轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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14話:翡翠の街リュミネ

「お! 海と街が見えたぞ! あれがリュミネか!」

 

「せやせや! あの港町がウチの目的地、翡翠の街リュミネやで!」

 

 日が昇るのと同時に野営地を出発した俺たちは、ちょうどお昼を過ぎたくらいの時間で遠目に目的地を捉えることができた。

 魔族対策の壁はもちろんだが、その向こう側に広がる広大な海に思わず感嘆の声が零れる。

 

「よっしゃぁ! いっぱい売るでぇ! じゃんじゃん稼いで、フォルティア商会も再興したる!」

 

 待っときやリュミネ! と調子づいて御者台から立ち上がろうとしたエリンさんだが、ガタンッと石でも引っかけたのか、馬車が大きく揺れたことで体勢を崩す。

 位置が悪かったのだろう。倒れ込んだ彼女の胸の位置と、御者台で手綱を握る俺の頭の位置が合致してしまった。

 

 なかなかの双子山が、ポヨンと俺の頭に押し付けられる。

 

 ……ふむ。

 

ありがとうございます(エリンさん)とっても柔らかかったです(急に立ったら危ないですよ)

 

「待って、今なんかおかしなかった?」

 

「別に、何も。ほら、座って座って」

 

「そうかぁ? まぁ、こないなところで立ち上がったウチも悪い――ブベッ!? ちょ、まーたブーちゃんが土飛ばしてくるぅー!」

 

「ブッフッ」

 

 馬車を牽くブーの砂かけに顔を顰めるエリンさん。

 そんなエリンさんにやれやれと肩を竦めていると、今度は俺にも土が飛んできた。

 

 心なしか、エリンさんよりも量が多い気がする。土に混じった石が顔を打ちつけてくる中、ブーの視線がチラとこちらを捉え、そして小さく「ヒンッ」と嘶く。

 

 おめぇもだよ、とのことらしい。

 酷いなぁ……ただの事故だってのに。

 

「だ、大丈夫かいな。えらい量の土飛んできてたけど……」

 

「ああ、へーきへーき。タヅナさんはとっても強いからな。それよりエリンさん、もうリュミネの街の手前まで来ていてなんだが……一つ聞いてもいいか?」

 

「へ? あ、うん、別に構わへんよ。どないしたん?」

 

「《空間鞄》なら、これ全部入ったんじゃないか?」

 

 後ろの馬車に積まれた箱の山。

 すべて今回彼女がリュミネで売りさばく予定の《海中光》なのだが、わざわざ積まなくても彼女の魔道具の中に入ったんじゃないのか。

 

 そう尋ねると、「あー、それなぁ」とエリンさんは苦笑する。

 

「タヅナさんには、《海中光》一〇〇個言うたやろ?」

 

「言ってたな」

 

「あれな、嘘やねん。ほんまは倍、二〇〇個仕入れてるんよ」

 

 そう言って彼女は《空間鞄》の口を開くと、中から木箱を一つ取り出して見せた。

 間違いない。今馬車で運んでいる物と同じ木箱だ。

 

 どうやら本当に、残りの一〇〇個が《空間鞄》に入っているらしい。

 

「……なるほど。すでにいっぱいだったか。最初に話さなかったのは、《空間鞄》のことを隠すためだな」

 

「堪忍なぁ。こういう魔道具は、喉から手が出るほど欲しいのもぎょーさんおるんや」

 

 話によれば、持ち主を殺してまで奪おうとする奴もいるとのこと。

 つい最近まで魔族と人類で争っていたというのに、同じ人類相手に何をしてるんだか。

 

 そしてそんなものを持っていることを、合ったばかりの俺に話すのもリスクでしかないだろう。

 それでも教えてくれたってことは、昨日一日でだいぶ信用されたのか。

 

 純粋に嬉しいものだな。

 

「料理とか小物とかならまだ隙間はあるんやけど、あの箱はもう一つも入らへんのや。試しに手ぇ入れてみるか?」

 

 木箱を鞄にしまった彼女は、《空間鞄》の口を開けてこちらに差し出してくる。

 せっかくだからと、俺も恐る恐る中に広がっていた不思議空間に手を入れてみるのだが、すぐに木箱の固い感触を感じることができた。

 

 ……あらためて考えると、普通のリュックのサイズに馬車と同じ量が入ってるってヤバいな。さすが希少かつ需要が高すぎると聞く魔道具だ。

 

「それより、二〇〇個もちゃんと売り切れるのか? ただの御者の俺が心配することじゃないかもしれないが……借金してまで仕入れたんだろ?」

 

「心配無用やで、タヅナさん。リュミナは漁を中心にしてる結構でかい街やし、漁師もぎょうさんおる。《海中光》の二〇〇くらい、すぐにはけるから任しときぃ!」

 

 ウチの大勝利は確定や! と呵々大笑するエリンさん。

 そんな彼女の様子に、「だったらいいんだけど」とそれ以上何も言わず馬車を走らせる。

 

 そうして一度お昼休憩を挟んだ後、俺たちは翡翠の街リュミネへと到着した。

 

 した、のだが……

 

 

 

 

「……なんか、活気がないな。これが普通なのか?」

 

「い、いや、そんなことないと思うんやけど……話に聞くリュミネは、大通りで毎日のように市場が開かれてるはずなんや。獲れたての海の幸が美味しいらしいで」

 

「その市場がやってないんだが?」

 

「ど、どないなっとんねん……」

 

 大通りを馬車で移動しながら周囲を見渡すが、エリンさんの言う市場が開かれている様子は全くない。

 もうすでに市場が開かれている時間が終わったのかとも考えたのだが……どう見てもこの大通りに構えている店は廃れているように見える。

 

 活気もなければ、海の幸も見当たらない。

 売り切れてるというより、もともと売る物すらないのだろう。

 

「この辺を根城にしてた魔族は倒されたんだよな?」

 

「そ、そのはずや。だから、もうリュミネの街は元通りやって……聞いてたんやけど……」

 

「……ともかく、話を聞いた方がよさそうだな」

 

 手綱を振り、「ブー!」と一言呼びかける。

 それだけの合図でこちらの意図を察してくれたのか、ブーは止まることなくそのまま大通りを進んでいく。

 

「エリンさん。この街がどうなってるのか、その聞き取りには手を貸そう。とりあえず、港に向かって見かけた漁師に話を聞こうぜ」

 

 いったいこの街に何が起きているのか。おそらくそれを一番よく知っているのはこの街の漁師だろう。

 少なくとも、漁がメインの街で魚介類が店に並んでいないのだ。おおもとに話を聞くのが一番早いはずだ。

 

「え、ええんか? 付き合ってもろて」

 

 しきりに周囲を見渡していたエリンさんは、不安げな表情を浮かべて俺に尋ねた。

 そんな彼女に、俺は迷うことなく頷いてみせる。

 

「当然。俺は運ぶのが仕事だが……なに、ここまで一緒に来た仲だ。それくらいは付き合うさ」

 

「……おおきにな、タヅナさん」

 

「それに、俺も海の幸を楽しみにしてたんだ。特に海藻類。それが食べられないなら、理由くらいは知っておきたい」

 

「……そこはほら、『不安そうな美少女はほっとかれへん』くらい言うた方がええと思うんよ、ウチ」

 

 ガックシとため息とともに肩を落とす彼女だったが、今のでいくらか不安は収まったのだろう。

 先ほどよりも落ち着いた顔で、「せやな」と小さく呟く。

 

「まずは何があったのか、それがわからんことには落ち込むのも喜ぶのもできへん。自分から言うてくれたんや。付き合ってもらうで、タヅナさん!」

 

「あいあいさー!」

 

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