ヴァンガード・ザ・ウロヴォロス【再誕の先駆者】   作:唯尊

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第八話 メタスタシスの戦姫

 

 早朝。スマホのバイヴが震え、目覚まし用アラームがやかましく鳴り響く。毛布の中から右手を億劫そうに出し、スマホを手にしてアラームを切る。

 

「んぅ……もう朝…?」

 

猫の様な声が聞こえると、毛布の中から柚瑠がモゾモゾと顔を覗かせる。昨夜からずっと同じベッドで同じ布団にくるまっていた二人は、お互いが全裸のままだった。朝の寒さに身体が悲鳴を上げ身震いする。

 

「う……寒ッ」

 

人肌の温もりを求めてギュッと抱きついてくる。柚瑠の汗の匂いが心地よく、千桜の脳を甘く痺れさせてくる。

 

 そのまま柚瑠の上に跨ると、彼女の大きく膨らんだ胸を揉む。

 

「んッ……!」

 

ピクンッと身体を跳ねさせ、艶っぽい声を出す。このまま昨日の様に、彼女の美しい身体を貪りたいと情欲が昂った時、またもやスマホが鳴る。空気を読まないタイミングに若干の苛立ちを感じながらも、ベッドの隅に置かれたスマホを再び手に取る。着信相手を見た瞬間、背筋が凍りつく。夏織からだった。

 

もしかしたら、自分のやらかした事(条例違反)がバレたのだろうか。いつの日だったか、他の女に心を奪われようものなら、千桜の男性機能を没収すると言われたが、正真正銘のロリコンと言われても仕方がない業を背負った身として、社会的に抹殺される可能性が脳裏を過った。

 

 プルプルと震える指でスマホを操作し、通話に出る。

 

「も、もしもし…?」

 

なんなら声まで震えていた。

 

『兄さん?朝早くからごめんなさい。緊急の要件だから単刀直入に伝えるけど---------今すぐ防衛省に来て』

 

「は?」

 

防衛省……それは、自分の古巣である自衛隊の管理・運営を行う行政機関の一つだ。

 

「随分と急だな………何かあったのか?」

 

『この前のアルギュロスの所在が判明したらしいわ』

 

その言葉に、千春はベッドから飛び起きる。突然の行動に柚瑠がびっくりしていた。

 

「どこだッ?」

 

『居場所を含めて、知りたければ今すぐ来い---------だそうよ』

 

随分と横柄な振る舞いに内心舌打ちしたが、PMCの収入の大半は国や政府からの依頼・報酬が中心であり、切っても切り離せない重要な顧客である。一度でも『仕事を回さない』などと言われてしまえば、瞬く間に経営が破綻する。

 

「了解だ、すぐに行く。夏織も来るんだよな?」

 

『当然でしょ。責任者の私も呼び出し食らってるんだから、先にタクシーで行ってるから待ってるわ。あぁ、それと------------』

 

夏織は一旦言葉を切ると、物凄く優しい声で言い放つ。

 

『14歳の女の子の身体はどうだった?』

 

「----------------」

 

バレていた。どこで知ったのかは皆目見当もつかないが、普通にバレていた。

 

『中学生離れしたプロポーションで、おっぱいが大きくて、身長も高い美少女を犯罪者になってまでパコパコ楽しめてどうだった?』

 

思考がフリーズして何も言い返せなかった。どうしよう------------通報されるッ。

 

 夏織は『ハァ…』と小さく溜息を吐く。

 

『そんなに怯えなくても、別に警察を呼んだりなんかしないわよ。この間も言ったけど、ウチの家名に泥が塗られるだけだし、普通にデメリットしかないから』

 

「そ、そうか…」

 

奇跡的に助かったようだ。

 

『だから代わりに、私が兄さんを去勢するわ。安心して、痛くしないから♪』

 

全く助かってなかった。むしろより非道い。

 

『冗談よ。私からしてみれば、柚瑠ちゃんって"子供"じゃなくて"女"だもの。いつかこういう事になるとは覚悟してたわ…』

 

呆れたような、諦めた様な声で嘆息する。

 

『ま、その話はまた今度しましょう。兎に角今すぐ来て、悪いけど本当に一大事らしいから。あ、柚瑠ちゃんも連れてきてね。何があった時、念の為よ』

 

ただならぬ雰囲気に気圧される様に、千桜は頷いた。

 

「分かった。すぐに行く」

 

通話を切ると、部屋のカーテンを開けて朝日を招き入れる。今朝は快晴なのか、思ったより眩しくて目を細める。

 

「柚瑠、起きろ」

 

「ど、どうしたの?なんかヤバそうだけど…」

 

電話の内容からある程度事態が切迫している事を察していたらしく、柚瑠ベッドから起き上がる。

 

「急いで支度しろ。日曜から仕事だ」

 

その一言だけで、柚瑠の目が変わった。瞳がナイフの様に剣呑な輝きを帯び始め、表情が引き締まる。

 

「うん……今度こそ、千桜と行けるんだね?」

 

 こちらの意思を確認する様に見つめてくる。昨日の過ちはもう繰り返す気はない。自分には、彼女が必要だ。

 

「あぁ、お前の力を貸してくれ、相棒ッ」

 

 

 

 

 

 柚瑠をバイクの後ろに乗せて暫く走らせると、防衛省市ヶ谷地区に到着する。新宿区にある約23ヘクタールの広大な敷地に、高層のA棟・B棟を中心とした現代的で機能的な庁舎が立ち並び、緑豊かな要塞のような景観をしている。戦後に何度か改修工事が施されたらしいが、平等院鳳凰堂を模した配置や、御影石・タイルを用いた風格のある外装は戦前の頃と変わらず、市ヶ谷記念館などの歴史的建造物も見られた。

 

「兄さんッ、こっちよ」

 

声が聞こえた方を見ると、先に到着していた夏織が正門前で待っていた。服装はスーツかと思いきや双柳大附属の制服姿のままである。彼女はあの制服を以前から気に入ってるらしく、私服兼仕事着として普段から日常的に着用していた。

 

 近くのコインパーキングにバイクを駐車し、柚瑠と共に降車すると、夏織の元に向かう。近づくにつれ、こちらを見る夏織の表情が微妙なものへと変わっていく。

 

「公共の場なんだから、スーツで来たら?」

 

ジト目で指摘され、ダークグレーの機能性ジーンズと白のTシャツを着た千桜は肩を竦める。

 

「襲撃があるかもだろ。こっちの方が動きやすいんだ」

 

 それでも一応、拳銃は腰のベルトに隠して携帯している。仕事時の様に堂々と腿のホルスターに入れっぱなしにはしていない。面倒な職質の餌食になるからだ。

 

「おはよう。夏織ちゃん」

 

 栗色のポニーテールが特徴的な少女、柚瑠がふてぶてしい顔で挨拶する。丈の短い白のプリーツスカート。その下には黒のスパッツを着用し、アイシーブルーのブラウスの上には青のデニムジャケットを着ていた。足元を見ると動き易そうなスニーカーを履いており、彼女らしい爽快感のあるコーディネートだと夏織は思う。

 

 しかし、夏織もまたただならぬ雰囲気を醸し出しながら、柚瑠に一歩近づく。

 

「あら、おはよう柚瑠ちゃん。なんだか随分と変わったみたいだけど……何かいい事でもあった?」

 

ニコリとお嬢様スマイルを浮かべる夏織だが、目が笑っていない。しかも喉の奥から呪怨じみた声を漏らしていた。怖ッ。

 

「まぁね〜、相棒との距離がちょっと縮まったからかな〜。……主に性的な意味で」

 

ニコニコしながらさらりと爆弾発言をかましてみせる柚瑠。夏織の視線がこちらに向き、殺意の篭った眼差しで睨まれる。どうやら矛先がコッチに向いたらしいが、事実である以上どうしようもない。もしかしたら今朝の電話での冗談が現実の物となり、この場で本当に去勢されるかもしれない。拳銃で局部を木っ端微塵にされるかもしれない。

 

 千桜が己の罪を心の中で数えている間、夏織と柚瑠はしばし牽制しあうように睨み合っていたが、ふと夏織から身を翻すと、正門前の受付口にスタスタと歩いて行く。

 

「今は時間がないから、早く行くわよ」

 

置いてけぼりを食らわぬよう夏織の背中に追いつくと、正門前で待ち構える警備員達にPMCライセンスを見せる。受付の人間が内線電話で何事かのやり取りをすると、少しして防衛省の職員がやってくる。清潔なスーツで身を固め、如何にも公務員然とした男に庁舎まで案内されると、最上階にある会議室の前に連れて行かれる。

 

 必要以上に大きく作られた扉の前で、妙なプレッシャーを感じる。猛獣の檻の前に立っている気分だった。果たしてこの先に何が待ち受けているのか。

 

 一呼吸置いて、覚悟を決めてから扉を開ける------。

 

 会議室内の光景が目に飛び込んだ瞬間、3人は息を呑んだ。部屋の中央には細長い楕円形の卓、奥には巨大なELパネルが埋め込まれていた。

 

 問題は中にいる人間だった。

 

「夏織、これは……」

 

「ええ、全員同業者よ。ウチだけじゃないとは思っていたけど、まさかこんなに…」

 

 仕立ての良いスーツに袖を通した、おそらくPMCの社長格の人間たちは既に指定の席に座っており、その後ろに、見るからに荒事専門という厳つい連中が控えていた。彼らの手にはシルバーブラック輝きを放つウロヴォロス合金製の武器。間違いなく千桜と同じリアガードだ。彼らの傍には柚瑠と同年齢くらいのヴァンガードも幾人か控えているのが見える。

 

 一体、これからここで何が始まるんだ?

 

 千桜が部屋に足を踏み入れた瞬間、中に詰めていた人間たちの雑談がぴたりと止まり、ほぼ全員の視線が突き刺さる。

 

「よお、千桜。お前も呼び出されたか」

 

正面から短髪の若い男が現れる。深緑のカーゴパンツにコンバットブーツ。OD色のシャツの上からアサルトベストを着ており、腰には銃剣を提げ、肩にはウィンチェスター社製、M1897ショットガンを担いでいた。千桜の元に近付くと、こちらを見上げる形で対面する。170cmに満たない低い身長だが、肩幅が広く相当に鍛え込まれた筋肉質な体型をしている。

 

 横瀬智永(よこせともえ)。千桜が第一空挺団にいた頃、色々と世話になった先輩であり、大手民間軍事会社『ゲオルク』に所属するリアガードでもある。

 

「お久しぶりです、横瀬先輩」

 

 お互い固く握手を交わすと、少し痛いくらいの力で握ってくる。

 

「2ヶ月前の『梟事件』以来か?相変わらず人相悪いなお前」

 

「そういう先輩は老けましたね。何かありました?」

 

 最後に会った時と比べて、白髪の増えた頭を見ながら軽口を叩くと、25歳の智永は困ったように頭を掻く。

 

「相棒のヴァンガードが最近気難しくてな………まぁ、思春期だから仕方ないんだろうが、中学生の女の子から『足が臭いから近寄るな』とか『智永の下着と私の服を一緒に洗うな』とか………割と結構傷つくんだよ。コレ…」

 

日常的に年頃の少女から罵倒されるのは屈強な自衛官であった智永でもかなり堪えているらしく、辛い心情を吐露してくる。

 

「当たり前でしょ。実際ものすっっっごく臭いし、半径1メートル以内にいるだけで肺炎になりそうなレベルだしッ、マジで病院行きなよ!これ以上この歩くラフレシアと仕事してたらアルギュロスより先にコイツの激臭で殺されるッ!」

 

絶叫とともに智永の背後から小柄な少女が飛び出してくる。身長150cm弱、肩の下辺りまで伸ばされた亜麻色の髪をツインテールにし、デニムショートパンツからは健康的に引き締まった足が大胆に晒され、丈の長いグレージュのミリタリコートを羽織っている。

 

 少女の名は瀧縄涼花(たきなわりょうか)。智永のヴァンガードを務めており、年齢は柚瑠と同じ14歳。

 

「りょうちゃん、久しぶり〜!」

 

「あ、ゆずちゃん!よかった元気そ〜!」

 

 柚瑠がに笑顔で駆け寄ると、涼花は表情を綻ばせながらキャッキャとじゃれ合う。このデュオとは以前から仕事で現場を共にする事が多く、何かと関わる機会も多かった。そんな経緯もあって、コミュニケーション能力が高く、基本誰とでも仲良くできる柚瑠はあっという間に涼花と友達になった。

 

「お前んトコの相棒はそういうの無さそうだな…」

 

どこか羨ましそうな視線で柚瑠を見る智永。自分の相棒と違って性格に難が無いように見えるのだろうが、自分も柚瑠も、最初の頃の雰囲気は最悪だった。性格の不一致……とかではない。そもそも、多感な思春期の少女を見ず知らずの人間と同居させるなんて事が色々と困難を極めるのだ。リアガードの中には、ヴァンガードを単なる仕事道具として酷使する者も少なくないが、彼女達が成長するに連れて、カップルが成立するデュオも最近増えてきている。

 

 ただ……ヴァンガードの基本的な精神構造が普通の人間と変わらない以上、相棒が自分や智永みたいなむさい男だと、大抵の場合生理的に嫌がられる。涼花の様な潔癖症気味な子も多いので、自分も柚瑠との共同生活においては何かと些細な面でも気を遣う事が多い。それを苦痛と感じた事はないが、二人の様にプライベート面で苦労しているパターンもある。

 

「まぁ、仲良くやってますよ。素直だし可愛いし頭も良い----------最高のヴァンガードですよ。組めて本当にラッキーです」

 

「そうか。………お前、変わったな。昔よりも楽しそうだ」

 

「………そうかもしれません。昔は-----------ヴァンガードもアルギュロスも、兎に角全てが憎かった…」

 

「……俺も、涼花と打ち解けるまでかなりの時間を費やしたよ。今でこそケンカも多いが、気兼ねなく本音で語り合えるようになったし、アイツが笑顔を見せる事も多くなった。……昔の自分じゃ、考えられなかった光景だ」

 

ふと、過去の自分を振り返っていると、扉から制服に身を包んだ幹部クラスの自衛官が入ってくる。階級章から見て、おそらく幕僚クラスだと思われる50代前半の男。細いフレームの眼鏡の奥から武人らしい鋭い眼光が覗き、周囲を睥睨する。

 

 会話を切り上げ、智永と涼花は『ゲオルク』の社長らしき初老の男性が座る席の後ろに立つ。夏織も『汐崎民間軍事会社 様』と書かれたプレートが置かれた背もたれの高い椅子に座り、千桜と柚瑠もその背後に控える。

 

 右を見ても左を見ても、リアガードらしき人物は皆、自分と同じで正装よりも戦闘向きの服装を好むらしく、全身黒ずくめの喪服じみた格好の男に、カモフラージュネットを頭までスッポリ被った女など、その容姿は千差万別だが、共通する点として、この場に集まるPMCの大半が全国でも名の知れた大手である事だ。

 

「本日は、貴重な時間を頂き感謝する。諸君等に集まってもらったのは他でもない、我々政府から緊急の依頼がある」

 

 厳かな第一声に、この場にいる全員の表情が真剣な物へと変わる。

 

「事前に言っておくが、依頼内容を聞いた後、断る事は出来ない。依頼を辞退する者は、今この場で退室して頂きたい」

 

千桜は嘆息する。辞退不能な依頼など、命令と何ら変わりないではないか。案の定、席を立つ者は一人もいない。

 

「------結構、では、この方に依頼の説明を行ってもらう」

 

男が身を引いた瞬間、突然背後の特大パネルに一人の女性が大写しになる。

 

『おはようございます。皆様』

 

夏織がかっと目を見開き、次の瞬間勢い良く立ち上がった。ほぼ同時に他の社長格の人間も泡を食ったように立ち上がる。

 

 千桜も信じられない様な瞳でパネルを見つめていた。

 

 血を被った様な真紅のスーツと黒髪---------日本国首相、岬典子(みさきのりこ)。戦時中、関東最大の激戦となった『武蔵野の戦い』で陸上自衛隊の戦車部隊を率い、完勝を収めたかつての英雄。背後には秘書官らしき男が立っていた。

 

40代半ばの彼女は高級感の溢れる椅子にゆったりと腰掛けており、背後には【初志貫徹】と書かれた額縁が飾られているのが見える。内閣総理大臣官邸にある彼女の執務室だろう。

 

『楽にして下さい。私から説明します』

 

誰一人着席する者はいなかった。

 

『といっても依頼自体はとてもシンプルです。二日前、安全圏に侵入してきたアルギュロスの破壊と、奪われたデータの回収です』

 

------奪われたデータ?

 

 ELパネルに別ウィンドウが開かれると、ある映像が流される。どこかの研究室らしき部屋に白衣を着た研究員が数人映っている。刹那、激震が走り映像が揺れる。同時に壁が破壊され研究員が下敷きになり、その奥から白銀の獣が姿を現す。

 

 動物で例えるならアルマジロだろうか、7m級の全身を球体状に丸めており、砲弾の如き勢いで外壁に突っ込んできたらしく、丸めた身体を元に戻すと、長い胴体と尻尾を伸ばす。頭部は小型で細長く、吻はやや太くて短く吻端は幅広く丸みを帯びている。この状態だと、コモドドラゴンに似ていた。

 

 コイツが……この前の…?

 

 千桜だけじゃなく、この場にいる全員が映像に食い入るように夢中になっていると、簒奪者はコンピュータのハードウェアらしき機材に噛みつき、そのまま接続されていたケーブル類を引き抜く。30cm大のプラスチック製立方体を飲み込むと、何事もなかったかの様にその場から去っていく所で、映像が止まる。

 

 コレは一体……?

 

『これは昨日早朝、政府の管理下にある国立研究所が襲撃された時の映像です。我々はこの新型と思われる機体を『破壊工作型(トラペズィティス)』と命名しました』

 

 トラペズィティス……確かギリシャ語で"臼歯"という意味だったか。

 

『残念ながら現時点で、この新型の詳細な能力は不明です。しかし、持ち出されたデータは非常に重要であり、無傷で回収してもらう必要があります』

 

ウィンドウが切り替わり、成功報酬が提示されると、その莫大な額に今度こそ周囲の空気に困惑が混じるのがわかった。

 

 ゲオルクの社長、不死谷(ふしたに)が手をスッと挙げる。

 

「質問よろしいでしょうか。先程、映像内でトラペズィティスが飲み込んだハードウェアですが、奪われたデータというのはそのストレージ内に保管されている……と考えてよろしいんでしょうか?」

 

『その通りです。ただし、あまりにも破損がひどいと内部に保存されたデータが失われる可能性があるので、扱いには細心の注意を払って下さい』

 

「トラペズィティスの所在地は?」

 

『最新の目撃情報によれば、陸自のUAV(無人機)が旧栃木県矢板市で目標を捉えており、現在は静止状態と考えられています』

 

 安全圏内の外れの外れ………外周区と呼ばれるエリアであり、確か今はゴーストタウンと化している筈だ。自衛隊の駐屯地からも距離があり、稼働限界を迎えて停止してる間、姿を隠すには十分な場所だろう。

 

「データの内容を教えて頂いてもよろしいでしょうか」

 

 夏織が挙手すると、ざわりと周囲の社長が色めき立つのがわかった。はからずも夏織が全員の意見を代弁した形になったらしい。

 

『おや、随分とお若いようですが、あなたは?』

 

「汐崎夏織と申します」

 

典子の表情が微かに動く。

 

『………お噂は聞いております。汐崎グループには何かとお世話になる事も多いですから。しかし妙な質問をされますね汐崎社長。それは依頼人のプライバシーに当たるので当然お答えできません』

 

「納得出来ません。いくら相手が新型で脅威度が不明とはいえ、破格の報酬に見合う敵とは思えません。となれば値段に見合った危険が奪われたデータにあると考えてしまうのは必然ではないでしょうか?」

 

『それは知る必要のない事では?』

 

「かもしれません。ですが、あくまでそちらが全ての情報を伏せるというのなら、我々は手を引かせていただきます」

 

『……ここで退席するとペナルティが発生しますよ』

 

「構いません。そんな不確かな説明でウチの社員を危険に晒す訳にはいきませんから」

 

ピリピリとした空気が肌を刺す中、柚瑠が不安そうにこちらを見てくる。夏織とて、政府絡みの依頼を断るリスクは重々承知しているだろうに……。

 

 自分が何か言わなければと口を開きかけた時、突如部屋中に愉快そうな女性の笑い声が響き渡った。

 

「あらあら、何やら楽しそうですわね」

 

直後、千桜たちが入ってきた扉が凄まじい爆風とともに吹き飛ばされる。幸い出入り口付近に人はいなかったものの、耳鳴りがする程の爆発音に室内の全員が目と耳を塞ぐ。煙と粉塵が宙に舞う中、コッ…コッ…とヒールの鳴る音がする。

 

 千桜が瞼を開くと、煙の奥から人影が近づいてくるのが見える。やがて姿を現したのは、細身の少女だった。

 

 年齢は16歳くらいだろうか、紫水晶(アメジスト)の長い髪を腰の辺りまで伸ばし、芸術家による繊細な刺繍が施された細いリボン付きのカチューシャを着けている。黒を基調としたドレスとビスクドール(磁器人形)のような整った顔立ちはファンタジー世界のお姫様を連想させるが、貼り付けたような微笑と暗く輝く瞳のせいで、呪い人形のような不気味さを放っている。

 

 先程の爆発はこの少女の仕業だろうか、と周囲が息を呑む中、彼女は軽く跳んで卓の上に優雅に立つと、パネルの向こうにいる典子と対面する。

 

『何者です』

 

 少女はスカートの両端を摘んでカーテシーと呼ばれる辞儀をする。

 

「これは失礼致しましたわ。(わたくし)刘诗玥(リィゥ・シーユェ)と申しますの。お初にお目に掛かりますわ、売女(チャウガイ)の首相閣下。一言で申し上げますと、(わたくし)はこの国の敵ですの」

 

背筋に雷撃の如く悪寒が走り、千桜は反射的に拳銃を抜いた。

 

「き、貴様は一体ッ……」

 

シーユェと名乗った少女の首が猛烈な勢いで千桜の方を向く。

 

「あら----------誰かと思えば、昨日水中猟兵型(スポンデュロス)に襲われていた方ではありませんの。元気そうですわね、ご無事で何よりですわ」

 

たった今気付いたと言わんばかりに、大袈裟に首を竦めて驚く素振りを見せる。なんとも芝居がかった反応だった。

 

「なんだと…?」

 

「貴方でしょう?廃工場群跡で子豚さんのように逃げ回っていた殿方は」

 

クスクスと人をおちょくる様な態度で笑う。まさかコイツ、あの現場に……いや、まさか…!?

 

「あの時、俺を援護したのはお前かッ?」

 

「えぇ、えぇ……そうですとも。ただ、貴方を助けたのは妹に請われたからですわ」

 

 妹……?

 

「そんな所にいないで、早くおいでなさい。ルフィア」

 

「ッ!?」

 

 背後を振り向くと、銀髪の少女がじっ…とこちらを見上げていた。やや長めの銀髪をツインテールにした幼い顔立ちの少女。青いフリル付きのドレスを着ていた。気配は感じなかった……いつからそこにッ?

 

 シーユェとは対称的に鈴の鳴る様な無邪気な笑顔を見せると、少女はトテトテと歩いていき、「んしょっ…」というかけ声とともに卓の上に跳び乗ると、先程の姉と同じ所作でスカートを摘み、お辞儀をする。

 

「ルフィア・ディノザーヴリハ。14歳」

 

「紹介しますわ。(わたくし)の妹にして、ヴァンガードですの」

 

----------ヴァンガード?……この女、PMCなのか?

 

 千桜が見た限り、シーユェはアジア人であり。ルフィアは白人------ロシアや東欧で見られるスラヴ系の少女だ。血縁関係があるようには見えなかった。

 

 ルフィアはこちらに首を向けると、再び咲き誇るような笑顔を向けてくる。

 

「こんにちは。アナタのお名前、教えてくれる?」

 

害意が一切感じられない……路上で小さな子供に道を聞かれたような感覚を覚え、少し戸惑う。

 

「……蟇田…千桜」

 

 思わず答えてしまったが、ルフィアは嬉しそうに表情を綻ばせる。

 

「チハル……うん!よろしくね、チハルッ。私はルフィア、昨日も見たけど、やっぱり近くで見る方がカッコいいね!」

 

突然の乱入により戦場と化した会議室で、空気を読めない子供さながらの発言に対し、千桜も周囲も困惑する。

 

 すると、背後から両肩に手を置き、優しく諭すような口調でシーユェがルフィアを宥める。

 

「はいはい、意中の殿方を前にはしゃぐ気持ちは分かりますが、今は他にやる事がありますのよ」

 

 千桜は銃を構えたま、空いた手で夏織を後ろに下がらせ、柚瑠は大剣をその手に生成させ前に出る。

 

「一応、助けてくれた礼は言っておくが……何の用だ」

 

(わたくし)たちも、この争奪戦に参加する旨をお伝えしに参りましたの」

 

「争奪戦だと?」

 

「『リゲルの盾』は私たちが頂くと言ってるんですわ」

 

その単語を聞いた瞬間、典子が観念したように一瞬ぎゅっと目を瞑った。

 

「リゲルの盾…?」

 

「あらあら、その様子だと本当に何も知らされていないのですわね、可哀想に。アナタ方が言うデータの入ったハードウェアの事ですわ」

 

「昨日、お前があの廃工場にいたのは------」

 

「件の盗人………トラペズィティスでしたか?方々を探し回っていたら、偶然アルギュロスに襲われていた貴方を見つけたんですのよ。ここに来てようやく居場所を知れましたわ。まぁ、それまでに何人かの邪魔が入りましたので、軽く消し炭にしちゃいましたけど。キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒ…」

 

口元を押さえながら喉の奥で笑うシーユェに千桜は憎悪を覚えた。

 

「貴様……」

 

シーユェは両手を大きく広げて、卓の上で舞台女優のように回転した。

 

「皆様ッ、ルールの確認をしようではありませんか!私と貴方達、どちらが先にアルギュロスを見つけてリゲルの盾を手に入れられるかの勝負といきましょう。リゲルの盾はアルギュロスが機体内に格納しているでしょうから、手に入れるにはトラペズィティスを破壊すればいいのですわ。せっかくですし、掛け金は……皆様の命でいかが?」

 

「------黙って聞いてればふざけた事を」

 

押し殺した声は、すぐ隣から聞こえた。

 

 トレンチガンの銃口にステンレス鋼の銃剣(バヨネット)を装着する。横瀬智永だった。

 

「要するにお前を生かす理由はないし、殺す理由は十二分にあるという事だろ?」

 

 智永の姿が消失したと思ったら、瞬時にシーユェの懐に潜り込んでいた------早い。

 

「殺ッ!!」

 

 逆巻く突風を纏って自衛隊銃剣格闘仕込みの刺突が繰り出される。角度タイミングともに逃れようのない必殺の間合い。

 

 だがバシュッという融解音が弾け、先端の銃剣が銃口部分まで焼失していた。

 

「なッ------」

 

「ざーんねん!」

 

 何だ、今のは…。

 

一瞬のことだったが、智永の銃剣とシーユェの間に白い燐光を見た。

 

「残念ながら、その程度の攻撃では------」

 

「涼花ッ!」

 

「分かってる!」

 

智永が叫ぶより早く、涼花がコートの裾を翻らせて地を蹴る。壁伝いを走り抜け天井まで辿り着くと、シーユェの頭上をとる。その間に智永はシーユェから距離を取っていた。

 

 涼花の周りに光の粒子が集まると、瞬時に先端の尖った鏃らしき突起物を20個生成。ライフリングを通った弾丸のように高速回転すると、赤く光る銀の鏃は霰の如くシーユェ達に降り注ぐ。

 

 鏃の大きさは直径15cm、重力を載せて加速をかけられた鏃は相当な質量を誇っており、一発でも掠れば人間の身体など木っ端微塵になる。落雷が落ちたかのような轟音とともに卓が砕け散る。あの二人も同じ運命を辿っただろうと、今度こそ確信した。

 

 しかし------千桜の予想は大いに裏切られた。

 

 シーユェ達を取り囲むように銀色の円盤が数枚出現。中心にミラーらしき半透明な部分が存在し、その奥から光が収束したかと思えば、目が眩むような閃光が放たれ、降り注ぐ鏃を縦横無尽に焼き払っていく。コンマ数秒の間に、全ての鏃が完璧に迎撃され、勢いを失わぬままの光線が会議室内の壁や天井を切り刻んでいった。

 

「……バカな…」

 

呆然と呟くしかなかった。粉々の肉片になったと思われていたシーユェとルフィアは全くの無傷だった。最初はヴァンガードであるルフィアによるものかと思われたが、当の本人が面白そうに宙に浮く円盤を指で突いてるのを見て、それがシーユェによるものだと認識を改める。

 

「------悪くはありませんが、貴方ではやはり力不足ですわね」

 

 飄々とした態度で冷笑する。千桜は先程この目で目撃したこの世ならざる行為に見覚えがあった。

 

「……レーザー…だと…?お前本当に人間かッ?」

 

「半分正解で半分ハズレですわ。私の身体はスダエフ粒子の呪いを受け、人間にしてアルギュロスと同等の力を持つ存在-----------転移型半人間(メタスタシス)ですわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、今まで沈黙していた不死谷が動揺を露わにする。

 

「メタスタシス……まさかッ、『ウロヴォロス計画』の被験者?存在する筈が…」

 

「信じる信じないは貴方の勝手ですわ。まぁなんであれ千桜さん?私の力はこの通り絶大ですの。貴方はルフィアのお気に入りですから、なるべくは殺したくありませんの。死にたくなければ家から出ないことですわね」

 

シーユェは窓際に近づき、先程と同じように円盤からレーザーを撃って壁ごと破壊する。

 

「ご機嫌よう、皆様。滅亡するその日まで、楽しい余生を過ごして下さいな」

 

「バイバイ!チハルッ」

 

最後にそう言い残して、二人の戦姫は破壊された壁の穴から外へと飛び降りた。

 

 しばしその場から動けずにいると、突然肩を掴まれ驚く。振り返ると夏織が鋭い眼差しでこちらを見据えていた。

 

「兄さんッ、あの二人とどこで出会ったの?」

 

「それは……」

 

何と説明したものかと迷っていると、『静粛にッ!』と典子の澄んだ声が聞こえパネルを見上げる。

 

『非常事態により、私から新たに依頼の達成条件を付け加えます。ハードウェア奪取を企むあの二人より先に、ハードウェアを回収してください。でなければ本当に取り返しのつかない状況となります』

 

夏織が典子を睨み上げた。

 

「ハードウェアの中にあるデータがどういうものなのか、説明して頂けますよね?」

 

典子は小さく目をつぶり唇を噛み締める。

 

『…お教えします。ハードウェア内のデータはリゲルの盾。日本の国防と対アルギュロス戦略の根幹であり、流出すれば国家の消滅を招く重大な防衛機密です』

 

 

 

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