ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます! 作:恥谷きゆう
「――『ムスペルヘイム』」
立ち上がったフレンの周囲に灼熱の炎が現れる。
その炎は、彼女の覚悟を示すかのように煌々と輝いていた。
フレンの瞳が真っ直ぐに敵を見据える。
その目には、既に迷いの色はなかった。
「小癪な……光よ!」
突然様子の変わったフレンに動揺したルミエルだが、すぐに攻撃に移る。
あの炎の魔法は強力だが、それでもルミエルの光で打ち砕けないものなど存在しない。
純白の羽根から放たれた光がフレンを襲う。
対して、彼女はゆっくりと手を前に出した。
「炎に巻かれろ」
フレンの周囲に展開された灼熱の炎が、大蛇の如く蠢き光の奔流へと襲い掛かる。
2つの光が激突すると、爆音が響き渡る。
しばらくの拮抗の後――2つの魔法は互いに相殺し合う。
その瞬間、ルミエルの身を熱風が襲った。
「くっ……!?」
その場で踏ん張った彼女は、驚愕の表情でフレンの方を見る。
彼女は悠然とその場に立ちこちらを見ている。
先ほどまでの魔法の撃ち合いは、ルミエルの光が圧倒的に優位だった。
しかし、今の激突は完全にルミエルが力負けしているようだった。
「……有り得ない」
ルミエルの光が、絶対の正義を為す天使の力が敗北するなど、決してあってはならぬことだ。
己の信念が、魂が揺らぐのを感じる。
自らの精神的な揺らぎを自覚したルミエルは、両手を胸の前で組んだ。
幼少の頃より祈りを捧げてきた彼女にとって、これは己の信仰を再確認し魂を安定させるルーティーンのようなものだ。
戦いの最中にも関わらず、彼女の意識は一瞬にして内面世界へと沈み込んでいった。
◇
彼女が信仰するのはヴァンガード教の中で『守護天使』と呼ばれる存在だ。
『守護天使』は神の使いであり、敬虔な信徒の傍で見守ってくれる存在とされている。
そして、現代のヴァンガード教ではあまり重要視されていない要素でもある。
けれど、彼女は『守護天使』を何よりも信じていた。
幼少の頃、ルミエルは奇跡を目の当たりにした。
それは1人祈りを捧げている時のことだった。
祈りを捧げる彼女の元に、純白の羽根が舞い降りたのだ。
風が吹けばあっという間に飛んでいってしまいそうな、小さな小さな羽根。
鳥など入り込む隙間もない教会に突如として現れた羽根が、真っ直ぐに祈りを捧げるルミエルの元へと降りてきた。
――天使様の羽根だ。
直感的に、ルミエルは確信した。
聖典によれば、天使は陰から信徒を見守り時折導きを示されるという。
おそらく、孤独に押しつぶされそうなルミエルを見かねた天使が親愛の証をくださったのだ。
それを目にした時のルミエルの感動は、何とも言い難いものだった。
誰も自分を見守る者などいないと思っていた。
両親は自分を見捨て、孤児院に捨てた。
同年代の子どもは自分をいじめるばかりだし、大人は見て見ぬふりをしている。
初めてだった。
誰かに授かりものをもらったこと、愛をもらったこと。
その時から、ルミエルは自らを見守る守護天使の存在を感じ続けていた。
◇
あの時授かった小さな羽根は、祈りを捧げるルミエルの手の中にあった。
彼女にとってそれはお守りのようなものであり、力の源と言っていいものだった。
僅かな時間で祈りを終えたルミエルは、再び3対の羽根に意識を集中させる。
3対の羽根は己を守護する天使を模したものだ。
ルミエルは天使を一度も見たことがない。
それは姿を現すことなく自分を見守っている。
だからこれはルミエルの思い描く理想の『守護天使』の在り方だ。
眩い光を放ち、信徒を害する敵を討ち滅ぼす存在。自分を助けてくれる、慈悲深い存在。
再び放たれた光の奔流は、先ほどよりも出力の上がったものだった。
「……ッ」
フレンはそれに僅かに表情を変えながらも、再び炎を振るう。
彼女の周りを覆う炎は、先ほどの攻防を経てもいささかの衰えも見えなかった。
炎の蛇と光の奔流が激突し、爆音を響かせる。
今度はほとんど互角だった。
激しい光に晒されながらも、2人は次の魔法を放とうとする。
羽根を光り輝かせながらも、ルミエルは目の前の少女に問いかけた。
「なぜだ? 貴様は確かに、我が国を侵略する非を認めていたはずだ。なぜ、今は迷いのない目で私を攻撃できる? そこにどんな正義があると言うのだ!」
「――この正義は、あなたにとっては正義ではないのかもしれません」
燃え盛る炎の中で、フレンは語った。
「私はまず、私にとって大事な人を助けたいのです。そのためなら、他の方が不幸になるかもしれない選択肢を取ることも厭いません」
「なんと傲慢な――」
「ええ、たしかに傲慢かもしれません」
ルミナスの言葉を遮るように、フレンは堂々と語った。
「ただ、私はこの道を全うします。……それこそが、散っていった人たちへの手向けとなると信じて」
いずれにせよ、フレンは本当に正しい行いというものが何なのか分からない。
父に遠く及ばない未熟なフレンには、貴族の務めとは何なのか真に理解しているとは言えない。
ただ、自分にとって何が正しいことなのかくらいなら分かる。
「まずはあなたを倒して、恐ろしい野望を企む大司教を打ち倒します」
「大司教様が……?」
その名前を聞いたルミエルは、一瞬だけ動揺した様子を見せた。
しかしすぐに思い直したかのように前を向くと、3対の羽根を輝かせる。
「侵略者の言葉など聞く価値もない……光よ!」
「――炎よ」
再び、大きなエネルギーを持つ魔法同士が激突した。
フレンは炎を操りつつもそのエネルギーの流れをじっくりと観察していた。
先ほどまでまったく揺らぎのなかったルミエルの魔法に、ほんの僅かな揺らぎが見られる。
それは先ほどの問答から生じた、彼女の僅かな動揺が反映されているようだった。
「――そこです」
フレンの炎は、その僅かな隙を捉えるべく蠢いた。
炎の蛇が光の奔流を突き抜けてルミエルの体へと襲い掛かる。
「くっ……!?」
ルミエルは迫りくる炎を防ぐべく3対の羽根で自らの体を守った。
炎は純白の羽根に防がれて消滅する。
しかし、防御に力を回した分のツケが回ってきた。
「はああああ!」
フレンの炎が光の奔流を一気に押し返す。
ついに、フレンの魔法がルミエルの光を打ち破った瞬間だった。
光を突破したムスペルヘイムの炎は、そのままルミエルの体へと襲い掛かる。
ルミエルは再び3対の羽根を防御に回す。
しかし、もはやフレンの炎はその程度で防ぐことができないものだった。
高熱に晒された純白の炎がひび割れていく。
「くっ……ああああああ!」
ついに、純白の羽根が砕け散った。
力を使い果たしたルミエルはその場に倒れ込み、灼熱の炎は彼女に襲い掛かる。
「……ッ」
業火に焼かれる苦しみを覚悟したルミエルは両目をつぶる。
――しかし、灼熱の苦しみはいつまでも襲ってはこなかった。
「……え?」
「加減できたか不安でしたが……立てますか?」
いつの間にかルミエルの元へと近寄ってきたフレンが手を差し伸べてきていた。
その瞳には迷いや混乱は見られない。
理解不能な行動に混乱しながらも、ルミエルは素直に手を取る。
いつの間にか目の前の侵略者に対す敵意はすっかり消え失せていた。
「おいフレン」
いつの間にか近くまで来ていたギルが、その行動を咎めるように声をかけてくる。
それに対してフレンは小さく首を横に振った。
「もう敵意はありません。戦う必要はないかと」
「はあ……甘すぎるぞ」
そう言いつつも、ギルは素直に引き下がり様子を見守ることにしたようだ。
彼の後ろにいるリオとローラが、不安そうな顔でこちらを見ている。
「ルミエルさん、で良かったですよね? ――あなたに、聞きたいことがあります」
「聞きたいこと……?」
「大司教が今どこで何をしているのか、教えてください」