ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます! 作:恥谷きゆう
「君、は…………」
呆然と呟いたリオが立ち尽くす。
その視線の先にいるのは、妖艶な雰囲気を持つ女性だった。
彼女はシズという名前の妙齢の女性だ。
年の頃は30ほどに見えるが、その美貌から実年齢は窺えない。
身に纏うのは、質素ながら洒落た服。
ゆるくカーブを描く黒髪が肩のあたりまで下がっていて、落ち着いた雰囲気を出している。
身分はサーカス団の裁縫師。衣装担当の裏方だ。
とある世界線において数奇な運命を辿ることとなる彼女は、ある意味リオの元カノと言うことのできる存在だった。
彼女はリオとローラの仲を引き裂きかねない人物だ。
──つまり、推しカプの危機である。
うおおお、名シーンキタコレ!
推しカプの健やかなる時も病める時も全て見守っていきたい模範的カプ厨を自称する俺としては、興奮を抑えきれなかった。
リオの尋常ではない様子を見たローラは、ひどくショックを受けたような表情をしている。
今まで女には見向きもしなかったリオが急にそんな態度を取ったのだから、当然の反応と言えよう。
シズの来歴については、実のところ原作でもハッキリと分かっているだけではない。
原作での彼女の登場はリオの記憶の中がほとんどであり、謎めいたバックボーンはほとんど明らかになっていない。
ただ1つ分かっているのは、シズがリオに出会えば一目惚れしてしまうという事実のみだ。
「まあ事情はよく分かんないけどさ、あんまり泣くんじゃないよ」
リオの様子にしばらく戸惑っていたシズだったが、大人びた笑みを浮かべるとリオへと近づいていく。
やがてすぐそばまで来た彼女は、リオの頬を流れる雫を拭ってみせた。
そんな様すらどこか色気ある行動に感じ取れるのは、シズの纏った妖艶な雰囲気のせいだろう。
事実、リオは薄っすらと頬を赤くしている。
「──あ、あの!」
その様子を見ていたローラが、黙っていられないとばかりに声を上げた。
その声は随分と上ずっている。
「きゅ、急に距離が近いんじゃないですか? リオの知り合いですか? リオにあなたみたいな友人はいなかったと思うんですけど!」
普段の彼女らしくない、威嚇するような態度だ。
しかしシズはそれを余裕そうな笑みで受け流す。
「たしかに、アタシはこの人とは初めて会った。でも理解に必要なのは時間じゃないだろう。アタシはこの人の目を見た瞬間分かったよ。──『喪失』の痛みを知っている目だ」
『喪失』という言葉は、シズがたびたび口にするキーワードだ。
おそらく、彼女の過去に起因するものだろう。
そして、その言葉を聞いたリオもまた表情を変える。
「『喪失』……? リオがなにか喪ったってこと? ……ねえリオ、教えてよ。あなたは何を喪ったの? ……それは、私に言えないこと?」
不安げなローラの問いかけに、リオはわずかに下を向いた。
リオの『喪失』したものとはローラだろう。
ただ、彼としても説明があまりに難しいのだろう。
この世界のローラはまだ生きている。
だから、この世界のリオが喪失の痛みを抱えているのはおかしい。
その感覚を、記憶の同期という苦痛を真の意味で理解できるのは、おそらくリオ自身だけだ。
リオの迷ったような気まずいような表情を見ると、ローラはさらに顔色を悪くした。
一瞬泣き出しそうな顔をしたかと思うと、すぐにクルリと後ろを向く。
「ごめんリオ。今日はちょっと、具合が悪いから帰るね」
ひどく落ち込んだ声で言ったローラは、トボトボとその場を去って行った。
「…………」
ああ、リオが今まで見たことないくらい落ち込んでる……。
そんな彼の様子を見たシズは、優しい笑顔を浮かべると彼の頭を撫でた。
「よしよし。すれ違いからの別れなんてそんな珍しいことじゃないさ。安心しな。アンタにはこの先いいことがいっぱいあるって」
「わ、別れじゃないですし……! ていうか、別に付き合ってもないのに別れるもないですし!」
リオがやけに狼狽して返すと、シズはカラカラと笑った。
「ハハッ! 青臭くていいねえ! ──やっぱり、私はアンタみたいな奴が好きだよ」
『好き』という言葉を真っ直ぐにぶつけられたリオは、頬を赤らめていた。
──その様子を遠くから見ていたローラが、能面の如き無表情になっているとは知らずに。
リ、リオ! 今すぐそのリオシズをやめるんだ! このままじゃ……このままじゃローラの脳が破壊されちゃう……!
小さな町で育った2人は、人間関係があまり広くなかった。
同年代はほとんど2人だけ。周囲の人はほとんどが大人だ。
当然、恋愛的な関係になる気配もなかった。
──つまり、ローラにはNTR耐性がない……!
ローラの内心などいざ知らず、2人は会話を続けていた。
シズが余裕のある微笑でリオに問いかける。
「それで、どうしてアタシの顔を見た途端泣き出したんだい? ──アタシのそっくりとの誰かでも亡くしたかい?」
「……!」
シズの言葉にリオは目を見開いた。
平行世界の記憶を持っているのはリオだけだ。
しかし、シズはリオの顔を見ただけで事情を軽く悟ってしまった。
「……本当に、敵わないな」
「え?」
「なんでもない。……ちょっと、昔一緒にいた女の人とあなたが似ていたんです」
観察していたローラが混乱のあまり目をグルグル回していた。
昔一緒にいた女……? 昔から一緒にいた女は私ではなかったのか……?
彼女からそんな困惑が伝わってくる。
「アッハハ! ベタな口説き文句でも、そんな真剣な顔で言われると悪くない気分だねえ!」
「なっ!? く、口説き文句じゃ……」
「だってそうだろう? 昔の女に似てるなんて、お前の顔が好みだって言ってるようなもんさ」
揶揄うように笑われたリオは顔を真っ赤にした。
その一方ローラの顔はもう真っ青である。
昔の女に似てる……あの人が似てるのって誰……? もしかして、私のお母さん……?
混乱に混乱を重ねたローラは、もはや有り得ない可能性まで検討していた。
そんな状況の中、未だに大人の笑みを崩さないシズが爆弾を放った。
「せっかくだから、ちょっと歩きながら話すかい?」
それは、デートの誘いに他ならなかった。