轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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10話:野良御者のタヅナと商人のエリン

 宿を出た俺たちは、街から出るために門へと向かう。

 

 門の前に広がる広場では、これからどこかへ出発するであろう《商人ギルド》の商人たちと、そんな彼らの護衛を務めるであろう《傭兵ギルド》の傭兵集団。

 加えて、そんな商人たちのお手伝いに駆り出されたのであろう《御者ギルド》の馬車も多数。

 

 結構な規模の一団が門の前に集まり、出発の時を今か今かと待っているようだった。

 

「へぇ……《御者ギルド》も駆り出すとは、こりゃかなり気合入ってるな」

 

 商売を目的とする《商人ギルド》と、人や物を問わず運搬が仕事の《御者ギルド》。この二つのギルドは一緒に仕事をすることも多いのだとか。

 

 よくある話としては、目の前の一団のように、商人個人の持つ人手で物が運べない時のお手伝いだな。

 もちろん依頼すれば金はかかるのだが、運搬量が増えればその分だけ儲けることができるため、《御者ギルド》を利用する商人は多い。

 

 見たところ、《御者ギルド》からかなりの人数が派遣されているようだ。大きな街で留まっている御者も多いだろうが……あれだけの数だ。

 護衛の傭兵の数も複数いるのを見るに、相当名のある商人なんだろう。

 

「大商人、ってやつか……」

 

「お兄さん、メルド商会のこと知らへんの? 先代が倒れて商会長が変わってからは、あんまりいい話聞かんから気ぃつけるんやで」

 

「おん?」

 

 一団を眺めて呟いた俺の独り言に対して、意外なことに隣から反応が返ってきた。

 ふと見てみれば、そこにいたのは若葉を思わせる淡い緑の髪をポニーテールにしたした女性。彼女はチラと御者台に座る俺に視線を合わせると、ニコッと笑って手を振ってくる。

 

「……どちら様?」

 

「おっと、急に堪忍なぁ? お兄さんええ男っぽかったから、つい話しかけてもうたわ」

 

「ハッハ、お口が達者なようで。そんなに褒めても、馬車は安くならないぜ?」

 

「ありゃ、バレてた?」

 

 そりゃもう、と彼女に笑みを返す。

 というか、バレる前提みたいな感じで来たやつがよく言ったものである。

 

 だからブー、そんな「踏み潰すぞ」みたいな目で彼女を見ないように。別に俺に色目を使ったわけじゃないんだから。

 

「で、何を運搬したいんだ? あんた本人? それとも商品か何かか?」

 

「商品の方やで。見ての通り、ウチは個人でやってる商人でまだ馬車がないんやけど……今回はこれや! って商品を見つけからぎょうさん運びたいねん!」

 

「なるほど。一応聞くが、《御者ギルド》には依頼しないのか?」

 

 俺の言葉に、「それやねんけどなぁ……」と彼女はため息を吐くと、黙って前を指差した。

 つられてみれば、そこには今まさに街を出発しようとしているメルド商会とやらの一団。

 

 ……ああ、なるほど。

 

「つまり、だいたいの馬車はあれに貸し出されてると」

 

「せやねん。ウチが行った時には、『もうあなたに派遣できる御者はいません』って言われたんよ」

 

「結構な数が駆り出されてるもんな、あれ」

 

「まぁ後で申請に来てた奴には派遣されてたけど。絶対ウチが無名やからって足元みおったで、あの職員」

 

 しゃーないけどな、と肩を竦めてみせる彼女に、俺は「お、おう……」としか言えなかった。

 

 彼女の言うとおり、馬車を持たない商人は商人として半人前、みたいな風潮は事実としてある。輸送能力で稼ぎは大きく変わるうえに、《御者ギルド》のように運搬の手伝いをしてくれる組織がいるとはいえ、自前でそれが用意できるかどうかも大事になってくるからな。

 

 今から街を出るメルド商会? ってところは自前で馬車を揃え、さらに馬車を大量に借りる金があるのだろう。

 

 ただ人を運ぶほかにも、こういった無名の商人を手伝うことも《御者ギルド》のお仕事だと思うのだが……まぁ、所属もしていない俺が考えたところで意味のない話か。

 

「そないな感じで、何かええ感じに野良の御者でもおらんかな思て探しに来たんよ」

 

「そこで俺に声をかけたか」

 

「せやせや。お兄さんの馬、ごっつおっきいやろ? これだけおっきかったら、ぎょうさん詰め込んでもイケる思てな!」

 

 上機嫌な様子で一歩引いた彼女は、そう言ってブーの馬体を眺めて満足そうに頷いた。

 

「こんっなええ馬体、ウチ初めて見たで! 色んな()見てきたつもりやけど、記憶にあるどの()よりもええ体してるわ! しかも美人さんやで! 馬の種類とか育て方とか、できれば参考にしたいんやけど……やっぱその辺は秘密にしてるん?」

 

「おお、ブーの魅力がわかるか! だがしかぁし! なんにも明かすつもりはないねぇ!」

 

「……フンッ」

 

 いつの間にか目をキラキラさせてメモを取る準備をし始めている彼女と、そんな彼女の勢いに乗って、ドヤ顔でお断りをする俺。

 第一、こちとらいつの間にかこの異世界に紛れ込んでいた身だし、ブーや従魔たちに関してはゲーム出身とも言えるだろう。

 

 つまるところ、聞かれたところで話せることなんて何もないのである!

 

 褒められたのが嬉しいのか、尻尾を揺らすブーに思わず笑みを浮かべた俺は、御者台を降りて残念そうに肩を落とす彼女の前に立った。

 

 ほそ目がちなのか瞳は見えないものの、どこか日向ぼっこをしている猫を思わせる顔つきには、つい警戒心というものが薄れてしまいそうになる。

 そんな俺の心情を察したのか、ペシンとブーが尻尾で俺の背を叩いた。

 

 わかっているとブーの馬体を一度撫でてから、俺は改めて彼女に向き直る。

 

「ともあれ、依頼なら大歓迎だ。ちょうど稼がないとと考えてたところだったんでな」

 

「お、ええの? 条件とか聞く前やのに。それともお兄さん、ウチに一目ぼれでもしたん?」

 

 彼女がそう口にした途端、嘶きとともにブーの蹄が激しく大地を叩いた。

 周囲の人々も、「なんだなんだ」と視線を向けるほどの破砕音。チラと見れば、ブーの足元、広場の舗装された地面にひびが入っている。

 

「……じょ、冗談、やで?」

 

「……フンッ」

 

 まるで弁明するかのように、彼女はブーに向けてそう言った。

 その言葉に、「よろしい」と言わんばかりに鼻を鳴らしたブーを見て、目の前の彼女は油の切れた機械のようにギギギとこちらへ振り返る。

 

「……ご、ごっつ頭もええんやね」

 

「フッフッフ……ブーを怒らせたくないなら、まともな条件を提示した方がいいぜ?」

 

 じゃないと必殺の一撃が飛んでくる、とブーのパンプアップした後ろ脚をポンと叩いてみせれば、彼女は「ヒエッ」と涙目になって条件を提示してきた。

 まぁ、ブーの脅しがなくても受けるつもりだったが……旅をして美味い物を食べるなら、お金なんていくらでもあっていい。

 

「――で、このくらいがウチの出せる金額としては限度やねんけど……どないやろか?」

 

 運ぶ物とその量。そして運搬先と彼女が払える額を聞き、「じゃあそれで」と俺は特に交渉することもなく頷いた。

 そんな俺の反応が意外だったのか、彼女は「ええの?」と首を傾げる。

 

「もっとこう……ウチの足元見て、高額になるもんや思てたんやけど」

 

「相場くらいは把握してるからな。悪質じゃなければ、基本受けるつもりだった。まっ、うちのブーにビビッて、相場よりも高めに払ってくれるみたいだからヨシとしておこう」

 

 サンキューなブー、と撫でてやれば、ブーは「ブッフン」と誇らしげに鼻を鳴らす。

 

 そんな俺たちの反応を見て、「や、やられたわ~」と目の前の彼女は天を仰いで笑って見せた。

 

「ウチ、商人としてはまだまだみたいや。お兄さんたちの方が一枚上手やったで」

 

 そう言って手を差し出してくる彼女に、こちらも「よろしく」と握手を交わした。

 

「せや、こんなけ話して自己紹介もまだやったな。ウチはエリン。フォルティア商会のエリン・フォルティアや!」

 

「俺はタヅナ。で、こっちは相棒のブーケファラン。愛称はブーだ。よろしくな、エリンさん」

 

「タヅナさんに、ブーちゃんやな。高いお金払うんや、きっちりしっかり運搬頼むで?」

 

 彼女――エリンさんの目がうっすらと開かれた。

 琥珀のような瞳に、まるでこちらを測るような視線。しかし、そんな視線を前に俺もブーもむしろ胸を張って堂々と答える。

 

「カッハッハ! 心配するなよ、エリンさん。商人には商才も必要だが、何よりも運が大切だってことを聞いたことがある」

 

「ん? まぁ、せやな。商人にとって、運は大事やで」

 

 それがどないしたん? と尋ねる彼女に俺は笑い、ブーは「ヒヒンッ」と嘶いた。

 

「今日この日、このタヅナさんを御者に選んだあんたは、この世界のどの商人よりも幸運だってことだぜ! 一生分の運を使ってしまったかもだな!」

 

「……ナッハッハ! えらい自信満々で、逆に面白いわお兄さん! ええやん! ウチめっちゃ楽しみになってきたで!」

 

 握手で繋いだ手を、お互いにガッチリと握り直して大きく笑う。

 数分後、周囲から不審者を見る目で見られていることに気付いた俺たちは、エリンさんの案内の元で運び出す予定の品物を取りに行くのだった。

 

 ブーには「フン」と呆れられた。

 

 いや、ごめんって。

 

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