ヴァンガード・ザ・ウロヴォロス【再誕の先駆者】   作:唯尊

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第一話 簒奪者たち

 

 春先。

 

 真昼の澄んだ青空の下、頭をツルツルに剃り上げた厳つい顔をしている殺人課の主任刑事が小さくも鋭い眼を向け、長身の青年を睨み上げていた。

 

「いったい何分待たせるつもりだアァ?呼んでもすぐ来ねぇなんてお前それでもプロか!」

 

迫力満点の顔を近づけられた青年、蟇田千桜は小さく溜息を吐き、辟易した様子で視線を逸らす。これで何度目だ一体…。

 

 千桜はテキトーに刑事から逃れると、冷めた態度で告げる。

 

「悪かったな、ここに来る前にアンタらの友人にしつこく職質されたんだよ。ライセンス見せたのに仕事用の銃が合法かどうかあれこれ聞いてくるんだ。警察に仕事を妨害されて遅れたってのに、ついてみれば同じ警察からこの仕打ちか?これ以上やるなら本気で帰るぞ」

 

 刑事は舌打ちすると、しばらく品定めでもするかの様に目を細め、千桜の身体を舐め回す様に眺め始める。

 

「……お前、元自衛官か?」

 

 千桜は自分の着ている服に目を落とす。ダークグレーの機能性ジーンズに白のTシャツ、灰色のかかった短めの黒のかき上げヘア、黒のアサルトブーツ。服装だけなら特に一般人と変わらない。唯一目を引くのは、腿のホルスターに収められた拳銃だけだ。

 

「手を見れば分かる。ソレは銃を撃ち慣れた手だ。肘のアザなんかは特に目立つ」

 

千桜の掌を見れば、銃のトリガーガードに触れる中指側面、反動を受ける人差し指と親指の間、マガジンに弾を込める親指の腹が厚い。両肘には伏せ撃ちの姿勢や匍匐前進で出来るアザが黒々としていた。

 

ゴリゴリの戦闘部隊で相当な訓練と経験を積まなければこの様にはならない。この国でそれが当てはまる職業は、一般的には警察やその他司法機関の特殊部隊、自衛隊のいずれか……あるいはそれらをバックボーンとした戦闘職の人間だ。刑事は一瞬でソレを見抜いたのだ。

 

「…何か問題あるか?」

 

「フンッ、この国でPMC(民間軍事会社)やってる人間なんざ、外国人を除けば大半が自衛隊上がりだからな……」

 

 忌々しそうに鼻を鳴らすと、「ID見せろ」と手で催促される。懐からPMCのライセンスが入ったパスケースを渡す。国内での活動と武器類の所持を許可する旨が書かれ、所属する企業のロゴと本人の証明写真が添付されている。

 

「ファハハ、ひでぇ悪人面だ。ビタミン足りてねぇだろお前!」

 

刑事が証明写真と千桜の顔を見比べ、腹を揺する。

 

 いちいち腹を立てても仕方がないので、千桜は無表情を作って聞き流す。

 

 佐々山だ、と短く名乗った刑事は、ライセンスを投げ返してきた。

 

「『汐崎民間軍事会社』か、なんか聞き覚えがあるな」

 

「小さな会社だが、それなりに売れてはいるからな。それより……仕事の話にしないか?」

 

 千桜は首を上に向ける。見上げた先には古びたマンションが建っていた。赤レンガ色の壁には、ひび割れに汚損、破損こそ目立つが、ごく普通の7階建てのマンションだ。『グランド・エビス』とある。

 

「------本当にここで事件が?」

 

「あぁ、上の階で変な音がすると601号室の人間から通報があったんだが、その直後、通話にノイズが生じ、通報者が悲鳴を上げた所で電話が途切れた。その際、通話中の音声に妙な音が混じっていたんだ。音紋を照合した結果、間違いなくアルギュロスだ。やれやれ、お前が来てくれたおかげでやっと入れる」

 

佐々山は『やっと』の辺りを、聞こえよがしに大声で発音してから、マンションの中に入っていく。

 

 PMCと警察の仲は悪い。というより、民間軍事会社は昔から傭兵稼業同然の仕事を請け負って来た歴史がある。イラク戦争時にその悪名を轟かせた『ブラック・ウォーター』や、ウクライナやシリアで悪逆の限りを尽くした『ワグネル』なんかは有名だ。自分から好き好んで戦争に首を突っ込む輩は、大抵どこに行っても忌み嫌われる。もはや好かれようとは自分も思わなかった。

 

 終戦後しばらくして、アルギュロス絡みの事件は、民間軍事会社------通称"PMC"の同伴なしには現場に入れないという内容の法律が制定された。天井知らずの警察官の死亡率を少しでも下げるために必要な措置との事だが、戦争で金を儲けている連中を大手を振って歓迎してくれる警察官などどこにも存在しなかった。むしろ犯罪者扱いしてくる事もある。自分もここに来るまでに、警官から散々職質を受けて遅れたのだから。

 

 千桜は仕方なく佐々山の後に続き、ジーンズのポケットからコンバットグローブを取り出して両掌にはめる。

 

 その時、佐々山は何かに気付いたのか、急にゴツい面を近づけて来た。

 

「そういえばお前、『ヴァンガード』はどうした?お前らPMCはアルギュロスを相手にする場合、ソイツを連れる事が多いんだろ?」

 

「学校」

 

「は?」

 

即答すると、佐々山は間の抜けた声を出す。

 

「だから学校だ。あいつまだ中学生なんだよ、いま平日の昼間だぞ?」

 

当たり前だろ、と言わんばかりの態度に、佐々山はしばしポカンとしていたが、やがて呆れた様に溜息を吐く。

 

「お前みたいな奴、PMCに限らず、今じゃかなり珍しいぞ…」

 

エレベーターに乗り、6階で降りると、通報者の601号室の前まで行く。ドアの前には、すでに大量の警官隊が現場を固めている。

 

「なにか変化は?」

 

佐々山の言葉に警官隊の一人が振り返る。

 

「ダメです。ついさっき小型ドローンで室内を偵察しましたが、すぐに強力な電波妨害を受けて墜落しました」

 

「通報者の状況は?」

 

「確認はできませんでしたが、おそらく、もう…」

 

現場の空気に緊張が走る。

 

「…時間はないな……おい」

 

「あぁ」

 

 佐々山の視線に短く答える。後ろに控えていたフル装備の警官隊が一名、ドアの前に配置されると、彼らの持っていたドアブリーチング用のC4(プラスチック爆薬)が扉に設置される。

 

 千桜も腿のホルスターから拳銃------H&K VP9を抜くと、スライドを引いて弾を発射可能にする。

 

 息を吐き出して、その後に腹式呼吸で深く吸い込む。頭の中をクリアにし、集中力を高めていく。

 

 扉の前から全員が離れ、準備が完了した。

 

「------3、2、1……爆破!!」

 

警官のカウントダウンの後、起爆装置が押され、轟音と共にマンションに衝撃が響く。扉が置くに倒れた瞬間、千桜は室内に突入した。

 

 玄関からそのままリビングまで行くと、カーテンに遮られてない窓から差し込む陽光に、一瞬目を瞑りかける。

 

 その日差しを正面から浴びる様に、女が立っていた。

 

「…アンタが通報者か?」

 

女は答えない。千桜に背を向ける形で窓の外を眺めている。

 

「おい、聞こえ------」

 

そこまで言って、千桜は気づく。彼女の足元には、小さなラジコンらしき物が見えた。それは、警察がこの部屋に飛ばした小型ドローンの残骸だった。

 

 やがて、女がこちらに振り返る。

 

「…ッ」

 

小さく息を呑んだ。

 

 女の腹部に大きな穴があき、そこから腸が垂れ下がっていた。胸には刺し傷が複数見られ、片目の眼孔が穿たれている。どう考えても人間が立っていられる状態じゃない。

 

 その時、女の両目がアイスブルーに輝くのを見た。機械的な、無機質で冷たい青の瞳……アルギュロスと同じ眼だ。

 

「チッ……手遅れか…」

 

小さく舌打ちした瞬間------。

 

『ァァァアアアアアアアアアッ!!』

 

機械的な響きを孕んだ咆哮を上げ、女がこちらに突っ込んでくる。

 

 千桜が横に跳んで回避すると、床を転がり離れた位置から女の頭部を照準、銃撃。

 

 女は両手で頭部をガードし、9mmパラベラム弾を受け止める。被弾した箇所に穴が空くが、まるで金属が溶けるように腕の部位が変形し、銃創から先端の潰れた弾丸が排出される。瞬く間に腕の傷が塞がった。

 

 『金属化』がだいぶ進んでいる……早く片付けないと厄介な事になる。

 

 女は両腕を刃渡り40cm程の鈍い金属光沢を放つブレードに変形させると、超人的な速さで踏み込み、千桜に肉薄、斬りかかってくる。

 

 横薙ぎに払われるブレードをダッキングで躱すと、続けて振り下ろされる反対側のブレードをバックステップで回避、下がった瞬間に女の眉間を照準、3発発砲。

 

 距離が近く、回避も防御も間に合わなかった女の頭蓋の一部が弾け飛ぶ。そのまま後ろに倒れ、それでも起き上がろうとするが、千桜が女の身体を踏みつけて身動きを封じ、トドメの一発を頭部に撃ち込む。

 

 乾いた銃声が一発、室内に鳴り響き、脳髄を完全に破壊された女は動きを止め、沈黙した。

 

「クリア!」

 

千年が叫ぶと、後方で待機していた警官隊が一斉に突入してくる。その中から佐々山がリビングに入ってくると、目の前に転がる死体を見て顔を顰める。

 

「『金属変異体』か…」

 

「あぁ、アルギュロスの『なり損ない』だ。多分この部屋の通報者だろう」

 

 佐々山は死体の側にかがみ込むと、粉々に砕け散った顔を見て頭を掻く。

 

「これじゃ身元確認なんかできんな……体内に血や肉の部位でも残ってりゃDNA検査で分かるんだが…」

 

「金属化がかなり進んでいたからな…正直その辺は微妙だ」

 

「ここまでやる必要あったのか?」

 

余計な手間を増やしやがって、と睨んでくる。

 

「脳髄が少しでも残っている限り、そいつらは死なない。それより…」

 

千桜は上の天井を見上げる。

 

「被害者はもう一人いる。こいつはナノマシンに脳と身体を乗っ取られただけだが、一番最初に襲われた奴がまだいる」

 

そう言って千桜が先導し、非常階段から7階に向かう。

 

 先程と同じ手段で扉を噴き飛ばし、室内を探索する。

 

「…もしかしてコイツが最初の被害者か?」

 

ベランダの近くで大量の血の池を発見し、その中に沈む死体を見つけた。6階の被害者と違い、死体に金属化の兆候は見られなかったが…。

 

「…ひでぇな、こりゃ」

 

佐々山が思わず呟く。確かに死体の状態は悲惨の一言に尽きた。脊椎ごと首が引き抜かれ、背骨と頭蓋のない死体が濃い血臭と共に斃れている。

 

「永田幸徳、43歳、無職。ここの住人だ。おそらくコイツで間違いないだろうが……アルギュロスも惨い殺し方しやがる」

 

佐々山が苦々しい表情を浮かべるが、一番の問題はそこではない。

 

「…コイツの首は?」

 

千桜の言葉に、佐々山も辺りを捜すが、どこにも見当たらない。他の警官達も隅々まで探すが、被害者の頭部だけでなく、彼を殺した筈のアルギュロスさえ見つからなかった。

 

「どうなってる?なんで肝心のアルギュロスがいないッ?」

 

 佐々山が苛立つ中、千桜は冷静に状況を分析する。

 

「おそらく……被害者はベランダでアルギュロスに襲われ、脳を持ち去られた。その後、6階の通報者も同じ奴に殺されたが、脳を損傷させてしまい、代わりに流体ナノマシンを注入して『金属変異体』にした。で、肝心のコイツの脳だが、もしかしたら……『簒奪』された可能性がある」

 

瞬間、佐々山の表情が凍り付く。

 

「すると何か?アルギュロスだけじゃなく、『レーテー』まで街をほっつき歩いてるって事かッ!?」

 

千桜は頷く。

 

「周囲を封鎖してくれ、佐々山警部。このままじゃ、首無し死体が増えるだけじゃなく、そのぶん鋼鉄のバケモノが増えるぞ!5時間もあれば軽装甲車クラスの機体になる。急げッ」

 

 

 

 

 人気のない住宅街を、永田幸徳はおぼつかない足取りで歩いていた。

 

 ふと立ち止まる。

 

 ここはどこだ?と幸徳は困惑する。どうして自分はこんな見知らぬ土地にいるのか。

 

 ここに来るまでの記憶が曖昧だ。意識もはっきりとせず、どことなく視界に妙な色が写る。自分の名前はちゃんと覚えている。今までの人生もちゃんと覚えている。

 

 14年前のアルギュロス戦争で妻子を失い、勤めていた銀行も潰れて無職になったのだ。戦後、短期間ではあるが、貨幣経済が混乱し、食パン一袋が10万円近くするハイパーインフレが起こった時期がある。中央銀行が過度なインフレを抑制する為に政策金利を引き上げた結果、国債などの保有資産の価値が下落し、銀行の自己資本を圧迫。預金の流出と資金繰りの悪化、貸し倒れのリスクの増加により、日本の大手銀行はドミノ倒しの様に次々と倒産していったのだ。

 

 アルギュロスに最愛の妻と娘を目の前で踏み潰されたあの日、全てがどうでもよくなった幸徳は酒に溺れ、再就職する気にもなれず、貯金を食い潰しながら生活していた。そして今日、貯金が尽きた。生きるのに疲れ果ててしまった幸徳はベランダの外に出ると、地上を見下ろしながら、ふと考えが過ぎる。いっそこのまま、飛び降りてしまおうかと。そうすれば、あの世で妻子に会えるかもしれない。

 

 そんな現実逃避とも、妄想とも取れるボンヤリした思考を巡らせ、ふと視線を上に向けたのが、運の尽きだった。

 

「そうか、俺は……あの怪物に襲われかけて、ここまで…」

 

 ようやく思い出した。

 

現実に絶望し、生きる事を諦めていた筈なのに、あの白銀に輝く鋼鉄の獣に襲われた時、自分の中の生存本能は爆発的な力を発揮し、命からがら、この見知らぬ場所まで逃げてきたのだ。

 

 あまりにも皮肉な話で、思わず笑いが込み上げてきた。なんだか、久しぶりに笑った気がする。声の調子がおかしいが、14年間も引き篭もっていれば身体の調子も悪くなるか。

 

 幸徳は自然と、人生をやり直してみたくなった。もう少し、頑張って生きてみよう。こうして笑えるのだ。自分はまだ前に進める。死んだ妻子の分まで、自分は歩き続けるべきだ。

 

 再起を誓った幸徳は、ふと迷子である事を思い出す。携帯を取り出そうにも、持っていなかった。自宅に置いて来てしまったのだろうか。

 

 この歳で迷子は恥ずかしいが、仕方がない。近所の人間に助けを求めよう。

 

 そうして再び歩くのを再開するが、どうにも身体が重い。ずっと外にも出ず、運動もしてこなかったせいだろうか。

 

 足を引き摺りながら周囲の人間を探しているが、人っ子一人見当たらない。夕方の時間帯なのか、辺りの景色は沈む夕陽に照らされていた。

 

 さて、どうしたものかと困っていると…。

 

「え〜〜ッ、男の子ってそういうのが好きなの?」

 

「ホントだって!この前、彼氏にスク水姿でシてあげたら凄い興奮してたし」

 

やや大きめ声が聞こえて、幸徳はハッとする。正面から長い影を引いて、二人の少女が歩いて来た。どちらも歳の頃は10代半ばだろうか。学校の制服らしき黒のブレザーと赤いチェックのスカートを着ていた。この辺の近所の子達だろうか。一人は長い黒髪を三つ編みおさげにし、もう一人は栗色の髪をポニーテールにしていた。二人とも学生鞄を手にしており、ポニーテールの少女はスポーツバックらしき物も肩に掛けていた。

 

「柚瑠もそのお兄さんにやってあげたら?きっと喜ぶよ」

 

「う〜〜ん……そうかな〜?このあいだもベッドに忍び込んで襲おうとしたけど、蹴り飛ばされたし…」

 

なんか物騒な話題が聞こえるが、他に道を聞ける人もいないので、近づいて声をかける。

 

「君達!ちょっと聞きたい事があるんだけど------」

 

あまりに不審者感丸出しの第一声に、二人が驚いて飛び退る。

 

「ま、待ってくれ!怪しいヤツじゃない!俺は永田幸徳、多分この近くに住んでると思うんだが、道に迷ってしまったんだッ」

 

「「………………」」

 

二人は無言のまま、警戒する様にこちらを見つめてくる。このまま誤解が長引けば通報されるかもしれない。幸徳がどうすればいいか考えていると、やがて二人は何かを悟ったのか、困惑した様子で顔を見合わせる。

 

「ね、ねぇ……アレって…」

 

「うん……紗羅ちゃんは先に帰ってて、後は僕でなんとかするから」

 

「で、でも…!」

 

「大丈夫。多分PMCや警察の人達が近くにいるだろうし、紗羅ちゃんは僕の仕事知ってるでしょ?」

 

 ヒソヒソと耳打つ少女達、やがて、三つ編みの少女が納得した様子で頷く。

 

「危なくなったら、すぐに逃げてね…!」

 

「うん、約束する」

 

笑顔で応えるポニーテールの少女。三つ編みの少女はその場を立ち去って行く。

 

「つ、通報だけは…!」

 

「しないよ、そんなの。というか………おじさん、自分がどうなっているか分かってないの?」

 

「……え?」

 

「その……ごめん。そうなった以上、僕にはどうしようもできないんだ。多分、他の誰にも…」

 

「な、何を言ってるんだ…?」

 

「僕だって、こんな事は言いたくないんだよ?けど、『簒奪』された人の中には、しばらくのあいだ人間の意識を保ってる場合があるから、可能な限り遺言とか聞いておくのが努力義務だって千桜に言われてるから…」

 

 会話が噛み合っていない。簒奪?遺言?

 

 背が高めで、幸徳より少し低いくらいの少女は、悲しそうな表情でこちらを見た。

 

「………やっぱり気付いていないんだね。じゃあ、自分の姿を見てみて。そしたら僕の言ってる事が分かると思うから、ただし、パニックにならないようゆっくりね?」

 

少女から発せられる不思議な諦念、その雰囲気に気圧される様にして、幸徳は自分の姿を見た。

 

「……は?」

 

手が金属になっている。それもワニの手の様な形をしており、鋭く太い爪と爬虫類特有の鱗は全てが白銀と化していた。腕だけではない。腹や足腰までが金属の皮膚で覆われ、関節を含む各部位が明らかに変形し、恐竜の亜種の様な姿となっていた。

 

 その時、薄っすらと視界に写っていた色が突如として鮮明になる。同時に、耐え難い頭痛が脳を襲った。

 

「ぐッ…!?ガ…アアアアアアアアアアッ!!」

 

その場に倒れ込むと、身動きができなくなると同時に、頭の中に聞き慣れない言葉が響く。

 

『アナライズド完了------CPU、新規機体への適合を確認』

 

『NFC、FFCともに異常なし』

 

『OSの初期化、再構築を開始。プロトコル1……不要な人格の消去を開始する-------』

 

言葉が分からなくても、意味だけが理解できた。

 

「これ…は…ッ」

 

「おじさんの脳は、アルギュロスに奪われたんだよ。おじさん自身はもう死んじゃってる。今のおじさんの意識は、アルギュロスに脳をアナライズされて最構築されたデータの一部……不純物として残った記憶の残滓なんだよ。そろそろ………完全に消される」

 

その言葉で、14年前に見たニュースの内容を思い出す。

 

 アルギュロスは、常に進化する機械兵器である。その為、高度な知能を持つ生物の脳を奪い、それを解析、データとして再構築し、新たなCPUとする。それを自らの軍勢に取り入れる事で、アルギュロスは驚異的なスピードで進化していくのだ。

 

 皮肉な事に、この星で最も優れた知能を持っていた種は、人間だった。

 

 結果、アルギュロスは自らの新しい知能とするべく、人間の脳を『簒奪』する事がある………だったか。

 

「そうか……俺はもう……とっくに…」

 

乾いた笑みが溢れた。死んだ事にすら気付かず、自分は鋼の怪物と化していく。人生をやり直すなんて、もうすでに手遅れだった。

 

 記憶が薄れていく。自分の両親の顔、生まれた故郷の景色、妻の声、娘の手から伝わる体温------かけがえのない思い出が消えていく。幸徳の脳をアナライズした際に読み取ったデータの中から、余分な情報が消去されていく。

 

 すでに身体に感覚はない。感じていた痛みも全てが霧散した。CPUが痛覚を不要と判断し、カットオフしたのだ。動かなくなった全身は完全な金属と化し、形を変えるように蠢いている。

 

 気付けば、目に映る世界の全てが、青色に染まっていた。

 

「目が青くなったね……それが、アルギュロスが見る世界の"色"らしいよ。どこまでも美しく、冷たく、まっしろな世界……それが、彼らから見たこの世の景色、おじさんも、死なない限りは、一生そんな世界に囚われる」

 

「……君は、いったい…?」

 

「僕は雛衣柚瑠。PMCの『ヴァンガード』だよ。…ごめん、助けられなくて…」

 

「…どうして、君が謝るんだ?」

 

「PMCは人を助ける仕事だから、だから……ごめんなさい」

 

拳を握りしめ、悲壮と悔しさと噛み締めるように俯く少女を見て、幸徳は最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。

 

「…いいんだ。こうして、見送ってくれるだけで、俺は………もう十分だ------------」

 

それが、永田幸徳の最期の言葉だった。

 

 心は不要と塗りつぶされた。CPUから幸徳の人格が完全に消去され、冷酷な殺戮マシンのOSと化した。

 

 彼の身体にも急速な変化が訪れる。ヒトの型を留めていられる臨界点を突破し、尾骨の辺りから白銀の尾が飛び出す。

 

 鋭い爪を持つ腕、短く太い足、遅れて頭部の部分から六つの青く光る単眼が現れた。腹部は風船のように大きく膨らみ、獰猛な顎にはビッシリと凶悪な金属歯が生えていた。鎧の様な白銀の外皮に全身を覆われた四足脚の機体------------それは、巨大なクロコダイルだった。

 

 少女は逃げ出す事もなく、ただ静かに構えた。と、その時割り込む様な音が明後日の方向から聞こえる。

 

 パトカーが3台、キキィィィッ!とブレーキ音を鳴らして路上に急停車すると、中から降りてきた警官達が銃を構える。

 

「見つけたぞ!アルギュロスだッ」

 

「殺せ!!」

 

「ダメッ!貴方達じゃ------」

 

少女が最後まで言う前に、巨大な尾が少女の脇腹を直撃、華奢な矮躯が吹き飛ばされ、近くの家の外壁に叩きつけられる。強烈な一撃に、叩きつけられた外壁が粉砕した。

 

「う、撃て!」

 

警官達が次々と発砲するが、彼らが扱うS&W社製M360J、通称"サクラ"の使用する38口径拳銃弾ではアルギュロスの装甲に対し歯が立たない。

 

 ケロッとした様子のクロコダイルは、9m大のぜんちょからは考えられない俊敏さで動くと、高く跳躍、停まっていたパトカーを勢いよく踏み潰すと、鋭利な突起の生えた尾を振り回し、パトカーごと警官達を引き裂き、強靭な顎で噛み砕き、手足で踏み殺していった。

 

 先に駆け付けた警官隊が全滅した直後、クロコダイル型のアルギュロスの背後に、一台の覆面パトカーがエンジンを唸らせて登場する。

 

「クソッ、間に合わなかったか…!」

 

車内から飛び出してきたスキンヘッドの刑事が毒吐くと、同じ車両から灰色っぽい青年が出てきて拳銃を構える。

 

「1730。タイプ『レーテー』、"マスタクス"を確認!これより交戦に入るッ」

 

VP9を照準した直後、佐々山がリボルバー拳銃を二発発砲。容易く弾かれる。千桜は戦慄した。

 

「おいッ!何してるッ」

 

「あ?何ってアルギュロスを…」

 

有無をを言わせず佐々山の首根っこを掴み、地面に伏せさせる。

 

「うぉッ、何しやが---------」

 

直後、二人の頭上を高威力の荷電粒子ビームが擦過する。佐々山が「ヒッ…」と短く悲鳴を上げると、通り過ぎたビームが路上駐車されていた軽トラにぶち当たり、フレームごと融解、粉々に爆散させた。

 

正面を見れば、マスタクスが大顎を開き、口の奥に備えられた荷電粒子砲をこちらに向けていた。全身からアルギュロス特有の駆動音が聞こえる。

 

「マズイな……もう武器を使えるのかッ…」

 

やはり『レーテー』なだけあってOSの性能がケタ違いだ。これ以上生かすと更に進化される。

 

 千桜は腰を抜かしかけた佐々山を無理矢理起こすと、怒鳴る。

 

「バカかアンタはッ、相手は『ウロヴォロス装甲』に覆われてるんだぞ!そんな拳銃じゃ刺激するだけだ!!」

 

「じゃあどうするってんだ!」

 

「黙ってすっこんでろ!素人は邪魔だッ」

 

 佐々山を突き飛ばすと、ますたくすの正面に立つ。

 

『ギュルアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

戦車がエンジンを唸らせるようにマスタクスが咆哮する。それを真正面から受け止めると、怯まずVP9を照準------引き金を引いた。

 

 強烈な9mmの反動とともに、弾丸が発射される。

 

 マスタクスの巨大な頭部に命中した弾丸は、先程のように装甲に弾かれるかと思いきや、頭部の装甲を貫通。液状化した金属が出血したように飛び散る。

 

『ゲェアアアアアアアアアアッ』

 

 悲鳴を上げ、マスタクスが怯む。

 

「き、効いている…?」

 

 佐々山が茫然と呟いた。

 

 続け様にVP9を撃ち続け、目のセンサーを破壊し、顎を撃ち抜き、肩に穴を空けていく。徐々に動きが鈍っていくマスタクスを前に、これならいけると、引き金を引き続ける。

 

 しかしやがて、マガジンの全弾を撃ち尽くし、スライドがホールドオープンして弾切れを知らせる。

 

 空のマガジンを抜き、すぐさまポケットから予備のマガジンを取り出し、再装填しようとするが、手負いとなったマスタクスが再び顎を開く、口の奥が赤く光っていた。

 

 荷電粒子砲のインターバルが短い、エネルギーの充填速度が以前より早くなっている。

 

 向こうの方が早い、撃たれる------------!

 

「------------させない」

 

凛とした高らかな声が聞こえる。

 

喰らえば一撃で蒸発する必殺の一撃を放とうとしたマスタクスの直上から、少女の一撃が振り下ろされる。

 

 マスタクスの首が切断され、巨大な頭部が地に転がった。切り離された胴体は脱力したようにその場にズシンッと沈み、それっきり動かなくなった。

 

 最新の主力戦車を紙屑同然に破壊できる怪物を一撃で仕留めたのは、両手に大振りの剣を構えた華奢な少女だった。

 

 急な展開に固まっていた千桜と佐々山は、こちらに背を向けて堂々と地に立つ少女を見つめる。

 

 身長164cm、透き通るような栗色の髪をポニーテールに纏め、国立双柳大附属中学の制服を着ていた。黒のローファーに黒のソックス、整った顔立ちは幼い印象が強いが、背が高いため高校生くらいに見える。

 

 千桜は彼女に近づくと、少女は振り返ってこちらを見る。その瞳は青かった。

 

 手にしていた剣は刀身が長めで、刃は赤く輝く銀だった。日本刀と幅広のブロードソードを掛け合わせたような見た目だったが、少女が千桜の元に向かうと、剣は光の粒子となって霧散し、跡形もなく消え去ってしまった。同時に、少女の瞳からも青い光が消え、本来の深紫の瞳に戻っている。

 

「柚瑠!なんでここに……水泳部の練習はどうした?」

 

「なんか、プールの設備に異常が見つかったらしくて緊急修理中、だから今日はお休み」

 

驚く千桜に対し、柚瑠は肩を竦めながら答える。思ったよりも高めで可愛らしい声だと佐々山は思った。

 

「そうか、このガキが『ヴァンガード』か…」

 

「あ、はい!千桜のバディ、雛衣柚瑠です…!」

 

ヤクザが仏に見えるくらい恐ろしい顔つきの佐々山に対し、柚瑠は少し緊張した様子でペコリと頭を下げる。先程、自分より遥かに大きい怪物を前にしても、少しも怯まずに立ち向かった勇姿はそこにはなく、こうしてみると、どこにでもいる普通の女の子だ。

 

 千桜は再装填したVP9を手に、慎重にマスタクスに近づく。融合炉が停止し、駆動音が消えている。軽く蹴ってもピクリとも反応しない。どうやら完全に破壊されたようだ。

 

 千桜は佐々山に向かって素直に頭を下げる。

 

「すまん警部、相手は『レーテー』だってのに、もっと警戒すべきだった」

 

「いや、それよりお前…さっき『アルギュロスに拳銃なんか効かない』とか能書き垂れたばかりじゃないか、なんでお前の銃だけ…」

 

 特に隠す事でもないので、千桜はVP9の予備マガジンから一発の弾薬を取り出し、掌の上で転がして見せる。

 

 薬莢は一般的な真鍮製で、鈍い金色を放っていたが、先端にはめ込まれた弾頭部分は、『黒銀』とでも形容すべき、黒く輝く銀色だった。佐々山はハッとする。

 

「これは、アルギュロスと同じ…!」

 

「そうだ。連中が装甲やフレームに使っている『ウロヴォロス合金』だ。特殊な処理をすることで、色が微妙に変わるんだよ」

 

「アルギュロスが白銀で、お前らのは黒や赤なのか…」

 

「『黒銀』や『赤銀』は『白銀』を液状化させる性質がある。弾丸にも加工できるし、使う銃も特に改造を施す必要はないんだ」

 

使っていたVP9を見せると、佐々山はそれを眺めながら唸る。

 

「俺たちにもコレがあればな……」

 

そう言って、佐々山はマスタクスに鏖殺された警官達の姿を見る。現場にはすでに救急隊員たちが駆けつけているが、彼らの必死の救命措置も虚しく、遺体回収と化していた。

 

「…ウロヴォロス弾はPMC以外だと、日本じゃ自衛隊か警察の特殊部隊にしか配備されない。ウロヴォロス合金は希少だから、その…」

 

「分かってる。お上が下っ端を蔑ろにするのはいつもの事だ。俺達もそれは覚悟の上で職務に就いてる。お前が気にする必要はない、それより…」

 

佐々山は柚瑠の方を見る。

 

「このガキ、さっきまで剣持っていたよな?煙のように突然消えたが……いったいどういう手品使ったんだ?」

 

「手品じゃない。これが『ヴァンガード』に与えられた力で……そういやお前、どっから出てきた?」

 

「えッ、今更?」

 

柚瑠が呆れた声を漏らす。

 

「さっきのデカイ奴に尻尾で吹き飛ばされたんだよ。近くの家の壁に激突するわ、崩れた壁の下敷にされるわで、大変だったんだから…」

 

「怪我はないか?」

 

「あ、うん。平気、身体の傷はすぐに治るから」

 

そう言うと、柚瑠の手の甲にできていた擦り傷が小さくなっていく。やがて完全に塞がり、痕も残らず綺麗な肌に戻っていた。

 

 佐々山が小さく口を開けてその様子を見ていた。

 

 どう考えても普通の人間ではない。まぁ当然の反応だろう。これもまた、『ヴァンガード』たる彼女たちに与えられた恩恵だ。超人的な回復力、規格外の運動能力、そして、従来の常識からは考えられないあらゆる可能性を秘めた特殊能力。

 

 千桜はヴァンガードをサポートする監督官『リアガード』として彼女の未来を守らねばならないのだ。

 

「まぁ、なんとか瓦礫の山から抜け出して、アイツを介錯できたけどさ……それにしても、ひどいよ千桜!僕を頼らず一人で仕事に行くなんて!何考えてるの!?」

 

 柚瑠は眦を吊り上げて迫ってくる。

 

 任務中、ヴァンガードとリアガードは必ずしもツーマンセルでの行動が義務付けられているわけではないが、単身でアルギュロスの討伐に向かうのは、やはりヴァンガード同伴時よりも危険度が格段に上がる。もっとも、柚瑠が言いたいのは、一人で危険な敵に立ち向かった事よりも、自分を呼ばなかった事が気に入らないようだったが。

 

「いや、だってお前学校だったし…」

 

「 そんなの関係ないよ!千桜が危ない目に遭ってるのに、呑気に授業なんか受けてられないよッ。千桜がいる場所なら、どこだろうと僕は駆けつける!」

 

 なんとも頼もしいセリフだが、彼女の保護者としては、これ以上柚瑠を学校から呼び出す気にはなれなかった。

 

「んなコト言ったってお前……ここ最近、仕事がある度に遅刻や早退を繰り返してるせいで、単位不足してんだろ?この調子じゃ高等部に上がれなくなるぞ」

 

「うッ…」

 

ギクッと柚瑠は硬直するが、すぐさま態勢を立て直す。

 

「だ、大丈夫だもん!紗羅ちゃん……友達と勉強会だってしてるし、テストは余裕で満点取れるし、部活も-----------って、あぁッ!?」

 

突如、柚瑠は大声を上げる。あまりの声量に千桜と佐々山もびっくりした。

 

「鞄がない!水着の入ったスポーツバックもッ……明日学校あるのに……あぁ、どうしよう〜……」

 

どれだけ深刻な問題かと思いきや、あまりにも平和すぎる事態にアワアワする柚瑠を、千桜と佐々山はしばし見つめていたが、やがて互いに顔を見合わせ、同時に小さく吹き出す。殺伐とした現場に、和やかな空気が僅かに漂う。

 

「ウチの鑑識がこの辺りを現場検証する。おそらく今日中に見つかるだろうから、その時オタクらに連絡するよ」

 

「いいのか?悪いな…」

 

「当然だろ、お前らは命の恩人だ。これぐらいどうってことない……また事件があったら、オタクらを頼らせてもらうよ」

 

「あぁ、いつでも呼んでくれ」

 

 千桜は佐々山と握手を交わした。現場の最高責任者である佐々山の手は皮が厚く、力が強かった。佐々山は乗ってきた覆面パトカーに一旦戻ると、助手席のアタッシュケースからタブレット端末を取り出してこちらに戻ってくる。

 

「じゃ、ここにサイン頼めるか?」

 

 差し出された端末の画面には、今回の仕事における報酬の旨が記されていた。警察からPMCへの依頼が完了した後、必ず成功報酬の支払い確認をしなければならなかった。

 

「柚瑠、すぐに済むと思うが、先に帰ってるか?」

 

「ううん、千桜と一緒に帰りたいし、終わるまで待ってるよ」

 

柚瑠は小さく首を横に振る。

 

「…仲が良いな」

 

「まぁ、命を預けあうバディだからな…」

 

佐々山に短く答えながら、タッチペンを手に、必要な手順を進めていく。いつも通り大した時間はかからず、端末を返す。

 

「それじゃ、後始末は頼んだぜ」

 

「あぁ、気をつけて帰れよ」

 

陽が落ちる方向に歩き去って行く青年と、タタッと彼の後について行く細い影を見送った後、佐々山は視線を移す。

 

「…回収車を呼ばないとな」

 

視線の先に転がるのは、数十トンはあろうマスタクスの残骸だった。死ぬほど重く、運ぶだけでも相当苦労する金属塊を見つめて、佐々山は小さく嘆息した。

 

 

 

 

 

会社に戻る道中、周囲に人の視線がない事をいいことに、柚瑠が千春の右腕に抱きついてきた。

 

「えへへ…」

 

はにかみながら、嬉しそうに笑う。千桜も別に嫌がる様子はない。

 

「どうした?」

 

「だって、久しぶりでしょ?こうして二人きりになるの」

 

さりげなく指を絡ませ、恋人繋ぎをしてくる。

 

「ねぇ、今日の夕飯なに作るの?」

 

「ビーフシチュー」

 

「やった!」

 

好物が出される事に、柚瑠は嬉しそうに小さく飛び跳ねる。無邪気な笑顔は年相応だったが、あまりの眩しさにドキリと胸が高鳴る。他の同年代の子と比べて発育が良く、顔も容姿のプロポーションも優れている柚瑠は、最近格段と綺麗になっている。腕に当たる柔らかな胸の膨らみと女の子特有の良い匂い、心地のいい体温がダイレクトに伝わり、千桜は内心ドキドキしながら歩いていた。

 

「……ねえ」

 

不意に、柚瑠が声のトーンを下げる。どこか寂しそうな声だった。

 

「今日、アナライズされた人と話したんだ…」

 

「…まだ意識が残ってたのか?」

 

柚瑠は小さくコクリと頷く。

 

「助けられなかった……その事を謝ったら、『気にするな』って言われた…」

 

「…そうか」

 

その後、しばらく沈黙が続いた。落ちかけていた陽は完全に沈み、周囲の気温が下がる。人気がなく、世界が薄闇と静寂に包まれる中、柚瑠が口を開く。

 

「死んじゃう時………あの人は怖かったかな?最期はすごく……疲れた顔してた…」

 

「……死ぬのは誰だって怖い。だが、生きるのもまた、楽ではないんだ。生きる理由を失くして、生命を断つ人間は少なくない」

 

「…戦時中も?」

 

「アルギュロス戦争が始まる前から、日本は自殺者の多い国だ。特に2020年代は世界中が色々な問題を抱えていたんだよ。国際情勢が緊迫する中、なんの予兆もなく宇宙人が攻めてきて、アルギュロスに大勢が殺された。戦争には勝ったけど、失った物が多過ぎたんだよ」

 

実際、戦前よりも戦後の頃の方が、自殺者は圧倒的に多かった。あの地獄を生き延びた人間の大半が、終戦後に家族の墓や徹底的に破壊された故郷を目の当たりにして、絶望の奈落に突き落とされた。結果、自ら生命を絶つ者が続出。世界全土で、それまでの自殺率が史上最高記録に達した。

 

「…千桜は、アルギュロスにされた人たちも、天国に行けると思う?」

 

答えるのに、少し間が空いた。

 

「……生命に行き着く先があるなら、必ず」

 

「……うん」

 

繋ぐ掌に、キュッと力が入った。柚瑠の手は小さく、優しい温もりを感じた。

 

「……僕も、そう思う。千桜が信じてるなら、僕も信じるよ」

 

やがて、人通りの多い繁華街に入る。夜とは思えない程、明るく賑やかな人の営みが二人を迎えた。

 

 

 西暦2039年------。

 

 エイリアンの隷属から解放された白銀の簒奪者たちは、終戦後も世界各地に潜伏し、人類との戦争を継続していた。

 

 時折、新たな知性を獲得するべく、人間の生存エリアに侵入し『狩り』を行う彼らに対し、アルギュロス戦争で消耗した世界各国は、軍や警察などの対応では限界を感じ、別の道を選択した。

 

 軍事力を民営化し、局所的に襲来するアルギュロスに立ち向かうのは、新時代のPMC------------『V&Rシステム』を活用した戦闘員たち。

 

 ヴァンガード(切り拓く者)とリアガード(導く者)。

 

 彼らは二人一組の最強のデュオ。

 

 身に宿した想いと力で抗う------------新たな世界の先駆者なのだ。

 

 

 




 
 略称、『ヴァンウロ』。よろしくお願いします!
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