ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます! 作:恥谷きゆう
「……」
霧に乗じて離脱したブルームは荒い息をついていた。
先程の応酬で付けられた傷が痛む。
日本刀の鋭い刃先は、掠っただけでも大きな傷を残していた。
しかし、怯んではいられない。
人生をかけた復讐が、今まさに成就しようとしているのだ。
呼吸を落ち着かせ、集中しなければ。
しかし、そんなブルームを嘲笑うようにとある人影が彼女の前に現れた。
その姿を認めたブルームは驚愕する。
「お母さん……?」
霧の中からゆらりと現れた人影は、10年以上前に死別したはずの母だった。
「なんで、どうして……」
ミレディに殺されたはずの母が現れる。
夢の中でしか出会えなかった存在に、ブルームは目を疑う。
幸せだった頃の記憶が一瞬で駆け巡った。
絵本を読んでもらった事。料理を教わった事。撫でてもらった事。
ブルームが復讐を志す前。自分はこのまま普通に暮らしていくのだと信じていられた頃の事だ。
ゆらゆらと、まるで夢遊病者のようにブルームはその影へと近づいていった。
ブルームの母はそれを認識するとニッコリと笑い――刃物の如く伸びた爪を振り上げた。
「――!?」
長年の修練で染みついた戦闘経験から、ブルームは反射的に後ろに下がりそれを回避する。
しかし、頭はいつまでも追いつかないままだ。
どうして。なぜお母さんが私を攻撃した?
混乱の極みの中でも、ブルームは反射的に母親の攻撃を回避する。
戸惑う彼女の前に、最後の吸血鬼がゆらりと姿を現す。
その顔には嘲笑が張り付いていた。
「カカッ、どうじゃ、『白霧の死』。ワシのもてなしは気に入ってもらえたかのう」
「ッ……!」
ブルームは殺気立った視線をミレディに向ける。
しかし、目の前の敵――母親に気を取られて反撃に移れない。
「生涯を捧げた復讐鬼が仇を討つはずだったの肉親に殺される。どうじゃ? このシナリオの作者として、これは世紀に残る傑作だと思うのじゃが。お前を含む人間サマにも気に入ってもらえるかのう?」
「やっぱりこれは、お前が……!」
目の前の母親――に似た何かは、明らかに正気を失っている。
「感謝して欲しいものじゃ。お前をもてなす為、わざわざ『ネクロマンス』の力を奪ってきたのだからなぁ。ほれ、感動の再会じゃ。むせび泣き、親愛のキスでもしてみたらどうじゃ?」
ミレディは心底楽しそうな笑顔を浮かべた。
それはまるで、バッタの脚を捥ぎ、もがき苦しむ様を嗤う幼子のようだった。
「――貴様アアアアアア!」
『死神の大鎌』を握りしめたブルームが跳躍する。
絶対の死をもたらす刃先が振りかぶられ――直後、その動きを止めることになる。
この世で最も憎い相手であるミレディの前に、最愛の相手である母が立ちはだかっていた。
彼女はまるで背後の吸血鬼が最も大事な人であるかのように両手を広げて守っている。
「ッ!」
「どうした? 傑作のクライマックスを飾る、親愛のキッスはまだかのう?」
体の奥から煮えたぎる熱に、おかしくなりそうだった。
「この間の腕の礼じゃよ。しあわせな夢を見せてやっておるのだから感謝して欲しいものじゃ」
うかつに動けない。今攻撃すれば、母ごと切り裂いてしまう。
よく見れば、母の姿は生前とはまったく異なっていた。
青白い肌は所々が腐り落ち、瞳には理性の色がない。
転生者であるブルームが見れば『ゾンビみたい』と評しただろう。
もはや最愛の母とは別人だ。
頭ではそう分かっても動けない。
ブルームにとって、母を殺された記憶はトラウマだった。
家族が殺されている時、幼いブルームはベッドの下で息をひそめていることしかできなかった。
見殺しにした、という感覚がブルームの胸には残り続けていた。
沢山の愛をもらったのに、ブルームは母を見捨てた。
だから、大鎌は振るえない。
「――隙だらけ、じゃな」
ブルームの様子を見たミレディが動いた。
一足飛びで接近し、刺突を放つ。
先ほどまでとは比べ物にならない程愚鈍な動きで回避を試みたブルームの肩口に、切っ先が突き刺さる。
「ッ……」
続けて、袈裟斬りに横薙ぎ。
後方に飛びのいたブルームに、ミレディは魔法を放つ。
「ガッ…!」
血の槍がブルームの脇腹を抉った。
バランスを崩したブルームがその場に倒れ込む。
視界がチカチカと点滅している。
自分が起きているのか眠っているのかすら曖昧になっていくような感覚。
彼女の元へと近づいてきたミレディは、嘲笑を浮かべていた。
「カカッ、どうやらワシの書いた脚本は人間サマにも喜んでもらえたようじゃのう。精細を欠いたのう、『白霧の死』よ」
「……」
ミレディの言葉が、まるで水面を通しているかのように遠くに聞こえてくる。
逃げなければ殺される。
頭ではそれが分かっているが、体が動かない。
「――それでは、幕を引くとしようかのう」
ミレディが無造作に刀を振り下ろす。
その様子は、ブルームの目にはスローモーションに見えていた。
――死にたくない。
反射的にそう思った。
自分が死ぬのは構わない。これは所詮死んだ魂の残滓であり、延長戦のようなものだ。
ただ、もう1人の自分は違う。
彼女は死んだはずの自分の体を使い、この世界に様々なものをもたらした。
そして、大切な人がいる。
復讐を目の前にしたブルームにとって、この体を奪う以外の選択肢はなかった。
たとえ死んだとしても、ブルームは復讐の為に生きずにはいられない。
そう、魂に刻み込まれている。
生前、復讐以外の全てを切り捨てていたブルームだが、今は他にも考えることができてしまった。
だって、幸せそうだったから。
『推し』と呼ぶ人たちと交流して、時に馬鹿みたいなことをする彼女は本当に楽しそうだった。
憧れて、しまった。
「……ごめん、なさい」
復讐以外の全てを切り捨てて生きていた頃のブルームなら、そんな言葉は絶対に口にしなかっただろう。
ブルームの魂の在り方の揺らぎ。
それは、確固たる決意によってもう1人の自分を隔てていた壁にも変化をもたらした。
だから、その言葉は正しく彼女に届いた。
「
刀が体を貫く直前、ブルームの体から眩い光が解き放たれた。