ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます! 作:恥谷きゆう
もう一度、本来のブルームとの会話がしたい。
俺がこの世界の異物であることを唯一知る彼女に、悩みを吐露したい。
ひょっとしたら、景色が変われば本来のブルームも気分が変わって会話に応じてくれるかもしれない。
部屋の中ばかり見ていると陰鬱な気分になるのは前世の俺が証明済みだ。
そう思った俺は、ひとまず出かけることにした。
俺自身も気分転換をしたいし、ちょうどいい機会だと思ったのだ。
「あらブルームさん、お出かけですか?」
さてどこに行くかな、とフラフラと外を歩いていた俺は、後ろから話しかけられる。
見れば、フレンが笑顔でこちらに近づいてきていた。
「せっかくですから、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「ごめん。今日はちょっと用事がある」
俺がそう返答すると、フレンは何故か凄まじいショックを受けたような顔をした。
「ぶ、ブルームさんに私の把握していない用事が……ま、まさか、ついに相手が……?」
「フレン?」
「わ、分かりました。それでは、私はこれで失礼します」
なぜか肩を落としながらトボトボと去っていくフレン。
なぜだろう。何も悪いことをしてないのに申し訳ないことをした気分になるな。
でも、ブルームと会話しているところを彼女に見られるわけにもいかないからなあ。
一旦フレンのことを考えるのをやめた俺は、さっそく帝都から出ることにした。
この世界で旅行と言えば、馬車を使うのが一般的だ。
その風習に則って、俺は帝都を行き来している馬車の1つに駄賃を払って乗車する。
さして高くない馬車だけあって、車内は飾り気のない質素な作りだ。
木製のイスに座ると固い感触が返ってくる。
おお、これが普通の馬車か……!
この世界に来て馬車を使ったことがなかったので、ちょっとした感動がある。
なにせ、俺が走った方が馬車より早いし小回りが利く。
ソウルライトによる身体能力の向上は、こういったところにも役に立つ。
ただ、真っ昼間から街道を爆走するととんでもなく注目を浴びるので行動はだいたい夜だ。
今日はゆっくりと景色を眺める予定だったので、初めて馬車に乗った。
馬車の車窓から外を眺めて発車を待っていると、ふいにドアが開く音がした。
「失礼しまーす」
リオと同じくらいの年頃の少年が馬車に入ってきて、俺の向かい側に座った。
それを呆然と眺めていた俺は、ようやく事態に気づく。
ああ、この馬車は相乗りがあるのか。
そういえば御者がそんなこと言っていた気がする。
御者側からすれば4人乗りの馬車で1人を運んでも損だし、当然の判断と言えよう。
彼は俺と目的地が同じなのだろう。
まずいな。ボーッとしていたせいで当初の予定が崩れてしまった。
車窓の景色でも眺めながら馬車の中で本来のブルームとの会話を試みるつもりだったのに。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
そんなことを考えているうちに向かい側に座った少年が話しかけてくる。
こうして普通に話しかけられるのは新鮮な気分だ。
普段は怯えた目を向けられてばかりだからな。
彼は冒険者ギルドでの俺の評判を知らないのだろう。
大抵の人間は俺のことを『白霧の死』などと呼び、得体の知れない大量殺人鬼だと思って避けていくからな。
ギルドでは犯罪者の討伐依頼ばかりこなしているので当然の反応と言えよう。
名乗ろうとして、ふと思いとどまる。
正直に名乗ったら、彼は俺の正体に気づいて怯えてしまうかもしれない。
普段なら気にもとめないが、今はゆっくりしたい気分。
この世界に来て初めて、俺はこの世界の住民とじっくり会話をしたい気分になっていた。
「……ナナシ」
「ナナシさん、ですか? なんだか不思議な響きの名前ですね。あ、僕はショーって言います。よろしくお願いします!」
俺は黙って頷いた。
嘘をつくことにちょっとした罪悪感を覚える。
まあ、今日1日だけの付き合いだろうから、許して欲しい。
「ショーはどうして馬車に?」
「僕は父の手伝いの商談の帰りです。父はまだ帝都に戻ってやることがあるそうなので」
彼はどこか照れ臭そうな顔で言った。
どうやら彼は帝都近辺の街の商人見習いらしい。
よく見れば着ている服は平凡な農民よりも上等に見える。
「ナナシさんはどんな用事ですか?」
「会いたい人がいるから」
あながち嘘でもない。
今回のプチ旅行は本来のブルームと会話したいから始めたものだ。
会話をしていると、馬車がゆっくりと動き出した。
どうやら他に乗客は見つからなかったらしい。
「……ショーの家は、どんなものを売っているの?」
俺が質問すると、ショーはやけに嬉しそうに答えてくれた。
「はい! 僕の家は穀物や野菜を扱っているんです。地元のみんなが頑張って作った農作物を、帝都みたいな大きな都市まで運ぶのが仕事ですね」
「へえ……」
そうか、そういった人もいるんだな。
それは今まで目を向けてこなかった、普通の人々の営みだった。
作物を収穫する人。それを出荷する人。それを消費する人。
様々な人の営みが重なって社会が形成される。
当然と言えば当然のことだ。
この世界には魔法が存在するが、それは何もないところから無限に水や食べ物を生み出せるほど便利なものではない。
「大事なお仕事だね」
「……! そうなんです!」
ショーは相変わらずオーバーリアクションで返事をした。
「帝都の人たちは僕たちみたいな商人のことを見下しがちですけど、この仕事がなければ帝都に新鮮な野菜が並ぶことはないですからね!」
どうやら、帝都ではそれなりに嫌な経験をしたようだ。
「ショーは自分の家の仕事が好きなんだね」
俺は小さな感動を覚えていた。
当たり前の暮らしを支える人。
改めてそれを見た俺は、この世界に生きている実感を得ることができた気がする。
この世界への異物感のようなもの。
それがほんの少し救われたような気がした。
もう少し彼と話してみれば、俺の悩みも解消されるだろうか。
そんな風に考えてる俺を乗せて、馬車は着実に進んでいった。