モニターの電源を落とし、
「それで?今日は何しに来たの?昨日メールが来たけど、わざわざ研究室で話したいって事は、私に会うのが目的じゃないわよね?」
エヴィリンに対し、千桜は真剣な表情を作る。
「先輩、昨日俺達が倒したマスタクス……もう運び込まれましたよね?」
「えぇ、分解・解析も終わっているし、データは全て抜き取ったわ。中枢パーツ以外はすでに処分済みよ」
「あの時倒したのは、被害者の脳をアナライズ、複製して再構築した『レーテー』です。肝心の脳を奪ったヤツはまだ見つかっていません。このままじゃまた犠牲者が増えます。ヤツがまだ都内にいるのは分かっていますから、潜伏している可能性が高いです。アルギュロス専門家として、隠れるとしたら何処が考えられますか?」
「そうね……」
エヴィリンは椅子を回転させながら、おとがいに手を当てる。
「普通に考えるなら、地中でしょうね。安全圏外エリアのアルギュロス達は、殆どが地下に潜伏しているわ。高度な専門設備を備えた大規模な
「市街地のど真ん中で…ですか?アルギュロスが通れるサイズの穴なんて、すぐに見つかると思いますよ?それに、今は地中に感知センサーが埋められているから、どんなに静かに掘削しても、振動で検知されて周囲に警報が鳴りますし…」
「別に街中で穴掘りする必要はないわよ。近くの山とかなら、自然の洞窟とかが使えるだろうし、川や湖の底とかにも隠れられる……ま、いずれも都市の中心から離れた郊外エリアの辺りかしらね、警戒監視網の及ばない、アルギュロス支配領域との境界ギリギリじゃないかしら」
「軍事境界線付近には自衛隊が配備されています。日頃から警戒してる連中ですし、設置された地中センサーの数も内地とは比になりません」
「あら、流石元
「あそこで勤務した経験がありますからね……それより、良い線いってますけど、地下潜伏説は多分違いますよ。アイツらが地上や地中の敵をみすみす見逃す筈ありません」
高校卒業後、自衛官候補生として陸上自衛隊に入隊し、陸士長として満期除隊するまでの約2年間の大半を、自分は第一空挺団で過ごした。
日本唯一の空挺部隊に所属するレンジャー隊員として、思い出したくもない程過酷な教育訓練に耐え、仲間達と共に最前線のエリアに派遣された経験もある。
軍事境界線付近に配置された時も、あそこで任務に就く隊員達の姿を何度も見ている。
…あそこは、例外なく全ての部隊、全ての隊員が気を抜く事を許されない、常時厳戒態勢にある地域だ。雪崩の如く大軍で攻め込まれでもしない限り、彼らが怨敵の侵入を許すとは思えないし、近くに潜伏しているなら、日頃の巡回警備ですぐに気付くに決まってる。となると------。
「やはり、まだ都内中心部に潜伏しているとしか……」
「大都市のど真ん中で?それこそ無理があると思うけど?仮に光学迷彩でカムフラージュしても、最近の監視カメラはサーモグラフィー機能があるから丸見えだし、独特の駆動音までは完全には消せない……極静音状態でもセンサーで音紋検知されるのよ?」
「小型機種なら、その分移動速度も上がりますし、人目やセンサーを掻い潜って逃げ続けられませんか?アルギュロスの知能なら、安全ルートの作成くらいすぐに出来ます」
「う〜ん……有り得なくはないけど…」
エヴィリンは退屈そうな表情で爪のマニキュアを眺めながら、何事か考える。千桜が前に見た赤色と違い、薄ピンクに変えていた。
「アルギュロスの動力源は『スダエフ粒子』を用いた小型熱核融合炉よ。14年前、地球で一番最初にアルギュロスと接敵した国家であるロシアは、最新の電子機器を積んだ兵器を次々と無力化され、果ては切り札たる核まで無力化された………その原因を突き止めたのが、ロシアの物理学者であり、アルギュロスが放出する特殊粒子を最初に発見した、イェフィム・V・スダエフ博士だったわ」
凡ゆる電子機器に深刻なダメージを与えるスダエフ粒子は、アルギュロスにとって生命の源であり、また、人類にとっては悪魔の種子だった。
「この粒子は、一度バラ撒くだけで広範囲に影響を及ぼすわ。これのせいで、人類が誇るハイテク兵器は大半が使い物にならなくなったし、核弾頭だって、目標地点まで誘導不可能になる。散布濃度と範囲によっては、発射システムがおじゃんになって、そもそも使う事すら出来ない………結果、人類は冷戦時代のアナログ戦術で、圧倒的な物量と火力を誇るアルギュロスを相手に立ち向かうしかなかった。その上、出鱈目な強度と高い腐食耐性を兼ね備えた『ウロヴォロス合金』製のフレームと装甲、極めつきは『流体ナノマシン』と来たわ……もう滅茶苦茶よ。どこのSF小説から飛び出してきたのかしら、私は魔法で作られたと言われても信じるわ」
お手上げと言わんばかりに両肩を竦めてみせるエヴィリン。
ウロヴォロス合金を再生、再構築する『流体ナノマシン』は、人間の死体を金属へと変え、アルギュロスと同様の
そして----------損傷のない完全な"脳"を簒奪し、アナライズというプロセスを得て、新たな機体と能力を獲得し、進化して行く………それが、人類の宿敵たる『アルギュロス』の基本的な行動原理だ。
「炭素で構成された人間の身体を金属に変えるなんて時点でヤバいけど、幸い、流体ナノマシンは万能ではないわ。大きさはウイルスと同じ
「確かに……改めて聞いてみると、科学の常識から外れてますよね…」
もっとも、宇宙人が外宇宙の科学力で作ったシロモノなので、地球の科学的常識内で理解できなくても、ある意味当然ではあるのだが。
「アーサー・C・クラークの三法則は正しかった訳ね……『進み過ぎた科学は、魔法と区別がつかない』って……だとしてもコレは反則だわ」
アルギュロスの進化の速度は、人間の比ではない。今は人間に近い
そうなれば、人類とアルギュロスの間には、次元的なレベルの差が生じる。自らを超えた存在を『神』と定義するならば、アルギュロスこそが、我々人類にとっての神となるかもしれない----------。
「ウロヴォロス合金の特殊加工に成功し、ウロヴォロス装甲の液状化、流体ナノマシンの自己修復機能を阻害する事に成功しなかったら、とっくに人類なんて滅ぼされてたわ。アルギュロス戦争は人類側の戦勝だなんて、真っ赤な嘘よ。今はただのハーフタイム………いずれ、更なる進化を遂げたアルギュロスとの戦争が再発する。きっと、戦時中とは比べ物にならないくらい、悲惨な事になるわよ」
「大丈夫ですよ先輩、そうさせない為に、俺と柚瑠が………リアガードとヴァンガードがいるんですから」
「……柚瑠ちゃんは、元気なの?」
「え?えぇ、元気ですよ。今日も学校行ってますけど……何か?」
「正直……時々『
エヴィリンはどこか呆けた表情で、宙を眺めていた。
「通常、スダエフ粒子は人間に対しては全くの無害だと思われていたわ。精密機械にとっては猛毒だけど、生物にとっては何の実害もない。けど、口から入ったスダエフ粒子は、すぐには排出されず、それが偶々妊婦の口から入った場合、粒子の特性が胎児に蓄積されて産まれてくる事がある。それが『蒼星の忌み子』。あの子達は姿形こそ紛れもないヒトだけど、生まれた時は両眼が青く、全員が女の子。驚異的な身体能力や治癒能力は人間の常識を遥かに超えているわ。そして一番の特徴は、ウロヴォロス合金の生成能力よ。どんな理屈でそんな芸当が出来るのか……あの子達の特殊な脳の構造故だって言われてるけど、詳しい事は何一つかいめされていない。新人類とも呼ばれたりするけど、そのルーツはスダエフ粒子……ひいてはアルギュロスと、それを開発したエイリアンに起源があるわ。そんな彼女達を、人々は否定と憎悪、蔑みを込めて『忌み子』と呼んでるわ」
「……………」
「--------と、話が逸れたわね。アルギュロスが使う融合炉は確かに小さいけど、小さくするにも限界があるわ」
そう言うと、椅子から立ち上がったエヴィリンは置かれていたホワイトボードまで近寄る。難解な化学式や専門用語がびっしりと書かれたボードを退かせると、奥から奇妙な物体が現れる。
縦120×横80cm程度の円筒状の金属塊であり、表面にはブロック状のパーツや管が張り巡らされている。正に鋼鉄の心臓と呼ぶに相応しい威容だった。『2039.3.12撃破』とタグが付いていた。
「もしかして……それが?」
「そう、アルギュロスの
「実際に見たのは初めてですけど……結構デカいんですね」
「コレが最小サイズよ。これ以上小さくすると、融合炉として機能しなくなる。さて……ここで質問よ。コレにフレームを付け、アクチュエーターを付け、装甲と武装を載せたら……どれくらいの大きさになると思う?」
千桜は少し考えてみる。
「……軽自動車…いや、それより少し大きいくらい……ですかね」
「正解よ。そんなデカいマシンが、猫みたいに人目を避けて、路地裏とかを通れると思う?」
「……無理でしょうね」
「そ、おそらく移動は夜とかに限定していて、人目がつき易い日中はどこかの廃屋にでも籠っている筈よ。戦後の再開発の都合で放棄された無人地帯とかじゃないかしら」
なるほど……確かに内地にはそういった場所も幾つかある。
千桜はようやく、ある程度の当たりを付けた。
「ありがとうございます、先輩。参考になりました」
「いーわよ。先輩は後輩の力になるモノだし、けど……」
エヴィリンは千桜の元までおもむろに近寄ると、上目遣いで見上げてくる。どこか瞳は熱ぽかった。
「お礼をしてくれるなら……コッチでしてほしいな〜」
つつ〜…と千桜の股間を指でなぞり上げてくる。
「…三徹で疲れてるんじゃ?」
「疲れたからこそ、マッサージして欲しいのよ」
エヴィリンに右手を掴まれると、研究室の奥にある仮眠室へと連れられる。そこに置かれた小さな簡易ベッドに押し倒された。
「…誰か来ますよ?」
「大丈夫よ。今日はこれ以上誰も出入りしないから」
エヴィリンは自分に跨ると、ブラウスのボタンを外していく。黒のレースが入った白いブラが覗く。夏織よりも大きな膨らみが、窮屈そうに押し込められていた。
「この後……時間ある?」
「特に予定はないので…」
「なら、ゆっくり楽しめるわね。久しぶりだから……じっくり奥まで…ね?」
熱い吐息を漏らしながら、カチャカチャとズボンのベルトを外される。そのまま彼女は覆い被さってきた。