ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます! 作:恥谷きゆう
シズがリオを導いた先は、ありふれた川辺だった。
川の水はサラサラと穏やかに流れ、草木が風に揺られて心地よい音を奏でる。
デートスポットにしては味気ないが、会話をするにはちょうどいい環境と言えるだろう。
──川辺に潜む、2人のストーカーの姿を除けば。
「おかしい……こんなのは絶対におかしい……リオがあんなにデレデレするはずが……」
木の影に潜みブツブツと呟いているのはローラだ。
普段の明るい様子はまったく見えず、昏い目がグルグルと回っている。
ああ、重症だなあ……。
ストーカーのストーカーをする死神少女は、そんな風に考えていた。
そんな2人の目の前で、リオとシズの会話が始まっていた。
◇
「それで、わざわざこんな所まで呼び出してどんな話をするんですか?」
「アッハハ! そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか。ただ、ちょっとした昔話だよ」
カラカラと笑うシズに、リオは複雑そうな視線を向けた。
「──アタシはさ、大切なものを喪った日のことをいつまでも忘れられないんだ」
表情を真剣なものに変えて、シズは語り出した。
「もしもあの時こうしていたら、って後悔はずっと残る。大切なものに似た何かを見ると、胸が苦しい。……あんたは、そうじゃないのか?」
どこか遠くを見つめて話をしていたシズが目の前にいるリオに視線を合わせる。
視線を受けたリオは、わずかな躊躇いの後に小さく頷いた。
「……そう、ですね。時々、そういう感情に囚われて訳が分からなくなります。……今自分が見ているのが夢かもしれない。本当はあの残酷な現実に取り残されているんじゃないかって」
リオの見る夢はほとんど現実と変わらないリアルなものだ。
ひょっとしたら、今この場に立っている自分こそが夢なのかもしれないと思うほどに。
本当の自分は、あの病床に横たわって幸せになる夢を見ているだけなのかもしれない。
「……辛くないかい? 全部忘れて逃げ出したくなったかい?」
シズの問いかけに、リオはしばらく黙り込んだ。
「……そういう気持ちがないわけじゃないです。でも、アレとは違う。僕にはまだやるべきことがある」
強い意志の籠った言葉に、シズは目を見開いた。
「そうかい。……アンタは強いんだね。やっぱり──」
「……え?」
シズの言葉の最後が聞き取れず、リオは聞き返した。
しかし、シズの言葉を確認する前に彼らの間に割り込んでくる影があった。
「ちょっと待った!!!」
2人のいい感じの雰囲気に我慢できずに飛び出してきたローラだ。
息を荒らげながらも、彼女はリオに問いかける。
「リオ! その女に何の話をされたの? もしかして騙されてるんじゃない!? 悩みとかあれば私が聞くから、話してよ!」
「あらあら。若いねえ」
焦った様子のローラを見て、シズは余裕そうに言った。
その言葉を聞いたローラが血走った目を向ける。
「親しい仲だからこそ話せないこともある。相手を思いやった結果何も言えないこともある。お嬢ちゃんはちょっと配慮が足りてないんじゃないか?」
「……ッ!」
その言葉に何も言い返せず、ローラは下を向いて唇を噛む。しかし、彼女が止まっているのは一瞬だった。
「──それでも、私はリオの助けになりたいの」
シズの姿を真っ直ぐに見るローラの目に、もはや迷いはなかった。
「リオが苦しんでいるのならその重みを一緒に背負いたい。理解できないなら、理解できるまで傍にいる。……ねえ、これって図々しいことなのかな、リオ」
ローラの視線がリオに向く。
「そんなことはないよ。……ただ、僕がどう伝えればいいのか分からなかっただけだ」
「──ああ、あんたにはまだ大事な人がいるんだねえ」
2人の様子をじっと見ていたシズが、ふいに呟いた。
その声はどこか寂しそうに聞こえる。2人の視線が彼女に向いた。
「悪かったよ。アタシは悪女だから、ちょっと好みの男と話したかっただけさ」
悪ぶったような言葉を吐き、シズはその場を去る。
結局のところ、彼女は最後まで余裕のある笑顔を崩さなかった。
残された2人の間には沈黙が下りた。
しばらくして口を開いたのは、ローラの方だった。
「ねえリオ。話してくれる?」
ローラの視線にじっと見つめられると、リオは居心地が悪そうに身じろぎした。
しばらく話すのを躊躇っていた彼だったが、ローラの視線に耐えかねたのか口を開く。
「……シズは、平行世界の僕の最期を看取ってくれた人なんだ」
それから、まるでダムが決壊したかのようにリオは話し始めた。
夢に見た平行世界の記憶。そして、夢と現実の境界が曖昧になっていくかのような感覚について。
彼の言葉を全て聞き届けたローラは、納得したように頷くと微笑を浮かべた。
「そっか。……辛かったね」
「……分かるの?」
平行世界の記憶を持っているのはリオだけだ。
だから、ローラにはこの感覚は分からないに決まっている。そう思っていたリオが問い返すと、ローラは再び微笑を浮かべた。
「全部は分からないよ。でも、リオが辛い思いをしたのは分かる。……何年君を見てきたと思ってるの、馬鹿」
最後の言葉は、どこかいじけたような雰囲気があった。
リオが何も話してくれなかったのが不満だったのだろう。
「なんで話してくれなかったの?」
「その……」
リオが気まずそうな顔で下を向く。
しかし、ズイと体を寄せて下から覗き込むローラの圧力に屈したらしく、渋々話し始めた。
「なんか、浮気みたいだったから……」
「…………え?」
リオの言葉が一瞬理解できなかったらしく、ローラはポカンとした表情を見せた。
しばらくするとその意味を悟ったらしく、ローラは大口を開けて笑い出した。
「ハハッ、アッハハハハ! う、浮気! アハッ! アハハハハハ!」
「そ、そんな笑うことないじゃん!」
顔を真っ赤にしたリオが叫ぶと、ローラはさらにカラカラと笑った。
「浮気って! やむを得ずに一緒に暮らしてただけで浮気って!」
「で、でもキスとかしたし……」
「…………は?」
リオが苦し紛れに発した言葉に、ローラが低い声を出した。
「さっきの説明にはそんな話なかったよね? ……リオ、キスできるなら誰でもいいの?」
昏い目をして問い詰めるローラに対して、相手から一方的にされたことで不可抗力だったことを説明できたのは、それからしばらく経った後のことだった。