ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます!   作:恥谷きゆう

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第57話 隔たり

 最初に出会った時、ショーは彼女のことを貴族令嬢か何かだと思った。

 

 格安の馬車には似合わない、浮世離れした雰囲気の少女だった。

 

 白い髪が車内に入ってくる陽光を反射してキラキラと輝いている。

 翡翠色の瞳は憂いを隠すように伏せられている。

 目を離せばまるで幻のように消えてしまいそうだ。

 

 彼女がこちらを向いた途端、心臓が大きな音を立て始めたのが分かった。

 

 「……」

 

 一目惚れというものをショーは生まれて初めて体験した。

 ショーは一瞬にして目の前の少女に恋してしまったのだ。

 

 

 美しい少女は自分の名前を『ナナシ』と名乗った。

 初めて聞く名前だったが、少女には似合っていると思えた。

 

 目を離してしまえば消えてしまいそうな雰囲気を持つ彼女には相応しい名前だ。

 不思議とそう思えたのだ。

 

 その後、ショーは自分の仕事について話した。

 商人と言うにはまだまだ未熟の自分のことを、少しだけ誇張して説明する。

 

「大事なお仕事だね」

 

 気になる少女からそう言われた時、ショーは胸が跳ね上がるような感動を覚えていた。

 直前までの悩みを吹き飛ばしてくれるような言葉に、ショーは猶更ナナシのことが好きになったような気がした。

 

 「……! そうなんです!」

 

 食い気味に返答すると、ナナシは唇だけを緩めて微笑んでくれた。

 ショーは生まれてからずっと見てきた父の仕事が大好きだった。

 

 村のみんなが頑張って作った農作物を都市部へと売りに行く仕事。

 都市部の人々に新鮮な作物を届けることで、暮らしの豊かさを支える。

 

 そして父は、作物を売って得た外貨を使って村へと必需品を持って帰る。

 薪を、絹を、服を持ち帰り、村の人たちに感謝される。

 

 みんなの生活を支えて、笑顔にする仕事。

 そんな父の仕事が、ショーは誇らしくてたまらなかった。

 

 ただ、帝都に住む人々はショーたちのような田舎の商人を見下しがちだ。

 『田舎者』である父はしばしば帝都の商人に作物を買い叩かれる。

 ショーはそれが不満で、父に対して『もっと強気に接すればいいのに』と言ってしまった。

 

 

 父に先に村に帰るように言われたのもそれが原因だ。

 『感情を隠せない奴は商人になれない』と他ならぬ父に言われたのはショーにとって苦い記憶だ。

 

 ショーは改めて目の前の少女の姿を見た。

 横を向いた彼女がちらりと見せるうなじは真っ白で、ドキドキする。

 

 『感情を隠せない』と指摘されたばかりなのに、心がざわめくのを止められない。

 

 「ショー」

 

 彼女の美貌に目を奪われていると、急に話しかけられてビックリしてしまう。

 彼女はそんなショーの様子はまったく気にしていないように、遠くの方を指差した。

 

 「あれが何か、分かる?」

「あ、ああ。あれはアルタラ村の飾りですね。昔からの伝統です。よその人には『変な形』って言われますけど、豊穣の祈りが籠められています」

 

 ショーはいいところを見せたくて少し早口になりながら説明をした。

 彼女が示した先にあったのは、軒先に飾られたカボチャだった。

 カボチャの表面は顔の形にくり抜かれていて、どこか可愛らしさが感じられる。

 

「へえ……」

「ナナシさんは初めて見たんですか?」

「うん。……ひょっとしたら目に入っていたのかもしれないけど、見ていなかった」

 

 彼女はどこか遠くを眺めるような視線で見つめていた。

 

 すると、彼女の儚げな印象がいっそう深まった。

 まるで、この世界のものではないかのような。ここに生きてはいないかのような。

 

 彼女を見ていると、言い表しようのない不安に襲われるのだ。

 ふと目を離せば消えてしまいそうな、そんな感覚。

 

 居ても立っても居られず、ショーは力強い口調で言った。

 

 「あの! 良ければ、俺がこの辺を案内しましょうか?」

 

 言ってからすぐに後悔した。

 彼女は驚いたような表情をしていた。

 

 流石に性急すぎたか。

 急にこんなこと言ったら困惑させるに決まっているじゃないか。

 彼女のように上品な人は、異性と2人きりで歩き回るなんて嫌がるに決まっている。

 

 嫌われてしまったか、とショーが落ち込んでいると、意外な返事が帰ってきた。

 

 「いいの?」

 「え? ……うん! もちろん!」

 

 ああ、今日が僕の人生で最高の日かもしれない。

 すっかり浮かれ切った頭で、ショーはそんなことを考えていた。

 

 

 ◇

 

 

 馬車の辿り着いた先はコボルニー村という小さな村だ。

 ショーの出身である村のすぐ近くに位置していて、主として小麦を栽培して生計を立てている平凡な農村と言えよう。

 

 案内する身ではあるが、ショーとしてはこんな普通の村のどこに見どころがあるのか分からなかった。

 けれど、彼女の願いである以上ショーは全力で案内しようと気合十分だ。

 

 「それで、ナナシさんはどんなものを見たいんですか?」

 「うん。普通のもの」

 「ふ、普通の……?」

 「うん」

 

 あまりにも反応に困る返答だった。

 せめて『景色の綺麗なところ』とか言ってもらえた方がまだ楽だ。

 ショーは顎に手を当ててうんうんと悩みこんでしまった。

 

 

 そんな案内役の気も知らず、ブルームはのんびりと周囲を見渡していた。

 ブルームの見たい『普通のもの』は、案内されるまでもなく既に目の前にあった。

 

 収穫期を迎えた小麦畑は、見事なまでの黄金色に染まっていた。

 

 そして畑の中には人影がちらほらと見られる。

 ちょうど収穫の作業中だろうか。

 

 ブルームは小さな感動を覚えていた。

 都会育ちだった前世ではこういった景色を見ることはほとんどなかった。

 こうしていると、この世界で自分が生きていることが実感できる気がする。

 

 「小麦の収穫に興味があるの?」

 

 目の前の光景に意識を集中させているブルームに気づいたショーが話しかけてくる。

 

 「うん、まあ」

 

 この辺りの出身であるショーとしては『こんなものを見て何が面白いんだろう』という感じだったが、他ならぬ彼女の希望とあらば全力で紹介しよう。

 そんな風に張り切ったショーは、さっそくブルームを連れて畑の傍らへと向かった。

 

 そこには、収穫を終えた小麦を大量に載せた荷車が置かれていた。

 

 「あらあら、ショーお坊ちゃまじゃないか。こんな所でどうしたんだい?」

 

 ショーが張り切って説明を始めようとすると、背後から近づいてきた老婆が話しかけてきた。

 

 「お、お坊ちゃまはやめろって言ってるだろセリ婆!」

 

 特に今は勘弁して欲しかった。

 意中の女の子が目の前にいるのに子ども扱いされるなど、たまったものではない。

 ショーはチラチラとブルームの様子を確認する。

 

 彼女は無表情にこちらのやり取りをじっと見つめていた。

 相変わらず何を考えているのか分からない。

 

 「私のことは気にしないで。空気。壁」

 

 気にするに決まっている。

 というか、馬車に乗ってからのショーはずっと彼女のことを気にしてばかりだ。

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