次回から今回のようなポカをやらかさないよう、チェックを怠らないようにします。
それではお楽しみください!
アメリカでの訓練が始まって一ヶ月と一週間。たきなとクルツを師事するようになって2週間程が経っていた。
D.O.M.Sのシエラネバダの山々を正面に面した市街地を模した演習場の一角。建物の間に隠れるようにたきなの乗ったM9〈アーマードガーンズバック〉が狙撃銃を模したボフォース57mm滑腔砲を膝を付いた狙撃姿勢で構えていた。D.O.M.Sで開発された仮想シュミレーターのARシステムによりモニターに遠方の山岳地帯に潜む仮想敵のASのホログラムが映し出される。
『敵機を発見。照準を合わせました』
「よし、撃ってみな」
演習場に設けられた仮設テントでパイプ椅子に座り長机に足を乗せたクルツがヘッドマイクでたきなに指示を出す。
グリップを握り込みトリガーを引く。D.O.M.Sが開発したAS用の訓練プラグラム、マウリッツシステムが即座に弾道を計算し着弾の判定を下した。
有効。
たきなの弾が命中し敵機のホログラムが崩れ去る。
『命中しました。敵側にこちらの位置がバレたと想定し狙撃ポイントを変更します』
たきなは射撃姿勢を解くとM9を器用に建物の高さより姿勢を低くしたまま移動を開始する。そこには以前のように気負った様子はなく機体を建物にぶつける事なく慎重に操るたきなの姿があった。
数日前からクルツは宗介に頼んで千束とは別にASを使った射撃訓練をしていた。
クルツから見てたきなには射撃の才能があった。クルツが射撃の指導を行いたきなにその動きをM9で再現させる。
ASの操縦習得で以外と効果があるのが自分の得意な動きをしてみることだ。身体に染みついた動きを九メートル台のASでしてみることで、自分の身体と機体の動きにどのような違いがあるのかを感じとる。
足首や関節をどれくらい曲げれば良いのか。どうすれば九メートルの巨体で再現可能か。
そういった自信と機体の動きの差を自分で能動的に考え埋めていく。
気付きがあり改善する事で一歩一歩理想の動きに近付いてく。そのたびに喜びがあり正のフィードバックが働いて更なる操縦技術の向上が望めるのだ。
たきなは今そのステージに入っていた。
千束に置いていかれそうになって焦っていたたきなにとってこれは良い突破口になった。狙撃を通して操縦のコツを掴み始めた彼女は自信を完全に取り戻していた。
「どーいう風の吹き回しよ?」
怪訝な表情を浮かべたマオがクルツのテントまでやって来た。夫の性格を知っているマオの声には彼の事を疑う剣呑な色が出ていた。
「どうって、何がだよ母ちゃん?」
「いつも仕事には中指立ててトンズラこいてるアンタが、珍しく自分から教官役やるなんてガラじゃないと思ってね。明日は槍どころか対物ライフル弾の雨でも降るんじゃない?」
「あら、これでも俺はやる時はやる男だぜ」
「どーだか。おおよそたきなが女子高生だからでしょ? あー、いやらしい娘よりも歳下の女の子に手をだそうなんて不潔よねー」
マオがネチネチと不満げな態度で背中を向ける。クルツは双眼鏡から顔を上げニヤッとした笑みを浮かべた。椅子から立ち上がり振り返ると両手を広げて妻に背中ら抱きつく。
「おーおー、可愛い事言ってくれちゃって。大丈だよ、俺が愛してるのは今もこれからもずっとお前だけだよ。メリッサ・・・・・」
最後のメリッサだけをやたら情感を込めて彼女の耳元で囁く。ニヤついてた顔もその時だけ年齢を重ねた事で生まれる父性を感じさせる甘いマスクに変え妻の肩に乗せる。
「もう、茶化さないでよ」
そう言いながらもマオはクルツの手を振り払おうとはしない。満更でもない様子で話を続ける。
「それで、なんでたきなの訓練引き受けたのよ?」
「ヒッデ、まだ疑ってんの?」
「違うわよ。社長として引き受けた仕事だから気になるのよ。たきな相方の娘に置いてかれてちょっとヘコんでから」
「あーそういうことね。まーなんつーかな。良い物持ってるのに勿体ないと思ってよ」
以外な言葉だった。
クルツは射撃の腕前はそれこそ世界で5本の指に入ると言って良いほどの男だ。だが天才ゆえにむらっ気が強く自分が認めた人間じゃないと教えようともしもしない。おかげでマオは彼に振った仕事をすっぽかされて毎回キレているのだが、そんな彼には珍しく他人を褒めている。
「アンタの目から見て?」
「まーね」
軽く返事をするだけだがクルツの目に最近見ていなかった生気のような物が宿っている事にマオは気付いた。射撃記録を娘のクララに記録を抜かれ、最新の誘導装置を使った現代狙撃にも興味を示さなくなった彼はここ十年ほど射撃に対する熱意を失って久しくなかった。
それがたきなという若い才能に触れて火がついたのだろう。
もうすっかりおじさんね。
内心思いつつ夫の張り切る姿に若い頃の彼が重なる気がしてマオは嬉しくなった。
マオも今の仕事に対して面白みを感じなくなり情熱を失っていた。だから珍しく自分から頼んできた昔の戦友の依頼を受ける事にした。そして箱を開けてみてびっくり。磨きがいのある才能の原石が入っていて、そうじゃないと思っていた片方の娘もクルツによって以外な才能を示しつつある。
久しぶり手応えのありそうな仕事に感じているのは自分も同じだった。
「ふーん、いいんじゃない。やってみなさいよ」
「お! それじゃあ日本に帰っても会えるように住所を」
「冗談でも殺すわよ?」
一方、たきなとは別に訓練をしていた千束は別の演習場で宗介が乗るソ連の第三世代型AS Zy-02〈シャドウ〉を相手に近接戦を想定した模擬戦をしていた。
千束の乗るM9がAS用の散弾砲ボクサーを発射しながら宗介のシャドウに接近する。あくまで牽制用に相手を動きを止める目的の攻撃だったので宗介は乱数起動でかわし、接近する千束のM9を訓練用のカバーで覆われた単分子カッターを右マニュピレーターにマウントして迎え撃つ。宗介のシャドウが鋭い刺突を放つが千束はそれを跳躍して回避。そのまま慣性に任せて着地。宗介のシャドウの背後を取ると千束のM9は単分子カッターに手を伸ばすと抜き打ちで相手の頭部に目掛けて一線する。
だが、宗介の駆る〈シャドウ〉は刺突の姿勢から大きくしゃがみ込むと足払いをして千束のM9を転倒させた。そのまま覆い被さると単分子カッターを相手のコクピットの装甲にコツンと当てる。
マウリッツシステムが撃破判定を下し機体の機能が停止して動かなくなった。
『大分動きは様になってきてはいるが、狙いがバレていると返り討ちにあうぞ』
「ちぇー、上手くいったと思ったのになー」
無線機越しの会話で宗介の指摘に千束は唇を尖らせた。
『今の距離なら胴体部を狙っていたら結果は違っていただろう。何故メインカメラだけを狙った?』
「そっち方が敵を殺さずに無力化できると思ったから」
千束は生身での戦闘でも相手を殺さないように立ち回りゴム弾を使用する。ASでもそのようにしようというのだろう。
だが、
『錦木。お前はまだそこまでの技量に達していない。下手な意地を通すと自身の命を危険に晒す事になるぞ』
宗介は子供達には殺しは禁じている。教育に悪いからだ。だから家族を狙ってくるテロリストを返り討ちにする際には日殺傷の武器や戦法を用いて自身も殺人をしないようにしている。しかし、千束やたきなは違う。公表されていないとはいえ正式にマーダーライセンスを与えられたエージェントだ。自国の安全を脅かす存在なら速やかに排除しなければならない。
「厳しーな。ソースケ教官は」
『自分だけが危険になるならまだ良い。だがそのツケを仲間の命で支払うことになるかもしれない。それだけは覚えおけ』
「・・・・・・・」
軽口を叩く千束だったが宗介の厳しい指摘に今度は流石に押し黙るしかなかった。
夏美は格納庫で日本の国産AS11式〈レイヴン〉を改造した、相良家の自家用AS〈アズール・レイヴン〉のコクピットに座ってた。ハッチを開いてコンソール画面をイジっていく。
今回の千束達との渡米に際し、これまで何度か使用している機体にどこか不具合が出ていないか、一度本格的にオーバーホールをしようという事になったのだ。
今日丁度、それが終わり工廠から上がってきた機体を夏美はセンサー周りからチェックをしていた。長い時間作業をしていたので喉が乾き、持ち込んでいた父が愛用する大塚製薬のお馴染みのスポーツ飲料に口を付け口の中を潤す。
と、そこに訓練を終えた千束のM9が帰ってきた。オペレーターが疲れているのか少し肩を落として機体の動きにも疲労が現れているように見える。M9が駐機姿勢をとり膠着状態になる。関節のボルトがロックされると頭部が下がりコクピットハッチが開く。スルリと中から出てきた千束が備え付けの縄梯子も使わずスルスルと降りて行った。
もう訓練が始まって一ヶ月半。慣れたものである。
夏美はチェック作業を中断すると自分もコクピットから出た。地面に降り立ち千束に向かって労いの声をかける。
「お疲れ千束。大分操縦にも慣れてきたようね」
「いやいや、夏美程じゃないよ」
パイロットスーツに身を包んだ千束の顔には苦しげな笑みと玉のような汗が浮かんでいた。水分と一緒に彼女の体力も汗腺から流れ出しているようだった。
夏美は僅かな逡巡の後、自分の手に持ったスポーツドリンクを差し出す。
「これ、よかったら飲みかけだけど」
「おお、サンクス。美少女の飲みかけとかいくらですか? デュフフフ」
あからさまに下品な笑みを浮かべた千束に夏美はスポーツドリンクの入ったペットボトルを高く掲げる。
「変な事言ってると上げないわよ」
「あ〜ん。怒らないで頂戴」
おどけた調子の千束だったがペットボトルを受け取るとゴクゴクと勢いよく飲む。半分以上飲み干した所でプハァと盛大に口元を拭った。
「お父さんの訓練厳しい?」
一息吐いた千束に夏美は父の教練指導について尋ねた。自分は2年ほど前に少しだけ教えてもらってから宗介が必要にASに触れないようにしていたからだ。
「もお、めっちゃ厳しい。それに今日はちょっと怒られちゃった」
「お父さんが?」
「うん。意地を通してたら命が危なぞって」
夏美は父の思わぬ一面に眉を上げる。そして千束の行動で心当たりがありそうな事が夏美の頭の隅に浮かんだ。
二人は近くの小さいコンテナに腰を下ろすと心当たりについて夏美は尋ねた。
「もしかして、普段の戦い方をASでやろうとしたの?」
「うん。でもソースケさん強いからあっさりかわされて返り討ちにあっちゃった」
千束は戦闘の際、なるべく相手を殺さないように立ち回る。ゴム弾を使った近接射撃やワイヤーガンを使った捕縛術で戦闘不能に追い込むのだ。
だから夏美は前から以前から気になっていた事を千束に聞いてみることにした。
「ねえ、どうして千束は相手の命にこだわるの?」
疑問に思っていた事だ。彼女の実力なら敵を殺傷してしまった方が早いだろう。それにリコリスはそれが認められている。
「別にこだわってないよ。強いて言うなら」
「言うなら?」
千束は夏美の質問に足をぷらぷらさせて少し考えるフリをした。
「気分がよくないから」
「・・・・・」
軽く返答する千束を半目で睨み返す夏美。
「いやいや、真面目な話だよ」
そんな彼女の視線に気付いたのか慌てて手を振る千束は話を続けた。
「人の時間を奪うのは気分がよくない」
先ほどと違い少し声のトーンが落ちた真面目な微笑で呟く。
「アタシはアタシのしたいこと最優先なの。楽しいこと、美味しいこと、やりたい事がいっぱいあるの。時間なんて足りないくらい」
千束の表情が少し寂しそうな苦笑に変わる。
夏美は千束の言葉に少し生き急ぎすぎではないかと思った。彼女は自分と同い年くらいだ。いくらでも時間はある。だが夏美は千束の話を遮る事なく相手の話に黙って耳を傾けた。
「でもさ、そんなハッピーな時にさ、思い出しちゃうじゃん。嫌な気持ちになっちゃうじゃん。アタシが悪党の為にそんな気分にさせられるなんて最悪」
そこで千束が夏美の方を向いて打って変わってニカっと表情を変える。
「だから、死なない程度に死ぬほど痛いめにあってもうらってわけ。あの弾めっちゃ痛いんだよー」
おかしそうに千束はカラカラ笑った。
気分が良くない。
夏美は父に襲ってくる相手でも殺す事を禁じられていた。理由は教育に悪いというもっともな物だったが、テロリスト達を迎撃しているときに疑問に思わなかったかと聞かれれば嘘になる。
そこで夏美は逆の事を考えてみた。
もし、父が他人を殺して平気な人間だったら。自分は気分が良くないだろう。
そしてもし、娘が人を殺してなんとも思わない人間だったら。
これは言うまでもない。
もしかすると、父はもっともらしい事を言っていたが根本的な部分では千束が今言った、感情的でありふれた理由なのかもしれない。
「それにさアタシはあのお店も常連さんの事も大好き。ずっと守ってアソコで楽しく過ごしたいの。だからやって来る悪党ども全員はぶっ飛ばしてこれからも続けたいの」
「そう」
夏美は短く答えてリコリコの事を思い出した。
あの喫茶店で働き始めて父は少し変わったように思う。
父はずっと山奥にいた。夏美は詳しくは知らないがそれは恐らく父が過去に経験した事、してしまった事から逃れられないからだろう。だから街への帰り道を求めて今も暗い山の中を彷徨っている。本当はもう帰り着いているのに。
だが、あの喫茶店で千束達や常連客と過ごすようになってから父の中で暗闇は少しずつ晴れきた。街の明かりに気付き始めている。
その切っ掛けを与えてくれたのは間違いなく最近友人になった目の前の少女だ。
もし、彼女に何かありリコリコが閉店してしまうような事があれば、父はまた暗闇の中を彷徨うことになるかもしれない。
それはきっと夏美にとって気分が良くないものになるだろう。
(あ、そういう事か)
夏美は千束の言わんとしている事が何となく分かった。
私は父や家族と平穏に過ごしている時間が好きなのだ。母の病気の都合があって、こうして家族全員で暮らせるようになったのは夏美にとってつい最近の事だった。その時間が悪党のせいで嫌なものになる。
たしかにこれは気分が良くない。
「ねえ、千束。相談があるんだけど」
「なに?」
殆ど思い付きに近い事であったが、夏美はソレを千束に相談してみた。
翌日の演習場。今日は動きが上達してきたたきなを交えて千束とのツーマンセルでの立ち回りの訓練を再開していこうと思っていたのだが、二人の間にもう一人の少女がパイロットスーツに身を包んで立っていた。
「何をしているんだ夏美・・・・・・・」
「私もアズールの慣らしを兼ねて千束達の訓練に参加したい」
「・・・・・・・」
娘の突然の行動に父は唖然とする。宗介はなるべく夏美にASに乗って欲しくない、出来るなら自分と同じような軍や暴力とは違う世界に進んでほしいと考えていた。
しかし、夏美には破格の才能があった。それこそ、対人戦における千束のような天賦の才能だ。これまで危険に遭遇するたびに幾度となく夏美はその才能の片鱗を見せてきた。だから、あまりD.O.M.Sには近づけたくなかった。今回のロサンゼルス行きだって正直、自分だけ単身赴任しようかと考えたくらだ。今まで夏美が訓練に興味を示すような素振りを見せていなかったから宗介は安心していた。だが、どうして急に心変わりをしたのか?
「夏美。これは遊びじゃないんだ。DAからの正式な依頼で錦木達に軍事訓練を施している。殺人を伴う技術なんだ。分かるだろう?」
「そうね。そしてASの訓練だわ」
夏美はAS操縦に関して並々ならぬ興味と向上心を持っている。
宗介は千束達の訓練を見ていて自分も触発されたのかと思った。
「違うの、ソースケさん。夏美はリコリコを守りたいから訓練に参加したいの」
「リコリコを?」
緊迫した親子の間に千束が割って入った。宗介は彼女から語られる娘の心変わりの理由に疑問符を浮かべる。
「ソースケさん、前々から普通の仕事がしたかったんでしょ? もし真島達をそのままにしてたらリコリコも危ないかもって・・・・・・・」
「大きなお世話だ」
宗介は憤慨した。娘に仕事の心配をされるほど自分は落ちぶれていない。
「いいんじゃねえか別に?」
そんな様子の宗介にクララが声をかけた。ごく軽い調子で言うが顔は笑っていなかった。
「自分や家族や友達の居場所を守りたいって気持ちはアタシにだって分かるよ」
「クララ・・・・・・・」
年上の親友の援護射撃に夏美は振り向いた。
「聞いた話じゃ、その真島ってクソヤローが千束達を襲ってきたって話じゃないか。ヤラレっぱなしなのはスジが通らねえ」
クララは11歳の時に母親のマオと社員が暗殺され掛けてD.O.M.Sがジオトロン社に乗っ取られた事件があった。そして、その火中に飛び込み仲間達と共に見事会社を取り戻した経験があった。非道な人間達による暴虐は許せないのだろう。
「クララ、お前まで」
「良いんじゃねえかソースケ」
夜戦服姿のクルツが宗介の肩を掴んだ。後ろにはたきながパイロットスーツを着て立っている。
「夏美には才能がある。力の使い方を早いうちから学ばせておいた方がかえって安心かもしんねーぞ」
「だがなクルツ」
宗介は反論しようとするがクルツは真面目な顔で自分の父親として経験から告げた。
「無理に押さえつけるのは絶対に良くねー。これだけは言っとくぜ」
「・・・・・・・」
自分より育児の先達である戦友の言葉に宗介は押し黙り天を仰いでしばし熟考する。
「・・・・・・・分かった。いいだろう」
「お父さん!」
いつもの無表情な夏美の顔に微笑が浮かぶ。
「ただし、あくまで夏美には武器を使った戦闘マニューバは教えん。あくまで相手の攻撃を避けたり安全に撤退する立ち回りについてだけだ」
「それでいいわ。後は見て覚えるから」
「・・・・・・・」
宗介は千束と軽くハイタッチを交わす我が娘を見て本当に大丈夫だろうかと思った。後でどう妻に説明しようかと思案し彼は溜め息を吐いた。