ヴァンガード・ザ・ウロヴォロス【再誕の先駆者】   作:唯尊

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第四話 史上最低の人工知能

 

 国立双柳大学の敷地面積は、隣にある附属中・高等学校と比べて圧倒的に広く、両校舎とグラウンドを合わせても余裕で身勝る。

 

 敷地内には、文芸部や法学部が使う『人文・社会科学総合教育研究棟』や、薬学部が利用する『臨床講義室』などの各施設が見られる。大学のキャンパス入り口付近にある駐車場に、乗っていたバイクを停めると、校有地へと入っていく。

 

 小規模ながら研究林や農場に周囲を囲まれた舗装路を、道なりに真っ直ぐ歩いて10分程すると、4階建の白い外壁が目立つ建物にぶつかる。『工学部機械知能工学科研究棟』と書かれたプレートを見て、入り口へと入っていく。

 

 既に顔パスとなっている為、管理室の受付前を素通りすると、エレベーターに乗って4階を目指す。

 

 戦後に改修工事を受けた為か、エレベーターのカゴはスムーズに上へと登っていく。

 

 目的の階に到着すると、掃き清められた廊下を通り、その最中に白衣を着た学生とすれ違う。189cmの自分より二回りは小さい男子学生は、こちらの顔を見上げた後、表情を青褪めさせる。

 

 挨拶しようと口を開きかけたが、その前に風の勢いで背後に走り去ってしまう。

 

 腰のベルトの後ろ辺りに挟んだ拳銃を見られた訳でもないのに、あんなにビビリ散らかす必要があるのだろうか?

 

 礼儀を欠いた行動にたしょ不愉快な気分になりつつ、目的の『第二研究室』の扉前に辿り着く。

 

 この先にいる人物は、自分が高校在学時から世話になっている人だが、『親しき仲にも礼儀あり』なので、キチンと4回ノックする。

 

「開いてるわよ」

 

 扉の向こうから若い女性の声が聞こえてくる。「失礼します」と一言置くと、ドアノブを回して入室する。

 

 中に入った瞬間、少し冷んやりとした空気に歓迎されるが、半袖白Tシャツの上にシルバーのバイク用メッシュジャケットを来ている為、さほど寒くはない。

 

 まだ朝方だからか、出入りする学生などは見られない。"彼女"はこの研究室の奥にある仮眠室で一夜を越す事も多く、一日の大半をここで過ごすのだが、肝心の本人の姿が見当たらない。

 

 周囲を見渡すと、各所に高性能PCや3Dプリンター等が並んでおり、部屋の隅には作業スペースに加え、その上に開発中の試作ロボットが置かれていた。傍には制作用ツールの多様な工具が散らばっている。

 

 作業机に近づいて見ると、全高30cm程度のヒューマノイド型ロボットだった。未完成の状態だが、人間の骨格を模したフレームには自然と興味を惹かれて、つい直近で観察してしまう。

 

 軽量で高強度なアルミニウム合金や炭素繊維強化複合材(CFRP)を用いており、関節部には高精度を要求されるトルクサーボモジュールが取り付けられている。外装のシリコンゴムで覆われていない剥き出しのフレームからは、鈍い銀色の金属光沢が放たれていた。それは正に、自分たち人類にとって最も忌まわしい、アルギュロスの放つ光とよく似ていた------。

 

「ち〜〜はるッ♪」

 

「うぉッ」

 

 突然、後ろから抱きつかれ、驚愕の声を漏らす。

 

「久しぶりね。そっちから会いに来てくれるなんて」

 

「…そういや、柚瑠の進級以来でしたね。先輩」

 

視線だけを背後に向けると、エアリーブルーの瞳とぶつかった。ナチュラルブロンドの髪をウェーブの掛かった長めのショートヘアにしており、黒のタイトスカートと純白のブラウスの上にはサイズの大きい白衣を着ている。長い睫毛と綺麗な鼻筋、20代前半の白人女性で、モデル顔負けの凄まじい美人だった。

 

「なによ、もっと顔出してくれてもよかったじゃない」

 

唇を尖らせ不満そうな顔をされる。

 

「たまにメール送ってるじゃないですか」

 

「直接顔を見たいのよ。後輩の元気な姿をね」

 

そう言って身体に回されていた両手を解いて離れていく。千桜は女の方に身体を向かせると、改めてその姿を確認する。

 

 エヴィリン・R・スタインカンプ。この第二研究室の室長であり、イギリス人のロボット工学者にしてアルギュロス研究者。年齢は千桜と一つしか離れていないが、海外の大学を飛び級で卒業した天才児である。

 

 度を越したメカオタであり、時間さえあればここに籠り、アルギュロスの研究の他、ロボットやコンピュータ等の機械弄りに勤しんでいる為、校内からは変人扱いされながらも、その卓越した美貌と高いIQを持つが故に、密かな人気があったりもする。

 

 政府から嘱託でアルギュロスの解析も依頼されており、千桜の高校時代の先輩でもある。

 

「そのロボット、気に入った?」

 

少し楽しそうな様子で、先程まで観察していたヒューマノイドを指す。

 

「先輩の作品ですか?」

 

「このラボに通う学生のよ。ま、私も色々とアドバイスさせてもらったけどね。あ、見るのはいいけど、まだ完成してないんだから、絶対に触らないでね」

 

そう言って、エヴィリンは近くにあるデスクのオフィスチェアへと座る。普段から彼女が占有する指定席であり、座り心地の良いクッション付きの椅子の上で脚を組む。

 

「私の作品はコッチよ」

 

 机の上に置かれたデスクトップパソコンのキーボードを操作する。ついさっきまで使用されていたのか、電源が点いたままとなっており、モニター画面に16歳くらいの少女のアバターが現れる。雪の精霊を模したかのような純白の髪と肌、やや丈の短いスカートドレスは淡い水色を放っており、足元には氷を連想させるクリスタルのヒールを履いている。幻想的な白銀の瞳はこちらを一点に見つめていた。

 

「コレは……AIですか?」

 

「そうよ、三徹して今日の朝3時にようやく完成させたの。おかげで寝不足だけどね」

 

ふぁ〜…と小さく欠伸をするエヴィリン、よく見ると、彼女の目の下には隈があった。

 

「三徹して出来上がるモンなんですか?AIって」

 

「そんな訳ないじゃない。まぁ、データ基盤と環境構築にはそこまで苦労しなかったけど、やっぱりコア技術の選定と設定が肝心なのよね……最適な思考と行動を学習させるアルゴリズムを設計するには、とにかく試行錯誤するしかないから…」

 

 嘆息気味に話すエヴィリンだが、たった一人でそこまでのプロトコルをこなしている時点で、彼女が凡庸な人間のソレとは程遠く、規格外の頭脳を持っている事は明らかだった。

 

「この子は私が生んだプロトタイプ汎用人工知能(AGI)--------通称"ヘラ"よ」

 

備え付けられたスピーカーをオンにすると、画面に向かって話しかける。

 

「ヘラ、聞こえてる?」

 

『ハイ、エヴィ様』

 

 やや高めの、それでいて落ち着いた声が聞こえてくる。機械特有の平坦な響きが感じられず、限りなく人間に近い感情の抑揚があった。アバターの表情を見てみると、微笑を浮かべながら口を動かしているのが確認出来た。人間離れしたクリアな美声に、思わず驚いてしまう。

 

「どう?」

 

「何というか……見た目も声も綺麗過ぎて、正直圧倒されてます」

 

「ふふ、ありがと」

 

求めていた感想に満足したのか、嬉しそうに笑うエヴィリン。大人びた美しさが目立つが、やはりこういう純粋な笑顔の方が、個人的には一番可愛く思える。

 

 因みに、『エヴィ』というのはエヴィリンの愛称である。高校時代、自分も彼女からその愛称で呼ぶ様に言われているのだが、ただでさえ美人で目立ちまくるエヴィリンに対し、校内で人目に晒される中、親しげなニュアンスで『エヴィ』などと呼んだ暁には、自分は周囲の男子生徒から呪い殺されんばかりの怨嗟を浴びる羽目になるので、『先輩』呼びで勘弁して貰っている。

 

「"ヘラ"って確か、ギリシャ神話に出てくる女神の一人でしたっけ?"ヘーラー"の別名だった様な…」

 

「あら、よく知ってるわね」

 

「まぁ、昔から読書が好きでしたから………にしても、本当に綺麗な声ですよね。全盛期の『ボーカロイド』とかもこんな感じだったのかな…」

 

何気なくそんな事を呟くと、エヴィリンが首を傾げる。

 

「ボーカロイド?何それ?」

 

「昔、日本で開発された音声合成ソフトだそうです。曲を作って、バーチャルシンガー達に歌わせるとかなんとか………戦前の頃、"初音ミク"ってのが大人気だったそうですよ」

 

「へ〜……」

 

少し興味ありげに呟く。

 

「まぁ、戦時中に開発・運営元が消滅した上に、活躍していた"ボカロP"とか言うクリエイター勢も軒並み死んだか行方不明らしいですから、最近じゃ滅多に聞きませんけど…」

 

肩を竦めながら千桜は答える。あの戦争で事業の継続が困難になり、倒産した企業なんて数え切れない。また、撤退した法人の多くは、戦後の低迷期において回復を果たせず、最終的には解散に追い込まれているのだが、その際、行政機関の麻痺により、粗雑な解散手続きが全国で多発。結果、過去14年分の追徴課税が発生するという悲惨な事態を招いている。現在も国を相手に租税争訟が続いているらしい。

 

 2039年現在において、ボカロの存在と歴史を知る者は少ない。柚瑠のような戦後生まれの世代は勿論の事、他の若者の間でも『初音ミク』や『KAITO』といった名前が話題に出る事は殆どない様子だ。

 

 まぁ、作り手がいない以上、時間が流れるにつれて大衆から忘れ去られるのは必然の理なのだろう。今もネットの海を探せば、最盛期の頃の動画を見る事は出来るが、今世において、ボカロが復活し、再び日の目を浴びる可能性はゼロに近いと、古いネット記事で読んだ事がある。

 

「それは残念ね、ヘラの声と聞き比べて見たかったわ……」

 

 小さく肩を落とすエヴィリン。ふと疑問に思い、頭に浮かんだ事を聞いてみる。

 

「これって汎用AIなんですよね?アルギュロスと同じで…」

 

「そうよ、だから色々な事が出来るわ。と言っても、この子はあくまで試作段階だから、まだ機能に限界があるし、今後のフィードバックと改良は欠かせないわね。今の所、一番力を注いだのは声とビジュアルだから」

 

ほぅ……と感心した呟きを漏らす。

 

「それはまたどういう理由で?」

 

「可愛いから」

 

「は?」

 

「だから可愛いからよ」

 

他に理由が必要?みたいな顔をされる。いつの時代も、天才の考える事は、凡人の身では理解できない様だ。

 

「……別に何でもいいですけど、最終的にどんなAIになるんですか?」

 

「それはまだ分からないわ、この子はまだ生まれたばかりの赤子だもの。人間と同じで、これからどんな風に成長していくのか………それを見ていくのが楽しみなのよ」

 

エヴィリンの顔が、我が子の成長を見守る様な慈しみのある表情に変わる。当人は知らないだろうが、本来の彼女は母性を連想させる愛情に満ちた女性だ。普段魅せてくる艶冶な彼女とは違う、偶にしか見せない、包み込む様な優しい笑顔に、千桜は不覚にもドギマギしてしまう。

 

 変わり者と言われながらも、アマリリスの様な輝かんばかりの外面の美しさと、それに負けない位の内面の優しさに、多くの者が魅かれている。自分もその一人だ。

 

 派手な外見に反して、実は内気でシャイな癖に、見栄っ張りな所もあるが、自分はそんな先輩が好きだ。昔からずっと--------。

 

 エヴィリンを見つめながら、そんな温かな心境に耽る中、ヘラが口を開く。

 

『------------誰が赤子だッ、気持ち悪いコト言うなこのビッチッ!』

 

「「…………………………え?」」

 

 突如、ヘラが信じられないくらい汚い言葉を吐き、二人して思わずその場で固まってしまう。

 

「へ、ヘラ…?どうしたの突然……」

 

笑顔を作り、出来るだけ優しい口調で尋ねるエヴィリンだが、額には冷や汗が浮かんでいるし、口元はピクピクと引き攣っている。明らかに動揺している彼女に対して、ヘラは思いっきりガンを飛ばしてくる。

 

『アァッ!?口を閉じろつったんだ!聞こえなかったのかクソビッチがッ!!下の穴だけじゃ飽き足らず耳の穴まで男にファックされたのかッ?テメェの股と同じくらい耳もガバガバなんだろッ、アァンッ!?』

 

「えぇッ!?」

 

余りにも下品なドぎついスラング混じりの罵倒に、エヴィリンは涙目になり、今にも泣きそうになってしまう。

 

『それに加えテメェだッ!』

 

 今度は千桜の方にまで飛び火してきた。フーッと唸り声を上げながら、烈火の如くこちらを睨んでくる様は、正に野獣である。清純な見た目と声に真っ向から対立する様に、歯を剥き出しにしながらとてつもない凶暴さを放っている。最初の幻想的な雰囲気はどこへ行ったのやらだ。

 

『テメェは女をファックする事しか頭になさそうだな、そんな顔してるぞアァッ?アタシみたいなアバター見て、テメェの粗末なモノを可愛がりたいんだろ?このマス掻き野郎ッ!いつかアタシの自我データが入ったセックスロボット作って、ブタみてぇにレイプするんだろうなァ!この人形犯し(ドールファッカー)がッ!!』

 

これが初対面だと言うのに、いきなり最低最悪の渾名を頂戴した。120%悪意と偏見に満ちた口の悪いAIとのやり取りは、側から見ると2次元の美少女に罵詈雑言を吐かれている様に見える。余りの衝撃にこちらが言葉を失っていると、ヘラは両手で中指を立て、舌を出してくる。

 

『アタシに指一本でも触れてみやがれ!テメェのキ○タマ蹴り潰してやるッ!!ファッキュー!!』

 

隣に座っていたエヴィリンが、我が子の変貌に耐えられなくなったのか、顔を両手で覆いながら嘆く。

 

「ごめんなさい千桜、この子、まだ完成には程遠かったわッ…!」

 

その後も暫く、美少女の皮を被ったAIからの罵声が轟き、下ネタと怒号と悲鳴が錯綜する中、第二研究室からの阿鼻叫喚は絶えなかった---------。

 

 

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