少しでも多くの人に読んでもらえたら嬉しいです。
では、どうぞ!
※2025/1/3
改めて読み返してみると文章や構成がごちゃごちゃしているような気がしたので少し直しました。ストーリー内容は基本的に変えていないので、一度読んだ人は読み直さなくても大丈夫です。
そのお客は最初から変な家族連れだった。
私、井ノ上たきなは喫茶リコリコで働いている店員だ。今は喫茶店の青い着物風の制服に身を包み、腰まで届く黒髪は邪魔にならないよう左右で結んでいる。
自分で言うのもなんだが常連客の人からは可愛いと評判の看板娘だ。
私は片付けが終わった三つの席を埋めるため、外で待っているお客に声掛けをする。
「稲葉でお待ちのお客様ー。席が空いたのでご案内します」
今は6月といっても日中のコンクリートはジリジリと暑くお客様を待たせるわけにはいかない。
「「はーい!」」
私の声に同時に2人の女性が手を上げた。
一方は20代の女性で友達連れの2人組。
もう一方はすごい美女だった。濡れたように艶やかな黒髪に、これまた均整のとれた美しい輪郭。印象派の画家が筆で描いたような流麗な眉が印象的な女性だった。
「お母さん。それは前に使ってきた苗字」
「あ、そうだったなーちゃん。すみません勘違いでした。あははっ!」
女性はガハハと豪快に笑うと引っ込んでいった。
おそらく親子づれなのだろう。隣で注意した娘さんもかなりの美少女で、母親譲りの黒髪を無造作にまとめていて野暮ったい眼鏡をかけている。だがそれでもハッとなるルックスだった。
たきなは再婚でもして苗字が変わったのだろうと推測した。接客業をしていると色々な人間関係を眼にする事が多い。これだけの美女だ。言い寄ってくる男なんて星の数程いるに違いない。複雑な家庭事情なのかもしれない。
私は気を取り直して誘導を再開する。
「次、小野寺の名前でお待ちのお客様。どうぞ」
「「ああ」」
また2人同時に手を上げた。一方は20代のカップルの男性で、もう一方は何だか見るからに固い表情の男だった。
良く引き締まった体の偉丈夫で、むっつり顔で口をへの字口にしていた。左頬にはうっすらと十字傷がある。
「お父さん。それは前の前の偽名だよ」
「ああ、そうだったか。すまない安斗」
こちらも親子連れだろう。隣の息子さんは見た感じ小学校低学年くらの男の子で、注意されたお父さんは無言で手を下ろした。。
というか今、偽名と言ったか!?偽名と!?
複雑な家庭事情で済まされない不穏なパワーワードが飛び出した事でたきなは動揺した。だが、店の外を見ると待機しているお客が 行列を作っている。
炎天下の中お客様を待たせる訳にはいかない。たきなは頭を振り雑念を追い払う。
「次、相良の名前でお待ちのお客様」
空いた最後の席にお客を誘導するべく声掛けをした。
「はーい!」
「ああ」
「んっ」
「やっと中に入れる」
先ほどの怪しい親子連れの二組が手を上げた。どうやら家族連れだったようだ。
「千束、千束・・・・・!」
私はカウンターに食器を返しに行く先輩店員の少女を手招きして呼び止めた。
「どったの?」
たきなの呼び掛けに喫茶店の同僚、錦木千束(にしきぎちとせ)が振り向いた。
その姿は赤い着物に身を包んだ美少女で、年頃の少女らしい丸みを残した輪郭 をしていた。薄く淡い桜色の髪色をボブカットにし、そこに浮かぶ赤い二つの瞳が彼女に幻想的な魅力を与えていた。
彼女は日本の平和と治安を守る国の秘密組織《DA》に所属する戦闘員《リコリス》だ。その中でも凄腕のファーストと呼ばれるリコリスでトップの証である赤の制服を着る事が許された存在だった。
しかも、千束はそのファーストリコリス達の中でも特別な存在であるらしく、この喫茶リコリコは彼女の為に作られたDAの支部だとたきなは聞かされていた。そしてたきなもリコリスであり、千束より一つランクが下のセカンドと呼ばれる黒服の制服を着る立場だった。
「あの家族、変なんです!」
たきなは先ほどの家族が座ったテーブル席を指差す。
暑い炎天下の中立たされたせいで母親と息子は椅子に座ると体をダランとさせていた。母親は欠いた汗をハンカチで拭き、男の子の方はテーブルの上体をさらしてくつろいでいる。天板のヒンヤリした感触が気持ちいいのだろう。
それとは対照的に父親と娘の方は無表情で汗一つ欠いていなかった。背筋を伸ばして礼儀正しいというか、ロボットのように直立不動といった姿勢で椅子に座っていた。
「ん〜、そこまで変かな。普通の家族じゃん?」
「いえ、実はさっき・・・・・」
たきなは先ほどの顛末を説明した。
「何それ。そんな潜伏先を転々としてる夜逃げ家族でもあるまいし・・・・・」
千束は苦笑を浮かべ半信半疑な感想をたきなに言う。
「でも、本当なんです!もしかするとDAを狙って家族に扮してこの支部を襲撃しにきたのかもしれません!!」
「ハリウッドでもないのにリアリティないって。実際にあるわけないじゃん、そんなの?」
それを言い出したら自分達の存在の方がよほどフィクションでリアリティがないと思うのだが。
しかし、家族を遠目に見ていた千束が急に目を細めた。表情が真面目な物に変わっていく。
「どうしたんです千束?」
「・・・・・・」
たきなの問い掛けに千束は押し黙って答えない。少し間を置いてから彼女は口を開いた。
「こりゃあ、本当にとんでもないハリウッド御一行様が来たからもしんねぇな」
「・・・・・どういうことですか?」
千束は目線をクイッと少女の方に向ける。
「あの眼鏡の子。スカートの下にナイフ隠し持ってる」
「ツッ!?。まさか!?」
たきはは驚愕の表情を浮かべる。
娘が武器を隠し持っていたなど自分は見抜けなかった。そしてそれを易々と店の中に入れてしまった自分の失態に歯噛みする。
「それに座ってても重心の乱れがない。体術が強いヤツの特徴って感じ。周りへの警戒もそれとなくしていて怠らない。それと・・・」
相手を分析してツラツラと喋っていた千束が言葉を止めた。ゴクリっと喉が鳴り、こめかみに汗が一筋流れる。
「男の人。ありゃバケモンだ」
「え?」
「家族と一緒にいてリラックスしている。一見のびの〜び隙だらけ。でも全然弾を打ち込めるイメージがわかんわ」
こんな事を言う千束は初めてだ。いつも自信満々で怖いもの知らずな彼女だ。おそらく生き残ってきた強者だけが持つ直感めいたもので感じているのだろう。生物としての生存本能というヤツだ。
「近づいたらワンチャンあるかもだけど、その時点で取り押さえられそう」
「千束の目をもってしてもですか?」
千束はいわゆるギフテッドというやつだ。その世界では数人しかいないといわれる天才。彼女の場合は異常なまでの目の良さと動体視力。接近戦において彼女は無敵だ。それこそリコリスのトップクラス、ファーストの中でさえ最強といわれるくらいに。
「アタシの目に狂いがなければね」
「・・・・・」
私は唖然とする。
千束がいれば大丈夫。どこかそう思って安心していた。
でも、もしかしたら、自分の目の前で千束は負けてしまうかもしれない。どこの誰とも分からない男に。それだけならまだしも彼女の名誉が汚され、命を落とすようなことになったら・・・・・。
たきなは急に怖くなってきた。得体の知れない恐怖に肩を抱いて俯いてしまう。
「千束ちゃん、お団子まだ〜?」
常連客からの催促の声が上がる。
千束はハッと我に帰ると手にしていたお皿をカウンターに戻して、注文の商品の皿を取った。お客の所に向かおうとする。
「はい!ただいま!!」
「千束・・・・・!」
まだ立ち直れていないたきなは思わず千束の着物の裾を掴んでしまう。
「大丈夫だって。本当に襲ってくるならこんな人の多真昼間を狙ってこないって。それに本当にただの家族連れってオチもあるかもよ?」
「でも・・・でも・・・・・・!」
不安が拭えない。たきなは焦りで声を詰まらせながら不器用に目の前の少女に助けを求めた。だが、
「あれ〜、もしかしてたきなさん怖いのかなぁ?」
「・・・・・何ですって?」
目の前の少女はこちらの不安を知ってか知らずか、不敵な笑みを浮かべるとたきなをからかうような声音で喋り掛ける。
「もお、それならそうって素直に言ってくれればいいのにぃ。ほぉら、アタシの胸に飛び込んでも良いのよ。カモ〜ン♩」
千束とは短い付き合いだが、とにかく口数とスキンシップが多い。そのおかげで助かる事もあるが今回は逆効果だった。
たきなは激怒する。
「ハァッ!別に全然怖くないし、あんなどこにでもいそうな家族私1人で何とかできます!!」
彼女は千束の挑発に反射的に啖呵を切ってしまった。
(こんな時にそんな事言いますか?こっちは千束の見立てのせいですごく不安なんですよ。アナタが敵わないなら私だって無理じゃないですか。それを気にもせず呑気に!)
「うっし!じゃあ、1人でも大丈夫だね?」
心中で怒りが爆発するたきなだったが千束の言葉に目を丸くする。急速に熱が冷めていくのを感じる。
しまった!嵌められた!!
まんまと千束の手のひらの上で転がされたたきなは言質を取られた。
「ほらほら、心配してないで働く働く!」
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、無情にも千束は料理を持って次のお客の所に行ってしまった。
1人残されたたきなは憤慨する。千束はひどい女だ!私を不安にするだけして、1人置いていってしまった!心細い!!
「あのーすいまーん!注文良いですか!?」
注文の声が掛かる。
ビクッと肩が震せて恐る恐る振り返った。声の主はあの家族連れの母親だった。
注文の呼び出しを受けた以上たきなは行かなければならない。こちらの不安が悟られないよう淀みなく、だが一歩一歩慎重に家族の座るテーブル近づいていく。
「は、はい。ご注文をおゆ、お伺いします」
いきなり噛んでしまった
想定外の失敗に動揺しないよう務めたが、今のたきなの頭の中は恐怖と恥ずかしさでおかしくなりそうだった。
「あ、あの大丈夫ですか?」
母親が心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。まるで邪気のない、心からこちらを気遣っているような表情だが、たきなには楽しそうにペンチを持った拷問官が浮かべる笑顔の様な恐ろしい物に見えた。
大丈夫?まだ続けれそう?
たきなは太ももを抓り頭の中に浮かんだ嫌な想像を追い出した。
止まらない脂汗を拭う事も忘れて、ぎこちない笑顔を武器に家族に向き直る。
「だ、大丈夫です。ご注文を・・・・・」
この家族は千束でも勝てるか分からないのだ。
隙を見せてはいけない。いつ襲ってくるか。今?それとも注文を聞き終えて背中を向けた時?
とにかく警戒していないと。
「は、はあ。じゃあのこの団子三兄弟とブレンドコーヒーを」
「俺は母さんと同じも、」
「僕この巻きグソがいい!」
父親が母親と同じ物を注文しかけた所に息子の声がが割って入った。
「へ?」
私は思わず間の抜けた声を出してしまった。先程から頭の中を占拠していた物騒な想像から一変。子供のお下品な言葉に、緊張の糸が切れて私の身体は弛緩する。
「こ、こら安斗!なに言ってんの!すいません息子が変な事を。後で教育的な修正をしっかりとしておきますので。オホホ!」
「だって母さん。これどう見たって巻きグソだよ」
「まだ、そんなこといってこの子はって・・・ウソ!ホントに巻きグソ!!」
「でしょ?」
息子がメニュー表の写真を指差す。
私は目を見開く。そこには抹消したはずの黒歴史があった。最初から千束やミズキさんは気付いてたのに、意地悪く指摘しなかったそのせいで世に出てしまったあの・・・・・。
(ダ・レ・ダ!あのメニューを再びのせたのは!!!!)
私は心の中で怨嗟の炎を燃え上がらせた。ミシリと握っているボールペンにヒビが入る。今なら視線だけで人を殺せる気がする。
「・・・・・なんか昔食べたダイクウマリュウキング貝みたいな形してるわね」
「あのパチモノサザエ?」
「そうそうそれ、てっ、ちゃんとホットチョコパフェってメニュー表に書いてるじゃない!」
「でもこっちの方が分かりやすいじゃん」
「・・・安斗がこの店が良いって言った理由はソレ?」
今まで黙っていた娘が質問した。
「うん。エックスでバズってた。通称クソノワールだって」
「しかも、この見た目でホットなのか・・・・・」
今まで黙ってた父親が腕を組んで眉間に皺を寄せている。
「中々臨場感あるでしょ。父さん?」
「いや、流石の父さんでも、戦闘が長引いて食糧が尽きたことがあったが、排泄物に手をつけた事はないぞ」
「喫茶店でシモの話はやめなさい」
母親がどこからともなく取り出したハリセンで父親の頭をしばいた。スパンといい音が響く。
「痛いじゃないか母さん」
「店員さん困ってるでしょ!さっさと注文する!!」
母親がお下品な親子の会話を断ち切って、まだ注文の決まっていない父親と娘に見えるようビシっとメニュー表を突き出した。
「じゃあ、俺は母さんと同じもので」
「私はどら焼きバーガーと煎茶」
「は、はあ」
私は過度なストレスと急激な減圧で気の抜けたパンクしたタイヤのようにフニャフニャになった脳みそを働かせて、何とか紙にメモしていく。
「僕はホットチョコパフェとオレンジジュース!」
息子が最後に注文をいった。
今度は怒りに沸騰した頭を抑えながら何とかメニューをメモする。ホットチョコパフェの文字は強い筆圧強で書かれたせいで酷く滲んでいた。
もし、好評だったら続きも書こうと思います。