純潔の菩薩姫   作:まだ半妖の夜叉姫観れてないんだよね

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意志の強い娘

 

 

 触れた私には、手に取るように解ってしまった。

 

 阿毘の内側は炎とともに燃え尽きようとしている。

 その外側は冷んやりとした“死”が近づいているのと正反対に。

 

 もはや生きているのが不思議なくらいの状態で、阿毘は呼吸を繰り返していた。1秒でも長く、母の傍に在るために。

 

 ふと、阿毘が目を開いた。母によく似た赤い瞳が虚ろに揺れている。キィ、と弱々しい鳴き声をあげたのを、鉄鶏は優しく撫でた。

 

「大丈夫、大丈夫だ、阿毘。

 お前を楽にしてくれる……友人を連れてきた」

 

 阿毘は再び眠りとも覚醒とも、はたまた死ともつかない微睡へと溶け入る。母の姿を見つけて、どこか安心した様子で。

 

 彼女に声は、届いている。

 

 彼女の意志は、戦い続けている。

 

 いつ阿毘の目に触れてもいいように口元に笑みを浮かべた鉄鶏は、しかしながら瞳の奥に寂しさを覗かせている。

 

 私はこの瞳を、見たことがある。

 

 犬夜叉の傍に在りたいと願った十六夜の目と通ずる部分があった。

 十六夜こそが病を患っていた立場であったが。

 

 

 十六夜は死臭を漂わせながらも犬夜叉のために生きながらえていた。

 

 阿毘は血反吐を吐きながらも鉄鶏のために生きながらえていた。

 

 母から子への無償の愛とはよく聞くが、阿毘の状態を見ていると正反対のこともまた考えられた。

 

 子から親へも、無償の愛は注がれるのだ。

 

 母を悲しませまいと、毎秒の苦しみと闘っている。先の見える死のなかで呼吸を続けることが、どれほど苦しいことだろうか。

 

 私は医者ではないけれど、妖力や毒の扱いにはそこそこ以上に長けている。

 

 

 生命力が強く、生きようとする意志がある。

 

 頑丈な肉体の妖怪ならばもしかしたら。

 

 荒治療にはなるが、まだ生き延びられるかもしれない。

 

「聞こえるね、阿毘。

 私は怜悧。お前の母の――友人だ。悪いようにはしない。私の力を、受け入れて」

 

 私は自身の妖力を微量流し込み、阿毘の妖力の流れを追う。抵抗はなかった。

 

 尽きかけている命に止めをささぬよう、ゆっくり、ゆっくりと力を注いでいく。

 

 私は瞳を閉じて妖力の流れを追っていく。

 

 首から頭、頭から首、そして肩から臓腑を抜けて足先へ、それから再び臓腑へ戻り、翼へ――――巡らぬ。

 

 翼へ向かうはずの妖力の流れを完全に失い、臓腑に溜まり続けている。

 

 自らの妖力を薄く薄く阿毘の身体に溶かし込み、ただこれだけの情報を得るのに時間を随分費やした。

 

 阿毘に触れたまままるで動かなくなった私に、鉄鶏は一声もかけなかった。

 

 ただ、阿毘の頭を撫でていた。

 

 額から汗をこぼした私は、目を開き、不自然なまでの熱と冷気が同居している胸部を見た。

 

 そして立ち上がる。

 座り込んでいて、すっかり固まってしまった脚に血が通い、ジンジンと痛いほどの熱を産む。

 

 私は場所を変え、阿毘の胸部の横に膝をおろした。

 

 横向きに眠る巨鳥の胸元は浅く上下し呼吸を続けている。

 その背では、妖怪独特の再生力で羽根が生え始めては、黒く焼け落ちてゆくのを繰り返している。

 炎に包まれた肉塊がボソボソと炭のように転がっている。

 

 

 血液とともに巡る炎が瘴気(ドク)によって穢されているからだ。

 

 毒とか、瘴気とか、妖力とか、全部扱う私に言わせてみれば、それらは引っくるめて同じものだ。

 

 巷に出回るものは別として、妖怪の操る毒は自らの毒を基に妖力を加えられている。

 

 妖力を変換して瘴気にすることもできる。

 

 私の場合は右腕の毒腺から毒を精製するが、毒単体では弱いために妖力を付加して強力な毒へと変じさせている。

 

「痛むよ」

 

 私は阿毘に対してもそうだが、目を開いている鉄鶏に対して言った。

 鉄鶏は私と視線がかち合い、怪訝そうな顔をした。

 

 私は阿毘の胸元へと触れる。

 じわじわと自らの妖力を流してゆき、力の均衡をとってゆく。

 少しずつ慣らしたおかげで、私の妖力は阿毘に拒絶されない。

 

 

 ふと、外ではどれほどの時間が流れているだろうかと思う。

 この洞窟のなかに陽の光は差しこまない。鉄鶏と阿毘の炎が光源となっているだけで、時間の感覚が失われる。

 

 

 果ての見えないなか、私は改めて気合を入れ直す。

 

 

 再生できない翼を、なんとかせねばならない。

 翼はこの妖鳥にとって、放出口のようなものだ。

 鉄鶏が巨鳥となった際、その翼から煌々と燃え上がる炎をあげていたように。

 

 その放出口へ辿り着くまでの経路が断たれ、余計に体内で様々なものが燻っていると仮定する。

 

「いくよ――!」

 

 私は胸元から強く妖力を流し込んだ。

 炎の毒(ようりょく)の逆流が私の妖力と干渉する。

 

「キエエエエエエエエエエエ!!!」

 

 劈くような阿毘の悲鳴が洞窟内に反響した。

 これで死なぬのは、私の妖力が無理やりに巡って阿毘の命を繋いでいるからだ。

 

「怜悧、貴様――!」

 

 鉄鶏は一瞬私のことを殺さんばかりに睨みつけ、反射的に立ち上がりかけた。その寸前で膝の上の我が子を思い出し、阿毘の首元から頭に抱きつくように抑えた。

 

 ぼとり、と阿毘の羽の付け根から、紫色の塊が堕ちた。

 しゅーしゅーと酸のようなものを撒き散らす禍々しい肉の塊。

 

 なおも私は自分の妖力を阿毘の身体へと巡らせ続ける。

 冷え切った箇所と熱すぎる箇所、それらが混在していた身体が時間をかけて均一になってゆく。

 

 私は阿毘に触れたまま、鉄鶏にしたように徐々に毒を薄めてゆく。

 自らの妖力(ドク)もまた混ぜたからこそ出来る所業だ。

 

 私の妖力に絡め取られるように落ち着いてゆく。

 

 

 

 

 ――阿毘の翼は、ゆっくりと再生をはじめた。

 

「おお……翼が……」

「私が出来るのは、もはやここまでだ」

 

 そう言い、手を離して立ち上がった。

 

 私の助力がなくとも阿毘の翼は燃え落ちることなく、ゆっくりと再生を続けている。

 

「待て、怜悧。

 私を恩人にも礼を尽くせぬ愚か者にしてくれるな」

「……まだ阿毘のことを診てやらないと。

 だから、これは貸しにしとく」

「貸し……とな?」

「ああ。私たちは友人なのだろう?

 友人ならば、貸し借りの一つや二つ、あるものだ」

 

 友人、という言葉が妖怪の世界でもあったんだな、と変な方向へ思考が流れる。

 

 友妖怪、だと語呂が悪いもんな。

 

 

 

 目を丸くしていた鉄鶏は小さく笑った。

 

「くっくっく……くっ。

 あーっはっはっはっは!

 そうか! 貸しか! とんだ大きな借りを作ってしまった。

 阿毘が治ったならば、また其方のところへ借りを返しに会いにゆく」

「押し付けは御免だ」

「ほんにお主は……くくく、ああ、愉快だ。本当に愉快だ」

 

 さっさと洞窟を後にする私の背中に、鉄鶏の声が聞こえた。

 

 

 

 

 ――ありがとう、怜悧。

 

 

 

 

 いつの間にか、すっかり陽は昇り切っていた。

 

 

 鉄鶏との命を削るような戦闘を終え、阿毘への懸命な治療をし、精魂共に尽き果てていた私は、自分の状態を分かっていなかった。

 

 

 洞窟から離れ、安堵とともに深いため息をついた私は、深く深呼吸をした。

 

 胸いっぱいに酸素を取り込んで、ゆっくりと吐き出していく。

 

 

 

 陽の光にクラクラと視界が揺れる。

 

「あれ……」

 

 しまった、思ったよりも疲れすぎている。

 

 視界はじわじわと狭まってゆき、私はふらつく身体を懸命に保っていた。

 

 

 

 そこに声が降ってきた。

 

「見届けたぞい、怜悧」

 

 見知ったその声に、心から安堵した。

 

 

 もしも運よく彼が現れていなければ、私は死んでいたかもしれない。

 

 

 命を賭けた戦闘に消耗しないはずがない。

 

 命を弄る行動が、重くないはずがない。

 

 

 倒れることは必至であった。

 

 音を立てて地面へ倒れ伏した私に、男は文句を垂れた。

 

「んもぉ〜〜〜〜〜わしはお前にこの刀を預けにきたというのに……。

 ……まぁ、ちょうどいいか」

 

 頭上でため息を吐いた男。

 私はもう、瞼を持ち上げられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い暗い意識の闇の底。

 

 遠くで、あの子が泣いている。

 

 表情はまるで変わらないけれど、泣いている。

 

 

 ああ、すまない。

 反射的にそう思ってから、気づいた。

 

 

 私はまだ、あの子にちゃんと謝れていない。

 

 

 

 

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