轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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16話:エリンの事情

 エリンさんと合流して紹介してもらった宿に向かい、ブーを馬小屋に入れた後、また外で彼女と集合することになった。

 

 情報共有を兼ねて、食事に誘われたのである。魔族が去ったおかげで他の街からの物資が届いたため、近くの酒場が開いていると宿屋の主人から教えてもらったのだとか。

 リュミネの特産であった海藻類や魚介類はないが、その他の食事ならそこで食べることができるらしい。

 

 俺も今日ドルクさんから聞いた話を共有しようと思っていたのだが……食事を誘いに来たエリンさんのしわっしわで死にそうな顔を見る限り、彼女も似たような内容を聞いたのだろう。

 

 案の定、酒場の席についての乾杯早々、エリンさんは「どないしよタヅナさ~ん!!」と涙目でテーブルに突っ伏してしまった。

 

「こないな状況、せっかくお金借りて仕入れた《海中光》がぜ~んぶ無駄になってまう! こんなん大赤字確定やぁ~!」

 

「漁に出れないなら、そもそも漁をするための魔道具は使えないわな」

 

 ポリポリと野菜の酢漬けを酒で楽しみながら、俺はエリンさんの話に耳を傾ける。

 

 やはりというかなんというか、エリンさんも他の漁師からクラーケンのせいで漁に出れないという話を聞いたらしい。

 在庫を乗せた馬車は馬小屋近くにおいてブーに監視してもらっているが……今のこの街の状況で、あの在庫を捌くのは無理があるだろう。本気で売ることを考えるのなら、他の港町に持っていった方がまだマシなくらいだ。

 

 そう提案してみるが、エリンさんはテーブルに額をくっつけたまま「アカ~ン」と首を振る。

 

「《海中光》は、素潜りかつ光が届かんとこで使うのを目的にしてる魔道具やねん。普通の漁は網が主体で素潜り漁はあんませんし、素潜り漁やるとしても夜に潜るのは危険や」

 

「……なるほど。そうなると、素潜り漁かつ海藻で視界不良になるリュミネの漁師が一番売れるわけか」

 

「というか、ほぼこの街一点狙いやってん。大きい港町で漁師も多いし、なにより近い! 売りもん捌くのにこんなええとこないやろ!?」

 

「たしかに」

 

 額をテーブルにくっつけていたからか、涙目とともに顔を上げた彼女の額はうっすらと赤くなっていた。

 そんな彼女を尻目に追加で野菜の酢漬けを注文を済ませると、なにやら不満気な視線がエリンさんから向けられていた。

 

「どうした?」

 

「目の前でこんな美女が涙流して困ってるちゅーのに、タヅナさんが優しくしてくれへんからやわ」

 

「あ、ブーがそこに……」

 

「っ!?!? ちゃ、ちゃうんやでブーちゃ……って、おらんやんか!」

 

 わざとらしくしなをつくっていたエリンさんは、俺のその一言に過剰に反応して飛び上がる。

 がしかし、すぐに俺の冗談だったことに気が付くと、頬を膨らませながらこちらを睨みつけてくる。

 

「……いじわるやな」

 

「懲りてないのはエリンさんの方でしょうに」

 

 突然飛び上がったことで注目を集めたのか、酒場のお客さんたちに「お騒がせしました」と謝りながら話を戻す。

 

「まぁなんだ。海藻の漁が盛んな街は、リュミネ以外にもあるだろうさ。料金さえ払ってくれたら、俺とブーで確実に、かつ最速で連れて行ってやるぜ? 野良だからこそ、そのあたり自由だからな」

 

 御者ギルドに所属していればこの辺りの管理もギルドの仕事になるのだが、 俺は所属でもないため料金もどこまで運ぶかも俺の勝手。

 故に、もしもエリンさんが依頼してくれるのなら、どれだけ遠くても連れて行くことはやぶさかではない。楽しそうだしな。

 

 もっとも、この街の危険……クラーケンを放置する気もさらさらないため、結局はその提案も無意味になるわけだが。

 

「……ありがとうな、タヅナさん。その提案はごっつ嬉しいわ。けど、それは無理やねん」

 

 今夜あたりにでも早速動くか、などと酢漬けをポリポリかじって考えていると、今までにないシリアス調の顔でエリンさんが微笑んだ。

 

「無理、とは?」

 

「借りたお金な、すぐに返さなアカンねん。他の街に行ってる時間ないんやわ」

 

 そう言ってコップに入ったお酒を呷るエリンさん。

 そんな彼女にいつまでに返さなければならないのかと問うと、頭で日数計算でもしたのか少し間を置いてから「ちょうど一週間後や」と返ってきた。

 

 たしかに、一週間後には返さなければならないことを考えると、いくらブーの脚があっても別の街で売るのは難しそうだ。

 

 というか、そもそもの話。仕入れの時期を考えたら、彼女がお金を借りてからまだそれほど経っていないように思える。

 だというのに、返済の期限が残り一週間? それはちょっと無理がありすぎないだろうか。

 

「それ、大丈夫なところから借りてるんだろうな?」

 

「そこは問題ない、はず……やねんけど……昔からウチに良くしてくれてた人、やったし……」

 

「……? なんか歯切れ悪いな。本当に大丈夫なのか?」

 

 口ごもり、ついには顔を俯かせてしまったエリンさんに再度問いかける。

 どう見ても大丈夫そうには見えないのだが、彼女は「うーん……」と唸りながらテーブルに額を押し付けていた。

 

 ゆっくりとあげた顔の眉間に皺が寄っている。

 

「ウチにお金貸してくれたの、ウチの叔母さんやねん。あ、オトンの妹さんな? フォルティア商会の再興も応援してくれてたし、足りないならいくらでも出す言うてくれてた、んやけど……そういえば、リュミネのこと最初に教えてくれたのも叔母さんやったな思てな。『ええ儲け話がある』って」

 

「……話だけ聞いてると、大丈夫に思えてこないな」

 

 むしろ、エリンさん本人が嵌められたのでは? という気さえしてくる。

 もちろん、その叔母さんとやらも魔族が去ったという情報だけ知っていて、クラーケンのことなんてまったく知らなかったという可能性もあるが……

 

 ……いかんな。今の状況を鑑みると、どう考えてもその叔母さんが悪い人に思えてしまう。

 

 心の中に湧いた感情を押し殺すように、俺はグイと酒を呷った。

 

「せやねんけど……万が一にもウチに借金させるのが目的として、叔母さんの目的がわからんのや」

 

「借金背負わせての定番なら、体目的なんてのもあるが……叔母が相手ならその線はないか……?」

 

 これで相手が男なら、そういう目的もないわけではなかっただろう。

 だがその線もないとなると、残る可能性は何なのか。相手が悪者と決めつけている前提なのは申し訳ないかもしれないが、本人に伝えるわけでもないし、いないところで想定しておくぐらいは許されるだろう。

 

 最悪を想定することは、決して無駄ではないのだから。

 

「お、何やタヅナさん。相手が男やったら可能性があるって思うくらいには、ウチに魅力があると思ってくれてるん?」

 

 両肘をつき、組んだ手に顎を乗せた彼女はかわいらしく首を傾げてにやりと笑う。

 

 俺の発言に反応したエリンさんによる、今日何度目かの調子乗り発言。少し顔が赤いのを見るに、酒を入れて多少酔っているのだろう。

 普通ならまたブーをネタに驚かせるところだが……飲む前よりも気分良くなっているようだし、多少は付き合ってやるかとエリンさんのノリに乗ってみることにした。

 

「あるだろ。エリンさん、美人さんだしな」

 

「……へ?」

 

 意外だったのか、ニヤつきながらこちらに視線を送っていたエリンさんの表情が固まる。

 その様子を見て逆にニヤリと笑って見せた俺は、少しエリンさんの方に身を乗り出すと、そのまま追撃をかけた。

 

「美人なんだし、そうやって人を試すようなことはあんまりしない方がいいと思うぞ?」

 

 それだけ言って、少し赤身の強いエリンさんの額を指でツンと突く。

 先ほどよりも顔を赤くしたエリンさんは絞り出すような声で「ひゃい」とだけ呟くと、額を抑えたまま呆然としているようだった。

 

「それじゃ、ブーも心配だし俺は先に宿に戻らせてもらうぜ。エリンさんの借金についての対策は、また明日一緒に考えよう。乗り掛かった船だし、最後まで付き合うさ」

 

「……ヒャイ」

 

 席を立った俺は、二人分の会計を済ませて先に酒場を出る。

 貯蓄が心もとないのは本当だが、このくらいの額なら問題はない。なにより、借金持ちに払わせるのも抵抗がある。

 

 あとは、エリンさんと《海中光》をこの街まで運んだお代だが……まっ、クラーケンの問題は俺が解決してしまえば問題ないだろうさ。

 

 エリンさん本人の商才は少し疑わしいところがあるが……俺を雇ったという幸運は本物に違いない。

 

「さぁて……それじゃあ今夜にでもクラーケン退治、やりますかぁ!」

 

 なお、宿に帰って早々にブーに頭突きをかまされた。

 メスの臭い? 何それ知らん、こわ……

 

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