防衛省の襲撃から翌日、千桜と柚瑠の姿は渋谷区の名所、スクランブル交差点にあった。
「ふふふ、なんだか久しぶりだね。二人きりでデートするの」
隣で白のプリーツスカート姿が眩しい柚瑠が機嫌良さそうに言う。
「デートじゃない。あと、あまり外でそういう事口にするなよ。変な誤解を招く」
数ヶ月前、陸自の基地際を訪れた際、たまたま同期の何人かと会う機会があったのだが、自分がPMCで中学生の美少女と同居していると知られた瞬間、女性隊員からは「死ねロリコン」「犯罪者ッ」と足蹴を受け、男性隊員からは「お前だけ羨ましいんだよコンチクショウッ」「エロいヴァンガードとイチャイチャしやがって」「ハメ撮りした画像とか動画とか寄越せ!」と袋叩きにされた。
以降、周囲の目はかなり気にするようになったのだが、柚瑠と"大人の関係"になってからというものの、彼女からのスキンシップが以前より激しくなりつつある。
「嫌なの?」
こちらの反応に柚瑠がムッとする。
「そんな事はない、むしろ嬉しい」
残念ながらそれが本心だった。柚瑠を抱いたあの日から、箍が外れたのか、千桜としても彼女を求めるようになっていた。
「そっか、ならよし!」
笑顔に戻った柚瑠が千桜の左腕に抱きついてくる。ふにょん、と中学生とは思えない程の豊満なバストが押し付けられ、思わず興奮しそうになる。
「えへへ…」
嬉しさと幸せに満ちた柚瑠の顔を見ていると、離せとは言えなかった。信号が青へと変わり、群衆と共に歩き出す。
「……ねぇ、昨日の事だけど…」
交差する横断歩道を踏み締めた瞬間、先程の浮かれた様子から、急に真面目なトーンで柚瑠が話し始める。
「昨日の
「俺は知らん。少なくとも面識はねぇよ」
どこか突き放すような口調に、柚瑠は口を閉じる。
「……あの女も、千桜と同じ経緯で助かったのに、なんであんな事を……。あの目、まるでこの世の全てを憎んでるようだった」
「…生命が助かっても、生命以外の全てを奪われたんだ。憎むのも無理はない。……同情なんかしないけどな」
今日は来たる激戦に備え、必要な装備を整えようと街に繰り出した訳だが、柚瑠は半分くらい買い物気分だった。
「------それより、今日は色々と買い込む物があるから、柚瑠も必要なヤツがあったら言えよ?」
「あ、なら新しいタクティカルグローブ欲しい!あと仕事用のアサルトブーツが古くなってきたから、替えのニーソと一緒に買いたい」
「ハイハイ、了解だ」
「それから、ランジェリーショップで千桜が好きそうな下着も------」
「俺と一緒に入る気かッ?通報されんだろ!」
「冗談だよ」
悪戯っぽく舌を出す柚瑠を小突きながら、7階建の大型商業施設を目指す。店内に入ると、柚瑠が真っ先に向かったのは煌びやかなアパレルショップだった。
「ねぇ!コレとかどう?」
商品の服を手に取り、自信の身体の前で重ねるように翳す。フリルがやや多めに付いた薄手のベアトップだった。混じり気のない純白が柚瑠にピッタリ似合いそうだ。
「遊びに来たんじゃないんだぞ」
「いいじゃん少しくらい!せっかくだし、千桜も新しい服買ったら?いつも灰色っぽくて鼠みたいなんだもん」
「鼠って………、俺はこのスタイルが一番気に入ってんだよ」
昔から服にそこまで金を回す気質ではないので、今更ファッションに拘る気にはなれない。
「む〜、千桜ももう少し着飾れば、もっと素敵に見えるよ?この間も夏織ちゃんが『兄さんは顔は良いけど目付きが悪いから、ウチのPRモデルには使えないのよね〜…』って残念がってたよ」
「余計なお世話だ…」
自分がPRに向かない事などはなから分かっている。元より見せ物なんて御免だ。
「う〜ん、やっぱりまだ夏服は早いかな〜……。あ、コッチの春の新作コーデも良さそう」
年頃の少女らしく、ショッピングに目をキラキラと輝かせる柚瑠に対し、千桜はゴホンッと咳払いする。
「ちゃんとした買い物なら今度付き合ってやるから、明日の仕事に必要な物だけ買うぞ」
「は〜い」
流石の柚瑠も自重したのか、手にした服を戻して店から出てくる。途中、アパレルショップの若い女性店員が惜しむような顔で柚瑠を見ていた。スタイル抜群の柚瑠に、もっと色々な服を試着して欲しかったのだろうが、生憎とファッションショーに付き合う時間はない。
「にしても、この手の店もだいぶ様変わりしたな…」
「そうなの?」
懐旧の情に駆られながらショッピングモールのフロアを眺めていると、柚瑠が不思議そうな顔をする。
「あぁ、俺が子供の頃なんかは、あんな風に堂々と武器屋が置かれてるショッピングモールなんてまず考えられなかった」
千桜の目線の先には、この商業施設の区画にテナントされたガンショップが見受けられた。休日だからか、子供連れの親子も普通に歩いてる中、物々しい雰囲気を放つ銃器が壁にズラリと並んでいる光景は、現代の日本では既に見慣れた光景として、一般社会に溶け込んでいる。
銃刀法と警備業法の大幅改正に伴い、一般人でも税金さえ納めれば合法的に銃が買える時代になって以降、アルギュロスの脅威や治安悪化の影響もあって、日本では銃火器の需要が爆発的に上がった。終戦後、殆どの国が政情不安に陥ってる中、海外の大手銃器メーカーにとって、日本は安心して商売ができる数少ない土地であり、新たな銃器ビジネスの市場と拡大を求めて、多数の企業が参入に名乗りを挙げている。国内の銃器メーカーも成長を見せる中、ほんの10年あまりで、日本は今や世界有数の銃器大国と化していた。
……反面、闇での違法な流通の増加や銃犯罪の温床にもなっており、近年では重武装した自警団や民兵組織によるテロや集団リンチ事件なども問題となっている。
そういった負の側面を抱えながらも、アルギュロスの圧倒的な力を前に自分達の弱さを思い知った国民は、その多くが銃を手放せずにいる。千桜がVP9を常時携帯するのと同じ理屈だ、コレに頼らなければ、自分達は生き延びられない---------。
「……行くぞ、ここは民間人向けの散弾銃しか置いてない」
「じゃあ、やっぱりいつもの中古ショップ?」
「あぁ、………ま、法的にかなりグレーな店だけど、品揃えは豊富だし、持ってかずに死ぬよりはマシだ」
「……そだね」
結局何も買わずに、そのままショッピングモールから出る。路上を燦々と照らす太陽に眩しさを覚えながら、手を目元に翳して直射日光を避けながら移動する。その間、千桜は柚瑠から最近ハマっているアニメの話題を振られていた。
「それでね!その『ホレイショーガールズ』の第12話でヒロインのホレイショーレッドが敵のクロンボー城からバイク戦艦を盗み出したんだよッ」
「ほー、じゃあそのまま大ボスのクローディアスを倒すのか?」
「ううん、実はバイク戦艦に非適合者の精神を破壊する呪いが仕掛けられていて、精神をやられたホレイショーレッドが暴走して城下町を蹂躙するんだ!その時の虐殺描写の作画が凄まじくて、逃げ惑う人々の悲鳴とか、その辺りの演出も凄くリアルで、制作陣の狂気と情熱がSNSで賞賛されたんだよ!」
「へ、へぇー……」
なんかグロそうなアニメだなソレ……。柚瑠曰く、十代の若年層を中心に人気を博してるそうだが、千桜としてはあまり見たくなるジャンルではなかった。
「よし、店に着いたら必要な物を選べ。弾薬類は後で経費でまとめ買いするから、今日は銃だけを------」
柚瑠の方を向いた瞬間、後方から殺気立った声が聞こえてくる。
「-------待ちやがれクソガキィ!!」
「おい!誰かソイツを撃てッ!」
危険を察知し、反射的に腰のベルトからVP9を抜く。周囲の人の波をかき分けながら現れたのは、柚瑠と同年代くらいの少女だった。両手には食料品が大量に抱えられており、必死に此方へと駆けてくる。何より目を引いたのは、ブルーの病院着に青く光る双眸だった。
---------収容区の蒼星の忌み子ッ!
千桜はすぐさま脅威だと判断し、柚瑠を後ろに下がらせ、VP9のトリガーセイフティに指を掛け照準を付ける。
「…ッ!」
銃を突きつけられた少女は、ハッとして逃走を停止する。荒く息を吐きながら、目の前に立ちはだかる千桜と睨み合う。
「あ……」
一瞬、背後の柚瑠と目が合った。柚瑠は固まったまま動けずにいる。
「あ、あの…!」
少女が何か言おうとする直前、背後からトレンチガンの銃床が振り下ろされる。
「ガッ…!」
後頭部を殴られた瞬間、鈍い音を立てながら少女がその場に崩れ落ちる。やったのは、後ろから追ってきた二人組の男だった。戦闘服とタクティカルベストに身を包み、一人はウィンチェスター社製M1897、もう一人はカラシニコフ社製AK102を装備している。二人とも渋谷で活動する民兵だ。
彼らは倒れた少女を押さえつけ、骨がミシミシと軋む音がする。
「放せぇッ!!」
少女が歯を剥いて獣じみた咆哮を上げる中、AKを持った男がブーツで顔を蹴り付ける。歯が砕け散った。
「だまれクソガキ!」「貴様はあの鉄屑どもの片割れだッ」「お前らが俺の家族を殺したんだ!!」「姉貴と母さんを返せ!アルギュロスめ!」「散々殺しやがって……おかげで家も仕事も全部失った!」「エイリアンの星に帰りやがれッ!!」「『忌み子』は収容区で野垂れ死ねッ!」「青い目の悪魔!」「青鬼ッ!」
いつの間にか集まってきた群衆から憎悪の籠った罵声が飛ぶ中、柚瑠の身体が震え始める。
「お、おい!あの子はなんでこんな所に…」
近くの通行人に聞いてみる。
「決まってんだろ!収容区から脱走してきたんだよッ。スーパーで格好を不審に思った警備員が声を掛けたら、力を使って半殺しにしたんだ!!」
「ッ…」
千桜は内心で苦い思いに駆られる。この国の政策により、戸籍を持たない『蒼星の忌み子』は法務省管轄の収容区へと移送・隔離される。収容区での生活は過酷で、精神的に未熟な蒼星の忌み子が逃走を図るケースは珍しくないが、暴力事件で被害者まで出してるとなると………。
周囲の大人から押し潰されるように取り押さえられる中、少女が助けを求めるように柚瑠に手を伸ばしてくる。
「------やめろ!」
「…!」
その手を振り払い、額に銃口を向ける。
「彼女に指一本でも触れてみろ。この場で射殺するッ!」
千桜に威迫され、少女の表情に怯えが浮かぶ。
このままではマズイ、これ以上ヒトが集まったら---------。
「お前らそこで何をしているッ!」
額に汗を浮かべ、焦りを感じる中、群衆を押し除けるようにして制服姿の警官二名が介入してくる。誰かが通報したのか、奥にはパトカーが見えた。
良かった、コレでこの集団リンチじみた騒動も収まる------。安心して胸を撫で下ろした直後、警官の一人が押さえつけられている少女を見遣るや否や、「あぁ…」と冷たく呟き、そのまま群がる人間を退かすと、ホルスターから引き抜いたリボルバー拳銃の銃口を這いつくばる少女の後頭部に押し当て、発砲した。
---------なッ…!?
此方が信じられない表情で硬直してる間に、二発、三発と連続で引き金を引き続ける。やがて全弾撃ち尽くすと、ガタイの良い警官は少女の頭蓋が粉々になったのを確認し、「フンッ、蝿め…」と軽く鼻を鳴らした。「反社会的な忌み子は殺処分が妥当だ。市民の方々の協力に感謝する」と何食わぬ顔で群衆の代表者に謝辞の言葉を告げ、そのまま現場を封鎖、応援と遺体搬送車を無線で要請する。「離れて離れて」と別の警官から下がる様に促され、千桜達は少女の死体から遠ざけられる。周囲には野次馬が集まり、物珍しそうに携帯のカメラのシャッターを切っていた。
……法律上、収容区からの脱走や犯罪に手を染めた蒼星の忌み子は『危険分子』と見なされ、速やかに拘束する必要がある。また、激しく抵抗されるなどのやむを得ない、または周囲に被害を及ぼすといった状況が予想される場合、公務中の警官には無条件で射殺する権限が与えられている。もっとも、戦後の急激な治安悪化と銃の流入増加により、警察官職務執行法第7条をはじめとした警官の発砲時における責任、注意義務が昔ほど重要視されなくなって以降、全国各地で警官の発砲件数は増加傾向にある。一般人の正当防衛で射殺される件数を含めて、殺害される蒼星の忌み子は年々増えていると聞くが、まさかその実態がコレなのか------?
彼らは目撃者から碌な聞き取りもせず、ただ彼女の目の色で蒼星の忌み子だと判断し、処理した。どう考えても法外な手段を用いた執行だ。エゴとイデオロギーに塗れた民兵ならばともかく、現職の警官が白昼堂々と市民の目の前で抵抗力を失った子供を処刑するだなんて、この社会は一体……。
「------出来なかった…」
「…柚瑠?」
その時、相棒の方を見てようやく気付いた。柚瑠は顔面蒼白のまま、乾いた唇を震わせ、瞳孔は見開かれたまま震えている。
「何も、出来なかった……。あの子、僕に助けを求めてたのに、ただ……震えてるだけで…!」
ショックで感情が昂っているのか、両目が青い輝きを帯び始める。周囲の人間がいぶかしむような視線を向けてくる中、千桜がその細い手を取り、「見てんじゃねぇよッ」と睨みつけると、足早にその場を立ち去る。
人気のない路地裏に入ると、そこで柚瑠の両肩を掴み向き合う。
「おい!しっかりしろッ」
此方の呼びかけに対し、柚瑠は譫言のように口をパクパクさせるだけで反応がない。
「僕も……いずれあんな風に…」
「------柚瑠!」
華奢な彼女の身体を抱きしめると、なるべく強く、ハッキリと届くように言葉を口にする。
「いいか、よく聞け。お前は大丈夫だ。お前はあんな風にはならない!雛衣柚瑠は、蟇田千桜が守る。他でもない俺が守るッ。お前が俺をアルギュロスから守るように、俺がお前を世界から守るッ!分かるか?この社会から、今の理不尽で狂った
「…ッ!……う、うぅ…!」
柚瑠は身体を震わせながら、千桜の腕の中で咽び泣く。そうしてる内に、数分が経過しただろうか、やがて柚瑠の震えが止まる。
「……ありがと、もう大丈夫」
落ち着きを取り戻した柚瑠が、千桜から身を離す。
「ごめん。ちょっと取り乱した。……昔の事、少し思い出して…」
「その……、あの子、知り合いだったりしたのか?」
聞くべきかどうか迷ったが、先程の柚瑠の様子からどうしても気になってしまった。
「多分だけど……、僕と同じ収容区に居た子だと思う。名前は知らないし、話した事もないけど、向こうは覚えていたみたい…」
「……そうか」
なんであれ、あの少女が本当に柚瑠と顔見知りだったかどうかを確かめる術は、もうない。
「……あんな風に殺される子、多いのかな?」
「………さぁな…」
実際問題としてアルギュロス戦争経験者---------"焼き尽くされた世代"の憎悪は根深い。その矛先が柚瑠のような"忌み子"達に向くのは、奪われた生命の数を考えれば、誰にもどうしようもないのかもしれない。……かくいう自分も、"焼き尽くされた世代"の一人であり、"蒼星の忌み子"を憎悪していた時期はあったのだ。彼らを責める気にはなれず、またそうした所で、何も解決しないのだ。
柚瑠は両手で顔を軽くピシャリと叩くと、無理にでも笑顔を作る。
「うんッ、もう大丈夫。行こ!店が閉まる前に---------」
「……大丈夫なのか?」
「うん、今考えなきゃいけないのは、明日の戦いだから」
蒼星の忌み子を取り巻く環境は厳しく残酷だ。それでも、彼女の強く在ろうする姿には、本当に胸を打たれる。歩みを再開する柚瑠の背中を追うと、不意に小声で聞かれる。
「……ねぇ」
「ん?」
「僕みたいなヴァンガードが……誰かを傷つけるんじゃなくて、誰かを一人でも多く守ったら、蒼星の忌み子への差別もなくなるかな?襲ってくるアルギュロスを全部壊せば---------皆んなも僕達を、認めてくれるのかな?」
とてもか細く、寂しそうな声だった。
「…………俺は、お前の全てを認めてるし、肯定している」
「……ありがとう、千桜」
少しだけ、温かな笑顔を見せてくれる。この先の未来がどうなろうと、どれだけ非情で惨たらしい運命が待ち受けていようと、自分は最期まで彼女の隣にいよう----------そう心に誓った。