轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~ 作:岳鳥翁
「あっはっは! アカン、どんなけ我慢してもあの顔思い出したら笑いが……プフッ、くくくっ……!」
「……笑いすぎじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待ってな、今落ち着くから……ふ、ふぅ。ようやく、おさまりそうやわ。堪忍なタヅナさん」
ようやっと思い出し笑いを止めたエリンさんは、「はぁ~、
いや、俺もあのマルドレッドとかいう男の態度が気に入らなかった分、その醜態には大いに笑わせてもらったのだが……それでも、野営地に到着するまでには収まっていたのだ。
対してエリンさんは、焚き火用に枯れ木を拾っている間も笑い続けていたのだから相当である。
まぁ、エリンさんはあの男に言いたいことは山ほどあるのだろうし、それも仕方のないことなのかもしれない。
嫌いな奴の情けない姿を見て、スカッとしただろう。
「鬱憤は晴れたか?」
「晴れた!」
花が咲いたような笑みを浮かべた彼女のその一言に、「そりゃなにより」と俺はニッと笑って返した。
「コップはあるか? あるなら茶でも入れようかと思ったんだが」
「ほんまに? 飲む飲む! おおきにな、タヅナさん」
ちょっと待ってな、とエリンさんは傍に置いてあったリュックを漁る。
しかし、その手にはコップの他にも、紙で包まれた何かが二つ。
ニッコニコの笑顔でそれをこちらに見せびらかす彼女は、そのうちの一つを「はい、これ」と手渡してきた。
思わず受け取ると、紙越しに熱を感じた。
「……これは?」
「ええからええから♪ ええもんやから、開けてみ?」
笑みを崩さない彼女の言う通りに、俺はそれを包んでいた紙をはがす。
手に伝わるふわっとした感触と匂いには覚えがあるような気がしたのだが……それを思い出したのは、紙をはがしてその正体を見た時だった。
「おお……これもしかして、街の屋台にあった……」
「せや、肉詰めクレープやで! あの屋台のこれ、ウチもお気に入りなんよ! タヅナさんには助けてもらったうえに、ええもんも見せてもろたんや。ちょっとしたお礼やけど、受け取ってもらえる?」
「当然! うまいもんは、何でも嬉しいからな!」
もともと、エリンさんとは食事は各々で準備するという話だったのだが……そういうことなら遠慮なくいただかせてもらおう。
いっただっきまーす! と俺は思い切り肉詰めクレープにかぶりつく。
使用されているのは牛肉で、これは……炭火で焼かれているのだろうか? 香ばしい風味とともに、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してくる。
また使われているタレもいい。
かなりの脂身で普通なら食べ空きそうなものだが、甘辛いタレは肉汁から零れてくる油と絡み合い、どんどん俺の食欲を搔き立ててくれる。外側のタレと肉汁を吸った生地もヨシだ。
結論、ちょーうめー!
「アッハッハ! えらいおいしそうに食べてくれるやん! ウチもお腹すいてきたで」
隣でガツガツ頬張っている俺を見て、エリンさんも食事を始めるのだが、あまりのおいしさに彼女が食べ始めた頃には食べ終えてしまった。
もうなくなってしまったことを残念に思いながらも、俺は焚火に当てていたケトルを手に取り、あらかじめ茶葉をセットしていたティーポットに沸かした湯を注いでいく。
「ほれ、お茶淹れたぞ」
「おおきに。ちょうどなんか飲みたいところやって……ニィッガッ!?」
「だ、大丈夫か? すまん、そこまでとは思ってなったんだが……」
「ケホッケホッ……タ、タヅナさん、これなんやの? 初めて飲んだで、こない苦いもん」
口を拭いながら涙目で睨んでくるエリンさんは、口直しのためか肉詰めクレープにかぶりつく。
そんな彼女を前に、俺は今回用意したお茶について説明することにする。
「紅茶とは別で、ここよりずっと東の地域で作られている緑茶っていう茶葉なんだよ。俺のお気に入りだったんだが……口に合わなかったのなら無理はしないでくれ」
すまんと頭を下げれば、さすがにそこまでさせる気はなかったのかエリンさんが慌て始める。
このお茶、見つけた時はそれはもう大層喜んだお気に入りだったんだが……よくよく考えれば、こっちの地域じゃあまり好まれてないから売れてないって、お茶と一緒に茶器をサービスしてくれた店主が教えてくれてたっけか。
俺にとっては日本を思い出させてくれる味なのだが……と、視線を落としていた緑茶をグイと呷る。
うん、うまい。
「ウ、ウチも吹き出したりしてごめんな? 初めて飲んだ味やったから、びっくりしてもうてん。け、けど商人としてこれも勉強や! 実際に売られてる商品なんやし、どないなもんか知っといて損はないはず!」
まるで自分に言い聞かせてるように、口早にそう言ったエリンさん。
そして数度の深呼吸の後、「いざ!」とコップを呷り、その中身を飲み干してしまった。
「無理してそんな一気飲みしなくてもいいんだが……」
「プハッ! ハ、ハハ! だ、大丈夫やでタヅナひゃん。なかなか、これも悪ぅない気がしてきたわ……!」
「無理し過ぎだっての。ほれ、水用意したからこれ飲んで」
魔法で用意しておいた水を、緑茶を飲み干したエリンさんのコップに注いでいく。
注いでいる最中、エリンさんは終始申し訳なさそうな表情を浮かべていたのだが、そんな彼女に一言「ありがとな」と伝えておく。
彼女の視線がこちらに向いた。
「俺の好きな味を理解しようとしてくれたんだろ? いや、本音は噴き出したのが気まずくなって、いたたまれなくなっただけかもしれないけど」
「そこ前半だけでよくない? 後半はわかってても内に秘めとくもんやないの?」
「そうかな……そうかも。まぁ、気持ちは嬉しかったってことで、ここは一つ」
「……あっはっは! なんやそれぇー!」
変な人やなぁ、と笑みを浮かべたエリンさんは、そのまま食事を再開する。
そこに、さきほどまでの気まずそうな様子はない。そのことに、俺はよかったと内心で息を吐いた。
まぁ、なんだ。
こうして故郷に似た味を、誰かと共有できる。そのことを少し嬉しいと感じたのは本当のことだ。
ティーポットに残った残りの緑茶を、空になった自身のコップに注ぐ。
「……あ、そうだ。エリンさん、一つ聞いてもいいか?」
「うん? なんや、どないしたん?」
食事も終え、後は明日に向けて寝るだけになった頃。
そう言えばと思い出したことを、俺はエリンさんに尋ねてみることにした。
焚火の向かい側で、寝床となる布を敷き終わったエリンさんが振り返る。
その手には彼女のリュック。どうやらあれを枕にするつもりらしい。
「さっきの肉詰めクレープ、出来立てみたいに温かかったが……出発してからずいぶん経つのにあれだけ温かいとなると、もしかして持ってるのか?」
その言葉に、焚火に照らされた彼女の顔がニヤリと笑った。
そしてそのまま、「どうやと思う?」と逆に質問される。
その返答に、俺は小さく笑った。
「あれを出してくれた時点で、それなりに信用は得られたと思ったんだけどなぁ」
「ちょー、タヅナさん。あんまいじわるせんとってよ。ちゃーんと、ウチの心は掴まれてるで!」
「ヒンッ」
「ちゃうで!? ちゃうんやでブーちゃん!? ウチのこれは、信用を得られたって意味やからな!?」
馬車と一緒に暗がりで休んでいたブーの鳴き声を聞いたエリンさんは、それもう見事な動きでブーの元まで駆け寄り弁明を始めていた。
数分後、額の汗をぬぐいながら戻ってきたエリンさんから恨みがましい目を向けられたが……あれは誰がどう見てもあなたの自業自得だろうに。
視線に気づいていないアピールをしていると、ため息を吐いたエリンさんは「まあええわ」と話を戻す。
「タヅナさんもお察しの通りやで。これがウチの持ってる魔道具。その名も《
「おお……これが話に聞く、魔法が付与された魔道具の鞄か……」
見た目は皮造りのただのリュック。ただし、エリンさんに許可を貰って中を覗き見てみれば、見えるはずの底はなく、代わりにモヤモヤとした不思議空間が広がっていた。
驚いている俺を見たエリンさんが得意げに笑う。
「見た目以上にかなりモノが入れられるんやけど……聞いて驚き! なんとその中に入ったモノは、時間が進まんのや! つまり!」
「出来立ての料理がいつでも食べられる!」
「……せや! ウチが言いたかったけど、今回は譲ったる!」
なるほどこれが本物か、と俺は《空間鞄》を観察する。
存在そのものは知っていたのだが、実際にこうして目にしたのは初めてだ。
というのも、この見た目以上に物が入る魔道具は需要に対しての供給が少なすぎるのだ。
故に買おうと思ってもどこにも売ってないし、売ってたとしても高額すぎて手が出せないとも聞いている。
そんな幻とも呼べるものを、彼女は持っているのだ。
「よくこんなのが買えたな……」
「買ったわけやないで。それ、ウチのオトンの形見でな。誰にも言うたらアカンで?」
その言葉に、俺は思わず動きを止めた。
「……悪い。ベタベタと触りすぎたな」
「ええよええよ。ウチがええ言うたんや。タヅナさんは気にせんでええよ」
俺から《空間鞄》を受け取ったエリンさんは、そう言って手をヒラヒラさせながら笑う。
それにしても、そんな秘密を俺に打ち明けてよかったのだろうか。
そう聞けば、彼女は「ふふーん」と得意げに胸を張った。
「今日一日の付き合いやけど、タヅナさんは信用できる思てな。未来の大商人が言うんやから間違いない」
「なんて危うい大商人なんだ。破産しそう」
「ちょい、せっかく良いこと言うたのにそれはないやろ!?」
ブー、と頬を膨らませるエリンさんだが、女性としてはかわいらしくとも商人としてはちょっとどうかとは思う。
いや、信用してくれてるのは大変ありがたいのだが……さりとて今日一日だけの付き合いでそんな秘密を喋るもんじゃないだろうに。
「盗まれないようにしとけよ? 高価な魔道具であることには変わりなんだからな」
「タヅナさんが誰かに言わんかったら大丈夫や。それに、これはオトンとウチの大事な思い出が詰まっとる。死んでも放さん」
ギュッと《空間鞄》を両腕で抱きかかえた彼女は、そのまま目を瞑っていた。
きっと今、記憶にある大事な思い出とやらを振り返っているのだろう。時折嬉しそうに笑みを浮かべていた彼女だった、何かを思い出すようにバッと目を開いてこちらに視線を向けた。
「……あ、あんま見んといてぇな。恥ずかしいやろ」
「大事な父親との思い出に浸るのは、別に悪いことじゃないだろ?」
「……ああ、もう! 止めや止めや、明日も早いんやから寝るで!」
恥ずかしがるエリンさんの言葉に「それもそうだな」と俺も頷くと、そのまま立ち上がる。
「んじゃ、俺も寝るか。明日の日暮れまでにはリュミネの街に到着する予定だし、しっかり休むように」
「助かるんやけど、やっぱブーちゃんの速度おかしない? ほんまは馬やないんとちゃうの?」
「秘密でーす」
「あ、ずるいで! ウチは《空間鞄》のこと話したのに!」
もう寝ると言ってるのに、「不公平や!」などと文句を垂れているエリンさん。
そんな彼女に手を振った俺は、一人ブーの元まで歩き、そして寝そべった彼女とともに眠りに就く。
明日、俺たちはリュミネの街に着く。
彼女の……エリンさんの商売がうまくいきますように。
そう願いながら、俺は目を閉じた。
その翌日。
そんな俺の願いは通じなかったのだと、俺たちは思い知らされることになるのだった。