ヴァンガード・ザ・ウロヴォロス【再誕の先駆者】   作:唯尊

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第三話 受け入れてくれる者

 

 朝の寒気に身体が震え、意識が覚醒する。昨夜カーテンを閉めぬまま就寝した事で、窓から開放的に日差しが入り込んでくる。

 

「ん…」

 

心地のいい体温を肌で感じると、可愛らしい天使の寝顔が目の前にあった。

 

「すぅ……すぅ…」

 

規則的に小さく息を吸う音が耳元で囁かれる。一糸纏わぬ姿の柚瑠が自分と共に毛布に包まっていた。お互いに密着し、肌と肌を重ねているが、薄手の毛布の中は少し寒い。彼女の身体に両手を回し、やや強めに抱き締める。

 

「んあ……!」

 

可愛らしい声が口から漏れる。僅かに身を捩るが、嫌がる様子はなく身を委ねられる。自分の上に覆い被さる少女の体温と甘酸っぱい香りを味わいながら、彼女の額に軽くキスをする。

 

「んぅ……?」

 

チュッ……と音がすると同時に、柚瑠が目を覚ました。寝惚け眼のままこちらを見ると、そのまま顔を近づけ唇を奪ってくる。

 

「ん……ちゅッ…」

 

朝だというのに舌を絡め合い、お互いを夢中で貪る中、ベッドの傍に置かれていた千桜の携帯端末が目覚ましのアラームを鳴らす。

 

 唇を離すと、千桜は携帯を手に取りアラームを止める。時刻は6時半だった。

 

「今日も学校だよな…?」

 

「うん……そろそろ起きないとね…」

 

眠そうな目を少し擦りながらむくりと起き上がる柚瑠。身に纏っていた毛布がハラリ…と落ち、「うーん…!」と伸びをする柚瑠の美しい肢体が露わになる。水泳と剣で鍛えられた引き締まった身体付きだ。細い手足には柔らかい筋肉が付いており、薄っすらと割れた腹筋はしなやかで艶かしく見える。身体の下から上に視線がいくにつれて、柚瑠の胸の膨らみに目が留まる。

 

「……何?」

 

「胸……大きくなったな…」

 

柚瑠は目をパチクリとさせると、バッと両腕で胸元をガードするように隠す。

 

「へ、変態!中学生にそんな事言う!?」

 

顔を真っ赤にしながら睨みつけてくる。

 

「俺を二度も襲った変態中学生に言われたくねぇよ」

 

「うッ…」

 

柚瑠が呻めいて視線を逸らす。

 

「その辺の女子高生より大きいよな?バスト何センチ?」

 

「は、86……って、何言わせんのッ」

 

 デリカシーゼロの発言に再び赤面する。

 

---------確か夏織が88cmだったか、もう何年かしたらさらに成長してそうだ。

 

「……今、他の女の事考えたでしょ」

 

将来の更なるプロポーション向上に期待する中、蔑むような視線を向けてくる。

 

「あのなぁ……俺だって男なんだ。性欲だって溜まるしいつ死ぬか分からない仕事に就いてんだ。エロい女に迫られたら色々ヤりたくもなるし、去年よりスタイル良くなった美少女に二度も誘われたんだぞ?ぶっちゃけ一回目の時も欲望に負けそうになったしな」

 

「うわー開き直るんだ。最低ー」

 

ジト目で罵倒してくる柚瑠。だが、本気で責めている感じはしなかった。どこか慣れた感じの呆れたような反応だ。

 

「まぁ、でも……お前の処女を貰えた事は嬉しいよ。大切にする」

 

「よく言うよ。節操なしの女好きで下半身の事しか頭にない変態のくせに」

 

 拗ねたように唇を尖らせる柚瑠。

 

「そうだな。エロい中学生に手を出す変態と、そいつを誘惑する変態中学生の相棒(デュオ)………お似合いの関係だろ?」

 

おどけた調子で言うと、クスッ…と苦笑される。

 

「そうだね。変態同士のお似合いカップルだね?僕たち」

 

可笑しそうに笑い合っていると、やがて柚瑠が立ち上がる。

 

「さ〜てと、千桜にあちこち舐められたり吸われたりしたから、お風呂入ろ〜」

 

「あ、俺も入るよ。昨日結局入り損ねたし…」

 

後をついて行くと、途中で止まった柚瑠がクルリと振り返る。

 

「…なんかおっきくなってるけど」

 

彼女の視線は、千桜の下腹部に注がれていた。

 

「……昨日あんなにしたのに、もう復活したんだ?絶倫だね……」

 

少し驚いたような、呆れたような溜息を吐かれた。

 

「悪い、風呂でも頼めるか?」

 

「…いーよ。やっと身体の距離が縮まったんだもん。このまま逃すわけにはいかないよ」

 

千桜の寝室に脱ぎ散らかされた衣服を回収し、二人は浴室へと入って行った。

 

 

 

 

 柚瑠がドライヤーで髪を乾かし終えると、制服姿に着替えてリビングに戻る。ベーコンが焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「朝飯できてるぞ。冷めない内に食え」

 

「はーい」

 

テーブルに並べられた皿には、トーストとベーコンエッグ、付け合わせのミニトマトが盛られていた。バターを塗って焼かれたトーストは口に運ぶとサクサクとした食感が楽しめる。シナモンシュガーのパウダーがかけられているのか、ほんのりとした甘さを舌が感じ取る。

 

「あ、この味…」

 

「俺はあまりパンとか食わないからな……変な味しないか?」

 

 慣れないパンの味付けに少し不安だったが、柚瑠は首を横に振る。

 

「そんな事ないよッ。この味、すごく好き!」.

 

 美味しそうに食べてる柚瑠を見た限り、思ったより好評のようだ。

 

 自分も朝のコーヒーを注いだマグカップを手に着席し、リモコンを操作してテレビを点ける。チャンネルを朝のニュースに切り替えると、見慣れた顔の司会者が映る。

 

『-----------昨年12月、史上最年少で全日本王者に輝いた志熊理雄選手ですが、今月、所属する公立美篶森(みすずもり)高校並びに高体連から選手引退の旨が発表され、業界関係者は驚きの声に包まれています』

 

どうやらスポーツの時間が報じられているらしい。昨年の全日本空手道選手権大会を史上最年少の17歳3ヶ月で優勝した選手を紹介していた。

 

『志熊選手は、中学国内タイトルの全てにおいて優勝を飾り、『空間の支配者』としてその名を轟かせていましたが、高校進学後は公式試合には姿を見せず、しばし行方をくらませていましたが------』

 

画面が切り替わり、試合映像が流される。長身の少年が相手選手を圧倒しているが、突き・蹴りが速すぎて動きが見えない上、相手の攻撃を全て躱し…弾き…捌き……最後には地面に転がしている。

 

 ダイジェスト映像でも分かる。殆どの試合が志熊という少年の驚異的な強さで一方的な戦いとなっている。どう見ても高校生のレベルではない。

 

「すごいねあの人……夏織ちゃんよりも強いかな?」

 

食事の手が止まり、ついテレビに夢中になる柚瑠がそんな事を呟く。トリッキーかつアグレッシブな動きで相手を面白いように刈り倒していく様は、反撃される隙を一切見せない究極の攻撃姿勢だった。

 

「確かに凄まじいが……夏織は蒼部式合気術の免許皆伝だ。素手で立ち向かったら流石に苦戦するだろ…」

 

単純な徒手格闘なら、自分でも夏織には負ける。ただのヤワなお嬢様ではないのが彼女の魅力の一つではあるが、その素質は紛れもなく本物だ。彼女が経営者ではなく戦闘員の道を選び、本格的な戦闘訓練を積んでいたら、自分など足元にも及ばないだろう。

 

 だが……柚瑠には「苦戦する」などと言ったが、あの志熊理雄ならもしかしたら------------。

 

「…?珍しいね。千桜が『勝つ』とか『負ける』とか断言しないなんて」

 

「あいつの強さは格闘業界でも有名だったからな……俺も何度か聞いた事あるよ。『中学国内タイトル総ナメの絶対王者』とか、『オリンピックや世界選手権が復活したら間違いなく優勝する男』とか………中学時代の試合映像を見た事があるが、その時点でとんでもなく強かったからな…」

 

アルギュロス戦争の影響で、どこの国も組織も国際大会を開催するだけの体力を失った現代において、世界の頂点を目指すトップアスリート達の活躍の場は激減した。アルギュロスの脅威もある中、海外に渡航するのも命がけという状況でスポーツに取り組める人間は減少しつつある。彼らを支援しようにも、余力なんて物はどこにもなかった。

 

 それでも、諦めずに血の滲むような努力を積み重ねて国内タイトルを制覇する志熊のような人間はいる。彼が高校に進学したら、それこそ日本中が盛り上がるだろうと期待されていたのだが…。

 

「あいつは高校進学後、公式試合にまったく出なくなったんだ。全国どころか、県や地区レベルの大会にも姿を見せなくなった……」

 

「え……何それッ?」

 

柚瑠は驚きつつ疑問符を浮かべるが、千桜はゆるく首を横に振る。

 

「さぁな………噂じゃ『放火で実家を焼かれた』とか『テロに巻き込まれた』とか……色々あるが、真相は誰も知らない」

 

 どのみち、彼の姿を見るのはこれが2年ぶりだ。空手を続けていた事にも驚きだが、まさか高校生の身で体重無差別の全日本選手権で優勝してるとは思わなかった。

 

「それにしても、高3ならあと一年ある筈なのに……いきなり復活したと思ったらまた急に消えるってどういう事だ?」

 

「受験勉強とかじゃないの?」

 

「それにしては早すぎるだろ。それに大学進学するなら空手の推薦で余裕だろうし…」

 

要領を得ない感じで首を捻りながらテレビに視線を戻す。映し出される志熊の試合映像を見る限り、今の彼は、中学時代の頃と比べて別次元の強さを誇っていた。

 

 映像の中の志熊は、自分の記憶にある姿と大差ない。身長は昔よりも伸びているし、筋肉の量も格段に増えているが、全体的に線の細い体型と女性的と言えるくらい整った顔、黒曜石の瞳と若干癖毛気味の黒髪は変わっていない。

 

 だが………雰囲気は随分と変わっていた。鬼気森然とした彼の瞳はまるで、虚空に潜む百怪魑魅を引き裂かんばかりに炯々と輝いていた。最初に見た頃は、どこか険のある雰囲気の少年だった筈だ。

 

 一体、彼に何があったのだろうか……。

 

「それより千桜、今日は何か予定とかあるの?」

 

考えに耽っていると、牛乳の入ったコップを手にした柚瑠から声をかけられる。

 

「昨日見つからなかったアルギュロスがいたろ?アイツを探し出して潰す為のヒントが必要だ。先輩の研究室に行くよ」

 

「……へぇ」

 

 柚瑠はコップをテーブルの上に置いてニコリと笑みを浮かべる。

 

「千桜が食った女の一人だよね?あの人」

 

 目が笑っていなかった。

 

「今もセフレの一人なんだっけ?狭くて二人きりのラボで変な事する気でしょ。変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態変態------」

 

どこまで変態なんだよ俺は。

 

「そんな事しに行くんじゃない」

 

「嘘」

 

「嘘じゃねぇ、あの人若いけどアルギュロスの貴重な専門家の一人なんだぞ。この辺じゃ他にいねぇよ」

 

「ふ〜ん……ま、いいや。ご馳走様」

 

そう言って台所に皿を下げに席を立つ。

 

「…そうだ、今日は送ってやるよ。同じ道……っていうか隣だしな」

 

「え、いいの?」

 

「あぁ」

 

千桜も朝食を済ませ立ち上がる。

 

 自室からヘルメットを取って玄関に向かうと、色違いの同じメーカーのメットを持った柚瑠と共にエレベーターで地下の駐車場に降りた。一番隅に置かれたアドベンチャーバイクの元まで行くと、跨ってエンジンをかける。スズキのVストローム250(2019年モデル)だ。総排気量250ccクラスで車体が大きい事からタンデムしやすく安定した走りをする。燃費が良く長距離のツーリングも可能な為、仕事の足にも使える。

 

「いいか?」

 

「うん」

 

互いにヘルメットを被ったのを確認すると、エンジンを噴かして発進。柚瑠が背中にしっかり掴まるのを感じながら、地上の出口から公道に入った。

 

「そういやお前、身体の方は大丈夫なのか?」

 

走行中にそんな事を聞く。

 

「うん……昨日は血とか出たしすごい痛かったけど、すぐに治ったから平気」

 

 背後から抱きしめられ、胸の柔らかな膨らみを堪能しながら風を切り裂き春の街を駆けていく。

 

 途中、赤信号で止まると、今度は柚瑠から話してくる。

 

「ねぇ……千桜は、誰かと付き合いたいとか、誰かを本気で好きになった事ある?」

 

重い響きの質問に思わずギョッとする。

 

「な、なんだよ急に?」

 

「千桜ってさ、女の子とセックスしたいとかは考えていても、その人と将来を共にしたいって思った事……ないんじゃない?」

 

「……俺はお前や夏織を大事にしている」

 

「それは知ってる。けど身体の関係以上にはならないでしょ?僕や夏織ちゃん……他の女の子がどれだけ千桜に近づけたと思っていても、千桜の心とは一定の距離がある…」

 

「…………」

 

沈黙が続く中、不意に信号が青になり、前の軽トラが走り始め、自分もそれに続く。

 

「急かす気はないけど……ちゃんと考えてね?僕の事も……夏織ちゃん達の事も…」

 

「…あぁ」

 

ようやく気温が上がり、街路樹の桜が満開になった双柳町の景色は鮮やか色彩を放っていた。優しく包み込む春の匂いと、肌を冷たく突き刺すバイクの向かい風を感じながら、千桜は速度を上げた。

 

 

 

 

国立双柳大附属中学の校門前に着くと、柚瑠は脱いだヘルメットをこちらに預けてくる。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「頑張れよ」

 

短い一言で見送ろうとすると、背後から近づく軽快な足音が聞こえる。

 

「柚瑠ちゃ〜ん!」

 

振り向くと、長い黒髪を両サイドで三つ編みにした少女が手を振りながら駆けてくる。歳は柚瑠と同じくらいに見えるが、クラスメイトだろうか。

 

「おはよう!紗羅ちゃん」

 

「おはよう!…あ、もしかして……柚瑠ちゃんのお兄さんですか?リアガードの」

 

紗羅と呼ばれた少女はまず柚瑠に笑顔で挨拶すると、こちらの存在に気づき顔を向けてくる。屈託のない眩しい笑顔は、彼女の心の広さのような寛大さを感じた。

 

「兄じゃねぇけど……まぁ、コイツとペアを組んでるリアガードだよ」

 

 コイツ呼ばわりされた事が不満なのか、柚瑠が不機嫌そうな顔になる。

 

「やっぱり!柚瑠ちゃんから聞いていたんです。怖いけど優しくて頼りになるお兄さんがいるって、確かにおっきくて強そうです!」

 

「お、おぅ…」

 

柚瑠もそうだが、この子も負けず劣らず明るいな……と思いながら、彼女の輝く雰囲気に少し圧倒される。

 

「私、古戦場火紗羅(こせんじょうびさら)って言います!柚瑠ちゃんのクラスメイト兼親友です。よろしくお願いしますッ」

 

バッと手を差し出されたので、そのまま握手をする。

 

「蟇田千桜だ」

 

------『古戦場火』……確か鬼火の一種だったか。

 

 明るく可愛らしい雰囲気とは真逆の物騒な苗字の少女を見て、千桜は不思議な気分になる。いくら双柳の校風が寛容な物とはいえ、PMCは職業柄『戦闘狂』だの『犯罪者の隠れ蓑』だのといったイメージを持たれているし、それは一部事実を含んでいる。実際に武器を携えたリアガードが教育機関たる学校に近づけば、高い確率で通報される。

 

 ここの学校自体はヴァンガードを受け入れている事から、リアガードである自分が極端に拒絶される事は今までなかったが、通っている生徒やその保護者全員がPMCに対して好感を持っている訳ではないし、どちらかと言えば、恐怖を感じられている。

 

 これは至極当然の反応だ。自分達が扱っている銃火器は、アルギュロスだけでなく、人間や動物といったあらゆる生命を殺傷できる兵器なのだ。自分が今腰のベルトに挟んでいるVP9拳銃も、その一つであり、怖がらない方がどうかしている。

 

 故に、こうして物怖じせずに自分のような人種と接している彼女は、珍しい存在だった。

 

「柚瑠が世話になってるよ」

 

「いえいえ、こちらこそ!昨日も柚瑠ちゃんに助けてもらったばかりですし」

 

「昨日…?」

 

首を傾げる自分に柚瑠がヒソヒソと耳打ちしてくる。

 

「ホラ…昨日の『レーテー』の話、下校中に襲われた時、一緒に居たクラスメイトを逃したんだけど、その子が紗羅ちゃんなの」

 

「あぁ、なるほど…」

 

千桜が納得した様子を見せると、柚瑠は紗羅と向き直る。

 

「あの後連絡したけど……大丈夫そうだね。やっぱり元気な姿を見た方が僕も安心するよ」.

 

「うん!柚瑠ちゃんのおかげで今日も元気だよ。私!」

 

互いに嬉しそうな表情を見せ合う二人を見て、千桜はふと確信する。さらのような人間が居てくれるおかげで、柚瑠はこうして笑っていられるのだと。

 

 ……昔の彼女からは、考えられなかった。

 

「じゃあ、僕達は行くね?千桜」

 

「失礼します!」

 

「ん…」

 

柚瑠は軽く手を振り、沙羅は礼儀正しく頭を下げて校舎へと向かう。

 

「ねぇ……もしかして昨日…」

 

「……うん」

 

「やっぱり!顔付きが子供から女の顔になってるよ」

 

「そうかな…?まぁ、かなり痛かったけど……沙羅ちゃんはどうだったの?」

 

「私も同じかな〜……けど、後悔はしてないよ。好きな人に捧げられたんだもん」

 

 学生鞄を提げた2人の少女の背中を見送りながら、千桜は隣にある双柳大学を目指し、エンジンを再始動した。

 

 

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