轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~ 作:岳鳥翁
「うっひゃぁー! すっごいなブーちゃん! こんなけの荷物牽いてんのに、ごっつ速いやん!! やっぱウチの目に狂いはなかったで!」
「カハハハ! そうだろそうだろ! ブーにかかればこの程度の荷物どうってことはねぇ! そらっ、もっと速度を上げ――」
「あ、これ以上は商品壊れかねんから止めたってな?」
「……カッハッハ! 残念!!! ブー、速度は維持だ!」
エリンさんの商品を乗せた俺たちの馬車が街道を行く。
ガタゴトと大地を走る心地良い振動を御者台で一身に受けながら、隣に座るエリンさんもその速度に大はしゃぎしてくれているようだった。
なお、速度を上げようとしたら真顔で止められてしまった。
走らせていて後ろに商品乗せてること、完全に失念してたぜ……反省反省。
手綱を振るい、速度を維持したまま道なりに進むよう指示を出す。
もうすでにわかり切っていることではあるが、ブーは賢い。それはもう本当に。下手すれば俺よりも賢いのでは? と思わされることも多々ある。
特に彼女は、人の感情の機微がよくわかるらしい。悪意のある奴は、俺よりもブーの方が真っ先に反応するくらいだ。
そんな彼女が、エリンさんを御者台に乗せることを許可しているのだ。
少なくとも、この商人である女性には俺たちに対する悪意はない。そうとわかれば、こうして仕事ついでに楽しむのも悪くはないだろう。
あと、商品のこと忘れてたのは本当にすみません。
「そういえば目的地……たしかリュミナだったか?」
「せや! 翡翠の街リュミナ。海産物が有名やねんけど、特に海藻類がごっつおいしい街やで!」
エリンさんの言葉に、俺は「ほう?」と唸る。
海産物と聞けば魚介類が真っ先に思い浮かぶのだが、魚や貝よりも海藻が美味しいと申すか。
それほどの自信、よほどその海藻類が美味いのだろうと今からでも楽しみになってくる。
「海藻類……なるほど。だから”コレ”が売れると踏んだわけか」
「
見っけた時は運命や思たで~、と嬉しそうに語るエリンさん。
チラと馬車を振り返れば、そこには大量に積まれた箱の山。
中身はすべて、その《海中光》と呼ばれる魔道具だ。一つ一つはそれほど重くはないのだが、商品が割れないように入れた藁や商品を詰めた箱なども含めればそれなりの重さになる。
ブーならともかく、普通の馬ならかなり速度を落とすことになっていただろう。
「しっかしまぁ、よくそんな数を揃えられたな? 魔道具って基本高価なものだと思ってたんだが……」
「そこはほら、ウチの商才があってこそのってやつやな。どうや? 聞いてみたいか?」
「……しばらく馬車を走らせるだけだし、興味がてら聞かせてもらいましょうかね」
「しゃーないなー! タヅナさんやから特別やで?」
顔に聞いてくれと書いてあった人が何を言ってるんだか。
しかし、そんな俺の内心とは別に、エリンさんはすごく楽しそうに語り始めた。
「知ってると思うんやけど、つい最近まで、ウチら人類は魔王軍と戦ってたやろ? でもその戦いも、三人目の勇者様が魔王を倒したことでついに終わた」
「らしいな」
聞き覚えのある話に、俺はふとネリーネちゃんのことを思い浮かべた。
別に彼女が倒したことになっている件については、特に思うこともない。あの時の俺は、魔王を倒せば元の世界に帰れるものだと思ってたし、なんなら代わりに魔王を倒せば、中学生くらいの子が危険を冒す必要もなくなるからヨシとも考えていたのだから。
そういえば、仲間の二人の元に返したきりになっているが……元気にしているだろうか。
「でな? 戦いも減るからって、今まで魔族との戦いに使われてたモンがぎょーさん売り払われてるんよ。この《海中光》の元になったやつも、元々は砦とか野営地で使われてた魔道具やねん」
「つまりあれか、中古だったから安くなってると?」
「そういうこっちゃ。まぁ防水加工とかで手ぇ加えてるから、それでも高いんやけどな。おかげでお金借りることになったけど……リュミナに行ったらそれ以上に稼げるはずや! ウチの商人人生大一番、こっから巻き返したるで!」
そう自信満々に笑ってみせるエリンさん。
なんでも、これの購入のために借金をしているようで、本当に人生賭けた商売になっているとのこと。
それ聞いた俺は、「この人ほんとに大丈夫かな?」と首を傾げたくなった。
「……でも、そうか。平和にはなってるのか」
彼女の言うとおり、魔王が討たれたことで魔族との戦いは終幕した。
もちろん、まだ残党は残っているが、それでもこれまでの戦いに比べればその規模は小さくなる。必然的に、今まで使用されてきた道具は余るようになるだろう。
そういった物が民間に流れてくるのも頷ける。
「海藻類の収穫に、こういう水中用の明かりがあると助かるもんな」
「せやねんせやねん! 日差しがあっても、海の中、それも海藻がぎょーさんあるとこはどうやっても視界が悪いねん! そういう時にこの《海中光》があればあら不思議! ばっちり見えるようになるんや!」
しかもやで! と彼女は続ける。
「ウチの知り合いからの有益情報や。ここ数年、リュミナの街の近くに魔族が根城を作ったらしくてな? 今まで漁に出るのが難しかったそうなんよ。漁に出たら沈められるって話やってん」
もちろん、遠出の漁だけではなく、浅瀬の海藻の収穫さえ難しかったらしい。
そのせいで、ここ数年はリュミナの街には活気がなく、今のままでは廃れて消えてるという噂まであったんだそうだ。
「それが魔王倒されてから、その魔族がどっか行ってもうたらしいんよ。せやから最近になって、リュミナの街でも漁が再開されたみたいでな。そんなところに《
「めっちゃ思う」
「せやろ? タヅナさんわかってるなぁ! ウチと一緒に商人やらへん? 今なら美女一人ついてく――ブッ!? ちょ、ブーちゃん土飛ばさんとってぇな! 冗談や冗談!」
胸を両腕で持ち上げてポーズを決めようとしたエリンさんだったが、そうはさせるかと馬車を牽くブーが的確にエリンさんを狙って土を飛ばしてくる。
「ブー。ほどほどにな」
「え!? タヅナさん、そこは止めてくれる側じゃ――つっよ!? さっきより勢い増してないこれ!?」
エリンさんの悲鳴が響く中、俺は変わらず手綱を手にして街道を進む。
翡翠の街リュミナ。
エリンさん曰く、海藻類が特産だというこの街の海は、海の中の海藻が陽の光を浴びることで翡翠色になることから名付けられたのだとか。
もしもその話が本当なら、さぞ素晴らしい景色になるに違いない。
是非、そんな景色を前に食事をしたいものだ。
「エリンさん。普通の馬車だと、この街道を通ってどのくらいでリュミナに到着するんだ?」
「自分らが普通じゃないって言ってる? 知ってたけども! えっと、たしか三日はかかるはずやで」
「了解。このままの速度なら、明日の日暮れまでには到着できるはずだぞ」
「……ブーちゃんの脚でうすうすわかってたけど、ウチとんでもない御者に頼んだんやな」
彼女の呟きに、そりゃそうだと言って笑っておく。
まぁ出そうと思えばもっと速度も出せるし、なんなら今日中の到着だって可能だろう。
商品を壊さないギリギリとなれば、今の速度が限界になるだけだ。
「おっと、あれは……」
「え? ……ゲッ」
しばらく進んでいると、前方に馬車を発見した。
迂回しようにも、今俺たちが進んでいるのは一本道。このままの速度で突っ込めば、そのままブーが蹂躙してしまいかねないため、仕方なく速度を落とした。
そんな中、前方の馬車を見たエリンさんが嫌そうな声を上げる。
「どうした? 潰れたカエルみたいな声出して」
「タヅナさん、それ絶対ウチ以外の乙女に言うたらアカンで? それより、前の奴らや。《メルド商会》やで、あれ」
「ああ、先に街を出てたやつか」
言われてよく見れば、前方の馬車の更に前にも、延々と馬車の列が続いている。
彼らが出発してからだいぶ経っていたはずなのだが、俺たちが速すぎて追いついてしまったらしい。
まぁ、あの数だ。足並みをそろえての移動となれば、それほど速度も出せないだろう。追いついてしまうのも当然の事か。
「しもたなぁ~……ほんまやったら、この先の迂回路で先に行かせてもらう予定やってんけど……」
「ブーが速すぎたか」
「まぁ、うん。いや、悪いことやないんやけどな? その迂回路まで、ちゃんとした道はここの一本道だけやし……」
周囲を見渡すが、あいにくすぐ両隣は森になっているため、彼らを追い越すのは難しいだろう。
まぁ、難しいだけで無理ではないのだが。魔物が出る可能性もあるが、ブーがいれば問題はないし、馬車の進行の邪魔になる木もすべてブーがなぎ倒せる。
客が乗っているため、そこまではしないが。
「しゃーない、タヅナさん。ここは一つ、前の迂回路まで引き返さん? ブーちゃんの速度なら、何の問題もないはずや」
「このままついて行って、次の迂回路で追い越す選択肢もあるが?」
「このままやったら、迂回路の前に日が暮れてまう。時間も余計かかるし、なによりも《メルド商会》と野営地が近くなりたくないんや」
この通りや! と両手を合わせて頼むエリンさん。
最初に会った時もそうだったが、どうも《メルド商会》には良い感情を抱いていないらしい。
彼女たちの間で何かあったんだろう、とは思ったが……そこまで突っ込む仲でもないので、「わかった」とだけ言って頷いた。
パァ、っと彼女の表情が明るくなる。
「よっしゃ、ならすぐにでも引き返すで! 面倒なんに目ぇつけられる前に――」
「やれやれ、知り合いがついてきていると聞いて足を運んでみれば……そんなに僕に会いたかったのかい、エリン?」
俺でもエリンさんでもない、第三者の声が響く。
気障な口調とともに、長めの金髪を手で払いながらやってきたのは白スーツの男。彼がエリンさんの名前を呼べば、それを聞いたエリンさんは毛を逆なでて警戒する猫のような表情で彼の名前を口にした。
「マルドレッド……!」
「おいおい、マルドレッド・メルド商会長、だ。商人として落ちぶれた家系が、この僕を気安く呼び捨てにするんじゃないよ」
フン、とエリンさんを鼻で笑うマルドレッドという男。
どうやらこの男が、今俺たちの前にいる商会のトップらしい。
「……面倒くさそうなことになったな」
「ヒンッ」
俺とブーの小さな呟きは、森の喧騒の中に消えていくのだった。