夕方の繁忙期が終わり、もうそろそろ閉店の時間に迫ろうとしていた。
店内には窓際のテーブル席に座る女性客が1人だけだ。これが今日最後のお客さんになりそうだった。
宗介は時計を見る。
19:30。
閉店が20:00なのでラストオーダーの時間だ。
宗介は最後の注文をとりに行こうとテーブル席に向かう。移動しながらチラッと女性客を観察してみる。なんだかイライラしている様子だった。
親指の詰めを噛みヒールの踵をコツコツと床に打ち付けている。
(女性特有のホルモンバランスの崩れか?)
宗介は失礼な推測をしながら、今日一日の中で学び取った接客業の心得を実行してみる。まず笑顔。そして悩んでいるお客さんがいたら話を聞いてみる。
「どうされましたお客様?」
「あぁッ!?」
女性客はあからさまに不機嫌そうな顔で宗介に振り向いた。
「い、いえ、そのもうラストオーダーの時間ですので」
威圧感に思わず話題をすり替えてしまった。ぎこちなかった彼の笑顔も引っ込む。
やはり気の強かったり、機嫌の悪い女性は苦手だ。宗介はなんとか吃らないように注文の確認を取る。
「ああ、じゃあコーヒーのお代わり。それとホットチョコパフェ。何でも良いからメチャクチャ甘いのが食べたいわ」
「かしこまりました」
「そういえば、アンタさっき何か聞こうとしなかった?」
「・・・・・・」
回れ右して帰ろうとした所を呼び止められてしまった。
「いや、随分と機嫌が悪そうだったので、なにか悩み事でもあるのかと」
「悩み事・・・・悩み事ね・・・」
女性客は少し思案すると宗介に尋ねる。
「丁度良いわ店員さん。ちょっと私の話聞いてくれない?」
「・・・・・かしこまりました」
本当は嫌だが、こちらから話を振ってしまった手前断れない。それにこういう場合は断るという選択肢はほぼなく強制だ。
絶対に地雷を引き当ててしまったと宗介は後悔した。
「私の彼氏の話なんだけどね」
どうやら痴情のもつれのようだ。
「すごく頭が良くて素敵な人なの。見た目も悪くなくて、デートの時はしっかりコーデしてくれるから一緒に歩いてても、友達に紹介しても恥ずしくない。自慢の彼氏だったわ」
「結構な事じゃないか」
そんな善良な彼氏に何が不満があるというのか。
「でもね、その彼氏」
「?」
プルプルと肩を振るわせ始めた。両手に力が入り握り拳を作っている。
「私の事を振ってきたの!!」
ダンッ!と女性客の拳がテーブルを勢いよく叩いた。
「私と彼はお互い大学四年生で就活の時期。私は何とか就活を乗り切り希望だった都内での内定を貰ったわ。でも彼が『東北の裁判所に配属になりそうだけど、君はどうする?』って聞いてきたの!」
宗介はソレは別に振ってないのでは?と心中で疑問符を浮かべる。
(というか、東北の裁判所?)
どこかで聞いたような。
「自分で決める勇気もないくせにこっちに決めさせようなんて、本当デリカシーがないったらありゃしないわ!」
(それはおそらく、自分は付き合い続けるつもりはあるが、君はどうなんだ?と彼なりに気を効かしたのではなかろうか?)
宗介は頭の中で状況を整理してみる。
「話を聞く限り、完全に交際が解消された訳ではないようだ。君にその気があるなら付き合い続ければ良いんじゃないのか?」
至極真っ当な提案をしてみる。
「私に遠距離恋愛なんて出来る訳ないでしょ!?」
じゃあ、どうしろというのだ。宗介は眉根を寄せこめかみを抑えていると。
「だから私、言ってやったの。お腹の中にアンタの子供がいるって・・・・・」
何だと?
「大学でも成績優秀。法務省への内定も決まったトップエリートのこの私が男に振られるなんてありえないわ!だから腹いせに彼を困らせて養育費を毟り取り続けてやるのよ!!」
目の前でとんでもない事を言い始めた女性客に宗介はドン引きする。
というか間違いない。この女性客、午前中の青年の彼女だ!
「でも、今日の昼に彼から電話があったの。本当の自分の子か確かめたいからDNA鑑定させてくれって!」
ギクッ!と宗介は肩を振るわせた。
「散々追い詰めて精神をズタボロにしてやったのに、急に元気を取り戻しやがって!何がフ◯ッキンガッツよ!!」
ダラダラと滝のような汗が宗介の顔を伝ってくる。自分がアドバイスをしたなど絶対にバレる訳にはいかない。面倒事になる。
「絶対おかしい。誰かが彼に入れ知恵をしたに決まってるわ!」
思わぬ女の勘の鋭さに宗介は戦慄する。
「ソイツを絶対に探し出して、レイプ犯でも何でもでっち上げて追い詰めてやる!!」
ここに居ては危険だ。
宗介はソッとその場を離れようとするが、彼の肩にポンと手が置かれた。
「はい、ソースケさん。これ!」
千束がラストオーダーのホットチョコパフェとコーヒーを持って来ていた。どうやら自分が受けたオーダーをミカに通してくれていたようだ。
「あ、ああ。ありがとう錦木」
「じゃあ、頑張って!」
そう言うと千束はダッシュでカウンターに帰って行った。完全に傍観を決め込むつもりらしい。味方からの火力支援はないようだ。
「お待たせしまたした。注文の商品です」
「ああ、ありがとう」
女性客はホットチョコパフェとコーヒーを受け取るとガツガツ食べながら話を続けた。
「今度は大学の先生やゼミの皆に言いふらしてやる!そして、社会的に抹殺して大学での立場や特別職の内定を取り消しさせてやるのよ!アハハハハハハッ!!」
「ねえ、お母さん。あの女の人、巻きグソ食べながら邪悪な高笑いを上げてるよ!スカト◯だよ!!」
「ッシ!善良な一市民のように見てみぬフリをしなさい。」
店内の隅っこで安斗が女性客を指差して何か言っている。それを母のかなめが諌めているのだが、安斗は一体どこでそんな言葉を覚えてくるのか。今度、説教をしなくては。
というか母さんも見ているなら助けてくれ。
「ねえ、店員さん。店員さんも彼が悪いと思うよね!?」
女性客が血走った目で宗介に問い掛ける。口もとには血糊のようにチョコレートソースがダラダラと垂れていた。
「そ、そうだな。君は悪くない・・・・・」
とにかく、この時間が1秒でも早く終わってくれと思い相槌を打つ。
「そうよね。私は悪くないよね!悪いのは全部彼!私は傷付いてこんなに可哀想なのに、東北に行って彼女を作ろうとしてる彼がいけないのよ!!」
そんな事を青年は一言も言っていなかったが?
どうやら、彼女の中で被害妄想が加速して頭の中で勝手に話が出来上がっているようだ。
「あー、スッキリした!店員さんお勘定!!」
ホットチョコパフェを食べ終え、言いたい事を一通り言い終わると女性客はスッキリした顔で支払いをしようと財布を取り出した。
「コーヒー二杯とホットチョコパフェ一つで2100円になります」
宗介はレジで生産を済ませるとお釣りとレシートを渡す。
「話聞いてくれてありがと。また今度も来るわ」
二度と来ないでくれ。
そう思わず言いそうになったが、何とかその言葉を飲み込む。
女性が玄関の扉に手を掛ける。後もう少しだ。
早く帰ってくれ!
「でも、ひどい彼氏よね。私のお腹に自分の子供がいるのに認知しないどころか疑うなんて」
「だが彼は童貞だったんだろう?」
「え?」
「あッ!」
しまった!思わず言ってしまった!!
「・・・・・・ねえ、店員さん。何で私の彼が童貞だって知ってるの?」
「いや、君が話の途中でそう言っていたのでな」
「私、そんな事言ってたかしら?あら、ねえ店員さん。何で私から目を逸らすの?」
「いや、もう閉店なので時計の時刻が気になってな・・・・・」
「ふーん」
宗介は何とか話題を変えて誤魔化そうとするが女性客は追及の手を緩めそうにない。
「それより彼氏が童貞だったら君のお腹の子は別の誰かという事にならないか?それだと、いくら何でも彼が可哀想だと思うのだが・・・・・?」
もうこの際だから逆に攻めてみる。宗介は思っていた疑問をぶつけてみた。
「はあ!?私は処女よ!!すぐに股を開くような、そこら辺の女と一緒にしないで!!!!」
おい、この女とんでもない事を言い始めたぞ!
「ていうか、彼に入れ知恵したのはやっぱりアンタね!今からレイプされたって警察に駆け込んでやる!!」
誰かこの女を止めろ!!
というか、こんな奴が国家公務員試験に通るなんて面接官は何をしているんだ。
ミスリルの採用試験では情報部による経歴や背後関係の調査があったが、そこまでしろとは言わないが精神鑑定くらいはやっておけと宗介は叫びそうになった。
もう、ヤるしかないのか・・・・・!?
そう考え始めた時、店の扉がバン!と勢い良く開いた。
「手を上げろぉ!この女の頭が吹っ飛ぶぞ!!」
突然、現れた黒ずくめ男が女性客を拘束すると手に持ったハンドガンを彼女の頭に突き付けた。女性客はさっきまで勢いは何処へ行ったのか、呆気に取られている。
「何だ敵襲か!?」
「待って下さい宗介さん!!」
宗介は事態の急展開に困惑するが、そこにたきなが駆け付ける。リコリスの制服に身を包んで油断なく自動拳銃を構えていた。
「井ノ上か。これはどういう事だ?」
「DAからの依頼でパチンコ強盗犯を追っていたいたんです。拳銃で武装している為警察では被害が出るからリコリスが対処する事になったんです」
それで朝から姿が見えなかったのか。という事はミズキも一緒か。
「ゼエッゼエッ・・・・クソ、うら若き乙女に全力疾走させやがって、このヤロウ・・・・・!」
案の定、そこに息を切らしたミズキがヨロヨロと歩いてくる。激しく肩を上下させ、膝に手をを付いた彼女は苦しそうだった。
「近づくんじゃねえぞ!一歩で動けば引き金を引くぞ!?」
「ヒイッ!」
男はたきなに追いつかれ興奮しているようだ。このままでは女性客の命が危ない。
彼女も自分が置かれた状況を理解し始めたのか、頭に突き付けられた拳銃を見て青ざめている。
「イヤァッ、助けて!私は将来を約束されたキャリアウーマンなのよ!まだ、イケメン上級国民の彼氏もゲットしてないのに、こんなパチンカスの負け犬に殺されるなんて嫌よ!!」
「誰がパチンカスだ!ムカつく事言ってねえで黙ってろアマァ!」
女性客の発言にさらに興奮した様子の犯人。
「落ち着け!アナタも余計な発言は控えてくれ」
「だって!」
「大丈夫だ。必ず助け出す。アナタの身の安全は俺が保証する。だから大人しく冷静になるんだ」
「・・・・・・」
女性客は宗介の発言を聞いた後、押し黙ってしまった。
「俺を無視して話してんじゃねぇ!」
「まずお前の要求を聞こう。何が望みだ?」
「じゃあ、お前だ!手を頭の後ろ組んで膝まづけ!そこのJKは銃を捨てるんだ!!」
とりあえず、犯人を落ち着かせて交渉に持ち込もうした宗介だったが、相手は思いのほか冷静だったようだ。こちらを無力化させようと要求を突き付けてくる。
何にせよ意思疎通が出来るテーブルに乗せることが出来た。
いや、むしろここで交渉を御破産にすることで、虚言癖の女を犯人が片付けてくた方が世の中の為になるのでは、という考えが宗介の頭の片隅をよぎる。濡れ衣で通報されかけたし。
(いや、俺は何を考えているんだ?)
宗介は頭を振って邪な考えを追い払う。
「分かった。言うとおりにする。井ノ上!」
「分かりました。こちらも要求通りにします」
2人はアイコンタクトを取り合うとタイミングを見計らった。
宗介は手を頭の後ろに組んで、店の床に膝を突く。
「よし、次はJKお前だ!」
たきなはしゃがんで、道路に自動拳銃を置いた。
「そのまま銃を足で蹴って、こっちによこせ!」
「分かりました」
たきなは足で自動拳銃を蹴ろうとして、
「ッ!!」
そのまま蹴り上げた。自動拳銃が放物線を描いて犯人の顔を目掛けて飛んでいく。
「なっ!」
男は反射的に女性客の頭に突き付けていたハンドガンをたきなの蹴り上げた自動拳銃に向ける。
発砲!
その一瞬の隙を付いて宗介は立ち上がると同時に疾走。距離を詰め犯人に肉薄する。
「何!?」
「遅い・・・・・!」
宗介は犯人の手から女性を奪い取り救出すると、そのまま思い切り店の外側に蹴り飛ばす。
「グハアッ!」
地面に背中を打ちつけた犯人の肺から空気と共に嗚咽が漏れる。
続け様にたきなは鞄からワイヤーガンと取り出すと犯人を拘束。銃を持った手を思いっきり蹴って遠くに銃をやり無力化すると、簀巻きにされた男は地面の上でのたうち回った。
「クソッ!!店員とグルになって3000万は固かったのに、訳分かんねえ邪魔が入りやがって。何で女子高生が銃持ってやがんだよ!?」
「恨み言はあの世で言うんだな」
「ちょいちょいちょい!勝手に殺しちゃダメェ!!」
千束がケータイを取り出す。おそらくクリーナーに電話をして引き取らせるつもりだろう。
「大丈夫か?どこか痛い所などは」
自分の手の中で俯いて押し黙った女性客に声を掛ける。
無理もない。いきなり銃を持った男に人質に取られたのだ。きっと今まで人生で味合った事がないショックを受けているだろう。下手をするとPTSDを発症するかもしれない。ただちに然るべき医療機関で専門のカウンセリングを受けないと後遺症が、
「素敵!」
「は?」
救助された女性客は宗介を熱の籠った目で見上げている。なんだか頬を蒸気させ熱っぽい表情だ
「私の為に銃を持った男に怯む事なく向かって行くなんて!こんな勇敢な男の人は初めてよ!!」
「いや、別に君の為では」
「もお、そんな野暮な事言わないで」
女性客そのまま熱い抱擁を交わそうと抱きついてくるが、宗介が肩を掴み静止する。
「いや、君にはまだ彼氏がいるだろ?」
「もう忘れたわ」
「それに俺には愛する妻がいるんだ。君の思いに答える事は出来ない」
「あら、略奪愛ってやつ。私そういうのも嫌いじゃないわ!」
「何!?」
今度は女性客は無理やり宗介に熱いキスを迫ろうと顔面を近づけてくるがそれを手で押さえて拒む。
「あ〜、なんかデジャブ。昔も瑞樹と椿君の時にも似たような事があったわね」
「な、かなめ。違うんだこれは!」
「おー、ソースケさん。お客さんとの禁断の愛ですかぁ?もはやアタシが接客業の真髄を教える必要はないですなー」
「いや、錦木も見てないで助けてくれ!」
周りに助けを求めるが、皆ニヤニヤして見ているだけだ。
「違う。俺の目指している接客業はもっと平和で普通の仕事なんだ。こんな銃でドンパチとか痴情のもつれもない普通の・・・・・」
宗介は女性客を抑えながら天を仰いだ。
「ねえ、ダーリンこっち向いてよぉ!」
現実は非情である。彼は今日一日の自分の仕事風景を思い出す。今の状況といい、どれもこれもまともな記憶が出てこなかった。
「俺は、俺は普通の仕事がしたいだけなんだー!!」
宗介は理想と現実のギャップに慟哭をあげる。夜のリコリコに彼の心の叫びが児玉した。
「ところで店長。あのお客と宗介さんはどういう関係なんですか?」
「ふふ。話せば長くなるんだが、実はな・・・・・・」
たきなは事の事情をミカに聞く。自分がいなかった一日の間にリコリコで起こったチンドン劇に、たきなにしては珍しく腹を抱えて大笑いするのだった。
これで2章はおしまいです。フルメタル・パニックのキャラクター達を慣れさせる為にリコリコで働いていたらこんな感じかな、と想像しながら書いてみました。
相良一家はトラブル体質なので、多分これからもちょっとしたハプニングに見舞われそうです。
次からは本編の話に合流していく予定です。
ではまた続きでノシ
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