轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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2話:勇者が出会った御者の男

 魔王城に最も近いラスダンの街へとやってきたネリーネたち勇者一行。

 

 現在、彼女たちはサフィナが《女神の御使い》について調べた結果を聞きながら食事をとっていた。

 

「――以上が、この街で聞いた《女神の御使い》についての話だな」

 

 酒を片手に少しほろ酔い気分になっているサフィナが話を終えると、口いっぱいに肉を頬張っていたネリーネが「なるほどなるほど」と言いたげな顔で頷いていた。

 

 そしてようやく話せる状態になったところで、口の周りを丁寧にふき取りながら口を開く。

 

「えっと……サフィナの話をまとめると、その《女神の御使い》って呼ばれている人が現れたのは半年くらい前。見た目は八本足の大きな馬と、その馬が牽く大きな戦車(チャリオット)が魔族を蹴散らしてたんだね?」

 

「ああ。遠目かららしいが、街から離れた場所で目撃されているらしい。目撃したのは我と同じエルフだ。見間違えている可能性は低いだろう」

 

「エルフの人たちって目が良いもんね。魔法の他にも弓が得意って聞くし……でも私、八本足の馬なんて見たことも聞いたこともないよ?」

 

 二人はどう? とチビチビと酒を呷るサフィナと、食後のデザートを大量に頼んでいるカエラにネリーネが尋ねるのだが、二人ともそろって首を横に振った。

 長く生きている二人が聞いたことがないなら、自分が知らなくても仕方ないだろうとネリーネは息を吐いてまた肉を頬張る。

 

「魔物化した馬……という線も考えてはみたんだがな。そもそも、魔物化した動物は種族的には魔族に近くなる。それが魔族を襲うようなことはしないだろうさ。何より……」

 

戦車(チャリオット)ってことは、誰か乗ってるってことだよねぇ。つまりその八本足の馬は、その誰かの支配下にあるわけだぁ。魔族が魔族を襲うなんてあんまし考えられないし、人類側ってことでいいんでないー?」

 

「うん。カエラの言うとおり、その《女神の御使い》って人は私たち人類側だね。となると、あとはその正体かな。せっかくなら、私たちに協力してほしいんだけど……」

 

 ネリーネはチラとサフィナに視線を送る。

 正体についての情報はないのかというネリーネの視線に気づいたサフィナは、残念そうに首を横に振って酒を呷った。

 

「我も色々聞いて回ってみたんだがな。誰に聞いても詳細は得られなかった。どうにもその《女神の御使い》とやらは、魔族を殲滅したあと凄まじい速度でどこかへと去ってしまうらしい」

 

「それを追って突き止めようとした人はいないの?」

 

「ギルド側も話を聞こうと追跡は試みたそうなんだが……追いつけなかったらしい。依然として、《女神の御使い》については不明なところが多すぎる」

 

 だからこそ《女神の御使い》なんて呼ばれているんだろう、と笑うサフィナの言葉に、ネリーネは「それもそっか」と天井を仰いだ。

 

 正体はわからず、けれども魔族の襲撃から人類を守る存在。

 だからこそ、人類の守り手である女神様が遣わせたと考える人が出てきたのだろうか。

 

「この街は賑わっているがぁ、魔族が脅威なのは変わらねぇもんなぁ」

 

「……そうだな。聖剣や勇者以外にも、何かに希望を見出したくなるのは仕方のないことだろう」

 

 長きにわたる人類と魔族の戦い。

 劣勢に立たされていた人類のため、己の力を使って十本の聖剣を創造した女神は、莫大な力を消費したことで眠りについたとされている。

 

 そんな聖剣も魔族との戦いで五本が折れ、二本が魔族によって魔剣へと作り替えられてしまった。

 人類側に残された聖剣は三本。そのうちの一つが、ネリーネの持つ《星の聖剣》だ。

 

 チャキ、とネリーネが無意識に伸ばした手が、腰の聖剣を揺らした。

 

「そんな不安も、もうこれで最後にしないとだね。聖剣に選ばれた勇者として、私は皆の希望になるよ」

 

 むんっ、と気合を入れたネリーネは、追加で肉を注文して平らげていく。

 そんな彼女の様子を見たサフィナとカエラの二人は目を合わせると、少し肩を竦めて小さく笑い合った。

 

 明日にはこの街を出る。

 またこの味を楽しめるようにと、彼女たち三人は心の内で意気込むのであった。

 

 

 

 

 翌日

 

 宿を出た三人は、予定通り魔王城へ向かう馬車を探すため《御者ギルド》へとやってきた。

 

「魔王城まで馬車を出してほしい!? おいおい、冗談じゃねぇぞ。いくら稼ぎたいからって、なんでそんな死地まで行こうとしてんだ!? 勇者気取ってるだけってならやめとけって」

 

 まぁ、当然の如く断られてしまったわけだが。

 とはいえ、《御者ギルド》の言っていることもわかる。人類におけるモノ・人の運搬を担う御者ギルドは、運ぶことが仕事ではあれど戦う者たちではない。

 

 当然ながら、彼女らが向かおうとしている場所は死地に等しい。いくらネリーネたちが守るとは言っても、おいそれと「はい、行きます!!」なんて言ってもらえるはずもなかった。

 

「むむむ……もう勇者ってことを明かすかぁ?」

 

「たしかにそうすれば、《御者ギルド》も馬車を出さざるを得ないだろうな。だが聖剣の未来視では明かしていない以上、ここで異なる行動をとるのはどうかと思うぞ」

 

「そうは言っても、《御者ギルド》で断られたらどうしようもないしと思うんだけど……」

 

 ふざけた依頼をするんじゃねぇ! と《御者ギルド》から追い出された三人は、街の中央にある噴水広場のベンチに並んで頭を抱えていた。

 

 サフィナの言うとおり、たしかにネリーネが勇者であることを明かせば《御者ギルド》はいやでも馬車を出さざるを得ない。人類の最高戦力である勇者の存在は、それほどまでに重い。

 

 また、その勇者も現在は三人にまで数を減らしているのだ。限度はあれど、彼女たちへの協力を求められるのは当然のことだろう。

 

 だがしかし、《星の聖剣》がネリーネに視せた未来……魔王討伐を成し遂げる未来において、彼女は自身が勇者であることを誰にも明かしてはいなかった。

 ならばその未来を辿れるよう、《御者ギルド》へ勇者であることを明かさない方がいいと判断した。

 

 とはいえ、それで馬車を出してもらえないために頭を抱えているのだが。

 

「……はぁ~。しゃーねーな」

 

 そんなため息とともに、カエラがベンチから飛び降りる。

 目的地があるのだろう。何も告げづに歩き出した彼女へ、「おいカエラ!」とサフィナが声をあげた。

 

「んぁ~?」

 

「急にどこへ行くつもりだ? まだ何も案が出ていないというのに……」

 

「んなもん、馬車探しに行くに決まってんだろぉー。《御者ギルド》が出してくれねぇから、野良を探すんだよぉ」

 

 野良? と首を傾げるネリーネに、とりあえずついてくるようにとカエラ。

 サフィナと顔を見合わせたネリーネだったが、現状何も案がない以上はカエラの提案に乗った方がいいと判断してついて行く。

 

 やがて三人が訪れたのは城門前。

 

 首が痛くなるほどの高さと、どんな攻撃でもびくともしなさそうな壁。魔王城に近い街というだけあり、街を囲む城壁の堅牢さはネリーネたちがこれまで見てきた街の中でも随一だろう。

 

「ここは……」

 

「魔王城に近い方の城門だな。《女神の御使い》とやらがいても、反対側と比べれば人の気配が少ないのも仕方ないだろう。それで? ここで野良の御者を探すつもりか?」

 

 サフィナの問いかけに、カエラは「おーそうだぁ」と頷く。

 

「《女神の御使い》ってのが魔族を倒してるのは、基本的に魔族が襲撃しかけてきたときだけって話だっただろぉー?」

 

「ふむ……それがどうかしたのか?」

 

「裏を返せば、襲撃がないとき以外はこねぇーってことだぁ。となりゃぁ、魔族はいなくても魔物はいるだろぉー? むしろ魔族がいねぇー分安全だし、傭兵にとっちゃ稼ぎやすいはずだぞー」

 

「あ、たしかに……よく見たら歩いてる人たち、傭兵の人ばっかりだ」

 

 周囲に目を向けたネリーネは、武器を持つ者たちが多いことに気付いて感嘆の声を上げた。

 魔族という脅威には太刀打ちすることが難しくとも、魔物であれば話は別だ。

 

 動物が魔力の影響で凶暴化した魔物の素材は、魔物化したことで体内に生成される魔石や皮や牙などの素材を売ることでかなりの稼ぎになる。

 

「なるほど。カエラの狙いは、そういう傭兵を狙った馬車か」

 

「そー。傭兵もそうだけど、ギルドに所属しないのも一定数はいるからなぁー。そういうのはある程度の危険も承知だろうし、一か八か探してみようぜー」

 

 カエラの言葉に、そういうことなら! とネリーネがやる気を出す。

 

 そして彼女の視線が、広場の端っこを捉えた。

 

 彼女が今まで見てきた中でも一回りほど大きな馬と、そんな馬が牽くであろう幌馬車。

 その隣で、街で購入したであろう肉串をおいしそうに食す二十代くらいの男が一人。

 

「すみませーん!!」

 

「ハフッ……あつっ……おん?」

 

 見つけた途端に駆け出したネリーネを追うサフィナとカエラの二人。

 二人が辿り着いた頃には、粗方の事情でも説明し終えたのだろう。ネリーネが「ありがとうございます!!」と頭を下げていた。

 

「やったよ二人とも!! この人が、馬車を出してくれるって!!」

 

「ほ、本当か!? いや、しかしいいのか……? その、我らが向かうのは……」

 

「魔王城の方に向かいたいんだろ? いーのいーの。そういう依頼、嫌いじゃないぜ?」

 

 むしろどんとこいだ! と胸をドンと叩く、安っぽいローブを身に纏った黒髪の男。

 男の声に合わせて、後ろの巨馬も「ブフン」と鼻を鳴らす。

 

「おー……一か八か作戦、あたったぜぇー」

 

「よかったね、二人とも!」

 

「すまない、感謝する。前金としてこのくらい出すつもりなんだが……足りるだろうか?」

 

「お、前金貰えるのか! こりゃありがたい」

 

 懐から取り出した袋を手に取った男は、その中身を見て一瞬ギョッとした表情を浮かべた。

 秘密にしているとはいえ、ネリーネは勇者だ。そして彼女が向かうのは魔王城であり、魔王討伐が今回課せられた使命でもある。

 

 もちろん、一介の御者でしかない彼を危険にさらしたいわけではないが……それでも死地へ向かわせてしまうことに変わりはない。

 袋に詰められた大金は、そんな御者である彼への感謝と謝罪でもあった。

 

「……なんか、事情がありそうな額だなおい」

 

「もちろん、無理にとは言いません。でも、できればお願いしたいと思ってます」

 

 どうでしょうかと尋ねるネリーネの表情には、断られたらどうしようという不安が浮かんでいた。

 だが男はニヤリと笑って見せると、大金の詰まった袋を懐へとしまい込む。

 

「安心しな、お嬢ちゃん。今更断ったりしないから。俺たちが目的地まで、最速・最強・突撃でお届けするぜ!」

 

「ヒヒンッ」

 

 妙に決まったポーズとともに、後ろの巨馬が嘶いた。

 そんな彼らの様子に、「ぷふっ」と思わず噴き出したネリーネは、改めて彼に手を差し出す。

 

「ありがとうございます! 私はネリーネ。こっちはサフィナで、こっちの子はカエラです!」

 

「おう、よろしく。俺の名前はタヅナだ。こっちは、相方のブーケファラン。愛称はブーだ!」

 

 差し出された手を握り返した男――タヅナは、ネリーネ以外の二人にもよろしくとあいさつを交わす。

 そして一時間後に出発することを決めて準備を整えたネリーネたちは、タヅナとブーケファランの牽く幌馬車に乗ってラスダンの街から魔王城へと向かうのであった。

 

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