轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~ 作:岳鳥翁
「……マルドレッド」
「なにかな」
「聞かせてほしいんや。その契約書に捺印したのは、もしかして……ウチの叔母が、エラジィーネ叔母ちゃんがやったんか……?」
「その通りだよ。ようやく気付くなんて、バカな姪だね。本当に兄さんの娘なのかい?」
エリンさんの問いかけにマルドレッドが答えるよりも前に、第四者の声が響く。
ヒールが石畳を打つ重そうな音とともに現れたのは一人の女性だった。
高価そうなドレスで横に大きな身を包み、一目見てやりすぎだと思えるほどの厚化粧。
初見で見れば、たいていの人が内心で「うわっ……」と吐き出してしまいそうなその見た目に、俺はつい「うわっ……」と声が零れてしまった。
ギロリと、一瞬その女性に睨まれる。
「やっぱり、エラジィーネ叔母ちゃんやったんか……なんでや、ウチのこと応援してくれる言うてたやんか!」
「あん? バカな娘だねぇ。あんなの嘘に決まってるだろ? 一回潰れたんだ、再興なんてお金の無駄じゃないか。やるだけ無駄ってもんさ」
俺から視線を外した女性……エリンさんの叔母であるエラジィーネは、わなわなと肩を震わせて尋ねるエリンさんを見下すように笑う。
「でも! フォルティア商会再興するためにって、ウチにお金を貸してくれたやんか! がんばれ言うてくれたやろ!?」
だがそれでも、エリンさんはそんな彼女の裏切りともいえる行為を信じられないのだろう。
縋るように問うエリンさんだが……それさえも、彼女の叔母は鼻で笑ってあしらった。
「嘘に決まってんだろ。だいたい、その金はどこから出てると思ってんだい。ぜーんぶ、私がメルド商会から借りた金だよ」
「え……」
「商売に使うんだろ? だから私が、お前の代わりに捺印してやったのさ。印鑑だって、ちょっと優しくして管理を提案したら信用しちゃって……騙しやすいバカは可愛くて仕方がないねぇ!」
ケケケ、と邪悪な笑みを浮かべるエラジィーネ。
その言葉が本当なのかとマルドレットを見れば、彼はコクリと頷いてみせた。
「なんでや……エラジィーネ叔母ちゃん。なんで、そないなことするんや……?」
「なんで? そんなもん、金のために決まってるだろうさ。お前がフォルティア商会を再興させたところで、私には何の得もないからねぇ」
あの兄もそうだ! と一人怒りをあらわにする彼女は、エリンの父への文句をその場で垂れる。
なんでもエラジィーネは、フォルティア商会の儲けを親族だからくれ、とエリンさんの知らないところで彼女の父に集りに行っていたらしい。
当然それは断られていたらしいが……そんな折、フォルティア商会の隊商が壊滅。
これ幸いとフォルティア商会の財産を自分のものにしようと考えていたらしいが、それもメルド商会によって失敗したという。
そんな愚痴をつらつらと語るエラジィーネだったが、「だがねぇ」と笑った。
「あんな兄も、いいものを残してくれたもんさ! 《空間鞄》だって? 売れば相当な額になるって聞いてるよ! 私のために、よく売らずに持っといてくれたもんさ!」
「な、なんでエラジィーネ叔母ちゃんがそのことを……」
「やだねぇ。そんなの、私がお前をずーーーーっと見張っていたからに決まってるじゃないか。あの兄の形見やらで、まだ残っている金目のものがあれば盗ってやろうと思ってたんだけどね? こりゃずいぶんなもんを見つけたと喜んだもんさ!」
私はなんて幸運なんだい! とエラジィーネは厚化粧で覆った顔を上機嫌に揺らす。
どうやら、彼女の金に対する執念が《空間鞄》というエリンさんの秘密を暴いてしまったらしい。
そしてそれに目を付けて、今回のメルド商会との契約に至った。
印鑑が自身の管理下にあり、《空間鞄》の情報も手に入れたのだ。その思考は簡単に予想できるものだろう。
「メルド商会は彼女個人とも契約をしていてね。もしも《空間鞄》が手に入った場合、メルド商会は彼女への借金を帳消しにし、更に追加の金を支払うことになっている」
《空間鞄》にはそれだけの価値がある、とマルドレットは前髪を払った。
つまるところ、エリンさんが《海中光》を売りさばけなかった場合、《空間鞄》はメルド商会のものとなり、エラジィーネには金が支払われることになる。
エリンさんが成功していたとしても、エラジィーネ自身には何の損もないわけだ。
だがしかし、彼女らにはエリンさんの商売が失敗するという確信があった。
「……じゃあ、リュミネの儲け話も」
「嘘に決まってるだろ。簡単に信じて可愛いねぇ~さすがあの兄の娘だよ。言っておくが、そこは騙したとかやめとくれよ? 簡単に信じたお前が悪いんだからね」
「そこは僕も同意するよ。商人を名乗るなら、それくらいの下調べはするべきさ」
「……」
二人の言葉を聞いて悔しそうに俯くエリンさん。
そんな彼女を見て満足そうにケケケと笑ったエラジィーネは、「ともかく!」と声を張り上げた。
「期限はあと六日。言っておくけど、私は絶対に延長しないよ! ケケケ! 六日後、楽しみにしておくよ!」
何を買おうかねぇ! と気持ちの悪い笑い声をあげて踵を返すエラジィーネ。
そんな彼女に続く形で、隊商の元へと引き返すマルドレッドだったが、その途中でエリンさんの方を振り返った。
「お前に商人は向いていないよ。これを機に、別の路を探すことだね」
そう言って去っていくマルドレッドに、彼女はついぞ視線を向けることもしなかった。
ただただ、黙って足元を見つめるエリンさん。
そんな彼女の背中を、俺はポンと少し押すように叩く。
「うわっ」と倒れ込みそうになりながらも、彼女は足を一歩出して踏ん張り、そして何をするんだという目でこちらを睨む。
「とりあえず、飯食べようぜ。腹減ってたら、出る元気も出せないからな」
「……ウチ、今食欲ない。タヅナさん、一人で行って来てええで」
ほな、とエリンさんは宿屋に戻ろうとする。
そんな彼女の腕を、俺はしっかりとつかんで引き留めた。
「……なに?」
「言っただろ。乗り掛かった船だし、最後まで付き合うって」
俯いていた彼女の目が、ようやく俺を見る。
「なに、心配なさんなって。俺を御者にした時点で、エリンさんはこの世界で一番幸運な商人なんだ。何とかなるさ」
「……その自信、羨ましいわ。どないしたら、そんなこと言えるようになるん?」
「魔王倒したらかな」
「……ふふっ。なんやの、それ」
小さく笑った彼女は、どうやら宿に戻ることは断念してくれたらしい。
俺たちはそのまま、予定通りの酒場で朝食を済ませると、一緒に他愛もない話をしながら宿まで帰るのだった。