ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます!   作:恥谷きゆう

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本作のコミック版一話が公開されました


第53話 必要とされない

 ジャベリンと呼ばれる前の私は、何者でもなかった。

 

 実の親の顔を、私は見たことがない。

 私が覚えているのは、自分が孤児院にいた時からの記憶だ。

 

 私のいた孤児院は、客観的に見ても劣悪な環境だったと思う。

 やる気のない老母が1人で管理しているため、施設の中はゴミだらけ。

 体格の良い子どもが少ない食事を奪い合う為、小柄な私はいつもお腹を空かせていた。

 

 ただ、一番辛かったのは空腹ではない。

 誰からも必要とされないことだ。

 

 孤児院には時折子宝に恵まれなかった夫婦が子どもを引き取りに来る。

 ただ、ガリガリで暗い顔をした私のことなど誰も引き取ろうとしなかった。

 

 誰も私を必要としない。

 実の親は私を捨てた。

 孤児院に居る私のことは誰も見向きもしない。

 

 じゃあ、私が生きている意味はなに?

 

 

 

 そこに行く直前の記憶は一切残っていない。

 

「――さあ、目覚めよ我が眷属。おぬしに仕事を与えよう」

 

 目が覚めた時に見えたのは、恐ろしいほどに美しい女だった。ベッドに横たわる私を、笑みを浮かべて見下ろしている。

 

 疑問を覚えるより前に、体を巡る血が訴えかけてきた。

 目の前の女は私の主人だ。絶対に逆らってはならない存在だ。

 後から思えば、それは吸血鬼の眷属としての本能のようなものだったのだろう。

 

 同時に、歓喜が私の体を駆け巡った。

 『仕事を与える』

 

 つまり、私を必要としてる?

 初めてだ。初めて私を必要とする人が現れた。

 喜びに溢れて、些細なことなど全てどうでも良くなる。

 

 女の目がまるで道具を見るようなモノだったことなど、まるで気にならなかった。

 

 

 ◇

 

 

 「ッ……!」

 

 何度目か分からない血の槍を回避して、俺は息を吐く。

 彼女の攻撃は一切止むことなく俺を追い立てていた。

 

 あれほど血の槍を乱射していればそろそろ全身の血が無くなってもおかしくないと思うが……そういった気配はない。

 血を飲んでいる気配もないし、おそらくその辺をソウルライトで補っているのだろう。

 

 さて、アレをもう一度試してみるか。

 

 「陽光(サンライト)……」

 『血槍(ジャベリン)

 

 俺は右手に意識を集中させて俺自身のソウルライトを使おうとする。

 太陽の輝きを凝縮したもの。

 吸血鬼相手なら絶大な効果を発揮する力だ。

 

 しかし、俺が光弾を発射するより先に血槍が飛んできた。

 俺は光弾の発射を中断して回避に専念する。

 

 ……やっぱり、俺自身のソウルライトの練度があまりにも足りないな。

 

 『狩魂術』の使い方については、本来のブルームの記憶からすぐに習得した。

 もとの彼女が能力の研鑽に積極的だったので、熟練の技と言っていいほどだ。

 

 一方の俺のソウルライトは、先日初めて使ったもの。

 少し練習はしてみたが、長年使った記憶のある 『狩魂術』に比べれば練度では随分と劣るものだった。

 

 さてどうするか、と俺は考えを巡らす。

 

 防御を続けている間にも腹部からはじわじわと出血を続けている。

 長期戦になれば最終的に動けなくなる危険性がある。

 

 とはいえ――相手の少女も、少しずつ動きが鈍っているように見える。

 俺はカマをかけるため彼女に話しかけた。

 

「――随分と顔色が悪いね。何を犠牲にしてるの?」

「……!」

 

 先程まで顔色1つ変えずに攻撃を継続していた少女の顔に動揺の色が浮かんだ。

 やっぱりそうか。

 

 一部のソウルライトは、代償を払う事で大きな力を発揮できる。

 

 ブルームのソウルライト、『狩魂術』が分かりやすい例だ。

 死の魅了に惹かれるという致命的な代償を払い、絶対的な死の力を扱うことができる。

 

 少女のあまりに強力すぎる力も、代償を払っていると考えれば納得できる。

 

 血の槍による攻撃は、最強クラスの黒牧師であるウォールをも凌ぐほどの苛烈さだった。

 槍1つ1つの威力が高いのはもちろんの事、攻撃のスパンが恐ろしいほどに短い。

 

 多分その代償は、命に関わるようなものだ。

 

 「ねえ、その代償を払って後悔しない?」

 

 再度語りかける。

 少女は右手を上げたまま、ピタリと止まった。

 

 「後悔……?」

 

 少しばかり、少女は黙り込んだ。

 初めて血の槍の攻撃が止む。

 殺し合いの場に束の間の沈黙が下りる。

 

 ――やがて顔を上げた少女の顔には、憤怒が浮かんでいた。

 

 「後悔など、あるわけがないです! 私にあるのはこれだけ……私を必要としてくれたのはミレディ様だけなのですからッ!」

 

 血の槍が形成される。

 先程までより遥かに膨大な量の血が集結し、それは3本の槍へと分裂した。

 

「『血槍(ジャベリン)』……!」

 

 3本の槍が同時に俺に向かって飛んできた。

 

 一瞬だけ、彼女の言った言葉とその表情について考える。

 

 

 ひょっとしたら、彼女は前世の俺に似た人間だったのかもしれない。

 

 誰からも必要とされない人間。

 病気で普通の生活なんて全然送れなくて、お金ばかり消費する存在だった俺にとってはその苦痛は身に覚えがある。

 

 発作が止まらなくて救急車を呼んでもらった時。

 咳が止まらなくて、授業中のクラスメイトに睨まれた時。

 どうして生きているんだろう、と何度も考えた。

 

 意識が朦朧としている時の両親の目を思い出す。

 その瞳は、『ようやく終わってくれるか』と言っているようにも見えた。

 

 

 「『Death is the great equalizer』」

 

 3本の血の槍を迎撃するため、ソウルライトを解放する。

 『死神の大鎌』の刃の部分が血のような装甲に覆われ巨大化する。

 この大きさなら、3本同時に弾ける。

 

「フッ……!」

 

 巨大化した鎌を横薙ぎに振るい、血の槍を全て霧散させる。

 

 大鎌の拡張はそのままに、俺は少女の懐まで一気に飛び込む。

 再び血の槍が形成され、俺の心臓目掛けて射出される。

 

 ただ、やはりその速度は最初よりも劣っているようだった。

 大鎌を横に構え、最小限の動作で血の槍を逸らす。

 

 「ッ!」

 

 再度、前に足を進める。

 ようやく攻撃が届く距離まで来た。

 後退する少女に大鎌を振るう。

 

 鎌の先端が少女の腹を掠めると、鮮血が噴き出した。

 

 「う……」

 

 腹を抑えながら下がる少女へ追撃を試みる。

 しかし、すぐさま襲い掛かってきた血の槍は俺の心臓を正確に狙ったものだった。

 

 大鎌を傾けて辛うじて防御。

 しかし、防御のために足を止めたせいで、また距離を離されてしまった。

 

 少女はボタボタと血が流れるのも気にせずこちらを睨みつけている。

 先程までの機械のような様子とは違い、その瞳には憎悪の色があった。

 

 「絶対にあなたを殺す……それこそが、それだけが、私の人生の意味なのだから!」

「……」

 

 彼女は、単に不幸だっただけなのかもしれない。

 初めて自分を必要としてくれた人が、たまたま人でなしの吸血鬼だっただけ。

 

 あるいは、優しい人に出会うことができたなら、普通の人生を過ごせたのかもしれない。

 俺の胸に僅かな迷いが生じる。

 

 「違う。現実にIF(もしも)はない」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 覚悟を決めて、前へ。

 血の槍が俺の頭目掛けて飛んでくるので、身を低くして回避する。

 

 「『Death is the great equalizer』」

 

 続けて放たれた3本の槍を、巨大化させた鎌でまとめて薙ぎ払う。

 大きく踏み込む。

 

 初めて、少女の顔が死への恐怖で染まった。

 死が目前に迫った時こそ、死への恐怖は最も大きくなる。

 

 死にたくない。怖い。痛い。助けて。瞳がそう語っている。

 やはり彼女は、生きることを諦めきれていなかった。

 

 ――せめて、一思いに。

 

「フッ……!」

 

 鎌の刃は今度こそ少女の首を跳ね飛ばし、その命を速やかに刈り取った。

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