リコリス・リコイル! family   作:時葉花音

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突貫工事二つ目。
皆さんお待ちかね!今回はあの人に登場してもらう予定です。
では、お楽しみ下さい。


東京都墨田区の喫茶店「リコリコ」2−2

午後の昼下がり。混雑する11時から14時を乗り切った宗介達は誰もいなくなった店内で休憩を取っていた。愛妻の作ったカレーが労働と気疲れした身体に沁みる。

 妻のカナメは店のテレビでワイドショーを見ながらボーッとしている。店長のミカは飛び込みのお客さんが来ても良いように豆の補充や材料の袋を開けたりしている。夏美は読書、安斗はタブレットと、各人が思い思いに休憩をとっていた。

 カランッカランッ。

 そこに扉を開けてお客さんが入ってくる。

「すいません。お店やってますか?」

「ああ、はい。席にご案内しま・・・・・大貫さん?」

「あれ、相良君じゃないか?」

 入ってきたお客さんはかつて宗介が通っていた神代高校の用務員をしていた大貫善二だった。今は華々しく小説家へ転身。神楽坂に友人から格安で譲ってもたった邸宅で作家業を営んでいる。

「久遠先生!久遠先生じゃないですか!!」

 突然の大貫の来店に夏美は文庫版をほっぽり出して、さっきまでの鉄面皮が嘘のように笑顔で駆け寄ってくる。

「あら、大貫さんいらっしゃい」

「どうも・・・・・」

 かなめと安斗が挨拶をする。

「おやおや、皆揃ってこれは一体どういうことかね?」

 相良家一同を見回すと大貫さんは疑問を口にする。

「実は最近この喫茶店を手伝うことになりまして。今はこうして私達家族全員で働いているんです」

「なるほど」

 夏美の説明に納得した大貫は喫茶店の制服に身を包んだ着物姿の彼女をしげしげと見つめる。

「その格好もそういう訳か。中々可憐で似合っているじゃないか夏美さん」

「そんな、可憐だなんて、恥ずかしいです久遠先生・・・・・・」

 顔に手を当て火照ったように目を潤ませる夏美。そんな娘の姿を父である宗介は複雑な表情で見ていた。

「久遠先生?」

「ああ、紹介しよう錦木。彼は大貫さんと言って俺の普通の古い知り合いでな。現在は小説家をされているんだ」

「もしかして、久遠て久遠アキト?」

「そうだ。いやはや、君のような若い娘さんに知られているとは光栄だね」

「映画化されてるの見ました!すごくドラマティックなラブロマンスだったからもっと若い先生だと思ってましたけど、こんなおじいちゃんだったなんて・・・・・・」

 クリエイターの真の姿に唖然とする千束。

「・・・・・がっかりしたかね?」

「いえ、そんなことないですよ!むしろ、こんなイケてるおじ様が出て来てビックリ?してるところです!」

「ははは、何とも口の上手いお嬢さんだね」

「えへへ」

 照れる千束。

「是非とも原作小説も読んで千束。久遠先生の書く小説は繊細なようでいて大胆なストーリー展開が魅力なの。貸してあげるから」

 文庫本を手に千束に迫る夏美。

「ず、随分と熱心だねナミ。ファンなの?」

「ファンなんて。私如きが烏滸がましくてそんな・・・・・・」

 千束なんだか目の前の新しい同僚が厄介なオタクに見えてきた。

「どうして大貫さんがリコリコに?」

 その隣でかなめが大貫さんに質問している。

「ああ、作品のアイディアが中々浮かばない時はこうしてブラブラを歩いていてね。京都に哲学の道というのがあるだろ?大学の学生や教授達が川沿いの道を散策し日夜、勉学や研究の思索に励んだという。ソレをマネしているんじゃが、これが中々効果があってね」

「すてきです!先人の教えに習い自分も実践して新しい物を生み出すなんて。先生は天才なだけじゃなくて努力家なんですね!!」

 夏美は両手を胸の前で握り締めうっとりしている。

「いやはや、そんなに持ち上げられると照れてしまうよ。相良君の娘さんは人を褒める天才じゃな」

「そんな、天才だなんて・・・・・」

 また目の前で娘が両手で顔を覆いうっとりしている。まるで恋する乙女だ。

 宗介は天井を仰いで何度目かの苦悩をする。

 なんでよりにもよって大貫さんなんだ!

 自分の目の前でそんな、女の顔をするなんて。そういう事は俺のいない所で、最悪自分が死んだ後にしてくれ。

 と、世の父親達が一度は思い浮かべる情けない叫びを心の中で吐露する。

 宗介の隣に千束がよって来て耳打ちする。

「あの、ソースケさん。ナミってもしかして・・・・・」

「・・・・・ああ、大貫さんの大ファンなんだ。それもかなりの」

「あぁ、ぽいですね〜。顔が完全に憧れのアイドルを前にした女の子っていうより、もっとこう、惚れた腫れた的な・・・・・」

「やめくれ!最近、ずっとああだったのだ」

「最近?」

「ああ・・・・・」

 ポツポツと宗介は語り出す。

「以前、とある事情で大貫さんの原稿データを紛失してしまってな。俺達家族にも責任の一端があったから、執筆中の大貫さんの身の回りの世話を、その全部、夏美がしていたんだ」

「それはまあ、何というか、お父さんとしては心配ですなぁ」

「いや、大貫さんは分別のある大人だ。そんな事はあるはずない。が、娘の顔見ていると、こう、とにかく落ち着かないんだ・・・・・・!」

 そう大貫さんは良い大人だ。間違いなんて起こるはずがないと分かっているのだが、感情がとにかくコントロールできない。大貫さんのせいで俺は頭がおかしくなりそうだ。

 宗介は頭を振り、雑念を追い出す。

「それで、こうして喫茶店に入ったということは何か良いアイディアでも浮かんだんですか?」

「そうだった。忘れないうちに早く書き出してしまわなくては」

 とりあえず、自分の居た堪れなくなった心境を打破する為、大貫に話かける。

 そんな宗介の心中を知らずか、大貫はコーヒーを注文するとタブレットを取り出しキーボードを叩き始めた。すごい集中力で黙々と書いていく。

 流石に夏美も集中している所を邪魔するのは悪いと思い、少しでも憧れの人に近付きたい気持ちを堪えてコーヒーをテーブルに置くと黙って離れていった。

 その姿がなんだか、エースピッチャーに片思いする女子マネみたいに健気っぽくて。

 俺は仕事中に何を見せられているんだ。と、もう部屋の隅で怯えた子羊のように無様に泣きたい気分になった。

 そんなふうに悶々と考え込んでいるとキーボードを叩く大貫の手が止まった。腕を組んでウンウンと悩み始めた。

「どうしたんですか大貫さん。コーヒーのお代わりですか?」

 一応、店員としてお客の様子を伺う宗介。

「いやあ、ちょっと筆に詰まってしまってな」

「筆に?」

 ああ、いわいる創作が行き詰まったというヤツか。

「ああ、1942年のスターリングラードで主人公とヒロインがデートをした後、1945年の日本で密かに開発されていた巨大ロボットに乗り込んで、海からやってくる核汚染された巨大亀と戦うシーンなんだが」

(どんな話なんだ?)

 相変わらず、話の道筋がまったく理解できない。一度娘にも教えもらったが、時代が飛び飛びで内容が頭に入ってこなかった。

(「お父さんが先生の作品を理解出来ないのも無理はないわ。普段小説なんて読まないから」)

 妙に勝ち誇ったような夏美の顔を思い出す。

 どうやら、娘は大貫さんと古くからの付き合いのある自分に何か思う所があるようだ。それがどういう物なのか、父親の方はいまいち理解出来ないでいた。

「そうだ、相良君」

 そういうと大貫さんは宗介の顔を見て、打開策でも思い付いたのか話しかけてくる。

「君はここで店員をやっとるんだったね。よければ仕事の話を聞かせてくれないか?」

 大貫の提案に宗介は疑問符を浮かべる。

「い、良いですが、そんな事が執筆の手助けになりますか?」

「他人の話を聞くのは良いネタになるよ。特に接客業なんかは多くの人に接する。私も用務員時代に多くの子供達と接した経験があるから小説を書けている所があるんだ」

 スターリングラードや巨大ロボットVS巨大汚染亀がどう母校の生徒達と関係があるのか分からなかったが、宗介は今日の午前中にあった青年の話をした。

 すると、次第に大貫の顔が喜色に染まり始め、目が輝き始める。

「うん、良いね!実に良いよ相良君!!」

「そ、そうですか?」

 思いの外興奮した大貫に対して宗介は自信なさげに頭を掻く。

「悩んでいる君が困っている青年を助け、自分の問題も解決する展開が良い。特に最後のセリフが良い!浮気をされた青年に向かって『とにかく男はフ◯ッキンガッツだ!そんなアバズレ女は根性焼きにして犬にでも食わせておけ!!』というセリフには痺れた!」

 そんな事一ミリも言っていないが機嫌が良さそうなので宗介はあえて突っ込まないでおく。

「よし、アイディアが出てきたぞ!」

 そう言うと大貫さんは凄まじいスピードでキーボードを叩き始めた。画面がみるみる内に文字で埋まっていく。

「主人公は巨大ロボットに乗る直前にヒロインからお腹に別の人の子供がいる事が告げられる。ロボットは主人公の螺旋力によって動いるから、気分が萎えちゃって戦えなくなって大ピンチ!そこでヒロインは決死の覚悟でロボットの前で焼き土下座を敢行!!主人公はその姿に心打たれて巨大亀の甲羅をドリルで貫いて勝利する!!!決め台詞は『俺のドリルでカメ公をファッ◯ンガッツしてやったぜ!』だ!!!!」

 何を言っているのか宗介には理解出来なかったが、大貫さんは一仕事を終えて額を汗を拭っている。実に爽やかな笑顔で仕事終わりのサラリーマンがジョッキビールを飲むようにコーヒーをがぶ飲みした。

「ありがとう相良君。君のおかげ今回の締め切りも乗り切れそうだ!」

「お役に立てようで恐縮です」

 宗介の手を握ると大貫さんは千切れんばかりに腕を上下に振る。

「私は早速、出版社に行って打ち合わせをする。さあ、忙しくなるぞ!!」

 お代を支払うと大貫さんはスキップをしながら扉を開けて出ていった。その背中を見送った宗介は扉を閉じて店内に戻る。

「・・・・・・」

 そこには娘の夏美が腰に両手を付いて、こちらを怒気をはらんだ目で睨みつけるように見上げていた。

「あ、ああ、そうか。すまないな夏美。俺だけ大貫さんと喋ってしまって。今度は父さん奥に引っ込んでおくから」

 宗介は娘の不機嫌の理由を察して気を使う。

「・・・・・昔からの知り合いの余裕ってわけ?」

「は?」

 急に肩を振るわせ始めた夏美は、グッと宗介に向かって身を乗り出す。

「あまり調子に乗らないで父さん!」

「いきなりどうしたんだ夏美?」

 娘の豹変に戸惑う宗介だが夏美は止まらなかった。

「久遠先生の事を一番理解しているのは私なの!それを横から出て来て、先生の命とも言える作品に手を加えるなんて!!先生に手を・・・・・・」

 娘が何を言っているのか理解出来なかった。自分はただ困っているお客さんこと、大貫さんの手助けをしただけだ。喫茶店の店員としての本懐を果たしただけにすぎない。

「とにかく、次は私の方が久遠先生の役に立ってみせるわ。お父さんの出番はないから覚悟しておいて!!」

 そういうと眼鏡を外して泣きそうな目を手で拭うと、夏美は店の奥のトイレに駆け込んでいった。

 何も悪いことをしていないのに、なぜか自分が悪者になったような罪悪感だけが宗介の心に残った。

「まあ、ソースケさん。気を落とさないで」

 千束が事の成り行きが終わるのを見計らって宗介の肩を叩く。

「一体、どういう事なんだ?」

 訳が分からないといった調子で千束に質問する宗介。

「仕事の成功とプライベートはトレードオフですよ。家族との軋轢が生まれたということは仕事が上手くいっているということ。みたいな事プラダを着た悪魔で言ってましたよ?」

「そうなのか?」

「まあ、接客業が板に付いてちゅう事ですよ。ほら、自信持って!」

 いや、あの映画はアパレル業界の話だったような。なんだか自分の目指す接客業との乖離を感じつつ、宗介は妻のかなめに助けを求めるのだった。




僕はプロの作家ではないので分かりませんが、大貫さんみたいな原稿を提出すると編集者さんに怒られないんでしょうか?
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