轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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12話:お代は命、未払いにつき

 エリンさんとマルドレッドの両者間で睨み合いが続く中、俺はどうしたもんかと心の中でため息を吐いた。

 

 どうみても、両者の間で何かしらの確執があることが伺える。街を出る前のエリンさんの言動からして、俺たちの前に立つこのマルドレッドという男がエリンさんに何かしたのだろうか。

 

「わざわざ後ろまで来て何の用や? ウチらこれから、前の分岐路まで戻るところやねんけど?」

 

 未だ警戒心を解かないエリンさんに対し、マルドレッドは「ふっ」と小さく笑って肩を竦めた。

 

 今の反応を見て確信したが、たぶん俺もエリンさんと同じでこの人とは合わないかもしれない。

 

「ずいぶんな言いようじゃないか。知り合いがいたからあいさつに来ただけだったが……家だけではなく、心まで貧しくなってしまったのかな? ん?」

 

「大きなお世話や。ほら、もうこれで挨拶済んだやろ。はよあっち行き」

 

 顔を顰めながら、シッシッとまるで鬱陶しい虫を追い払うように手を振るエリンさんだが、そんな彼女の反応を「つれないなぁ」と意に介さないマルドレッドは、前髪を払い流し目でこちらを見る。

 

「君の家……フォルティア商会は、僕らメルド商会が助けてあげたじゃないか。その恩すら忘れたのかい?」

 

「助けてくれたのはあんたのお父さんで、あんたやないわ! おまけにマルトットさんと約束してた返済期限を、マルトットさんが亡くなってから早めてウチらの財産のほとんどを持ってったのもあんたやろ!? どの口が恩とかいうとんのや!!」

 

 ますますヒートアップするエリンさんだが、そんな彼女に対してもマルドレットは煽るように小さく笑う。

 それを見たエリンさんが「ムッキィ~!!」と怒髪天を突きそうになったところで、俺はトン、と彼女の脇腹を肘で付いた。

 

 一転して、「ヒャンッ!?」という可愛らしい声が響く。

 

「き……急に何すんのやタヅナさん!? へ、変な声出てもうたやないか!?」

 

「とりあえず、落ち着いた方がいいかと思ってな。それにあんまりここで叫ばれると……」

 

 ほれ、とブーを指差す。

 見ればそこには、ギュッと耳を絞っているブーの姿があった。

 

 チラと横目でエリンさんを睨んでいるし、ありゃ相当不機嫌になっているのだろう。

 それに気づいたエリンさんは、「か、堪忍なブーちゃん」とそれまでの怒りを引っ込めて謝っていた。

 

「そういうわけで、だ。俺たちは来た道を一度戻るつもりなんで、戻ってもらっていいぞ」

 

 またエリンさんが話せば同じことになりかねないため、今度は彼女に変わって俺がマルドレッドと話をすることにした。

 とは言っても、こちらから一方的に告げて立ち去るだけだ。ああいう手合いは相手にしないのが一番だろう。

 

 手綱を引き、ブーにはUターンして目的の分岐路まで戻るように指示を出す。

 

「まぁ、待ちたまえよ。彼女だけではないさ。僕は君にも話があってきたんだよ、御者くん」

 

 だが、そんな俺たちを阻むように立ちはだかる男が一人。

 

 言うまでもなく、マルドレッドであった。

 彼は悠々とした足取りでこちらへ歩み寄ってくると、ピタリとブーの目の前で立ち止まった。

 

 これではマルドレッドが邪魔でブーが引き返せないため、すぐその場から退くように告げようとしたまさにその時だった。

 彼は顎に手を当て、まじまじとブーに視線を巡らせた後、その言葉を口にした。

 

「うん、素晴らしい馬だ。まさにこの僕が扱うに相応しいだろう。君にはもったいないから、僕に売りたまえ」

 

「……あ?」

 

「なに、金の心配はない。なにせ僕は、メルド商会の現商会長だからね。この馬に相応しい額を用意しようじゃないか」

 

 どうだい? と笑顔で尋ねてくるクソ野郎の顔を見て、思わず「へぇ……」と声を零してしまった。

 ブーを、売る? こいつは何を言ってるのか。

 

「……冗談でも、言っていいことがあるって知ってるか?」

 

「冗談? 僕は本気さ。なにより、こんな立派な馬だ。うちのような大商会に扱われることこそ、この馬にとっても幸せなはずだろう?」

 

 冗談だと信じたかったのだが、どうやらそうでもないらしい。

 彼はしきりにブーに視線を巡らせると、「素晴らしい」やら「こいつならもっと稼げそうだ」などと口にして上機嫌に笑っていた。

 

 その声が、ますます俺と、俺の相棒を不機嫌にさせる。

 

「……最後の忠告だ。そこを退いてくれねぇか? 今なら見逃してやる」

 

「見逃す? おいおい……ただの荷運びが、ずいぶんなことを言うじゃないか。それにこんないい馬、欲しくない商人はただの馬鹿さ。この僕が見逃すわけがないだろう?」

 

 そう言って、その場で腕組みをして動くつもりがないことをアピールするマルドレッドを、俺は小さく舌打ちをして睨みつける。

 ただそれも気にしていないのか、むしろこちらの反応を見て笑みを浮かべていた。

 

 なるほど。どうやら、俺がこいつに感じていた『合わない』というのは間違っていたらしい。

 

 この短いやり取りでわかった。

 俺はこいつが嫌いだ。

 

「こ、こいつぅ~……! もうアカン、キレたで!! ちょっとうち、降りて一発ぶん殴ってきたる……!!」

 

「まぁ、待ってくれエリンさん。その必要はねぇよ」

 

 マルドレッドの言動が我慢ならなかったようで、エリンさんはそう言って御者台から飛び降りようとする。

 だがしかし、俺はそんな彼女の行動を止めた。

 

「せやけど……!」と、それでも何か言いたげだったエリンさんだが、俺は一言「大丈夫」とだけ告げて隣に座らせ、改めてマルドレッドに視線を向けた。

 

「相応しい額、と言ったな?」

 

「お、ずいぶんと物分かりがいい御者じゃないか。まったく、どこぞの落ちぶれ商会の娘にも見習ってほしいものだね」

 

 マルドレッドの言葉に、「な、何やってぇ~……!!」と隣で小さく零しているエリンさん。

 いい加減にしないと、彼女の我慢も限界に達しそうだ。

 

「それで? 君はいくら欲しいんだい?」

 

「お前の命」

 

「……はい?」

 

 その瞬間、マルドレッドの頭上に影が差した。

 

 二本足で立ち上がったブーが高く蹄を振り上げ、そしてその蹄がマルドレッドの顔面すれすれを通るよう、足元の地面に向けて振り下ろされる。

 

 轟音とともに小さなクレーターができた頃。

 ようやく何が起きたのかを理解したマルドレッドが、顔を引きつらせながらペタンとその場に尻餅をついて倒れ込んだ。

 

「残念。お代は支払われなかったみたいなんで、お売りはできないっすねぇ。あ、ちなみにこの商談、これっきりなんでもうチャンスはないとお考え下さい」

 

「お、おまっ、お前……!」

 

「まあまあ、これも商機を逃したあんたが悪いってことで。それじゃ俺たちは失礼しますね、大商会さん」

 

 ほれいくぞー、と手綱を握って指示を出す。

 ゆっくりとした動きで動き出したブーは、その途中足元に転がっていたマルドレッドへ視線を向けると、最後に彼の目の前で軽く蹄を踏み鳴らしてからUターンを始めた。

 

 こちらを睨んでいたマルドレッドは、その音でビクリと体を跳ねさせて完全に倒れ込み、そんな彼を見たエリンさんは吹き出しそうになるのを口に手を当ててこらえていた。

 

「くくくくっ……! ア、アカンッ! 我慢できへ……アハハハハハハハッ!!」

 

 無理だったようだ。

 

 彼女の笑い声が周囲に響き渡る中、俺たちは元来た道を引き返す。

 そんな俺たちの背に、まるで負け惜しみのようなマルドレッドの声が投げかけられた。

 

「お、お前たち……!! よくもこの僕を馬鹿にしたなぁ!? くっ……! せいぜいリュミネの街を見て後悔するんだな!!」

 

 まるで負け惜しみのようなその台詞に、エリンさんはニッコニコの笑顔を浮かべながら「さよなら~!」と振り返って手を振っていた。

 

 その後、無事目的の分岐路まで戻った俺たちは、遅れた分を取り戻すように速度を上げてリュミネの街を目指す。

 そして陽が落ち、今日これ以上の移動は困難だと判断して野営地を確保するのだった。

 

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