ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます! 作:恥谷きゆう
「クソッ……!」
フィルの振った細剣がギルの右腕を浅く切り裂いた。
ギルは悪態をつきながら後退し、改めて状況を分析する。
ギルとフィルの近接戦の腕はほぼ互角だ。
ただ、ギルに不利な点が2つ。
1つは、先程食らった腹部への一撃でギルが消耗していること。
痛みで動きが鈍るのは勿論、戦いが長期化すれば、失血死すらあり得る。
もう1つ不利な点は、フィルが未だにソウルライトを使っていないことだ。
フィルが見せた手札は、爆弾による攻撃と基本的な剣術のみ。
十中八九使えるだろうソウルライトはまだ使用する様子がない。
ギルの記憶通りなら、フィルのソウルライトは一撃必殺に特化した突き技だ。
しかし、簡単に断定するのは危険だ。
別人の如く変化したフィルは、昔と同じ力を使っているだろうか?
ソウルライトは魂、ひいては人格と深く結びついている。
今のフィルであれば、ギルの知らない技が飛び出てもおかしくない。
自分の不利がよく分かっているギルはなんとか一矢報いよう奮闘しているが、フィルには未だに傷1つつけられていない。
それに、治療のために後退したリオたちの方でも戦闘している音が聞こえていた。
おそらく、2人を守るためにフレンが戦ってくれているのだろう。
彼らのギルへの援護も期待できそうにない。
得体の知れない死神少女の動向は相変わらず不明だしな……とギルは唇を噛む。
動きのないギルの様子を見たフィルは、にやりと笑った。
「どうした? 無駄な抵抗はもうやめたのか?」
「――無駄な抵抗、だと?」
レジスタンスの仲間として戦ったフィルの口からそんな言葉が出たことに、ギルは激しく憤りを覚えていた。
ギルにとって『抵抗』という言葉は大きな意味を持つ言葉だった。
レジスタンスとして活動していた頃からそうだった。
たとえ大勢を覆すことはなくとも、支配に抗う事をやめない。
その人の意思こそが、世界を変えるのだ。
そう言い合って、辛い日々を過ごしてきた。
フィルも、その仲間だった。
「そうだ。貴様の仲間は私の配下に殺させた。お前の敗北はもはや避けられない。帝国の連中は我々教会の手の内を暴いたとぬか喜びしているだろう。しかし、この程度は些事だ。不敬なる騎士たちにはいずれ神の裁きが下ることだろう。全ては無駄なのだよ」
フィルは勝利を確信しているかのように誇らしげに自分の考えを語っている。
「……うるせえよ」
怒りと共にギルが短剣を構える。
本当に、ギルが大嫌いなタイプの人間だ。
傲慢で、自分が正しいことを疑っていなくて、平気で自分の考えを押しつけてくる人間。
「……ッ!」
憤りを籠めて、再度突進する。
ギルの突き出した短剣は空を切り、すぐさま細剣の突きが返ってくる。
紙一重で回避し後退したギルを見て、フィルはにやりと笑った。
「しかし、残念だな。お前とて生まれが違えば神を信じる同胞だっただろうになあ。恨むなら自らの卑しい生まれを恨むがいい」
「俺が信者になるとでも? ハッ! たとえ生まれる場所が違っても、俺は俺だ。神に祈って何もしない連中とはちげえよ」
「いいや、お前のような者は必ずや主に救われることを望むだろう」
「――ハァ?」
怒気を発したギルの短剣がフィルの顔を掠める。
続けて跳ね上げた右足はひらりと回避される。
憤りを露にするギルとは対照的に、フィルの表情には余裕がある。
「お前のその目は満たされぬ者の目だ。現世に絶望し、人間に失望し続けた者の昏い瞳。そうだろう?」
思わず、ギルは押し黙った。
自分の本質を見透かされたような感覚に戸惑う。
絶対に分かり合えないと思った今のフィルに理解されたことへの困惑。
「そのような人間は主に救いを求めるだろう。主は全て受け入れ、赦してくださる。そして、誰もが主に救われる世界を望むようになる」
それはギルの価値観とは大きく異なる言葉だった。
彼はヴァンガード教を信仰するのは幸せな、恵まれた者だと思っていた。
優しい両親の元に生まれ、不自由ない暮らしをして、金を持っている人間。
事実、かつて見た神官は皆そのような人種だった。
救いを、などとのたまう割にスラム街の汚泥には目もくれない偽善者だ。
「お前の不安は、憤りは、満たされなさは主が全て赦してくださる。私たちはただ余計な思考をやめて主に託すだけでいい。これを救いと言わずして何と言う?」
憐みのようなものを目に映して語るフィルは、本心を語っているように見えた。
心の底から、ギルは主によって救われるべき人間だったと思っている。
敬虔な信徒として、フィルは敵となった蒙昧な者たちを憐れまずにはいられなかった。
「――俺が、俺たちがレジスタンスとして戦っていた理由が何だったか、覚えているか?」
それは、ギルの口から半ば無意志に出た言葉だった。
今のフィルにそんなことを聞いても意味がない。
理性では分かっていも、聞かずにはいられなかった。
フィルは怪訝な顔をしてギルを見つめている。
突然レジスタンスなどと言われても何のことか分からない。
ただ、胸の奥深く、どこかがチクリと傷んだ気がした。
まるで唸るように、ギルは問いかけの答えを告げた。
「――俺たちが戦ったのは、自由の為だ」
ギルの体が分裂する。
分身体を形成するソウルライト。
その数は3つだ。
まったく同じ姿をした3人のギルは、短剣を手にフィルへと襲い掛かる。
「……ああ、蒙昧とはかくも憐れなものか。何人であろうと、結果は変わらないというのに!」
フィルが細剣に意識を集中させると、その剣先には白色の光が灯った。
やはり、ギルの知らないソウルライトだ。
しかし、ギルは一切の躊躇いを見せずにフィルへと突撃する。
「『ホーリースピア』」
光を凝縮した細剣が突き出されると、次の瞬間には凄まじい衝撃がギルを襲った。
フィル――黒牧師トレイターのソウルライトは広範囲を吹き飛ばす光の奔流だ。
分身体を操り狙いを逸らすギルのソウルライトとの相性は最悪。
ただ、それを目にしたギルの目に諦めの色はなかった。
原点に立ち返った彼の魂は、かつてないほどに眩く輝いている。
「オオオオオオオ!」
ダメージを受けた2体の分身が消滅する。
ギル本人もまた、体中から血を流していた。
――ただ、その足を止めることは決してなかった。
「馬鹿な!」
ホーリースピアはたしかに直撃したはず。
であれば、彼の足を未だ動かすものはいったい何なのか。
全身が苦痛を訴えているはずだ。今すぐにでもうずくまりたいはずだ。
既に絶命していても何もおかしくない。
ただ、その目の光は一切衰えていない。
驚愕するフィルの元までギルが辿り着く。
血塗れの右腕から放たれた突きは――驚愕するフィルの胸を貫いた。
「ガッ……ハッ……!」
フィルが崩れ落ちるのと同時に、ギルもまたその場に膝をついた。
「ハア……ハア……!」
フィルの攻撃をまともに食らったせいでまともに動けそうにない。
ギルは全身が激痛に苛まれながらもフィルを見下ろした。
瀕死の彼は既にギルのことを認識できているかどうかも分からない。
それでも、ギルは彼に語り掛ける。
「お前が何かに縋りたくなる気持ちは分かるよ、フィル。俺だってそうだった」
昔のことを思い出しながらギルは語る。
かつて、自分たちは似た者同士だと思っていた。
「――でも、自分の意思決定を他人に任せちまったら死んでるようなもんだ」
返答はない。
フィルは既に息絶えているように見えた。
それを見たギルはどこか安堵したようなその場に倒れ込んだ。