ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます!   作:恥谷きゆう

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第35話 ノブレスオブリージュ

「『アイスエイジ』」

 

 詠唱したフレンを中心に、吹雪が吹き荒れた。

 フレンが新たに習得した魔法。それは氷の一粒一粒が皮膚を切り裂くような、激しい嵐だった。

 

「なっ……馬鹿な、こんな規模の魔法を魔法陣もなしに放てるわけが……!」

 

 クリミナルが慌てて後退する。

 これほどの威力の魔法は、『洗脳』した一般人の肉壁では防ぎきれない。

 一般民衆も離れた今、クリミナルにできるのは後退のみだ。

 

「私はもう、守られるだけの私ではありません。お父様とお母様に胸を張れる貴族になれるように、私は貴族の務め(ノブレスオブリージュ)を果たします」

 

 悪を討ち果たすのは力あるものとして生まれた貴族の務めだ。

 少なくとも今のフレンはそう考えている。

 

 無辜の民を傷つけるクリミナルのような存在は、自分が討つ。

 自分のように大切な人を喪う人が、生まれないように。

 

 吹雪が一層強くなり、『洗脳』された男たちが一瞬にして氷漬けにされた。

 相手が操られただけの手駒であろうと、容赦のない攻撃だった。

 

 しかし、氷漬けにされた人々は全く傷ついていない。

 広範囲へと攻撃する『アイスエイジ』は、しかし繊細な魔力制御によりターゲットを殺さずに拘束することを可能としていた。

 

 

 クリミナルは全く想定していなかった展開に激しく舌打ちをした。

 今の手札では今のフレンを攻撃するのは不可能と言っていいだろう。

 

 本来なら、ここまで大規模な魔法は複数人での詠唱や魔法陣など、大掛かりな事前準備が必要だ。

 計算外だったのはフレンの予想以上の成長。

 

 

 

「仕方ないねえ」

 

 しかし、それならクリミナルもやり方を変えるだけだ。

 クリミナルは勝利を目指す清廉な騎士ではなく、どんな手を使ってでも依頼を遂行する仕事人だ。

 

 彼女は待機させていた手下へと合図を送り、1人の女を連れてこさせた。

 その様子を見たフレンが顔を嫌悪に顔をしかめた。

 

「……まさか、そこまで卑劣な手を使うとは」

「おい魔法使い、コイツが見えるか!?」

 

 クリミナルが何者かを拘束していた。

 首元にナイフを突きつけ、逃げられないようにガッチリと拘束している。

 

「今すぐにこの魔法を止めて投降しろ! さもなくばコイツを殺す!」

 

 クリミナルにナイフを突き付けられている女性に、フレンは見覚えがあった。

 

「カタリナさん……」

 

 その女性は、フレンがいつも世話になっている服屋の店員だった。

 人懐っこい笑顔がかわいらしく、いつも仕事熱心な彼女。ファッションについて何度も相談したこともある。

 フレンの日常を形作る大切な人の1人だ。

 

 彼女は青ざめた顔で突き付けられた凶器を見つめている。

 

「知ってるだろ魔法使い。 服飾屋って奴は繊細な仕事だ。糸を縫うとか、そういうチマチマした奴だ。……なら、たとえば指がなくなっちまえば困ることになるよなあ?」

 

 下卑た笑いを浮かべるクリミナルは、ナイフを人質の指に沿わせた。

 指からドクドクと血を流したしたカタリナは、恐怖に息を飲む。

 

 彼女にとって裁縫の技術は己の生きた証そのものだった。

 繊細な作業を操る五指にとって何よりも大事な宝物。それが失われる恐怖に呼吸を止めた。

 

 クリミナルが邪悪な笑顔を浮かべる。

 他人を絶望に叩き込む瞬間がクリミナルは最も好きだった。

 

「見てろよ魔法使い! とりあえず、親指あたりをプレゼントしてやるからよお!」

 

 サディスティックな笑みを浮かべるクリミナルがナイフに力を籠める。

 

「──やめなさい」

 

 ──クリミナルは未だにフレンの実力を過小評価していた。

 

 

 フレンはここ最近で何度も挫折を味わった。

 黒牧師ハンターとの戦闘。

 彼女は不意を突いた一撃であっさりと戦闘不能になってしまい、役に立つことができなかった。

 

 黒牧師ウォールとの戦い。

 無敵の障壁を前に、彼女の魔法は足止め程度の効果しか発揮しなかった。

 

 そしてその戦いの裏で、見えないところでブルームが傷ついていた。

 

 無力感。己への失望。仲間が傷つくことへの苦しみ。

 

 それらの経験はフレンの心を、魂を傷つけ、そして彼女を成長させた。

 

 大切なものを守れるように強くなりたい。

 その想いこそが彼女のソウルライトを鍛え上げていた。

 

 

 ◇

 

 

 ナイフを突きつけるクリミナルの周囲に、凄まじい冷気が襲い掛かった。

 フレンは反応すらできない速度で新たな魔法を発動させていた。

 

「──アイスコフィン」

 

 先程の吹雪をも上回る暴力的な寒気だった。

 それはクリミナルの周囲に凝縮され、彼女に襲い掛かった。

 

 驚愕する時間すら存在しない。

 クリミナルは一瞬にして氷漬けにされた。

 邪悪な笑顔が彫像のように固定される。

 

 人質を取っていれば簡単には攻撃できない、と思っていた彼女には魔法への備えが全くなかった。

 

 人質としてクリミナルの傍にいた女店員、カタリナも共に氷漬けになる。

 

 しかし、カタリナの氷はクリミナルのそれとは違い一瞬にして融解した。

 傷1つなく解放された彼女は呆然と自分の体を見つめている。

 

 切り札だった人質があっさりと解放される。

 その様を、クリミナルは氷の中から呆然と見つめることしかできなかった。

 

「なぜ、無関係の人を巻き込むのですか」

 

 フレンは氷漬けになったクリミナルの元へと静かに近づいていく。

 

「あなたが道具として扱った彼にも、見世物のように指を切ろうとした彼女にも、かけがえのない生活がありました。それが分かりませんか?」

 

 元より、クリミナルは口を開くことすらできない。

 

「いえ、きっとあなたのような方にこんなことを言っても無駄なのでしょう。であれば、私は質問ではなく、勧告でもなく、宣言をしましょう」

 

 フレンの理想はあの日から変わっていない。

 

「私──フレン・クラエルの目が届く限り、悪行は必ず阻止しましょう。強者が欲望のままに奪い殺す世界など、私が許しません」

 

 それは、かつて理不尽に両親を奪われた彼女の出した結論だった。

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