ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます!   作:恥谷きゆう

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第33話 逃走

「ケホッ、ケホッ……」

 

 咳をすると口の中に血の味がした。

 先程吹き飛ばされた時に体を打ったのだろう。

 

 爆風からは辛うじて逃れたものの、俺には既に戦うだけの力が残っていなかった。

 

 おそらくミレディはもう逃げた後だろう。

 見れば、廃墟と化したアレル町には生存者は1人たりともいなかった。

 

 あのラスボス、自分の国の住民を虐殺して逃げやがった……。

 俺と彼女の決着は痛み分け、ということになるだろうか。

 

 俺の今回の目的はローラの両親人質作戦なので、その点は成功と言ってもいいかもしれない。

 2人はもうミレディの爆風に巻き込まれて死んでいるだろう。

 

 目的は達成できたが、かなり後味の悪い終わり方になったな……。

 

 

「……私も、逃げないと」

 

 アレル町に背を向けて走り出す。

 

 ソウルライトの消耗の影響は未だに大きい。

 ちょっと走るだけですぐに息が上がってしまう。

 

 しかし、聖王国内にいると態勢を立て直したミレディが再び襲ってくるという最悪の展開も考えられる。

 向こうの消耗も激しいはずだが、なにせここは敵地のど真ん中。

 圧倒的に不利なのはこちらだ。

 

 今は撤退するに限る。

 

 仇を討てなくてすまない、と小さく心の中で謝る。

 すると、再び本来のブルームの声がした。

 

『仕方ない。最善を尽くした結果。次こそ仕留めて』

 

 冷静な物言いに少し驚く。

 復讐に人生を捧げた彼女なら、激昂してもおかしくないと思っていた。

 

 ひょっとしたら、俺の魂が彼女に影響されたように彼女の魂もまた俺の魂から影響を受けているのかもしれないな。

 

 

 

「あれ、もう帝国……?」

 

 考え事をしながら走っていると、いつの間にか見覚えのある街並みまで戻ってきていた。

 

 すっかり疲労も溜まっていたらしく、脚がガクガクと震えている。

 ミレディと戦った深夜から朝までずっと走って逃げていたから当然か。

 

 意識が朦朧とする中、もはや本能的にいつもの宿へと向かう。

 今はとにかくベッドに飛び込んで寝ることしか考えられなかった。

 

「…………ブルームさん?」

 

 聞き覚えのある声がして振り返る。

 その先には呆然とこちらを見つめるフレンの姿があった。

 

「どうしてそんな血だらけに……き、傷を見せてください、早く!」

 

 慌ててこちらに近寄ってくるフレンを呆然と見る。

 そう言えば、ミレディの最後の一撃によって大量の血を浴びた気がする。

 今の俺は全身真っ赤だろう。

 それどころじゃなかったから全然気付かなかった。傍迷惑なラスボスめ。

 

「大丈夫、私の血じゃない」

 

 あ、まずい。

 

 フレンと会った安心感で、緊張の糸が解けてしまった。

 とっくに限界を迎えていた体から力が抜けていく。

 

 俺はその場で倒れ込み、そのまま深い眠りについた。

 

 

 ◇

 

 

 その姿を見た瞬間、フレンは驚きのあまり言葉を失ってしまっていた。

 嘘みたいに真っ赤に全身を染めたブルームが、夢遊病者のように歩いていた。

 

 霧に紛れそうなほどに白かった髪も顔も血塗れ。

 衣服の至る所に切り傷の跡が残っている。

 足取りは今にも倒れ込んでしまいそうなほどにフラついている。

 

「…………ブルームさん?」

 

 フレンが呆然と呼びかける。

 ブルームの虚ろな瞳がこちらを向いた。

 意識がないようにすら見えるブルームの瞳に、薄っすらと光が戻る。

 

「フレン、よかった……」 

「どうしてそんな血だらけに……き、傷を見せてください、早く!」

 

 慌てて駆け寄り、ブルームの傷を見ようとするフレン。

 しかし、全身が血だらけで迂闊に触れることができない。

 うっかり傷口に触ればブルームがさらに苦しむことになる。

 

 とりあえずローラを呼んで治癒魔法を使ってもらおう。

 冷静さを失った頭で辛うじてその結論を出したフレン。

 彼女を安心させるように、ブルームがいつになく優し気な声を出す。

 

「大丈夫、私の血じゃない」

 

 それでも……それでも、心配に決まっている。

 フレンは心中でそう叫び歯嚙みした。

 

 明らかに戦闘をした跡のあるブルーム。いつになく弱弱しい姿。

 いつもいつも自分のことに無頓着だ。その癖こっちが困っている時にはすぐに手を差し伸べる。

 

 フレンは怒りたい気分にすらなっていた。

 

 そう思考を巡らせているうちに、ブルームは糸が切れたように力を失い、その場に倒れ込んだ。

 

「ブルームさん!?」

 

 心臓が止まるかと思った。

 フレンは慌てて駆け寄りブルームを抱き起す。

 恐ろしいほどに冷たい体にゾッとする。ブルームの体は、普段以上に小さく頼りなく見えた。

 

 その後、宿の入り口での騒ぎを聞きつけたローラがその場に駆けつけて治癒魔法を行使した。

 

 ブルームがすぐに目覚めることはなかったが、ようやくフレンは安心に胸を撫でおろすことができた。

 

 

 ◇

 

 

「まったく、危ない事はしないと言ったではないですか、まったく……」

 

 ブツブツと言いながら、フレンはブルームの寝顔を眺めていた。

 ブルームの傷はフレンの治癒魔法によって治されたが、目を覚ますことはなかった。

 

 ギルによれば、ブルームの症状は『魂の消耗』だと言う。

 ソウルライトを使いすぎた者に見られる、一時的な昏睡状態。

 エネルギー切れによる休眠状態のようなものだ、と彼は説明していた。

 

 ただ、目覚めるまでの期間については個人差があり、経験豊富なギルにも分からないようだ。

 

 結果的に、フレンはいつ起きるか分からないブルームを見守ることになった。

 

「フレン、リンゴを持ってきたよ」

 

 リオが小皿を持って部屋に入ってきた。

 リオとローラは、こうして定期的に食べ物を持ってブルームの見舞いに来る。

 

「ひょっとしたらそろそろ起きてるかと思ったけど……まだ寝てるね」

「ええ。ブルームさんはお寝坊さんですね」

 

 冗談めかしてフレンが笑う。

 そして彼女は、昔を懐かしむような様子でブルームの顔を見下ろした。

 

「……ブルームさんがこうして私に寝顔を見せてくれるのは、実は結構珍しいことなんですよ」

「そうなの? でも、フレンは昔ブルームと一緒に暮らしていたって言ってたよね?」

「ええ。その時も彼女の寝顔を見た記憶はほとんどありません。夜は遅くまで起きて冒険者ギルドの仕事をこなしていましたから。彼女の仕事は夜の方が都合の良いことが多いので」

 

 ブルームがよく受けてい仕事は冒険者ギルドの出す凶悪犯罪者の討伐依頼がほとんどだった。

 

 彼女は「これが一番得意」と言っていたが、こういった依頼は肉体的にも精神的にもハードなことが多い。

 人間をターゲットとする狩りは決まった場所、決まった時間に出現する魔物の討伐よりも困難だ。

 

 ひどい時にはターゲットを見つけ出すのに一週間近くかかることもある。

 

「その時、一度お願いしたんです。私の面倒を見るのが負担になるなら、私に構わなくてもいいって」

 

 両親を失ったフレンにとって、ブルームは家族のような、親のような存在だった。

 離れたくなどなかった。

 けれど、ブルームの苦しむところは見たくない。だから彼女と離れる事を提案した。

 

「それで、なんて言われたの?」

「『魂の輝きが育つのを見守るのは私の趣味。気にしないで』と。ブルームさんが度々口にする『魂の輝き』とは何なのか、私には未だに分かりません。……結局のところ、その後にブルームさんは何も言わずに出て行ってしまったのですがね」

 

『魂の輝き』。

 リオも以前、その言葉をブルームに言われたことがある。

 

 ニュアンスとしては、「ソウルライト」に近いだろうか。

 ただ、彼女が示すのは出力されるソウルライトの力そのものではなく、もっと内面的なものに思われる。

 

 ブルームが度々口にする意味深な言葉。

 2人は、その言葉はブルームが何かを誤魔化す時に使う言葉だとは気づきもしなかった。

 

「その言葉の意味は分からないけど、きっとブルームはフレンが心配だったんだと思うよ」

「……ええ、きっとそうですね。ありがとうございます」

 

 彼らは『魂の輝き』という言葉がブルームの誤魔化しだとは気付かなかったが、ブルームの真意には気づいていた。

 

 フレンはもう一度ブルームの寝顔を見る。

 すぅすぅと寝息を立てる彼女は、どこか楽しそうにすら見える。

 

 きっと、何か幸せな夢を見ているのだろう。

 フレンはそう思うことにした。

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