ヴァンガード・ザ・ウロヴォロス【再誕の先駆者】   作:唯尊

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第二話 汐崎民間軍事会社

 

 闇夜の帳が降り、車のヘッドライトと人々の住まいから光が点き始める。小さな点のような明かりがあっという間に広がっていき、街は都会さながら人工の輝きに包まれる。

 

 日本国東京都、渋谷区------------世界有数の大都市であり、人類文明の発展の象徴として、その一角を誇るに相応しい街並みは、戦前の頃と比べるとやはり規模が寂しくなっていた。

 

 とはいえ、未だこの国の経済規模の大半を占めている事に変わりはなく、渋谷名物のスクランブル交差点は行き交う人々で非常に混雑していた。

 

 人混みの中を掻き分けながら、千桜は屋外であるにもかかわらず、窒息しそうな感覚に襲われる。なんとか群衆の波から抜け出すと、目的地のオフィスビルに辿り着く。

 

 地上から見上げると首が痛くなるほどの高さを誇る高層ビル、『高天原50ビル』は全高200mを超える摩天楼であり、大きさだけなら国内でも余裕で上位に入る。自動ドアを潜り、一階エントランスから建物内に入ると、警備の人間からIDの提示を求められる。ここのセキュリティ担当者とは長い付き合いだが、警備規則を無視する事は出来ない為、素直にPMCのライセンスを見せる。所持していたVP9は護身用としてそのまま携帯が許可された。

 

 横一列に並ぶエレベーターの乗り場ドアは三つあり、一番左のドアの前に立つと、上りボタンを押してカゴの到着を待つ。

 

 扉が開くと、小動物じみた小柄なOLが現れる。自分より年下に見える彼女はギョッとした顔で素早くエレベーターから降りる。そんなに俺の顔が嫌なのか。

 

 少しムッするが、このビルには一般の民間企業も多数入居している。同業の人間ならともかく、平凡な会社員からしてみれば、千桜のような人種には関わりたくないのが普通なのだ。

 

 エレベーターに乗り込み、20階にテナントされている汐崎民間軍事会社のオフィスを目指す。

 

 すでに時刻は夜の7時を廻っている。この時間帯なら社長には会えるだろう。

 

 20階に止まると、エレベーターの扉が開く。廊下に出てから突き当たり右に進むと、『汐崎民間軍事会社』と書かれたロゴプレートが貼られた開口部の出入り口が見える。フロントの受付で顔パスされると、スタスタと奥へと向かう。ワンフロア丸ごと貸し切った汐崎民間軍事会社のオフィスは広々としており、ここで勤務しているのは前線オペレーターではなく、大半が事務や営業担当の後方要員であり、そこらのサラリーマンと変わらない非戦闘員である。

 

 職員の多くは退勤しているが、残って残業をしている者もいる。2039年になってペーパーレス化が急速に進み、彼らのディスクの上にはかさばりやすい紙の書類がほとんど見られず、途中ですれ違うビジネススーツ姿の職員たちの何人かは、こちらへ軽く会釈してくる。

 

 こちらも会釈を返しながら「お疲れ様」と言うと、「お疲れ様です」と比較的丁寧な言葉が返ってくる。

 

 そうして、社長室の前に辿り着く。自分とて社会人としての最低限のマナーは弁えているので、国際基準に沿って4回ノックする。

 

「どうぞー」

 

少し高めの、若い女の声が聞こえてきた。

 

「失礼します」

 

ガチャリ……と扉を開けると、ローズマリーの香りが漂ってきた。社長室に入ると、よく鞣された本革のエグゼクティブチェアに座る少女が、黒檀の社長机の上に置かれたノートパソコンを操作していた。

 

「お疲れ様、兄さん」

 

 そう言ってパソコンから顔を上げた少女は、微笑を浮かべてこちらを見る。ヤグルマギクのような優雅な黒色の髪を背中まで伸ばし、サイドの髪には三つ編みのワンポイントが見られ、白いリボンで結ばれている。切れ長の双眸から覗くロイヤルレッドの瞳が高貴な雰囲気を放ち、スラリと伸びた美脚には黒のタイツ、赤と黒のチェックスカートは丈が短かった。膨らんだ胸は形が良く、国立双柳大附属高の黒いブレザーを下から押し上げている。

 

 彼女こそが、高校生の身でありながら『汐崎民間軍事会社』の創設者にして現社長、汐崎夏織である。日本有数の巨大企業集団である『汐崎グループ』の社長令嬢であり、その子会社の一つが『汐崎民間軍事会社』だ。

 

 因みに、「兄さん」などと呼ばれているが、自分と彼女は兄妹でもなければ血縁者でもない。幼馴染の関係だが、ある理由をきっかけに「兄さん」と呼ばれている。

 

「呼ばれてきたんだが……何か問題でもあったか?」

 

「アルギュロスを倒した事に問題はないわ、報酬もきちんと警察から支払われてるわよ。ただ……」

 

入ってきた扉のドアを閉めると、防音された社長室で二人きりになる。白い壁に四方を囲まれており、サンスベリアやパキアといった観葉植物の他、書棚には経営学や軍事関係の本が所狭しと並んでいる。爽快感のあるローズマリーの芳香剤と最新の空調設備による心地良い温度に満たされたヴィジョナリールームに、お嬢様然とした制服姿の女子高生が社長椅子に座っている光景は、なんとも不思議に思えた。

 

「今回の依頼で討伐したのは、『レーテー』だったのよね?」

 

確認してくる夏織に、「あぁ」と頷く。アルギュロスに脳髄を奪われ、直接新規機体にアナライズされた脳のデータを植え込まれた個体を、『奪われし者』………『レーテー』と呼んでいる。

 

「被害者を襲ったヤツは見つからなかったが、現場の周辺地域は完全封鎖されたから、逃げ場はないはずだ。とっくに同業者が仕留めて------」

 

「そんな報告、どこからも出てないわよ」

 

「……なに」

 

 夏織は椅子から立ち上がると、使っていたノート型パソコンの画面を見せてくる。街中にアルギュロスが出没した時、市民からの通報や監視カメラなどで補足されると、その出現場所と日時が地図に細かく記され、警告を発するという民間機関のウェブサイトだ。

 

「……どういう事だ」

 

そこには今日倒したレーテーの討伐記録は確認出来たものの、『首狩り』の犯人たるアルギュロスは破壊どころか目撃報告すら上がっていない。

 

「ないでしょ?」

 

「あぁ……だが、おかしいだろ。街から出たなら警戒監視網に引っかかる筈だし、それが無いとなると……」

 

「まだ、この街に潜伏している可能性が高いわね」

 

「……どうして警報が発令されていない?また犠牲者が出るぞッ」

 

「兄さん、ここは日本の経済の中心地よ。政府だって無能じゃないけど、今回の封鎖区域だけでもかなりの経済的打撃を被ってるから、これ以上物流に影響を与えるマネはしたくないのよ」

 

千桜は小さく舌打ちする。

 

「チッ……クソ役人どもが、命より金が大事かよ」

 

 夏織が肩を竦める。

 

「仕方ないわ、終戦から14年………地方とかじゃ碌に電気も復旧出来てないって話だし…。資材を運ぼうにも道はボロボロ、直そうとしてもアルギュロスが邪魔をするから、PMCが日夜警護に当たる必要がある………そんなペースで復興作業が進んでる訳だから、時間もお金もバカにならないのよ。いつの時代も文明社会に必要なのは、結局のところ金なのよ」

 

「……そういや東北の難民キャンプじゃ、未だバラック小屋に薪ストーブ焚いてる状態だって、最近のニュースでやってたな」

 

エイリアンの撃退には成功した人類だったが、彼らが地球に解き放ったアルギュロスの軍団は、人類を駆逐するべく進化を続けている。

 

 2025年に勃発したアルギュロス戦争は、エイリアンが直接地球に上陸したのではなく、彼らが開発した完全自律型の無人戦闘兵器------『アルギュロス』との戦いとなった。見惚れるほどに美しく、絶望的なまでの戦闘能力を誇っていた白銀の天使たちは、地球の空に、大地に、海に君臨した直後、史上類を見ない殺戮の嵐を引き起こした。

 

 皮肉な事に、当時は国際間の摩擦・緊張状態によって数々の問題が発生しており、それらが膨大な可燃性ガスとなって世界を満たし、いつ爆発して第三次世界大戦が起きてもおかしくない状況だった。当然、世界各地で軍備増強の動きが見られ、その結果、人類はエイリアンとの戦争を行えるだけの準備が多少なりとも整っていた。人間同士が互いに向け、殺し合う為に増産したミサイルの矛先を、そのままエイリアンに変えただけの話だった。

 

 しかし、人間同士の争いが解決せぬまま行われたマシンとの戦争は、人類の想像より遥かに過酷だった。ロシアやウクライナといった全面戦争の最中にある国は、疲弊している状態で新たな死闘への突入を強いられた。何十億という人命が短期間で噴き飛ばされるように失われ、気付けば人類は断崖の端にまで追い詰められていた。

 

 背水の陣を構えた人類は、決死の反抗作戦を実行。世界各地で個別に実施されたこれらの作戦は、少数精鋭で編成された特殊部隊による敵司令部への直接急襲という大胆な戦術を用いたものだった。

 

 結果、この捨て身とも言える最期の反撃が戦争の転換期となった------。

 

 一番最初に攻撃を成功させたのは、アメリカのロサンゼルスだった。その後、日本、中国、ロシア、ヨーロッパ各国や中東、アフリカの各地において、次々と敵司令部の攻略に成功。それまで敗北が濃厚だった戦争の流れが一気に変わった。

 

「戦争には勝ったけど、地球に残されたアルギュロスの残党はとんでもない数よ。あくまで推定だけど、専門家が言うには『現代の人類の力で殲滅するのは、まず不可能』ってくらいだし……なんなら自我に目覚めてからは、エイリアン側が残した各施設や工場を再稼働させて、今も個体数を増やし続けているわ。しかもその殆どが何処にあるのかさえ分かっていない……何年か前に中国やロシアがミサイルでロングレンジ攻撃を図ったけど、結局ミサイルの無駄遣いで終わったしね」

 

 現在、確認出来ているアルギュロスの生産工場は片手で数える程度だ。そこを殲滅せんばかりに放たれた極音速ミサイルの大半が撃ち落とされている。

 

 エイリアンの司令部を全て破壊し、指揮系統を崩壊させた後は、烏合の衆と化したアルギュロスを簡単に駆逐できると考えていた人類だったが、彼らの進化の速度はこちらの想像を遥かに凌駕していた。司令部の壊滅とエイリアンの完全撤退が確認された直後、見計らった様なタイミングで、アルギュロスのネットワークに新たな指揮系統が構築、各戦線に展開されていた白銀の軍団は驚くほどスムーズに撤退戦を開始--------戦後は世界各地に潜伏し、散発的に小規模なゲリラ戦を行っている。

 

 ゾウが長い年月を掛けて陸の王者となったのに対し、反則的と言えるスピードで高次元の知能を得た彼らの隠れ家を探しだすのは困難だった。規模がデカければデカい程、見つけ易くはなるし、ある程度"当たり"を付けている所もあるが、そういう場所に限って、白銀の最強軍団の巣窟と化している為、今の人類で攻め落としに掛かるのは自殺行為と言えた。

 

「連中のレーザーや荷電粒子砲は、ミサイルなんて容易く叩き落としちまうからな………で、こっちの切り札になるのが、レールガンだったか?元々は敵国の高速ミサイルを落とす為の兵器だったんだろ?」

 

「そうね、戦前はそういうコンセプトで開発されたらしいわ。電力さえあれば弾が尽きない限り幾らでも撃てるし、既存のミサイルや砲弾と違って余計に予算や資源を浪費する事がなくなるもの。その上、長射程・高威力!資源貧乏国の日本にしてみれば正に夢の兵器ね。気合入れて開発されて、結構いい所までいったそうだけど、現在開発されているモデルは、昔のよりもっと大きくて強力だそうよ」

 

パタン---------とパソコンを閉じると、話題を元に戻す。

 

「--------という訳で兄さん、やるべき事は分かってるわね?」

 

 鋭い眼差しを向けられ、それに頷いてみせる。

 

「潜伏しているアルギュロスを見つけ出して、迅速に処理する……だろ?」

 

「えぇ、次の犠牲者が出る前にケリをつけましょう」

 

ひと通り話を終えると、夏織は社長室の隅にある棚まで移動し、その上に置かれていた給湯ポットのスイッチを点ける。棚の中から二つのティーカップと紅茶のバックを取り出し、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めれる。

 

「秘書にやらせないのか?」

 

「月谷さんならもう帰らせたわ。恋人の誕生日を祝うらしいわよ」

 

どこか嬉しそうな顔で手を動かす夏織、昔からお世話になっている人なので、他人事に感じないのだろう。月谷麗寧、千桜より3歳年上の若い女性だ。

 

 夏織は湯気が上るティーカップを二つ、ソーサーに載せて戻ってくる。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 笑顔で差し出されたカップを皿ごと受け取り、小さく息を吹きかけながら、口に付ける。ダージリンのファーストフラッシュだ。マスカットのような華やかな香りが鼻腔に運ばれ、喉を潤す。相変わらず彼女は紅茶の趣味が良い。

 

 夏織は社長机に軽く腰掛けると、ソーサーを持ったまま、優雅な手つきで紅茶を嗜む。こうして見ると、彼女の育ちの良さが窺える。

 

「そう言えば、柚瑠ちゃんはどうしたの?」

 

 カップを載せたソーサーを社長机に置くと、ふと聞いてくる。

 

「帰らせたよ。宿題や課題もあるし、もうすぐ小テストがあるらしいから勉強したいってさ」

 

「ふぅん…」

 

妙な呟きを漏らすと、夏織は机の下から何かを取り出し、机の上に置く。一つは学生鞄、もう一つは小さなスポーツバックだ。

 

「警察から届いた物よ。柚瑠ちゃんの学生鞄と水着の入ったプールバック。軽く中身を確認したけど、全部揃っている筈よ」

 

「お、助かるよ…」

 

残っていた紅茶を飲み干すと、棚に下げる。そのまま柚瑠の荷物を取ろうと近づくと、夏織に手で遮られる。

 

「なんだよ?」

 

「……兄さんが持って帰る気?」

 

「…?当たり前だろ」

 

他に誰が持って行くというのか。胡乱げな眼差しを向けてくる夏織に対し、頭上に疑問符を浮かべる。

 

「コレ、柚瑠ちゃんの水着よ?兄さんなんかに持たせたら、帰る道中で鼻に擦り付けて匂いを嗅いだり、頭に被ったりして、今夜のオカズにするに決まってるわッ」

 

 ウチの社長がとてつもなく下品な事を言い始めた。

 

「兄さんが年下好きなのは知ってるし、私にとっても都合が良いけど、14歳の女の子に欲情するような豚野郎にはさせられないわ。こんな物渡したら、ますます兄さんの変態化が進むもの!」

 

「ねぇよ!つーかこんな所で何言ってんだ!」

 

幾ら防音されているとはいえ、誰か入ってきたら一大事だ。少なくとも自分の評判は地に堕ちる。

 

「そうかしら?昔ならともかく、今のヴァンカードは成長してるし、恋人にしてるリアガードも多いわよ?まぁ、性的なアレやコレをしたら普通に捕まるけど、そんな事してたら国を守るPMCがあっという間にいなくなるから、大抵は黙認されてるわ。兄さんも普通にヤリそう」

 

戦場で互いに生命を預け合うだけじゃなく、リアガードにはヴァンカードの監督義務がある為、同じ屋根の下で暮らす場合が多い。最年長の第一世代ヴァンカードなら14歳になるし、恋仲になるリアガードも最近増えている。中には可愛いヴァンカードとチュッチュする為にリアガードになる者もいる。…そういうのは大抵、名ばかりで役に立たない連中だが。

 

「ウチの会社にもそういう人いるわよ?たまに相棒を妊娠させたり、DVとかになったりしない限り、他所の会社と同じで基本経営陣はノータッチだから」

 

「……そんなにヤバいのかよこの業界」

 

「未成年者を戦場に駆り出してる時点で倫理観なんてとうに死に絶えてるわよ」

 

ぐぅの音も出なかった。確かにV&Rシステムが運用される前から、PMCは受刑者を雇ったりしたし、今でもそういう会社はある。

 

「けどね兄さん、兄さんは私と結婚して、正式な汐崎の後継ぎになって欲しいのよ。私にとってもお父さんにとっても、後継者がロリコンの性犯罪者だなんて………絶対に嫌よ!!」

 

「待てよ!ちょっと待てよ!!なんで俺がロリコン前提で話が進んでんだよッ、お前は俺をなんだと思っていやがるッ!」

 

「そんなもの、欲に穢れた淫獣に決まってるわッ!」

 

「……………」

 

即答された。幼馴染であり妹を勝手に名乗られるくらいには仲が良く、大胆にプロポーズされた相手からロリコンの上、欲に穢れた淫獣と言われた千桜は心に深い傷を負った。

 

「正直、柚瑠ちゃんと同棲させるなんて今でも認められないないわ。義務だから仕方ないとはいえ、このままじゃあの子の純潔が奪われちゃう…!」

 

「……もう少し信用してもいいと思うけどな、主に俺の節操を」

 

「そんなもの、この世の何よりも信用できないじゃない」

 

「………………………」

 

また即答された。傷ついた心がポッキリと折れ、千桜は年甲斐もなく泣きそうになった。

 

 夏織は「ゴホンッ…」と軽く咳払いをすると、偉そうにツンと胸を張る。形の良い大きな胸が上下に小さく揺れる。

 

「つまり、兄さんには法的に問題のない女の子を好きになる必要があるの」

 

夏織はツカツカと社長室の扉の前まで行くと、ドアノブの上に設けられた鍵のつまみを捻り、ガチャリとロックしてしまう。

 

 夏織は千桜の前に立ち、蠱惑的な笑みを浮かべて見上げてくる。赤い瞳が妖艶な輝きを帯び始め、蛇に睨まれた蛙の如く身体が硬直する。

 

「兄の歪んだ性癖を矯正するのも、妹の務めよね?」

 

愉快そうに言うと、夏織は制服のスカートの両端をつまみ、ツツ…と持ち上げ始める。高級な黒いタイツに包まれた細くしなやかな脚が、腿の辺りまで露わになる。

 

「おまッ……何やって…!」

 

千桜が慌てると、夏織はますます楽しそうな表情になる。

 

「どうしたの?そんなに慌てちゃって……もしかして、妹のパンツなんかに興奮するの?」

 

「ば、バカな事言うな!」

 

千桜が手でスカートをはたき落とす。

 

「やだ、兄さんったら強引なんだから…」

 

 不満そうに唇を尖らせる夏織。

 

「別に誰も入ってこれないんだし、いくら叫んでも外には聞こえないわよ」

 

そう言いながら今度は上を脱ぎ始める。学校指定のブレザーを脱ぎ捨てると、リボンタイを外し、ブラウスのボタンにまで手を掛ける。

 

「どうしてまた脱ぐッ?」

 

「言ったじゃない。兄さんの性癖を矯正するって…」

 

あっという間に制服をはだけさせると、可愛らしい菫色のブラジャーが露わになる。スカートも捲られ、タイツ越しにショーツが見せつけられる。

 

「…ッ!ちょ、マジで…!!」

 

 興奮で呼吸が荒くなり、目が血走る。そんな自分の様子を見て、夏織がサディスティックな笑みを浮かべる。少女としての幼さを残しつつも、男を惑わす女の顔をしていた。

 

「妹の下着姿に興奮するなんて…………兄さんのエッチ♪」

 

「ッ…!!」

 

その瞬間、我慢の限界が訪れた。原始的な欲求のままに従い、咲希を社長机に押し倒す。

 

「やッ……ふふ…やっぱり淫獣じゃない…」

 

熱っぽい瞳でこちらを見たまま、夏織が嬉しそうに呟く。そんな物に構わず、千桜は彼女の唇を己の唇で塞ぐ。

 

「ンッ……」

 

柔らかい感触を貪りながら、彼女のタイツに手をかけた。

 

 

 

 

エアコンの換気機能をオンにすると、室内に満たされた淫らな匂いが排出されていく。

 

「んぅ……ン…ちゅッ…」

 

夏織との濃厚なキスを交わしながら、名残り惜しく唇を離す。

 

「ぷはッ…!」

 

覆い被さる自分の頭を撫でながら、夏織は優しく微笑みかける。

 

「そろそろ……帰りましょうか。私、明日も学校あるから」

 

「…そうだな」

 

 彼女の上から退くと、お互いに脱いだ服を着替え直す。チラリと背後を見ると、ブラをつけ直し、ショーツを脚に通した夏織は、ビリビリに破かれたストッキングを見て小さく嘆息する。

 

「兄さんのせいで、タイツのストックが無くなっちゃうわ…」

 

「悪い、それ高いんだろ?」

 

「いいのよ、兄さんが鬼畜なのはいつもの事だし」

 

 ジト目で睨まれる。タイツは諦めたのか、そのままゴミ箱に捨て、お互いに着替え終える。

 

「なぁ…」

 

「ん?」

 

「今更なんだが………こんな関係になっても、責任取れとか言わないのか?」

 

気になって聞いてみる。

 

「そりゃあ……男としての責任は取って欲しいわよ?けど、私の場合は下手に結婚しようものなら、それで兄さんを不幸にしてしまうもの。兄さんが望まぬまま汐崎の家名を継いだとしても、その重圧に兄さんは耐えられる?」

 

「……無理だな」

 

考えるまでもなかった。巨大企業グループを率いる汐崎家の一員になる器なんて、これっぽっちも持っちゃいない。戦争で両親を亡くし、天涯孤独となった自分を受け入れてくれた汐崎家には感謝しているし、寂しさと孤独で押し潰されそうになっていた当時の自分を支えてくれたのは、夏織だっだ。

 

------『私が、ちーちゃんの家族になる!妹になるからッ』

 

あの日、まだ幼い彼女がそう言ってくれた事が、何よりも嬉しかった。彼女が傍に居てくれたから、自分は前を向けたのだ。

 

 同じ屋敷で過ごしていく内に、家族としての絆が芽生える中、小さな恋心を感じる様になっていった。

 

 それは彼女も同じだったのだろう。2年前、まだ自分が自衛隊に在籍していた頃、休暇で帰省した千桜は屋敷に戻り、高校生となっていた夏織を見て息を呑んだ。自身の脳内に記憶されていた頃も綺麗だったが、約1年ぶりに会った彼女の姿は、圧倒される程美しかったからだ。

 

 その日は、親戚の人間を集めて屋敷でパーティーが開かれていた。時間が経つにつれて盛り上がりが収まった頃、夏織の自室で、自分と彼女は二人きりになっていた。パーティーの熱に浮かされたのもあるのだろうが、互いの気持ちを確かめ合った自分たちは、そのまま一線を超えてしまったのだ。

 

「……悪いな…」

 

「別に気にしてないわ、兄さんがいずれ、自分から決心がつくまで、私は待ってるつもりよ」

 

 そう言って夏織は笑顔を見せる。本当に、彼女は強かだと思う。一年前、当時高校二年生だった夏織は、父親からの支援を断り、たった一人で汐崎民間軍事会社を起業し、今では戦闘員、後方要員含めて1000人以上の従業員を抱える大企業のCEOである。そんな幼馴染であり、妹でもあり、婚約者候補でもある彼女を前にすると、自分の弱さが思い知らされる様な気分になる。

 

 自分はいつまで、彼女の強さに甘えるつもりなのだろうか…。孤独を埋めて欲しいだけの、虚なままの自分に、一体何が出来るのだろうか。

 

 もしかしたら、ここ(PMC)なら何か見つかるかもしれない。

 

「そう言えば、柚瑠ちゃんとペアを組んでからもう一年経つのよね。早い物だわ」

 

「そうだな、アイツと出会えたから、こうして仕事に貢献できる訳だが…」

 

そこまで言って、千桜は口を閉ざす。何か思い詰めた様な顔になった。

 

「……やっぱり、戦わせたくない?」

 

夏織がこちらの顔を覗き込んでくる。

 

「最近、柚瑠ちゃんを連れず一人で戦ってるでしょ?今日だってそう…」

 

やはり、雇い主である彼女には把握されていた様だ。

 

「気持ちは分かるけど、そんな戦い方していたら……死ぬわよ?」

 

夏織の目が剣呑な輝きを帯び始める。ピリピリとした空気が僅かに漂い始めた。ヴァンガードと違って、普通の人間であるリアガードのスタンドアローンではすぐに限界が訪れるし、下手を打てば死に直結する。

 

「…無茶はしねぇよ。俺だって、必要ならアイツを呼ぶ。けど、なるべくなら------」

 

「あの子の時間を大切にしたい?」

 

 千春は頷く。

 

「アイツ、前の学校じゃ色々あったからな………今は友達も出来たし、自身の出生で責められる事もない。毎日、学校生活の話を楽しそうにしてくるんだよ。これなら最初から、双柳を選んでおくんだった…」

 

「そう言って貰えると、私も勧めた甲斐があったわ。私たちの学校にもヴァンガードは多いし、彼女みたいな子を受け入れやすい環境だと思ったけど、正解だったみたいね」

 

「あぁ、お前の人を見る目は確かだよ」

 

腕時計を見ると、夜の8時を過ぎていた。そろそろ帰り支度を済まさなくては。

 

「あぁ、そうだわ兄さん」

 

 社長室から出ようとした所を制止される。

 

「兄さんがどの女に手を出そうと自由だけど、私の気持ちを知っておきながら、他の女に心を奪われよう物なら……股間のソレを斬り落とすから♪」

 

ニコリと素敵な笑顔を見せながら言われる。強かなのはともかく、おてんばにしては少々物騒な事を言うお嬢様スマイルに、千桜は背中に寒い物を感じながら社長室を後にした。

 

 

 

 

 

渋谷区内の双柳町にある住宅地の一角に、そこそこ大きい集合住宅がある。そこの10階が千桜と柚瑠の家だ。

 

 『107号室』と刻印されプレートのある鉄扉を前に、鍵を開けて中に入る。玄関には柚瑠のローファーと、彼女の私物であるスニーカーやお洒落な編み上げ靴が整頓と並べられていた。

 

 今一度、玄関の戸締りを確認し、リビングの扉を開ける。

 

「おかえりー」

 

間延びした声が聞こえる。明るいオレンジ色の短パンと白いTシャツに着替えた柚瑠がテレビを見ながら顔だけをこちらに向けてくる。ラフな格好は彼女の寝巻き姿だ。ポニーテールは肩の辺りで下ろされている。

 

「遅かったね、大丈夫だった?」

 

「あ、あぁ…」

 

少し挙動不審な返事を返してしまう。自分の様子がおかしい事に、柚瑠は眉を顰めた。

 

「何かあったの?」

 

「い、いや別に……そうだ!コレ、お前の荷物だ。警察から届いてたから持ってきてやったぞ」

 

「おー、ありがとう」

 

結局、なんだかんだあったが、柚瑠の荷物は自分が持ってくる事になった。学生鞄とプールバックをリビングの隅に置くと、柚瑠から疑いの眼差しを向けられたまま洗面所に向かう。

 

 手洗いとうがいを済ますと、洗濯カゴから衣服をポイポイと洗濯機へ放り込んでいく。中には柚瑠の下着もあり、つい目に留まったが気にしないフリをして放り込み、ジェルボールの洗剤を入れて扉を閉めると、スタートボタンを押した。

 

 ゴウンゴウン…と音を鳴らしながら回るドラム式洗濯機を横目に、風呂に入るべく服を脱ごうとした瞬間------。

 

------ドゴンッ!

 

 物凄い音を立てて、脱衣所の横開きドアが開かれる。乱入者は柚瑠だった。

 

「お、おい何だよ急にッ…」

 

抗議の声を無視して、そのまま半裸の千桜に近づくと、いきなり抱きついてきた。

 

「ちょッ…!?」

 

「スー……ハー……」

 

胸板に顔をスリスリさせながら、シャツ越しに匂いを嗅いでくる。しばらくそうしてると、ビクッと身体を震わせて顔を上げる。

 

「女の匂いがする……」

 

「え…?」

 

「男の匂いもする……」

 

「ま、まぁ男だしな…」

 

「精液の匂いもする……」

 

「………」

 

「愛液の匂いもする……」

 

「……………」

 

「夏織ちゃんとえっちな事したでしょ!一体どこに何をぶちまけてきたの!?」

 

 全て見抜かれていた。眦を釣り上げて睨んでくる。千桜の肩を小さな両手で掴み、揺さぶってくる。

 

「童貞じゃないってのは知ってたけど………まさか夏織ちゃんとするなんて〜…!!」

 

「いや、俺の初体験もアイツが相手だぞ」

 

千桜は余計な事を言った。セミロングの髪を振り乱しながらますます怒られる。

 

「この変態!妹に手を出すなんてッ……!」

 

「いや、厳密には違うんだが……」

 

その様に諭すが、すでに聞く耳を持たなくなっていた柚瑠はプルプルと身体を震わせて俯くと……。

 

「もういい!こうなったら力づくでも犯すッ」

 

とんでもない事を口走りながら、柚瑠は目を蒼く光らせ、ヴァンガードの力を解放する。

 

「な、何を……おわッ!」

 

凄まじい力で腕を引っ張られてどこかへと連れて行かれる。柚瑠は寝室の前まで辿り着くと、乱暴にドアを開け放つ。

 

「ていッ」

 

「ぐぇ!」

 

ベッドの上に放り投げられ、潰された蟾蜍みたいな声を漏らすと、その上に柚瑠が跨ってくる。

 

「水着で誘惑する作戦だったけど……変態にはやっぱり直球な方がいい!」

 

何か覚悟を決めた顔でこちらを見下ろしてくる。

 

「な、何言って……んむッ…!?」

 

「ン…!」

 

柚瑠がキスをしてきた。押し付ける様な乱暴なキスだが、甘い香りと柔らかい唇の味が伝わってくる。脳が痺れてくると、そのまま身を任せて没頭する。

 

「んッ……んむぅ……ハッ…!」

 

唇を離すと、カチャカチャと千桜のズボンのベルトを外し、下着ごとズボンをずり下ろしてくる。

 

「……なんだ、少し勃ってんじゃん…」

 

はにかみながら、熱っぽい眼差しで自分の下腹部を凝視してくる柚瑠、頬が紅潮し、ハァ…ハァ…と胸を上下させている。

 

「僕の身体でも興奮してくれるんだ?」

 

「……悪いかよ」

 

少し開き直ってみる。柚瑠はキレイだ。ここ最近は視線のやり場に困っていたし、欲望の捌け口にしそうになり、理性を総動員してなんとか堪えている状態であった。

 

「ううん、嬉しい。けど今まで「ガキの身体なんて興味ない」って言ってたし、この前も足蹴にされたけど………あれはウソだったの?」

 

「……興奮するなんて言えるか」

 

「アハハ、まぁ…流石にそれはちょっと気持ち悪いしね。けど…」

 

柚瑠は身体の上に覆い被さってくる。彼女の整った顔が目の前に迫る。

 

「今日は……僕の全部を食べて?」

 

 耳元で囁かれ、理性が蒸発する。柚瑠を抱き締めながら持ち上げると、今度は自分が彼女を押し倒す。

 

「ひゃ…!?」

 

柚瑠の口から小さく息を呑む声が漏れる。彼女の白いTシャツをブラごとたくし上げ、胸を露出させる。小振りだが張りのある美乳がプルンッと跳ねる。オレンジの短パンもショーツごと脱がして下半身を剥く。月明かりに照らされた彼女の健康的な肌が視界に飛び込んでくる。

 

「み、見すぎだよ…」

 

顔を羞恥で赤らめながらそんな事を言ってくる。表情を隠そうとする両腕を掴み、そのまま覆い被さる。首筋を舐めると、甘酸っぱい味がする。男の理性を殺す猛毒の味だ。

 

「や、やぁ……!」

 

いやいやと首を振る柚瑠を押さえつけて、閉じられた両脚をこじ開け密着する。

 

「柚瑠……言っとくが、もう止められないぞ。お前が誘惑したんだからな?」

 

「ん……」

 

 小さくコクリ…と頷くと、柚瑠はそのまま目を閉じる。千桜は息を吐き出し、ゆっくり深く息を吸うと、腰に力を入れて押し込んだ。

 

 14歳の身体と交わる中、夏織が言っていた言葉を思い出す。彼女が言う『豚野郎』になってしまった事に一瞬苦い思いを感じるが、野獣と化した今の千桜には、目の前の肉しか見えてなかった。

 

 避妊なんてしていない。コンドームなんて買って帰れば、いかがわしい事する気満々と言ってるようなものだ。その気なんてなかったのに、柚瑠の誘惑に膝を屈した青年は、その他大勢のリアガードと同様に、自分の相棒と身体を重ねた-------。

 

 

 

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