轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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21話:漁師への協力打診

 さて。

 

 エリンさんにとあるお願いをした俺は、彼女と別れて一人で港まで足を運んでいた。

 

「……やっぱり静かだな」

 

 人気のない静かな港には、相変わらずさざ波の音だけが響いている。

 情景だけを切り取ってみればどこか詩的で素敵な光景が目に浮かぶのだろうが、その光景を作りだした元凶がクラーケンなのだから笑えない。

 

 昨夜討伐のために海に出たところまではよかったのだが……はてさて、目的の魔物はいったいこの海のどこに潜んでいるのやら。

 

 そのためにも、もっと詳しい話を聞かなくてはならない。

 

「……おい、小僧。俺は帰れと言ったはずだぞ?」

 

 港の堤防に腰を下ろして待つことしばらく。

 案の定、目的の人物は現れた。

 

 背後からの呼びかけに振り返った俺は、立ち上がってペコリと一礼で返す。

 ますます彼の厳つい眼光が鋭くなった。

 

「こんにちは、ドルクさん。少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……話は昨日ので全部だ。もう俺から聞けることなんざ、何もねぇよ」

 

 昨日と同じバケツと釣り竿を手にしたドルクさんは、そう言ってシッシと追い払うようなジェスチャーで顔を顰める。

 だがそれでも俺にこの街を去る気がないと悟ると、彼は露骨に眉をひそめて舌を打ち、「勝手にしろ」と踵を返した。

 

 釣りをしに来たのでは? と彼の背中に尋ねる。

 

「てめぇの隣で釣ってたら、釣れる魚もつれなくなっちまう」

 

 じゃあな、と港を去ろうとするドルクさん。

 そんな彼に、俺は「もしもの話です」と一言声をかけた。

 

 彼の足は止まらない。

 だから、そのまま続ける。

 

「もしも、クラーケンを倒せるとしたら。ドルクさん、あなたは俺たちに協力してくれますか?」

 

 ピタリと。

 ドルクさんの足が止まった。

 

「……あ? そりゃ、何かの冗談か? 笑えねぇぞ」

 

 ゆっくりと振り返る彼の視線。

 鋭く、そして威圧するような目だ。

 

 きっと、そこらの一般人だと立ち竦んでしまうに違いない。

 

「冗談を言ってるつもりはありませんよ。俺には、クラーケンを倒す術がある」

 

「術があるぅ? ハッ、まだ言うつもりか。依頼で来た傭兵ギルドの奴らも似たようなこと言ってたが、結局は倒せなかったんだ。中には死んだ奴だっている。だってのに、ただの御者のてめぇに何ができるってんだ?」

 

「できるから言ってるんです。そしてそのためには、漁師の方の協力が必要不可欠だ。そのためにも、まずはもっと詳しい話を聞きたいんです」

 

「まだその冗談を続ける気か! てめぇみたいなやつにどうにかできるなら、とっくに俺たちがどうにかしてんだよ!?」

 

 怒りの形相で振り返ったドルクさんは、バケツと釣り竿を投げ捨ててこちらへと歩み寄ってくる。

 そして、ガッと俺の胸倉を掴んだ。

 

 ごつく陽に焼けた、海の男の手。

 腕も俺と比べれば二回りほども太いだろう。

 

 そんな彼の手がグイと引かれ、目の前にドルクさんの凄んだ顔が寄せられた。

 

「バカにしてるなら買うぞ、その喧嘩。海の男を、あんまり舐めてんじゃねぇぞ……!!」

 

「落ち着いてください。別に俺は、喧嘩しに来たわけじゃないんですから」

 

 それに、と続ける。

 

「たしかに御者とは名乗りました。が、そこらの御者と同じだと思わないでください」

 

「っ!?」

 

 胸倉を掴んでいた彼の手首を、ほどほどの力で握った。

 俺の手の大きさでは半握りの状態だが、それでも握っていることには変わりはない。

 

 グッ、とドルクさんの表情が歪んだ。

 

「てめっ、どんな馬鹿力してやがる……!? 本当に御者なのか……!?」

 

「御者ですよ。少々特殊な事情の野良御者、ですけど」

 

 放してもらってもいいですか? とドルクさんの手首を握る力を緩めれば、胸倉を掴み上げていた手はバッと離れた。

 もう片方の手で俺が掴んでいた箇所を擦りながら、ドルクさんは一歩引いて俺を睨む。

 

 だがその視線には、先ほどまでとは違っていた。

 得体の知れないものを見る目、というのが表現としては適切な気がする。

 

 たしかに別世界から来てはいるが、魔族よりもよほど人類側のつもりなので少し複雑な気分だ。

 そんな事情、ドルクさんが知っているわけがないので仕方のないことだが。

 

「……冗談、じゃねぇのか」

 

 ボソリと、こちらの様子を伺っていたドルクさんから零れた呟き。

 その呟きに、俺は「はい」と大きく頷いた。

 

「本気で、クラーケンを何とかできるのか……?」

 

「そのために、俺は今あなたに話を聞きたいんです」

 

 間違いなく、クラーケンを確実に仕留める手段はある。姿さえ現せば、一瞬で、一撃で、俺たちの突撃は穴を穿ち(みち)を拓くだろう。

 だがその路を作るためには、まずクラーケンそのものが出てこなければ話にならない。

 

 だからこそ、情報が必要なのだ。

 

 そして時間が限られている以上、その情報を集めるなら地元の漁師に聞くのが一番だ。

 

 エリンさんには、他の漁師にも話を聞いて回るように頼んでいるため、後で情報のすり合わせをするつもりだ。

 

「小僧……いや、タヅナ……だったか? お前に協力すれば俺たちは……リュミネの漁師は、また海に出られるようになるのか……?」

 

「確実に、とは言えません。姿を現さなければ意味はない。ただ……一度その姿が捕捉できたなら、俺たちが間違いなく討伐してみせましょう」

 

 だから、と俺はドルクさんに手を差し伸べる。

 

「信じてくれるのなら、海に出たいと思うのなら。この手を取って協力してください」

 

 ドルクさんの視線が差し出した手に向けられる。

 かと思えば、彼は一度目を閉じて静かに深呼吸をすると、今度はその視線を俺の背後に広がる大海原へと向けた。

 

「……情けねぇ話なんだがよぉ。もうこのまま、死ぬまで海に出られねぇって考えてたんだ。あんなバケモンの縄張りになっちまった海に、誰も出ようとは思わねぇ」

 

 どこか寂しそうな目で海を見つめながら、彼はポツリとつぶやいた。

 

「それでも俺は、海への未練が捨てきれねぇバカ野郎でな。アレは、そんなバカな漁師の、最後の悪あがきみたいなもんだったんだ」

 

 チラと後ろに投げ捨てていた釣り竿とバケツを見る。

 

 漁師のほとんどは、クラーケンに対する恐怖で港にすら近づかなくなった。今ではこうしてドルクさんだけが、釣り竿片手に来ているくらいなもの。

 

 昔の漁師たちと水揚げされた魚介類、海藻類で活気づく港の姿はどこにもない。

 

「けどよぉ……そんな光景を、俺はもう一度見てぇ……! 俺たち漁師は、まだあの海に焦がれてるんだよ……!」

 

「……」

 

「俺たちの海を、もう一度取り戻してぇ……! タヅナ、お前さんにそれができるのなら、このドルク何でも協力するぜ!!」

 

 ガシル、と。

 ようやく俺が差し出した手を握りしめて熱く語るドルクさん。

 

 そんなドルクさんに、俺は「ありがとうございます」と笑みを返した。

 

「でも最初から協力する気があるのなら、先に握手を返してほしかったです。ドルクさん喋ってる間、ずっと差し伸べたままだったんですよ?」

 

「お前さんそれ言っちゃ台無しだろ……」

 

 呆れた目を向けるドルクさんはそう言って投げ捨てていたバケツと釣り竿を回収すると、「ついてきてくれ」と踵を返した。

 また倉庫へ向かうのかと問いかけると、彼は「いや」とそれを否定した。

 

「話が聞きてぇんだろ? なら、俺の家の方が都合が良いと思ってな」

 

「別にここで話しても……」

 

「ちょうど昼飯時だし、腹も減っただろ? 少ないが、釣った魚をうちの生簀で活かしててな。食っていくといい」

 

「ゴチになります……!!!」

 

 ニカッと笑うドルクさんに向けて、俺は全力で頭を下げてから彼の後をついて行く。

 お財布の中身が心もとない現状、ただ飯食べられるならついて行くに決まっているだろうに。それが魚となればなおさらだ。

 

 魚♪ 魚♪ と上機嫌なステップを踏みながら、どんな料理が出てくるのか考える。

 

 日本のように生魚を食べる習慣はこの異世界にはないため、出てくるとしたら焼くか煮るかしたものだろうが……それでも久しぶりの魚は楽しみだ。

 

「さっかな、さっかな……あ」

 

「おん? どうした」

 

 ステップを辞めて立ち止まる。

 そういえば、あと一人のことを完全に忘れていた。

 

「あの、ドルクさん」

 

「おう、なんだ?」

 

「あと一人追加、よろしいでしょうか?」

 

 その後、港まで引き返した俺は、海に出なくなった漁師たちに話を聞いて回っていたエリンさんと合流。

 そして事情の説明をしてから、一緒にドルクさんのお宅へとお邪魔させてもらうことになるのだった。

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