当時の事は、鮮明に覚えている----------。
当然だろう。その時の自分------蟇田千桜(ひきた ちはる)は、まだ7歳かそこらだったが、味わった恐怖は時間の流れで忘却するには大き過ぎた。
自分が生まれる前-----------西暦2020年代前半は、新型ウイルスによる世界規模のパンデミックの後、国際紛争や民族紛争、さらにはグローバル化だの多様化だのといった物の影響で、世界中の国々で移民問題やら経済問題やらが深刻化し、それまでの社会システムが各地で崩壊し始めていたそうだ。
キリストがローマの十字架でユダヤ教指導者とローマ総督のピラトに処刑されてから2000年と25年あまりが経ったあの日……。
世界中の誰もが、これからの未来に対して暗澹たる気持ちを抱きながら、近い内に訪れるだろう破滅を予感していた。
そして---------終末はやって来た。
自分達にとって一番予想外かつ------------最悪な形で……。
西暦------2025年。
月軌道に突如として現れた宇宙船の群れ------。
彼らが外宇宙からやって来た地球外生命体だと世界中が大騒ぎになった直後、それが起きた------。
地球外生命体………エイリアンが地球に放った機械仕掛けの兵士達------『アルギュロス』と呼ばれる侵略者との戦争が始まったのだ。
真っ先に侵攻を受けたのはロシアだった。そこからアジア……ヨーロッパ……アフリカ……そして、日本列島へと侵攻してきた。
長期化した国際紛争と他国間の摩擦の影響により、人類は人間同士の争いを止めれぬまま、宇宙からの外敵に立ち向かう事となったのだ……。
*
世界が燃えている------。
重砲と爆撃により生み出された黒煙が雨雲となって空を埋め尽くし、黒い雨が降り出す。しかし、地上を包む炎の海が消える事はない。
ここは首都圏……東京都の郊外にある山林地帯の中だ。日本が世界に誇る大都市も、外れに出れば、こうして普通に豊かな自然が広がっている。
少年---------蟇田千桜は、そんな起伏の緩やかな山道を群衆に混ざって歩いていた。自分も彼らもまた、戦火を避けるべく故郷を捨て、ここ東京に逆疎開してきた避難民なのだ。
彼らの表情は暗かった。瞳には生気が宿っておらず、虚な目で地面を見据えながらユラユラと歩いている。まるで亡者の行進だ。
ふと、千春は自分の右腕に体温を感じる。
自分より三つも下の少女が必死に千桜の右腕にしがみついていた。
「グスッ……う、ウゥ……!」
ここに来るまでずっとこんな調子で、泣き止む気配がない。彼女は自分の幼馴染だ。歳こそ離れているが、昔からよく面倒を見たり、一緒に遊んだりしたかけがえのない存在……。
彼女を安心させる様、無言のまま小さな身体をそっと抱きしめ、ゆっくりと歩を再開する。
自分の方が歳上なんだ、自分が彼女を守らなければ…!
そんな思いに駆られながら、疲れた身体に鞭打って歩き続ける。傍の少女と離れない様に、彼女をしっかりと抱きしめながら…。
暫くすると、山のだいぶ上まで登って来た。丁度、周りの木々が開けた道に差し掛かり、街の方を眺められる様になる。
左側に視線を移せば、地上は煉獄と化していた------。
渋谷と呼ばれる東京の中でも中枢に位置する地域……巨大なビルが生い茂る都会のジャングルは、見る影もなく、炎に盛大に包まれていた。
地上はどこもあんな有様だ。だから炎を避けて、山林の中をこうして避難路として使っている。といっても、ここだっていつ攻撃を受けるか分からない。避難民の心の内は不安と恐怖で満たされていた。
どうしてこんな事に……と千桜は思う。
ある日、突然やってきた姿も知らないエイリアンに地球全土が侵略を受けた。当時ウクライナに侵攻していたロシアは『アルギュロス』と呼ばれるエイリアンの作った機械兵器と初めて接敵した国だ。長期化していた戦争の影響により消耗していたロシアはまともに応戦できぬまま壊滅。
その後、アルギュロスはアジア・ヨーロッパ各地への侵攻を開始------。開戦から1ヶ月後、40億の人間が生命を落とした。
さらにエイリアンは、北米にもアルギュロスを派遣------侵攻を開始した。核弾頭を用いた飽和攻撃による捨て身の防衛策を図ったアメリカだったが、アルギュロスには通じなかった……。
やがて、中国大陸を蹂躙したアルギュロスは朝鮮半島を破竹の勢いで踏破し、日本列島にまで迫って来た。
------決着はあっという間についた。
陸海空の各自衛隊は全て壊滅的打撃を受け、戦線は崩壊。約1億2000万人の日本国民の半分が3週間で死に絶えた。
やがて、千桜の故郷にもアルギュロスの魔の手が忍び寄って来た。現役の自衛官だった千桜の両親は、たまたま遊びに来ていた幼馴染の少女------汐崎夏織と共に、千桜を避難用の夜間バスに乗せた。夏織の両親が避難している東京の家の住所を書いたメモを自分に握らせると、2人はこう言った。
『頑張ってこの家にまで行くんだ。夏織ちゃんを守ってやるんだぞ』
『私達もすぐに戻るから、彼女を守ってあげてね?』
千桜は泣きたい気持ちと、離れたくない気持ちを必死に我慢しながら、頷いて見せた。
夏織の両親は自分とも面識がある。彼らが避難しているのは以前自分も遊びに行った事がある場所だ。ここからはまだ遠いが、必ず2人で辿り着いて見せる。
と、その時------------。
「…なんだ?」
避難民の1人が呟くと、全員が足を止める。
何かと思って自分も足を止めると、妙な音が聞こえて来た。音の方角は空の彼方だ。龍の唸り声に似た轟音が雲の上から降ってくる------。
雲を突き破って落ちて来たのは、大型の軍用機だった。大鯨を思わせるような巨大なシルエットからして、自衛隊の輸送機だろう。コックピットを含め、全体の至る所から火を噴き出している。
「こっちにくるぞぉッ!!」
誰かが叫んだ瞬間、人の波が一斉に動いた。暴力的な力に身体を押され、2人は転倒しそうになる。
「ちーちゃん!」
「夏織!コッチだッ」
夏織と共に近くの茂みに逃れる。ここの道は狭い。倒れれば逃げ惑う人々に踏みつけられ、彼らが一斉にドミノ倒しになれば、下敷きにされて間違いなく窒息死だ。
危険を肌で察知した千桜は道から外れた茂みの奥に入り、そのまま夏織と共に伏せる。
直後、墜落した輸送機が山に突っ込んだ。轟音を上げて爆発し、熱風と衝撃波で意識が飛びそうになる。身体まで吹き飛ばされそうになりながら、夏織を必死に抑え込む。
やがて、爆風が収まり、ゆっくりと身体を起こす------。
山の一部が無くなっていた……。数百……いや、数千の列を作っていた他の避難民も、道ごと吹き飛ばされ消滅していた。
「あ……あぁ…!」
ショックのあまり言葉も出なかった。ただの爆発ではない。おそらく、輸送機に大量の引火性爆発物が積んであったのだろう。周りの木々が薙ぎ倒され、焼き払われていた。
唖然としながら座り込む中、微量の熱風で巻き上がった煤が顔につき、火の粉に晒される。
------その時、天から光が差し込む。
千桜は見上げる。陽の光ではない、神々しいと表現できるまでの輝きが黒い雲の層から降りてくる------。あまりにも眩しく光る姿は天使の様で、白銀の装甲に包まれた龍が姿を現した。氷の冷たさを孕んだ蒼い瞳のワイバーン。機械仕掛けの美しき白銀の傀儡……アルギュロスの一体だ。
自らの決闘相手の最期を見届けると、ワイバーンは勝利の咆哮を上げる。
------グュォォォォォォォォォォォンッ!!
機械じみた唸り声が世界に響くと同時に、ワイバーンの全身から大量の光の粒子が溢れ出す。
同時に、精神の限界を迎えた千桜の意識はプツリ…と途切れた。
意識が戻った時、自分は夏織と共に、暖かなベッドで寝ていた。東京にある夏織の父親の実家だった。
彼らは目を覚ました自分に対し、娘を無事に連れて来てくれた事に、深く感謝してきた。
その後、様々な事を聞かされた。山で倒れていた自分達をレスキュー隊が保護してくれた事、暫くこの家で暮らす事、寝ている間にエイリアンの司令部が破壊され、戦争が終わった事------。
自分の両親が死んだ事……。
*
西暦2025年------。
人類史上初となった地球外生命体との戦いは、世界各地で試みられた敵司令部に対する直接攻撃の成功により、エイリアンは撤退------。後に『アルギュロス戦争』と呼ばれたこの争いは、当時80億を誇っていた地球の総人口を十分の一以下まで減少させたものの、決死の反撃により、人類は勝利を掴んだ---------筈だった。
エイリアンが地球に放ったあるぎゅろす達は、エイリアン撤退後も独自の指揮系統を再構築し、人類との抗争を継続した。
そして………14年後、未だ機械と人類の間に決着が着かない中、世界は新たに動き出す------!!
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