轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~ 作:岳鳥翁
「なんでアンタがここにおんのや、マルドレッド」
「見てわからないのかい? この通り、僕はリュミネへの支援物資を届けに来たのさ。今回の輸送は《商人ギルド》から僕らメルド商会への依頼だからね」
そう言って背後を振り返り、食料品や雑貨類などの荷下ろしを進めている商人と、それを手伝う冒険者たちに視線を向けるマルドレッド。
リュミネの街の人々も待ちわびていたのか、馬車から降ろされる荷物を見るたびに安堵や笑みが零れている様子だった。
人類一丸となって魔族と長年争い続けたからだろう。
リュミネのような魔族の被害にあった国や街は、積極的に支援が行われるのがこの人類統一国家群マニフィスである。
そういう意味では、魔王軍という一番の脅威であり、人類がまとまる理由である敵がいなくなった今はどうなるのかと少し心配していたんだが……どうやら支援は継続されているらしい。
もっとも、魔王討伐からまだそれほど時間は立っていないため、今後どうなるかはわからないが……できることなら、今後も続いてくれと願うばかりだ。
さて、そんな俺の脳内語りは置いておき、視線をマルドレッドに移す。
どうやら、そのリュミネ支援の担当商人がこいつだったらしい。
「むしろ僕の方が聞きたいね。僕たちの後ろにいた……それも引き返したはずの君が、何故僕らよりも早くついているのか」
ファサッと前髪を払いながらエリンさんに視線を向けるマルドレッド。
しかし、隣にいる俺の顔を見ると彼は「ゲッ」とあからさまに顔を顰めて睨んでくる。
ブーで脅した時の事でも思い出したのだろう。そんな彼に「どうも」と軽く手を挙げてあいさつすると、「フンッ」と不機嫌になって前髪を弄り出した。
「なるほど。面白くはないが、やはりそこの野蛮人の馬は有能だったようだね」
「言っとくが、売るつもりはないからな」
「ハッ、もう買うつもりなんて毛ほどもないさ、あんな暴れ馬。力もあって速い馬は歓迎するが、大事な商品を雑に扱われたらたまったものじゃないからね」
こっちから願い下げだ、と腕を組んでそっぽを向くマルドレッド。
見逃さないと言ってたわりには、あっさりと意見を変えたらしい。
俺個人としては面倒がない分ありがたい話だが、念のためにその話を持ち出して再度尋ねてみる。
「『こんないい馬、欲しくない商人はただの馬鹿』、『見逃すわけがない』とか言ってたの、どこのどいつだった? それは撤回したってことでいいんだな?」
「……フンッ。時には自分を曲げるのも、優秀な商人であることの証なのさ」
お前と関わるつもりはないね、とマルドレッドは手をシッシと振りながら俺を追っ払おうとする。
別に話がしたいわけでもないうえに、俺とエリンさんは朝食に向かう途中で見かけて絡まれた側であるため、特にここに居座るつもりもない。
「んじゃ飯に行こうぜ、エリンさん」
「せ、せやな。ウチもうペッコペコやわ」
エリンさんに声をかけ、目的地である酒場へ向かうために踵を返す。
興味本位で近づいて余計なのに絡まれてしまった。おそらくしばらくはこの街にいるだろうし、できるだけ関わり合いにならないように注意しておくべきだろう。
「おっと、そこの野蛮人は構わないが……エリン。君にはまだ用があるんだ」
「え……なんやの。ウチはなんもあらへんけど」
マルドレッドの言葉に振り向くエリンさんの顔は、「絡んでくんな」と書かれていそうなほどのしかめっ面だった。
だがそんな彼女の表情はおかまいなしに、マルドレッドは「僕にはあるのさ」と前髪をファサッと払いながら腰に手を当てた。
「《海中光》は売れたのかい?」
「……は? な、なんでアンタがそのことを……」
「その様子を見るに、どうやらうまくいってないようだね。もっとも、クラーケンがいるんだから当たり前の話ではあるけど」
やれやれ、と肩を竦めてみせるマルドレッドは、白スーツの懐から丸めた紙を取り出した。
そして得意げな顔でその紙を広げると、ニヤリと得意げな笑みを浮かべてエリンさんに視線を向ける。
「これが何かわかるかい?」
「わかるわけないやろ。ええから、何でウチの商売の事アンタが知ってんのか、そっちを先に話してほしいんやけど」
「まぁそう慌てるなよ、エリン。まずはこちらの話からだ」
彼の表情を見て余計に不機嫌になったエリンさんの語気が強まるも、マルドレッドは気にした様子もなく話を続ける。
そうしていつも通りキザに前髪を払った彼は、「これは契約書なのさ」と手に持ったそれがどういうものかを告げた。
「契約書……やと?」
「そうさ。それもメルド商会と、君のフォルティア商会とのね。内容は、『メルド商会がフォルティア商会に金を貸すこと』そして、『指定日までに返済がされなければ、担保としてエリン・フォルティアの所有する《空間鞄》をメルド商会に差し出す』というものさ」
「…………は? ちょ、ちょい待ち、どういうことやのそれ!? なんで《空間鞄》のこと……てか、嘘つくのもええ加減にしときや!?」
「嘘じゃないさ」
ほら、とマルドレットは手に持った紙……契約書の紙面をこちらに見せてくる。
よくよく見てみれば、たしかに。その紙面にはマルドレットが話した通りの内容が示されていた。
ご丁寧に、フォルティア商会のものと思われる印鑑まで押されている。
「ウ、ウチの印鑑が……ニ、ニセモンとちゃうんか?」
「そう思うなら、《商人ギルド》で魔力波長を確認してもいいさ」
結果は変わらないだろうけどね、と契約書の紙面を見て驚愕しているエリンさんに彼は告げる。
そこまで自信をもっているとなれば、彼の言うことは本当なのだろう。
この異世界において、《商人ギルド》に登録している商会はそれぞれ個別の魔力波長をもつ特別な印鑑が発行される。
《商人ギルド》の秘匿技術で作られた印鑑。商会ごとに固有の魔力波長が定められているため、偽造は困難であり、だからこそ商人としての立場や信用を保証するモノでもある。
故に、商人たちによる様々なやり取りに印鑑が利用されていると聞く。その印鑑が契約書に捺印されているのであれば、たしかに紙面の内容は正式にメルド商会とフォルティア商会の間で結ばれた契約となるのだろう。
……もっとも、そのフォルティア商会であるはずのエリンさんに契約した覚えがない、という点は怪しさ満点なわけだが。
「……まさか」
「心当たりがあるのか?」
思い当たることでもあったのだろう。「いやでも」とか、「そんな、なんでや……!」と頭を抱えてブツブツ小さく呟く。
そして、恐る恐るといった様子で彼女はマルドレッドに視線を向けた。