轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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17話:何の成果も……!

 宿屋で借りた部屋で休んでいると、ガチャリと隣の部屋の扉が開いた音が響く。

 

 どうやらエリンさんが戻ってきたらしい。酔っていたため少しだけ心配していたが、無事に帰ってきたようで安心した。

 そしてその音を合図に部屋のベッドから起き上がった俺は、あまり音を響かせないように注意しながら部屋を出る。

 

 向かったのは宿屋の隣に併設された馬小屋。

 俺が来たことを察知していたのか、宿屋の出入り口を出た途端に顔を覗かせていたブーと視線が合う。

 

 鼻息を鳴らしてブルリと首を振った相棒に、俺は「よっ」と短く挨拶しながら歩み寄った。

 

「ブヒヒンッ」

 

「おーおー、噛むな噛むな引っ張るなっての。代わりに野営の時は一緒に寝てるんだし、宿借りてるときくらいは我慢してくれな?」

 

「……ヒンッ」

 

「いい子だ」

 

 袖を噛み、馬小屋へ連れ込もうとしてくるブーの鼻先を撫でて落ち着かせる。

 

 ゲームとは異なり、データではない本物となった我が愛しき従魔たち。

 中でもブーは、他の従魔たちを押しのけてでも一緒に居たがるくらいには俺と居ることを喜んでくれる。

 

 できれば、またいつものようにブーに手伝ってもらいたいが……今回の件はそうもいかないため、申し訳ないと思いつつもブーに告げることにした。

 

「ブー。すまないが、今日一晩交代してもらえるか?」

 

「……ヒン」

 

 ブルブルと大きく頭を振って嫌がるブーをもう一度撫でる。

 

「残念だが、そういうわけにもいかないんだ。今回は海が俺たちにとっての路になる。お前じゃ海に突撃はできないだろ?」

 

「ブッッッフン……!」

 

「海を蒸発させたら走れる? おいおい、そんなことしたら海藻が全部だめになるだろうが。ダメだダメだ、今回は交代するぞ。適任がいるんだからな」

 

 そうだろ? と腰にぶら下げた端末に視線をやると、三つの内の一つがブルリと揺れた。

 俺の従魔の中では最も水中、水上に適した従魔。

 

 ただこいつを出すには、一度ブーを端末に戻す必要がある。

 これはゲームの時からの従魔士(テイマー)の制限で、基本的に従魔士が出せる従魔の数は一体と決まっているのだ。

 

 何故かこの制限は俺がこの世界に来てからも引き継がれているらしい。夢だった全員での突撃ができるかも、などと期待していた当初は酷く落ち込んだのを覚えている。

 

「……フンッ」

 

「あ、おいこらブー。ダメだろ端末を蹴ったら」

 

 ゲシゲシと揺れていた端末を不機嫌そうなブーが蹄で突く。

 端末に入っている間も従魔たちは外の様子がわかっているようなので、おそらくブーが不機嫌なことも他の従魔たちには伝わっているのだろう。

 

 怖がっているのか、先ほどとは異なる揺れ方で端末が揺れ動く。

 

 ……まぁ、ブーは他の従魔たちにとっちゃ姉御みたいな存在だ。矛先を向けられたら、そりゃビビるに決まっている。

 ああ、こらお前ら。責任を押し付けるのはやめなさい。ナミタツが泣いちゃうでしょうが。

 

「さて、行くか」

 

 ブーを端末に戻し、空になった馬小屋を後にする。

 見張りも兼ねていたブーを戻さなければならないため、荷物を積んだ馬車は俺のアイテムボックスへと突っ込んでおいた。

 個数制限ではなく、種類で一覧を管理するタイプのアイテムボックスであるため、《海中光》が一〇〇個あろうが埋まる枠は一つだけなのがありがたい。

 

 とはいえ、そろそろ整理した方がいいかもだ。真っ先に捨てる候補と言えば、NPC商人擬装用に複数用意していた普通の馬車になるが……まぁ、クラーケンをなんとかしてからでもいいだろう。

 

「夜の海でも、ナミタツなら問題はない。今夜中に討伐して死体を港に晒しておけば、すぐにでも解決するはずだ」

 

 エリンさんが売る《海中光》が売れに売れる光景が目に浮かぶ。

 これならば彼女の言う借金もなんとかなるし、俺も特産である海藻を味わえるようになるだろう。

 

「カッハッハッハ! さぁ行こうぜ、ナミタツゥウ! 美味いもん食うぞー!」

 

 三つ目の端末を放り投げるとともに、アイテムボックスの一覧から戦車(チャリオット)といつもの衣装を選択する。

 静寂の二文字が相応しいだろう夜の海。

 

 その舞台に、俺は相棒の従魔とともに雄たけびを上げながら突撃をかますのであった。

 

 

 

 

「なんっっっの成果も……!! 得られませんでしたっ……!!」

 

「……え、なんやの急に。こわぁ……」

 

 そんなわけで翌朝。

 起きて部屋から出てきたエリンさんに向けて、いの一番で土下座を決めた珍しい朝である。

 

「いや、珍しくであってほしいわこんなん」

 

 呆れた様子のエリンさんは、「それで?」と土下座している俺の傍にしゃがみ込み、チョンチョンと俺のつむじ部分をくすぐるように突いてくる。

 

「なんでタヅナさん謝ってんのや? なんかやったん?」

 

「実は昨夜、原因になってるクラーケンの討伐のために海に向かったんだが――」

 

「ちょっと待てい」

 

 事情の説明をしようとした途端、ピシャリと止められる。

 どうしたのかとエリンさんを見れば、「は? ん? ウチの聞き間違い……?」と一人で眉間にしわを寄せて自問自答していた。

 

「……よし、落ち着いたで。なんや、朝からえらい聞き間違いしてもうたわ。それで、何でタヅナさんはウチに謝ってたん?」

 

「クラーケンの討伐ができなかった。すまん」

 

「……聞き間違いやなかった!?」

 

 端的に伝えた方がいいかと思ってそうしたのだが、今度は盛大なリアクションとともにエリンさんの表情には驚愕がありありと浮かんでいた。

「え、え、どゆこと……?」と頭を抱えたエリンさんが説明を求めてこちらに視線を向けてくる。

 

「とりあえず、朝食に行かないか? 落ち着いて話した方がよさそうだし」

 

「それはそうやねんけど、朝からいきなり土下座かましたあげく、とんでもないこと言うた人に言われんのは何か腹立つわぁ」

 

「たしかに」

 

「あんたの事や」

 

 パシン、とエリンさんに背中を叩かれながら宿を出ると、一度馬小屋の方によってブーの水と干し草を与えてから昨夜行った酒場へ向かった。

 あそこは朝食もやってるらしい。

 

 そんな道中だった。

 

 すでに廃れ始めている大通りが、喜ばしいことに賑やかだった。

 何かあったのかと二人揃って様子を見に行けば、リュミネの街の出入り口に多くの人々が集まっている。

 

 その中心に立つ男を見て、俺とエリンさんは二人揃って「ゲッ」と顔を顰めた。

 

 その男の視線がこちらを向く。

 

「おや、また会ったねエリン」

 

「……できればウチ、会いたくなかったんやけど」

 

「同感だ」

 

 メルド商会現商会長、マルドレッド・メルド。

 彼が率いる隊商が、ここリュミネへとやってきたようだった。

 

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