みなさんお馴染みのあの男が登場しますのでお楽しみ下さい。
ではどうぞ!
翌日の早朝。深夜遅くまでASの操縦系について最低限の講習を受けきった千束とたきなはあくびを噛み殺しながら演習場の前に立っていた。
彼女達はASのパイロットスーツに身を包んでいた。ピッチリとしていて少女の体のラインが浮き出たせている。
ASはカクテルシェーカと揶揄されるほど振動の激しい乗り物だ。マッスルパッケージを使用した第三世代ASなどはジャンプしただけで40m以上に達っする。その衝撃から身を守るのがパイロットスーツだ。
「おはよう諸君。昨日はぐっすりは寝られたようで良かったわ」
タンクトップに夜戦服のズボンとブーツを履いたマオがスッキリした顔で皮肉を言い放つ。朝から鬼共感ぶりを全開にして行くようだ。隣に立つ宗介も同じように上下夜戦服に身を包み、いつもと変わらないムッツリへの字を顔に貼り付けている。
「錦木と井ノ上にはASの基本動作について練習してもらう。主に歩行や荷重の移動といた最低限の物からだ」
ASの最初の訓練は主にこういった歩いたり、荷物の上げ下げといった普通の事から始める。ASは人間の肉体の延長線上と言われる。高い運動能力、戦闘スキルを持った物が乗れば強力な武器となるが、その動きを再現するにはやはり基本的な日常の動きが出来るようにならなければならない。
これをクリアすると戦闘起動の訓練に移っていく。
「では各自、そこに用意したサベージに乗り込むよう」
格納庫の前に膠着状態(土下座みたいな四つん這い)のまま待機した第二世代型AS、Rk92〈サベージ〉を指差す。卵形のずんぐりした胴体に手足が付いているカエルのようなシルエットのASだ。
自分の乗り込むASを見ると千束は明からさまに嫌そうな顔になる。
「えー、これトップガンに出てきた敵のヤラレ役じゃん。アタシ、あっちのカッコイイのが良いですけど?」
そうして千束が指差すのは格納庫の中にあった第三世代型AS、M9〈ガーンズバックアーマード〉だった。こちらはズングリとしたサベージとは違って八頭身のマッシブな見た目で、強いメカが持つ特有の美観のような物が備わっていた。
千束に発言に宗介は一瞬ムッとした表情を浮かべたがすぐに引っ込めて訓練計画に付いて説明して行く。
「初心者がいきなり第三世代型にのると機体のパワーに振り回される事になる。だからまず第二世代型で慣らしをしてから次にうつる。これは必要な処置だ」
「はーい」
宗介の説明に一応の返事はする千束だがまだ少し不満げな表情だ。昨日のクララとマオ達の夜遅くまで続いた講義も、今日かっこいいASに乗れるのをモチベーションに乗り切ったところもあるからだ。ご褒美がなくて不満なのだ。
「それに〈サベージ〉も悪くないぞ。もう実戦に投入されたから30年以上経つが今でも現役の傑作機だ。使えるオプションも豊富だし、場合によっては第三世代型より優れた能力を発揮する場面もある」
「たしか昨日の講習では第二世代型3機で第三世代型1機分の戦力計算と習いましたけど」
たきなが生徒のように手を上げ質問する。宗介は頷くとたきなを褒めた。
「良く覚えているな。えらいぞ井ノ上」
「い、いえ。任務ですから」
少し顔を赤くしたたきなの様子に気付かず宗介はベテラン教師のようにスラスラと説明を続けた。
「第三世代型は電気駆動のパラジウムリアクターを使用していて、確かにガスタービンエンジンの第二世代型に比べて圧倒的なパワーを有する。だが大きな質量が掛かった状態。例えば建物の瓦礫に下に埋まってしまった場合などでは第三世代型では身動き取れない事がある」
通電による収縮作用を利用したマッスルパッケージだと構造上の問題で関節を持ち上げたりすることが出来なくなるのだ。
「その点、第二世代型はガスタービンエンジンによる油圧駆動だから高い負荷が掛かった状態でも質量を跳ね返す事ができる。敵を大きな建造物の中に誘い込んで崩落させ身動きを取れなくしてからゆっくり始末する。という事も可能だ」
宗介はミスリル時代にナムサクでの戦闘で敵に鹵獲されたM9を相手に〈サベージ〉で撃破した事があった。
「機体構造の違いを突いた戦法ですね」
「そうだ。しかし本来ならそんな状況にならないように徹するべきだが、避けられない戦いという物もある。一応、頭の片隅に留めておいてくれ」
隣で鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔で千束が感心していると宗介はまだ説明を続けようとした。
「ちなみに現在でも〈サベージ〉のセールスは優秀でな。ソ連のリャカ設計局後発機の第三世代型のRk02〈セプター〉が出たのだが、そっちよりまだ〈サベージ〉の方が圧倒的シェアを誇っている。とにかく頑丈でどんな環境でも動くのでアフターマーケットも充実していて先進国以外の第三国に止まらず民間でも」
「あーストップストップ。千束にたきな。ソースケの事はほっといて早く機体に乗り込んじゃって」
「マオ。俺はただ〈サベージ〉の素晴らしさを伝えようと」
「やかましい。オタク語りは後にしな!」
マオにピシャリと一括されシュンとした宗介を尻目に2人はサベージのコクピットから吊るされた吊り梯子を登っていった。
千束とたきなは初めてのASのコクピットにぎこちなく乗り込む。ASのコクピットはオペレーターの手足を通す輪っかのような装置が設けられている。それが操縦者の動きをトレースし機体の動きに反映させるのだ。その為ASのコクピットはマスタースーツと呼称され、それら含めた操縦システムをセミ・マスタースレイヴ・システムと呼ばれている。
2人はマスタースーツに手足を通すと操縦スティックを握り込む。目の前のモニターが点灯し起動シークエンスを開始する。
《コクピットハッチ閉鎖――――マスタースーツ調整開始》
ハッチがプシューと音を立てて閉じると同時にマスタースーツにゆっくりと手足が締め付けられていく。
《起動モード4――――バイラテラル角を2.8→4.3に調整》
昨日講習でならった起動手順にならって調整する。バイラテラル角とは自分が腕や足の関節を曲げたらASがどれだけそれを動きに反映させるかというものだ。数値を大きく入力すれば関節の振り幅は大きくなるし、小さければその反対。狭いコクピットの中で人間がそのままの動きをするわけにはいかないので生まれたシステムだった。
《メインジェネレーター点火――――メインコンデンサ電荷上昇》
しばらくいくつも画面が出ては消えを繰り返すのを見守っているうちに全ての起動シークエンスを完了した。
《全関節ロック解除――――コンバット・マニューバオープン》
各部関節のロックが外れる音がして機体がすこし振動する。パイロットが動けばそのまま機体がトレースして動作に反映する状態になった。
『いい2人とも。まずは昨日言ったASの基本を思い出してみて』
マオの声がコクピットのスピーカーから聞こえてくる。
ASはの操縦システムはその特性上オペレーターの動きを映し出す鏡のような面がある。細かな癖や心の動き、不安等が機体の動きに出たりするのだ。ベテランのペレーターが見ると誰が乗っているのか一目瞭然という事もあるそうだ。
『よし。ではまず膠着状態から立位姿勢に移行してみろ』
宗介が無線で告げてくる。
まず両手を地面から離し、背筋を伸ばしてしゃがみの体制に移行するとゆっくりと膝の関節に力を入れて立ち上がる。2機のサベージが直立不動の状態になる。
『そのまま歩行に移れ。転倒したとしてもパイロットスーツが衝撃を吸収してくれるから思い切って踏み込め』
こういう場合、下手にビビってへっぴりごしになると動作が不安定になって転倒のリスクが上がる。自転車と同じだ。足元のペダルを見るより思い切って前だけみてこいだ方が真っ直ぐ進む。
千束のサベージがゆっくりだが迷いなく右足を踏み出す。次に左足。そしてまた右足と続いて演習場の地面を巨体が力強く歩いていく。
「おほー。こいつぅ、動くぞー!」
千束は初めてのASの操縦にテンションMAX。セミ・マスタースレイヴ・システムが彼女の動きを滑らかに再現しサベージが駆け抜けていく。
「え?」
同じように歩き出していたたきなは驚いて千束のサベージを見た。モニターに映ったのは歩行ではなく走り出している〈サベージ〉の姿だった。
初めてASに乗った彼女は駆け抜けていたのだ。
訓練初日から三週間後。市街地を模した演習場で千束とたきなは次の訓練に移っていた。2人は今M9〈アーマドガーンズバック〉に搭乗している。
「では今から基本編成の2マンセル立ち回りの訓練をしていく。仮想敵に警戒しつつゴールポイントまで移動してみろ」
宗介演習場近くの仮設テントでパイプ椅子に腰掛けながら無線機で二人に指示を出していた。
千束は初日の搭乗で走ってみせた後三日で基本動作をマスターして戦闘起動の訓練に移った。たきなはその四日後に基本動作の訓練を終えて合流することになった。
宗介やマオの目から見て千束のASオペレーターとしての才能は飛び抜けたモノだった。基本動作の訓練中にも地面に伏せた状態からのジャックナイフ起動で瞬時に起き上がってみせたり、宗介が以前話した脚部が故障した際の両腕を使った移動までしていた。
真綿が水を吸うなんてものじゃない。底の見えない穴に濁流が飲み込まれていくような速さだった。
正直、ここまでの才能は娘の夏美以外で見たことがない。宗介は1人の戦士としてこのダイヤモンドの原石をどこまでの出来に仕上げられるかという興味が湧いていた。
「よし、そのままお互い前方と後方に分担して警戒に当たれ。死角が生まれないように心掛けろ」
宗介の指示通りに2機のM9は一定の距離を保ちながら付かず離れずで市街地の建物を避けながら進んでいく。そこで不意にM9のモニターにホログラムの敵が映し出される。千束は俊敏な動きで建物の影に隠れる。たきなもそれ続いて近くの建物の影に隠れようとするが、M9の左足を民家の壁にぶつけてよろめいた。
『す、すいません千束。すぐに建て直します』
無線機から焦ったたきなの声が聞こえてくる。
『あ、いいのいいのそんな焦らなくて。もっと気楽に行こ』
『・・・・・すいません』
年頃の少女らしい意気消沈したたきなの返事が聞こえる。
比べるのは酷だが、たきなは千束の動きに着いていけていない。彼女も普通の訓練生以上の能力を見せていだが今回は共同訓練だ。訓練進度を合わせることが出来る方が効率が良いので二人の実力は拮抗している方が望ましかった。
しかし、現実は非情だ。神は一人の少女に破格の才能を与え、もう片方にはそうしなかった。その事実がさらにたきなの動きを硬く、萎縮させているようにも感じる。
どうしたものか。
千束がフォローしてくれているとは言えたきなは真面目な性格だ。自分が足を引っ張っている事を気に病んでいたら身に着く技術も手をすり抜けていってしまいかねない。
宗介は年頃の少女として接するのかそれとも一人の戦士として扱ったものか、頭を悩ませながら訓練を続けた。
翌日の朝早く、射撃場でたきなはライフルを撃っていた。
三百八口径。フレームがオリーブ色のスプリングフィールド狙撃銃を地面にうつ伏せになり構える。シエラネバダの山々から降り注ぐひんやりとした空気が彼女の神経を標的へと集中させる。冷たい風が彼女と標的までの間を流れていった。
たきなはまず50mの距離から撃ち始めてライフルの調子を確かめながら100m、150mと距離を伸ばしていく。
今は200mの的に挑戦しようとしていた。慎重にスコープで狙いを定めてトリガーを引く。
発砲。命中。
金属プレートの的に当たり、カーンと小気味の良い音がなる。
たきなは狙撃をしている時間が落ち着いて好きだった。リコリスの任務の特性上、狙撃銃よりハンドガンを使う場面の方が多い。なので普段訓練することはないのだが、D.O.M.Sは広い射撃場があるので気分を落ち着ける為に久しぶりにライフルを握ってみる事にしたのだ。
たきなは別に先に上達している千束に嫉妬しているという訳ではなかった。彼女はファーストで自分はセカンド。リコリスの中でも隔絶した実力差があるのは以前から同じだったし、たきなもそれを踏まえた上で千束とコンビを組んできた。今更千束の非常識ぶりに腹を立てることなんてなかった。
だけど、ただ寂しい。そう感じた。
千束は今回のAS訓練を無事乗り切るだろう。そして真島達を迎えうつ為、今までとは違う戦場に飛び込んでいく。
だが、相棒の隣に自分の姿はあるのだろうか?
千束が成長し自分と実力差が広がっていくたびにそういった疑問が頭をもたげるのだ。
ハンマーを引き次弾を装填。
次は250mの的を狙う。
発砲。命中
再びかん高い金属プレートの音がなる。
もしかすると自分は訓練に脱落しASオペレーターになれないかもしれない。己の手が届かないところで千束が1人で戦う事になるかもしれない。
そして千束が危険にさらされている間、自分は何も出来ない場所からただ彼女がなぶりものにされるのを指をくわえて見ている。
その瞬間がくるかもしれない。
そう思うだでけたきなは自分に対する怒りと悔しさが腹の奥から湧き上がって止まらなくなる。そして相棒の隣に立てない自分の姿に寂しさを覚えるのだ。
置いていかないで、と。
発砲。命中。
300mの的に命中する。
たきなは次弾を装填し次の的をスコープに納めようとすると、
「アレ、なんで日本の女子高生がいんの?」
隣から急に呑気な男性の声がした。
視線を向けるとそこにはブロンドの長髪に無精髭を生やした白人の中年男性が立っていた。年齢のわりに整った目鼻と端正な顔立ち。昔は美男子だったのだろう面影を残すおじさんだった。
「私は女子高生じゃありません。それと気が散るのでむこうに行ってくれますか?」
雑念を振り払いたくて集中しているのに、この男の声はなんだか癪にさわる。そっけなく言い放つと男はヘラヘラした態度で謝ってくる。
「悪い悪い。なんか若い子が頑張ってるみたいだし、ちょっとアドバイスしてやろうかと思ってよ」
たきなは男性の言葉を聞き流すとスコープに目を戻すとトリガーを引く。
発砲。
400mの的に命中する。
「必要ありません」
「うーん。おじさんこれでもライフルはそこそこ得意なんだけどなー」
「あなたが?」
「そうそう、これでも結構実践経験も豊富なんだよー」
胡散くそうな目でたきなは白人の男に視線を送った。
見るからに軽薄な感じで締まりがない。たきなのイメージでは狙撃の得意な男というのは、もっとこう仙人じみた寡黙さを持っているとしたものだった。標的が来るまで何時間、下手をすると何日も身動きせず粘り強く待ち伏せを続けなければならない。
だが、目の前の男からそういう雰囲気を微塵も感じられない。ライフルよりむしろ赤坂のセンベロ横丁でワンカップ片手に飲み歩いている方がしっくりくる。何故外国人なのに日本の飲み屋街が似合うのかたきなには良く分からなかったがそう思った。
(まったく、この会社にはまともな人はいないんですか・・・・・・)
専門的なASの抗議を受けた事でマオやクララへの初対面の印象は払拭されつつあったが、いまいちこの会社への不信感が拭えないたきなであった。
「よっし。じゃあ、おじさん若い子に良いとこ見せちゃうぞ〜」
「あ、ちょっと」
たきなが黙っていると男は了解の合図と取ったのか、隣の射撃石で立ったまま手に持っていたライフルを構えた。
するとたきなは男の手に抱かれたライフルを見てドキっとした。
それは今時珍しい樫の木で作らた木製ストックにくすんだ金属の銃身が年期を感じさせる。男の雰囲気とは正反対の厳かな三百八口径のライフルだった。
そして男がスコープを除いた瞬間、雰囲気が変わった。
そっきまでヘラヘラしていた空気は霧散し真面目な表情になる。隣にいる自分の事など忘れたように。
男がトリガーを引く。
発射。
・・・・・カーン!
たきなより遠くの的に命中した。離れた距離から空気を伝って金属音が遅れて届いてくる。
ライフルのスコープで的の位置を見てみるとその距離1000m。射撃場限界距離の的だった。
「・・・・・ウソ?」
「次、いくぞ」
自分の記録の倍上の結果を叩きした男にたきなは驚愕する。男はそんなたきなの驚きを置き去りに立て続けに弾を発射していく。
もう1000m以上の的がないので射撃場の外にあるさらに離れた針葉樹のマツボックリに照準を合わせる。
男がトリガーを引くたびに的にされたマツボックリに弾丸が命中し次々と吹き飛んで地面に落下していく。一発も外れない。
距離は測っていないので分からないが、おそらく1200m近く離れているだろう。
カートリッジの弾を打ち尽くした男はスコープから顔を上げるとニヒルなキメ顔をたきなに向けた。
「ざっと、こんなもんよ。ちょっとは見直した?」
「え? あ、はい」
男の予想外の腕前にたきなはかろうじて返事をする。男は真面目な雰囲気は消えまたあのヘラヘラした感じに戻っていたが、さっきとは違ってたきなは背筋が伸びる思いをした。もう見下したような目では見れない。
「お嬢ちゃんは筋が良いが肩に力が入りすぎてる。それじゃあ折角のセンスが勿体ねえぞ?」
「あの、あなたは?」
たきなは男性の正体が気になって思わず尋ねる。男はライフルを肩に担ぐとニヤッと笑って顎髭をなでた。
「俺の名前はクルツ・ウェーバー。一応、うちのカーチャンがここの社長してるんだわ。よろしく!」
男、クルツの自己紹介にこの基地に来て何度目か分からない驚愕をたきなは味合った。なんと経営者一族の方だった。
「どーよ。ちょっとおじさんからライフル習ってみねえか?」
たきなは空いた口が塞がらないまま、黙って目の前の男クルツの言葉に頷いた。