轍の覇王は帰還に向けて旅をする~魔王を倒した後の、平和なはずの異世界にて~   作:岳鳥翁

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8話:帰還を目指して、旅に出る

「なんか、すっげぇ失礼なことを言われている気がする」

 

「ブフンッ」

 

「おや、そうなのかい?」

 

 何となくそんな気がしたため口に出してみれば、それに同意するように馬車を牽くブーが鼻を鳴らす。

 俺の声が聞こえたのか、馬車に乗って休んでいたおばあさんが気にかけてくれたので、「ただの勘ですよ」と言って笑っておいた。

 

《轍の覇王》ことタヅナさんは今、御者としておばあさんを街まで運んでいる真っ最中なのであった。

 

 ちなみに、この《轍の覇王》というのはただの称号だ。

 ゲーム《WF》に登場する最難関ダンジョンの一つ、《轍の塔》。このダンジョンを特定条件でクリアすることで取得できる。

 

 他の称号とは違ってプレイヤー本人には特に影響がない称号なのだが、ブーたちの種族進化に必要な称号だったので頑張って取得した。

 おかげでブーはキングホースからスレイプニルに進化した。あの時は飛び上がって喜んだもんだ。

 

 魔王を轢き潰してネリーネちゃんを元の場所に返した後、とっさに何者なんだと聞かれてこの称号を名乗ったんだが……いやほら、《勇者》なんてカッコいい肩書に対抗できそうなくらいには響きがかっこいいし?

 うん、なんにも間違っていないはずだ。

 

 閑話休題

 

「それにしても悪いねぇ、馬車を出してもらっちゃって……客が私一人じゃ、割に合わないでしょう?」

 

 そう言って申し訳なさそうなおばあさんに、俺は「気にしないでくださいな」と振り返る。

 

 彼女の言うとおり、馬車で人が移動する場合は複数人まとめてが基本である。そのため、どこかの街へ向かう場合、できるだけ人数を集めてから出発することになるのだ。

 

 そしてそういうのを管理してまとめているのが、この世界における《御者ギルド》という組織。

 

「○○へ行きたい!」という人が目的地を申請し、もし登録している御者がその目的地、あるいは道中でその目的地を通る場合、《御者ギルド》を通じて馬車に乗せてもらえる仕組みだな。

 客の紹介料はギルドにとられるが、効率よく人を集めて出発ができるため登録している御者は多いと聞く。《商人ギルド》の奴らも、ついでで登録してるって話だ。

 

 それでおばあさんだが、どうやら近日に隣町の息子夫婦に子供が生まれるらしい。

 そのためすぐにでも向かいたかったそうだが、あいにくと隣町までの馬車はなく、かといって歩いて行くには遠すぎる。

 

 隣町とはいえこの世界、普通に徒歩だと一週間とかかかることもあるからな。

 

 そうして途方に暮れてたおばあさんの話を聞き、「すぐに馬車出せまっせ!」と応えたのがこの俺タヅナさんなのである。

 こういうところで融通がきくのが、野良のいいところだろう。

 

「むしろ、野良馬車の俺を利用してくれてるんですから、こっちがお礼を言いたいくらいです。お駄賃も頂けるうえに、旅もできる。幸運に恵まれたのはこっちの方ですよ!」

 

「ヒンッ」

 

 小さく嘶いたブーがぐるりと尻尾を回す。

 おばあさんのことを気にかけたのだろう。その気持ちが伝わったのか、「あらあら」と嬉しそうにほほ笑むおばあさんを見て、俺は気分を良くして手綱を握りしめる。

 今の俺は人を運ぶ御者なのだ。駆け出したい気持ちは我慢である。

 

 じゃないと、おばあさんが怪我をしかねない。

 

「ブフッ」

 

「わかってるよブー。俺にも我慢はできるって」

 

 俺の内心を見透かしたのか、ブーがこちらを振り向き、「やるなよ?」と言いたげな目を向けてくる。

 一度手綱をバシンと振るえば、喜んで敵の蹂躙を始める奴が何を言うか。

 

「それよりも、振動とか大丈夫ですか? もし辛かったら速度を落としますけど」

 

「ありがとう、大丈夫よ。たくさん布もひいてもらっちゃって、むしろ快適なくらいだわ」

 

 ポンポン、と俺が布を重ねて敷いた即席クッションを満足そうに叩くおばあさん。

 

 最高速は出ていないとはいえ、軽く走るだけでもブーの速度はそこらの馬車の標準速度を超えているのだ。

 おまけに道はろくに整備されていなし、ゲーム産とはいえ何の機能もついていない馬車での走行。

 

 しかし、どうにも俺に気を遣っているようにも、無理をしているようにも見えない。どうやら彼女の言葉に嘘はないらしい、と俺は速度を維持するようにブーに指示を出す。

 

「この調子なら、陽が落ちるまでには隣町に到着しそうねぇ」

 

「お、わかりますか? なにせタヅナさんの馬車は、最速最強が売りですからね! 数日の道のりも一日あれば走破できちゃいますよ! カッハッハッハ!」

 

「あらまぁ、商売がお上手ねぇ。さっきはお水まで頂いちゃって、至れり尽くせりだわ。長く生きたつもりだけど、魔法のお水なんて初めての経験よ!」

 

 御者席に座りながら、他愛のない話をおばあさんと続ける。

 そしてもうすぐ日が暮れる頃。おばあさんを乗せた俺たちの馬車は、目的地である隣町へとたどり着いた。

 

 街へ入るための門へと馬車を進めると、門兵の男が歩み寄ってくる。

 

「通行証はあるか?」

 

「はいはい、っと。これですね」

 

 懐から取り出したのは、街を出る際に発行される通行証だ。

 これがないと街に入れてもらえないか、入れてもらえたとしても色々と手続きが面倒になる代物である。

 俺の場合は絶対に無くさないよう、懐にしまうふりをしてアイテムボックスにしまっているわけだが。

 

「……確認した。目的は?」

 

「お客さんの目的地だったもんで」

 

 振り返った俺と一緒に、門兵の男も馬車の中を覗き見ると、中にいたおばあさんが「どうも」と軽く会釈した。

 

「問題なし。通っていいぞ」

 

「どうもー」

 

 笑顔とともに手を挙げ、俺は街の中まで馬車を進めた。

 

 街レベルともなれば、だいたいのところには対魔族用の壁が作られている。この街も例にもれず、門を潜り抜けるまでが長かったぜ。

 

「おばあさん、到着しましたよ」

 

「やっぱり早かったわねぇ。普通ならもっとかかるのに、本当に日暮れまでに着いちゃったわ!」

 

「カハハ! タヅナさんの馬車を、そんじょそこらのと一緒にされちゃ困るってもんですよ! な、ブー!」

 

「ブフフンッ」

 

 その通りだとでも言いたげなブーは、首を振って(たてがみ)を揺らしながら鼻を鳴らす。

 そんなブーの様子を見たおばあさんは、「ありがとうねぇ」と彼女の首元を優しい手つきでスルリと撫でる。

 

「じゃあこれ、馬車を出してもらった分のお金よ。受け取ってちょうだい」

 

「はい、たしかに……って、おばあさん。これ相場よりも多いですよ?」

 

 チャリン、と差し出された手から受けとった金額を確認すれば、隣町までの移動にかかる馬車の代金よりも多かった。

 余分なお金を返そうとするが、おばあさんは「いいのいいの」と手をヒラヒラさせながら笑ってみせた。

 

「タヅナちゃんのおかげで、こんなに早くこの街に来れたんだもの。少しくらい色をつけさせてちょうだい」

 

「……なら、遠慮なく! ありがとうございます!」

 

「ふふ……すぐには出発しないんでしょ? この街はおいしいお店も多いから、是非楽しんでちょうだいね」

 

 そう言って別れたおばあさんは、曲がり角に差し掛かったところでこちらを振り返ると、小さく手を振ってから姿を消した。

 残された俺は、手に乗ったお金を握りしめる。

 

「うまい飯かぁ……それもありだな」

 

 正直なところ

 魔王を倒したら元の世界に帰れるもんだと思っていただけに、それを成してもなお帰れなかった時には落胆したものだ。

 

 ネリーネちゃんを元の場所に返してから、特に考えもせずブーと戦車を走らせたものの、それでいい考えが浮かぶはずもなく。結果、ラスダンの街でやっていたように御者の仕事を再開した。

 

 その再開第一号がさっきのおばあさんだったわけだが……なるほど。そう言うのもありだろう。

 

「……よしっ、決めたぞブー! 俺はこの異世界で、うまいもん食って楽しみながら帰る方法を探す! なーに、どうせいろんなところを旅することになるんだ。その内きっと、帰る方法だって見つかるだろうよ!」

 

「……ヒンッ」

 

「大丈夫だ。お前らと触れ合えてるこの奇跡みたいな時間も、ちゃんと大事にするさ」

 

 でっかい体のくせして少し寂しそうに泣くブーを、思い切り撫でてかわいがる。

 

 すると、腰にぶら下げた従魔を連れるための携帯端末がガタガタと揺れた。撫でまわされているブーを見て、こっちにも構えと自己主張しているようだ。

 

 愛い奴らめ。

 

「そうと決まれば、まずは宿を探すか! 少し値は張るが、馬小屋付きのところがいいな。お前ら、順番に手入れしてやるぜ!」

 

「ブッフンッ!!」

 

「あ、ブーは最後な。最近ずっと出ずっぱりなんだし、ちょっとは他の奴にも譲って――痛い痛い噛むな噛むな」

 

 でっかい口が俺の頭を丸かじりする様子に、周囲の人がひいていらっしゃるだろうが。

 

 相変わらずの相棒の様子に、すまんなお前らと腰の端末に入った従魔たちに謝っておく。

 

 彼らもブーのこれには慣れたものなのか、仕方ないと諦めるように三つの端末がブルブルと揺れるのだった。

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