轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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7話:そして世界に平和が訪れた

 魔王ルグラマグナ 討伐

 

 その知らせは瞬く間に世界中に広まり、多くの人類に平和と安寧をもたらすこととなった。

 

 また、囮役の勇者と人類の軍と対峙していた魔王軍も瓦解し、多くの魔族が討ち取られたという。

 まだ残党は残ってはいるものの、これにより人類は勝利し、長きにわたる戦いに終止符を打つことに成功したと言えるだろう。

 

 そしてこの偉業を成し遂げた者たちの名を、多くの人類が称えた。

 

 人類の切り札にして、この戦いで初めて世界にその存在が知れ渡ることとなった三人目の勇者。《星の聖剣》の担い手、ネリーネ・セレニス。

 そして彼女の仲間にして英雄、サフィナ・アーヴェント、カエラ・リスファルド。

 

 そんな彼女たちは今魔王討伐の旅から王都へと凱旋し、王城に向かう道すがらで数多くの人々からの歓声と感謝に馬車の中から手を振りながら応えていた。

 さながら、その様子は盛況なパレードのようであった。

 

 しかしそんな周囲の反応に対して、馬車の中の彼女らの顔は微妙なもの。

 

 カエラはいつも通りの怠そうで眠そうな顔で寝転がり、その他二名は苦笑いをしながらも、とりあえずと言った様子で馬車の中から民衆に向けて手を振っている。

 もしも彼女ら以外の者が一緒にいれば、この歓声を素直に喜べていないことがわかっただろう。

 

 もっとも、そんな者はいないため、彼女らの心の内は誰にも知られることがないのだが。

 

「……どうするつもりだ、ネリーネ」

 

 ボソリとサフィナが呟く。

 問われたネリーネは、彼女が何について聞いているのかすぐに見当がついた。

 

「どうするもこうするも、ちゃんと話すよ。話さないといけない」

 

「それはいいんだがよぉー。信じてもらえっかー?」

 

 寝転んで向かい側の席を占領していたカエラが、片目を開けてネリーネに視線を向ける。

 その言葉に、ネリーネは「そ、それは……」と口ごもった。

 

 そんな彼女の様子に、「無理もない」とサフィナがため息を吐く。

 

「実際に目にしたネリーネ自身も、未だに何が起きたのか理解しきれていないんだ。そして我らも、な」

 

「それはネリーネの説明が悪ぃーよ。なんだよ、バーンとかドーンってぇー」

 

「しょ、しょうがないじゃん!? 全部本当の事なんだし、わけもわからないうちに終わっちゃったんだよ!? むしろ私が一番困ってるよ!?」

 

 己の語彙力のなさを指摘されたからか、ネリーネは顔を赤らめながら身を乗り出してカエラに抗議する。

 しかし、彼女の反応は仕方のない物であろう。

 

 なぜならば、彼女はあの日、常識の埒外にある者と出会い、そしてその力の一端を目にすることになったのだから。

 聖剣という十分に常識外れの代物を持つ勇者であっても、あの力は想像の範疇を凌駕する。

 

 故に、彼女にとってはアレを言葉で伝えることが難しいのだ。

 

「……それでも、だ。総統閣下を含めた人類連合の上層部には伝わるよう、今からでも話す内容はまとめておいた方がいい」

 

「『何言ってんだおめぇー?』って顔されねぇようになぁー」

 

「うう……サフィナ、カエラ、一緒に考えてぇ……」

 

 泣き真似をしながらチラチラと二人の反応を伺うネリーネ。

 まぁ事が事だし、たしかに彼女一人に説明をさせるのも無責任が過ぎるだろうと、サフィナは無理矢理カエラを起き上がらせて内容を考えることにする。

 

 もっとも、改めてネリーネの経験した内容を耳にした二人の顔は、聞けば聞くほど宇宙を背景にした猫のような表情へと変わっていくのだった。

 

 

 

 

「……つまり、真に魔王を討伐したのはお主ではないと申すか? 《星の聖剣》の担い手、勇者ネリーネ・セレニスよ」

 

「は、はい……」

 

 その言葉に頷いたネリーネに、場は静まり返る。

 

 ところ変わり、ここは人類統一国家群首都マニフィス。その中央に立つ王城の会議室。

 

 遥か昔、それこそ魔王軍との戦いが始まるまでは人類同士でも相争っていた時代があった。

 しかし魔王軍の出現により、『人類で争ってる場合じゃねぇ!』と協力体制を築き、そしてまとまったのが現在の人類統一国家群である。

 

 現在は、かつての国家の王族たちの子孫によって国の政治が執り行われ、そしてその者たちが人類の上層部であり、ネリーネの話を聞いて頭に『?』を浮かべているのだった。

 

 その中の一人にして、現人類統一国家群総統……つまり国家群の上層部内でのトップに立つ老人は、ため息とともに両手で顔を覆うと、重々しい口調でボソリと呟いた。

 

「……どうしよう。もうワシ、勇者が倒したって発表しちゃったぞい」

 

『ですなぁ……』

 

 項垂れる総統に同意するように、他の上層部の面々も頭を抱えたり、その場で机に突っ伏したりと様々な反応を見せる。

 本当に上層部がそんな反応でいいのかと疑いたくなる光景であろうが、これが人類統一国家の上層部だ。緩いように見えるかもしれないが、今まで魔王軍を相手に人類を存続させるための判断を下してきた優秀な者たちであることに変わりはない。

 

 ただ今は、魔王軍という長年にわたる大敵が打倒されたことで気が緩んでしまっているだけなのだ。

 そうなのだと信じたい、とネリーネの傍らで彼らの反応を見ていたサフィナはグッとこらえた。

 

「緊張感ねぇーな」

 

 なお、カエラは堪えきれなかった。

 たぶんお前には言われたくないと思うぞ、とサフィナは心の内でぼやいた。

 

「それであの……できれば真実を流布した方がいいんじゃないかって思っていまして……。その、私が倒したわけじゃないのにここまで称えられるのは罪悪感が……」

 

「……まぁ、お主の気持ちもわからなくはない」

 

「じゃ、じゃぁ……!」

 

「だが、それは難しいと言わざるを得んだろう」

 

 理解を示してくれた総統に、一瞬期待したネリーネ。

 しかしその期待は淡くも崩れ去り、彼女は「そうですか……」と肩を落とした。

 

「まず第一に、魔王はお主が倒したと人類国家群中に話が行き届いておる。今からそれを訂正しても、民に余計な混乱を招くだけじゃろう。まぁ、これはワシらが先走ったせいともいえるが……そもそも勇者以外が魔王を倒すとかいうわけの分からん事態とか予想できるわけなかろう? 何者じゃそやつ。いや感謝はしてるんじゃけども」

 

「私に言われても困ります……」

 

 総統の言葉に上層部の面々も「うんうん」と頷いてネリーネに視線を向けた。

 全員の顔に「説明はよ」と書かれているように見えたネリーネは、「すみませぇん……わかりませぇん……」と心の中で謝っていた。

 

「第二に、その御者について。はっきり言って、お主の話では素性がまったくわからん。《女神の御使い》と呼ばれるくらいには魔族討伐に貢献していたこと、そしてお主とともに魔王所へ赴き、そのまま魔王までもを倒した事。これらからワシら人類の敵ではないと考えられるじゃろう」

 

 だが、と言葉を続けた。

 

「それは魔王という脅威が存在していたからかもしれん。魔王亡き今、果たして人類の味方足りえるのか……それがわからぬ以上は、下手に刺激せん方がええじゃろう」

 

「わからないからこそ、警戒するべきでは?」

 

 総統の判断について、上層部のお偉方の一人がそう述べた。

 だがその意見に対して、「やめとけやめとけ」と総統は諦めたようにプラプラと手を振る。

 

「魔王を単独で倒せるほど強いんじゃぞ? 藪をつついたらドラゴン以上のモンが出てきかねんじゃろがい。最悪、今度はワシらが討伐されかねんよ」

 

「勇者がいても、でしょうか?」

 

 総統以外の面々が一斉にネリーネへと視線を向けるが、それに対してネリーネはブンブンと首を横に振って応えた。

 アレを目にした今、とてもではないが勝てるビジョンなんて思い浮かばない。そんな意思表示を含めての行動に、総統も「ほれみい」と笑ってみせる。

 

「もちろん、そやつがワシら人類に仇成すつもりなら……こちらも全力で抗うしかなかろう。じゃが、そうではない。そしてそうではないのなら、ワシら人類の恩人じゃて」

 

 だからこそ、もしその者が何かを望むのであれば、人類としてできる限りのものを用意するつもりであった。

 

 うまい飯が食いたいのなら、国家群中から一流の料理人を集めて料理を振舞おう。

 女を望むのであれば、国中から綺麗どころを集めて侍らせよう。

 領地を望むのならそれも用意しよう。

 

 だが、そんな話はまったくきていない。

 もしも何かを欲しがるのなら、ネリーネが魔王討伐を果たしたという話が国家群中に広まっているこの状況に異を唱えないわけがない。

 それこそ魔王城でやってみせたように、戦車とともにこの城に乗り込んでくることも考えられる。

 

 だがしかし、魔王討伐からしばらく経つというのに、そんな話は一切聞こえてこないのだ。

 これを人類国家群総統は、相手が名声を望んでいないと捉えた。

 

 望んでいないのなら、騒ぎ立てるのは逆に迷惑をかける可能性もある。

 

「しかし、いくら恩人とは言えども相手は魔王城へ乗り込み、魔王を討伐した傑物だ。何もせず野放しにするというのは……」

 

「それに、相手が望まないから何もしないのは、人類統一国家群としての沽券にもかかわる問題になるだろう」

 

 ざわざわと上層部の話し合いが続く。

 そんな中、「そこでじゃ」と総統が口を開き、そしてネリーネたち三人に向けてズビシッ! と指をさした。

 

「《星の聖剣》の担い手、勇者ネリーネ・セレニス! そしてその仲間であるサフィナ・アーヴェント、カエラ・リスファルドの三名には特別任務を与える!」

 

「特別……」

 

「任務……?」

 

「はぁ~? めんどくせぇ~」

 

「カエラ・リスファルド。心の中だけで言いなさい。総統のワシ泣くよ?」

 

 ワシ悲しい、とカエラの吐き捨てるような言葉に涙を流す総統だが、次の瞬間にはキリッとした表情に切り替えた。

 さすが総統。

 

「三名は人類統一国家群の代表として、魔王討伐を成したその者を探し出し、そして彼のものが何を望むのか話を聞いてくるように! こっそりとじゃぞ! できればここにつれてきてほしいんじゃが……まぁ無理強いはせん」

 

「こっそりと、ですか?」

 

 尋ねるネリーネに、総統は「うむ」と頷く。

 

「相手が名乗り出ん以上、こちらから騒ぎたてるような真似はせん。それに、魔王を倒した傑物じゃ。何があっても、お主ら勇者なら多少でも対応はできよう。格も十分じゃし、何よりもおぬしらには多少でも面識がある。いきなり知らん奴が、『何か欲しいものある?』とか聞いてくるよりはマシじゃろて」

 

「ま、まぁ……それはたしかに……?」

 

「じゃろう? そういうわけで、また三人には旅をしてもらうことになるが……平和になったとはいえ、まだ魔族の残党も残っとる。そういった問題の解決も、おぬしらには期待しておるぞ」

 

 総統の言葉に、「あれ、やること増えた?」と思いつつも、魔族の残党についてはその通りであるためこれを了承。

 しかし、彼を見つけようにもこの統一国家群は広い。複数の国家が魔族という脅威を相手にするために集まったため当然だが、そんな広大な世界で探し出すのは困難を極めるだろう。

 

 そこで総統は、各領地を治める領主クラスの人類には、それとなく目的の人物の特徴を流布し、もしもそれらしき人物が来たら上層部へ連絡するよう通達することに決めた。

 

「たしか名前は……タヅナといったかの?」

 

「はい。黒髪で、二十代くらいのヒューマンでした!」

 

「あとでっけぇー馬がいっしょだぜぇー」

 

「そして、優秀な魔法使いでもあります」

 

 改めて特徴を聞き出す総統だが、聞けば聞くほどわけのわからない人物像になっていく。

 ただ、名前なんて同じ名前がいる可能性は高いし、大きな馬も珍しいだけで他にもいる。見た目だけじゃ魔法が使えるかわからないだろう。

 

 他になんかない? と尋ねる総統だったが、そんな中何かを思い出したネリーネが「あ」と呟いた。

 

「そういえばタヅナさん、肩書みたいなのも名乗ってました」

 

「構わん、教えてくれい。どんな情報でも無いよりはマシじゃ」

 

 して、何を名乗ってたんじゃ?

 総統の質問に、ネリーネは答える。

 

「たしか……《(わだち)の覇王》、だったかな」

 

『何それ物騒』

 

 この日、総統を含めた上層部の意見が久しぶりに一致したのだった。

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