ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます! 作:恥谷きゆう
帝国と聖王国の戦争が始まって数日が経つ。
戦場は、混沌とした様子を見せていた。
10人の魔法師たちが一斉に詠唱し、1つの魔法陣を形成する。
彼ら――帝国魔法師団は決して才能に恵まれた魔法師たちではない。
ソウルライトには恵まれず、魔力の量は平凡。
しかし、何年もかけて修練してきたこの連携魔法については、誰よりも優れている自信があった。
「「『ファイヤーボール』」」
解き放たれた炎弾は、砲弾のように巨大だった。
それは速やかに敵陣へと飛来し、着弾する。
「う、わああああ!」
「熱い、熱いいいい!」
着弾した箇所にいた聖王国の兵士たちは悲鳴を上げた。
ひどい有様だった。
泣き叫ぶ兵士の皮膚は焼け爛れている。
煙と熱気を吸い込んだ兵士は咳が止まらず、呼吸困難に陥っている。
別の兵士は背中を覆う炎を消そうと地面を必死に転がるが、激痛に泣き叫んでいる。
「――『主の恵みよ』」
しかし、彼らに救いの手が差し伸べられた。
兵士の後ろに控えていた聖職者が詠唱する。
すると、神秘的な光が負傷した兵士たちを包み、その傷を癒した。
炎が消える。
焼け爛れた皮膚は元に戻り、肺機能が正常化する。
――しかし、恐怖まで治ったわけではなかった。
「う、うわああああ!」
「こ、こんなのもう嫌だ……!」
「なっ!? 貴様ら、神聖なる地を護る責務を忘れたか!?」
傷が治った兵士たちは、我先にと逃亡を始める。
元より、兵士たちは徴兵制により無理やり戦場に連れてこられただけの単なる農民だ。
それは至極当然の反応と言えた。
しかし、逃亡した兵士はすぐに血を噴き出してその場に倒れることになる。
「グハッ……!」
「――敬虔なる信徒たちよ、悪魔の誘惑に耳を貸してはならん! 悪魔に誑かされた者は、私が斬る!」
「……!」
兵士を斬ったのは、味方であるはずの聖騎士だった。
兵士とは違い立派な甲冑に身を包んだ聖騎士は、見せつけるように味方の血がついた剣を掲げた。
「ッ……う、うおおおおお!」
逃走者の末路を悟った聖王国の兵士たちは、帝国軍の方へと突撃を始めた。
味方に始末されるくらいなら、敵に向かって戦功を挙げた方がマシだ。
「外道が……!」
帝国の騎士は、悪態をつきながらもそれを迎え撃つ。
相手に戦意がなかったとしても手加減などできない。
もしも自分たちが敗北すれば次に捨て駒にされるのは帝国の民だ。
「許せ……!」
騎士の剣がやぶれかぶれの突撃をしてきた兵士の体を斬る。
その隙を狙って、先ほど味方を斬った聖王国の聖騎士が前に出てきた。
「死ねえええええ!」
聖騎士の剣が騎士の身体を襲う。
卑劣な攻撃に晒された帝国の騎士はその命を散らす――はずだった。
「――死ぬのはあなたの方」
斬りかかる直前、聖騎士の体は真っ二つに両断された。
何が起こったのか知覚することすらできないまま、聖騎士の上半身はズルリと落下した。
「た、助かった……?」
何が起こったか分からない騎士は辺りを見渡す。
いつの間にか、彼の周囲には白霧が立ち込めていた。
「なんだ……?」
霧の先から音が聞こえてくる。
何かが高速で移動する風切り音。肉を断つ音。断末魔。
何か小さな影が霧の中を蠢いているようだった。
人の命が次々と奪われている。
どうやっているのかすら分からない。
兵士も、聖騎士も、神官も、全て平等に殺戮される。
どうやら聖王国軍が一方的に攻撃されているようだ。
その光景を見た騎士は、頼もしさよりも先に激しい恐怖を覚えた。
もし仮にあの霧の中に潜むナニカが自分に牙を剥いたのなら、逃げずに戦うことができるだろうか。
騎士になった時から、殺し合いの果てに殺される覚悟はできている。
ただ、あれは違う。
あれは殺し合いなどではなく一方的な殺戮だ。
死刑囚にギロチンの刃が落とされるような、絶対的な死。
人は明確な『終わり』の恐怖を前に足搔くことができるほど強くはない。
その証拠に、聖王国軍は聖騎士も含めて逃げ出しているようだ。
「そうか。あれが、『白霧の死』……!」
開戦前、帝国は自国にいる冒険者を何人か雇うことに成功した。
その中の1人こそが、悪名を轟かせる『白霧の死』だったのだろう。
白い霧と共に姿を現し、魂を刈る死神。
裏社会に生きる強者を次々と仕留める処刑人。
味方になってくれるのならこれ以上ないくらい心強い人物と言えよう。
けれど、騎士はいつまでも己の抱いた恐怖を消せないままでいた。
もし仮にあの刃が自分へと向いたなら。
そんな想像が消せない。
戦場に突如として現れた白霧は、敵味方の区別なく恐怖を振りまきながら、少しずつ聖王国領の方へと近づいていた。