアの話は続いていた。

 

「……ということで、この牢屋敷のこれまでと、私たちの明るい未来に祈って! 乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 11人分の声と、グラスがぶつかり合う音が響く。一口。レイアさんがこの日のために持ってきたらしいシャンパンは、それなりにいいやつらしくて、多分かなり美味しい。……シャンパンの良し悪しなんて、まだあんまりわかりませんけど!

 

「ハンナさん、飲み過ぎないようにしてくださいね!」

 

「あんたの方が弱えーでしょうが……お水もちゃんと飲みなさいよ? もう介抱しませんからね」

 

「もちろん! 倍の量のジュースを飲んで、お腹をたぷたぷにします!」

 

「……まあ、酔い潰れるよりマシか」

 

 食堂を見渡す。私たちの大体がもう、お酒を飲める歳ではあるが、日程の都合上、まだ誕生日が来ていない人もいて。そういう人はジュースで楽しむことになっていた。別にこの集まりに厳格な警察なんていないわけだし、ちょっとくらい飲んでもいいとは思いますけどね!

 

「ノア、未成年飲酒は正しくない」

 

「えー。ヒロちゃんのけち」

 

「けちじゃない。ダメなものはダメだ。君がとてもお酒に弱くて、倒れてしまったらどうするんだ。この島の設備では滅多なことになりかねない」

 

「のあ、別にそんなに弱くないもん」

 

「……待てノア、それはどういう意味だ」

 

 あ、いました。厳格な警察。じゃあ飲まない方がいいですね。

 

 でも、そうなると……アンアンさんの方を見て、私は少し、考える。彼女も誕生日の都合で、お酒を飲めないはず。

 

 アンアンさんは私の視線気付いて、にや、とする。彼女はちょうど、自身のジュースに用意された焼酎を注ごうとしている所だった。

 

「……アンアン」

 

「ひっ! おまえ、背中に目があるのか……?」

 

 ノアの方を見たまま、ヒロさんが背後の少女を刺す。そんなやりとりに、みんなで、笑う。

 

 これは【同窓会】。くすぐったいほど和やかな、集まりの始まり。

 

 シャンパングラスを傾け、嚥下する。少し空いたグラスが、みんなの顔を歪めて延ばす。それがへんな虫眼鏡みたいで面白くて。

 私は、私たちは、ただ、屈託なく笑った。

 

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用意した冷凍ピザやポテトチップス類はほとんど食い散らかされ、雰囲気作りのためだけに持ってきた、本当に美味しくない缶詰類と、いくつかの果物だけがテーブルに残っていた。テーブルの状況はそれなりに散々たるもので、もはや誰のグラスて誰の皿かもわからず、立食パーティーじみた様相になっている。

 

 ……まあ、いいか。へべれけのハンナに絡まれているエマの様子を眺めながら、グラスを傾ける。続く喧騒に身を任せるように、身体を少し、隣の椅子の主に傾ける。隣の席に座っていた彼女が、少し驚いたように体を跳ねさせていた。結局、この身長差はあまり埋まらなかったな、と、彼女の顔を見上げて考える。

 

「……大丈夫かい、ヒロくん。少し飲みすぎているんじゃ」

 

「自分の適量くらいはわかっているつもりだよ、レイア」

 

 ここで、少し酔ってしまったみたいだ、なんて言葉を言ってみたい気持ちも、少しはあったのだけれど。そんな可愛げは酒では手に入らないようで。酒で捨てられるほど、私の羞恥心は軽くもないし。

 

 その言葉にレイアが、ふふ、と笑う。何かおかしかっただろうかと問いかけると、彼女は、

 

「じゃあ今、私にもたれかかってくれているのは、ワインのせいじゃないんだね?」

 

 なんて、言って。

 

 言って──

 

「〜〜〜〜〜ッ!?」

 

「ヒロくん!?」

 

 残っていたワインを全て飲み干した後、隣のグラスに残っていたウーロンハイを全て一気に行く。確かに一気飲みは正しくないかもしれないが、それ以上に正しくないものを飲み込むためには仕方ない。

 

「ヒロくん、ちょっと、落ち着いて!」

 

「撤回を求める! 私は、酔っている! すごく!」

 

「わかったから!」

 

 寄りかかっていた体を慌てて戻す時、肘でテーブルのコップを倒してしまい、レイアの膝に、盛大に水がかかる。

 

「あ……」

 

「大丈夫だよ、ヒロくん」

 

 一人でばたばたと、私は一体何をしているんだ。グラスを倒した音に気づいてこちらに近づいてきたのはノア。

 

「ヒロちゃん、何してるの?」

 

「う。その、これは……違うんだ!」

 

「とりあえず、まずはレイアちゃんに謝ったほうがいいと思うな」

 

「その、それは……すまない、レイア……」

 

「べ、別に気にしていないよ! でも、そうだね。いい機会だし少し着替えてこようかな。アンアンくん、着替えとかってどこかにあるかな」

 

 向かいのテーブルで自分の指に付いたのり塩を舐めていたアンアンが、その言葉にこちらを向く。

 

「確かノアのアトリエに、昔の服が何着か保管されていたはずだ。わがはいが案内しよう」

 

 二人は椅子を立ち、食堂を出て行く。

 

 私は、それを見送ってから……罰のように、本当に美味しくない缶詰に箸をつけていた。

 

「ヒロちゃん……?」

 

「少し、一人にしてくれ……」

 

「落ち込まなくてもいいのに。一緒に飲み直して、楽しくやろう?」

 

「ノア……」

 

 優しく背中を撫でてくる彼女を見て、私は、一言。

 

「未成年飲酒は、正しくない……」

 

「けち」

 

----

 

 回った酔いで、そこから少し、記憶が飛んでいる。覚えているのは背中をさするノアの手の感触と、呂律が回らない中説教をして、ココに笑われたことと、ナノカお手製のおはぎが、あまり酒とは合わなかったこと。

 

「ねえ、ヒロちゃん。レイアちゃんとアンアンちゃん見なかったかな」

 

 そんな中、私を酩酊から引き戻したのは、ミリアのそんな言葉だった。

 

「そういえば、二人ともちょっと前にいなくなっちゃったね」

 

「ああ、それはヒロちゃんがね──」

 

 ノアの言葉を遮って、代わりに私が説明する。

 

「その二人なら、今は確かアトリエにいるはずだ。……しかし、確かに遅いな」

 

 着替えるだけならすぐ戻ってきてもいいはずだ。アトリエで思い出話でもしているのだろうか。それとも……。

 

「事件の香りがしますね〜」

 

 自身の膝で眠っているハンナの髪を手で好きながら、シェリーがそんなことを言い出す。

 

「事件って……シェリーちゃん、大袈裟だよ。もう魔法はないんだし、ちょっと話し込んでるだけだって」

 

 ……きっと、そうだろう。けれど。嫌な胸騒ぎがする。何か、碌でもないことが起きているような。思えばこの牢屋敷の、あのアトリエに、嫌な思い出は当然ある。

 

「てか、そんなに不安ならヒロっちが呼んでくればいいじゃん!」

 

 ココの指摘は最もだった。自分が動きたくないだけだろうことが、少々気になるが。

 

「確かにそうだね。ちょっと呼んでくるよ」

 

「ヒロちゃん、一人で大丈夫? ちゃんとまっすぐ歩ける?」

 

「あまり馬鹿にしないでくれ、エマ。そもそもそんなに酔っては──」

 

 これは推測だが、老朽化した牢屋敷の改修の過程で、おそらくワックスがけなどが行われているのだろう。昔より食堂の床はかなり滑りやすい。おそらく。

 

「ボクと二人で行こうか、ヒロちゃん」

 

 床の私に差し出された手を、大きなため息と共に、私は掴む。

 

----

 

 二階、ノアのアトリエの扉をノックする。ドアノブは新しくなっていて、鍵付きになっている。この牢屋敷もずいぶん変わったものだ。

 

「レイア、アンアン? ずいぶん遅いが、大丈夫か?」

 

 ドア越しにそんな声をかけると、少し遅れて、何やら聞こえてくるのは二人の声。

 

「蓮見、レイア! 全て貴様が悪いのだ!」

 

「アンアンくん、落ち着いて──」

 

「うるさい!」

 

 何やら、ひどく揉めているらしく。私の隣で、エマが強く扉を叩く。

 

「二人とも!? 聞こえる!?」

 

「聞こえている! 少し待っていろ、今こいつを──」

 

「ほら、心配して二人も来ている。もうやめよう。これ以上暴れるなら、少々手荒なことをしなければいけない」

 

「うるさい! この──あ」

 

 ばたばたと、物音がして。そして──その物音が、止まる。

 

 静寂を破るのは、エマの激しいノックの音。

 

「レイアちゃん!? アンアンちゃん!? 何があったの!?」

 

「……アンアンくんが」

 

 大仰なほどの悲壮感を持ったその声に、私の、私たちの心臓は、否応なしに早鐘を打つ。

 

「アンアンくんが、中庭に──」

 

「きゃあああああああーーーー!?」

 

 その言葉に続いて、聞こえる誰かの悲鳴。──その理由を、つい、考えてしまう。

 中庭、薄暗闇。鉄柵に腹を貫かれた、夏目アンアンの死体。おそらく彼女は、そんなものを見たのだろう。そんな、想像をしてしまう。

 

 その悲鳴の理由を知るために、私とエマは、階段に駆け出していく。

 

----

 

 私とエマが中庭に着いた時、そこにはすでに何人か駆けつけていた。ミリア、アリサ、シェリー、ハンナ、ナノカ、ノア、ココ。ある鉄柵を中心に、少女たちは集まって顔を青くしている。

 

 そしてその中央にあったのは──赤い液体を胸の辺りから流して倒れている、夏目アンアン。

 

「アンアン、ちゃん……?」

 

 呆然と立ち尽くすノアに、思い出すのは、どこかの世界の記憶。

 

 私たちの後ろから、レイアが中庭に飛び込んでくる。

 

「アンアンくん! 待っていてくれ、今、手当を──」

 

「夏目!」

 

 レイアより早く駆け寄ったのは、アリサだった。そういえば彼女は、医療系の学部に進学したんだったか。

 

「クソ、なんでこんなことに──」

 

 アンアンの胸に突き刺さっているように見える鉄柵を、アンアン自身が握りしめている。赤い液体が血だとしたら、理由がそれであることは明白だった。

 

 しかし、先を越されたレイアが、何故か、困惑した様子でアリサを止めようとする

 

「アリサくん!? 私が診るよ、大丈夫」

 

「いや、ウチが診る。氷上みてえなことは出来ないけど、大学で応急処置くらいは学んで──あ?」

 

 焦った様子で駆け寄って、アンアンの手を取ったアリサが、その動きを完全に止める。それはまるで、ありえないドッキリに引っかかった人間のように。

 

「おい、まさかてめえ──」

 

 倒れ伏していたアンアンの手が、ぷるぷると震え出した気がする。

 

 いや。気のせいだろう。そんなわけがない。こんな会で、まさかそんな笑えない冗談を実行する人間なんて、私たちの中にいるわけがない。

 

「やれやれ、予想より早くバレてしまったなら仕方がない」

 

 何かレイアがぶつぶつ言い出しているが、気のせいだろう。こんな笑えない冗談に協力する人間なんているわけがない。

 

「エマ。まずは現場の確認をしよう」

 

「うん、ヒロちゃん」

 

 一言、指示を出す。背中の方から何やら『ドッキリ大成功』と書かれたスケッチブックを取り出していた被害者に、二人で歩いて行く。アリサを無言で退かして、被害者の脈を取る、という名目で、動こうとしている被害者の手首を掴む。うん。

 

「確かに死んでいる」

 

「うん。間違いないね。ちょっとも動いてないもん」

 

 じたばたしだした被害者を、二人がかりで押さえ込む。インドア派の被害者を動けなくするのは簡単だった。

 

「二階堂、桜羽、お前たち何を──」

 

「何って、決まってるよ」

 

「ああ。本当に悲しいことに、犠牲者が出てしまった。それなら、やることは一つだ」

 

「いや、生きてる、ドッキリだ。わがはい生きてる」

 

 気のせいだろう言葉を完全に無視して、私は宣言する。

 

「始めよう──魔女裁判を!」

 

----

 

 あらゆる怨嗟の遺物しかないあの裁判所は、当然すでに封鎖されているため。私たちは食堂に集合した。──封鎖されていなくても、使いたかったと言われるとNOではあるのだが。

 

 ともあれ、食堂の長机を囲う十二人。そのうち二人は逃げ出そうとして、私たちの冷ややかな目にそれを封じられ続けている。

 

「ヒロくん、その、これは一体どういうことだろうか……」

 

「? 被害者がいるなら、魔女がいるということだ。裁判によってその魔女を暴き、裁くというのは正しいことだろう」

 

「裁く、といっても、具体的に何をするんだい? まさか、いくら怒ったからって処刑なんてするわけじゃないよね……?」

 

 十五歳に戻ったかのように、いやむしろそれより小さくなったように、レイアが怯えながら聞いてくる。

 

「そうだね。次の同窓会費用を全額負担、というのはどうだろう」

 

「ヒロちゃん、ボク、次の同窓会はハワイがいいな」

 

「いいね。私の勘では今回の魔女はかなり稼いでいそうな気がするし、そのくらいが丁度いいかもしれない」

 

「ヒロくん……!」

 

 懇願するようなレイアの声。そんな声を出しても、今回ばかりは許さない。

 

「とにかく、徹底的に議論しよう。誰がこんなことを仕組んだのか」

 

 私の言葉に、同意したのはシェリーたった。

 

「私も、今回の事件はちゃんと掘り下げる必要があると思います! まだ見えていない裏があると思うんですよ、この事件!」

 

「裏……? 正直今回の事件って、あの二人の趣味の悪いドッキリで終わりだと思いますけど」

 

 テンションの高いシェリーの隣で、ハンナが言う。私も概ね同意、なのだが……それだけだとすると数点、不可解なことがあるのも事実だ。

 

「とにかく、事件の概要を話してみてほしい。私たちの大半はほとんど食堂と厨房にいたから、何が起きたのかわからないの」

 

 ナノカが冷静にそんなことを言う。ここまで冷静に話すナノカは五年ぶりに見たかもしれないな。

 

「そうだな。では、事件の概要について話してみようか」

 

 議論が、始まる。命掛けでもなく、対して騙し合いもなく、裏切りとかもあんまりなく、なんならみんなちょっと酒を入れている──そんなぐだぐだとした、魔女裁判が。

 

「最後に私が【被害者】の姿を見たのは、レイアとアンアンが着替えのためにノアのアトリエに行ったところからだ」

 

「一つ、いいかしら」

 

 話の腰を折る。マーゴが嫌な笑みで、こちらを見ている。

 

「どうして着替える必要があったの? お色直しなんて必要な場じゃないわよね」

 

「それは……」

 

 口ごもっている私に変わって、ノアが答える。

 

「酔っ払ったヒロちゃんが、レイアちゃんにお水を溢しちゃったんだよね?」

 

「…………ああ」

 

「あら、そうだったの。ヒロちゃんにも可愛いとこあるわね♡」

 

「……わかったなら、話を続ける」

 

(マーゴ、知っていてわざわざ聞いたな……!)

 

 机の下で拳を握る。この拳がレイアとアンアンの次に向かうのはお前だ、覚えていろマーゴ……!

 

「とにかく、だ。二人は着替えのためにノアのアトリエに向かった」

 

「ヒロちゃんが、お水を溢しちゃったからね」

 

「それで、昔の服がノアのアトリエに保管されているというから、案内をアンアンくんに頼んだんだ。彼女はこの牢屋敷に最近までいたからね」

 

「ちょっと待ってよ!」

 

 レイアの説明に、エマが待ったをかける。

 

「ノアちゃんがそのことを知ってるってことは、その場にはノアちゃんもいたんだよね?」

 

「うん、のあもいたよ」

 

「それなら、どうしてレイアちゃんはノアちゃんに案内を頼まずに、アンアンちゃんに案内を頼んだの?」

 

「それは……! アンアンくんが、この屋敷にこの前まで居たからだよ」

 

「でもそれは、ノアちゃんも同じことだよ。何より……着替えがあるって言われたのは【ノアちゃんのアトリエ】だったんでしょ? それでノアちゃんに最初に声をかけないのは、やっぱりおかしいよ!」

 

 相次ぐ指摘に、明らかに動揺しているレイア。

 

(……確かに、そうだ。それが意味することは)

 

「つまり、レイアは意図して、アンアンと……【被害者】と、二人きりになった、ということか」

 

「うん。そうとしか考えられない」

 

 そう、やはりこの事件で一番疑わしいのは、レイアしかいないのだ。

 

「つーか、レイアっちはさっきほとんど自供してたんだし、当たり前っしょ」

 

「蓮見が怪しい、なんてのを証明するのに、わざわざ発言の揚げ足取る必要あったか?」

 

 そんな冷めた声も聞こえるが。しかし、そう、この後にひとつ、引っ掛かることがあるのだ。

 

「【被害者】とレイアさんが、二人きりで長い間居たのはわかりました! けれど、事件発生の瞬間まで一緒に居たかはわからなくないですか?」

 

「ああ。丁度私もその話をしようと思っていた。おそらく私とエマは……事件の瞬間を知っている」

 

「事件の瞬間を……【知ってる】、ですか。妙な表現ですね〜! 目撃、とは違うんですよね?」

 

「ああ。それを今から説明する。そうだね? エマ」

 

「え!? ああ、うん、そうだね。話さなきゃ。……ボクたちが、何を聞いたのか」

 

 議論を、発展させていく。皆の困惑の中心で踊るような心地に、ただ少し、懐かしさを感じながら。

 

「アンアンちゃん達がなかなか帰ってこないから、ボクらで迎えに行くことにしたんだ」

 

「1時間くらいは帰ってこなかったからね。ちょっと心配性すぎるかな〜と思ったけど、場所が場所だから、さ」

 

「私とエマの二人で、ノアのアトリエに向かったんだ。けれど、ドアには鍵がかかっていて」

 

「ちょっと待って」

 

 その言葉に口を挟むのはナノカだった。

 

「【ノアのアトリエ】に、鍵なんてあったかしら。私の記憶では、牢屋敷内部で鍵がかかるのは、地下牢と懲罰房くらいのものだったと思うけど」

 

「それはウチも気になってたな。ゲストハウスにも鍵はかかったと思うが、他の場所に鍵があった記憶はない」

 

 確かに私の記憶とも一致する。この牢屋敷において、鍵のかかる部屋に良い記憶はあまりないけれど。ただ、それももう昔の話だ。

 

「ノア、君ならこの疑問に答えられるだろう?」

 

「へ?」

 

 急に話を振られたノアは、少し、驚いた様子でこちらを見た。しかしすぐに気を取り直したようで、話を続ける。

 

「うん。のあが政府の人にお願いして付けてもらったの。ちょうど、ナノカちゃんとナノカちゃんのお姉ちゃんが、牢屋敷を出る前くらいだったかな」

 

「そうだったのね。荷造りでバタバタしていたし、あまり覚えていないわ」

 

「ナノカちゃん、牢屋敷最後の夜はなかなか寝かせてくれなかったものね♡」

 

「……われわれがまた会えるからと言っても譲らずに、朝まで一緒にゲームをさせられた」

 

「……あまり覚えていないわ」

 

 そんな微笑ましい一幕はさておき、だ。

 

「とにかく、ドアには鍵が【あった】。それは正しい情報だ」

 

「うん。ドアには鍵がかかってたんだ。だからノックしたら、中からアンアンちゃんとレイアちゃんの声が聞こえてきて。二人が揉めているみたいだったから、声をかけたんだ」

 

「喧嘩の仲裁を試みたんですね! そしてそれは失敗したと」

 

「そうなる、な。しばらくして声が止まって、レイアから『中庭にアンアンが』と言われて、同時に悲鳴が聞こえた」

 

「たぶん、おじさんの悲鳴だね。中庭にアンアンちゃんが倒れてるのを見ちゃったんだ」

 

「……あとは、みんなの知っての通りだ」

 

 その結びでみんなが一斉に見るのは、胸の辺りを赤く染めた【被害者】。アンアンはその視線に胸を張っている。張るな。

 

「なるほど。【ノアのアトリエ】からアンアンさんとレイアさんがいて、アンアンさんの声が止んだ直後に【中庭】でアンアンさんの死体が発見された。何が起きたかは明白ですね!」

 

 ……そう。アンアンがアトリエから中庭に一瞬で移動している以上、そうなってしまうのだ。

 

「アンアンはアトリエのベランダから【落ちて】、中庭で死体として発見された。そういうことになる」

 

 思い出すのは、いつかどこかの世界の中庭で起きた事件。アンアンは今回と同じように中庭で死体で発見された。でもあの事件は確か──

 

「ちょ、ちょっとストップしてくださいな」

 

 慌てた様子でその推理に待ったをかけるハンナ。どうやら、私と同じ仮定にたどり着いたらしい。

 

「それは発見されたのが本当に死体だったら成立するかもしれないけど。実際アンアンさんは無傷でここにいますよね。これは一体……?」

 

「現場付近にハンモックとかあったんじゃねえか?」

 

 アリサの質問は、おそらくみんなの頭の中にあったであろうこと。──前の世界でのアンアンは、ハンモックとスマホを使って、自身で飛び降り、死亡を偽装した。今回もそれと同様なら、近くに痕跡が残っているはずだ。しかし──

 

「いいえ、それは違うと思います!」

 

 探偵が、それを否定する。

 

「現場を検証しましたが、近くにロープや布など、クッションになりそうなものはありませんでした! 老朽化した柵はそのままでしたし、時間帯的にかなり暗かったので、そのまま飛び降りるのは非常に危ないと思います!」

 

「柵のない場所に飛び降りるだけなら、スマホのライトなんかをあらかじめ置いておけばいいんじゃないかしら」

 

 ナノカの指摘に、ミリアが首を振る。

 

「ヒロちゃんは『アンアンちゃんが黙った直後』に、悲鳴を聞いたんだよね? おじさん、アンアンちゃんが倒れてるのを見つける少し前から、シェリーちゃんと一緒に中庭にいたんだ。暗かったから確信はないけど、ライトなんかが光ってれば流石に気付くと思うな」

 

「そもそも、アトリエから中庭まではそれなりの高度だ。命懸けであることに変わりはないだろうな」

 

 そう。もし本当にそんなことをしていたなら、運動不足の少女が、まっすぐ立てているはずがない。一体どうやってアンアンは無傷のままここにいる?

 

 顎に手を当てて考える。自信のある様子のアンアンを見れば、わかる。随分と手の込んだ悪戯だということが。

 

 いいだろう。そっちがその気なら、全て解体してやるまでだ……!

 

 意気込むと同時、隣から、エマが話し出す。

 

「たしかに、アンアンちゃん一人ではこの状況は生み出せなかったかもしれない。でも、犯行現場にはもう一人いたはずだよ!」

 

「え、お、おじさんは何にもやってないよ!」

 

「いや、ミリアちゃんじゃないよ!」

 

 慌てるミリア。しかし、エマの言う犯行現場とはきっと【中庭】の方ではなく──【ノアのアトリエ】。即ち。

 

「レイア。やはり怪しいのは、君だ」

 

「……そうかな」

 

「アンアンちゃんに一人で犯行を行うのが難しいなら、【共犯者】がいると考えるのが自然なんだ」

 

「そもそも、犯行の瞬間まで二人きりでいた君が一番怪しいと言う話だったはずだ。それは今も変わらないよ」

 

 そう。今回は魔女因子の殺人衝動などなく、牢屋敷の規則もない、ただの悪戯。犯行を一人で行ったとは限らない。

 

「面白いことを言うね。私がアンアンくんを手伝ったと? 私にはそんな動機はないと思うけど」

 

「どうでしょう? レイアさんなら、ちょっと持ち上げられたらすぐやってくれると思います!」

 

「元ゴリラと同意見〜。レイアっちその辺ちょろいし」

 

「うっ……」

 

 その反応だけで、自供としては十分だとは思うが……しかし、せっかく用意してもらった事件だ。どうせならぐうの音も出ないほど、犯人を追い詰めてやろうじゃないか。

 

「そもそも私がいたとしても、アンアンくんが中庭に無傷で移動するのは難しいんじゃあないかな」

 

「そうかな。三人寄れば文珠の知恵と言うし、二人なったことで出来ることは格段に増えると思うけどね」

 

「けれど、二階から一階に人一人を下ろすというのは、私には難しいと思うな。介助人がいたとしても、紐なしバンジーは紐なしバンジーだよ」

 

「紐なしじゃ、なかったとしたら?」

 

「なんだって?」

 

 レイアが、本当に事件に関与しているとしたら。その仮定なら、この偽証は通る。

 

「簡単なトリックだよ。君たちは紐を使って降りたんだ。もっと簡単に言えば、おそらく──ロープ、だろうね」

 

「なるほど! アンダークライミングの要領で、アンアンさんは壁を伝ったわけですね?」

 

「そうだ。そして残ったロープはレイアが上から回収して、ダストシュートに入れればいい。……簡単なトリックだ」

 

 考えて見れば拍子抜けするほどに。だからこそ、疑念が残る。……こんなトリックで、アンアンがあんなに自慢げな顔をするだろうか? ……するかもしれない。

 

「証拠はあるのかい? ヒロくん。証拠もないのに人を疑う君じゃないだろう?」

 

 ──ここだ。ここを、偽証する。

 

「ああ。この裁判を始める前に、焼却炉に行ってきてね。……しっかりと、ロープが残っていたよ」

 

「……」

 

「さあ、観念しろ二人とも。今なら1時間くすぐりの刑とかで許してやっても──」

 

「……拍子抜けだよ、ヒロくん」

 

「なんだって?」

 

 レイアが、腹の立つ笑みを浮かべている。

 

「私は君とエマくんが来るまでの間に、この牢屋敷を少し探索していてね。──焼却炉にロープがないことは、すでに確認しているんだ」

 

「……その時点では、確かにロープはないだろうね。犯行前なんだから」

 

「往生際が悪いね、ヒロくん。私の言葉の意味がわからない君じゃないだろう? ──ないんだよ、ロープなんて。焼却炉にも、アトリエにも。なんなら、今から探してみてもいい」

 

「……いや、いい」

 

 ここの偽証をレイアが見破っている時点で、このトリックが間違っているのは本当なのだろう。してやられた、ということだ。

 

 しかし、そうなると一体どうやって……。

 

「おじさんも、ロープで下に降りるのは無理だと思うな」

 

 ミリアがおずおずと手を挙げて、発言する。

 

「おじさん、『アンアンちゃんが倒れてるのを見つける少し前から』中庭にいたんだけど。壁をロープで降りるなんてことをしたら、絶対、物音で気付くと思う。でも実際は、中庭はずっと静かだったんだ。それこそ食堂の方と、アトリエの方からちょっと声が聞こえてたくらいで」

 

 確かに、それはそうだが……いや。待った。今の発言は、おかしい。

 

「ミリア。君は事件発生の前から中庭にいたんだな?」

 

「う、うん。ちょっと酔い覚ましにね。偶然シェリーちゃんも一緒だったから、証言できると思うよ」

 

「確かにミリアさんと私は中庭にいました! 事件発生の五分前くらいからですかね〜」

 

「それで、ミリア。君はアンアンの死体をどうやって見つけたんだい?」

 

「え? それは……ふとそっちの方に目を向けたら、って感じだったな」

 

「物音がして、そちらの方を見た、と言うわけではないんだな?」

 

「……! 言われてみれば、特に、音とかはしてなかったかも」

 

「そう。つまりアンアンは、『音もなく現れた』。──あの高さから飛び降りたのなら、普通、そんなことはあり得ないんだ」

 

「でもそれってつまり、ヒッキーは中庭から一階まで、一瞬で、しかも音を出さずに移動したってことでしょ? そんなことできんの……?」

 

 その場の全員、正確にはアンアンとレイア以外が首を捻る。明かすべき場所は明白だが、答えは見つからない……一体、どうやってこの二人は、このトリックを成立させた?

 

「ふっふっふ〜……私、わかっちゃいました!」

 

 その状況を打開したのは、ある探偵の声。人差し指を立てて、キメ顔で彼女が宣言する。

 

「この事件の真相、全て! シェリーちゃんが解明してみせます!」

 

 先を越された、なんてことを言っている暇もないくらい、現状は手詰まりだ。彼女の推理を、一度聞いてみるか……。

 

「犯人はアンアンさんを、音も立てずに二回から一階まで動かせる人間。そんなことができるのは──」

 

「できるのは?」

 

「──【浮遊】の魔法を持つハンナさん! あなただけです!」

 

「……は?」

 

「何を言ってやがるんです? こいつは」

 

 みんなが呆気に取られる中、シェリーは話を続ける。

 

「だって、音も立てず一瞬で、人間を縦方向に移動させているんですよ? こんなの【魔法】しか考えられないじゃないですか〜!」

 

「橘、あのな……もうみんな、【魔法】は使えねーんだ。その証拠におめー、さっきウチに腕相撲で負けただろ」

 

「むぎぎぎ、悔しいです! あとでリベンジさせてください!」

 

「そんなのどうでもいいでしょ! とにかく、私は今【浮遊】なんてできません!」

 

「そうね。私ももう【幻視】できないわ」

 

「私の【視線誘導】も無くなっているよ」

 

「あてぃしも、もう見えてるものしか【見えない】〜」

 

「のあも、もう絵が【動かない】んだ」

 

「おじさんも、もう【入れ替われ】ない、かな。試してないけど……」

 

「私の【モノマネ】も、もう使えないわ」

 

「ボクは……うん、ボクの魔法も、もうないと思う」

 

「試してはいないが、私の【死に戻り】も失われているだろうな」

 

「絶対試しちゃダメだからね!?」

 

 そんなやりとりの中に、違和を探す。魔法しか考えられない、なんて言葉に、ずっと引っかかっている。

 

 ああ、いや、そうか。……彼女がもし、まだ、『それ』ができるなら。──この不可能犯罪は、あっという間に崩れる。

 

「──私も、シェリーに賛成だ」

 

「えぇ〜? ヒロっちまでおかしくなったん?」

 

「ヒロさん! ふざけなんでください! 私は犯人じゃねーです!」

 

「ああ、君は犯人じゃないよ、ハンナ。私が賛成すると言ったのは──『魔法でも使わないと、犯行は不可能』という点だ」

 

「魔女因子はもうない、のよね。何が言いたいの?」

 

 ナノカの問いを手で制す。今、応えてやる。

 

「ああ──共犯者は、『魔法のような技術』を使ったんだ。そうだろう──」

 

 指差す。ある一点、ただ一人。この事件の、もう一人の共犯者を。

 

「──宝生マーゴ!」

 

 眼前、彼女は笑う。

 

「面白い推理ね、ヒロちゃん」

 

 ただ。本当にただ、面白そうに、彼女は笑っていた。

 

「聞かせてもらおうかしら? 【モノマネ】で、どうやって死体を運ぶというの?」

 

「ああ、聞かせてやろう」

 

 繋がらない情報、細やかな矛盾が全て繋がるのは、きっとこの筋だけだ。なら、このまま突き進む。

 

「そもそも私とエマは正確には、【ノアのアトリエ】でアンアンの姿を見ていない。ドア越しに声を聞いただけだ」

 

「つまり、ボクらが聞いたのがアンアンちゃんの声じゃなくて、マーゴちゃんの【モノマネ】だとしたら、全部の辻褄が合うんだよ!」

 

 涼しい顔のマーゴに、私たちは畳み掛ける。

 

「そう。これならアンアンは、中庭の暗がりにでも身を隠しておけばいい。あとはマーゴが【モノマネ】であげた大声を合図に、明かりの下に出て倒れておく。これが、事件の全容だ」

 

 マーゴのポーカーフェイスは崩れない。だが、残念だったな。……アンアンの目が、少し、揺れた。やはり、これが事件の真相──!

 

 沈黙が、少し場を支配する。それを遮ったのは、マーゴの、ゆっくりとした拍手。

 

「いい推理だったわ、二人とも。もっと聴きたいところだけど──前提が破綻した推理で大きな顔をしている友人は、流石に止めなきゃね」

 

「ああ。私もちょうど、こんな冗談には友人としてしっかりお灸を据えなきゃと思っていたところだよ」

 

 論点はもはや一つしかない。そこを崩せば──私たちの勝ちだ。

 

「私の【モノマネ】はすでに失われている──それは、何よりヒロちゃんがよく知ってるはずよね?」

 

「ああ。だが君はあの魔法を、魔女化が進行する前から、ガラスの割れる音と逆位相の音を咄嗟に出せるくらい使いこなしていた。魔法抜きでも他人の声真似くらいできたって、おかしくないんじゃないかな」

 

「暴論ね。証明する手段なんて何一つない」

 

「そうかな? 今、君がここで私のモノマネでもやってくれれば、それが証拠になると思うが」

 

「この状況で私がやると思う? ──ああ、それともこの発言に『できないとは言わないんだな』なんて揺さぶりでもかけるつもりかしら♡」

 

「くっ……!」

 

 流石に、マーゴに今更こんな揺さぶりは通じないか……!

 

「そもそもヒロちゃんは勘違いしているわ。そのトリックは別に【モノマネ】抜きでも成立する。例えばそうね……スマホの録音機能を使う、とか」

 

「いいや。あれは確かに肉声だった。肉声とスマホの声を、あの近距離で間違える人間なんていない」

 

 偽証は、当然のように崩される

 

「嘘ね、ヒロちゃん」

 

「どうかな」

 

「ねえ、ハンナちゃん? スマホと肉声くらい、誰だって間違えるわよね?」

 

「うるせえです。……でも、そうね。確かにヒロさんの主張には、少し無理があるかも」

 

(ハンナからの心象が悪くなってしまった……!)

 

 しかし、スマホではダメだった理由は、確かにない……のか? いや、違ったはずだ。だって確か……。

 

「いいや、あの時のアンアンの声は、スマホでは成立しない。だって──」

 

 回想する。あの時のアンアンの声を。

 

『二人とも!? 聞こえる!?』

 

『聞こえている! 少し待っていろ、今こいつを──』

 

「──あの声は、こちらの声に反応していた。スマートフォンだったら、咄嗟に適切なものを再生したことになる。そんなことは考えにくいんじゃないかな」

 

「それにスマートフォンで再生していたなら、こちらの声に反応しないで、会話を続ければよかっただけだよ! きっと、犯人は咄嗟に、こっちの声に反応しちゃったんだ」

 

「っ……!」

 

 アンアンが、驚きの声を押し殺す。マーゴとレイアのポーカーフェイスにあまり意味ないのが可哀想になってきたな……。

 

「……スマートフォンではできないのは、わかったわ。でもね、ヒロちゃん。裁判の場でできないを積み重ねて、【消去法】で犯人を決めるなんて、ナンセンスだと思わない? ──私が【モノマネ】できたなんて明確な証拠、あるのかしら」

 

 ずっと、それを考えていた。マーゴの楽しそうな振る舞いにはどこか──【出題者】のような雰囲気を感じていたから。おそらく、この問題には【回答】がある。【モノマネ】ができた、という証拠が、あると仮定する。

 だったらその在処は──

 

「証拠は、確かにないのかもしれないね」

 

「じゃあ、ギブアップ、でいいのかしら?」

 

「話は最後まで聞くものだよ、マーゴ。……証人ならいる。そうだろう──」

 

 彼女なら。マーゴが【モノマネ】できると言うことを、どこかで知っていてもおかしくない。

 

「──ノア!」

 

 この裁判でずっとあまり喋らず、どこか上の空だった少女は、その言葉にまたこちらを向く。

 

「そもそも、アンアンはこの計画をいつ思いついたか? きっと、マーゴと一緒にこの牢屋敷にいた時なんじゃないかな。長い時間を一緒の場所で過ごしたんだ、マーゴが自身の【魔法】を……いや、【特技】を、披露しなかったとは思えない」

 

「ぐ、う、ヒロ……!」

 

「どうなんだい、ノア。君は、聞いたことあるんじゃないかな。マーゴが、アンアンの声真似をするのを!」

 

 ……ノアの、ぼーっとしたような顔が。少しずつ、少しずつ、笑顔と言って良い名前の形に変わっていく。それは例えるなら、理解に時間のかかる、酷くタチの悪い冗談を聞いたような、そんな顔。

 

「うん。マーゴちゃんの【モノマネ】は、すっごく上手だよ。ね? アンアンちゃん」

 

「ぐ、う……!」

 

「『我輩たちの、負けだ』……そうでしょう、アンアンちゃん」

 

 まだ何かもがこうとしていたアンアンを、アンアンの声が止める。レイアは苦笑いで、マーゴは本当に楽しそうな笑みで。……アンアンも遅れて、こちらを見て。頷く。

 

「ああ、異論はない。……わがはい達が、この『夏目アンアン殺人偽装事件』の、犯人だ」

 

 被害者にして、首謀者。未来の大作家様の、あまりにも笑えない冗談は、こうして全て暴かれた。

 

「事件を計画したのは、同窓会が決まった直後くらいのことだった。マーゴと二人で話していて、このトリックが成立することに気がついた。被害者とその影武者だけでは事件として成立しないから、犯人役としてレイアにも声をかけた。快く受け入れてくれて、レイアには感謝している」

 

「元々は、就寝前あたりに行うつもりだったんだけどね。私の服が濡れてしまうアクシデントがあったから、利用させてもらうことにしたんだ。それを口実に、私とアンアンくんは離席した。ここで、アンアンくんは中庭に移動しておく。酒の席だ、みんなの目を盗むのは難しいことじゃなかった。そういうの、私は得意だしね」

 

「頃合いを見計らって、私がノアのアトリエに移動して、アトリエの鍵をかける。──人が来る具体的な時間はわからなかったから、レイアちゃんとお芝居する時間が結構長くなっちゃったけど。その甲斐あって、エマちゃんとヒロちゃんは、まんまと引っかかってくれた、というわけ」

 

「……あとは、マーゴの声を合図に、我輩がこっそり中庭に倒れておくだけ。──本当はレイアに検死させて、死んでるように見せかけたかったのだが。アリサが居ることを失念していて、ぐだぐだとしたドッキリになってしまった。これは次回以降の作品の、反省とさせていただく」

 

 それが、今回の事件の全容。彼女たちの、自白。

 

「……言いたいことは、それで済んだかよ」

 

 アリサが、拳を鳴らす。今にも殴りかかりそうな勢いだ。

 

「アリサ、顔はやめておこう」

 

「ウチのことなんだと思ってんだよ! 殴らねえよ。……ほっぺたつねる程度で許してやろうと思ってたる」

 

「アリサちゃん、顔はやめておこう?」

 

「ほっぺたつねるのも顔判定なのか!?」

 

「仕返しに何するにしても、一回こいつら縛っておいた方がいいっしょ。マーゴっちとかもう食堂から逃げてるし」

 

「マーゴ!? 我輩達を裏切ったな!?」

 

「ロープを持ってきたわ。とりあえず、残りの二人だけでも縛ってしまいましょう」

 

「この申し出を受けた以上、覚悟はしていたさ、どんな罰でも甘んじて受けよう……!」

 

「わかりました! シェリーちゃん、蝋燭を持ってきますね!」

 

「何しやがる気ですのアンタ!?」

 

 そんな喧騒を、いまだにどこか、離れた場所から見ている少女。

 

 城ケ崎ノアの白い手を。私は、そうすべきだと思って、取る。

 

「ヒロ、ちゃん?」

 

「行こう、ノア。アンアンにとびきりの仕返しをしてやるんだ」

 

 手を引いて連れてこられたノアに、アンアンは、アリサにほっぺたをつねられながら、笑う。

 

「ノア! どうだった、我輩の渾身のトリックは!」

 

 ノアは、驚いた顔で、少しだけ、目元を拭って。その喧騒に、吸い込まれていく。

 

「みんな、アンアンちゃんは脇腹が弱いよ」

 

「──ノア!?」

 

----

 

 中庭に、足を踏み入れる。枯れた噴水と茂る草木、変わらない姿に──一つ、昔ではあり得ないもの。

 

 円柱形のそれの前で足を止めて、私はポケットからライターと、吸い慣れた銘柄の煙草を取り出す。口に咥え、口先に集めた空気で、煙草に火を付ける。ニコチンの作用は、しっかりと気分を落ち着かせてくれる。煙草から口を離した私は、最初からこの灰皿の前に立っていたもう一人──二階堂ヒロに、話しかける。

 

「煙草は正しくない、とは、言わないんですね」

 

「……ああ、正しくないよ。シェリー、君もやめるべきだと思うね」

 

「そうですか? 探偵に煙草はつきものだと思います!」

 

「パイプなら、そうかもしれないが」

 

 そんな軽口を叩く彼女の所作は、実際少しおぼつかない。実際、淀みない所作なんて、煙草には必要ありませんが。

 煙を、吸う。酸素ではないものを肺に回して、呼吸に呼吸以上の意味を持たせる。

 

 息を吐く。話すべきことは明白で、あとはどちらが切り出すか。──いいえ。私は自分から話す気がないのですから、あちらから話し始めるのは当然でした。

 

「……これで、満足か?」

 

「……なんの話でしょう」

 

「今回の事件、すべてのタイミングが出来すぎている。マーゴが食堂を抜けてからレイア達を呼ぶまで時間が経ちすぎると、マーゴの不在にも気付かれるだろう。でも実際はそうならなかった。彼女達の不在に気付いた時、呼びにいくよう誘導したのは誰だったかな」

 

「……」

 

 短くなった煙草の火を消し、灰皿に落とす。取り出した箱二本目をスライドさせ、引き抜き、火を付ける。離席しない、という無言の表明を。

 

「中庭の死体も、下ですぐに発見する必要がある。私たちが下に意識を向けずにノアのアトリエに入ろうとしたら、かなり面倒なことになるからな。結果的に、ミリアが偶然死体を発見したが……シェリー、君も中庭にいたんだったな」

 

「……証拠としては、弱いですね」

 

「ああ。だから裁判では君を裁けなかった。これは、ただの雑談だ」

 

「またまた。……私に、聞きたいことがあるんですよね?」

 

「ああ。……アンアンの思いつき、ただの悪い冗談だとだと、最初は思っていた。けれどマーゴも、レイアも、君も協力するとなると……きっと、違うところに動機があったんだろう?」

 

「どうでしょうね? 【面白そう】で引き受けてもおかしくない面々だと思いますけど」

 

「そうかもしれない。でも、私の考えは違う。この趣味の悪い冗談は、ある一人のために行われていた……と、思っている」

 

「……冷えますね、冬は」

 

 観念した、と言うように目を瞑って。ポケットから取り出すのは小さなスキットル。携帯しているウイスキーの熱い刺激で、喉を回す。

 

「話の最中に飲酒とは、あまり感心しないな」

 

「いいじゃないですか、体と喉をあっためたいんですよ。……ほら、それで。その一人って、誰なんですか?」

 

「……城ケ崎ノア。これはたぶん、彼女のための事件だった。そうだろう?」

 

「…………アンアンさんから電話が来たのは、ここに来る前夜のことでした」

 

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「……と、いうわけなんだ。この事件を成立させるには、あと一人、"目撃者"が足りない。それを、きさまにお願いしたい」

 

「手の込んだ、面白いトリックですね! 本当は解く側で参加したかったのですが……いいですよ。たまには探偵が犯人の協力者という展開も、やっておきましょう!」

 

「そうか、助かる──「ただし!」?」

 

「動機を、聞かせてください。みんなが楽しみにしていて、少し不安でもある同窓会の場でそんなことをするなら。……安請け合いするわけには、いきませんから。それが、条件です」

 

「……ノアがな。ひどく、我輩に遠慮する時がある。何をしていても、大きな負い目があるかのように、我輩を責めたりはしない」

 

「……」

 

「理由はわかっている。あの【入れ替わり】で見た光景で、ノアは我輩を殺している。別世界のことだとしても、責任を感じないわけではないのだろう」

 

「……それで、ですか」

 

「ああ。我輩はちっともあの時のことを気にしてなんていないのだと、この催しでわからせてやろう!」

 

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「正直、やりすぎだと思いました。トラウマを想起するだろうな、とも。でも……結局、私は協力することを選んだ」

 

「お陰でまた、私に探偵役が回ってきてしまった。まったく、正しくない」

 

「そうですか? 随分楽しそうだと思いましたけど」

 

「……はは。そうだな。否定はしないよ」

 

 二階堂ヒロという少女の、彼女らしい自嘲的な笑みを、私はただ見ている。

 

「でも、これ以降はもう犯人側はこりごりです! 来年は絶対、シェリーちゃんが探偵役をやりますからね!」

 

「まさかとは思うが、毎年恒例にするつもりか?」

 

「もちろん! 次は軽井沢の山荘なんかでやりましょう、同窓会! トリックの企画は任せましたよ、ヒロさん!」

 

「全く……でも、確かに。不可能犯罪を目指してみるのは、楽しいかもしれないな」

 

 二つの煙草の火が消える。どちらからでもなく、牢屋敷に足を向ける。

 

「不可能犯罪は名探偵に暴かれるためにあるんですよ、ヒロさん。あなたに、この名探偵シェリーちゃんの目が欺けますかね〜?」

 

「君がそんなことを言うのか……エマに破られる程度のトリックしか考えられない探偵に、私が負けるとは思えないけどね」

 

「言いましたね! この〜!」

 

 堅固な蝶番は開かれるためにあり、不可能犯罪は解き明かされるためにあり──そして、心も、きっと。閉じるためではなく、開くためにあるのでしょう。

 

 だから──だから、そうですね。

 

「ヒロさん」

 

「なんだ」

 

「もう、エマさんと手とか繋ぎました?」

 

「……馬鹿にしているなら、相手になるが」

 

 もう何も閉じ込めていない地下牢にいることを、ただ、楽しく思えることが。

 

 私は、私たちは、本当に嬉しいのだと思います。


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